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明るいクリスマスソングのBGMが流れる中、ねこかふぇにサンタさんが登場した。
1人は、ミニスカサンタ姿(ただしスパッツイン)の川澄文歌(
jb7507)。
もう1人は、白いウサギのぬいぐるみを抱いた、青いサンタガール姿のアリス・シキ部長(jz0058)である。
「おや、シキさんは、青サンタなんだ? 青いサンタって珍しいですね」
飾りつけを手伝いつつ、黄昏ひりょ(
jb3452)が驚いた声を上げる。
「はい。わたくしの母の国では、サンタさんは白か青の衣装を纏いまして、うさぎのそりに乗って現れるそうですのよ。お名前も、クリスマスのおじいさん、という意味で、モシュ クラチュンとお呼びいたしますの」
「クリスマスにも、お国によって、いろいろあるのですね〜」
御堂島流紗(
jb3866)がまったりと口を挟む。
文歌サンタは、キャンドルを沢山集め、入口から見える正面の壁の近くなど、参加者の視線が集まりやすい場所へ置き、火を灯していた。勿論、カーテンの近くのような、危険なところはは避けるなど、火事にならない様に細心の注意を払っている。
「大きめの皿やトレイの上に、キャンドルを数本まとめて置けば、より目立ってよさそうだね」
「おや、ミルク君が見たらないな」
猫をご馳走に近づけない担当をかって出た、酒井・瑞樹(
ja0375)が、猫じゃらしを手に看板猫ミルク様を探す。
「あそこにいますよ。やっぱり高いところが好きなんですね♪」
おめかししてやってきた木嶋香里(
jb7748)が、大きなツリーのてっぺんを指差す。そこに、星の飾りの代わりに堂々と居座っている白猫の姿があった。
「とりあえず皆さん、飾りつけの手を休めて、せんせー特製の梅昆布茶を飲むのですー」
マリカせんせー(jz0034)の言葉に、背筋が寒くなる礼野 智美(
ja3600)。
何しろご飯を洗剤で研ぐ先生なので、一抹の不安が拭えない。
さりとて、パーティーの場で、恥をかかせるわけにもいかない‥‥。
「‥‥マリカ先生の梅昆布茶、ですか‥‥いただきます」
覚悟を決めて、飲み下す智美。
‥‥おいしかった。普通に。
「インスタント梅昆布茶をお湯で溶くだけなのですー、せんせーが唯一自慢できる手料理なのですー!」
「手、料理‥‥?」
何か根本的な語選センスに間違いがある気がするが、智美は己の無事に安堵した。
この梅昆布茶なら、誰が飲んでも、少なくとも被害が出ることはないだろう‥‥。
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色とりどりのクリスマスガーランドが部屋を飾り、リースが飾られ、ツリーにもオーナメントがびっしり取り付けられ、電飾が色ごとに点滅を始めた。
大テーブルに料理が並ぶ。
マリカせんせー注文の出前料理と特大ケーキ。大皿に盛られた智美のオーブンピラフ。ひりょの手作り唐揚げ。流紗の用意した乾杯用シャンパン風炭酸ジュースに、フライドチキンとシュトレン。香里の心尽くしの生春巻きやカナッペなど、片手で食べやすいお料理にノンアルコールカクテルの数々。アリスの作った東欧風のクリスマスのご馳走、サルマーレ(発酵キャベツのロールキャベツ)にキフテレ(ミートボール)、マッシュポテト、コゾナック(パン菓子)。
これらが、彩りよく、文歌とアリスの手で並べられる。
「俺も前にねこかふぇ手伝った覚えもあるから(文化祭の時にだけど)、お手伝い出来る事があったら言ってくださいね。普段喫茶店でバイトもしてるから、少しはお役に立てるんじゃないかな?」
「では、皆様に、この大きめのお皿を配ってくださいませ。パーティは立食スタイルで進めますのよ。シルバーとお皿の予備は、お料理の隣にご用意してございます。以上のご案内も出来ましたらよろしくお願いいたしますわね」
「承知したよ。任せて!」
ひりょは喫茶店のウェイターのように、卒なく仕事をこなした。
「ああいかん、このままでは皆のご馳走が猫の餌食だ。猫が誤って、料理や飾りに飛び付いたりしないよう、見張っておかねばならん」
瑞樹はそう言うと、ミルク様と猫じゃらしで遊んだり、もふもふ撫でたり、猫缶をあげたりして、存分に相手をして貰っていた。
「ミルク様用の、味付けの無い鳥料理とかも用意しておきましたよ〜。猫さんと一緒に過ごせるクリスマスとか、最高だと思うのですぅ〜」
「のわっ!?」
