●東拠点
開始5分前のアナウンスが鳴り渡る。
仲間らと入念に打ち合わせを行う桝本侑吾(
ja8758)は、ふと顔を上げた。
視界の奥の方で一対の黒が潜めた声を交わしていた。リョウ(
ja0563)と黒猫(
ja9625)である。
「……の……南……」
「じゃあ……なのだん……」
侑吾は少しだけ下唇を突き出し、作戦の調整に戻った。
●西拠点
開始1分前のアナウンスが鳴り渡る。
入念に準備する銘々を、因幡良子(
ja8039)が大声で呼び、集めた。
「始める前にさ、スクラム組もうぜスクラム!」
言い、戸惑う仲間に端から肩を組ませていく。すう、と息を吸い、良子は腹から声を出した。
「頑張るぞー!」
「「「「えい、えい、おー!!」」」」
●
「本日はご参加まことにありがとうございます。どなた様もお楽しみください。それでは――状況開始!」
●
開戦の合図と同時、西軍の大半が一斉に進軍、道路を進み休憩所になだれ込む。開けた場所、その中央に並んだテーブルには栄養ドリンクや医療器具が山積みになっていた。こりゃいいね、と良子は笑う。彼女の脇をジークリット・ライヒハート(
jb1435)とテト・シュタイナー(
ja9202)が固め、北と南の通路にそれぞれの担当が向かう。
「では、自分は哨戒に行ってくるっす!」
「うん、よろしく!」
敬礼を交わし、夏木夕乃(
ja9092)は林の中に侵攻していく。良子は携帯電話を取り出し、夕乃をコールする。危なくなったらすぐに戻っておいで、と伝え、そのままポケットの中に仕舞った。
●
東軍の面々は補給所に到達していた。並べられた長机には様々な武器のレプリカが置かれている。辿り着いた者から思い思いの獲物を手に取り、一気に通過する。
得物を物色する月詠神削(
ja5265)の背中に柘植沙羅(
jb0832)が声を投げる。
「いいものはあった?」
「ああ。治療用の道具はないけど、武器はいいのが揃ってる」
武器を取り、神削が振り返る。
「頼めるか」
沙羅は頷き、友達――ヒリュウを呼び出した。ヒリュウは一度彼女の周囲を廻ると、空高く飛び上がる。刹那、沙羅の脳裏にヒリュウの視界が飛び込んでくる。
「……2人、かな」
「了解。行こう」
●
小丘に到達した東軍は早速狙撃の体勢を整える。
ライフルを構え、スコープの位置を定めてから、シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)が振り返った。
「確か、さばげー……というのだったかしら」
うんうん、と雨宮祈羅(
ja7600)が頷く。
「めいっぱい楽しまないとね!」
とは言え。シィタ・クイーン(
ja5938)が2人の間に屈む。
「戦闘は戦闘だ。弛緩するなよ」
「勿論よ。北欧はフィンランドの狙撃術、とくとお見せするわ」
片眉を上げたシュルヴィアが胸を反る。
頼もしいね、とアニエス・ブランネージュ(
ja8264)は口の中で呟き、西の通路を見渡せる位置に陣取った。
●休憩所北通路
「来たぞ!」
アレクシア・V・アイゼンブルク(
jb0913)が叫ぶ。
得物を振り被り、真っ向から突っ込んでくるのは神削。アレクシアは槍を構え、迎撃の構えを取る。
だが、そこへ、スレイプニルに跨った沙羅が突っ込んでくる。彼女はすれ違いざまに斬撃で牽制すると、アレクシアの背後を回り、すぐに元居た位置へ駆け戻った。槍の間合いの外だ。
「さあ、スレイプニル、僕と一緒に行こう……」
「っ……小賢しい!」
眉間を狭めるアレクシアの隣を神削が駆け抜ける。休憩所の入り口まであと少し、という位置まで到達。急なカーブに備え僅かに減速した。
