「ソングレイ!」
箕星の緊急連絡によって集まった撃退士の中、最初に叫んだのは鈴代 征治(
ja1305)であった。
不機嫌に聞き返すソングレイに構わず、征治は続ける。
「天の動きは掴めましたか? 情報が少なすぎて後手なのはこちらも同じです……が、新たに掴んだ情報もある。こんな所で遊んでないで、情報交換といきませんか?」
「そいつはルール違反だ。俺がお前たちと話すのはゲームに勝った後だけさ。さあ、グズグズせず、始めようじゃないか」
提案を一周するソングレイ。
「ゲーム……だとっ」
最前列に立っていた天羽 伊都(
jb2199)の表情がピクリと強張る。
「巫山戯た真似を……腹立たしいですね」
傍らのカタリナ(
ja5119)も小さな声で天羽に同意する。
「余り熱くなるな」
怒りに震える二人の肩に。ぽんと鷺谷 明(
ja0776)が手を置く。
そして、大真面目な声で宣言した。
「生は娯楽、だろう?」
それが、「遊戯」の開始の合図でもあるかのように、数名の撃退士たちが一斉にソングレイの背後にある林に向けて駆けだした。
「……それじゃあ面白くないな」
ソングレイは溜息をつくと、想像を絶する速度で林に向かう撃退士の進路に立ち塞がり、大鎌を振り上げる。
「させません……!」
白い輝きを放つカタリナの大鎌が、黒い大鎌と交差し火花を散らす。
一見、互角にも見える攻防はしかし直ぐにソングレイの圧倒的な力によってカタリナが押されてゆく。
「……この力、ゲームに付き合うだけで素直に引いてくれると言うなら乗らない手はありませんね。ですが……」
黒い刃が身体に届かんとした時、突如カタリナのから銀の光が広がり刃を弾く。
「あの狙撃手だけでなく、貴方も倒して構わないのでしょう?」
「ククク……嬉しいことを言ってくれるじゃないか、撃退士」
ソングレイが凶悪な笑みを浮かべた。
●
「駄目です。反応が多過ぎて……」
林では「生命探知」を用いた箕星が唇を噛んでいた。
初夏の野山ということを考えればサーチする対象が多過ぎて、目標のみをピンポイントで探せないのは無理からぬことである。
これは、鷺谷も同様であった。
「案の定か……少々乱暴な手だが。燻り出すさ」
鷺谷は自身のアウルを集中させると、適当な位置に向けてコメットを叩き込む。
木々が倒れ、下草や灌木が土砂や石と混じって舞い上がる。
「やったか? おっと、これは禁句だった……」
鷺谷が言い終えるより早く、その土砂や木屑で遮られた視界の向こうから紅の弾丸が飛来する。完全に虚を突かれた形になる鷺谷は直撃を受ける。
(どうだ?)
