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マスター:十三番
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/29


みんなの思い出



オープニング

●戦跡・駅前

 辺り一帯を揺らしながらどうにか起き上がるのと、肩に主が着地するのは同時だった。淡くも確かなその『光』に『鉄面』は幾分大人しくなり、タリーウは強め過ぎた冷房宛らの嘆息を漏らす。重く、長かった。
 ゲートを見上げる。その身に染み入る感覚から、軽視できる状況でないことを悟った。
 そして逡巡する。どうしたものか。この木偶は『そんなこと』で使い潰してしまう訳にはいかない。
「……」
 だが。
「……」
 しかし。
「……はぁ……」
 もう一息を吐き、タリーウは厚手の兜を爪先で小突いた。
 人ほどもあるサイズの指がゲートのへりに掛かる。



●ゲート内

 白を基調とした通路が続いている。
 そう述べるより他ない。3名が並んで走れるほどの通路は、足元も、左右も、頭上も、僅かに蒼を含んだ白いものがただ続いていた。天井と壁、壁と床の境目は初めこそはっきりしていたものの、歩みを進めるにつれて次第に広がってゆき、青味が消え失せ、やがてロビーのように広大なものとなった。あなたの下には影がない。全ての壁が光を滲ませているのだ。
 通路はただただ、淡々と続いた。案内も装飾もない。分岐も曲がり角もなく、未だ何処にも突き当らない。
 進んでいることを俄かに疑い始めたその時、あなたの耳が声を拾った。聞き覚えがあるかもしれないし、ないかもしれない。隣の部屋から聞こえてくるような、くぐもった、それでいて明確に騒がしい声だった。

「うっわ! ■うな■■入って■■■ゃね!?」
「え ほ ■んと?」

 続いた声は誰もが初めて耳にするものだった。怯えているのに頑なな、年頃の少女のような声色。

「■ どう■■う?」
「どうしよ■■て……ドク■は帰■■ってい■■■けど」

 誰とも言わず、足を止めて耳をすませていた。不用意に交わされる会話、その一言一句を聞き逃さぬように。

「え そ そ■■ ■れじゃあ タリー■さまが うー うー」
「わーーーーーってるよ冗談だって泣くなっ!! あーもうあった■■ぇ!」
「うー ふー うー」

 それは唐突に始まった。

「も もしー もしー 聞■えてる?」

 隣にいる『誰か』に向けたものではない言葉。

「ちょ、■■っ■……!」
「お お願い お願い」

 顔を見合わせるあなたたちに向けられた言葉。

「こ こ■さないで!」



●ゲート最奥

 現れたのは重厚な扉だった。真白い世界に突如姿を見せたそれは違和感を抱かずにいられないほど黒を基調としており、表面には蒼いラインが幾重にも踊っていた。『×』を無理矢理幾つも重ねたようにも見える。
 明瞭に扉であると判別できるのに、取っ手らしき物がない。あなたが打っても撃っても斬っても叩いてもびくともしない。ならば、と浅い窪みに指を掛け、数人がかりで引くことでようやく扉はらしい動きを見せた。開け切り、壁に当たると、溶け入るようにして消え失せた。


「だー―――――――――――……」


 次いで目に飛び込んできた色は紅だった。
 天井から、床から、壁から生え伸びた紅はキラキラと輝きながら複雑に絡み合っている。宝玉のような光沢を湛えながらも、水飴を思わせる柔和さを漂わせていた。見入れば魅入るほど、重い眩暈を覚える。


「だー―――――――――――……」


 その中央。
 紅が交叉する中点に、それは在り、覚束ない声を上げ続けていた。


「だー―――――――――――……」


 辛うじて人に似た姿をしていると見て取れる。浅黒い肌と頭部らしき部位に伸びた角、片側だけ残された鳩のそれのような翼、そして場所から、悪魔だと容易に推測できた。
 容易に判断がついたことはもうひとつある。それが瀕死であるということだ。
 顔らしき物の上半分はスコップで割られたように抉られている。左肩に相当する部分は皮と僅かな肉が辛うじて繋ぎ止めている有り様だった。胴体は脇腹に相当する位置から裂かれたようで、腰に該当する部位から下は存在しておらず、干乾びた中身がだらりと零れている。そしてそれを形成する全てが、生物であることを自ら否定するように悉く痛み、汚れ、くたびれていた。
 そんな有り様の中、唯一健在で、時折痙攣したように動く右腕。その先端、手のひらには黒ずんだ赤い円錐状の物体が半ば以上まで突き刺さっている。

