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マスター:十三番
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/06


みんなの思い出



オープニング

●久遠ヶ原学園・図書館

 日付も変わろうかという時刻にも関わらず、多くの者が集っていた。

 館内にはあなたと仲間。本棚、長机、窓際、壁際。思い思いの場所で時間を過ごしている。
 中二階の大山恵は暫く筋トレに勤しんでいたが、ノルマが終わった今は膝を抱えて舟を漕いでいた。
 カウンターの小日向千陰は腕を組んで顔を伏せている。
 彼女の傍らには、彼女と同じ顔をした長い黒髪の女性。千陰の実姉で万裏(まり)という。何をするでもなく、言うでもなく、ただただ千陰を眺めていた。

 入口が開き、五所川原合歓がやって来る。

「九葉(このは)ちゃんは?」
「――大丈夫。さっき、寝付いた」
「参(サン)も?」
「――うん。出てくるときには落ち着いてたよ」
「そう」

 Prrrr Prrrr

 音を吐き出した白い電話の受話器を千陰が取る。相手は彼女らの上司、市川。

「準備はできているかね」
「はい。
 蔦邑(つたむら)さんは自室でしたよね」
「自室、と言っていいものかね。独房、とでも表した方が正しいのかも知れない」
「市川さん」
「……済まない。聞き流してくれ。
 人払いは済んだ。聴取は予定通り君たちに任せる。今更抵抗するようなこともないだろう。そう祈っているよ。だが伝えなくて構わない」
「判りました」

 千陰が横目で万裏を見遣る。柔らかい頷きが返ってきた。
 合歓が研修へ向かう直前、千陰が助力を頼んだ『私が一番苦手なその道のプロで外部の方』とは万裏のことである。正真正銘の家事手伝いなのだが、同時に趣味で培った隠密と諜報の確かな腕を持っており、使徒・御厨(みくりや)から言質を取るとほぼ同時に、彼女は事の真相に至りつつあった。加えて、その動機にも。
 合歓と三ツ矢つづりが属していた不良生徒集団、通称【六童】。彼女ら2名を遺して壊滅したこの集団を、保身の為に学園から隠し通そうとしていた男性職員がいた。この職員は『千陰の訴えを受けて』、『合歓とつづりと入れ替わるように』懲戒免職を受けて学園を去っているのだが、この職員が蔦邑の情夫だったという事が万裏の調べで明らかになっている。これが事実であるかどうか、そして此度の『犯行』の動機であったかどうか、直接確かめる為にあなたたちは今宵、この場に集っていた。

 が。


「それともうひとつ」
「何です?」
「御厨が発見された」




●関東某所

 分厚く鋭利な金色の光を、深緑の棍が辛うじて打ち払う。余裕綽々とはかけ離れていたがさして無理をしたわけでもなく、それはつまり一瞬も油断ができないという意味合いでもあった。

「気が済みましたら通してくれませんかね? 娘分が3人、腹を空かして待ってるんですワ」

 正面、少女の姿をした悪魔は固く首を振った。

「『ペミっぺ』のこと、どーも『使った』らしいじゃん? おまけにな、テメーがハメた連中の中にドクサの『ダチ』がいたんだと」
「ありゃ、おたくも『はぐれ』のご予定で?」
「んなわけねーだろ。ただの義理だよ。あいつらは約束を守ってくれた。テメーは嘘を吐いた」
「義理ってんなら、タリーウさんの護衛に戻るべきじゃないんですかい?」
「はぁ?
 『誰だよ、それ』」

 悪魔――ドクサの背後に佇むペミシエも眉を狭めており、心当たりなどまるで無い、という様子。
 御厨は内心首を捻った。豹変ぶりから察するに、彼女らはタリーウに切り捨てられたに違いない。例えば記憶を消された、とか。
 予想はついたが理解ができない。信頼されており力もある、こんないい『肉壁』はそうそうお目に掛かれないからだ。何より、面白くない。タリーウを背負い続けるペミシエをドクサから引き離し、降ろすように説得する為にすり減らした時間と神経が徒労に終わってしまったのだから。
 徒労は面白くない。数年間に渡る計画は失敗に終わり、保険の為にと備えていた『収穫』も無為となった。一同に無断で、連絡も入れずに組織を離れ、勝手に動いた揚句傷を負って帰ったとなれば、流石に好感は得られまい。どころか、それ以下の反応が返ってくることも十二分に有り得る。