林の別の場所から一部始終を目撃したミハイル・エッカート(
jb0544)が同行していた雨宮アカリ(
ja4010)にジェスチャーで尋ねる。
アカリは首を振る。
「狙撃手にとって一番危険な行為は攻撃……そのリスクを最小限に抑える一発……天魔にも『本物の狙撃手』がいたなんてね……ふふっ」
しかし、アカリは躊躇なくその場で射撃姿勢を取った。
「だから本来はギリギリまで攻撃はしないものなんだけど……」
敵の狙撃を誘うための覚悟の一発が放たれる。
しかし、直後に敵が放った弾丸は林の外でソングレイと戦う仲間たちに向けて放たれた。
「あくまでも、分の役目を果たす気ね? なら私も……!」
●
「これだけ探しても見つからないということは……木の上ではない、ということか」
サガは気配を絶った状態で木々の上スレスレを飛びながら、狙撃手を探していた。そして、彼が上空からの捜索を切り上げようとしたまさにその時、地上の一角から紅の弾丸が放たれたのである。
「そこか」
サガは武器を抜くと、少し離れた位置に物音をたてぬよう注意して着地。敵がいると思しき地点にゆっくりと忍び寄っていく。
慎重さと根気強さが求められるが、かつて暗殺者であったサガにとってはお手の物である。
しかし、サガが後僅かで目的の地点に辿り着くという時、再度、狙撃が行われた。
「何だと……」
サガの目が驚愕に見開かれる。
何故なら、彼の眼には弾丸がさっきとは離れた、全く別の位置から発射されたように映ったからである。
●
「貫け!」
カタリナが必死にソングレイを押し留めている隙に、その側面に回り込んだ征治は相手に向けて全力でスタンエッジを放った。だが、ソングレイはその動きを見切り、最小限の動作でそれを躱す。
「まだです」
征治の鋭い突きを躱したソングレイの体勢が崩れる――その瞬間を狙って、夜姫(
jb2550)が雷光を纏った一閃を繰り出した。
しかし、ソングレイはその態勢から恐るべき鋭さで鎌を振るう。攻撃を弾かれ、今度は逆に夜姫のほうが体勢を崩してしまう。
「くっ……」
喘ぐ夜姫に、ソングレイは嗤う。
「――BINGO、とか言ってみるか?」
直後、林の一画が光り紅の弾丸が凄まじい速度で夜姫を襲った。
「やらせるかぁ! この外道!」
しかし、次の瞬間天羽が一陣の黒い疾風の如くソングレイに切り掛かった。
真紅の閃光は素早くその軌道を変え、天羽へと着弾する。天羽は大きくよろめくが頑丈な天羽はその一撃に耐え切った。
「ハハ……ハハハ! まさか、この程度の人数相手にコレを使うことになるとはな!」
哄笑するソングレイ。その大鎌に、凄まじい量の魔力が充溢していく。
「皆、備えてっ!」
天羽が叫ぶ。
同時に、大鎌から放たれた黒い魔力の波動が容赦なく撃退士たちを薙ぎ払った。
「がはっ……」
吐血し膝をつく天羽。他の仲間たちはいずれも地面に叩きつけられている。
「少し本気になり過ぎたな。立っているのはお前だけじゃないか……いや。それも終わりか」
ソングレイは天羽に近づくと、鎌を振り上げる。
「ぐぅ……っ」
呻いたのはカタリナであった。
「カタリナさんっ」
驚いて振りむく天羽の背後で、たった今天羽の受ける筈だった斬撃を代りに受けたカタリナがそれでもゆっくりと立ち上がり不敵に微笑む。
「残念ですけど、もう少し殺されてはあげません」
それと同時に、カタリナの全身にアウルが巡り受けた傷を急速に修復していった。
「そうだ、仲間を信じるんだ……」
征治もまた、よろよろと立ち上がると自らの傷をアウルで癒す。
「最後まで立っていれば僕達の勝ちだ。撃退士は絶対に膝を屈したりはしない!」
「……口だけではないようじゃないか」
とソングレイ。
「旅団長……階級で実力を測るのは愚行ですが、あのレイガーと同等の実力だとすれば、ここで皆の足を引っ張る訳にはいきませんね。……少々無茶をさせて貰います」
最後に立ちあがった夜姫は、自らの手に雷光の刃を形成した。
「それで俺に立ち向かう気か?」
呆れたように呟くソングレイ。