 常世から切り離されたような光景に気圧され、誰かが物音を立てると同時、状況が一変した。

 まず、音も無く天井の一点が落ちてきた。まるで組木細工のひとつが支えを失ったように、柱のような白が白一色の天井から墜落し、真っ白な床に激突して威力を雄弁に語る音を放った後、そのまま呑み込まれて消えていく。同じ現象は暫く続いた。再び天井から、更には壁からも。宛ら具合を確かめるようにその現象は続き、繰り返される度に頻度は増していった。
 そして。


「だー―――――――――――……」


 悪魔の亡骸が動いた。


「だー―――――――――――……」


 目を凝らす。
 まとわりつく紅――コアが湛える光が、亡骸未満の身体へ瞬くごとに染み入っていく。一度、また一度と瞬く度に、亡骸の皮膚が広がり、肉が繋がり、骨が伸びようとした。何者かに急かされたように『修復』の速度は上がっていく。鼓舞するように『内装』が緑青赤黄藍黒と瞬いた。
 そして再び全てが白に戻った時、亡骸の腕が振られた。軌道の延長に光が走る。銀色のそれは直後、一層強く輝き、広がり、刃を模すと、虚空を深々と断ち斬った。


「だー―――――――――――……」


 繰り返されていく。二度、三度と。その間も『柱』は伸び続けた。
 それら全てが一旦収まる。
 耳鳴りを覚えるような静寂の中、亡骸の頭部が折れそうなほど持ち上がった。
 くっついたばかりのあごが動く。


「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――」


 無い瞳があなたたちを捉えた。


「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――!!!」




●ある者の手記、その端、殴り書き


 では何故ああまで魂の収集に固執するのか


 本当に固執しているのか


前回のシナリオを見る


リプレイ本文

●ゲート内/某所

「ね ねえ ねえ」
「ん?」
「だ 大丈夫 かなあ?」
「……もう奥まで行ってんなら、ヤバいかも」
「え え え」
「散々話しただろ……いくつか、マジでヤバいのがいるんだって」



●ゲート内/最奥

「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――!!!」

 声に至れない音を疎むように黒百合(ja0422)は大きく下がった。挙動は一瞬たりとも止まらない。片足で着地、それを軸に半回転、肩幅以上に足を開き、腰を沈めて矢を放った。銀を纏った光は『亡骸』の傍ら、紅色の茨のひとつを食い千切る。茨――コアは元に戻ろうと互いに手を伸ばして、形を留められず、水飴のように糸を引いて床に広がる。
 続く天風 静流(ja0373)の一射も近似した結果を齎した。黒塗りの矢が宙を裂きながら吶喊、茨を一つ、中ほどから消し飛ばし、床に新たな染みを作る。残りの茨が何本かは見て取ることができない。だが確かに、その瞬間『亡骸』の位置ががくん、とひとつ下がり、それを心底嫌がるように『亡骸』が、あの聞き取れぬ声を上げた。

「あなたは誰?」

 遠石 一千風(jb3845)が加速して駆け込む。

「ここで何をしているの?」

 問いに応えはなく、問いながら振り抜いていた。軌道の最中で刃に至った鋼が茨を断ち斬る。騒々しい音を立てて茨が弾け、紅色が一千風の頬、そして『亡骸』の『底』に飛び付いた。
 それを見遣った、一瞥とさえ呼べない間の後、
 頭上から生え伸びた純白の『魔杭』が、一千風の背面を強かに捉えた。
 み゛しっ。
「――っ」
 己の骨が軋む音を聞きながら、一千風は茨の麓に投げ出される。
「遠石君」
 投げた声諸共、横合いから迫った『魔杭』が静流を強かに押しやった。稼働限界までひしゃげられた肩を庇うように転倒する。顔のすぐ上を純白が疾走し、過ぎ去る。広がった光景の中で、一千風が機械剣を支えに立ち上がった。

 狗月 暁良(ja8545)が肩を竦め、エルム(ja6475)が眉を顰める。
「影も形も、だナ」
「面倒ですね……」
「いやはや、難しいねえ」
 些かも気落ちした様子なく言い、鷺谷 明(ja0776)が寸胴な缶を蹴り飛ばす。緩んだ蓋から飛び出した色そのものの青が壁の一部に貼り付いた。ふむ、と頷いてもうひと缶を取り出し、線のような取っ手に指を掛けて放り投げる。天井の一部を毒々しいほどの緑が彩った。
 なるほど、とエルムはあごを引く。これならばある程度の目星は付くだろう。着色された場所から伸びて来るとは限らないが、何も無いよりはずっといい。
 駆け出し、その途中で肩越しに小さく振り向いた。追ってくる者は未だ見えず、ただただ白が広がるばかり。
 代わりに暁良が放った弾丸が飛んで行った。それは未練がましく繋がろうとしていた茨を吹き飛ばす。
 茨がまたひとつ用を成さなくなった。暁良は今度こそ確信する。茨が放っていた光が減り、『亡骸』の周囲が霞んだ。そしてそれを、『亡骸』は明確に嫌がった。