(「つまんねぇですなぁ、こんなの」)

 兎にも角にも横浜へ帰らなくてはならない。まだ攻め込む準備は整っていない、という情報が保身の足しになるかは不明だが、手ぶらよりは幾分マシかと思えた。帰らない、という選択肢は無い。アクラシエルを長とするネメシスは堕天使追討を掲げている。そこから無断で抜け出て『標的』になるなど、笑えない。
 だから帰らなくてはならない。帰る為にはここを突破しなくてはならない。だのに進行方向には悪魔が2柱佇み、光の刃を惜しげも無く押し付けてくる。回避それ自体は容易なのだが、あちらもこちらの棍を軽々と躱して、或いは受け切ってのけていた。先ほどから耳朶を叩くペミシエの声が一因なのだろう。

(「……あぁー。敵対勢力の『首』ってのもイイんですかね」)

 一撃で突き刺すべく棍を振り被る。
 引いた片腕が、細く硬い感触で、背中側に強く引っ張られた。

「おっ?」

 強制的に振り向かされた御厨。
 その体を黒塗りの斧槍が打ち抜く。



 ―――――――――――!!!



 直撃を受けた御厨は千鳥足で後ずさっていく。
 顔を上げると、そこには黒塗りの得物を肩に担ぐ恵と、糸を繰る合歓、そしてあなたたちの姿が。

「……ほぉらな、こうなりやがる」

 体調が万全でない中の挟撃。さてどう切り抜ける。
 プランA。

「悪かったな、あれこれ面倒かけて。謝る。このとおりだ」
「絶対許すなってつづりさんからの言いつけだよっ!!」

 プランB。

「俺はもうおたくらに用事も興味もないんですがね」
「――私も興味は無いけど、用事はある。もう怖いことは起きないよって、九葉ちゃんと約束してきたの」


 プランC。


「だったら尚更、結局お前は俺と同じ戦闘狂だ。天才は天才らしく、本能のままに動こうや。無駄にカッコつけたってボロが出るだけですワ」
「――違うよ。絶対に違う。私を天才だと思うならそれでもいい。『それごとあなたとここに捨てていく』」
「ご ご ごめんね 大勢で」
「こんなのに謝んなくていいって!!」
「さあ、はっ倒すよっ!!!」
「はっはっは」




 プランZ。




「生意気抜かすな、ガキ共が」






 御厨の威圧感が増した。
 呼応するように、あなたを含めた全員が、一斉に構えを改める。







●久遠ヶ原学園・蔦邑の個室

 山のような資料を内包していた本棚はその中身ごと撤去されていた。テーブルも、カメラも、カーペットも残っていない。あるのは千陰が持ち込んだ椅子二脚だけ。その片方に千陰が座り、もう片方に蔦邑が掛けている。
 さて、と千陰。

「いろいろ聞かせてもらいますよ。黙秘権もありますけど、蔦邑さんが不利になるだけですからね」
「今更有利を取ろうなどとは思っていないけれど。
 それよりも、ここにいていいのかしらね。御厨の討伐を優先するべきでは?」
「あの子たちが負けるはずがありません」
「そう。託したのね。
 では、万が一彼等が敗北した時は?」
「そんなことは絶対に無い」
「と、貴方が言い切れるのかしら。
 突然の乱入者がいない保証は?
 悪魔が手のひらを返さない確証は?
 御厨がまだ奥の手を隠している可能性は?
 答えてみなさい。
 託した相手に裏切られた場合の、貴方の責任の取り方は?」

 千陰が視線を落として口を曲げる。
 入口に背中を預けた万裏は、この様子を眺めてから、音を殺して溜息をついた。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文



 市川は受話器を置くと、溜息を落としながらゆっくり椅子を回し、窓ガラス越しに真夜中の学園に向き直った。
 個室の中央、応接用の椅子に掛けていた久我 常久(ja7273)が、背凭れを軋ませて腕を組む。