「いいえ。これはこう使うものです」
夜姫は刃を自らに突き立てる。途端、凄まじい量のアウルが夜姫の全身を循環し始める。
「ははは。何だ、お前。死ぬつもりか」
「……そのくらいの覚悟がなければ貴方は止められないと判断したまでです」
「面白いじゃないか! どこまで持つか、確かめてやろうじゃないか……!」
ソングレイは再度大鎌を構え、夜姫たちに向って突っ込んで行った。
●
「これって……」
木に括り付けられたうさみみカチューシャを見た瞬間、アカリは唐突に気付いた。
これは、ミハイルが用意したもので仲間に敵の位置を知らせる際に使うためのものだ。問題は、さっきもこのカチューシャを見ていたということである。
「一周していたってこと?」
先刻から、アカリはミハイルが狙撃の度につけた目印を辿るように移動していた。
その結果、ある一定の範囲を丁度一周してたのだ。つまり、こ弾丸の発射された地点がランダムのように見えて実はある円の中に納まっていたということである。
アカリはしばし目を閉じて黙考した後、微笑んだ。
敵は『本物の狙撃手』だからこそ、一発撃つ度に移動するというセオリーの裏をかいた。
この弾丸はかなり変則的な弾道を飛ぶことが出来る。
最初は弾丸を林の中に撃ち、適当な場所で林の外の撃退士たちに向かうようにコントロールすれば、あたかも全く別の位置から撃っているように見せかけることは不可能ではない。
「そんなことが出来るんだったら……その円の中心に陣取るのが一番効率が良いわよね……?」
範囲さえ絞りこめれば射撃に特化したインフィルトレイターの術式を用いての索敵が可能となる。
「いた……」
アカリの銃の照星が、一見では地面や草と区別のつかないギリースーツの一端を捕える
直後、一発の銃声が林を震わせた。
●
「発見するとは大したものじゃないか。だが、まだゲームオーバーにゃ早すぎるぜ」
「行かせる訳にはいきません……くっ!?」
夜姫は、自らにかけたアウルの過負荷により、痛覚を無視してなおも切り掛かろうとするが、突如膝をつく。
時間切れである。
「こんな所で……!」
過負荷の反動により動くことすらままならない。
「夜姫さんっ!」
「他人を心配している場合か?」
直後、ソングレイの鎌が一閃し打ち合っていた征治の槍を弾き飛ばす。
そして、ソングレイは空中に飛び上がると、凄まじい速さで林へと向かう。
「く……」
既にリジェネレーションが追いつかなくなっていたカタリナも膝をつく。
「! 待てぇ!」
天羽も同様に翼を広げ、後を追うがみるみる引き離されていく。
だが、ソングレイが林に近づこうと高度を下げた時、突如彼の周囲にアウルで形作られた無数の流星が降り注いだ。
「お前、さっき撃たれたんじゃなかったのか?」
その攻撃を放ったのが、箕星にヒールで応急手当てを受けた鷺谷であったことに気付いたソングレイはゆっくりと着地する。
「――問いは一つ。この地で起きようとしているのは祭りかね? 楽しい愉しい祭りかね? それを確かめるまでは倒れてなどいられないのでね。どうせ、敵わぬまでも一矢報いてやるさ。仲間がディアボロを倒すまでの時間は稼がせて貰う」
●
アカリは、ブルートイェーガーに向けて発砲した瞬間、時間の流れがスローになったような感覚を覚えていた。
「ああ、撃たれたのね……」
まず、引き金を引いた直後に敵の弾が自分を貫いたのを感じた。。
イェーガーは潜伏しながらも、此方の動向を把握しており、アカリに狙われていることを理解した瞬間先手を打ったのだ。
だが、アカリの方も引き金は引いていた。
アカリのアウルを練り込んだ弾丸が、敵に着弾しその装甲を腐食していく。
「ミハイルさん、後は……」
アカリは自身の意識がゆっくりと失われていくのを感じ始めていた。
最後に彼女が見たのは、その場から移動しようとするイェーガーと、それに切り掛かるサガの姿だった。
●
「ここで決める」
サガの大剣が猛然と振り下ろされる。
