撃退士たちは島の岸壁に掘られた洞窟へと続く岩を削って作られた長い階段を下っていた。
「……ハルヒロの事、心配?」
闇の中、ふとシルファヴィーネ(
jb3747)がそっとサンバラト(jz0170)に囁いた。
「え……」
思わずシルヴィの方を見るサンバラト。
「解るわよ。それくらい……あんたずっと思いつめた顔してるもの」
「……」
「大丈夫……あの魚人の言葉を鵜呑みにする訳じゃないけど、生きてるわよ。今はそれを信じて戦うしかないわ」
やがて、撃退士たちの前方に光が見えてきた。洞窟が近づいて来たのだ。
「あれが、シン・アプカルルんめのお魚軍団じゃな〜……むむむ、思った以上に数が多いの〜」
ハッド(
jb3000)が覗き込んでげんなりした顔をする。
いわゆる、生簀はドーム上になった洞窟で、一部の岩場を除いてはほとんどが海水に覆われており、その広い空間にぎっしりと異形のディアボロたちが犇めいている。
撃退士たちは、壁の中間に空いた穴から生簀へと急襲する形になる。
「……じゃあ、行くわよ。お願いね?」
シルヴィがサンバラトに頼む。
コクリ、と緊張した面持ちでサンバラトが頷いた。
その顔を見たシルヴィはふっと苦笑する。
「……頼りにしてるから、もう少し男らしい顔しなさいよ」
サンバラトは一瞬びっくりいたようであったが、すぐに微笑んだ。
「……うん。ありがとう、シルヴィ」
当のシルヴィはそう呼ばれて照れつつ、小さな声で付け加えた。
「……ていうか、最近あんたを見る男の目が怪しいか……らそっち方面で心配になるわ」
「そーだーなー。あれだけの美少年なら心配だよなー」
ふと、シルヴィが声のした方を見るとラファル A ユーティライネン(
jb4620)がニヤニヤと茶化すように笑っていた。
「……何よ」
ジト目で睨むシルヴィだが、ラファルはひらひらと手を振ってニカッと笑う。
「心配すんなって。俺は必要以上に関心はねえよ。さ、派手に暴れようぜ?」
●
黒い翼を広げたサンバラトが洞窟の中に飛び出した瞬間、ディアボロたちは一斉にそちらを向いた。
直後、一斉に放たれるブラックフロートの魔法弾を回避しながらサンバラトは無数の影の刃をフロートの密集している場所へ向けて放った。
既に先の海戦で傷を受けていたフロートは元々耐久力が高くないのか次々と切断され、まるで破裂する様に肉塊を飛び散らせる。
しかし、数が多いせいでサンバラトへの対空砲火は増々激しくなっていく。
「シルヴィ!」
サンバラトの叫びに応じて、サンバラトが敵の目を惹きつけている内に岩の上に降りていたシルヴィが、今度は敵の真横から漆黒の刃を撃ち込んだ。
「任せなさいよ!」
二方向からの攻撃を受けたフロートたちは攪乱され、攻撃が粗密になる。
しかし、その直後に流れ弾がサンバラトに命中した。
「……!」
羽に一発受けたサンバラトはふらふらと高度を下げる。
「サンバラトッ!」
シルヴィの絶叫が洞窟に木霊する。
「僕は……大丈夫だから……! 攻撃を……続けて……!」
サンバラトは駆け寄ろうとするシルヴィを制して笑って見せた。
その瞬間、今度は落下を始めたサンバラトを狙って、複数のラムヘッドが集まり始めた。
そのラムヘッドたちの頭部が魔力で輝き始める。これだけの数の集中攻撃を受ければ、サンバラトはひとたまりもないだろう。
「アホッ! 男らしくってそういう意味じゃ……!」
シルヴィが息を飲んだその時、再びラファルの声が響いた。
「だーかーらー、それくらいにしておけって、お二人さん」
直後、アウルを用いた歩行術で洞窟の天井に張り付いたラファルがラムヘッドらの頭上から、ミサイルの雨をディアボロの頭上に降り注がせた。
