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マスター:神子月弓
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:20人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/26


みんなの思い出



オープニング




 そこは、広い広い学園の敷地内。

 幾つもあるグラウンドの予備のひとつとして使えるよう、きれいに平らに整備されて、そのまま忘れ去られた、空き地があった。

 その地下に、良質な温泉水脈が走っていることが、偶然、マッド科学教師として知られる毒原先生(通称ドク)の、それこそマッドな地中での実験中に、判明したのだ。

 早速ドクは、学園長に許可を取り、役所を含む各所への申請・検査を経て、放置されていたグラウンドを、今やどこを掘ってもこんこんとお湯が湧くであろう、温泉地候補に変貌させていた。

 職員室で、好物の梅昆布茶をすすって寛いでいたマリカせんせー(jz0034)のもとに、得意げにドクはその話を持ってくる。

「いいですねー、放置されたグラウンドが、露天風呂に変わっちゃうんですー?」
 マリカせんせーは、にこにこと湯呑を口へ運んだ。

「そうなのだね。温泉水脈は地下100mとかなり浅い位置にあることが分かっているね」
 ドクは興奮さめやらぬ様子だ。

「早速、源泉を汲み上げて分析したのだね、なんと泉質も良好だったね。設置用の揚湯ポンプも用意したし、給湯設備工事や温泉施設の許可申請、温泉採取許可申請の手配も、順調に準備が整っているのだね! あとはもう、掘って湯船を好きに設置するだけだね!」

「それは素敵ですー!」
 マリカせんせーは、にこにこと笑顔を浮かべた。
「学生さんたちに好きな場所を掘ってもらって、好きに温泉を作ってもらえるじゃないですかー。これを授業にしない手はないのですー。独創的な温泉を、いっぱい作ってもらっちゃいましょうー!」

「え、あ‥‥」

「備品関係とか手続き関係、書類関係は、全部毒原先生にお任せでいいんですねー。ありがとーですー♪」

「あ‥‥え‥‥あ‥‥」

「そもそも、学園の敷地内ですし、学生さんのために利用したいですもんねー」

 ドクは、にこにこと続けるマリカせんせーに、反論できなかった。





 こうして、誰も存在を忘れていた、放置されていたグラウンドが、一変した。

 あちこちの給湯管から噴き出している温泉。立ち込める湯気。
 単純泉で、硫黄の香りのような特徴的な臭いは特にない。
 源泉の温度は40度よりやや熱めだ。


「えー、温泉製作の授業を始めますですー! 皆さんは、好きな温泉を選んで、好きに設備を整えてくださいですー。他の人と協力し合って、グループで作ってもいいですよー」

 水着にパーカーを羽織って現れたせんせーは、メガホンで広い広いグラウンドに向かって声を張り上げた。同じく、水着+パーカー姿の学生たちが、振り向いて気をつけの姿勢を取る。

「テントに、毒原先生が温泉用の設備を用意してありますー、なので、使いたいものを自由に選んで、自力で設置してくださいですー。温泉が完成したら、声をかけてくださいですー。せんせーが出来栄えを採点しちゃうのですー」

 テントには、これでもかと言わんばかりに、必要と思われるものが揃えられていた。
 各種素材の湯船。給湯管につけるマーライオンや噴水彫刻の数々など。

「採点が済んだら、存分に自作の温泉を楽しんでくださいですー。誰よりも一番オシャレで機能的な温泉を作った人が、この授業での、温泉王になりますー。温泉王になりたいかー! 勿論、なりたいですー! ですよねー?!」

 メガホンを持っていないほうの腕を、えいえいおーと天に突き上げ、せんせーは皆を鼓舞した。


リプレイ本文




「ドクせんせー、ココ、完成させて一般公開したら、学園の運営資金の足しにならないかな?」
 草薙 タマモ(jb4234)がテントにやってきて、毒原先生の用意した素材を見て回る。
「あれー? 観覧車ないの?」

「観覧車?!」
 ドクは目を剥いた。素材はドクのポケマネから出ている。ありったけ奮発して、色々と見繕って、ホームセンターで買い込んできたのだ。
 しかし、観覧車とは‥‥流石にホームセンターにないものは、テントにもない。

「せんせー、観覧車作ろうよ。乗っかる部分が湯船になってるの! 一番下に来たら、大浴室からお湯を汲み上げて、乗ってる人は、そのとき浴室に放流されるの! たのしそー!」

