「あうっ!」
擂鉢山の地下にあるゲートへ向かってゆっくりと降下する巨大なエレベーターの上で、ハルヒロがコーポラル(以下伍長と表記)の攻撃に吹き飛ばされた。
「フン、思えば哀れな小僧よ。アブガルに牙を剥いた時に大人しく死んでおれば良かったものを……未だに奴の道楽に付き合わされるとはな」
「違う……!」
だがハルヒロは立ち上がり、ベロソスを睨みつけた。
「確かに、これはお館様の命令だけど……! 僕は今度こそ、サンバラト様や僕のために戦ってくれた人たちのために……!」
「黙れ! そもそも貴様のせいで若が裏切ったのではないか!」
水流がハルヒロに襲い掛かる。
避けられないと判断したハルヒロは咄嗟に身構える。
しかし、次の瞬間水流は、突如発生してハルヒロの全身を覆ったアウルによってその威力を軽減された。
「何だとっ!?」
驚愕するベロソス。
「よかった……洗脳なんかされていないみたいだね。ハルヒロくん、助けに来たよ!」
エレベーターの上に着地したのは、自身のアウルでハルヒロを庇った川澄文歌(
jb7507)だった。
「お姉ちゃん……来てくれたの……?」
ハルヒロの目が潤む。
文歌は優しく彼を撫でて微笑んだ。
「ふふ、お姉ちゃんが貴方と一緒に戦うよ。貴方は一人なんかじゃないからね」
「ありがとう……」
笑顔を見せるハルヒロ。
「とっとと始末しろ!」
二体の伍長が二人に襲い掛かる。
「彼を……やらせはしません。魔剱練成『魔弾の射手(コードキャスト・デア・フライシュッツェ)』」
しかし、一体目の伍長が跳躍するより早くアステリア・ヴェルトール(
jb3216)の周囲に発生した三十二の魔法陣から黒い炎が収斂して生み出された魔剱が伍長に襲い掛かり、魔龍の爪牙の如く相手を切り刻んだ。
「相変わらず……不味そうですね……」
切り刻まれるにつれ、衣服の下に隠された半魚人らしい部位が顕になる伍長を見てアステリアは冷たく呟く。
そして、急にはっとなったように口元を抑えて恥じらい、誰かに聞かれていないかと周囲を見る。
「どうして……」
茫然と自分を助けたアステリアを見るハルヒロ。
アステリアはこほんと咳払いして、動揺を隠すとハルヒロに答えた。
「流されるのを止めて道を――あり方を模索するというのであれば――私もあなたを生かします」
そう言ってからアステリアはライフルを構え、ハルヒロに背を向けたまま小さく呟いた。
「あなたには、私のような在り方を選んでほしくない。ただ……それだけです」
一方、もう一体の伍長はこの間に大きく跳躍し、ハルヒロと文歌の背後に回り込んでいた。
「しまった!」
ハルヒロが叫んでステッキを構えるより早く、伍長が槍を突き出す。しかし。その槍は直前で雫(
ja1894)が振るった大剣によって甲高い金属音と共に弾かれた。
「お前は……」
因縁浅からぬ相手である雫が自らを助けたのを見て、ハルヒロは茫然となった。
「……私は、貴方が嫌いです」
何か言おうとするハルヒロを遮るように、雫がぴしゃりと言い放った。
「……」
しかし、無言で俯くハルヒロを見てなおも雫は言葉を続けた。
「でも、先の戦いで貴方がとった行動で私達は此処まで来れました。……だから、嫌いですが貴方を仲間として認めて背中を預かりますし、預けます」
それだけ言うと、雫は大剣を構えそっとハルヒロと背中合わせに向き合った。
「……ごめん、なさい」
ハルヒロは大きく鼻をすすると、やっとそれだけを口にした。
「ありがとう……フミカ、シズク……良かったね、ハルヒロ……」
追いついて来たサンバラトはこれを見て、そっと涙を拭う。
「さあ! あんた達の好きにはさせないわ! 全員突撃ー!」
