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ねこかふぇ新米店員・坂森真夜(jz0365)が、手伝いを終えて帰路に就く。
折詰を持たせ、お泊り会参加者全員で、手を振って見送った。
ひらひらと、舞い踊る雪のかけら。
(俺も十分帰れる範囲内だけど、折角の機会なんだし、お泊まり会までやってみたいな)
そう呟くのは、礼野 智美(
ja3600)だ。
「枕投げ参加者の人数分、籤を作り、それを引いてもらって班分けするなんてどうかな?」
黄昏ひりょ(
jb3452)の言葉に、アリス・シキ(jz0058)が「良いアイデアだと思いますの!」と手を打った。
「まりかせんせーはこれをつけるのですぅ〜。そして、語尾に、にゃ〜を忘れないで欲しいです。勿論気分次第でOKです〜」
「そ、そうなのですーにゃー? じゃ、じゃあ、籤つくりなら任せてくださいですーにゃー」
御堂島流紗(
jb3866)のプレゼントした猫さんハンドパペットを、また装着させられたマリカせんせー(jz0034)は、パペットを嵌めた両手を代わる代わる見た。
「やっぱり猫さんを一旦外さないと、籤が作れないのですーにゃー」
流紗に断りを入れて、せんせーはパペットを外した。人数分のこよりを作り、青と赤に先端をマジックで塗って、カラのティッシュボックスを使って色が見えないように隠し、箱の外にこよりの持ち手を垂らした。
「こういうのって、先生が止めに来て終了するものですが、マリカ先生が率先して遊んでますね」
苦笑する川澄文歌(
jb7507)。
「せんせーも学生の頃は教員に止められたのですー。なので、今こそ積年の願いを叶えたいのですー!」
「そうだったんですね。なら、尚のこと、楽しんで過ごしましょうね♪」
お洒落なワンピースにタートルネックと、シースルー生地で出来た星屑のストールを羽織っておめかししている木嶋香里(
jb7748)が、にっこりと微笑んだ。
皆で、箱から伸びているこよりに手を伸ばす。丁寧に絡みをほぐしながら引いていくと、先端に色が現れた。
◇赤組
智美
ひりょ
文歌
マリカせんせー(大将)
◇青組
瑞樹(大将)
流紗
香里
アリス
おめかししている香里は、暴れても良いように、ジャージを重ね履きしておく。
サンタガール姿の文歌とアリスも、ジャージを念のため着用した。
「やるからには勝ちにいきますっ!」
文歌がびしっと青組を示すと、瑞樹がふふと不敵に笑って赤組を睨み付けた。
「本気でお相手しよう。武士たる者、何事も真剣勝負であるべし!」
武器なる枕は、ふかふかもふもふの、低反発枕である。
一同は一旦礼をして、そして、枕を手に取った!
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智美は悩んでいた。
何せ、枕投げの言い出しっぺは、一般人のマリカせんせーである。
せんせーに怪我をさせたりはしないだろうか。
枕を破損してはしまわないか。
この手の事で熱中してしまう自分の性格は、理解しているつもりだったため、余計に心配だった。
しかし、班分けが籤と聞いて、人数を確認し、自分だけが抜けるわけにもいかないことに気づいたのだ。
しかも籤引きの結果、せんせーと同チームである。
(と、とにかく、一般人の先生を楽しませる事が目的だ‥‥)
だが、そんな智美の懸念をよそに、皆、好き放題暴れていた。
「やるからには勝たせて貰いますね♪」
香里が、色っぽい上着を見せつけるように、そーれと枕を投げる。
対する文歌は、素早く布団を盛り上げて、防壁にしていた。
香里の投げた枕が布団に阻まれて落ちる。
「むう〜、そう来ましたかぁ〜」
流紗がまったりと、青組の作戦会議を提案する。