対悪魔の力を解放したサガの一撃は、ディアボロに対して高い威力を発揮する。
しかし、気配を絶っていたサガの接近を、恐らくアカリのように何らかの魔力で察知していたイェーガーは素早くギリースーツを脱ぎ捨てると、長大なマスケット銃に装着された銃剣で、サガの切っ先を弾き返す。
思いの外思い一撃に歯を食いしばるサガ。更に斬撃を繰り出すが、長柄の武器同士ということもあり、両社の剣戟は膠着状態に陥るかに見えた。
その時、横薙ぎに振り抜かれたサガの一閃を、素早く屈みこんで回避したディアボロが強烈な勢いで銃剣を突き出す。
腹部に打突を受けたサガが数m吹っ飛び、木の幹に激しく叩きつけらる。
そして、ディアボロが止めを刺そうと銃を構えた瞬間
「アカリ、それにサガ。ありがとう」
アカリやサガにディアボロの意識が向けられていたために、気付かれていなかったミハイルの弾丸がディアボロの胴を貫通した。
ディアボロはこの世の物とも思えぬ悲鳴を上げて仰け反る。
「勝機、か」
その隙に、体勢を立て直したサガの渾身の一撃がディアボロの頭部を粉砕する。
「大したものじゃないか、撃退士」
そのディアボロの身体が崩れ落ちるより早く、ソングレイの声が響く。
「約束通り、『話』につきあってやろうじゃないか――ついでにこいつも返しておくぜ?」
「鷺谷さん!?」
どさりと地面に転がされた、ボロボロになった鷺谷を見て箕星が悲鳴を上げる。
「コイツが邪魔しなければ、間に合ったんだがな。お前たちにとってはお手柄じゃないか」
ソングレイが笑った。
●
撃退士たちは負傷者の治療を箕星に任せ、改めて林の外でソングレイと対峙していた。
「ミハイルだ、よろしく。懐かしいな。覚えてないだろうが東北で、お前に光の弾丸浴びせたんだぜ?」
とミハイルが挨拶する。
「ああ、邪蛇の爺さんに乗った時か。ク、あの時は大勢から攻撃されたからいちいち覚えちゃいないが、確かにかなり効くやつが混じっていた気もするな」
「光栄だね。ところで、最近、大層な悪魔や天魔が集まっているな。何をしている?」
ミハイルは質問を始めると天羽たちも次々と疑問を投げかける。その中には、意識を失っている夜姫から託された質問も含まれていた。
「さっきの申し出はまだ有効です。此方は天界勢の情報を提供する用意が――」
最後に、征治がそう言おうとするのをソングレイは面倒そうに手を振って遮った。
「お前らが把握しているような情報を俺達が知らない筈はないじゃないか。そもそも、俺たち冥魔がこんな所に来る羽目になったのも天使共が先に動き始めたせいだからな」
「なるほど、そういうことでしたか」
征治が納得する。
「そして、俺がお前らに教えてやるのはこれだけだ。『俺達』はこの埼玉とかいう地域に眠っているモノを探しに来た。ま、ここは見当外れだったようだがな。それが役に立つモノかどうか……言わなくても解る筈じゃないか」
「……」
ソングレイの言い方にムッと来たのか、天羽は改めて相手を睨みつける。
「ついでに言えば、この地球で俺やリザベルに命令を出来る相手は限られてるぜ。こう言えばお前たちも解るんじゃないか……まあ、一部の奴は四国の方から直接指示を受けたらしいが」
「……ルシフェル」
箕星の治療で意識を取り戻した夜姫が呟く。
無言で嗤うソングレイ。答えとしてはそれで十分だった。
「さて、これで今日のゲームは終わりだ」
とソングレイ。
「なるほど。何かデカいことが始まるのは確からしい。血が滾る話じゃないか。いずれ、またお前と戦えるのかな」
ミハイルが不敵に笑う。
「さあな。とりあえず、そこで気絶している奴にも伝えるといいんじゃないか。愉しい祭りはもうすぐだとな」
そう言い捨てて、ソングレイは何処かへと飛び去って行く。
天羽は、改めて今回ソングレイの刃によって傷ついた撃退士たちの方を悔しそうに一瞥した後、旅団長に向かって吠えた。
「忠告しておくぞ! 次会ったらぶった斬ってやるからな!」
――ハハハハハハ! そいつは楽しみじゃないか!
青空に、悪魔の哄笑が響き渡るのであった。