●1F-1
「待ちいや」
発動点はエントランス中央。距離を見誤るような下手は打たない。巻き起こる破壊の嵐、飲み込まれた車両型は低温に崩され高温に焼かれ、それでも名残惜しくしがみ付いたエスカレーターを半壊させながら落下、転倒する。
おおー!!
(「ビビりもせずに拍手と来た」)
嵐が収まると同時、向坂 玲治(
ja6214)が前に出る。両手に携えるのは白く輝く旋棍。戸惑いを振り払うようにくるりと回し、腰を落として一度引く。鋭く息を吐いて突き出すと両掌から光が放たれた。
直撃。手応えも悪くない。
しかしディアボロは頭を振ると、両手で床を叩き、特大の咆哮を上げた。
押し流されそうな声の中、玲治は片目を閉じて考察する。
(「ひとまず、お目には留まれたようで」)
初手は申し分なし。意識をこちらに引き付け、仲間も飛ぶようにエスカレーターを駆け登っていく。
加えて『次手』も既に打たれていた。
微かに見上げた先、煌びやかな照明を背に舞うゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が、今、手にした漆黒の鎌と共に笑みを浮かべながら急降下してくる。
●2F-1
フロアに駆け込んだ狗月 暁良(
ja8545)もまた、周囲からの声援を受けていた。軽く手を挙げて応えるに留めて任務に赴く。
「出て来いヨ、御転婆」
応じたのは棚であった。強い音に放たれたそれが碗や皿を撒き散らしてエンドから向かってくる。
「裏だ」
助言は推して戴く。暁良は重心を後方へ傾けたまま、腕の力だけで棚を倒した。
右腕を振り被ったサーバントが跳ねて来る。床と垂直に振り下ろされたそれを暁良は半身で回避。挙動は攻防一体、サイドに回り込んでから深く踏み込み、腰を入れた鉤突きを打つ。が、これは肥大した左腕に阻まれた。
『これで良し』。引かずに、退かずに、圧し続ける。
飛び込んできた咲村 氷雅(
jb0731)が愛刀で斬りかかった。
ぎん――っ!!
不愉快な手応えだった。サーバントが返して受けた右腕は、剣のような成りと硬度でありながら、確かに『肉』だったのだ。
暁良と氷雅が同時に舌を打つ。
両者を振り払ったサーバントが、一度大きく後方へ飛び退いた。
「雑魚じゃネーな」
「泣き言か」
「巫山戯ロ」
刃のような声を上げ、サーバントが残存する棚を回り込む。
手を打ち鳴らした暁良が彼女を鋭く追い立てた。
●3F-1
エスカレーターを駆け登り、3階を覗いたファーフナー(
jb7826)は、次の瞬間身を翻して伏せた。
ぴく、と眉を跳ねさせる理葉(
jc1844)、その耳に痛烈な金属音が飛び込み、視界を忙しなく横回転した両替機が滑走していく。
両者は同時にエントランスを一瞥。民間人なし。仲間なし。
両替機の落下音を背に、同時に3階へ上がる。大きな目玉がぎろりとこちらを向いた。
ファーフナーが床を蹴る。下手に避難を指示すれば被害は広がってしまうだろう。動きが制限されるのは歯痒いが止む無し、策は幾重にも用意している。
低い位置から振り上げるように薙ぎ払う。
ばすっ
朽木が削れるような音がした。ぱっくりと裂けた表面の奥、赤い『肉』が覗いている。
そこへ理葉が駆け込んだ。深緑色の柄から伸びた鈍色の刃が寸分の狂いなく裂け目に振り下ろされる。勢いだけでない、小柄な体躯からは想定できようもない痛打。
ぐら、と傾くディアボロ。
ファーフナーが槍を構える。狙いを人の頭ほどもありそうな瞳孔に定め――それがぐりん、と滑った。
「下がれ」
言葉が喉を昇る前に、束ねられた左の触手が理葉を薙ぎ払った。
●1F-2
半円を描いた凶鎌の先端が右車輪の中心に深く『食らい付いた』。