続いて、雪室 チルル(
ja0220)の威勢の良い叫びと共に他の仲間たちも次々とエレベーターに飛び降りて来た。
●
「感動の再開といった所でしょうか。ま、相変わらずあのマジシャンもどきな恰好は気にいりませんが……とりあえず彼も味方ということで良さそうですねぇ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は相変わらずの憎まれ口をたたきながらも、素早い動きで敵との距離を詰め、一気に刀でベロソスを狙おうとする。
しかし、それまで他の仲間と戦っていた二体の伍長は即座にエイルズレトラの動きに反応すると、同時にエイルズレトラに襲い掛かった。
「邪魔ですねぇ……」
舌打ちするエイルズレトラに鋭い突きが襲いかかる。
鈍く光る刃がエイルズレトラの細い体を貫く。しかし次の瞬間にはエイルズレトラの体は無数のトランプとなってばらばらと崩れ去った。
「楽しんでいただけました?」
華麗に攻撃を避けたエイルズレトラはそのまま二体目の伍長の脇もすり抜けようと駆ける。
しかし、二体目の伍長はそんなエイルズレトラに対しトライデントを突き出すのではなく、トライデントを大きく振り回し薙ぎ払った。
「こいつ……!?」
今度も回避しようとしたエイルズレトラだったが、空蝉で移動した先にも槍の刃が振るわれ、その腹部に先端が叩きつけられた。
「ストレイシオン! 頼む!」
しかし長幡 陽悠(
jb1350)の召喚したストレイシオンの発生させたアウルが槍を受け止め、その威力を減衰させる。
「中々のアシストです! では、ショーを始めましょうか!」
エイルズレトラはそう叫ぶと、パチンと指を鳴らす。
「な、何だこれは!」
驚いたのはベロソスだ。突如エイルズレトラの周囲から手足が生えたトランプがわらわらと湧き出て、ベロソスと伍長に群がり始めたのだ。
敵によじ登っては、アウルを撒き散らし消滅するトランプたち。
「……おのれぇ! 小癪なマネを!」
傷を受けながらも、何とか意識を奪われるのを凌いだベロソスは、防御を固めるつもりなのか水の被膜で自身と二体の伍長を覆う。
「どうした? ――随分と焦っているじゃあないか」
そこに、郷田 英雄(
ja0378)がベロソスを嘲笑いつつ伍長に大鎌で切り掛かった。
「貴様は!」
前回痛い目に合わされた相手であるせいか、ベロソスの顔色が変わった。
「どうやら主人に捨てられたようだな。手前を売って自分だけ助かるつもりらしい」
だが、ベロソスは言い返す。
「フン、それで動揺を誘ったつもりか!?」
直後伍長の一体が槍で鎌を受け止める。
「家畜の浅知恵で!」
更に、二体目の伍長が槍で郷田に突きかかるが、
「家畜がどうしたっていうのよ! 雑魚のクセに!」
今度はチルルが大剣で伍長の突進を受け止めた。
「こっちは引き受けたわ! 今のうちに!」
チルルに頷いて見せる郷田。その瞳が怪しく光った。
「一体ずつ、確実に……か。まあ、俺は敵を殺せればなんでも良いがな」
「目だ! そいつの目に警戒しろ!」
咄嗟にベロソスが叫ぶ。命令を受けた伍長は郷田を蹴り、一旦距離を取ろうと試みた。
しかし、伍長が警戒するべきなのは郷田の目では無かった。伍長が着地した瞬間、頭上から放たれたアステリアの弾丸が伍長の身体を直撃したのだ。水の防御のおかげで損傷は小さいものの、一瞬伍長の目がアステリアに向けられる。
「私は騎士でありたい。だが、魔龍であることもまた真実。恐らく、彼もこれから苦しむのだろう……ならばせめて私が手本となって抗って見せる」
アステリアは伍長が怯んだのを確認すると、が小さく呟く。そう呟いてから決然たる口調で郷田に頼んだ。