「さあて、飛び入りだけれどやっちゃうよー!」
発射されたミサイルは、途中で破裂。更に無数の黒い刃となって敵に襲い掛かる。
不意を突かれた事で、多数のフロートが破裂。更に最初の戦いで傷受けていたものも多いラムヘッドも数匹完全に絶命した。
しかし、ラファルが移動しようとした瞬間、ラムヘッドが彼女の方に突っ込んで来た。
「ちぃ!?」
咄嗟に動きを封じられるラファル。
それがきっかけになったかのように他のラムヘッドも次々と海面から飛び上がり天井にいるラファルへと襲い掛かる。
「てめえらぁああ!」
ラファルも猛然とミサイルを撃ちまくり弾幕を張るが、巨大な質量弾と化して突っ込んで来るラムヘッドを全て止めるには至らず、遂に一匹が深々とラファルの腹に深々と頭突きを食らわせた。
「がっ……」
天井の岩が砕ける程激しく叩きつけられたラファルはぐらりと崩れ、そのまま天井から落下する。
そして、海面に顔を出した複数のラムヘッドが止めとばかりにぐわっと口を開いて牙を剥き出しにして、ラファルへと突っ込んでいく。
「……クソッタレ!」
咄嗟に防御姿勢を取るラファル。
しかし、ラファルの水陸両用の義体に食い込んだ牙は、その表面装甲をひしゃげさせるに留まる。
「……浅い?」
思わず呟くラファル。
確かに、小さくはないダメージだが決して致命傷ではない。
戸惑ったのは、予想とは違う「歯応え」を感じたラムヘッドらも同じだったのか、一瞬その動きが止まった。
「ふぅっ、何とか間に合ったみたい……」
大きく息を吐いたのは、咄嗟にアウルの網でラファルを守った川澄文歌(
jb7507)である。
「カイ、エレンちゃん。ハルヒロくんや捕まっている人たちを早く救出する為に……お願いっ!」
「任せて、フミっ! ……私も、お礼しなきゃいけない大おじさまがいることですしねぇ……」
ぺろりと舌なめずりしつつ支倉 英蓮(
jb7524)はその背中から、黒い蓮の花の如き四対計八枚の翼を現界させる。
「バラトさん、今回はなんと私! 天魔ハーフにパワーアップしました〜! これで純粋にお仲間ですよ〜♪」
「え……エレン……でも……」
それは天使の因子ではないかとサンバラトが突っ込むより早く、支倉は高速で敵陣へと飛翔した。
「さぁさぁ闘争のお時間ですねぇ〜♪ 前回は足に風穴開けられそうになりましたし、発☆散! させていただきますですよぉ〜!」
刀を構えた英蓮は一直線にラファルの元へ向かうとそのまま、布でラファルを拘束する。
「にゃははは! フミに感謝、ですよ〜!」
「うお? 何しやがる!」
「ほんとはラムヘさんごと投げたかったんですけどね〜! 行きますですよぉー!」
そのまま英蓮は大きくラファルを振り回し始めた。
「うぉぉ! 目が回る! ……ちょっと待て! 投げるんならもう一度天井に向かって頼む!」
「あいあいさー♪」
注文通り、ラファルを天井に放り投げる英蓮。ラファルはその勢いで天井に再度着地した。
「おっとぉ!? 気がついたら囲まれていますよぉー?」
しかし、英蓮は慌てなかった。
「カイ!」
楽器のような武器から放つアウルの魔法弾でラムヘッドを牽制しつつ文歌が叫ぶ。
その時には、既に水無瀬 快晴(
jb0745)が水面に突き出た岩や浅瀬を利用して英蓮の側に駆け寄っていた、
「一気に行かせてもらう、よ」
ラムヘッドらが群がるより早く、快晴の周囲に闇が現出した。そしてラムヘッドが快晴を補足して攻撃するより早く、快晴の刃がその胴体に叩き込まれる。闇の中、快晴の姿が現れては消え、その度にラムヘッドらの胴体が切り刻まれた。
「……これでっ!」