その瞬間、周囲の林から影が二つ飛び出した。神削は咄嗟に曲刀を引き、受けの体勢。体の前に置かれた得物に、大太刀と黒塗りの刀身が同時に激突した。
「やりますね」
立花雪宗(
ja2469)が短く告げ、神削が彼らを弾き返す。雪宗は大きく後退、休憩所の入り口で停止した。傍らには、鞘に刀を戻す鬼無里鴉鳥(
ja7179)の姿。
神削は膝を伸ばし、頬を指で掻いた。
「……まあ、簡単に通してはくれないか……」
「当然だ」
マフラーの奥で口を動かし、鴉鳥が腰を落とす。
「前線はここで、死線は私達だ。通りたくば、越えてみせよ」
鋭く息を吐き、神削が曲刀を構えた。
林の近くから彼を狙っている『影』がもう一つあった。
灰里(
jb0825)は木々の陰に己の身を巧妙に忍ばせ、銃口で敵軍に狙いを定めていた。
それも終え、隙をついてトリガーを引くのみ。だったが、瞬きを打った瞬間、隠れ蓑にしていた樹木の幹が穿たれた。灰里は即座に移動、射線を追う。
皇夜空(
ja7624)がライフルを胸の高さまで降ろしたところだった。
「素直な敵ばかりだと思わないことだ」
独り言は明確な威嚇。受け、灰里は敵意を返す。
「フン、そうだ。そうこなくてはな」
夜空の口は糸で吊られたように持ち上がっていた。
●小丘
「北側も戦闘開始か。皇が少し出過ぎている気もするが」
「林は? この木の密度では狙撃もままならないわ」
「大丈夫だったはずだけどなあ。アニエスちゃん、そっちは?」
問われ、アニエスは首を振る。
「敵のリーダーに繋がらない。通話し続けるとは、考えたね」
「なに、いよいよとなれば私が降りるさ」
「でもまあ、差し当たっては南の戦線だよねえ……」
手の中で矢を転がしながら、祈羅は補給所の南に視線を落としていた。
●補給所南
東軍は劣勢に立たされていた。
レイラ(
ja0365)の斬撃をレイル=ティアリー(
ja9968)が受け止める。なれば、と次を繰り出そうとすれば、
「地中の子等よ。奮起し、蜂起し、穿ち尽くせ!」
後方からテト・シュタイナー(
ja9202)の容赦ない援護が飛んでくる。
直撃を免れる為レイラが下がる。彼女の隙を埋めるべく侑吾が苦無を投擲する。が、楊玲花(
ja0249)が放る大振りの扇子がそれと交錯しながら侑吾らを襲った。オフィリア・ヴァレリー(
jb1205)が使い魔に赤々とした息を吐かせる。まともに喰らってしまったテトはすぐさま休憩所に撤退、二の腕に包帯を巻いた新崎ふゆみ(
ja8965)が入れ替わり、駆け、オフィリアに斬り掛かった。直撃、彼女は後ずさる。
「――ふ、ふふふ」
「あはっ、いつまで笑ってられるかなっ☆」
ふゆみが無邪気な笑みを見せる中、応急処置を終えたテトが舞い戻り、意気揚々と得物を振って笑う。
――通れない。
「下がりましょう」
「下がってください」
オフィリアとレイラが提案したのは同時だった。侑吾が目を白黒させる間にも、オフィリアは下がり、レイラは彼の前に背中を見せる。
「ここは私に任せて、あなたたちは『リーダーと合流』してください」
「……判った」
侑吾は力強く頷き、オフィリアを追った。
「むむっ」
「逃がすかよ!」
勢い勇むふゆみとテトを、玲花が手で制し、レイルが護るべく前に出る。
「彼らがリーダーでないのなら、ここで深追いすることに意味はありません。
……尤も、発言が真実であれば、ですが」
「少なくとも」とレイル。
「これからの攻撃は正真正銘のものが来ますよ」
言って得物を構える。
視線の先では、全身にアウルを滾らせたレイナの姿。
「――では、参ります」
彼女の背後、林の中から、赤い鳥が垂直に舞い上がった。
●休憩所・補給所間の林
時間は少しだけ遡る。
