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マスター:十三番
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/02/15


みんなの思い出



オープニング

●放棄区画・元市立図書館前

 人型、獅子型、鳥型。
 数は少なく、また距離があるとはいえ、包囲されているのもまた事実。
 それぞれの敵から目を離さず一歩ずつ距離を取る。
 ようやく仲間の表情が見て取れる位置に辿り着くと、あなたの鼻先に、不意に冷たいものが当たった。
 拭って空を見上げれば、はらはらと白いものが舞い落ちてくる。
 それはおっかなびっくりと、しかし、やがて大勢の仲間を引き連れてきた。


 ヴァニタス――グレイリップは声をひっこめ、静かに嗤い続ける。
「追い打ちさせてもらうぜ。他の仲間はどうした?」
 小日向千陰は粘ついた唾を吐き捨てた。
「後ろにいるのが判らねえのか」
「すっ呆けんなよ。あの時の仲間、ひとりもいねえじゃねえか」
 千陰は顔を上げず、グレイリップはニヤついて続ける。
「はははははははははははははははははははははははは。そうか。ひとりぼっちになっちまったのか。
 ククククク。ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。そうかそうか、悪い事したな。
 恨んでるだろう、俺を。
 その一心でここまで来たんだろう。
 殺したいほど愛してるって言ってみな」
 下がった顔の下で火が灯った。



●久遠ヶ原学園

「小日向は優秀な撃退士であり、またリーダーでもあった。彼女を長とした6人は様々な作戦で数多の功績を残し続けた。無敵と思われていた時期もあったほどだ。が、当然そうではなかった。
 ある作戦を『完遂』した彼女らをヴァニタスが強襲した。作戦との因果関係は認められず、不運な事故、としか言い様のない事態だった。結果チームは敗北。病院へ搬送された誰の傷も深かったが、殊更小日向は酷かった。その目を抉られても尚、最後まで抵抗したのだろう」

 語る市川の背後で、五所川原合歓が自分の腕を強く握った。

「チームとしては初の敗北ということもあり、私も気に掛けていた。だが病室は、いつ訪れても和気藹々とした空気で溢れていたよ。杞憂だ、と思ったね。この時は、まだ」

 三ツ矢つづりは唇を結んだまま市川を睨み続けていた。

「真っ先に学園へ戻ってきたのは小日向だった。彼女は私に逢うなり、自信に満ちた顔でこう言ったよ。
 『あのヴァニタスは見つかった? 私らが絶対に倒すから、見つけたら教えてくれ』と」

 コーヒーで呼吸を入れる。すっかり冷めていた。

「彼女の表情は、私が見せた5通の脱退届で凍り付いた。全て同じ文面と内容だった。私でさえ度肝を抜かれたんだ、小日向にしてみれば、青天の霹靂だったことだろう」
「だから、そのヴァニタスに仕返ししに行ったって? そいつらがクソだっただけじゃないスか」
「概ね同感ではあるが、彼らにとって特大の挫折であったことは想像に難くない。そして何より、小日向はそうは思わなかった。何日も塞ぎ込み、閉じ籠り、やつれた顔で『私が悪かったんです』と言ったよ」

 あの馬鹿。つづりが舌を打つ。

「それからの彼女の戦い方は、とても見ていられるものではなかった。成功こそするものの、引きかえてきたように大きな怪我を負ってくる。同行者からの評判は最悪、彼女を囃し立てていた周囲は手のひらを返して『落ちこぼれ』と執拗に叩いたよ。
 だから私が司書職を勧めた。そうすることでしか彼女を守れないと思った。元来本を読むタイプではなかったし、前線を離れることにも抵抗があっただろうが、最後には『ヴァニタスを発見したら必ず教えること』を条件に、首を縦に振った。
 正しかったのだと、思っている。小日向が笑うようになったのはここ数年でのことだ。よく笑うようになったのは君たちを含め、多くの生徒が彼女と触れ合ってきたからだ。その事を小日向が嫌がっているはずがない。あんなに楽しそうな小日向をまた見る事ができるとは、あの時は思いもしなかった」