 両手を広げて、タマモはアピールした。ドクは「もうお金も建設材料も何もないのね」と打ちひしがれる。

「んー、じゃあバスタブに車輪を付けて自由に動き回りたいな!」

「猫足バスタブなら一つだけあるのね、でも車輪付きはないのね。操縦はどうするのね」
「勿論、あうるぱわーよ!」

 あうるを使えないドクは、泣いてハンカチを噛みしめた。
「この学園では、一般人はみぃんな損をして生きている気になるのね」
 まあまあと慰めるマリカせんせー(jz0034)も、同じく一般人教師である。

 そんなドクを背に、タマモはレプリカ・マーライオンを持ち上げて、ヒトコト。
「へぇ。これ、口のトコロからお湯が出てくるんだ。他にもいろいろあるのね」

 タマモは、ごく普通の湯船を作って、一刻も早く温泉に入ることにした。普通のバスタブと、周りに敷き詰める石をもらってくる。
「だって、ここ寒いしー! 蛇口はカッコイイのがいいな、何かないかな?」

 悩んだ末にタマモが選んだのは、「真実の口」のレプリカ給湯口だった。 





 差し入れに、人数分手作りした「柚子ハニーカップケーキ」を持ってきたアリス・シキ(jz0058)は、恋人である鈴代 征治(ja1305)に呼び止められた。

「折角の温泉だし、美味しい温泉卵を味わいたいな。一緒に作って皆に配ろうよ」

 2人は協力して穴を掘り、湧き出る湯の温度を確かめる。源泉は42度前後、温泉卵を作るにはぬるい。

「熱した石を入れて調整しよう。温泉卵は65度前後で作れるんだよ」

 適温に調整し、網や籠に入れた生卵を沈めて、25分ほど、のんびり待つだけである。
 その間に征治は、アリスの差し入れたケーキを美味しそうに食べていた。

「うん、美味しい。そうだ、温泉卵が出来るまで、少し時間があるから、皆の作った温泉のテスターに行こうか」

 アリスが身体を冷やさないように、と用意してきた上着を羽織らせ、心の中で(擬似温泉地デートみたいだなあ)と喜ぶ征治。
 残念ながらアリスは授業用のスク水だったので、(出来れば可愛い水着姿が見たかったな。今度温泉旅行に行きたいね)と思いつつ、征治は手を差し出し、2人は手を繋いだ。





 ドクのテントに木製の長椅子を取りに来ていた、シェリー・アルマス(jc1667)は、アリスの姿を見つけて「やほー」と手を振った。

「私は足湯を作っているんだけれど、雨避けの設置だけは、バランス的にどうしても4人欲しいの! 手伝ってもらえないかな?」

「いいですよ。あと1人、誰か手が空いている人‥‥」

 征治とアリスは頷き、ぐるりと見回した。ごく普通の湯船を設置し、さっさと自作温泉を楽しんでいるタマモに目を留める。タマモは手伝いを快諾した。

「「よーいしょ!」」

 息を合わせて、4人で雨避けと、長椅子を設置する。シェリーの足湯、完成である。
 源泉をそのまま張って柚子を浮かべ、「月一位で、投入品を変更してもいいかもね。桜とか林檎とか蜜柑とか」と満足そうに頷くシェリー。

「足湯は考えつかなかったけど、意外とあったまるのね」
 タマモはアリスのケーキをもぐもぐしながら、足を湯の中でバタバタさせた。

「私も、シキの差し入れ配りのお手伝いに行こうかな? それとも‥‥お邪魔ですか?」
 早速足湯を試しながら、シェリーは、アリスのケーキの詰まった籠を見、同じく足湯を楽しんでいる征治とアリスに問いかけた。

「とんでもない、邪魔じゃないですよ。僕も温泉卵を作っているので、もう少ししたら配りに回りますし、手伝っていただけると助かります」
 懐中時計を確認し、征治はシェリーに微笑んだ。





「温泉が熱いものと言う常識を覆してみよう、冷鉱泉という泉質もある位だしな」

 そう考えたのは鳳 静矢(ja3856)である。

 他の熱い温泉で温まった後に入る事を推奨し、湯温は冷鉱泉同様の25℃以下を保つよう、冷水を引いて撹拌し、調整する。湯船も保温性よりも熱伝導率の高い銅張りのものを用意し、湯温を低く保つ工夫を凝らす。

