●中庭近くの通路
マグロパーティの噂を耳にしていたラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、道中不思議な光景を目の当たりにする。
赤坂白秋(
ja7030)の、苛烈を極めるアプローチであった。
「お願いします! マグロパーティ是非来てください! 来てくれなかったら俺は死にます!!」
女性職員に腰を折って頼み込んだかと思えば、あるグループの先頭を歩いていた高等部の女学生に壁ドンし、
「ヘイ、そこの女神……俺とマグロパーティまでトゥギャザーしねえか……☆」
トゥギャザーは御免だけどパーティは面白そうとグループは会場へ向かっていく。
白秋は続いて通りかかった集団のリーダーへトライをかけようとして――音もなく雑踏の中から伸びてきた緑色の髪によって縛り上げられ転倒した。
「何をしているんですかー?」
「これは違うぞ、ちゃんと理由と理念がだな――!!」
「事情聴取は主催者の前にしましょうねー?」
ずるずると引っ張っていく櫟 諏訪(
ja1215)と引っ張られていく白秋を、かなり距離を取ってラファルがついていく。
やがて大層な賑わいの一角に出くわした。
ラファルは一旦物陰に隠れ、ペンギン帽子を目深に被り、入口らしい場所を注意深く観察する。
天井を掠める勢いで釣竿がぶんぶん揺れていた。
「え? マグロってもう釣ってあるの?」
しゅるしゅると釣竿を仕舞う草薙 タマモ(
jb4234)。
「おかしいと思ったんだよね、学校の中に海なんてないしさ」
係員から何かを受け取った。モノは見ることができなかったが、明確な説明がタマモの口を衝いて出る。
「このチケットで好きなものひとつと交換できるんだ? ふーん。え、ひとり一枚だけ?」
何度か頷いてタマモは入場していく。他の来場者も、係の者からチケットを受け取っていた。
ラファルは一計を案じる。もう三歩物陰に入り、帽子を外してアウルを集中。直後、少女らしかった四肢は太く、小麦色に変化した。白い歯の眩しいマッチョメン爆誕である。これで一旦チケットを入手してマグロを堪能した後こっそりと退場、改めて本来の姿で入場を試み、チケットを複数獲得しようという算段だ。
意気揚々と入場口に向かう。待ち構えていた係員は笑顔で迎えてくれた。
では学生証を。
「……は?」
本人確認と配布管理のために、学生証を提示していただけますか。
「……」
渋々学生証を差し出す。突き出された腕は、すっかり少女のそれだった。
●串カツテント
「入場者多くない!?」
「幸い準備は万端です。早くから用意していたのが功を奏しましたね」
フォローを入れながらも黒井 明斗(
jb0525)は手を止めない。彼の隣では、ファーフナー(
jb7826)が工程を追いかけていた。
「この野菜は?」
「ソース作りに使いますので、串にはマグロのみでお願いします」
無言で肯き、任された作業を黙々とこなす。
銀色のトレイが満杯になった瞬間、稲田四季(
jc1489)が身を乗り出してきてそれを運んで行った。
「よーし! どんどん揚げるよー!」
四季は手早く衣の素を纏わせると、片手に3本ずつ、計6本を一気に油の中に突っ込んだ。すぐさま油が暴れ出し、じゅうう、と空腹を煽る音が上がる。
回しながら泳がせること数分、タイマーのアラームをきっかけに引き上げる。つづりがチケットを受け取り、明斗が串カツを渡して自作のソースを案内する。さっそく一口頬張った生徒、その笑顔に口元を緩め、四季は再び6本を構えた。
「揚げ物楽しいー! けど暑いー!」
一旦串を置いてハンカチで汗を拭い、そうだ、と制服の袖をまくった。
「よし、これで大丈夫!」
「それ危な――」
「ひとつ貰えるかしらァ?」