 厚い風が吹き抜けた。

「判るか。
 彼女は心の底から笑う為に赴いたのだ。
 人生にこべりついた、クソの様な過去を根こそぎ清算する為に。
 君たちや生徒たちと、何の引け目もなく、真正面から向かい合う為に。
 『あのヴァニタスだけは、小日向が倒さなくてはならない』のだ。
 『あの天使』を討伐した君たちになら、判るはずだ。
 判ったら、ここで彼女を信じて待て。君たちまで動けば、帰ってきた小日向の居場所が無くなるぞ」

 つづりと合歓は、互いの眼差しを確かめると、声も無く、揃って頷いた。



●放棄区画・元市立図書館前

「0点」
「……あ?」
「赤点だバカ」
 舞い散る雪に逆らうように、紫煙が真っ直ぐ上へ吹き出された。
「てめえに恨みなんかねえよ。確かにあの時の連中は全員黙ってどっかに行ったけど、それもどうでもいい。
 私がわざわざクソ寒い中ここまで来たのはな、もっともっと個人的な理由だよ」
 口先を離れた火種が、グレイリップの短い首を指し示した。

「ここでてめえに勝つとな、履歴書に『過去無敗』って書けるんだよ」

 グレイリップの肩がぴくりと動いた。それは繰り返される度に間隔を狭めてゆく。
「……成る程な。ようやく割り切れた、ってことか」
「違えっつったろうが。話聞いてなかったのかよ」
「あぁあぁ、いいぞ。判った。オレはそれでいい。
 目玉を抉られて痛い痛いって泣いてたメスガキが、仲間に見捨てられたリーダーが、幾多の葛藤を抱えながら帰ってきた。クックククク、いいねえー、いいっ。そういう青臭いの大好きなんだよ。
 オレの見込みも間違っちゃいなかったな。我ながらいい判断だった。やっぱりいい女になった。
 あの時半殺しにしておいて正解だった。よくぞ来てくれた。目玉は甘いし、本当にいい女だ」

 太い腕が背中に回り、戻ってくると、両手にはそれぞれ鉄骨をくり貫いたような、巨大な剣が握られていた。

「さあ、やろうか」
「おう。もう一本吸ってからな」
 千陰が新しい紙巻きに火をつける。
 グレイリップは一瞬呆気にとられたものの、剣を地面に突き刺し、腰を降ろした。
「いいぜ。せっかくの夜だ。そのくらいは待ってやるよ」
「どーも。2ミリだけ見直してやるよ」
「意外とフェミニストだろ。惚れたっていいんだぜ」
「目ん玉しゃぶるフェミなんていねえよ。てめえマジで潰すからな」
 吐き出した煙は、すぐに雪に隠れた。
 稼げたこの時間を使い、震える脚を誰にも気づかれないように止めようと、必死になっていた。


――甘えるな。何しにここまで来たか思い出せ
――みんなを巻き込んで、道まで拓いてもらって、今更びびってんじゃねえよ
――戦って、勝って、帰る。それだけだろ
――勝つんだ
――甘えるな


「ふうん……」
 唇を歪めた異形が、なあ、とあなたたちに声を投げた。

「まさかとは思うし、そんなことになったら許さねえが……――野暮なことはしねえよな?」

 人型が足並みを揃えて一歩進んだ。
 獅子が更に牙を剥いた。
 鳥が忙しなく頭を振る。
 その奥から、千陰が肩越しに振り返った。

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リプレイ本文

●舌戦

「野暮なことなんてしないよ」

 小さく呟き、神喰 茜(ja0200)は得物を替える。深い赤い光が焔を模して刀身を覆った。彼女の隣ではマキナ(ja7016)が小さく何度も跳ね、肩を揺らしている。狗月 暁良(ja8545)は冷静そのもの。青い双眸で視線の先、獅子の姿をしたディアボロを品定めする。

「お前こそ、ワシ等の『全てのディアボロの討伐』、邪魔すんなよ」

 久我 常久(ja7273)の言葉に、ヴァニタス――グレイリップは失笑。

「なんだそりゃ。じゃお前ら別枠か?」
「人の話聞いてたのか? 千陰ちゃん、ワシ等の事を仲間だって言ってんじゃねぇか」
「今の、だろ。部外者が首突っ込むんじゃねえぞ」