「――止めを」
「――承知」
そう応じた郷田は相手の顔面に向かって拳を叩き込む。
「愚か者め! そんなものが通用するとでも……何だと!?」
勝ち誇るベロソスだが、攻撃を受けた伍長の様子を見て顔色が変わった。
郷田の拳は黄金に輝いたかと思うと、水の壁をゆっくりと潜り抜け直接伍長の
顔面に命中したのだ。いや、そればかりか郷田のアウルは伍長のヘルメットや表皮すらも貫通し、相手の頭蓋に直接流れ込む。
その反動か、郷田の拳も表面が剥離し、機械の姿が顕になっていくが、彼は気にせず不敵に笑う。
「――成る程。頭が悪いだけあって脳も足りないようだ」
直後、ぐしゃりという音が響き伍長の頭が内部から砕けた。
●
一方、もう一体の伍長の方も戦況は芳しくなかった。
「そこを退くのよ! ……どっけぇー!」
水の被膜などお構いなしに、力任せに叩きつけられたチルルの大剣が伍長を怯ませる。
「五月蠅い小娘が!」
激昂と共にベロソスの放った水流が槍のようにチルルを襲う。
だが、それはチルルの周囲に現れた薄い氷の結晶のような板に阻まれ、その勢いを減じさせられてしまう。
「防御があんたの専売特許だなんて思わないことね! この卑怯者!」
「黙れ!」
ベロソスが叫んだ直後、どうにか体勢を立て直した伍長が槍を構えて大きく跳躍するとチルルを狙う。
「おっと、レディーへの狼藉は感心しませんよ?」
だが、ぎりぎりでこれに反応したエイルズレトラは敵の進路の真横から伍長に突っ込んでいった。
瞬間、槍がエイルズレトラに突き刺さるが長幡の結界でその衝撃が軽減される。
一方、エイルズレトラがナイフのように突き出したトランプも、水の幕に遮られたせいで伍長の身体を浅く切り裂いたに留まった。
「かすり傷ではないか!」
勝ち誇るベロソス。しかし、エイルズはカードが相手の身体を浅く切ったのを確認すると不敵に笑い、指で銃撃のサインを作る。
「いいえ。マジックはここからです」
直後、カードに凝縮されたアウルが爆発し伍長の身体が大きく傾いた。
「人質なんて取る奴に慈悲は無いのよ! 一気に決めてやるんだから!」
それを好機と見たチルルは大剣を振りかぶり、凄まじい量のアウルを切っ先に集中させる
「まとめて、あたいの剣のサビにしてくれるわ!」
そう叫んでチルルは大剣を突き出した。その先端から白い冷気のようなアウルが迸り、伍長とその背後のベロソスをまとめて飲み込んでいく。
水の防御幕に穴を空けられていた伍長はそこからまるで凍り付くかのように白い輝きに覆われていき、やがて凍り付いた物体のように手足から徐々に砕け散り、遂にはアウルの奔流に飲み込まれていった。
「ぐ……ぬぅ……」
ベロソスの方は水のバリアで自身を守る。
やがて、アウルの奔流が通った後に氷の結晶が舞う。
その中で剣を降ろしたチルルはびしっとベロソスを指さす。
「残るはあんただけよ! もう決着ついてるから!」
それと同時に、地響きを立ててエレベーターが終点――ゲートの前に到着する。
「あれが、ゲートの入り口かな?」
エレベーターの床とつながった最下層の床の奥に、黒い口を開けている横穴を見て長幡が呟いた。
●
「まだだ!」
ベロソスはそう叫んで両手を頭上に掲げ、そこに魔力を集中させ同時に翼を生やして離陸を試みた。
「させません! ……もうあなたはお館様から見捨てられてしまったようですよ? 観念したらどうですっ」
しかし、そこに文歌が接近し地上からアウルで作り出した光の鎖を投擲してベロソスを絡めとった。
「これは……!」
呻いたベロソスは鎖に引っ張られるように再度地面へ叩き付けられる。
「ベロソスさんの足は止めました。今のうちに一気に仕留めてくださいっ!」