「はーい! 待っててね、すぐ次を揚げちゃ」パァン!「 あ っ つい!!! 」
腕を抑えて飛び跳ねる四季。彼女の手から零れた串を、つづりと雫(
ja1894)が寸でのところでキャッチした。
「うー、ごめんね、ありがとー」
「問題ありません。どんどん提供して、チケットを回収してしまいましょう」
見開かれた赤い双眸が傍らのテントを向く。
「少々胸が大きいからと天狗になっている大山さんにお灸を据える良い機会です」
同感、とつづり。
「まだ開店準備中ー?」
「むーーーっ!! マグロラ\ カランカランカランカラーーーン! /
●解体テント
時間は少しだけ遡る。
「見てて飽きない奴らやのぅ」
「ねー。楽しそうだよね」
「語尾が、気になる……」
敵情視察を続けながらも、麻生 遊夜(
ja1838)、来崎 麻夜(
jb0905)、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)は鉄火丼の準備に余念が無い。
テントの前には串カツテントに比肩する規模の列ができていた。しかし混乱するようなことはない。手際の良さも去ることながら、ぴったりと息が合っていた。
チケットを受け取った龍崎海(
ja0565)が振り返る。
「注文、2つね」
「さあ、腕の見せ所やぜぃ!」
「おー!」
「ん(こくり)」
ヒビキがよそってきたきらめく白米に、麻夜が醤油の染み込んだ切り身を、宛ら花弁のように並べていく。
五分咲きほどのところで遊夜が七輪に乗った切り身を返した。表面は白く解れてこんがりと焼き目を残しつつ、身の中は桜色。これを最後の一枚、と載せて完成させたときには、新しい器にヒビキが白米をよそってきていた。
かくして、見た目も楽しめる極上の鉄火丼セットは完成する。
迅速に供給が行われれば、必然回転数が上がり、接客の頻度は増える。
多忙を極める最前線の只中に在って尚、礼野 智美(
ja3600)は気遣いを欠かさなかった。
丼とお椀を乗せた盆を差し出そうとして、おっと、と智美は一度それを引っ込める。並んでいたのは初等部の男女だった。
身を乗り出して、テーブルに並んだ薬味を指差す。
「もう味がついているけど、薄いと思ったら醤油をかけてもいいよ。
これ? これは山葵。あんまりつけると辛くなっちゃうから気を付けて」
元気な返事を確認し、2人にお盆を渡す。ありがとう、おねえちゃん。転ばないように。無事長蛇の列を抜けたことを見届けてから、智美は一旦炊飯器の許へ向かう。二順目の炊き上がりが間近だった。
一足先に七北田 常長(
jc1348)がジャーの中を覗き込み、白米を混ぜ返した。
「どうだ?」
常長が振り返る。眼鏡が湯気で真っ白だった。
「いい塩梅だと思ぇ……います」
眼鏡を拭く常長に代わり、智美がしゃもじで白米を混ぜる。狙いは釜底。白一色のそこにほんのり色づいた赤みを発見し、智美は胸を撫で下ろした。
\ カランカランカランカラーーーン! /
「そらそら、ご注目ー。マグロのバラバラ惨殺死体をこれから作るぜー」
「間違っちゃねぇけんども……」
「表現というものがあるだろう」
常長、智美の頭痛を余所に向坂 玲治(
ja6214)は尚もベルを鳴らす。音と身振りの大きさ、そして食したマグロの旨さ、何より好奇心から大勢がテントに押し寄せた。桜雨 鄭理(
ja4779)もその一人。
(「凄いな」)
言葉は飲み込んだが、思いは嘆息となって口をついた。
テントの中ほどに寝かされたマグロは格別に大ぶりなもの。味は判らずとも旨味を裏付けるに足るすべてを携えていた。
その前に、Rehni Nam(
ja5283)が音もなく歩み出る。
「すーーー……」
呼吸は深く、静かに。
「はーーー……」
研ぎ澄ませた集中は手にした刃よりも鋭く。
刹那、開眼。
「今ッ!」
――――ッ!!