「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――!!!」

 上がる叫びをラグナ・グラウシード(ja3538)の名乗りが塗り潰す。

「我が名はディバインナイト、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード!
 誇り高き神聖騎士の名にかけて、私は貴様を滅ぼそうッ!」

 『亡骸』の五感は修復されていない。聴覚は愚か、視覚触覚味覚嗅覚全てが欠落している状態だった。
 有るとすれば他のもの。傷と痣だらけの思考、その根幹にある何か。
 ラグナの気迫はそこに触れていた。

「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――!!!」

 腕が振られる。
 虚空に生じた亀裂は筋と評せる程のか細さで、しかし痛烈な音と手応えを携えてラグナが構える盾に激突した。
 その頑強さに苛立ったのか、頑強さを崩せない己に苛立ったのか、或いは他に何もできなかったのか。
 『亡骸』がまた咆えた。

「だ――――ら゛あ゛、あ゛――――!!!」

(「口数が増えてきたナ」)
 中身が伴った時、何を紡ぐのだろう。
 ほんの僅かに胸を躍らせながら、暁良は射線の維持に傾注する。

「どう見てもコアはリア充には見えないが……だが、私の呪いをその身に受けるがいいッ!」
 放たれた、負の感情を多分に含んだ光が茨に衝突、溶かす。見れば、茨の束は目に見えて数を減らしていた。

(「コアはそうでも、アレはそうなのかしらねェ?」)
 黒百合が腰を落とす。

「呵々、難解難解」
 ひらり、と明が前に出た。



●ゲート内/某所

「あーーー遠いなーーー」
「あ あと 少し」
「声がでけーーーって! もし見つかったら……!」
「あ あと 少し だから」



●ゲート内/最奥

 黒百合のそれとほぼ平行に放たれた静流の光は、軌跡の最中で蝶を模した。群れが水流のように紅を襲う。その一羽一羽が紅に喰らい付く度、静流の肩から痛みが霧散していった。
 『亡骸』が傾く。今度は大きく。右腕が床に触れそうになった。
 また咆えるんだろう。同じことを咆えるのか。暁良の憶測どおり、つながりかけたあごが開かれかけた時、躍り出た明が先んじた。


 ――――――――――――――


 口から飛び出した咆哮が、壁を、床を、天井を、茨を、亡骸を、仲間をビリビリと震わせる。
 その裏で咆えていた『亡骸』が腕を振るった。音も形も無い刃が振られる。明は事も無し、と半身で軽々と避けて見せた。手には深青色の布槍が握られている。

 前に出るのは得策でない、と黒百合は判断した。『亡骸』の攻撃は明らかに、明確に勢いを増している。消耗は避けるべきであったし、二度の攻撃に充分な手応えが返ってきていた。茨は既に半分近く千切れている。
 息を吐き、弦に弓を添えた時、頭頂部近く、髪に何かが触れた。
 刹那に飛び退く。
 直後、身代わりに残したジャケットが上からやってきた白に押し潰された。

 ほぼ同時期、エルムは視界の端に青を見ていた。無言で迫る『魔杭』は白一色の世界で余りにも際立ち過ぎていた。前に出ながら身を返し、仰け反るようにして紙一重で躱す。先端が喉元を通過した瞬間、声を張り上げた。
「いまです!」
 自分が狙われたことは、仲間が狙われていないことを意味する。
 踏み込み、踏ん張り、矢を射る。紅に深々と突き刺さった箇所を、暁良の射撃、ラグナの怨念じみた光が矢継ぎ早に襲う。
 それでも茨は断たれなかった。狙いが疎かなはずもなく、しかしだからこそ、幹のように太いコアは頑なにその場に在り続けた。
 だが、それも一瞬のこと。
 穿たれた逆側から機械剣が奔ると、茨はパキン、と高い音を残して天井と床へ縮こまった。
 駆動部を鳴らしながら剣が戻る。握る一千風の全身に浮かぶ文様は、痛手を受ける前よりも強く、色濃く輝いていた。