叫ぶ文歌。
「待ってください!」
しかし、前回の戦いでベロソスの分身に翻弄されたエイルズレトラが叫んだ。
「奴は飛んでいます!」
エイルズレトラの指摘した通り、いつの間にかもう一体のベロソスが翼を広げエレベーターの斜坑を真っ直ぐに上昇していた。
勿論、文歌の鎖で地上に縫い止められた方のベロソスもそのままである。
「どっちが本体でしょうか……!?」
ごく一瞬ではあるが雫は躊躇する。しかし、彼女は前回の戦いの情報から即座に推理し、決断を下した。
「――分身体は幾ら攻撃を受けても平気なら私達の攻撃を恐れる必要は無い筈なのに、私たちから離れようとしている」
そう判断した雫は自身のアウルを大剣に集中させると、それを光の刃へと変成させた。
「あっちが本体です。逃がさないでください!」
「わかった……ハルヒロ!」
「任せてっ!」
伍長の排除を優先していた学園生たちに代わって真っ先に反応したのはここまで作戦の指示を受けていなかったサンバラト、そしてハルヒロだった。
サンバラトの放ったゴーストバレットと、ハルヒロがステッキで弾き飛ばした手榴弾が見事ベロソスに命中しその体を叩き落とす。
二人の攻撃と同時に駆け出していた雫は落下したベロソスに駆け寄ると、渾身の力で光の力を纏った刃を振り下ろす。
「これで終わりにします……!」
強烈な一撃に、閃光と水飛沫が盛大に飛び散る。
「え……」
その意味に気付いた雫が愕然とする。
「まさか……」
茫然となったのはエイルズレトラも同じだった。分身を警戒していた彼も、どちらが本物の分身かまでは読み切れなかったのだ。
「――かかりおったな。家畜共!」
未だ文歌の鎖で縫い止められたままの本物の方がニヤリと笑う。
その高く掲げた両手の間には水と混ざり合った膨大な魔力が脈動している。
「――俺を忘れて貰っちゃ困るな」
間一髪で飛び込んで来た郷田が、内部が露出した義手をベロソスの胴体に叩き込んだ。
「何っ!?」
驚いたのはしかし、ベロソスの方ではなく郷田であった。
何故なら、ベロソスの表面には予測されていた水のバリアが存在しなかったのである。
「愚か者共……!」
流石にディアボロよりは頑丈なのだろうが、それでも内臓に直接ダメージを受けたベロソスが口から血を垂らしつつ凄絶に笑う。
それは根性というより執念や妄執を感じさせる。
はっとなった郷田が頭上を確認すると収束した魔力は拡散するどころか、更に膨れ上がっている。
「コイツを撃たせるな!」
郷田が必死に叫ぶ。
だが、ここで事前の連携の不足が露呈した。郷田自身は味方と連携して攻撃し続けて、魔法のチャージを行使させないつもりであった。だが、その作戦は味方に伝わっておらず、味方が分身に翻弄されたせいもあり、他の味方の反応が遅れを招いてしまっていた。
前回ベロソスが魔法の発動を中止したのは、アステリアの狙撃で発動そのものを完全に妨害されたからではなく、消耗を嫌った彼が自分で魔法の行使を中止したからに過ぎない。
つまり、今回のようにベロソスが覚悟を決め、水のバリアの分さえもチャージに回して傷を無視する気になれば発動は可能であり、それをも力尽くで止めるには手数が足りな過ぎた、ということになる。
●
真っ先に反応したのは、今回もハルヒロであった。
「サンバラト様! 上へっ!」
彼はまずそう叫ぶと、常に彼の近くにいた雫と文歌を咄嗟に両手で抱き寄せる。
「ハ、ハルヒロくんっ!?」
「な、何をっ!」
「お姉ちゃんたち、ごめん!」
ハルヒロの周囲に出現した手榴弾がぽろぽろと床に落ち、纏めて大爆発を起こす。
その爆風を利用して、ハルヒロは二人を抱えたまま一気に頭上へ吹っ飛ぶと、壁の一部に張り出した鉄骨に着地した