最後に、手応えのあった相手にもう一度切りつけた快晴がようやく動きを止めると、周囲には少なくない数のラムヘッドが絶命しぷかぷかと浮いていた。
「キモいのもだいぶ少なくなってきましたね〜!」
その間にも、弓矢でフロートを一匹ずつ射殺していた英蓮が笑う。
彼女の言葉通りフロートの数は目に見えて減っていた。初手で撃退士たちがフロートを集中的に叩いたのが効いたのだろう。
●
味方が激戦を繰り広げている最中、数多 広星(
jb2054)は、長距離からフロートを攻撃しつつ、ひたすらに洞窟の奥を目指して駆け抜けていた。
攻撃を受けたフロートが執拗に魔法弾を撃つ。
更に、数多を警戒したのかラムヘッドやデュアルダイバーが数体数多の方へと近付き始めた。
自然と、数多の側にラムヘッドとダイバーが近づき、遠くからフロートが数多を狙うような形になる。
「手間が省けて好都合ですね」
ほくそ笑む数多。
最も、彼の使うつもりでいた技は広範囲の敵を一箇所に集めるような効果は薄く、またスキルの活性化にはタイムラグがある。
敵が彼の動きに引き付けられなかったら、どうなっていたかは解らない。
それはともかく、数多は予定していた地点で立ち止まって振り向くと、手に持ったワイヤー状のV兵器であるアルブムの端を握りしめた。
その途端、彼が端を握っていたアルブムがぐいっと引っ張られた。
闇雲に突撃して来たラムヘッドが、数多の仕掛けていたワイヤーを引っ掛けそのまま突進して来たのだ。
だが、ラムヘッドは流石に装甲が厚く一撃で斬り裂くことは出来なかった。
更に言えば、数多の目的はアルブムをワイヤーのように張り巡らせて、相手の動きを封じ、其処にフロートの魔法弾を撃ち込ませ同士討ちを誘う事であった。
しかし、アルブムにはそこまで長さはなく、岩と岩の間に一本張り渡すのが限界であったのだ。
また、もともと精密射撃を行うディアボロであるブラックフロートには最低限味方を誤射しないだけの知能はあるらしく、さきほどからの攻撃は全てフロートにとっては味方であるラムヘッドやダイバーを避けるように射線が取られていた。
「仕方ありませんね……ちょっと早いですが、実験開始です」
数多は舌打ちすると、手に持っていた発煙手榴弾とタイマーをセットしたデジタルカメラをバラ撒いた。
直後、手榴弾が一斉に煙を吐き出し、同時にデジタルカメラがフラッシュを炸裂させる。そして、そこに数多の狙い通りフロートの魔法弾が撃ち込まれる。
「……駄目ですか」
魔法弾は、煙にもフラッシュにも影響を受けず数多に直撃した。
彼が何を企図していたのかは解らない。目つぶしか、粉じん爆発のような現象を期待していたのか。
いずれにしろ、数多の「実験」は残念ながら天魔たちに影響を及ぼすことは出来なかった。
そして、数多が撤退しようとした時、突如彼の背後の海中から伸びて来たデュアルダイバーの太い腕が数多を捕える。
「しまった……!」
咄嗟に逃げようとする数多だが、ダイバーの力は強くそう簡単には振り解けない。
その時、突然ハッドの声が数多の耳に響く。
「耳を塞ぐのじゃ〜!」
直後、数多を拘束しているダイバーの周囲で花火のような色とりどりの爆発が発生し、ダイバーと数多を包み込む。
数多が何とかダイバーの拘束を振り解くと、そこにハッドが高速で飛行しながら接近して来る。
「掴まるのじゃ〜」
こうして数多を掴んだハッドはフロートの魔法弾から高速で離脱する。
「すみません」
礼を言う数多。
「これも王の役割ゆえ、礼はいらんぞ〜。じゃが、あんなところで何をしておったのじゃ〜?」
首を傾げるハッド。