夕乃は林の中、道なき道を慎重に進んでいた。足を降ろす先、草の有無にまで神経を注ぐ。
「(前に出過ぎないで、孤立しないように……相手次第では速攻で……)」
その様子を、枝の上から見下ろしている者がいた。東軍、月丘結希(
jb1914)である。彼女はスマートフォンの画面を何度も指でなぞり、夕乃の武器や防具を考察する。
「(偵察と援護の予定だったんだけどなあ……)」
逃走するには近づかれ過ぎていた。助けを求めようにも北も南も激戦。
「……誰かいないっすかー……」
自分はまだ経験が浅い。なので勝てない。例えどんなに勝ちたくても。だから助けを呼ぶべきだ。
衝動をがんがら締めにしていた理性という名の鎖。
「……逃げるなら今のうちっすよー……?」
それを、夕乃が口にした何気ない一言が、粉々に撃ち砕いた。
「(危なくなったら逃げる。やられる前に逃げる)」
結希は唇を噛み締め、タッチパネルに指で五芒星を描く。
「(だから――ここは行くよ!!)」
星を結んだ指を向けると、指先から赤い鳥が舞い、眼下の夕乃を襲った。
「ぅわっ!!」
慌てて跳び退く夕乃。彼女がいた位置には電子が模した鳥が激突、爆発した。
顔を歪め、再び操作する結希。
「そこっすね!」
音が成る程魔導書を開く。翳せば、ページの中央から紫に輝く雷の矢が結希目掛けて宙を走った。
息を呑む、間に、雷が直撃する。衝撃で結希は落下。画面の中、足りない線はあとひとつ。
指が動く。
「もう一丁っすっ!!」
雷が生まれる。
線を引く。
熱と光の爆発が林を瞬時に彩った。
その中央から、赤い鳥が垂直に飛び立ち、空へ昇っていく。色づいた葉と空の間で爆発したのを確認して、結希は鼻を鳴らし、夕乃を睨みつけた。
「……覚えときなさい、必ず追いついて見せるわ……!」
夕乃は頷いた。
「強くなりたいのは自分も同じっす」
聞き届けると、結希の意識は暗転した。
駆け付けたスタッフに運ばれてゆく彼女を、夕乃は見えなくなるまで見つめていた。
●休憩所南
レイラの斬撃とレイルのシールドがかち合った。暫し拮抗、レイラが更に踏み込むと、レイルは靴底をずりながら後退、片膝を付いてしまう。
遠くの空で赤い鳥が爆ぜた。
まるでそれを合図にしたように、レイラのアウルが弱まり、霧散する。
「――無念、です……」
言い残し、レイラは膝から崩れ落ち、道路に突っ伏した。
深く呼吸を整えてレイルが立ち上がる。
「わーっ☆ 勝てたんですかぁ!?」
ふゆみの問いに、彼は首を振る。
「追い返せた、ということにしておきましょう。まだ勝負はついていませんから」
「とにかくレイルもこっち来い! 治せる怪我は治しとけ! ケリがついてねぇなら尚更だ!」
言われて振り向けば、玲花もにこやかに手招いている。
「ええ……」
辺りに敵の姿がないことを確認してから、レイルは休憩所に戻る。
スピーカーが声高に宣言したのは、ちょうどその時だった。
●小丘
戦場の『ある変化』を覗いたシュルヴィアが目を見開き、声を上げた。
「あれは……!」
シィタが強く舌を打つ。
「まるで狼だな。一匹の狼。私は出るぞ」
わたくしも、とシュルヴィアが立ち上がる。
「万倍にして返して差し上げましょう。ここの守りはお任せしました」
「はいはーい。気を付けてねー」
顔の横でひらひらと手を振る祈羅。アニエスも手を挙げて送り出す。
「(攻めに長けた陣形ということは、つまり守りに適さない陣形、とも言えるよね。
このまま押されて、しかもリーダーが孤立するのは、さすがに不味過ぎないかな?)」
彼女の視線は絶えず西の通路に注がれていた。
●補給所
無人の補給所に踏み込んだオフィリアはそっと胸を撫で下ろした。敵の姿は見当たらない。怪我を治すことは適わずとも、呼吸を整えるくらいはできる、と。