図太い両腕が頭を抱え、粗末な口から先ほどとは毛色の違う絶叫が飛び出した。
ゼロが鎌を上に振り抜く。車輪を易々と切り裂き、オイルのような飛沫が噴き出した。ディアボロが拳を握り右腕を振り下ろす。ゼロはゆらりと躱してのけると、オイルさえ一滴も浴びることなく、再び宙へ舞い上がった。
悔しさが丸太のような両腕を暴れさせる。何度も何度も床を殴り、やがて振動で自販機が飛び跳ねた。これを目ざとく発見したディアボロは即座に移動、青いそれを掴んでエントランスを周り始める。狙いは言わずもがなゼロ。
ディアボロを追い立てる玲治の近くに両替機が落下した。頭が破裂しそうな音が鳴る。散らばった硬化を足で払い除け、身を屈めて接近。
ゼロが『わざとらしく』一時停止。
ディアボロが大きく振り被り、自販機を投擲した。これをゼロは得物の背で打ち払う。相応の重みがあったものの、自販機は難なく狙い通り、二階の柱に直撃、落下していく。
この戦法を有効と見たディアボロが『次弾』を求めて踵を返す。が、
「横着するなよ」
玲治が回り込んでいた。交叉させ突き出した魔具から鮮烈な光が放たれる。
慌てて腕を掲げ堪えようとするが叶わない。踏ん張ることさえできず、ディアボロは横転して1回転、エントランスの中ほどに戻る。
この隙をゼロが狙う。再び直滑降、急降下し、先ほどの一撃をそのまま模写したような挙動で左車輪を抉り斬った。
ディアボロの反撃は迅速だった。余程先の一撃目が応えたのだろう、次はこうする、と決めていたように、憎悪に塗れた雄たけびを上げながらゼロへ拳を振り下ろした。
「おっと」
光り輝く翼がこれを遮る。黒い拳は、まるで上等なアクリルを叩いたように大きく上へ弾かれた。
夜のような笑みを浮かべたゼロが、操る鎌でがら空きの脇腹を下から裂いていく。
フロアに轟く苦悶の叫び。床とそこに散らばった総てを真っ黒に染め上げる体液。
何れもまるで意に介さず、ゼロは一旦距離を取る。
「おおきにな、横着できたわ」
「いいペースだ。このままとっとと――」
同時に仰ぐ。
異変は既に起きていた。
●3F-2
ファーフナーの全身から闇が噴き出す。それは意思を宿したように纏まり、3階の一帯をディアボロごとすっぽりと包みこんでいた。巨大な瞳が上下左右へ忙しなく動き回る。
静かに踏み込み、存分に刺突する。
「理葉」
やけくそ気味に振り回された触手を屈んで往なし、再びの一突。
「理葉」
「御心配なく」
闇の外、倒れたスロット筐体の上で理葉は起き上がった。
「理葉は頑丈ですから」
打たれた腹が焼け付くように痛む。強かに打ち付けた背中は息をするだけで軋んだ。口の中に鉄の味が広がっている。どれも、理葉にとって下がる理由には成り得ない。
立ち上がる。正眼に構えた剣が淡い緑の光を帯びた。
駆ける。狙いは一点、闇の中央。
高い位置を横に走った触手、何も捕らえられず無防備極まりないそれを渾身の斬撃で出迎えた。
ざぐっ
大蛇を両断したような手応えだった。落ちた触手はもうぴくりとも動かない。
晴れかけた闇をファーフナーが呼び戻す。またこれか、と大きな瞳が苛立った。
斬、突、斬、突。
距離を詰めた理葉が押し込むように剣を振り、ファーフナーが合わせる。長射程がウリの攻撃も間合いが取れなければ脅威は和らぐ。加えて相手は暗中、回避は容易、攻撃は意図しなければ外すことは有り得ないという状況下。
だからこそ、敵も必至であった。
一際鋭く振られた触手がファーフナーの腰を捕らえ、伸ばしたもう一本と共に巻き付き、彼の巨躯を高々と持ち上げた。
●2F-2
斬撃をスウェーバックで躱し、戻りながら放ったバックナックルは牽制、本命の右拳を深く深く放つ。