「一番効率の良い方法を取ろうとしたのですが……実験に失敗してしまいました」
僅かに悔しさをにじませながら数多が呟く。
「うむっ! よう解らんが戦には奇策だけでなく、王道も必要ということじゃな〜! 王だけに、の」
●
「小癪な真似をしてくれる。我が要塞に土足で踏み込むとはな」
荒れ果てた自衛隊基地の滑走路にて、撃退士たちは自衛隊機の残骸を挟むような形で悪魔ベロソスと対峙していた。
「ユーがここのCaptainカイ? 手間が省けたヨ」
長田・E・勇太(
jb9116)が相手にアサルトライフルを突きつけながら問いかける。
「……何だと?」
挑発的な言葉を掛けられ、ベロソスの眉がピクリと動く。
「ミーたちのMissionはディアボロが陽動されている隙に潜入して、指揮官……つまりユーをKillすることダ。……それこそGateの奥にでも隠れているかと思っていたからネ。手間が省けたと言ったのサ」
長田は不自然なくらいくだくだしく作戦の内容を説明する。
無論、これは目的あっての事だ。
(本当のMissionが海中用ディアボロの排除だとバレる訳にはいかないヨ)
「身の程知らず共が……」
ベロソスの纏う魔力が膨れ上がっていく。
島の主たるアブガルには及ばずとも、このベロソスもまた相応の力を持った天魔であることを撃退士たちは否応なしに理解し始めていた。
しかし、これはベロソスが挑発に乗っているという事でもある。
「上等じゃない! 大ボスじゃなくて物足りないと思っていた所だけど中ボスでもアタイの相手に不足はなさそうね!」
だが、歴戦の撃退士である雪室 チルル(
ja0220)は全く怯んだ様子も無くいつも通りに剣を突きつけた。
「……コケにしおって」
恐らく、チルルには長田のように挑発する意図は無く素で言い放ったのだろう。だが、それが返ってアブガルの癇に障ったのだろう。
「かかれ!」
ベロソスは完全に目の前の敵の事しか考られなくなり、ディアボロを撃退士たちに突撃させた。
「Come On、フェンリル!」
長田の足元に現れた魔方陣が発光し、狼のような召喚獣が出現する。
「食い破れ! Rush! Rush!」
一直線にディアボロ二体の方へ駆け寄るフェンリル。
しかし、コーポラルはその膝を折り曲げるとまるで蛙かムツゴロウのような動きで跳躍し、フェンリルを悠々と跳び越えると空中で三又の鉾を構える。
「全力で守れ! ストレイシオン!」
長幡 陽悠(
jb1350)が呼び出したストレイシオンは、咆哮を上げるとアウルの結界を展開、空中から降り注ぐコーポラルの魔力弾の威力を緩和した。
「よーし、大暴れはあたいの得意分野! 片っ端からぶっとばしていくわよ! 全員突撃ー!」
鉾からの攻撃でこちらを牽制したコーポラルが着地したのを見て、今度はチルルが雄叫びを上げた。
「……ええ」
雫(
ja1894)も静かにそう呟くと、大剣を構えて精神を集中。そして、鉾を構えた二体のコーポラルが間合いに入った瞬間、カッと目を見開いた。
「サンバラトさんが言ってくれた我儘、叶えてみせるために……!」
直後、雫の小さな体に想像を絶する量のアウルが漲る。弾かれたように飛び出した雫は、瞬時にコーポラルの眼前に移動すると、全力で大剣を振り抜いた。
「……! この力……!」
驚愕する雫。その刃は、コーポラルの鉾によって受け止められた。
「何の……!」
しかし、雫はそのまま力任せに刃を相手に押し付ける。
さしものコーポラルもじりじりと押され、遂に刃がその体に触れようとする。
「……貰った!」
「甘いぞ、小娘」
だが、ようやく敵に触れた刃の先端はまるで水に触れたように手応えの無いままするりと敵の体表を滑った。