数度深く息を吸い、吐いてから目を閉じ、桃色の小さな龍を呼び出す。目を閉じると、すぐにヒリュウの視界が飛び込んできた。
即ち、『自分の背後』に佇む、眼鏡を掛けた男性の姿が。
「――ッ」
振り向く。が――
「遅い」
秋月玄太郎(
ja3789)が放った炎は眼前に迫っていた。
成す術無く喰らい、吹き飛ぶオフィリア。駆け付けたスタッフにキャッチされた彼女の表情には笑みが窺えた。
玄太郎は指で眼鏡の位置を直した。
「……まあ、こんなものだろう。貰ったぞ」
●休憩所北
スピーカーが補給所の陥落を告げる。
「なんだと……!?」
振り向いた夜空の頬を、灰里が放った銃弾が浅く裂いた。
「即席の策ですが、上手くいって良かったです」
「……引き付けていた、と言うのか……」
「結果的に、ですけどね」
灰里は再び気配を消す。
「向かう隙なんて与えません」
雪宗に言われ、神削の視線が前に戻ってくる。
「背中の傷は剣士の恥。違いますか」
「それとも、『友達』の脚力に賭けてみるか?」
得物を振り回し、アレクシアは不敵に笑う。
「売った喧嘩が片付く前に逃亡。私は御免だがな」
「月詠……」
「大丈夫だ」
言い、神削は強く武器を握った。
「仲間を信じて、ここを突破することを考えよう。きっと、それが一番の近道だ」
「……判った」
「調子に乗るのは早いぞ」
鋼糸を繰り、夜空は笑う。
「戦場の優位など刹那だ。身を以て知るがいい」
●休憩所
北側で交戦を続ける仲間を癒しながら、良子は朗らかな笑みを浮かべる。戦線のこう着を確認してから、彼女は休憩所中央、南側で戦った面々と合流する。
「いいねいいね、押してるっぽいよ!」
そのことなのですが、と玲花が小さく手を挙げた。
「一度、小丘を偵察してこようと思います」
「わかった。じゃあお願いしようかな」
「よいのですか」
私は反対です、とレイル。
「せっかく築いた数の優位を盾に、このまま守り切るべき、と考えます」
深追い厳禁、集団行動、連絡迅速。確認するように言いながら良子は指を折る。
「ま、なんにせよ安全第一ってことでよろしく!
休憩所は私とレイル君、ジークリットちゃんで守り抜いてみせるさ!」
「ありがとうございます。必ずや戦果を持ち帰りますわ。
行きましょう、お二人とも」
「おっけー!」
「ハッハァ! かっさらってやろうぜ!!」
勇み、駆け出したふゆみとテト。彼女らを護るように玲花が追う。
良子は満足げに頷いて3人を見送り、ポケットから携帯電話を取り出す。
レイルは腰を降ろし、レイラに受けた傷の処置を再開した。
「ライヒハート殿。申し訳ないのですが、包帯を取っていただけますか」
「わかりました」
てくてくと小さく走り、やや離れたテーブルの上、ケースに入った包帯を手に取る。
ひとつ多めに、と両手で抱え、踵を返した。
その瞬間、ジークリットの口は、背後から何者かに抑えられてしまった。直後、後頭部に硬い物が突き付けられる。
●休憩所・補給所間の林
「怪しい人がいるっす」
電話を顔に押し当てるなり、夕乃は声を潜めて言った。
「補給所を秋月先輩がゲットした瞬間、方向転換して林の中に行ったっす」
――どっちに向かったかわかる? 大体でいいから。
「多分、南……小丘の方角だと思うっす」
――おー。そしたら玲花さんたちも向かうから、道中はソロになるけど、追いかけて合流しちゃう?
夕乃は一瞬躊躇った。良子はあっさりと看破する。
――もちろん戻ってきてもいいよ。夕乃ちゃんに任せる。
目を閉じる。
浮かんだのは、去り際の結希の顔。
「――行くっす」
――……わかった。ガンバ!!