「単体と言うより温泉施設の変わり種パターンと言う感じだろうか? 夏場ならば単独でも良いかもしれないねぇ」

 サウナのような高温の風呂に併設すると良いかもしれない。静矢はそう考えた。


「あれ? ここには誰もいないの?」
 温泉卵とケーキを差し入れにやってきた、シェリーが、きょろきょろと見回す。

「キュウ!」
 ざばあ。
 愛らしいラッコの着ぐるみが冷鉱泉から現れ、あうるぱわーでぷかあと浮いた。

「きゃー、かわいい! もふっていい、もふっていい?」
「キュウ!」

 もふ好きシェリーの魔の手から、逃れられるラッコではない。
 ラッコはその後、差し入れにありつけるまで、シェリーに存分にもふられることとなった。





 風呂好きな一川 夏海(jb6806)は、由野宮 雅(ja4909)の肩をがすんと叩いた。
「学園の授業で温泉に浸かれるって事か? 最高だなァ、雅よォ!」

 同じく風呂好きな雅も、若干興奮している。
「まさか温泉を造る事になるたぁ思わなかったわ」

「で、どんな風呂にすっかねェ。小洒落たバーみてェな所で湯に浸かれば、それなりに気分が高揚してくるだろうか‥‥ふむ、何から手を出せば良いのやら‥‥」

 とは言っても、夏海には具体的な工作過程が浮かばなかった。
 近くにいた轟闘吾(jz0018)を呼び止める。

「とりあえず俺は、壁や床となるダンボールを黒く塗るところから始めよう。重い物の運搬は、よろしく頼むぜ、相棒?」

 狡猾な笑みを浮かべ、闘吾をテントへと送り出す夏海。無言で遠ざかるごつい背中に、ひらひらと手を振って見送る。

「前は大規模でお世話になったけど、今回もよろしゅうな、轟さんや」
 雅も、闘吾を見送った。


「温泉と言えば、浸かりながら一杯引っ掛けたいもんだが、今回は無しだな。まぁ子供ビールならいいか」
 腕を組み、雅は考え込んだ。

「何、牛乳やジュース等の入った瓶を、浴槽の底に敷き詰める事で、全身を刺激する足ツボマッサージのような役割と、風呂上りの一杯を同時に行えるようにするつもりだ」
「それじゃぁ、牛乳はともかく、ジュースが変に生ぬるくて飲めたもんじゃなくね? 下手すりゃ発酵するかもしれんぞ?」
「ホットワインとかある世の中だ、雅。ホットコーラがあったってバチは当たらねェだろう」

 心配そうな雅に、自信満々な夏海。あうるぱわーで、みるみる温泉が出来上がっていく。

「それじゃあ水風呂も用意するべさ、茹だったら入れるようになぁ」
 雅は水風呂も作成し、冷やしたい飲料も瓶ごと敷き詰めることにした。


 大量のダンボールを黒く塗りながら、2人で打ち合わせる。

「浴室は、窓のないバー風な」
「オレンジ色の暗めの照明に、壁・天井・床は主に黒っぽい大理石ってどうだぁね?」

 2人がかりで、塗り終えたダンボールに、防水加工済みの大理石模様の薄いシートを貼り込んでいく。なかなか見栄えのする、洒落たバー温泉が出来上がった。

 闘吾の選んだ浴槽と給湯口をはめ込み、位置を調整し、瓶飲料を温泉内に転がす。

「‥‥」
 お湯の中に次々と沈められていく瓶飲料を見て、闘吾は無言で腕を組んだ。





 浪風 悠人(ja3452)は、掘り終えた温泉の内側に丁寧にタイルを貼りつけながら、(地元の山にも湧いていたし、将来開業するのもありかもなぁ。いつか自作した温泉に、嫁に入ってもらうのも悪くないよね)と、愛する妻の笑顔を思い浮かべていた。

「温泉卵とカップケーキの差し入れです」
 征治とアリスが配りに来る。「有難う」と悠人は休憩がてら、差し入れをつまむことにした。

「変わった形の温泉ですの〜」
 アリスが興味深く眺めた。

 浴槽は大きな円形で、中央に小さな円柱があり、そこに噴水型の給湯口が置かれていた。
 正円形の浴槽の半分は深さ1m20cmほど、もう半円は等間隔に3段、段差が設けられている。

「半分は段々にしてあって、半分は立ちながら肩まで浸かれる仕様なんだ」

 あとちょっとで完成だから、試していってよ、と悠人はタイル貼りを再開した。
 思わず手伝う差し入れ2人組。

 最後に、給湯口からお湯を噴き出させて、浴槽に湯を張り、完成である。

「掘削作業で泥んこになった体も綺麗にできるし、面白い授業だよね」
 3人で、完成直後のお風呂を楽しむ。

「近くに瓶の珈琲牛乳の売店があるといいかもだね」
 満足そうに言って、悠人はまた、愛しい妻の笑顔を思い浮かべる。
(教えてあげなくちゃな。温泉のあとは、腰に手を当てて、瓶の珈琲牛乳をぐいっと飲むんだよって)