躍動感に満ちた中華包丁の乱撃は、その実、紛うことなき『調理』であった。まな板に残されたカシラと背骨、そして部位ごとに舞う3つの切り身が何よりも雄弁に物語っている。
ひとつと一切れを玲治が大皿で受け止めた。もう片手がマイクを口元に導く。
「試食者募集、先着一名」
言い終わるや否や、山里赤薔薇(
jb4090)が手を挙げた。赤薔薇は拍手もせず、玲治、ひいては彼が掲げる切り身をガン見していたのである。
「はい決定」
赤薔薇がぱっくりと口を開いた。玲治が切り身を運ぶと、箸を折らんばかりの勢いでぱくん、と閉まった。
もぐもぐ、と赤薔薇の口が動く。動くたびに瞳が輝いた。ごっくん、と喉が動き、すっと手が挙がる。玲治が応えて、加減して手を振り抜く。かくてハイタッチの完成である。
この光景をひとつの区切りとし、鄭理はその場を立ち去ろうとした。
が、叶わない。くい、と袖を引かれていた。
口元を緩めて踵を返す。
「申し訳ないのですが、手伝ってくださいませんか?」
「ああ」
「よろしいのですか?」
「ん? 暇なのは嫌いだし、何よりどうせなら楽しみたいだろ?」
「……ありがとうございます」
鄭理はレイン=フォーツ(
jb6135)と手を取り合い、テントの中に入っていく。
導かれた先には寸胴鍋が並んで火に掛けられていた。片側を混ぜていた玉笹 優祢(
jc1751)が恐縮した様子で頭を下げてくる。
こちらを、とレインがもう片側の鍋を指し示す。
「何をすればいい?」
「下ごしらえは私が行いますので、鍋の様子を見ていただけませんか?」
「判った」
笑顔を交わし、調理を始める。
先ほどRehniが捌いたマグロ、そのヒレや尾などの骨回りを豪快にぶつ切りにして鍋の中へ。
「他の具は?」
「アラが煮詰まり次第、お願いします」
何気なく行われるやりとりを優祢は聞き逃さなかった。テーブルに留めておいた紙に情報を書き込んでいく。びっしりと書き込まれた紙は既に二枚目だった。知っていることも多かったが、再確認だと考えればどの情報にも等しく価値がある。
三枚目を用意しようとしたところで海が声を投げる。
「飲み物の用意できてる?」
「は、はい、17分前に補充したところです」
「ありがとう」
保温器から取り出したペットボトルは絶妙な温度だった。隣、冷蔵庫から冷たいそれも取り出し、それぞれを希望した者の許へ運ぶ。
味良し、速さ良し、サービス良し。
テントの評判は広場を飛び出し、校舎の向こう側まで浸透しつつあった。
●
長い黒髪を秋風に遊ばせ、瑠璃堂 藍(
ja0632)は目を細めた。得意ではない人ごみも、今日に限ってはあまり苦にならない。一歩引いた位置にいるからというだけではなかった。
思わず笑みを零した瞬間、背後から名前を呼ばれた。
「来てたんだ」
「ええ。気になったから」
月詠 神削(
ja5265)が隣に並ぶ。近過ぎず遠過ぎず、息遣いで表情が窺える。それは仲間の距離であった。
視線は無論、これでもかと賑わう中庭全体。笑顔、会話、或いは総て。
「感慨深いよな」
「本当に。走り回った甲斐があったわ」
どちらからともなく歩き出す。
●再・串カツテント
「そろそろ誰か、食べ過ぎて市場のマグロみたいに横たわって動かなくなってェ……♪」
「ならない×3!!!」
「あら、違ったァ?」
悪戯っぽく笑いながら黒百合(
ja0422)は串カツを食べ進める。味付けはタルタルで。
「この赤いのは何かしらァ?」
「紫玉葱ですね。見た目と食感のアクセントを狙ったものです」
「なるほどねェ……二度漬けしたいなァ♪」
「どうやらローカルルールのようなのですが、既に従っていただいた方もいますので……すみません」
僅かに唇を尖らせて、黒百合はぺろりと残りを平らげた。
「何か手伝うわァ」
「では、ソースの代案などはありますか? 手前味噌ですが好評でして、補充が必要な状態です」