「結局、こうなっちまったな」
「済まない。私の認識の甘さが招いた結末だ」
「……なんだ、まぁ……どうにかしてくるわ」

 時間が迫っていた。常久は立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。

「一応聞いておくけどよ、蔦邑(つたむら)の男の消息はつかめているのか?」
「生存している、という旨だけを万裏(まり)さんから聞いている。それ以上のことは、私には言わないそうだ」

 扉を開け、薄暗い廊下を進んでゆく。深夜の学園は、今日に限って、口を噤まされたように静まり返っていた。
 階段を二つ降りたところで小日向姉妹、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)と合流する。
 頬を強張らせた千陰が扉を開ける。
 蔦邑は窓辺に凭れかかっていた。

「頭数が少ないわね」
「御厨(みくりや)が悪魔と交戦中のところを発見されたそうなので、その追討に」
「悪魔と?」
「生徒の知り合いの悪魔らしいですよ。上手くすれば共闘に持ち込めるかも知れません。
 ま、お掛け下さい。いろいろ聞かせてもらいますよ」







 瞬く間に、包囲網はより強固なものになった。
 上空に飛び上がったナナシ(jb3008)、西側に駆け込んだ月詠 神削(ja5265)がドクサとペミシエに声を投げる。

「阻霊符を使った、透過が出来なくなる。気を付けろよ」
「はいよ!」
「ペミシエ、『声』をあそこのみんな用に切り替えて」
「は はい」

 声――らしき音――が半オクターブ下がると、腕に力が籠った。

「詳しい事情は分かんねえけど――今は信じるぜ……!」

 御厨の射程内に跳び込んだ小田切ルビィ(ja0841)は赤竜を思わせる翼を展開。

「的デカくしていただいて有り難いですワ!」

 それこそが狙いと知らぬ御厨の棍を、ルビィが煌びやかな大剣で受ける。
 二連の剛突。
 距離が掴み難く、衝撃もそれなりだが、耐えられないこともない。

「……仲間を泣かせたツケ、キッチリ払って貰うぜ?」

 翼の裏から『仲間』が跳び込んでくる。無言、無音で振られた赤の鋼糸が御厨の左腕を薙ぎ、払った。鋭く噴き出る鮮血に御厨は舌を打ち、踏ん張る。その軸足を、狗月 暁良(ja8545)が正確に射撃した。


(「コイツら……」)


 反撃を許さぬ撃退士の波状攻撃は続く。夜闇がそのまま形を成したような糸が御厨の足首に絡みつこうとした。が、御厨は咄嗟に棍を差し込み、これを巻き取るように受け止める。

「一つ、教えてやる。
 俺は、子供を巻き込む輩は、問答無用で殺すことにしてるんだ」
「カッコいいですなぁ。昔なんかあったクチですかい?」
「っ……黙れ――」
「ビンゴですかい。過去に拘って、前に進めずに。アンタの方がよっぽど子供ですワ!」
「ッ――」


「そぉいっ!!!」


 背後、死角から怒号と共に振り払われた黒塗りの斧槍が御厨の腕を割りながら吹き飛ばす。路面でバウンドしてから建物の壁に激突、御厨は土煙に塗れた。
 糸を戻し、俯く神削――その頭を、合歓がわしゃわしゃ、と掻き混ぜた。

「――気にしちゃ駄目。あいつは、何も判ってない」
「……あぁ。大丈夫だ」

 この光景を頷いて眺めていた大山恵に、ルビィがチョップを、暁良が膝を軽く入れる。

「包囲網崩すなヨ」
「ごめんなさいっ!」
「来るぞ!」

 ルビィの言葉通り、土煙を貫いて伸びた棍が3名に迫った。恵を庇うように前に出たルビィが棍の先端を受け止め、軌跡をなぞるようにして暁良が猛然と前に出る。

「行くゼ」
「よぉこそ」

 棍を戻した御厨が腰を落として待ち構えた。







 個室に広がる沈黙を、くくく、という低い笑いが破る。

「これではどちらが尋問しているのか判らんな。まあ、いい。代わりに我が答えてやろう」

 フィオナが腕を組んだまま千陰の前に出た。

「その程度の要素の追加で奴を取り逃がすようなら、所詮そこまでということだ。
 故に失敗は有り得ん。貴様は我等を嘗め過ぎだ」

 蔦邑の口の端が持ち上がる。

「その悪びれぬ態度は気に入った。
 だがな――」

 常久の片眉が跳ねる。

「貴様のその行為で、本来死ぬ必要の無かった者と、失う必要の無いものを失った者がいる。それは理解しているな?」
「元凶という意味なら、そうでしょうね」
「そうだ。今回の件での死と喪失は貴様が元凶だ」