 小日向千陰は何も言わない。短くなった煙草を咥えて俯き、後頭部の髪を混ぜている。
 月詠 神削(ja5265)は動かない。動いていいのか判断できなかった。

「(小日向先生の気持ちは少し解る。……でも……)」
「ねえ」

 ナナシ(jb3008)は黙っていることができなかった。鳥を模したディアボロ、その翼の下から覗き込む。千陰の体は震えていた。本当はその手を握って言葉を伝えたかった。だが、それだけはさせないと、高い位置から鳥型が無言で告げている。
 グレイリップが顔を向ける。ナナシは頭をかくん、と傾けた。

「貴方、昔、小日向さんとその仲間と戦ったのよね?
 じゃあこの戦いは、昔、小日向さんが貴方と戦った時と同じ状況って事で良いわよね?
 まさか、彼女が成長して勝ち目が無いから、当時より不利な状況で戦えなんて『野暮な事』は言わないわよね?」

 グレイリップの鼻が鳴る。

「で?」
「こっちは、当時みたいに小日向さんとその仲間達。そっちは当時、ディアボロは居たの?
 居なかったのなら、この子達動かさないでね。それが『当時と同じ状況』でしょ?」

 まあ、と、付け根を合わせた手の上で笑顔が浮かべる。その形相は、宛ら闇の奥から覗く物の怪の様。

「私も弱い者いじめは嫌だから、土下座して許してくださいって言えばこの子達を認めてあげてもいいけど。
 ――どうするのかしら、『弱虫』さん?」

「……はあ?」

 グレイリップは嗤った。

「俺が拘ってるのはこの女だけだ。当時の再現に興味は無えし、勿論協力もしねえ。
 もう黙っとけ。これからデートなんだ」


 立ち上がる。


「待ち合わせに間に合ったかい?」
「――おう」

 千陰がフィルターを吐き捨てた。

「しっかし、今のお仲間はキャンキャン煩えな」
「『ハラガク』の選抜だよ。見る目無えな」

 千陰が歩き出す。

「待って」
 立ち上がったナナシが訴える。握った拳は震えた。
「独りで戦う必要なんて無いのよ」
「もう少し頼ってくれてもいいんだよ?」
 茜に続かれると、千陰は困ったような笑みを返した。
「あの汚いの潰してくるから、そっち、お願いね!」
 踵を返し、駆けて征く。


「走って止まって迷って笑って。忙しいセンセーだな」
「まったくだ。早く終わらせてオシオキ☆じゃ。速攻で行くぞ、暁良ちゃん」
「ヨユーだろ。俺等は『センバツ』らしいからナ」
 構えた銃の先、薄く積もった雪を蹴り、蒼躯の獅子が駆けてくる。


「……大丈夫、か……?」
「さっきまでよりは目が定まってたけど」
 茜が峰で肩を叩く。
「とりあえず、これ邪魔過ぎるね」
 視線の先には、広大な翼を広げたディアボロ。絶対の意志に濡れた深紅の瞳で見下ろしてくる。
 マキナが鋭く息を吐いた。
「頼んだ」
 小脇に古びた絵本を抱えたナナシが、口を堅く結んだまま背中に翼を現した。