「勝負事をまったりと楽しむには、きちんと取り組む必要があると有ると思うのですぅ〜。防御役と攻撃役に、役割りを分けて臨み、攻撃役は集中砲火を心がけ、防御役は相手チームの主力を潰すように動くといいと思うのですぅ〜、勿論皆で楽しむのが優先なのですぅ〜」
「なるほど、良い案だ。では私は攻撃役を引き受けよう」
瑞樹がうなずき、枕を回転させるようにして、次々と赤組の陣地へと投げこんでいく。
「うわああ」
あちこちから集中砲火を食らうひりょ。
「皆、俺の屍を越えて、ゆけっ‥‥ぐはっ」
(まあ、相手は女の子ばっかりだし、顔面狙いはちょっと躊躇っちゃうな)
そんな甘いことを考えるひりょの顔面に、まっしぐらに軌道を描く枕を、文歌が目ざとく見つけた。
「ひりょさん、危ない!」
咄嗟に、シールドスキルで盾を呼び出して防御する文歌であった。
「そ、それは味方ながら、ずるいのですにゃ〜! せんせー真似したくても出来ないのです〜にゃ〜」
またパペットをつけたせんせーが、布団の防壁から枕を投げつつ、文歌に頬を膨らませて見せた。
「ああ、ごめんなさいっ。つい体が反応しちゃいました! そうですね、アウルの使用はやめておきますね」
文歌は、青組が投げてきた枕を少しずつ確保していき、全ての枕を失って相手が突撃してきた所を狙い、集中砲火で投げつける予定だった。
だが。
「てやてやーなのです〜にゃ〜!」
折角文歌が集めた枕を、手当たり次第に投げ返してしまうせんせー。
一般人であることを差っ引いても、狙いをつけずに、むやみやたらと投げまくっているのが見て取れた。
智美が苦笑する。
(楽しそうだから良いのだろうが‥‥これでは残弾(枕)が尽きてしまうぞ)
一方、青組のアリスはというと。
「わ、わたくしだって、投げますのよ〜、えーい」
枕を持ち、振りかぶって大きくモーションし、その勢いで布団に足をとられ。
「はわ?」
ずざざざあ、と大いに転ぶという、天然系ひとり漫才を繰り返していた。
投げようとした枕が、ぼてっと上から落ちてくるというお約束まで踏まえ、コントとしては完璧だ。
「あははは!」
皆で笑ってしまう。アリスも「また失敗いたしましたの〜」と、照れた笑顔で髪を整えた。
「枕投げは難しいですの〜」
一緒に笑いながら、ひりょは考えていた。
(ま、こんなバカ騒ぎもいいか‥‥時にはね)
段々、枕投げも白熱してくる。飛び交う枕、防壁にされるお布団。勿論、皆、手加減は忘れない。
言い出しっぺのマリカせんせーが「もーだめ、お腹がすいたのですーにゃー!」と音を上げるまで、枕投げは続いた。
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ねこかふぇのシャワールームは、間取りの都合上、狭くて1人ずつしか入れない。
最初にひりょが借り、続いて女性陣が順番を決めて並び、最後はお掃除を担当するとアリスが引き受けた。
「生き返ったですーにゃ〜!」
シャワーを浴びてパジャマに着替え、パーティの残り物をつまんだらしいせんせーは、清々しい顔で、皆の分の乱れた布団を直す作業に入った。
「そう言えば」
シャワーを終え、髪もドライヤーで乾かし、パジャマに着替えた智美が、せんせー特製の梅昆布茶をすすりながら、ふと疑問に思う。
「‥‥梅昆布茶が作れるなら、インスタントスープとか、お湯そそぐだけのカップラーメンや袋ラーメンも、作れそうな気がするんですけど‥‥」
「そ、それがでぎないのでず〜!」
後半、涙声で、せんせーは答えた。
聞けば、インスタントスープは粘ってねちょねちょの粘土状態に、カップラーメンは麺がふやけてひどいありさまに、袋ラーメンに至っては、袋を開けようとすると爆発するのだという。
(書いてあるお湯の分量とか、温度とか、待ち時間が理解できないのか‥‥?)