直後、ベロソスの発動させた凄まじい渦潮が斜坑内を荒れ狂う。
渦潮は、近くにいた郷田、チルル、エイルズレトラ、そしてアステリアを瞬く間に飲み込んだ。
斜坑という閉鎖空間ゆえに魔力による渦潮はまるで巨大な洗濯機のように激しく回転しながら飲み込んだ撃退士たちを振り回し、壁に叩き付け、ようやく収まった時には全身を砕かれた四人が無残な姿で横たわっていた。
「フン……家畜どころか肥しといった風情だな」
大量に水揚げされたニシンなどが肥料に加工されたことを揶揄しているのか、そう吐き捨てたベロソスは疲労で荒い息を吐きながらも踵を返す。
そして、ゲートへ通じる横穴へと近づいて行き――突然水の刃を発生させると、物陰から飛び掛かって来た長幡のフェンリルを切り裂いた。
「く……やっぱり駄目か……」
反対側の物陰から、肩を抑えた長幡がよろめきながら姿を現す。
「フン、直前でそこに隠れたか。抜け駆けしてゲートを止めようとしたのが功を奏したようだが……ここまでだ」
「どうでしょうね。貴方だって消耗しているんじゃないですか?」
そう言い返した長幡も不利なのは理解しており、冷たい汗が背中を流れる。しかし、ベロソスの肩越しに此方に向かって飛んでくる者の姿を見て長幡の顔色が変わった。
「サンバラト君!?」
それは、どうやらハルヒロから奪ったらしい大量の手榴弾を全身に巻き付けて、真っ直ぐゲートの方に滑空して来るサンバラトの姿だった。
「……お願い……!」
最初はサンバラトを制止しようとした長幡だったが、すぐにこれしか手段が無いことを理解した。
「わかった。君が君の後悔のないように……!」
長幡はそう叫ぶと剣を握り締めて、ベロソスにがむしゃらに打ち掛かる。
「ありがとう……ヒユウ……!」
サンバラトは少しだけ微笑むと、一気にゲートのある横穴に飛び込んだ。
「……若っ! 何故なのです!?」
腕を振り上げて長幡を切り裂こうとするベロソスだったが、その背中にハルヒロの弾いた手榴弾が命中、一瞬の隙が出来る。
「今だ!」
渾身で振るわれた長幡の剣が遂にベロソスを弾き飛ばす。しかし、倒れた相手に止めを刺そうと剣を振り上げた長幡の胸を、水流が深く切り裂いた。
「あ……」
どさりと倒れる長幡。
彼が意識を失う直前に見たのはゲートへ向かって飛び去るベロソスとそれを追おうとする仲間の姿であった。
●
その頃、擂鉢山の麓に立てられたアブガルの館でも激闘が繰り広げられていた。
「撃て! 奴らを市民に近づけるな!」
スナイパーライフルを構えた鳳 静矢(
ja3856)はそう叫んで引き金を引く。
「よっしゃあ! サンバラト君のお力になるためにも、貰ったばかりのこいつの威力を見せてやりますよ……あの、やけにマッチョなエグゼキューターとやらにぶっ放せばよいんでしょう?」
袋井 雅人(
jb1469)がそう応じれば、傍らの水無瀬 快晴(
jb0745)も静かにライフルを構えぽつりと呟く。
「……さて、行きますか」
直後、凄まじい銃声が何やらおどろおどろしい色使いのステンドグラスを震わせて弾丸が三体のエグゼキューター(以下処刑人と表記)に放たれる。
この一斉射撃によって足を止められた形になった処刑人たちは僅かに後退したが、業を煮やしたのか、まず斧を持った一体が装備していた手斧をいきなり撃退士たちに向かって投げつけた。
その狙いは勿論静矢たちではなく、彼らの背後に吊るされている巨大な鳥籠だ。
「しょーじきすべてが悪魔の手の上ってのが気に入らねーが……」
やや苛立ちを含んだ笑いを浮かべたラファル A ユーティライネン(
jb4620)はそう呟くと、悪魔と人間の混血の証である翼を顕現させ、ホールの中に飛び上った。