 雪は尚も強く、執拗に降り続いている。



●激戦

 暁良が放った銃弾を、獅子は重心を下げて横に跳んで躱した。そこで止まる手合いでもない。常久は真似たように姿勢を低くして、獅子の挙動から進路を予測、息を殺して雪の少ない位置へ移動する。
 獅子が顎を開き、暁良に猛然と飛び掛かる。踏み切った瞬間に身を屈めた。鋭利な殺意が頭上を越えてゆく。
 着地、向き直る獅子に弾丸を連射する。狙いは顔面。患部を狙われ、大きく旋回する獅子。爪で地を掻き停止した獅子の影目掛けて常久が『光の影』を放った。獅子は宙返りのような挙動でこれを回避、暗闇の中、明らかな敵意を発見すると、着地と同時に思いきり跳躍した。
「バレバレだっての。合わせろよ」
「リョーカイ」
 両の前足を振り上げて迫る獅子が目前に迫った瞬間、常久が地を叩いた。直後、飛び出した畳のへりが獅子の下顎を強かに打ち上げる。衝撃で硬直した一瞬を捉え、暁良がトリガーを握った。射出された光の弾は、数瞬前に茜が開いた傷口を深めた。
 降り立ち、頭を振る獅子。見れば、暁良は涼しい顔で悠々と帽子の雪を払っていた。
 滾りに任せて踏み出した脚は、しかしただの一歩さえ踏み出せずに硬直した。『光の影』が今度こそ獅子の影を貫き、縛り付けていたのだ。
 前後から猛攻が叩き込まれていく。暁良の銃弾は獅子の顔面を穿っていく。痛みに唸る獅子のどてっ腹に常久の抜き手が突き刺さる。濁りを抱いた光は獅子の体内に残り、張りのある肉を蝕んでいく。その違和感と不快感に耐え切れず、獅子は口から体液を吐き出した。
 暁良は攻撃の手を休めず、常久は腰や脚を狙った水平斬りを繰り出した。
 二度目の嘔吐が行われる頃には、獅子を形成する肉はかなり削げ、たてがみも粗末になっていた。
 あと少し。
 どちらもが確信した瞬間、遠くから爆音が轟く。
 気と視線が逸れた間髪、獅子が反吐を零しながら飛び出した。



●乱戦

 鳥の両目は、飛び上がるナナシだけを見つめていた。

――ふざけるな

 振り上げようとした翼に黒髪が纏わりつく。ディアボロは遮二無二羽ばたき、なんとかそれを振り解く。ナナシは既に頭上を飛び越えていた。止まれ、行くな、戻れ、落ちろ。口から放たれた魔弾は寒空を切り裂いて直進、高度を落としたナナシの頭上で爆発した。邪魔をするなと振り向くナナシ。彼女の下では大剣と旋棍が烈火の如く激しく打ち合っていた。
 主を巻き込む危険を孕みながら、それでも鳥はナナシを狙い続け、口に力を集める。一途さは、そのまま特大の隙となった。
 歪な形をした脚に、夜を解いたような鋼糸が絡み付く。
「余所見してんじゃねえぞ!」
 マキナが怒鳴りながら糸を引くと、ディアボロはがくん、と傾いた。片翼を地に着け、そこに半身が乗る。
 もがく鳥。その首元を目指して茜が跳んだ。正眼に構えていた刀は焔を宿したまま背中に回っている。それを落下するタイミングに合わせ、ありったけの力を込めて振り降ろした。だんっ。刀を振り抜いたその手には、埒外に硬質な羽の手応えと、それを切り裂いたという功績が残った。
 体液が噴き出る首元にナナシの光球が激突すると、いよいよ鳥の動きは激しくなる。翼をひしゃげさせながら杖にして立ち上がろうとした。が、その全身に再び黒髪が纏わり付く。
「やらせないぜ……今度こそ!」
 神削が突き出した拳を強く握ると、黒髪は獲物を捕食する大蛇宛らに鳥の全身を締め上げた。更にそこへ、戦斧を振り被ったマキナが迫る。怒号一喝、振り抜けば、深紅の刃は翼を抉るように破壊した。
 鳥が倒れる派手な音。その陰に隠れた微かな異音を神削は逃さなかった。
 振り向き様に、音を頼りにして白色の大鎌を振り抜く。金色の刃は人の姿をしたディアボロの胴を切り裂いたものの撃破には至らない。踏み込み、蹴り込んで来る人型に向けて鋭く息を吐く。刹那、口元から広がった黒い霧が人型の視界を覆い尽くした。狙いの定まらぬ我武者羅な蹴りを、神削は大きく退いて躱す。
 マキナもまた、同じ危機に直面していた。腕を振り上げて迫る人型に、マキナは一歩踏み込む。と同時、
「邪魔なんだよ……!」
 全身のばねを総動員して、人型の腹部に掌底を叩き込んだ。強く押され、人型はバランスを崩して後退する。
 仲間の活躍を耳で確かめながら、茜が再び鳥の首元に斬り込んだ。防御を度外視した一閃は、全身を拘束され、姿勢を崩していた相手に易々と決まる。先程とは逆側から噴き出る赤。
 得物に付いた赤を振り払った瞬間、鳥型の奥から巨大な音の塊が飛んできた。