「うわああ‥‥」
 差し入れを持ってやってきたシェリーは、黒百合(ja0422)の作った血風呂に引いていた。

「あらァ、シェリーちゃん、どうしたのォ? 慢性皮膚病に良く効く温泉なのよォ♪」
「いや、その、内装が不気味な感じがして、その‥‥」

 古代ローマの公衆浴場に似せた内装は、金(のペンキ)を多用してあり、豪華絢爛に見える。
 照明は薄暗く、ランプシェードの色は不気味な雰囲気の赤。
 何故か、あちこちに、ダンボールで作った拷問道具のレプリカが飾られている。

「かの有名な、血の伯爵夫人の入浴を再現したのォ。源泉を再加熱して、適温まで減熱する間に、鉱泥を混ぜ込んだのよォ。手間暇かけただけの出来栄えだとは思うわァ♪」

 黒百合は満足そうに微笑む。

(鉱泥まで用意したのかな‥‥ドク先生、色々な意味で、ご愁傷様です)
 シェリーは心の中で呟くと、黒百合に「差し入れです」と、ケーキと温泉卵を差し出した。

「ありがとォ。どォ、試していかないィ? 血の池温泉みたいなものよォ?」
「こ、今度にしておきますね」

 張り付いた笑顔で固辞し、シェリーは後ずさった。
 外から見てみると、外装はヨーロッパにありそうな、石造りの古城といった雰囲気になっていることがわかった。





「さて、皆さん、そろそろ温泉が作れたでしょうかー?」

 マリカせんせーは、広〜いグラウンドに色々な建物が並び始めたのを確認すると、手近にあった、川澄文歌(jb7507)の温泉に足を運んだ。

「こんにちは、せんせー。子どもも安心して楽しめる温泉を目指して作りました!」
 文歌はグラウンドを掘り下げて、地上1階・地下1階に作り上げた温泉施設を見せた。
 温泉は地下階だ。入口で男女に分かれ、大きい水槽が浴槽の横の壁にはめ込まれている。

「この水槽は、地上階の別室で、魚や水の入れ替えや清掃、餌を与える事が可能になっています。金魚や子鯉を泳がせて、お魚さんと一緒の温泉を演出しました。お魚さんは男女で違うものにするつもりです」

 ふむふむとせんせーは採点しながら、文歌の説明を聞いている。

「浴室では、コミュニケーションしやすい様に、洗い場は中央の柱に集め、外側に浴槽を並べました。衛生面にも気を遣って、入口に消毒液、脱衣所に加湿&空気清浄機を設置し、建物出入りの際に手洗いうがいを、歌のお姉さん的な感じで優しく呼びかけるテープも流します」

 ♪みんなで楽しく健康になりましょう〜まずは手を濡らし、あわあわ石鹸でごしごしごし〜♪

 確かに、歌のお姉さんが歌いそうな曲が流れていた。

「あと、ぬるま湯にドクターフィッシュを放って、角質を食べて貰う足湯スペースも用意しましたよ。今回はお魚さんは、全てプラスティック製のおもちゃですが、是非、気分だけでも試していってください」

 マリカせんせーは、ふうむと顎に手を当てた。

「ガラ・ルファによるフィッシュセラピーですねー、その場合もっともっと、衛生面に気をつけないといけないのですー。人の足の傷口を食べた魚から菌が別の人へ感染したり、水槽の水を媒介して、人から人へ感染したり、裸足で踏む床などを介して感染したりもすると、聞いていますー。誰か1人が使うたびに、水とお魚を新しく取り換えないと、何があるかわからない、危険だと言われていますー」

 文歌はせんせーの指摘に、難しい顔をして悩みこんだ。

「アイデア自体はいいと思うのですー、なので落ち込まないでくださいですー。水槽のお魚さんのお世話も必要ですし、もうちょっと管理に手間がかからないほうが、せんせーはいいかと思うのですー。例えば、観賞用のお魚さんをプロジェクター投影で済ませるとか、ですねー」

 せんせーはにこにこして、文歌をよしよしする。

「さ、差し入れでーす」
 黒百合の血風呂から逃げるようにやってきたシェリーが、温泉卵とケーキを2人分置いていく。
「ありがとうですー」
 御礼を言って、せんせーは文歌に向きなおる。