ぶっちゃけ、そういうことらしい。
芸術面では天才的な技術力を発揮するせんせーだが、料理の基礎が徹底的に理解できない特性もあるようだ。
「ゆっくりとシャワーを浴びて、すっかり疲れが癒えたのですぅ〜。いいお湯だったのですぅ〜」
更衣室で、流紗がパジャマに着替えていると、文歌が服を脱ぎながら自分の胸を見下ろしていた。
「どうしたのです〜?」
「うん‥‥私の彼氏さんは、胸は小さいほうが好みらしいんですけど‥‥」
身長に比べ、大きめな自分の胸を見おろしつつ、文歌は俯いた。
「それなら、少し痩せればいいのですぅ〜。胸から減るって聞いたことがありますぅ〜」
「なるほど‥‥ダイエットですか。頑張ってみようかな?」
そこへ、濡れ髪をタオルでとんとんしながら、シャワールームから香里が出てきた。湯上がりの色っぽさが際立つ。
「運動の後はシャワーが心地いいですね♪」
微笑みながら、流紗と文歌の会話が漏れ聞こえていたのか、アドヴァイスをする香里。
「適切な運動量と、適度な栄養、カロリーを守っていれば、自然に痩せられますよ♪」
「そうだね。おやつを食べすぎちゃう時があるので、なるべく自重しますね」
文歌は香里に礼を言って、シャワールームへと消えていった。
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その頃、シャワーをさっさと済ませていた瑞樹は、カメラを持ってミルク様スペースに侵入していた。
(猫はお休み中か。好都合だ。撫でるのは駄目であろうが、寝顔や寝姿を思う存分写真に収めよう。私の猫用フォルダがもふもふで潤うのだ)
猫ハウスの中を、何とか写真に収めようとする。
(出来れば、俯瞰からの他に、顎の下からアングルやお腹見せポーズも撮影したいが‥‥)
なかなか思うようにいかない。寝ていても猫様は気まぐれであった。
「更衣室にお忘れ物ですの〜」
アリスの声がする。見ると、瑞樹には見覚えのあるパスケースが掲げられていた。
慌てて身の周りを探る。ない。
「そ、それは、その、私のパスケースではあるが、な、中身を見ては‥‥」
「お写真が入ってございますわ」
あたふたする瑞樹。
「そ、それは、部活で撮った写真が、たまたま間違って私の所に来てしまったから、会った時に返す為に持ち歩いているのだ、そ、それだけだ」
まさか、安眠のお守り用に持っている先輩の写真とは口が裂けても言えない。武士だもん。
ともあれ、無事に写真を取り戻し、瑞樹は安堵の溜息をついた。
男女をアコーディオンカーテンが隔て、部屋の電気が消されていく。ツリーの電飾もスイッチが切られた。
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「こういうのは初めてだから、少々緊張するのだ」
誰にも気づかれないよう、暗闇でうさ耳ナイトキャップをかぶり、瑞樹は呟いた。
掛け布団を、喉元まで引っ張り上げる。
アコーディオンカーテンの向こう。
男子ひとりで布団に横たわり、ひりょはこの一年を振り返っていた。
沢山の事があった。自分にも、そして周りにも。
出会いも、別れも、多かった。
どちらかというと、辛い事の方が多かったかもしれない。
「来年は、色んな出来事を糧にして、より良き一年にしていきたいな。皆に笑顔が沢山の日々であってほしいとは思う」
ちょっと感傷に耽りつつ、ひりょは自分を振り返った。
「とりあえずは、一人で抱え込み過ぎないこと、時には肩の力を抜く事を覚えること、あたりが俺の目標かな?」
流紗は、香里の隣に寝て、「素敵なプレゼントを有難うございます、木嶋さん。とても心のこもった素敵なプレゼントだと思うのですぅ〜。私の宝物にしていきますね」と微笑みかけた。
勿論、部屋が暗くてその微笑みは見えなかったけれど、香里には伝わった。