黒百合は調理場を見渡す。続いてラーメンテントもぐるりと巡り、使えそうなものをとにかく持ってきた。マヨネーズ、中濃ソース、しょう油、塩、ポン酢、ケチャップ、バター。バリエーションが増えたことにより来場者の期待は更に上がり、串カツテントは更に忙しさを増す。
「うー、腕痛くなってきたかもっ」
「もう少ししたら交代で休憩回そうよ」
テントに藍と神削が到着する。いらっしゃい、とつづりが手を挙げ、よ、と神削が倣う。藍も小さく頭を下げた。
「串カツ?」
「その前に、なのだけど……」
「……あれは?」
藍が視線を送り、神削が指差した先では、閑散としたテントの中から恵が涙目で睨みつけてきていた。
胸がつかえて動けないんじゃない。つづりが鼻を鳴らすと、恵が涙を零しながら駆け込んできた。
「大山さんは何を作ったの?」
恵は待ってましたと飛び上がると、テーブルに両手を衝いて叫んだ。
「 ラ ー メ ン だ よ っ !! 」
「 無 い だ ろ う 」
真向いで神削が同じポーズをとった。但し視線は地面に注がれている。
「あれだけの素材でなんで冒険したんだ……」
「これが一番美味しかったんだよっ!!」
ほら! と指し示された先。
ひとりラーメンを楽しむ来場者――Robin redbreast(
jb2203)の姿があった。
「美味しいよねっ!?」
「ん、美味しいよ」
にこっ、と笑ってRobinはラーメンを喉に流し込んでいく。
「マグロも美味しいよねっ!?」
「ん、美味しいよ」
にぱっ、と笑ってRobinは麺とスープを入るだけ口に入れた。
「ねっ!?」
「……」
頬を痙攣させる神削に代わり、つづりがそれを口にしてしまう。
「たぶん、腹に入れば皆同じ的な思考の「あーーーーっ!」
声を上げながら耳を塞ぐ恵。
彼女の頭上に重いため息が落ちた。
慌てて開けた道を、マグロを満載したトレイを掲げてファーフナーが進む。
戻りしな、生まれてしまった沈黙に足を取られた彼は、口元を揉みながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「喧嘩するほど仲がいい、とは言うが……趣旨は新入生をもてなすことだ。
勝ち負けでなく、マイノリティの味も認め、どの料理も喜んで食べてもらえればいいな」
高速で肯いた恵がファーフナーの巨躯に隠れ、べー、と舌を出す。出されたつづりはむっとするだけで何も言えない。
ファーフナーは前掛けを外した。戦略的撤退である。
「休憩、貰うぞ」
「あ、はい」
どうぞ、とつづりがチケットを手渡す。
(「この流れならラーメン、よねェ」)
(「タルタルはお好みではなかったのでしょうか」)
(「あたしも休憩いきたいなー」)
つづりは悔しそうに目を伏せ、恵は既に両手を差し出してチケットを受け取ろうとしている。
「ふむ。では――」
ファーフナーがチケットを手渡した。
「――串カツを頼む」
\ドンガラガラガッシャ〜〜〜ン!!!/
串カツテントがひっくり返った。黒百合は傾いて柱に頭をぶつけ、明斗はひざ一つ分躓き、四季は驚いた拍子に串を油の中に落としてしまい三度跳ね返りを腕に受ける。肩すかしを食らった恵は側頭部から、チケットを受け取ったつづりも腰からテーブルに突っ込んだ。
「ヌードルを摂る習慣がなくてな……」
「いえ、そんな、大丈夫ですよ気にしなくても」
ファーフナーの陰からドヤ顔を送られると、今度こそ恵はぷぐー、と頬に息を貯めて泣き出しそうになった。
じゃあ、と、藍。
「私、ラーメンにするわ」
「ホントっ!?」
ぱぁ、と恵に後光が差す。それから顔を逸らした神削が目を剥いて問いかけた。
「……正気か?」
「実は入場する前から決めていたの。大山さんが一番クロシオアオジロオオマグロを楽しみにしていたし」
にこり、と傾いた藍の笑顔が、恵に引かれて地面と水平にすっ飛んで行く。