頭を傾け紙一重で捌いたサーバントは左腕、鉄板のような腕で殴り掛かる。暁良は腕を交叉させて堪えるが勢いまでは殺せず背中から棚に激突、辺りに携帯電話をばら撒いた。
音もなく回り込んだ氷雅が、背面から対の曲刀で斬りつける。が、これは背中に回された右腕に寸でのところで阻まれてしまう。切っ先が肉体へ至り掠めるが、浅い。
(「こういう手合いは――」)
(「――一気呵成、だナ」)
床を窪ませるほど踏み込んだ暁良にサーバントが備える。振り被られた右拳に備えて盾を突き出す、が、これは暁良に掴まれてしまう。不意を突かれた刹那を逃さず、サーバントの右大腿部へ暁良が拳を打ち下ろした。コンビネーションは続く。ぐら、と傾き盾の影からサーバントが現れると、改めて握った右の拳であごを真下から打ち上げた。
この日初めて無防備になった背中へ氷雅が翔け込み双剣を振る。極めて平行に近く放った連斬は、切断にこそ至らないものの深い創をこしらえた。
身を反り墜ちてきたサーバント、その横っ面を、暁良の拳が思い切り打ち抜いた。相手が無防備であるが故の、攻撃以外を度外視したテレフォンパンチ。破壊力は絶大で、サーバントは四肢を投げ出し、その体で棚をふたつ薙ぎ倒させられた。
これで目が覚めたのか、或いは生存本能に火が付いたのか、右腕を杖に立ち上がった少女はエントランスを目指す。
(「逃がすか」)
距離を詰めてから二刀を振る。剣閃から噴き出した無数の蝶は、しかし左腕に打ち払われてしまう。
舌打つ氷雅に笑みを残してサーバントが柵を踏み切る。
これを暁良が追った。加速は充分、床を蹴り、柵に一切触れることなく飛び出して、先を行くサーバント同様天井から垂れた照明に飛び移った。
上を目指していたサーバントもこれには流石に目を剥いた。が、次の行動は実に迅速であった。命綱よろしく握っていた吊り紐兼ケーブルを、何の躊躇もなく右腕で断ち切ったのである。
●
「おいおい……!」
「っは! 派手にやるやないか!!」
床面積に等しい巨大な照明が落下してくる。
玲治、ゼロは即座に退避、民間人を腕で遠ざけながら中央を離れる。
眉を寄せていた氷雅は、しかし照明に残る暁良の表情を見てエントランス中ほどで待機。
落下までの猶予は実に僅かだった。
!!!!!!!!!!!
建物全体を衝撃と炸裂音が揺らす。少なくない悲鳴が各所から上がり、まるでそれらに鼓舞されたように、粒に成り果てたガラスと金属の欠片が、フロアの中ほどまで跳ね返り、舞い上がった。
●1F-3
それらが落下運動を始めるより早く、暁良とサーバントは殴り合いを再開していた。打ち出す拳に破片が良く触れたが、両者にはまるで関係のないことだった。
斬り降ろしは半身になって躱し、右右左のコンビネーションを叩き込む。左腕に阻まれるが止めない、止める必要が無い。サーバントが背中に負った傷は、その身体能力を極端に落としていた。
あと一息。それを待つ。すぐに訪れた。
車両型もまた行動を開始していた。道が拓いたのをいいことに、その太い腕を原動力としてサーバントに飛び掛かる。極めて愚策であった。
「なんや、つれないのう」
「とっくに詰んでるんだよ」
跳躍した軌道の頂点近くにて、ゼロが大鎌を振り回した。翼を生やし口を開いたそれは、ディアボロ自身の勢いも相まって、心地よいほど容易く腕を裁断、併せて正中線近くまで胴体を抉り取った。
駆けた玲治が両腕を突き出す。隆起した白い光は次の瞬間に纏まりを見せ、音もなくディアボロを目指した。
直撃する。既に車両型には、どうにも足掻くことさえできない状況に至っていた。