流紗が瑞樹の肩からひょいと顔を出した。瑞樹は緩んだ頬を見られなかったかとドキドキ焦る。
気づいているのかどうかもわからない様子で、流紗はまったり笑んで、猫様のご馳走を瑞樹に差し出した。
「味がありませんから、ミルク様にあげてくださいですぅ〜」
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「いただきまーす! メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
「かんぱーい!」
それぞれの掛け声が、ねこかふぇの天井に響きあう。
カチン、カチン、グラスの縁を重ね合う音が鳴り響く。
「美味しいですの!」
アリスはひりょの唐揚げを口に運んで、絶賛した。ひりょは頭を掻いた。
「いやいや、シキさんにいつもここで振舞ってもらってる料理には適わないよ。だけど有難う。たまにはこういうのもいいよね」
2人でにこにこ微笑み合う。
「今日の木嶋さんは、女将モードじゃなくて、大人っぽいセクシー路線なのですー。色っぽい服も似合うのですー」
マリカせんせーは、ご馳走をもぐもぐしながら、香里の隣にやってきた。
香里は、翡翠色の膝上丈チューブトップワンピースの上から、タートルネックを羽織っている。
小さ目の胸開き部分から、チューブトップワンピースの縁と共に、胸の谷間が少しだけ見える衣装だ。
頬を染めて、でも少し嬉しそうに俯く香里。
「せんせーはあんまりお洒落はなさらないんですか?」
「んー、せんせーは、胃下垂なので、食べた分だけお腹ポッコリになるのですー。なのでこういう、体のラインの出るワンピースは着られないのですー」
そう言ってから、せんせーは、続いて香里の生春巻きを褒めちぎった。
早速おかわりを取りに、料理の並ぶテーブルへと引き返していく。
「クリスマスって素敵だと思うのですぅ〜。クリスマスツリーとか綺麗だし、ケーキとか食べ物も美味しいですし〜、何よりも皆さんとまったりと楽しくパーティーする機会として、有用だと思うのですぅ〜。それを、今年は猫さんカフェで過ごせるなんて、とても重要だと思うのです〜、たっぷりと楽しむですぅ〜」
流紗がご馳走に舌鼓を打ちながら、ほわんほわんとパーティを楽しんでいる。
「明かりを少し落としたら、キャンドルも電飾もとっても綺麗なのですぅ〜」
「うふふ、でしょう?」
飾りつけを担当した文歌が笑顔で流紗に頷く。
BGMに、文歌の部活のメンバーで作った、クリスマスアイドルソングメドレーがかかっている。
「うむ、ピラフを用意しておいてよかったな」
他にも沢山の差し入れがあり、智美は胸をなでおろしていた。
(料理って、マリカ先生が手配?‥‥絶対足りない、マリカ先生が参加するなら絶対に足りない! 何か作って持って行こう‥‥)
そんな風に不安に思った時もあった。でも、出前料理は案外と量も多かったし、参加者の皆もそれぞれ持ち寄ってくれた。何より、せんせーが本気で食べにかかってきていないので、ひと安心だ。
「ピラフ美味しーですよー?」
もぐもぐと食べながらせんせーが感想をいう。
「せんせー、口にものが入ってございますうちは、お話は避けられたほうが‥‥」
育ちのいい部長アリスに、注意されていた。
「シキさんやマリカせんせーにとって、ねこかふぇってどんな場所ですか?」
ふと聞いてみたいと思っていたことを、ひりょが思い出した。
「俺の学園生活が活発になる切欠になったのも、とある喫茶店だったと思うんだよな‥‥。皆にとっても、このねこかふぇが、これからも憩いの場であってくれるといいですよね」
「わたくしにとっては、修行の場ですわね。実際に自分でお料理したものを、お客様に召し上がっていただく場ですもの」
アリスはそう答えた。
「勿論、皆様にとってのくつろぎの場でありたいとも、思ってございますわ」
「せんせーは‥‥んー‥‥お給料が足りない時に、すがりつく藁のひとつですー! 他にも幾つか飲食店はおさえてありますー。何しろ食費の圧迫がすごいのですー」
せんせーの回答は、まあ、概ね、予想通りだった。
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「ちゅうもーく! アテンションプリーズ!」
文歌サンタガールが、良く徹る声を張り上げた。
「サンタさん見習いの川澄文歌です。よろしくお願いしますね☆ それでは、今からプレゼント交換会を始めさせていただきたいと思います!」
全員、拍手!!