 蔦邑が脚を組み直した。

「本当に失うしかなかったのかしら」
「何?」
「あの村の惨劇は、本当に止められなかったのかしら。
 村をもっと怪しむことは? 御厨の残したメッセージをどうやっても全て発見できなかったのかしら?
 何かが起こると確信しながら村に留まれなかったのは、潜める場所が見つけられなかったからではないの?」
「主因は我等にある、とでも言うつもりか」
「そうよ。あなたたちは何も進歩していない」

 蔦邑の視線は千陰の頭頂部へ。

「この女が失敗した時と何も変わっていないのよ」

 再び降りた沈黙を、常久が目を閉じたまま破った。







 地面と斜角に構えられた棍が暁良の拳を弾く、弾く。反撃の振り降ろしが暁良の肩口に叩き込まれた。めり、という音と衝撃に、しかし暁良は止まらず、踏み込みからの左フック、右ストレートのコンビネーションを放つ。
 乱れ撃たれる拳と棍。他者の介入を許さぬ乱打の嵐。拮抗が弱まり、拳の命中数が棍のそれを上回りだした頃、御厨が笑った。

「やぁ、楽しいですなぁ」
「嘘だナ」

 これほど顔を合わせ、言葉を交わし、拳を打ち合ったのだ。
 判る。
 こいつは違う。

 足りない。

「莫迦踊りは仕舞いだゼ」

 暁良の中段突きが御厨の鳩尾に決まる。口元を絞った御厨が棍を振り抜き、暁良の右半身を打ち抜いた。手を返し、掬い上げるような上段突きを、しかし暁良がサイドに回り込み、お返しとばかりに叩き込んだブローで『貪る』。

「不味ィ」
「ガキが――」

 舌を覗かせた暁良、その腹を御厨が思い切り蹴り飛ばした。宙に浮いた暁良は数メートル飛ばされ、両足と片手で受け身、着地を成す。


「今だよな!?」
「ええ、今よ」


 御厨が声に仰ぎ見る。
 夜の曇天に並んだ悪魔が力を蓄え終えていた。
 不意に零れる失笑。

「最悪ですワ」
「耐えてみなさい」
「避けんなよ――!」

 同時に放たれた黄金の刃と濃紫の弾が、まるで吸い込まれるように、御厨に直撃した。







「お前さんの失敗でもあったんじゃねぇのか。千陰の突っ走り過ぎる癖は、お前さんなら判ってたはずだ」
「違うわ」
「期待をかけて、かけ過ぎて、一度躓いて。そこに手を伸ばして、届かなかったんじゃねぇのか」

 違う。蔦邑は再び強く言い切った。

「私が伸ばした手を、この女の仲間は振り払ったのよ。
 揃いも揃って一度の失敗で久遠ヶ原を去ると言ったのよ」

 千陰が口を手で覆う。

「あれこれと施してやったのに、この女には、チームひとつ纏める力も無かったのよ」
「で、そんな奴が自分の男を追い出したから、その原因を追い出してやろうと思ったのか。
 どうしてだ。つまんねぇ男を見捨てる事だって出来ただろう?」
「あの人は許されなかった。この女は許された。その差異を清算したかったのよ」
「後悔は、ねぇのか」
「あるはずがないわ」