「……ところで、『勝ち負け』って何のことだ?」
「ぎく」
目を逸らしながらの説明を聞くと、神削は深く息をついて立ち上がった。
「じゃあ、俺はセットメニューらしいあのテントに行くからな」
「ぇ……」
「悪く思うなよ、喧嘩両成敗だ」
「ううん、量重視であっち確定だと思ってた。漁獲量変わるくらい食べてたもんね」
「いや、多分一番釣ってたたんだからいいだろ!?」
(「食べたことは否定しないんだー」)
ふーん、と鼻を鳴らしながら四季はカツを揚げ続ける。が、需要はこの時、早くも緩やかになり始めていた。
●ラーメンテント
ドン、と置かれたどんぶりは見目麗しい桃色を湛えている。
「召し上がれっ! あっ、お好みで混ぜてねっ!」
表情が引きつっていることを藍は自覚していた。デザート然としたそこへ箸を通すにはそれなりの勇気が要った。
「じゃあ、いただきます」
啜る。
「……? ……んん! これはこれで美味しいわ!」
藍が公言すると、様子を見守っていたギャラリーがざわめき、恵がドヤ顔でふんぞり返った。
「スープと合わせることで温まってそぼろ餡みたいになるのね。あえて薄味に整えたスープも美味しいわ」
半ば放心して丼を見つめていた藍の視界にペンギン帽子が躍り出る。
「ラーメンてここだよな、ひとつくれー」
「がってんだよっ!」
ラファルの注文をきっかけに、ラーメンテントにもようやく、そして一気に注文が殺到した。
僕も私もと突き出されるチケットを制してラファルにどんぶりを差し出す。その真横でスープも飲み干されたどんぶりが置かれた。
「ごちそうさまでしたー」
「ごめんっ、よかったら手伝ってくれないっ?」
「うん、いいよ」
元々そのつもりだったRobinは快諾してテントの中に入り、ぶつ切りの赤身をそのままトッピングしようとして全力で止められた。苦笑いを浮かべた藍も手伝うこととなり、恵が麺、藍がオーダー取りとペースト作り、Robinが盛り付けを担当してようやくラファルに一杯を提供するに至った。分担がはまりスムーズになったとは言え、チケットはまだまだ、幾層にも重なって突き出されている。
●再々・串カツテント
ぐぬぬ、と隣のテントを睨むつづりの前に諏訪と白秋が現れた。
「お疲れ様ですよー?」
「おー、こんちはー」
「デートしようぜ参!」
「仕事中ですー」
「ひとついただけますかー?」
「了ー解、ちょっと待っててねー」
つづりの顔色とテントの様子を眺めて、諏訪はそれとなく状況を把握する。
「ひと段落、という感じでしょうかー?」
「前半がマジで鬼でさ……今ようやく休憩回しだしたところ」
ずい、と白秋が前に出る。
「忙しかったってことは盛り上がったってことだよな!?」
「あ、うん」
「そうかそうか。走り回った甲斐があったな」
頭の上に疑問符を浮かべたつづりに白秋は自身の行動を説明した。口コミを狙い、ネットなどで多くの者と繋がっているものをメインターゲットとして、直接勧誘してきたのだ、と。
「そう、だったんだ。ありがと」
「だろ!? だからデートしようぜ参!!」
「あー、うん、ちょっと待って」
お待たせ、と諏訪に揚げたてを渡す。
促された諏訪がそちらを見やると、ソースが並んだテーブルの向こうで、傍観者を決め込んだ黒百合と明斗が薄い笑みを浮かべていた。
ところで、とつづり。
「豆腐先輩がどんな勧誘してたか判る?」
「自分が見たのは、女性職員の方へ土下座ギリギリに頭を下げていたのと、高等部の女性に壁ドンしていたところでしたねー?」
「……」
「リサーチ自体は日ごろの積み重(つづりが菜箸で油をピッ) あ っちい! 」
「少しはやり方考えてよ! あと同じ口でよくデートとか言えたね!?」
「妬いてるのォ?」
「揚げてんの!!」
「今の上手いですね」
「差し入れですよー? 食べて落ち着いてくださいなー?」