「プレゼントは、厨房に全て保管されています。アルファベットを書いた札がついていますので、今からどのプレゼントが当たるか、抽選をしまーす。ではまず、抽選の順番を決めたいと思います!」
さくさくと司会を進めていく文歌。
「さーいしょは、ぐー!」
ぐー!
慌ててぐーを出す皆。
「じゃーんけーん、ぽん! 負けた人は一旦お近くの椅子に座ってくださーい」
こうして順番が決められた。
1.ひりょ
2.マリカ
3.流紗
4.瑞樹
5.文歌
6.香里
7.アリス
8.智美
「よし、いいの当たれ!」
ひりょが抽選箱に手を突っ込む。引いたのはA!
包装紙を開くと、手作りの猫型編みぐるみだった。『家内安全』というお札を持っている。
「何だか、オンリーワンの有難みがありそうなプレゼントだね! ありがとう、大事にするよ‥‥って、作者誰だろう?」
どこにも、製作者のわかるメッセージがない。添付されたカードにもない。
「まあいいや。大切にしますね」とひりょは皆に笑顔を振りまいた。
恥ずかしげに瑞樹が顔を伏せたことは、誰にも気づかれなかった。
続いてマリカせんせーが抽選箱を引く。握られたアルファベットはD!
「あらあら、猫さんのハンドマペットですー。もふもふでとってもかわいい感じなのですー」
「それ私からのプレゼントなのですぅ〜! これさえあれば、語尾に「にゃ」とかつけるのが、怖くなくなるという逸品なのですぅ〜。マリカせんせー、語尾をにゃにしていっぱい発言してくださいですぅ〜。私もそれ付けてまったりするにゃ〜とか言いながら、炬燵でゴロゴロしていたいです〜」
テンションマックスの流紗に、たじろぐせんせー。大喜びの流紗。
「語尾に、にゃ、ですかー? こうですかにゃ?」
「そうです、そうですぅ〜!」
(俺、あれ引かなくてよかった‥‥)
ひりょはちょっとだけ冷や汗をかいた。
流紗の引いたのは、F。
丁寧な包装紙を開けると、親指と人差し指の指先だけ、携帯端末の操作がし易い「導電糸」を使った手編みの毛糸手袋が出てきた。これなら寒い場所でもスマホが操作しやすそうだ。
「こんな毛糸がございますのね」
編み物にも興味のあるアリスが、覗き込んだ。
「材料は毛糸玉3〜4個と導電糸5〜10m分で、1500久遠に収まりましたよ」
製作者である香里が微笑んだ。アリスは興味津々だ。
「はわあ、便利そうですのー」
「木嶋さんありがとうですぅ〜! 私も大事に使いますねぇ〜」
流紗はにこにこと笑顔を振りまいた。
瑞樹が引いたのは、E。
有名なクリスマスソングが流れるオルゴールが、包まれていた。
「あ、私のですね? 当たった人に、オルゴールにのせて生歌プレゼントしちゃいますよ〜♪」
文歌は、オルゴールの調べにのせて、綺麗な歌声を披露した。
「ステキな聖夜が皆さんに訪れますように‥‥」
祈りの言葉で歌を締める。
「な、なんというか、その、ありがとうなのだ‥‥」
恥ずかしくて、控えめに喜ぶ瑞樹。
「どういたしまして」
微笑む文歌。
「ではでは私の番ですねー? ひいちゃいますよ〜」
文歌の引いたのは、C。中身は‥‥救急箱だった。