「ま、悪魔の思惑を捻り潰せるならいう事はねえ。せいぜい利用させてもらうさ!」
そう叫ぶと飛び上ったラファルは機械と化した自らの四肢で、回転しながら飛来する手斧を正面から弾き飛ばす。手斧は天井へと飛んで行き市民への攻撃は取りあえず回避された。
だが、見事攻撃を防いだ筈のラファルの額に汗が浮かぶ。
「おいおい……マジかよ」
仲間の攻撃が弾かれたと見るや、処刑刀を持った方の処刑人が剣を振るい、魔力による斬撃を連続でラファルの方に飛ばして来たのだ。
「くそっ……!」
連続で攻撃を弾くラファル。しかし、ここまでの戦いでも何回かシールドを使用しておりこのまま集中攻撃を受ければすぐに使用出来なくなるのは明白であった。
しかも、ここで鎌を持った処刑人が自らの得物を大きく振りかぶると、何とそれを直接ラファルに向かって投げつけた。
「なぁっ!? そんなのアリかよっ!」
流石に絶叫するラファル。その大きさに似合わず高速で回転する鎌は殺到する鳳らの弾丸を弾き飛ばしラファルへと迫る。
「やらせません! 市民さんと仲間は絶対絶対死守なのですよ〜〜!!( ー`дー´)」
しかし、ここで支倉 英蓮(
jb7524)がラファルの前に立ち塞がると、手に握った長大な槍を思いっ切り振り回し、鎌を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた鎌は回転しつつホールの壁に突き刺さる。
おかげで、ラファルはなんとか処刑刀から放たれた光の刃を防ぐことが出来た。
「ほらほら、弾幕薄いニョ! にゃにやってんの!!」
空中からこれ見よがしに相手を挑発する支倉。
「てめー! 余計なこと言うんじゃねえ! もうシールドの残りがねえんだぞ!」
ラファルはそう怒鳴りながら笑いつつも、支倉の作り出したチャンスを無駄にはしなかった。
「食らいなっ!」
両腕の義手に内蔵された銃をあらわにしたラファルは鎌を弾かれて武器を失った処刑人に向けて弾丸を連射する。
この時、戦場全体を見まわしていた静矢は好機に気付く。
「さて……どこまで支援出来るかわからんが」
そう呟くと静矢は素早く傍らの二人に指示を出す。
「斧を持った奴に火線を集中させる! ラファルと支倉を援護するんだ!」
「任せてくださいっ!」
袋井の放った鋭い一発を受け、斧を持った処刑人が大きくよろめいた。
「……アブガルの意図は解らないし、あれの気なんていつ変わってもおかしくない。サンバラトたちのためにも、一刻も早く決着をつけてやるから……!」
ホールの天井付近を飛び回っていたシルファヴィーネ(
jb3747)ことシルヴィもそう呟くと、一気に急降下。手に持ったハルバードで処刑刀を持った処刑人に切り掛かる。
だが、処刑人は予想外のパワーで斬撃を受け止めた。
「くっ……!」
そのまま弾き飛ばされそうになり歯を食い縛るシルヴィ。
「……援護するよ」
だが、ここで快晴のライフルが吼え、弾丸の直撃を受けた処刑人は怯む。
「いけぇ!」
そして、その隙をついてシルヴィが力を込め、ハルバードで相手に切りつけた。
こうして仲間が二体の処刑人を抑えている間に、支倉はとうとう鎌を持った処刑人の背後に回り込む。
「みんなありがとうですよ〜! さあさあ、フミのためにも命令を聞くしか能の無い足りないオツムをカチ割っちゃいましょう!」
「わかったぜ!」
ラファルが更に間合いを詰め、至近距離から銃を連射する。
処刑人はようやく鎌を念動力のようなもので引き寄せそれでラファルに切りつけようとするが、
「させニャイよ!」
背後から突進して来た支倉が漆黒の一撃を繰り出し、処刑人はその頭部を砕かれ絶命した。