諏訪が取り出したのは手製のアイス。高温の近くで長時間作業を行う皆々を思いやってのチョイスである。黒百合と明斗に、保冷パックに包んだ、まるで切り身のように見える赤と白のアイスと飲み物を手渡し、つづりには特性の豆腐アイスを差し出す。
「嬉しいけど、そんなに毎回使っちゃうと先輩なくなっちゃうんじゃない?」
「 だ か ら 原 料 じ ゃ ね え 」
「無添加ですよー?」
「 ど ん な 返 し だ 」
「なら安心だけど「 な ん で だ 」ごめん、後で貰うね。今追い込み時だからさ」
首を傾げた白秋に恵と勝負中であることを伝える。白秋は刹那考え込んだ。
「どうしたもんかね。あ、こうしようぜ」
「決断早。なんか策あるの?」
当然、と白秋は手荷物を漁る。
「串カツテントに足りず、ラーメンのインパクトを一蹴するに足るもの。それは――萌えだ」
輝きを失ったつづりの瞳に、白秋が掲げた白いスクール水着(随所に白いファー付)が映り込む。
「さあ参! これを着て『にゃん語』で献身的なご奉仕(油ばっしゃあ) あ っぶね!! おま、今大匙1杯分くらい飛んできたぞ!?」
「水着出した瞬間お客さん引いてったじゃん!!」
「絶対数を増やした功績までこんがり揚がるとこだったじゃねえか!?」
「イベントの成功と恵との勝負は別なの!!! ああああああ罰ゲームがあああッ!!!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すつづり。
優祢がテントを訪れたのはちょうどそのときだった。テーブルにGカップを休ませて、あの、と切り出す。
「そ、その、まぐろは、胸の発育に良い、と、詳しい方にお聞きしたことが」
がば、とつづりが顔を上げる。
「わ、私も、その、大好きですし」
「よし! Bカップ以下のひとには2本あげることにんむぐっ!?」
「はいはい、落ち着きましょうねェ♪」
「それよりデートしてくれよ参!」
「だあもう、後でスケジュール送るから!!!」
「あ、あの、串カツ、いただけませんか?」
「少々お待ちください……と、ソースが切れてしまっていますね」
「自分でよければお手伝いしますよー?」
「すみません。それでは、揚げをお願いします」
「頑張りますねー?」
最後の一切れを頬張る。表はサクサク、中はホクホクの一品は最後まで充分楽しめた。
これを再現しなくてはならない。諏訪は口元を引き締め、幾分浅くなった油の海にマグロをそっと潜らせていく。
●再・解体テント
「よ。この前はお疲れ」
「おう、そちらさんも」
神削がチケットを差し出し、遊夜が受け取った。
「大盛りって、頼めるか?」
「多少なら、だな。
ヒビキ」
「ん、任せて」
こくん、と肯いたヒビキと入れ替わるように、アラ汁と切り身を用意してきた麻夜がやってくる。
「切れ端になっちゃうけど、ひとつオマケしとくよー。漁業組合特典!」
「ありがとう。……確か、ご飯やアラ汁のお代りも厳禁、なんだよな?」
「うむ。三ツ矢さんにきつく言われとるからのぅ。なんでも、『過去得た教訓は生かさないと!』らしい」
●
「んーーー!」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は悩んでいた。右手には涎でしっとりと重くなったハンカチ。左手のチケットは何度も握り直しては持ち直してしわだらけになっているのもさもありなん、健啖家の真緋呂にとって、お代わり不可、という縛りは致命的な問題であった。
果たして何を選べば最もお腹に溜まるのか。ボリューム満点の串カツか、スープ分も楽しめるラーメンか、定食の体を成している鉄火丼セットか。
\ カランカランカランカラーーーン! /
「閉会10分前だ、その後はチケット使えなくなるぜー」
真緋呂はごくり、と喉を動かし、遂に決断を下す。
それからの行動は早かった。引き始めた人垣をかき分け、テーブルにドン、とチケットを置く。