「そうですね、次はもっといいものを作ります♪」
 文歌は元気を取り戻し、2人で美味しく差し入れをいただいた。





 向坂 玲治(ja6214)は腕を組みながら、どや顔で頷いた。

「湧き上がる源泉に、香料やサッカリン等の甘味料を添加して浴槽に汲み出し、ガムシロップの様な風呂を再現した。甘い香りと、実際に飲んでも甘い味で、リラックスできるのがこの風呂の売りだ! 浴槽のデザインも、ガムシロップのプラ容器に似せて、石膏やタイルなどで成型した。捲った蓋の部分もクッションとして再現し、ここに頭を乗せてリラックス出来るって寸法だ」

「シロップ風呂‥‥ですかー?」

 マリカせんせーは、きょろきょろと温泉を見回した。甘い香りがぷんぷんする。

「香りだけじゃなく、スプーン2〜3杯のサッカリンを添加して、湯を飲んでも甘いという嬉しい仕様だ。これぞ甘味と風呂の融合だ、どやぁ!」

「確かに、疲れた時は甘いものが良いと言いますけれど、体がベタベタになったり、髪が固まったりはしないのでしょうかー?」

 心配そうに湯を覗き込むせんせー。
 そこへやってきたのが、葛城 巴(jc1251)である。

「玲治さん、お風呂をいただきに来ました」
「おう、来たな。まぁ試してみろ」

 巴は、髪を濡らさないよう結い上げてから、素直にシロップ風呂に身を浸す。

「甘い香りで、お湯もねっとりと柔らかくて、いいですね。子供の頃、一度フルーツポンチの中に入ってみたいと思ったことを、思い出します」

「ふむ、炭酸ガスも加えるべきか」
「いいアイデアですね、ってこれ、ガムシロップ風呂じゃなかったんですか?」

 本気で考え込む玲治に、淡々と突っ込みを入れる巴。

「きゃあ!」
 マリカせんせーが悲鳴をあげた。

 そもそもここはグラウンド。たくさんのアリが、投身自殺をせんとばかりに、甘い香りを放つ湯船の周囲に群がり始めていた。

「!?」
「!!」

 予想外の事態に声を失う玲治、慌てて湯船からあがる巴。
「こ、今度はせんせー、私のお風呂を見にきてください。玲治さんも良ければどうぞ」

 巴が言葉を紡いでいる間にも、シロップ風呂はアリの群れに占領されていく。

「よ、予想どおりだ‥‥俺の温泉はアリにも人気だってことだな!」
「シロップ風呂でなく、アリ風呂になりそうですよ。早く避難しましょう」

 不敵な笑みを浮かべて引きつる玲治に、巴はさらりと突っ込んだ。





 玲治、巴、せんせーは、巴のうたせ湯へと移動した。

「あ、お疲れ様です。これ、差し入れです」
 岩のハリボテを作る手伝いをしていたアリスの横から、征治が温泉卵とケーキを渡す。

「まだ完成していないんですー?」
「いえ、ほぼ完成はしています。全体の2mより上の岩を、ハリボテで表現しようと思って、シキさんに手伝っていただいているんですよ」

 巴が自ら作った打たせ湯で、アリとシロップ湯を洗い落とす。

「岩場を落ちてゆく間にお湯が少し冷めて、ちょうどいいでしょう?」
「そうですねー」

「夜はライトアップか、適宜、<星の輝き>で綺麗に飾り、昼間は滝に虹がかかるような向きにと考えて、全体を設置しました。屋外で落差4mの滝風、湯の落ちる場所は深さ1mの滝壺で、プラスティックの大小アヒルを浮かべ、周辺にシダを植栽しようと考えています」

「ロマンティックですねー」
 にこにこと答えて、マリカせんせーは採点を始めた。

(裏手に、冷えたバナナオレがあるが‥‥)
 玲治は『ご自由にどうぞ』と書かれたメモを見て、氷水で冷やされているバナナオレを取った。
 瓶を持ち上げた途端、ワイヤーのようなものが動き、絡繰りが作動するようなガチャガチャという音が響いて、スピーカーから「ぎょえー!」という巴の悲鳴が聞こえた。

 慌てて玲治が滝の表に回ってみると、打たせ湯が滝湯に変わっていた。

「何なに、何があったんですー?」
 マリカせんせーが、事態を把握できず、オロオロしている。巴は滝湯でぐっしょりになりながら、「絡繰りでこんな風にお湯の量を調整できるんですよ」と説明していた。

 湯上がりのラムネを飲み、ぽつりと独り呟く巴。
「温泉では『滑らない女』でいないと危ないんですよね」

 まだ滝湯は、上のほうを岩場に見せる作業が残っている。だが、巴は玲治にも滝湯を体験させ、その絡繰りを明かして微笑んだ。
「撃たせ湯、楽しんで貰えたかな?」





「重機を使用するより、自分で掘ったり岩を運んだりする方が速いとは‥‥」
 バトルシャベル?で地下空間を掘りぬいたのは、雫(ja1894)である。
「私は、硫黄の匂いがする濁り湯の方が好みなんですが」