「はい!」
思わず大きくなってしまった声を手で押さえ、夕乃は姿勢を低く保って前進した。
●補給所
玄太郎は周囲を見渡す。続けて休憩所の戦線に打って出る予定だったが、補給所には自分しかいない。東軍が流れてくれば取り返されてしまう。それは余りにも癪だ。
だが、彼には考える暇などなかった。高い位置から矢が勢いよく降ってくる。玄太郎は軸をずらして回避する、が、続いて地面と平行に飛んできた銃弾は、彼の肩を浅く叩いた。
「いい男だな、ロンリーウルフ」
刀の峰で肩を叩きながら、シィタが補給所に侵入する。
「……今の狙撃は、お前ではないな」
「ご明察。これから動けなくなるまで、撃たれて斬られるわけだ」
「面白い。やってみたらどうだ」
言い、玄太郎は自身の横へ、投げるように忍術書を開いた。
●休憩所南の林
先行するふゆみとテトの背中が見える位置を玲花はキープし続けていた。慣れない悪路を時折危なっかしい足取りで進む2人は、彼女を少しだけ笑顔にした。
弛緩していなかった、と言えば嘘になる。だがそれは僥倖とも言えた。
凍て付く背筋に、より敏感になれたのだから。
「跳びなさい!」
玲花は思うより感じるより先に立ち止まり、叫んでいた。
何事かと振り返る前にふゆみとテトは前に思いきり跳ぶ。
二組の間の空間が歪む。歪んだかと思うと、上下左右から滅多矢鱈に黒い槍が伸び、虚空を穴だらけにした。
「察しがいいな」
玲花が振り向いた先。
黒衣に身を包んだリョウが佇んでいた。
「……あなたたちは、丘へ」
「わかった。先に行くぜ!」
「あはっ☆ やっつけちゃえー!」
2人は落ち葉の丘を駆け上ってゆく。リョウは動かない。玲花は扇で顔の下を隠した。
「張っていたのですか?」
まさか。リョウは頭を振った。
「道の途中だ。正面戦闘よりも奇襲が得意でな」
「本日はどちらへ足をお運びに?」
「時間稼ぎか。付き合う気も答えるつもりも毛頭ない。見逃すつもりもな」
「同感です」
玲花が落ち葉を蹴り上げる。
目くらましだ、とリョウは察する。目を細め、耳をそばだてた。
落葉の壁から扇が飛来する。リョウは仰け反ってそれを回避、手にした杖で叩き落とした。
『扇は玲花の顔の横を通過する』。
「……何?」
鞭のようにしならせた足を体ごと振り回す足払い。リョウは舌打ち、小さく跳んでかわす。が、続く遠心力の乗った蹴り上げは顎に直撃を許してしまった。
扇を拾う玲花が見守る中、リョウはふわりと着地。
「『時よ止まれ――お前は美しい』」
目を見開き、玲花を真正面から睨む。顎の傷は癒えていた。
「――ここから全力だ。易々と当てられると思うな」
●小丘
「ねえねえ、アニエスちゃん」
振り向くと、祈羅が目を線にして見上げていた。
「ね、彼氏とかいるの?」
白衣が肩を滑る。
「……今は割と緊張する局面だと思うけど」
「いいじゃん、世間話世間話」
言って祈羅が矢を引き絞り、放つ。
まったく、と息を吐くアニエスの耳に物音が飛び込む。極めて近い位置で落ち葉が踏まれる音だ。
2人が息を呑んで見守る中、物音はどんどん大きくなり、やがて人影が飛び出した。
「ふう……」
侑吾は頭や肩に張り付いた落ち葉を手で叩き落とした。
「お疲れ様。独りかな?」
「ああ。南側で孤立して、慌ててこっちに向かった」
見渡し、侑吾は片眉を上げる。
「4人くらい配備してなかったか」
「シィタ君とシュルヴィア君は補給所の確保に向かったよ。入れ違いになってしまったね」
「そっか。まあ仕方ないさ」
言った彼の後ろで、茂みが爆発したかのような音を立てて揺れ、2人の女生徒を吐き出した。
「じゃっじゃーん☆ ふゆみ、参上なのだー!」
「俺様もだ! さあ、燃えたいのはどいつだ!?」
「あらら、攻め込まれちゃった」
「案の定、という奴だね」
視線を合わさず前に出る祈羅とアニエス。
「お疲れのところ悪いけど、援護を頼めるかな」
「ああ、守り切ろう――」
力強く頷いた侑吾を、茂みから飛び出した紫の光が強襲した。瞳を焼くような爆発を受け、侑吾は林の中に押し飛ばされる。
「よし、当たった!」
ひょっこりと夕乃が姿を現した。
「くっ」
不意にアニエスは体を動かした。
動かしてしまった。状況を正確に把握しているからこそ、状況に対応してしまったのだ。
「へぇ? この状況で仲間のこと気にするのか?