「鉄火丼セットひとつ! ご飯大盛り、いえ特盛で! アラ汁も表面張力の限界まで挑戦して!!」
「いろいろ難しいけど、少し調整してみるよ」
海が準備に向かう。その背中を追っていた真緋呂の視線は、何度も眺めていたマグロの解体ショーに吸い寄せられていき――傍ら、マグロを囲んでうずくまる面々に釘付けとなった。やがて喧騒が遠ざかって行くと食器を操っている音が零れてきて、いよいよ放っておくことができなくなる。
お待たせ、と渡された鉄火丼セットを受け取るなりテントの奥に進んだ。あの、と声を掛ける。頬をリスのように膨らませた雫が振り返った。手には刻み葱をあしらったネギトロ丼。
このタイミングで黒百合、そしてラーメンを堪能したラファルがこの場を訪れ、一堂に会する。
とりあえず一口を楽しみ、真緋呂は問いかけた。
「それは……?」
答えたのは、この状況を呆れ半分で眺めていた玲治。
「まかない飯、だとよ」
「なん……ですって……」
呆然となりながらも箸を進める真緋呂に、雫は親指を立ててみせる。
「どうしても切れ端ってのは出るからな。味がいい分保存が効かないらしいから少しくらいは、ってのが顛末だ」
アラ汁を喉に通した真緋呂が詰め寄る。
「ということは、お手伝いしたらまかない料理を食べてもいい、のよね!?」
「いや、特にそういう決まりは「串カツ手伝ったからこの頭貰っていくわねェ♪」
「てか主催者の許可をだな「ラーメンすげーうまかったぞー。よし宣伝完了ノルマクリア、まかないくれー」
「何か! 何かお手伝いすることない!?」
玲治はしばらく天を仰いでから、
「じゃ、俺の分の串カツ貰ってきてくれるか」
「まっかせて! あ、でもまずは食べてからね!」
かつかつもぐもぐと鉄火丼を食べ進める真緋呂。早くも半分ほど減ったそれに、前払いだ、と玲治は蛤で救った中落ちを落とした。
●
「お待たせしてしまってすみません。思っていたよりも混み合っていたもので……」
「気にするな」
引いた椅子にレインが腰を降ろす。丸テーブルに置かれたどんぶりからは、解れつつあるマグロの香りが立ち上っていた。
いただきます。手を合わせて頭を下げ、レインが一口目を運ぶ。
「ん……! なるほど、これは新しいですね……」
甘みと塩気を同時に楽しみながら食べ進める。
つい多く含み過ぎてしまい、ゆっくりもぐもぐしていると、突然結った髪を揺らされた。
「〜〜〜っ!?」
抗議の目を向けるが、唯一射程内にいたと思われる鄭理はそっぽを向いている。
「鄭理さんも召し上がりますか?」
「いや、食べているレインを眺めてる」
「もう……恥ずかしいです」
頬を赤らめ俯いて、再び麺を啜ると、またもや髪が揺らされた。はっとして顔を上げるが、レインはやはり、頬杖をついてあさっての方向を向いていた。
「はーい、大盛りだよ」
「ありがとー!」
タマモがにっぽりと笑みを浮かべると、Robinもにぱっとした笑みを返してきた。
手を振ってからどんぶりを手に飛び上がる。まだまだ参加者は多い。落ち着いて食べられる場所はあるだろうか――
「そこのラーメン持って飛んでるツインテールちゃーん!!」
視線を落とす。四季が串カツごと腕を振っていた。隣には鉄火丼セットを携えた常長の姿も。
「あたしたちとお料理分けっこしませんかー!? お願いしまーす!」
「いいよー!」
タマモは一層笑みを深めて下降、促されるまま席を埋めた。
「のびないうちに食べよー」
「お話もしようよー! めっちゃ可愛い子と合流できて両手に花だよー☆
……あれ? 七北田は花じゃない系?」
冗談のつもりだった。軽口のひとつでも飛んで来れば、と。
しかし常長は、神妙な面持ちで口を動かし始めた。
「ありがとうな」
目の前には3種類の料理が並んでいる。独りで訪れていたらこうはならなかっただろう。