●戦舌

 一つでも直撃すれば致命傷は免れない。戦いの外からでも痛いほど伝わる事実だった。二刀が紡ぐ絶え間ない乱舞を、しかし千陰は身のこなしと旋棍を駆使して辛うじて潜り抜けていた。腕や脇腹へ的確に攻撃を決める。その度に頬や二の腕が裂け、足元の雪を汚した。怒りと、決意、そして焦り。懸命に隠そうとしたそれらは確かに滲んでいた。
 鳥型へ向けて光球を放ったナナシは、その慣性に任せるようにしてグレイリップの傍らへ移動する。僅かにでも集中を削ぐことができれば、と。軽口の一つでもぶつけてやろうかと息を吸った瞬間、まるで予定されていたかのように鉄塊が彼女に向けて振り回された。咄嗟にジャケットを身代わりにして背に回る。耳障りな舌打ちが聞こえてきた。
 もう片方は千陰に向かって振り降ろされる。が、2が1になったことで厚みは格段に減っていた。千陰が踏み込み、胸元へ旋棍を叩き付ける。
 殴る。ただそれだけの行いなのに、とてもそうは思えない音と衝撃だった。事実、ナナシが見つめる先、ヴァニタスの胸部はありありと凹んでいる。が、彼女が目を剥いたのはそれだけが理由ではなかった。患部が元に戻ろうとしていたのだ。肉が、骨が膨らみ、移動する様子は、復元、或いは修繕と表現できた。
「相変わらずかよ」
「懐かしいだろ」
 千陰が押し返されそうになる。
 ナナシは改めてグレイリップに接近した。長い髪が肩に触れると同時、異形は腕ごと大剣を振る。必中と思われたそれは、ジャケットの頼りない手応えを伝えた。
 頭の舌を鳴らすと同時、千陰の神速の一撃が腹の口に決まる。打ち上げるようなそれは、岩のような歯を砕き、灰色の唇を割った。
 怒りに任せて振った鉄塊が千陰を捉えた。敵意をそのまま押し付けるような一撃に、肩から対角の腰までを割られた千陰が大きく押し戻されていく。
「小日向さん!」
 グレイリップがナナシへ向き直る。剥き出しの憎悪にナナシの首裏が焼けた。
 掬い上げるような一閃を、叩き付けるような一撃を、それぞれジャケットに肩代わりさせる。躱し際、身体を捻ってページを捲り、光球をヴァニタスの顔面に撃ち込んだ。
 光が激突し、ヴァニタスが仰け反る。会心の手応えに鋭く息を吐くナナシ。
 を、
 あんぐりと開いた腹の口から、餌を捕食する爬虫類のそれのように伸びた舌が襲った。
 反応こそすれ、回避には至らない。鈍器のような舌先はナナシの肩を強く叩いた。そのまま道の外、やせ細った幹に背が激突する。
 衝撃に顔を歪めるナナシ。睨んだ先で舌が縮むように戻っていく。その奥、腹の口が更に開いていた。
 『何か来る』。
 咄嗟に身構えたナナシの前に、口の端から赤を零した千陰が跳び出た。
 直後。


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 道の雪が舞い上がり、背後の木々が例外なく白粉を振り払う。
 それは超特大の声であり、質量さえ手に入れた音であり、その実、圧倒的な『力』だった。
 全身を強張らせるナナシの前に、千陰の背がスライドしてくる。外傷こそ無かったものの、様子がおかしいのは明らかだった。小さく呻いて力なく膝を付く。
「お――」
 ナナシが手を伸ばす――より、迅く。
 距離を詰めてきたグレイリップが、千陰の頭部を横薙ぎに打ち払った。