仲間思いなんだな。それとも――あいつは『特別』なのかな?」
アニエスは答えない。祈羅は目を逸らす。テトは今度こそ確信した。
「行け! あいつがリーダーだ!」
「は、はいっす!」
言い、夕乃は茂みの中を転がるように駆け下りてゆく。
その様子を祈羅もアニエスも見ていなかった。既に刀を振り被ったゆふみが跳んでいたのだ。
●休憩所
おぼつかない足取りでレイルの前にやってきたジークリットは、前に出した包帯を落としてしまった。
「……すみません」
「? ありが――」
見上げる。彼女は儚げに微笑んでいた。
「……お先に、お暇させて、いただき――」
目を閉じ、前に倒れるジークリットを慌てて受け止める。後頭部には大きなコブができていた。
すぐさまスタッフが駆けつけ、彼女を搬送していく。
レイルが目を凝らした先、何事かと振り向いた良子の先、
「やー。お届け物なのだん」
テーブルに腰を預け、バルーンキャスケットのつばを銃口で持ち上げる黒猫の姿があった。
「商品名は絶望、代金は敗北を着払いでよろしくねん。……ふっ、決まったのだん」
「……いつの間に……!」
「ずっと狙っていたのだん。厄介な休憩所の守りが薄くなるのをねん」
「さすがにビックリしたけど、ひとりで落とせると思う?」
黒猫は俯き気味に携帯電話を弄る。
「落とす必要はないのだん。盤石なものほど小さな綻びで崩れる。そういうものなのだん」
●休憩所北
黒猫の侵入により、休憩所からの援護――良子の魔法は一時的とはいえ途絶えた。
ぐにゃり、くるりと舞い踊る鋼糸が容赦なく徹底的に灰里を襲う。自身を刻む曲線に、彼は王冠を見た。
辛うじて樹木に背を任せる。
「それで隠れたつもりか?」
同感だった。
だから彼は牙を研いだ。全身全霊の一撃を放つ為に。例えその結果、倒れることになろうとも。
鋭く息を吐き、飛び出す。
笑う夜空が糸を繰る。
その隙間を縫うように、しなやかな無数の刃が夜空の周囲に生まれ、彼を襲う。
「くっ……」
夜空はなんとか体をよじるが、回避には至らない。四肢には幾つも傷痕が生まれた。
それを確認すると、灰里は薄く笑い、ぐらついてから倒れた。両者の攻撃は同時に放たれ、直撃していたのだ。
スタッフに搬送されてゆく灰里を眺め、夜空は口元を引き締める。
「手間取ったな。さて――」
考えるまでも無い。彼は一目散に休憩所を目指す。
行かせない、という気持ちはアレクシアにもあった。だが沙羅がそれを許さない。何度目か判らぬ友との共同攻撃を受けるので手一杯だった。
だが、それもやがて綻びる。スレイプニルが光り輝き、弾けて解けたのだ。沙羅は着地するや否や肩で息をする。
「では、止めに行かせてもら――」
振り向き、走り出したアレクシアは、横から突き飛ばされた。
何事か、と顔を向けた先で、雪宗が紫の光に包まれ、爆発、叫び声を上げながら吹き飛ばされていく。
「立花!」
鴉鳥が叫び、すぐに神削を睨みつける。
「そこが死線、と言っていたけど、俺達も『そう』だ」
告げ、彼は再び光を吐き出した。
●補給所
「はぁっ!!」
シィタの鋭い足刀を玄太郎は紙一重で回避、しかし続く横薙ぎの一閃は躱すに至らなかった。地を掬い上げるような一撃が玄太郎の胴をまともに捉える。
眉間を狭めて膝を付く彼を、シュルヴィアが丁寧に狙撃する。玄太郎は踏ん張る、が、シィタの切り降ろしを肩に受け、大きく押しやられてしまった。
だが、彼もただやられていたわけではなかった。
「ええい、狙撃班は何をしているのです!?」