「これは……!?」
雫の刃を逸らしたのは、ベロソスが魔力で作り出した薄い水の壁のような物であった。
「……ならばっ!」
攻撃を受け流された事を理解した雫は即座に二体目のコーポラルにターゲットを移す。
しかし、これも同じように受け流されてしまう。
「なかなかやるじゃない! だったらあんたをぶち抜けば良いのよね!?」
チルルは、自身の剣にアウルを収束させる。そのアウルが雪の結晶のような輝きを放ち始める。
「いっけぇー!」
しかし、突き出された剣の先端から正にアウルが放たれようとしたその瞬間、雫の攻撃をいなしたコーポラルがチルルの真横に飛び込んで鉾を突き出した。
「え!?」
鉾が剣に命中したことで、剣の先端が揺れた。結果照準をずらされたチルノのアウルは、紙一重の所でベロソスを逸れてしまう。
「その程度か。小娘共が……舐められたものだ」
得意そうにではなく、むしろ苛立たしげに吐き捨てるベロソス。
「大した連携だ。だが、俺達も退く訳にはいかんのでな」
その時、チルルと同時に動いていた郷田 英雄(
ja0378)がベロソスに対して大鎌を振り上げる。
「くだらん」
しかし、ベロソスが手を振ると水の刃のような物が生み出され郷田の刃を軽く受け流す。
「……果たして、そうかな?」
「!?」
今度はベロソスが驚愕する番だった。
郷田の左目が、魔界の力に属する黒い色に輝いたかと思うと、収束したアウルがそこかから放たれ、強烈な衝撃となってベロソスに襲い掛かったのだ。
「ぐぅ……」
微かに呻くベロソス。同じ魔界の力ゆえ、傷はそれほどでもないが、ベロソスの体は大きく吹き飛ばされ、郷田の狙い通り二体のコーポラルから引き離されてしまった。
「……家畜の分際で!」
しかし、吹き飛ばされたベロソスは即座に空中で翼を広げ、体勢を立て直すと一気に上昇する。
「根こそぎ吹き飛ばしてくれる!」
ベロソスの周囲に魔力が集まる。どうやら、何らかの魔法を行使するつもりらしい。
「おやおや、小物扱いされて怒るなんて、余計に小物ぶりが際立ってますねえ」
嘲笑うような声に振り向くベロソス。
その背後では、翼も生やしていないエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がまるで空中の見えない回廊を歩いてでもいるかのように悠然と宙に立っていた。
「何かと思えば……翼を不可視にしているだけか。つまらん大道芸だ」
「手厳しいですねぇ……じゃあ、こういうマジックはどうですか?!」
エイルズレトラは自身の手にアウルで形作ったトランプのカードを出現させ、ベロソスに切り掛かる。
「!?」
エイルズレトラが目を見開く。
カードが突き刺さった瞬間に後飛び散ったのは、血では無く水飛沫であったのだ。
「Show Time!」
それでもエイルズレトラはカードを起爆させるが、その衝撃はベロソスの発生させた水の壁の表面を波立たせるに留まる。
「終わりだ。小僧」
更に、先刻郷田を襲ったものと同じ水流のカッターがエイルズレトラの細い体を下から上へと斬り裂き、無残に両断した。
「……ひゅう、地味な割に凄い切れ味ですね。……でも。無駄ですよ♪」
胴体を切断されたにもかかわらず、ニヤリと笑うエイルズレトラ。
と、次の瞬間そのエイルズレトラの体がバラバラとトランプに戻って消滅を始めた。
「……道理で脆いと思ったが」
しかし、ベロソスは特に慌てた様子も無く、ふわりと地面に着地する。だが、ふとその表情が曇った。
「しかし……さっきから何なのだ。この攻撃は。まるで時間を稼いでいるような……」