「だ――――り゛い゛――――あ゛、あ゛――――!!!」

 ぐい、と持ち上げられた『亡骸』が、挙動に沿うように右腕を振り上げた。
 ぶん、という力強い音が最果ての黒百合まで至る。



●ゲート内/某所

「み み 見えた」
「見えた、けど……」
「? ?」
(「なんだ、これ……寒気?」)



●ゲート内/最奥

 放たれた刃は先の二撃と格が異なった。長さ、幅、厚み、速さ。それらがあからさまに上等なものとなっており、しかしそれでも途中であることを、歪な形が雄弁に物語っていた。
 刃は明の胴を袈裟掛けに捉えていた。ぼたぼたと床に赤が広がっていく。濡れた鉄の臭いが味気ない空間に広がった。だが、感けている猶予は、明は元より、他の者にも無く、何より明はまるで意に介さなかった。

 『魔杭』が再び静流を襲う。異なるのは頭上からである点のみ。先程までの全てと同じように、音も気配も無く迫ってきた。
 だから、静流の回避が成ったのは直感、或いは培ってきた経験故と言うことができた。しなやかな挙動で最低限の移動を済ませ、傍らに落ちる白に一瞥もくれることなく矢を射る。
 続いて黒百合の矢、エルムの矢が突き刺さると、『亡骸』を吊り上げていた茨は紅色の液体となって爆ぜた。

 もうひとつの『魔杭』がラグナの側面に激突した。音と衝撃の波から仲間が顔を向ける。以前の光景をなぞらえる、と思われた。しかし足を肩幅に開いたラグナは、白い塊と拮抗していた。
「ッ……効かぬ!!」
 患部で振り払うと、塊は一目散に壁へと直走った。
 ラグナが鼻を鳴らす。
「ふふん…生涯いちディバインナイトを誓ったこの私ですら、この技を使う機会は今までなかった。
 今まさに使い時!さあ来い!そら来い!もっと来い!!」
 息巻くラグナにそっぽを向いて通過していく『魔杭』を明が軽やかに跳び越えた。たた、と赤が幾つか落ちる。手には深青色の布槍が握られていた。
 それがしゅるり、と伸びて征く。頭部の如き先端は狙い定めた箇所、即ち、今や『亡骸』を支える唯一の、土台のような茨に喰らい付いた。
 狙い澄ました暁良の弾丸が、
 渾身の力で放たれた一千風の斬撃が、
 思いの丈を込めたラグナの光が続く。
 一撃ごとに亀裂が走り、それが輪郭に届くと同時、コアは弾けた。

 上下の支えを完全に失った『亡骸』は、上下から紅色を浴びながら、顔面から落下した。あれほど口うるさく怒鳴っていた言葉はもう出ない。か細くなった気道は咽ることすら許さない。只々細かく、絶え間なく痙攣するのみだった。
 名前を聞きそびれた。暁良が帽子を僅かに沈める。
 そのすぐ近くで、勢いよく振り向いたエルムが喉を張った。
「……何か、来ます!」
 一同が振り向くと同時、白の狭間から2柱の悪魔が現れた。



●邂逅

 それは球状であった。黒を基調にしているが、あちこちに色とりどりが走っている。手当たり次第に丸めた毛糸球のような姿だった。よくよく目を凝らせば銀色で縁取られた裂け目のようなものがひとつだけあり、そこからあどけなさの残る少女の顔が覗いていた。
「はええええって!!」
 毛糸球の背中に貼り付いていた小柄な少女が叫ぶ。
「……あらァ?」
 黒百合が片眉を上げると同時、空間の中央、天井付近に至った毛糸球が短く咆えた。


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 骨まで痺れさせるような大声だった。影響は、7名の撃退士は勿論のこと、間近で受けた褐色の少女も頭を抱えて落下する。背後と眼下の惨状にまるで関心を向けず、毛糸球は放物線と成り、『亡骸』の傍らに着地した。

(「……汚ネー『口』からデカい声、ねェ……」)

「ぃいってぇー……」
 墜落した褐色の悪魔は、頭と腰を叩きながらよっこらせと立ち上がった。そして自ら包囲されるような位置に落ちたことを知ると、向けられてくる奇異の視線に片っ端から睨んで返した。
 しかしそれも3つめで劇的に色合いを変える。
「きゃはァ♪」
「げェッ!?」
「懐かしい味のする美味しそうな悪魔みーつけたー……」
 褐色の悪魔が最大速で後ずさる。進路の先にはエルムが居た。咄嗟に得物を構える彼女を、黒百合が素早く制す。
「その子は大丈夫よォ」
「でも……」
「お久しぶりィ、また私に苛められに来たのねェ、とても、とっても嬉しいわァ♪」
「居るって知ってたらドクサは意地でも来なかったよ……!」
 褐色の悪魔――ドクサは顔を歪めた。脇と背中が汗で濡れている。道理で寒気がしたはずだ。
 唇を尖らせたエルムが切っ先を下げる。ドクサの変調は見て取れていた。とりあえずは大丈夫、なのだろう。少なくとも、状況を覆すような度胸は無く、その意志も薄いようだ。