 地上部に小さな天窓を作り、光源と換気口を兼ねる。

 地下内部は岩で覆い尽くし、上部はそのまま、床はV兵器で平らにしてある。湯船は大きく設計し、お湯は壁の岩肌から滲み出て来る様に演出して、華美な装飾は一切作らない。
 全体的に薄暗く、湯気が籠っている状態で、完成である。

「私は個人的な理由で、同性でも肌を見られるのは苦手ですけど、同じような考えを持っている人はいると思うので、こんな洞窟風呂を設計してみました」

 採点に来たマリカせんせーに、雫は淡々とアピールポイントを告げた。

「あらあら、先刻見せてもらった温泉に似ているのですー」
 せんせーはタブレットを操作し、採点した学生を検索した。
「そう、逢見仙也(jc1616)さんの岩風呂に近いですねー。雫さんも見てみますー?」


 仙也の岩風呂では、汲み上げた源泉を霧のように噴き出すよう改造したマーライオンが、浴室全体を湯煙で覆っていた。

 浴槽は岩で組まれており、周囲も入る場所以外は岩で囲んである。入る際にある段差は、半円を描くような形にして、椅子代わりにしても他の人が入るのに邪魔にならない様に工夫がされている。

「普通のお風呂よりお湯を蒸気にして多めに出すことで、他の入浴者を見え辛くして、あまり他の人を意識しなくて済む様にしたくてね。温泉自体は大部分を炸裂陣でぶち抜いてから機材で形を整え、石や岩を持ってきて、必要に応じて整形しつつ組むだけだし。これだけでは味気ないから、植物を近くに植えておいたんだ。花弁が湯に落ちるだけでも綺麗だしな」

 ほう、と雫が吐息を漏らす。
 自分と同じ考えのものが居たとは予想外だった。

「このマーライオンは、出来る範囲で書類手続きを手伝って、毒原先生に給湯口を改良してもらったものなんですよ」
 仙也がマリカせんせーに説明する。

 雫は自分の岩風呂と仙也の岩風呂を比較した。雫の風呂は入浴するものの姿をほぼ完全に隠すが、仙也の風呂は見えにくくするだけだ。他人にぶつかって転ぶ危険を考えると‥‥ちょっと、自分の温泉は、天窓が小さすぎたかもしれない。

「んー、コンセプトが一緒なので、甲乙つけがたいですー」
 せんせーはせんせーで、採点に悩んでいた。





(そうだな、姉貴分に、普段の礼に、文字通り羽根を伸ばせる様な温泉を用意するか)
 獅堂 武(jb0906)は、エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)を思い浮かべた。
 脳裏に、エルネスタの喜ぶ顔が浮かんだ。

 スコップで、全力でグラウンドを掘りまくる武。

「どんな温泉を考えているの?」
 クールな口調で尋ねるエルネスタ。

「そうだな、良い香りのする檜のお風呂を、羽根のある人がゆっくり寛げるように、広めで深めのお風呂にして、だ、風呂の縁は曲面にして、腰かけやすい様にする」

 スコップを振るいながら武は答えた。あうるぱわーでどんどんグラウンドに穴が開いていく。

「後は鹿威しや、竹林や玉砂利を設置して、岩や赤い橋も置いて、日本庭園風の景色を作って、全体的に落ち着いた雰囲気にする。脱衣所からお風呂までも、暖房を置くんだ。湯冷めしない様にな」

「いいアイデアね。配慮もゆき届いていると思うよ。私は機材の運搬や設置等を手伝うよ」

 エルネスタの妹である、Erie Schwagerin(ja9642)は、「終始のんびりしてたいんだけどぉ‥‥エルネの手伝いだけしておきましょうかねぇ」と、箱庭式日本庭園の構成を考え始めた。
 エリーの体から、甘いリンゴの香りがする。エリーの体質的なものだ。

 手分けして、3人で作業をすれば、温泉づくりなど、あっという間だ。
 少し箱庭庭園の設置に手間取ったが、檜のお風呂から見える日本式庭園、ゆったりと羽を伸ばせる広々とした浴槽、配慮のゆきとどいた脱衣所、なかなか高得点な温泉が出来上がった。

「すごいですー!」
 採点にきたマリカせんせーは、はしゃぐような声を上げた。
「なるほど、確かに学園には、羽のある人も多いですー。羽を気にせずにゆったりと浸かれる温泉は、ニーズも高いと思いますですー!」