●
「しまった……!?」
この時、シルヴィが呻き声を上げた。処刑人の発生させた魔力による遠距離攻撃を避け損ねたのだ。
「く……」
為す術もなくそのまま橋の下に落下するシルヴィ。そして、シルヴィが海に落ちると同時に処刑人はその巨体を震わせて走り出した。
「飛べはしないが手が届かない訳ではないのでね……!」
当然、静矢もそちらに銃を向ける。だが、そうすることによって彼らが抑えていた方の処刑人も、銃撃が止んだのを見逃さず前進を始めた。
「く……市民の皆さんは絶対に守って見せますよ!」
二方向からじわじわと籠に近づく処刑人に焦る袋井。
「こうなったら……!」
ライフルを構え、処刑人に体当たりを敢行しようとする袋井。
しかし、その時にはもう一体の処刑人が後少しで直接籠を攻撃できる距離に迫っていた。
「しまった!」
静矢が叫ぶ。
「……眠れば良い!」
しかし処刑人が籠に近づこうとした瞬間、気配を絶ってその背後に接近していた快晴がアウルの冷気を処刑人に浴びせた。
不意を打たれた形になる処刑人はもがいていたが意識を奪われ、橋を揺らしながら膝をつく。
「すまんな、快晴……さあ、とっておきだ。受け取れ!」
直後、静矢の放った強力な弾丸が、無防備になった処刑人の胴体を一撃で貫く。
「うおおおおおおお!」
一方、袋井は最後の処刑人に突っ込んでいくとそのままゼロ距離でライフルをぶっ放そうとする。
しかし、その直前で処刑人の太い腕が彼の頭をむんずと掴む。
「く……この……」
頭を掴まれたまま持ち上げられた袋井はばたばたと足を動かしてもがく。そこに処刑人が斧を振り上げる。
「全く、悪趣味なディアボロばかり作ってんじゃないわよ……!」
その時突然橋の下から海水でびしょびしょになったシルヴィが急上昇し、そのまま鎌を振るい、腰の所で一刀両断されたディアボロの上半身がゆっくりと橋の上に倒れ込んだ。
●
無事ディアボロを全滅させて、取りあえずは市民を守り切った撃退士たちであったが、いざ籠を前にすると、どうやって救出すべきか手を出しあぐねていた。
「仕掛けがしてある……というのなら迂闊な手出しは控えるべきか。取りあえずゲートの方からの連絡待ちだな」
顎に手を当てて考え込む静矢。
「そうね。……癪だけど、罠の解除方法はアブガルに聞くしかないのかしら」
シルヴィがそう応じた途端突如凄まじい揺れが館を、いや擂鉢山全体を襲う。
「一体何ニャ!?」
支倉が叫ぶ。
「オイ、人質はだいじょーぶなのか!?」
ラファルがそう叫んだ瞬間、突如彼らの足元で海水が凄まじい勢いで盛り上がる。
そして、海の底から浮上して来た何かが橋を下から突き破った。
「これは……まさかデビルキャリアーなのか!?」
他の仲間と共に、必死で橋の残った部分にしがみつきながら静矢が叫ぶ。
海中から姿を現したのは周囲に蠢く触手の生えた巨大な口と黒くぬめり光る胴体。それはかつて東北で投入された人間捕獲に特化したディアボロであるデビルキャリアーを連想させた。
そして、茫然とする一行の前でその巨大な口の中からベロソスがゆっくりと浮かんで来た。
「……ちょっと、どういうことよ!?」
シルヴィが悲鳴を上げる。
ぐったりとなってベロソスに抱きかかえられているのは、爆発にでも巻き込まれたかのようにボロボロになり、おまけに胸に深い切り傷を受けたサンバラトであった。
「ご苦労だったな。貴様らのおかげでまだ人質が利用出来る」
べロソスがそう言った瞬間、エネルギーセイバーを握った快晴が、沈んでいく橋を蹴って跳躍した。
「……その子は、俺の大切な人の友達だ。返して貰う……!」
「無駄な足掻きを!」