「やっぱり、学園に来て良かったと思うんですぅ〜。天使の私が、これだけまったりとゆっくりした気分になれたのは、ここに来たからだと思うのです。本当に皆さまには感謝してるのです。‥‥えっとちょっと、らしくなかったのですぅ〜、のんびりまったりが、一番です」
「のんびりまったり、ですか。いいですね。今晩は語り合いたい気分です♪」
香里は流紗の言葉を繰り返して、自分の一年を振り返った。
「任務と、和風サロン『椿』での女将としては、私も結構、頑張れたと思います。でも、少し学園の皆さんとの交流が疎かになりがちだったので、来年はもう少し交流に時間を取りたい所ですね」
智美は、この一年関わってきた任務を思い返していた。
「正直、天魔より人間の方が厄介だと思った依頼も少なからずあったな。来年は‥‥また色々大変そうだけど、本来の学校なら、受験に頭を悩ませる時期なんだろう。それよりは、日々の事件の解決にまた飛び回るんだろうな。そう思う」
「そうだな。この一年で達成できたのは、私の場合、無事に進級できた事であるな」
(片思いだった先輩と恋人同士になれた事だ、などと、そんな武士らしくない色恋沙汰は、恥ずかしくてとても言えぬ‥‥)
瑞樹は何とか誤魔化して、皆の言葉に耳を傾けた。
「私も、今年はいつもよりも増して色々な依頼にいきましたよ」
文歌が智美の言葉を引き継いだ。
「天使の双貌のドォルさん、メイド悪魔さんにシュトラッサーさん‥‥敵対していたこともある人達と、仲良くなれた1年だと思います。私、すべての天魔さん達と分かり合いたいと思っています。例え種族が違っても、今は敵同士だったとしても‥‥」
「わたくしは、あまりあの仮面の天使さんは、信じられませんわ」
ぼそりとアリスが呟く。が、か細い声は、文歌の力強い声にかき消された。
「歌は、天魔人の友和を実現させる、一つの力になり得ると思っていますっ。だから私、これからも歌い続けます。自分の夢を叶える為に‥‥」
ひりょの耳にも、女性陣の話し声は途切れ途切れに聞こえてくる。
ひとり仕切られた、一人だけの寝床。でもその隣には皆がいる。
(自分は結局、自分でしかない。他人には決してなれない。でも、それは当たり前のことだ。それと同時に、俺にしか出来ない事も探せばあるはず。そして、自分は自分だけど、今のこの部屋のように、皆と隣り合って歩んで行くことは出来るはず‥‥! 自分を認め、その上で歩んでいけるようになりたいな。来年も試行錯誤の日々になりそうだな)
楽しかった一日を振り返っているうちに、瞼が重くなっていく。
(来年は今年よりも笑顔満ち溢れる日々になりますように)
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ひりょの寝息が聞こえ始めた頃。瑞樹は焦っていた。
(うまく色恋話や、彼氏との付き合い方を、聞き出せるよう、さり気なく水を向けるのだ。特に男性の好むデート先や行動などを調査せねばならぬ)
だが、なかなか切り出し方がわからない。そんな中、ふっと文歌が囁いた。
「来年‥‥高等部を卒業したら、私、彼氏さんと結婚する予定なんですよ」
暗闇の中で、文歌は真っ赤になっていた。
「け、けっこ‥‥!」
瑞樹は衝撃を受け、他の女子は、祝福の言葉を、文歌に惜しまず浴びせた。
おめでとう。良かったですね、と次々と声があがり、慌てて皆、声量を落とす。
「クリスマス前に、彼氏さんにプロポーズされたんです。皆さんは、その予定あります?」
「その予定は全く無いですーにゃー。‥‥時に御堂島さん、にゃー縛りはいつまでですにゃー?」
マリカせんせーが羨ましそうに呟く。
「わたくしもございませんわ」
アリスも頷いた。意外そうに皆が見つめる。
「はう、本当ですのよ。きっと今の関係が、このままずっと続くのだと思いますの」
それでわたくし、構いませんのよ。アリスは穏やかにそう告げた。