 蔦邑が鼻を鳴らすと、自然と常久の肩は落ちた。
 厳しい。
 蔦邑の心は拗れたと言い表せるほど頑なだ。解けない。解けていると思っているからだ。
 
 難しい。


 ならば。


「貴方からは?」
「……御厨とは協力関係だった、という認識に間違いはありませんか?」


 これを否定してくれたならば、
 誤っていたと、
 歩み直したいと、言ってくれたのなら――


「ええ。揺るぎない事実よ」
「そうですか。
 無念です」

 千陰のポケットで携帯電話が震えた。







 砂を多分に含んだ厚い煙が風のない夜を昇っていく。

「やった、かな」
「それじゃ困るのよ」

 ナナシの言葉どおり、煙は中央から払われ、波紋のように通りへ蔓延した。
 中心、仁王立ちの御厨は満身創痍。破れたシャツの下では肉が裂け、骨が焦げていた。頭から溢れた赤が顔の右半分を染め上げている。飄々とした顔ぶりだが、体幹が酷くブレていた。


「つまんねぇですなぁ」


 強い相手と戦ってみたかった。
 強い癖に平穏無事に過ごそうとする様が気に入らなかった。
 途中までは楽しくて仕方がなかった。
 だが、失敗した。


 やり直さなくてはならない。


「無駄よ。貴方にそんなことはできない。貴方はここで墜ちるのよ」

「そんなんつまんねぇって言ってんですワ!!!」


 その程度の『後悔』では足りない。
 ナナシが特大の砲を携え、高度を下げる。


「……言ったわよね。私、怒ってるって。貴方の事は、強敵だったなんて事すら言ってあげないから」

「糞餓鬼があァァ……ッ!!!」


 御厨が構える。見据える先はナナシ。
 圧倒的存在感を放つ得物。
 充満していく魔の光。
 命さえ貫きかねない眼光。


 その

 全てが

 囮(フェイク)。



「貴方を倒すのは、私じゃないわ」



 左右より奇襲。



「女を泣かせて粋がってんじゃねェよ!」
「あの世で後悔しろ、御厨……!!」


 ルビィが振り被る大剣、神削が引き絞る拳、どちらもが纏う光は白黒の螺旋。
 土煙を蹴散らし、駆け込んだ両者が、膨大な光の塊を同時に叩き込んだ。
 大地が慄く程の二撃。


「が……っ!!?」



 前後より急襲。



「合わせるよっ!」
「アスタ・ラ・ビスタ!!」


 刹那繰り出される連撃の挟撃。
 拳、斧、斧、拳、斧、斧、拳、拳、拳。
 大気が弾ける程の衝撃。


「ごァ……ッ!!!」


 全身を存分に打たれ、割られ、身を反る御厨。
 その顔を、黒いグローブを嵌めた色白の手が掴んだ。
 超速で運んでゆく。
 煙幕を切り開いていた御厨の背中は、やがてくすんだ壁に激突した。


「―――――――――!!!」


 吠えて、棍を突き出す。
 然し、
 先端が貫いたのは、パーカーの裾上であり、
 且つ、
 鋼糸を纏った五指は、御厨のど真ん中を貫いていた。


「はっはっは」


 震える手が、華奢とも言える腕を掴む。


「戦え。これからも。お前はそうするべきだ」

 合歓は首を振る。

「――あの島に来て、いろんなひとに会ったの」



 壱。弐。肆。陸。
 参。
 千陰。
 学園の皆。
 学園の外の皆々。
 夜草。
 九葉。



「――あなたが一番、子供だった」



 腕を引き抜く。
 ぽっかりと空いた穴から、ぼたぼたと黒ずんだ赤が溢れ出た。
 血溜まりに緑色の棍が落ちる。
 べしゃり、と啼いたそれは、もう二度と拾われることはなかった。







「御厨の討伐が完遂されたそうです」
「貴方たちの勝ちね」
「蔦邑さんの負けなだけです」

 千陰は淡々と通達を済ませた。今後のスケジュール、課せられた罰、学園に纏わる幾つかの規約。
 蔦邑が無言の了承を打つと、千陰は立ち上がった。実姉に連れ添い、生徒を連れて、部屋を出ていく。
 扉が閉まった。
 閑散とした室内に、蔦邑――と、フィオナを残して。