「へへっ、だろ? じゃあ、これでお仕事終了だよな、せんせー?」
「はいですー」

 マリカせんせーが答えた瞬間、武は、お風呂には絶対に近づかず、入らずに、エルネスタに捕まらない様、全力逃走を始めた。

 ぽかんと見送るマリカせんせー。

「せっかく自分で作ったのだから、製作者が堪能せずにどうするの! それに、あなたに遠慮されたんじゃ、こっちが羽伸ばせないのよ!」

 エルネスタは<磁場形成>で移動力を上げ、全力で移動して武を捕縛し、Uターンして戻ってくると、無理やり湯に浸からせた。


「ん〜♪ やぁっぱお風呂は良いわぁ♪ ま、男共も入ったらぁ? 下手なことしない限りは良いわよぉ〜、したら即・串刺しだけどぉ♪」

 深紅のダリアを翼として形成し、鮮血のような花びらを湯に散らしながら、エリーは湯を楽しんでいた。

「ほら、いい湯かどうか、作った自分で判断してみて」
 武を湯に浸からせ、逃げられないように、はっしと頭を掴んだ状態で、エルネスタは尋ねた。
「いい湯、です、エルねぇ」
「よろしい」

 武から手を放し、エルネスタはふーと息をついた。
 マリカせんせーは、「?」という顔で、姉弟分たちの騒動を見つめていた。





「バリアフリーのお風呂、ですー?」
 マリカせんせーは、採点しながら、詠代 涼介(jb5343)の説明を聞いていた。

「ああ、車椅子ごと入れる作りにしてみた。この方が喜ぶ人はいる‥‥そうだろゴウ?」
 闘吾の肩に手を置き、にやりとしてみせる涼介。

「浴槽は木で、『臼』の字の形をイメージしてみてくれ。『臼』の上の方が入口で、ここにゆったりとしたスロープと手摺りをつけてある」

 臼? 首をかしげながら、マリカせんせーは涼介の説明に耳を傾けた。

「岩を積み上げて、お湯が岩肌を流れ落ちて浴槽に溜まるようにする。自然に熱を逃がす仕組みだ。これを入口周辺の壁に作る。『臼』の下線辺りに、源泉そのままのお湯が出るようにしておく。折角なんで彫刻の給湯口を使わせてもらった」

 涼介の説明は続く。せんせーはしばらく考えて、ああ、臼、ですね、と納得した。

「源泉そのまま、少し温め、それが混ざり合う場所‥‥これは場所によって微妙に温度が変わる温泉だ。好みの温度は人それぞれだからな。もっと大掛かりにできるなら、加熱して熱めの場所を作っても良いかもな」

「ところで、車椅子ごと入るんですかー?‥‥車椅子、腐食しませんー?」
 素直な疑問を、せんせーは口にした。
「それと、水圧がある場所で、自力で車椅子を漕いだり止めたり、自由に出来るものなんですー?」

「あ」

 涼介の肩を、今度は闘吾が無言で叩く番だった。

「コンセプトは、すごぉくいいと思うのですー、バリアフリーで、重体でも入れる温泉は、たくさんニーズがあると思うのですー。そこは評価が高いですー!」

 せんせーはタブレットに高い点数を打ち込み、にこにこと微笑んだ。





 ファーフナー(jb7826)はこつこつと、あうるぱわーで掘削していた。
(プランニングかと思ったら、肉体労働込みだったというオチか‥‥)
 
 だがそこは真面目な彼である。また、自身を抑圧していることが多く、日本に来て、温泉の解放感に魅惑された、隠れ温泉スキーでもある。
 これは良い風呂を作り上げねば、と、作業もだんだん楽しくなって来る。

(俺はそうだな、外国人向けのスパを作ろうかと思う。温泉目当ての観光客も多い。学園にも、日本以外から留学してくる学生が相当数いるはずだ。だが、入浴に慣れておらず、のぼせる者も多い)

 こうしてコツコツ作り上げた温泉は、檜の香りが漂う素朴で落ち着いた雰囲気だった。

 脱衣所・洗い場を過ぎると、広がる露天風呂で、最初はゆったりとリラックス。その後、クールダウンできるよう、上半身を外気に当てながら、半身浴ができる腰掛け湯や、浅い湯船に寝転ぶことができる寝湯など、入浴慣れしていない者が、のぼせずにゆっくり楽しめるような設備が出来上がっていた。