膨大で圧倒的な光が、ゼロがこしらえた傷口をなぞるように、車両型の上半分を押し流し、削り取った。
右腕の突きを事も無しと暁良が最小限の動きで回避する。そのまま攻撃の予備動作に移行した。必ず当たる、と確信しながら。
その表情を忌々しげに見上げたサーバントの背後に、上空から飛来した青刃が走った。
創の轍を受け、サーバントはあの耳障りな金切り声を上げ、折れそうになるほど仰け反った。
「じゃあナ」
暁良の拳が横っ面を捕らえた。
サーバントは吹き飛び、今し方床に落ちたディアボロの上に不時着する。
「仕上げるで!!」
仲間の声に玲治、暁良、氷雅が距離を取った。
もがくディアボロ、
震えながら恨めし気に見上げるサーバント、
どちらもが散らかした惨状ごと、吹き荒れた熱の嵐が洗い浚い呑み込んで焼き尽くしていく。
●3F-3
救援に備えた理葉を再び触手の一打が襲う。直撃を許してしまい、理葉は再び床を転がった。
ファーフナーはこれを待った。巻き込んでしまう恐れがあったから。
勝ち誇る代わりにファーフナーを振り上げるディアボロ。その後方で理葉が立ち上がると同時、ファーフナーが魔槍に光を込める。
「はしゃぎ過ぎだ」
槍を構えると同時、ファーフナーの周囲を光が凍て付かせた。槍から、床から、空間から炸裂した氷の刃が、巨大な眼球を触手ごと斬り付け、貫く。
理葉は静かに息を吐いた。目玉を触手ごと薙ぎ払う。今の自分にはまだ出来ないことだ。出来ないことを真似しても仕方がない。今出来ることをするしかない。
ディアボロがゆっくりと傾き、残存する触手が全て垂れて床に落ちた。ファーフナーは着地するなり正面に位置を取り、無防備極まりない眼球の中央、瞳孔へ、捻りを加えた痛烈な刺突を放った。
返ってきたのは固い手応え。槍の切っ先は僅かに斬り込んだのみ。飛び起きたディアボロに槍を持って行かれそうになるも、ファーフナーは堪えた。敵の奥に仲間の姿が見えていたからだ。
「行きます」
「ああ」
前のめりの斬撃が真後ろから叩き込まれる。押し込まれたディアボロは体内に槍の侵入を許した。
痙攣する眼球、波打ち暴れる触手、そのどちらにも関心を払わず、ファーフナーが槍をぐんと持ち上げた。
ディアボロの背面、切っ先が拓いた疵口に深緑の剣が添えられる。
呼吸が合うまでは一瞬だった。
左右それぞれに走った一閃がディアボロを真っ二つに断ち斬る。
下半分はすぐに落下した。上半分も、幾らか滞空を続けたものの、やがてがくがくと震え、落下し、そしてもう二度と動くことはなかった。
●
撃退士が取り戻した静寂は一瞬だった。
各階の民間人が惜しみない声援と万雷の拍手を一斉に打ち鳴らし始めた。
「外の業者に連絡しといたで。すぐ入ってくるそうや」
「ほい、ドーモ」
すごかったぞー!
「へーへー、危ないからまだこっち来たらあかんで」
カッコよかったわよー!
「貴女の声援があればこその結果です、レディ」
「露骨過ぎるだろ……」
暁良が揃えた指を放ると歓声が更に強くなった。
これらをまるで意に介さず氷雅は考察を続け、玲治はひとり髪を掻く。
(「俺の火力が充分であれば、ここまでの面倒にはならなかったかも知れない。課題は汎用性か」)
(「今後、今日みたいな興業が起こらないことを祈りたいな」)
似たことは3階でも起きていた。
理葉へ歩み寄ろうとした学生に「やめろ」とファーフナーが鋭い言葉を打つ。
「戦士に軽々しく言葉を投げるな」
「御心配なく」
深い緑色の髪が揺れる。
「理葉は頑丈ですから」
飄々と告げてエントランスを覗き込み、仲間とその戦果を確認する。
理葉の手には、今日はもう振るわれることのない愛剣が握られていて、帰投の直前まで手放すことはなかった。