「あ、えーと‥‥」
プレゼント主が頭を掻きながら、現れた。ひりょだった。
「これから、戦いも激化していく中、自分や友達が怪我をする事もあると思う。戦場では一般人の手当もする事もあるだろうから、あって困るものじゃないよな。無論、怪我なんかしなくて済むなら、それに越したことはないんだけど‥‥状況が状況だからね‥‥」
うん。実用的である。
ただ、聖夜に相応しいかどうかは、受け取った文歌の判断に任せよう。
「次行こー!」
アイドルは笑顔を忘れない。司会進行は滞ることなく進む。
香里は「どきどきしますね」と箱に手を入れた。掴んだクジは、H。
「あー、せんせーのですにゃー」とマリカせんせーが飛び上がった。
「皮革の端切れを使って、お財布を作ってみたのですーにゃー。こちらが札入れで、こちらをこう開けると小銭入れになるのですーにゃー」
「わあ、便利そうですね。有難うございます♪ 大切に使わせて頂きますね♪」
香里は何度も新しい手作り財布を確認して、にこにこした。
「せんせーはレザークラフトもできるんですぅ〜?」
流紗が驚いて、声をかけた。
「美術の範疇なら、何でもこなせますにゃー」
せんせーは、まだ「にゃー語尾」縛り中だった。
続いてアリスがクジを引く。手に当たる紙片はもう2つだけ。そして、自分のプレゼントはまだ出ていない。
(あれが、礼野さんのお手元に、届きますように‥‥!)
切なる願いは届いた。クジはB。
大きな包みに、驚いて目を見張る。開けてみると、美しい花束だった。嬉しさで表情まで華やぐ。
「水仙の花と、桜桃の桜の蕾に、赤い牡丹の切り花が2本。素敵ですのー。華やかで綺麗ですわ〜。有難うございます!」
早速、活けるための花瓶を探しに行く。
「お花さんが、萎れてしまいませんように、急ぎませんとね」
(喜んでもらえたか‥‥やれやれ)
結構、予算配分に苦しんだ智美は、最後のクジを引いた。
残りものには福がある、という。
包装紙を開けると、暖かそうな耳あて付きのニット帽、マフラー、レッグウォーマーの3点セットが入っていた。全て同じ色の毛糸で統一され、日常使いにいい感じだ。
「これから寒くなると思いましたので、編みましたの」
今では100均で毛糸も売ってございますのね、とアリスは恥ずかしそうに呟いた。
「ということは‥‥」
差出人不詳のプレゼントの主は‥‥ひりょは、瑞樹へ視線を送った。
「わわわ! 違う! 私の趣味ではない! あああ朝の情報番組の占いで、これがラッキーアイテムだと言われたのだ! 武士たる私が、可愛い贈り物を趣味で用意するなど、あ、あり得るはずなかろう?!」
慌てふためく瑞樹に、にっこりして、ひりょは特上の笑顔を贈った。
「編みぐるみ、有難う。大切にするよ」
交換会も終了し、文歌はそのままクリスマスソングを、みんなで歌う流れへ持っていった。
「さぁ、みんな一緒に歌おうよ♪ 聖夜の始まりだよ」
皆、その場で立って、知る限りの歌を一緒に歌った。
「声を合わせるって気持ちがいいね」
ひりょが笑顔になる。笑顔は伝染し、みんなが口元を緩ませた。