その瞳を閉じ、島内に配置しているディアボロと視覚をリンクしていたベロソスの目が一瞬後カッと見開かれた。
その表情は確信と苛立ちで引きつっていた。
「……人間共が!」
ベロソスはエイルズレトラを無視して素早く着地すると撃退士たちから距離を取り合図をした。
すると、他の撃退士たち交戦していたコーポラル二体は即座に合流、ベロソスの方へ戻らんと跳躍の構えを見せる。
「正に手足の如く、か。厄介ですね……」
しかし、一体のコーポラルの眼前に突如アステリア・ヴェルトール(
jb3216)の操る白銀に輝く長槍が突き出され、飛び上がった直後のコーポラルを弾いた。
更に、槍はその穂先から穢れた血を撒き散らしたかと思うと、即座に黒い無尽光を伸ばしもう一体のコーポラルの動きをも牽制せしめる。
しかし、二体のコーポラルの動きが止まったのは一瞬であった。
コーポラルの一体は、即座に鉾を逆手に持つと、アステリアの槍の柄に鉾の先端を引っかけ逆にその動きを封じてきた。
「しまった……!?」
目を見開くアステリア。槍を封じられたアステリアに対し、もう一体が鉾を投げ捨て飛び掛かり、がっしりとアステリアの華奢な肩を抑え込んだ。
「なっ……」
コーポラルの白く濁った眼球が近づき、潮の匂いと死んだ魚類の朽ちゆく臭気がアステリアの端正な顔を顰めさせる。
「く……来るなっ!」
いつもの彼女に似合わず上擦った声を上げるアステリアの眼前で、ぼろりとコーポラルの覆面が外れる。
「ひっ……」
アステリアの表情が嫌悪にひきつる。
そこに現れたのは、紛れもなく鋭い牙の生えた魚類の口と鱗に覆われた肌であった。
「く、臭い……放せぇ!」
「アステリアさん! ……頼む、ストレイシオン!」
直後、主の命を受けたストレイシオンが大きく咆哮した。その口から放たれた電撃がアステリアに掴み掛っていたコーポラルに直撃し、コーポラルはたまらず獲物から離れる。
「援護します!」
更に、長幡自身は自動拳銃を連射しながら、アステリアの槍を押さえつけているコーポラルへと接近する。
「……申し訳ありません」
咄嗟に冷静さを取り戻したアステリアはすかさず槍を放すと、輝く一対の剣を引き抜きコーポラルに切りつける。
しかし、敵も素早く飛び退いてこれを回避し、アステリアの斬撃は浅手に留まった。
「大丈夫ですか?」
アステリアの側に辿り着いた長幡が尋ねる。
「お見苦しいところを……すみません」
まだ、蒼褪めた表情のアステリアに長幡は思わず心配して更に聞いた。
「もしかして……苦手なんですか?」
「……ええ、余りに不味そうだったので」
長幡がその返答の意味を訝しむより早く、二体のディアボロが再び攻撃を仕掛けてきたため、二人の会話はそこで終わる。
一方、一旦は離脱の構えを見せたベロソスだったがコーポラル二体が手こずっているのを見ると忌々しげに舌打ちした。
「……ええい! 手間をかけさせおって!」
そう叫んだベロソスが諸手を挙げると、その周囲に膨大な魔力が集中し始める。続いて足元に複雑な光の魔法陣が組まれ、術式の詠唱が開始される。
「さあ、ショーはまだハネてませんよ!」
そこに、エイルズレトラが真正面から飛び込んで来た。
「邪魔だ!」
ベロソスは、さきほど見せた物体を切断する水流を発生させてエイルズレトラを攻撃する。
しかし、水流がエイルズレトラの体を傷つけた瞬間、何者かが背後からベロソスの身体を抑え込んだ。
「無駄なことを……」
振り向いたベロソスが見たのは、やはりエイルズレトラであった。
ベロソスは今度は水流で自分を抑えている方のエイルズレトラを攻撃。至近距離で全身を切り刻まれたエイルズズレトラはアウルの光となって消滅する。