「その悪魔が知り合いで、安全であることは理解できました。
 では、こちらは?」

 一千風は己がアウルで傷を癒しつつ、太刀筋の都合と刺突宛らの視線を毛糸球に向けていた。毛糸球はがくがくと震える『亡骸』の傍でぷかぷかと浮いている。ただ見守るばかりで、何もする気配はない。
「そいつも大丈夫だから!」
 ドクサが慌てて振り返る。
「何もしない、見に来るだけって決めて来たんだよ。だろ、ペミっぺ!」
 一千風に見られ、黒百合は小さく笑みを傾ける。
 ペミっぺと呼ばれた悪魔――ペミシエの大きな瞳から銀色の涙が零れる。それは赤みの残る頬を伝い、ぽた、と『亡骸』の背中に落ちた。『亡骸』にも、ペミシエにも、変化は見受けられない。
 エルムが問いかける。
「さっきの話し声は、貴方たちですか?」
「や」
 くるん、と毛糸球が周った。
「や やっぱり 聞こえてた のね」
「……やっぱり、とは?」
 彼方から静流が声を投げる。
「私たちはコアを破壊した。見ての通りだ」
 ペミシエが外装ごと首を振る。
「あ あり ありがとう」
 要領を得ない言葉に静流は押し黙る他無い。
 仕方のないことだった。全ての言葉が鮮明に聞こえていたわけではなかったからだ。
 こわさないで、ではなく、ころさないで。
 それこそが、ペミシエが撃退士に語り掛けた言葉の全貌だった。

 ペミシエから目を離さない暁良の耳に、ラグナの痛烈な舌打ちが響く。
「コアは破壊した。目標は成した。長居は無用だ、脱出するぞ!」
「それは無理だ」
 声に振り返る。
 明は組んだ腕の中で指を躍らせながら、ずっと眺めていた先、コアが在った位置の正反対をあごで示した。
「もう来ているよ。
 もうすぐ来る」

「これは、どうなるの?」
 一千風の問いにペミシエは答えない。
「これは、何?」
 ペミシエが向き直った。
「す すべて」
「全て?」
「そ そう タリーウさま の 全て」
 まず、



「何を話しているの」




 なんの起伏も無い問いがどこからともなく響き渡った。




「何と話しているの」




 先に現れたのは、街を闊歩していた巨躯――『鉄面』だった。痛めた脚は未だ治っていないようで、文字通り転がり込んでくる。棍棒を杖にして立ち上がる、一挙手一投足で大きく揺れた。
 その足元に、音も無く蒼が現れる。赤い筈の瞳は前髪に隠れて窺えない。
「何をしているの」
「……ご無沙汰してまーす……」
 全身を竦ませたドクサが誰もいないエリアへ下がっていく。それだけで視界はかなり開けた。
 ゆっくりと赤い瞳が動く。噛み締めるように、ただのひとつも情報を逃さぬように。

 明、静流、ドクサ、エルム、ラグナ、黒百合、暁良。
 一千風、ペミシエ、そして『亡骸』。

「タリーウさま」

 手負いがいる。戦闘が行われたのだ。あれとあれらの間で。
 コアが無い。破壊されたのだろう。それも、ほんの数瞬で。

「だ 大丈夫 助かります」
「そ、そーッスよ! 今ならまだ、きっとなんとかなりますって!」

 あれの傷は癒えていない。幾らかは癒えているが、欠損だらけのままだ。
 なるほど、今なら助かるだろう。生き長らえることはできるだろう。

「た タリーウさま」
「タリ姉ッ!!」


 タリーウの腕が挙がる。
 これまでの数倍の規模はありそうな『魔杭』が『亡骸』の直上に現れ、次の瞬間、『亡骸』を押し潰した。


「……はぁ……」


 ドクサも、ペミシエも、撃退士も、そして『鉄面』すら息を呑む中、タリーウが『鉄面』の脛を殴る音だけが鳴り続いた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
穿剣・
エルム(ja6475)

卒業 女 阿修羅
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