小丘からの援護は一向に訪れない。やきもきしたシュルヴィアは毒づき、丘を一瞥した。
そこか。玄太郎が眼鏡を直し、疾走する。
「させるか!」
シィタが刀を振り回す。玄太郎は減速することなくそれを潜り抜け、立ち上がると同時、風の刃を林に放った。
「――えっ」
シュルヴィアは気付くが、間に合わない。若草色の刃は彼女に直撃、高々と吹き飛ばした。
落下する彼女をスタッフが抱え、運んでゆく。まず一人、と息を吐く玄太郎の首に、シィタが音も無く刀を添えた。
「ナメた真似を……!」
鼻を鳴らす。
「後の先。ありきたりな一手だと思うが」
言い捨て、取り出した二刀でシィタの得物を払い、踵を返して対峙する。
●休憩所南の林
扇の投擲、足具を活かした蹴撃、それらを織り交ぜた連携は、しかしリョウに届かない。紙一重で躱されてはカウンターを受ける。それが数度続いた。
玲花は一度大きく距離を取った。
「……手強いですね……」
「息をつく暇などないぞ」
杖を振りかざしリョウが迫る。魔力の刃が木漏れ日に濡れた。
勢いが十二分に乗った振り降ろしを、玲花は跳躍して回避。樹木の幹を何度も蹴り、
「覇っ!!」
頭上を強襲する。
リョウは片足を軸にして回転するように移動、元居た位置を蹴りで穿つ玲花に杖を振る。
花吹雪のように落ち葉が舞う中、彼女の周囲、空間がぐにゃり、と歪んだ。
「っ」
直後、圧倒的な量の黒槍が玲花を襲う。直撃こそ辛うじて免れたものの、体中がしびれるように痛んだ。
リョウのポケットで携帯が短く震えた。
槍が消えると、玲花が立ち上がる。目の前にリョウの姿は無かった。
「(隠れたのですか……次で仕留めにくる心算でしょうか……)」
注意深く林を見渡す。物音ひとつ逃さず入念に姿を探す。だが見当たらない。
「……――まさか!!」
はたと玲花は思い至る。そして遮二無二駆け出していた。
向かう先は――。
●小丘
「たーっ☆」
朗らかな掛け声とは裏腹に、鋭利で重い剣閃が走る。
祈羅は危なっかしい足取りで後退、頬を膨らませて魔導書を開いた。直後、ふゆみの足元から無数の青白い手が伸び、彼女をむんずと掴む。
青褪め、じたばたともがくふゆみの隣から、
「集えよ燭光、滅びの種子よ!」
テトが炎の砲弾を放つ。高速のそれは祈羅を捉えた。高くて短い悲鳴、そして特大の爆発が鳴る。
「そらそら、俺様のは熱くて泣くぜぇ!」
腹から笑い、凄むテトにアニエスが照準を合わせてトリガーを引く。腿を撃たれたテトは足を払われ前につんのめるようにして倒れた。
「油断大敵、かな」
ふゆみが拘束を断ち切り、駆ける。アニエスに踏み込み、斬撃に見せかけ、その実気合いの籠った突きを放つ。胸と喉の間を突かれたアニエスは尻餅をつくようにして転倒、すぐさま起き上がり、咽込んだ。
「ユダンタイテキ、なんだからっ☆ミ」
「大丈夫、アニエスちゃん?」
「……ああ、なんとかね」
小丘が落ちれば勝敗が決する。
揺るぎない事実がアニエスを撤退させずにいた。
だが、彼女の思いとは裏腹に、間もなく勝負は決することとなる。
●小丘横の林
侑吾は起き上がり、口の中に入った砂を吐いた。
「見つけたっす! 逃がさないっすよ!」
声に振り向く。
ばちばちと触れるものを穿ち、雷光が迫る。
「ああ……ったく」
シールドを展開し、侑吾がそれを防ぐ。
「まだまだぁっ!」
連続で放たれる雷の矢。侑吾は盾でなんとか凌ぐ。
凌ぎつつ前に出る。合間合間に苦無を投擲、全弾とは行かずとも命中はした。