「やはり、か」
詰まらなそうに呟くベロソス。直後、その眼球にトランプが突き刺ささる。
「いかがですか? 僕のマジックは」
エイルズレトラがそう尋ねた瞬間、ベロソスの身体は弾けた。
「な……これは!?」
咄嗟にエイルズレトラが周囲を見回すと、ベロソスは遠く離れた位置で呪文の詠唱を続行していた。
「あれだけの距離を取る……ということは、あの位置からでも十分に此方を攻撃出来るということでしょうか……不味いですねこの距離では接近が間に合いません」
遠目にベロソスの様子を確認したアステリアはそう呟くと剣を納め携行していたスナイパーライフルを構える。
しかし、アステリアが射撃の姿勢を取ろうとした瞬間、二体のコーポラルがアステリアへと襲い掛かる。
「フェンリル、GO!」
「ストレイシオン……頼む!」
まず、長幡のストレイシオンが壁の様に立ちはだかるが、コーポラルは躊躇せず鉾をその胴体に突き刺す。
ストレイシオンが苦悶の叫びを上げ、同時に長幡ががくりと膝をつく。
「ごめんな……ストレイシオン」
更に、もう一体のコーポラルに飛び掛かった長田のフェンリルも低い姿勢を利用して相手の脚に噛み付くが、力任せに振り解かれると、地面に叩きつけられた。
「Shit……!」
激痛を感じ、歯噛みする長田。二人の召喚獣が消滅していく。
「お二人の援護……無駄にはしません!」
ストレイシオンを屠ったコーポラルの側に、大剣の重量故土煙が飛び散るほどの勢いで着地した雫はそのまま全力で大剣を振り抜いた。
刃が纏った天界の力は、コーポラルの胸に深い切り傷を残す。それでも、コーポラルは鉾を振るい、雫を打ち据えた。
「やられっぱなしなんて、最強の名がすたっちゃうわ! 今度こそくらえー!」
しかし、その直後チルルが凄まじい密度まで圧縮したアウルで形成した氷の突剣を白い軌跡と共にコーポラルの腹に打ちこんだ。
これは、雫の斬撃以上に強力な天界の力となって、コーポラルの上半身を吹き飛ばした。
一方、郷田は長田のフェンリルを倒したコーポラルの攻撃を大鎌で受け止めていた。
コーポラルの力は凄まじく、郷田はすぐに劣勢となる。
「どうやら……主同様頭が回らんようだな」
しかし、郷田は鉾の切っ先が体に触れる直前不敵に笑うとさきほどのように眼から放つアウルで、コーポラルを吹き飛ばした。
「皆さん、すみません……当てます!」
邪魔がいなくなったことで、照準を固定することに成功したアステリアのライフルが大気を震わせてアウルの弾丸を発射した。
「このようなことが……人間どもめ!」
狙撃された手を抑え、ベロソスは歯噛みした。
魔法の発動直前にアステリアの狙撃により直撃弾を受けたベロソスは一時的に術の中断を余儀なくされた。
収束させた魔力自体は固定してあるので、次の術式に手間はかからないだろう。弾丸の命中した手も痛みこそすれ傷も受けてはいない。
だが、ベロソスは最早この場の戦闘に固執していなかった。
生簀での戦闘の趨勢は明らかだった。このため、ベロソスは最後の命令を生簀のディアボロに向けて行うと、続いてもう一体のコーポラルにも命令し、足早にゲートのある本拠へと去って行った。
●
滑走路には、周囲の森からじわじわとディアボロが集まり始めていた。その中にはコーポラルや、更に強力そうなディアボロも交じっている。
最初からいるコーポラルは、増援の到着を確認すると、再び撃退士たちに襲い掛かる。
その途端、そのコーポラルに雫が一瞬で距離を詰めると、両手で剣を振り降ろし、自分も地面に伏せるような形になるほど強烈な一撃で大地に打ち倒した。