否、そもそも四季に誘われていなければ、この場所に足を踏み入れることさえなかったかも知れない。だから。
「ほんとに、ありがとうな」
「いーってそんなのー。あたしも楽しかったし!」
「これからきっと、もっと楽しいことがたくさんあるよー。その時は、また3人で一緒になれたらいいよね」
タマモがラーメンを掲げて立ち上がる。
「乾杯しよ!」
「やるー!」
「俺、串カツなんだけんども……」
「いいからいいから! 「さん、はい!!」」
丼とお椀、そして串に刺さった黄金色のカツが、テーブルの直上で合わさった。
「ん、あーん」
そぼろを絡ませた麺を差し出す。遊夜は軽く咳を払ってから身を乗り出し、それを啜った。
間髪入れず反対側の肩を叩かれる。
「はい先輩、あーん♪」
突き出されたタルタルたっぷりのカツを啄む。かと思うと、串はヒビキの手に渡ってから遊夜に差し出された。
手に取ると、ヒビキが雛鳥のように口を開けてきた。そっと串カツを近づける。はむ、と一口分食べられたかと思うと、伸ばした腕の下をラーメンがスライドしていった。振り向いた先で麻夜が箸を差し出している。
眉を曲げて食べさせる。麻夜はほっぺたを抑えてしっかり味わった。
「んー、美味しいよ、やるねー」
「ん、新世界だった」
「そうやのぅ。だが――」
ずい、と離されていたどんぶりを引き寄せる。
「――素材の味をそのまま楽しめる、我らが鉄火丼に敵はない!」
「あー! ボクがあーんするよー!」
「ん、私も」
「フッ、遅い!」
ばくん、と大きく一口頬張る。
左右から送られるジト目を笑って往なし味わっていると、背後で強くベルが鳴らされた。
●
時計を確かめると閉会寸前だった。
智美がやや急ぎ足で残りの鉄火丼を口に運び、渡されていたベルを鳴らす。
「集計結果なのです!」
「ありがとう」
先に鉄火丼を食べ終え、洗い物まで済ませていた海が、Rehniからメモを受け取る。
その足で噴水へ向かった。既につづり、そして恵が腕を組んで待ち構えている。
「これは……外はサクッとしていて何とも言えず、中はジューシーで何とも言えない!」
「段取りをお願いできる?」
「そう急かすなよ」
ぼやきながらも、玲治は最後の一切れを強引に頬張り、串の代わりにマイクを引き寄せた。
「よーし、それじゃチケット回収数発表していくぞー。さあ、出せ!」
「どりゃー!」
「そぉいっ!」
「はい」
串カツ:743
ラーメン:614
鉄火丼:697
「っしゃーーー!!!」
「あああああっ!!!」
「おめでとう。みんなお疲れ様」
四つんばいになる恵の肩をつづりがニヤニヤして叩く。
「うぅ……でも約束は約束だもんねっ。罰ゲーム、何……?」
「いっやーーー? 今のとこ思いつかないからひとつ貸しってことにしとくよーーー」
「うわーーーん! 一番怖いやつだよーーーっ!!!」
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優祢は校舎に背中を預けてやり取りを眺めていた。遠目にも睦まじい光景に、思わず目が細くなり――不意に地面へ向いてしまう。
(「私も、いつか……」)
あんな風に、『誰か』の『誰か』になれるのだろうか。
視界の影がひとつ分濃くなる。
「ええと、玉笹さん?」
顔を上げる。
真緋呂が笑みを傾けていた。
「司書さんが呼んでるわよ。なんでも、大山さんに上には上がいることを教えるんですって」
「うぅ?」
「行きましょう。せっかくだから楽しまないと。決して、断じて、全く、連れてきてくれたら余った串カツをもらえる話になっているとかじゃないから!」
「え、あの、でも、そのぅ……?」
さあ。
手を引いて真緋呂は進み出す。
勢いがついてしまい、優祢はつんのめって、慌てて姿勢を直し、顔を上げた。
長い前髪が零れ、顔に陽の光が差し込む。
中庭の真上に広がる秋空は、雲一つなく、どこまでもどこまでも澄み切っている。