 めき。

 湿った樹木が踏み潰されたような音を残し、千陰は遥かに吹き飛ばされる。
「受け取れ」
 グレイリップは頭上高らかに二刀を振り上げた。
「罰(ペナルティ)だ」



●混戦

 マキナが弾き飛ばした三体目を神削の大鎌が迎える。正中線で両断し、躯には目もくれない。体を捻り、再び迫った人型へ黒い霧を吹き掛ける。標的を見失い、もがく人型の首を、金色の刃が刎ねた。
 茜の援護へ向かおうとしたマキナへ、最初に弾き返した人型が迫る。足取りは覚束ないものだった。が、捨て置くこともできない。苛立ちに任せて斧を振り降ろす。人型は抵抗することさえできず、その場に潰れた。
 孤立した茜の前で鳥が起き上がる。目線は頑なに図書館側へ向けられていた。口には力が蓄えられていく。
 茜は片眉を動かし、跳躍した。両手で握った刀を引き、必殺の意志を込める。
 鳥が身を乗り出した。その分距離が開く。だが茜は止まらなかった。
 今まさに魔弾を発射しようとした瞬間、飛来した雷の剣閃が鳥の胴に激突した。よろめいた分戻ってくる。
 深い紅を纏った刀が走る。
 破裂するような音を立てて、鳥の首が斬り落とされた。
 神削とマキナが見守る中、鳥の巨体がゆっくりと倒れていく。
 彼らと、着地した茜がその先に見たものは、想像を絶するものだった。



●交戦

 白を蹴散らしながら走る蒼。挙動は危なっかしく、しかし倒れも止まりもしなかった。
 怨嗟の矛先は暁良。殺意に貫かれ、それでも彼女の表情は変わらない。銃口で二度招き、軽く跳んで見せる。
 獅子が地を蹴った。蒼に濡れた牙を剥き出し、噛み掛かる。
 暁良は口角を上げると、
「それはもう見たゼ」
 前進。爪、そして牙を掻い潜り、腹下から、常久が残した手刀の疵に銃弾を叩き込んだ。
 吹き飛んだ獅子は『墜落』する。立とうとするが叶わない。
 痙攣する頭部を暁良が撃ち抜くと、それきり二度と動かなくなった。
「やるじゃねぇか」
 笑みを浮かべる常久に手を挙げて応える。彼の奥で鳥が沈んで逝った。
「任務完了、だナ」
 やっと『お待ちかね』。
 つい軽くなりそうだった歩みは、道の入り口に佇む仲間の表情で淀んだ。



●死戦

 同時に振り降ろされた二太刀を辛うじて躱すと、ナナシは姿勢を崩したまま雷の剣を振るった。疾る剣閃はグレイリップの片腕を半ばほどまで切り裂き、延長線上、鳥の背中に炸裂する。この状況下で尚、彼女は冷静だった。
 大剣を強く握るグレイリップ。
 彼を、その場に飛び込んできた千陰が、全身全霊で突き飛ばした。
 顔を上げたナナシは、自身の血の気が引く音を聴いた。
 千陰は、全身の細かい傷、体に走った裂創、口、鼻、割れた頭から夥しいまでの赤を垂れ流し、微笑みかけていた。
 次の瞬間、彼方から伸びてきた舌が彼女の胸に突き刺さった。
 一瞬でヴァニタスの許へ引き寄せられていく。
 ナナシが雷の剣を振る。容易く直撃した。避ける素振りもなかった。もう終わるだろうから。
 激突の瞬間、千陰がグレイリップの顔面に旋棍を叩き付けた。これも避けなかった。これで最後だろうから。

「萎えたぜ」

 抱き締めるように腕を振った。
 胸を×字に立たれた千陰が吹っ飛んでくる。
 飛び出したナナシが、地面に落ちる直前に受け止めた。そこへ他の仲間も駆けてくる。
 囲まれ、見下ろされ、名前を呼ばれる中、千陰は咽込んで、ごぽ、と雪に黒ずんだ赤を吐き出した。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: BlueFire・マキナ(ja7016)
重体: −
面白かった!:7人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