しかし、快晴の体は中空でディアボロの口の周囲から生えた触手に絡めとられてしまう。
「……くそっ!」
もがく快晴を掴んだまま、ディアボロがずぶずぶと沈み始める。
「……冗談じゃないですよ! 僕はサンバラトさんのお力になるために来たんです! それをむざむざと!」
袋井もそう叫ぶと、ライフルを構える。
「く……触手が邪魔で悪魔が狙えません……ですが!」
袋井はベロソスではなく、快晴を捕えている触手に銃口を向けて引き金を引く。
次の瞬間、太い触手が根元から千切れた。
「快晴さん! サンバラトさんを!」
力が抜けてほどけていく触手を蹴って飛んだ快晴は遂にベロソスの頭上を取った。
「……逃がさない!」
しかし、快晴がまさに剣を振り下ろそうとした瞬間、籠を吊り下げていた鎖が爆砕され籠が次々とディアボロの口の中に落下し始める。
一つ籠がが快晴とベロソスの間を通って落下し、快晴は攻撃が出来ない。そして、あっという間に全ての籠を飲み込んだディアボロは再び海中に潜っていった。
●
館にいた6人は、急いで館を出てと味方の艦隊が展開している浜辺へと急ぐ。そこで彼らが見たのは大混乱に陥った味方の艦艇の間を抜けて、悠然と沖に泳ぎ去ろうとするあの巨大なディアボロであった。
全体としては海蛇のような姿をしたそのディアボロの全長は海に浮かぶ護衛艦と比較すれば300m以上あることが解る。
海洋生物に詳しい者なら、それがイカリナマコという3m近い巨体を持つ海鼠の一種に似た外観を持っていることに気付いかもしれない。
『何故攻撃しないんだ!』
『天魔に通用するか! しかもあれには市民が飲み込まれているんだぞ!?』
緊迫した通信が艦艇の間で飛び交う。
この時、6人の所へゲートに向かった仲間たちが走って来た。
動けるのは雫と文歌、そしてハルヒロの三人だけで残りの仲間たちは三人に手分けして抱えられている状態であり、一目見て苦しい戦いであったことが理解出来る。
「……ごめん、文歌。友達を……」
申し訳なさそうにうつむく快晴。
「大丈夫だよ、カイ。わかってる」
だが、文歌は首を横に振って優しく答える。
一方、その傍らで雫とハルヒロが泣き崩れた。
「……私のせいです! 私の……!」
「違う! 僕がお止めしていれば……」
文歌はそんな二人の肩を優しく抱いて、ゲート側の状況を説明する。
文歌によれば、ベロソスの魔法で味方が壊滅した後、ゲートに突入しようとしたハルヒロは彼の無茶を予測していた文歌に止められた。
雫もサンバラトにハルヒロを止めるよう頼む。
ところが、今度はサンバラトがハルヒロから爆弾を奪ってゲートへ突入したのだ。
咄嗟の事であり、飛行能力もない二人には止められなかった。
更に、その後ゲートからあの巨大なディアボロが現れて斜坑が崩れ始めたため、仕方無く動けない仲間を連れて撤退したという。
「詰めが甘かったってことだな。ハルヒロもいたのに何で先にゲートを狙わなかった?」
呆れたような声が響き、突然アブガルが撃退士たちのいる浜辺に飛び降りて来た。
「さて、どうするね? あのサタニックアンカーにはお前らの船じゃあ、どう足掻いても追いつけねえぜ?」
ニヤニヤと笑うアブガルをきっと涙目で睨みつけてシルヴィが怒鳴る。
「ふざけないで……どうすればいいっていうのよ!?」
すると、アブガルは答える代わりにその姿を半魚人から、巨大な怪魚に変化させてこう答えた。
「俺はこれからあれをとっ捕まえて色々と落とし前をつけて来るが……乗って行くかい?」
アブガルの巨体の背中は、確かに無茶をすれば十数人が乗れるように見える。
「……なるほど、噂通り面白い悪魔だな」
ようやく相手の意図を理解した静矢が呟いた。