その隙に侑吾が前に出る。盾を仕舞い、両手でしっかりと大剣を握って。
夕乃は魔導書を開く。
最大級の一撃が、侑吾目指して飛び出した。
●休憩所
レイルの払い打ちを黒猫は後方に跳んで回避、宙で体を捻りトリガーを握る。銃弾を受け、彼はがくりと膝をついてしまう。レイラから受けた斬撃のダメージが残っていたのだ。
「レイル君!」
彼を癒そうとする良子の周囲に鋼糸が振り降ろされる。
「お相手願おうか」
休憩所に踏み込んだ夜空が怪しく笑った。
手負い一人くらいならなんとか。杖に持ち替え、身構える良子の耳に、茂みが揺れて囁く。
「間に合ったようだな。いや、これからか」
リョウは辺りを見回し、良子に向けて歩み出した。
「……ちょーっと、ピンチかな?」
「そうだねん、まずはあの子から――っ」
前に出ようとした黒猫、彼女の脇腹をレイルが槍で払った。
「通しません、貴女だけは」
「……今のは、ちょっと効いたのだん」
ひょいと起き上がる黒猫。彼女の双眸が怪しく光る。
●小丘横の林
夕乃渾身の一撃は侑吾を捉えた。確かに捉えたのだ。
だが彼は受け切り、臆さず踏み込んだ。
夕乃が跳び退く。が、浅い。
侑吾が振り降ろした大剣が、夕乃の身体を斜めに叩いた。
「――ごめんなさい、みなさん、結希さん……――」
茂みに倒れた彼女をスタッフが丁寧に搬送していく。それを観てから、侑吾はやっと腰を降ろし、深く息をついた。
●休憩所
咄嗟に防御の体勢を取る良子。彼女を容赦なく鋼糸が襲う。加えて全方位からの槍撃。
ぐらりと視界を揺らし、良子はうずくまる。うずくまって踏ん張った。
「流石に頑丈だな。だが――」
「――倒れるまで攻めるだけだ」
杖を翳し、リョウが走る。良子の歪む表情が窺える位置まで踏み込み、杖を突き出した。
と、同時。後頭部に鈍痛が走った。駆け付けた玲花の飛び蹴りが叩き込まれたのだ。
「ありがと!」
「まだです!」
「まだだ」
夜空が糸を繰る。
彼は元より、良子はその奥に見えた人影に息を呑んだ。
即ち。
●休憩所北
アレクシアの突貫を受け沙羅が吹き飛ぶ。それでもなんとか立ち残ったものの、武器の先は既に地を触っていた。
追撃をかけるべく迫るアレクシア。
彼女と交錯するように神削が走る。
迎え撃つは鴉鳥。納刀、眼光、そして抜刀。黒い閃光が神削目掛けて直走る。
神削は閃光を肩で受け、尚も前進する。ぶらりと下がる腕を捨て置き、片手で曲刀を振り降ろした。
鴉鳥は後退してそれを回避。片手の分勢いは衰えていた。避けるのは容易かった。
だから避けてしまった。
気付いた時には遅い。神削の口から溢れた紫の光は、まっすぐ休憩所に延びていた。
●休憩所
夜空の鋼糸を受ける良子の元に、紫の光が差し込んだ。
全てを察した夜空が、最後に強かに打ちつけて軸をずらす。
よろめきながら立ち上がる良子、その背中に杖と銃弾が突き刺さる。
「……つぁ……!」
玲花とレイルが救いに向かう。
が、届かない。
次の瞬間、彼女らが見たのは、神削の攻撃を受け、高らかと舞い上がる良子の姿だった。
●エピローグ
「素晴らしい戦いだったわ。戦場でも、こう勇ましくありたいものね」
参加賞と、勝者への記念品を渡していた主催者は、ふとそんな言葉を聞いた。
以前命を救ってくれた彼らの為に自分ができることを精いっぱいしよう。
その一心で作ったこの施設が、少しでも彼らの役に立ったのなら、僅かでも楽しんでもらえたのなら、他に言うことは何もない。
秋の夕日が沈む。
朗らかに互いを湛え合う生徒らに、主催者は遠くから、深く頭を下げた。