「素敵ですー!」
 採点に来たマリカせんせーは、シンプルだが機能的で、よくユーザーのニーズについて考え抜かれていると、ファーフナーの温泉を高く評価した。

「確かに、学園の留学生さんは多いですー! これなら入浴に慣れていない人でも、徐々に慣れていくことが出来ますし、ゆったりと楽しむことも出来ますー。実は、死亡事故が多いのは、入浴中だといわれているんですよー。ファーフナーさんの温泉は、そこもしっかり配慮されて作られていますですー! 相当な温泉スキーでないと思いつかないですー♪」

「差し入れをどうぞ」
 シェリーが温泉卵とケーキを配りに現れる。ファーフナーはせんせーの賛辞と差し入れを同時に受け取り、クールな目に困惑の色を浮かべた。





「まだ差し入れを召し上がっておられないかたは、手を挙げてくださいませね〜」
 アリスが温泉卵とケーキを配り歩く。

 テントでは、ドクとマリカせんせー、そして、全員のアイデアを買い取ってくれる契約の、ホテルマンの3人で、最終協議が行われ、優秀者が決まり次第、発表ということになっていた。

 どこからともなく、ドラムロールが響き渡る。

「はいはーい、お待たせなのです、発表なのです〜!」
 マリカせんせーがタブレットを振り回した。
「惜しかった人たちから、発表しますですー!」

 ダララララララ‥‥ジャン!

「まず、雫さんと逢見仙也さん! お2人とも、お互いに体が見えない工夫をされていました。学園には傷あとなどを隠したい人も多くいるはずですー、なのでとってもいいアイデアだと思ったのですが、お互いが見えないので、ぶつかってしまうという欠点がありましたー。お風呂で転ぶのは危ないので、そこは今後の改善点だと思うのですー」

 雫と仙也は、額に「よくできました」のハンコ(水性インク)をぺったんこされた。
 マリカせんせーの授業では稀にあることだ。

 再びドラムロールが響く。
 ダララララララ‥‥ジャン!

「重体でも入れるバリアフリーのお風呂を考案した、詠代涼介さん! 重体になる人は年々増えてきているのですー、ニーズは高いと思われるのですー。でも、車椅子のままで入るのかどうか、というところが、ちょっと工夫が必要かなとせんせーは思うのですー。車椅子はちょっと、難があるのですー」

 涼介も「よくできました」のハンコを額にぺったんこされ、再びドラムロール。

「獅堂武さん! 羽があってなかなか温泉でゆったり寛げない人のために、羽を伸ばせるお風呂を作ってくれましたですー! 学園には羽もちの学生さんがいっぱいですー、なので、需要は高いと思いますー。日本庭園の景色や、暖房設備などもよく考えられていて、お洒落だったのですー!」

 武も「よくできました」のハンコをおでこにぺったんこされ、再びドラムロール。

「さて、最後に、『温泉王』に輝いたのは‥‥」

 ダララララララ‥‥ジャン!

「ファーフナーさんです!」

 グラウンド全体がどよめいた。

「ファーフナーさんは、日本のお風呂に慣れていない、外国から来た人をターゲットに、機能的でシンプルな、でも工夫を凝らしたお風呂を作ってくれましたですー! 学園には留学生さんが多いですー、そして、学園外でも、観光でお風呂に入る外国人さんは多いですー。学園の内外を問わず、通用するアイデアと、デザインだと思いましたですー。さあ、皆さん、『温泉王』となったファーフナーさんに、あたたかい拍手をお願いしちゃうのですー!」

 わー、と拍手がわき起こる。

 ファーフナーは一瞬呆然とし、くるりと背を向け、その場を立ち去ろうとした。
「俺には‥‥栄誉も拍手も、重すぎるな」

 その言葉だけが、風に巻かれて流れていった。





 結局、授業で製作されたサンプル温泉は全て一旦取り壊され、グラウンドは改めて整地し、ファーフナーのアイデアを採用した、学園関係者専用の、外国人向けスパが作られることになった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 桜花絢爛・獅堂 武(jb0906)
 セーレの大好き・詠代 涼介(jb5343)
 されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
 童の一種・逢見仙也(jc1616)
重体: −
面白かった!:8人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
由野宮 雅(ja4909)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
タマモン・
草薙 タマモ(jb4234)

大学部3年6組 女 陰陽師
セーレの大好き・
詠代 涼介(jb5343)

大学部4年2組 男 バハムートテイマー
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
一川 夏海(jb6806)

大学部6年3組 男 ディバインナイト
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード
守穏の衛士・
フローライト・アルハザード(jc1519)

大学部5年60組 女 ディバインナイト
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
もふもふコレクター・
シェリー・アルマス(jc1667)

大学部1年197組 女 アストラルヴァンガード