「まだ、何か?」
「聞き捨てならない言葉を耳にしたのでな」


 振り返らずにフィオナは続ける。


「汚名が我等にあると言うのなら、雪がねばなるまい。
 光栄に思え。
 法の裁きを待つまでも無い、我がこの場で直々に罰をくれてやる」

 室内に警戒色が満ちた。
 光源、真紅の球体が、音も無く無数の光を射出する。
 得物はあらゆる物を刻み、突き立った。床、壁、天井、扉、そして椅子。
 支えを失い、床に崩れた蔦邑がフィオナを睨みつける。
 肩越しに翠眼が覗いていた。

「その震え、背筋の冷えが畏怖というものだ。貴様の駄々に巻き込まれた者が味わった万分、兆分の一に過ぎぬがな。
 本当の意味で喪失した者の心情、僅かでも理解できたのなら、その身に刻むことだ。
 己の仕出かした事の重大さ、噛み締めながら朽ちていくがいい」

 蔦邑は何も言わず、床を見詰めていた。
 フィオナが退室すると、廊下には3名が並んでおり、中央の千陰が問いかけてきた。

「怪我はさせてない?」
「させる価値も無い」

 まったくもう、と苦く笑い、千陰が歩き出す。
 それぞれも続いた。

「……大丈夫か?」
「だいじょうぶです」

 それきり、千陰は口をへの字に結んだまま、先頭を進んでいく。
 懸命に抑えられ、しかし微かに震える背中に、誰も、万裏さえ、それ以上言葉を掛けることはなかった。







「いえーーい!!」
「い いえい?」
「こうすんの」

 ドクサが顔の高さに手を挙げ、ペミシエがおっかなびっくり倣う。両者の間にナナシが飛び込み、それぞれの手と自身のそれを打ち鳴らした。

「ふたりはこれからどうするの?」
「あっちに帰るよ。な」
「う うん」
「残れ、とか言うなよ?」
「言わないわ。ドクサたちがドクサたちのまま、私たちが私たちのまま、また会える世界を目指してるから」
「あっそ。ま、期待しねーで待っててやるよ」
「待ちきれなくなったら来てもいいのよ? そうでなくても、何かあったら連絡を頂戴。
 きっと、何とかしてみせるから」
「何か、なんて起こらねーのがサイコーだけどな」

 冗談めかして言っていたドクサだったが、ナナシが差し出した手を握ると、頬を幾分引き締めた。

「元気でな。
 ドクサが言えたことじゃねーけど、死ぬなよ」
「その言葉だけで百人力だわ。
 ドクサも、ペミシエも、元気でね」

 ペミシエとも握手を済ませると、悪魔は笑顔を残して、夜空に飛び立った。
 ナナシはどちらもが見えなくなるまで、ずっと両手を振り続けていた。




「……うん、みんなでちゃんと帰るよ。それじゃ、また学園で」

 通話を終えた神削の視線は、地面、足元に注がれた。
 脳裏に反響するのは、御厨が遺した言葉。


(「……俺は……――」)


 指先が食い込むほど硬く握られる拳。
 連動して俄かに強張る背中
 に、


「勝利(ビクトリー)だよーーーっ!!!」


 恵が遠慮なしにダイブしてきた。
 つんのめる神削を、肩を竦めた暁良が受け止め、デコピンで恵を諌める。

「考えンのは帰ってからでイーんじゃネ?
 難シい顔でも俺は気にしネーけド、合歓は気にすると思うゼ」
「……そう、だな。
 うん。帰ろう、皆で」

 神削が佇む合歓を見詰める。
 並ぶ暁良の視線は、その奥、地面に折れる御厨へ注がれていた。

(「аминь.」)

 帽子を引き、胸中で祈る。




 空を見上げる合歓の肩を、ルビィが軽やかに叩いた。

「お疲れ」
「――うん」
「……大丈夫か?」
「――うん」

 頷いた合歓だったが、一歩目を躓いてしまった。
 咄嗟に受け止めたルビィが浮かべる苦笑は、しかしニヤリと変化する。

「ったく、世話が焼けるぜ――っと!」
「――わわっ」

 ルビィは合歓を抱きかかえると、始めはあやすように、やがて踊るように回りながら、走り出した。
 それがあまりに軽やかで、唐突で、
 考えなければいけないたくさんのことも、この瞬間だけは吹き飛んでしまって、


「――ふふっ」


 子供のような合歓の笑い声が、星が浮かび出した夏の夜空に舞い上がっていった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