ディアボロたちの注目が自分に集まったのを確認した雫は、剣を打ちおろした姿勢からゆっくりと立ち上がると、ディアボロたちを睨んだまま呟いた。
「……必ず帰ります。返事を聞くまでは絶対に」
●
生簀での戦闘の趨勢を決したのは、やはり緒戦でのフロートに対する集中攻撃であった。
空中や水上の敵に対する有力な攻撃手段である魔法弾の対空砲火を失ったディアボロたちは元々の戦闘の傷もあり気がつけばその数を大きく減らし続け、ベロソスが撤退の命令を出した時にはフロートは全滅し、他の二種も数えるほどしか残っていなかった。
それでも、比較的傷の浅いラムヘッドを中心に数体が生簀の出口に殺到する。
しかし、ディアボロたちを待ち受けていたのは出口の光では無く、暗闇であった。
「パパんの手足をもぎとったとゆ〜トコじゃな! ここはひとつ王の威光に任せておけ〜い……威光なのに、暗闇とは締まらんがの〜」
ハッドが生み出したテラーエリアでディアボロたちが混乱している隙に、緒戦でミサイルを撃ち尽くしたラファルが一体ずつ狙撃で止めを刺して行く。
「ラファルんの言う通り、ここで待ち伏せして正解じゃったの〜」
ハッドの言葉に、ラファルは得意げにウィンクして見せると、更に攻撃を続けた。
「遊びは終わりさ、魔界に帰んな!」
こうして、更に数を減らしてディアボロの群れに快晴が再度踊る様な動きで斬撃を繰り出していく。
「これで、終わりにさせてもらうよ」
ダイバーの胴体を切断する。
しかし、彼が攻撃を終了させた瞬間、水中から現れたダイバーの手刀が振り降ろされる。
「カイッ!」
だが、そのダイバーを文歌の放った音符の形の魔力の弾が襲う。
「ありがとう。……これで、文歌の友達の子を助けに行けるのかな」
直後、快晴のエネルギーブレードが一閃し。手刀を振り降ろした姿勢のままのダイバーの首が刎ね飛ばされた。
●
夜、両班は無事海曹長たちの待つ合流ポイントで再開することが出来た。
「よければこいつをやってくれ。腹の減っている者もいるだろうからな」
郷田はそう言って持って来た食料を広げると、自身は煙草を取り出して咥えた。
「あんたもこっちの方が良いのか?」
海曹長が物欲しそうな顔をしているのに気付いた郷田が煙草を差し出すと、海曹長もそれを申し訳なさそうに受け取った。
二人共火は点けなかった。
「敵に発見される訳にもいかんからな……」
郷田が残念そうに呟く。
「既に、君たちの作戦成功の報を受けて攻略艦隊は出航した。数時間後には島に到着する。ゲートの位置も川澄撃退士の写真や、郷田撃退士の目視で擂鉢山だとほぼ確認できたしな」
海曹長の言葉に撃退士たちの表情が明るくなる。
「敵も、それを察知したのかもしれません。嫌にあっさりディアボロが退きました」
雫が口を挟む。
「そう……ベロソスがこの島の……。父上……」
一方、話を聞いたサンバラトは暗い表情になった。
「サンバラトくん、この前会った半魚人の人がお館様……お父さんなんだよね? お父さんやその執事の人ってどんな人なの? 今後必ず出会う相手だから、きちんと知っておきたいの」
だが、サンバラトは申し訳なさそうに首を振った。
「出発前……ハッドにも言ったけど、僕は父上やベロソスの戦い方についてはほとんど知らない……二人から戦い方を習ったことはあるけど、それは基礎だったから……でも……」
ここでサンバラトは言葉を切り、辛そうに続けた。
「二人とも……少なくとも僕には優しくしてくれた……でも、僕がハルヒロのために裏切った事は……ベロソスは許さないと思う……彼はいつも出世の事を気にしていたから……」
サンバラトがかつての家族と戦わなければならないのだと、改めて気づき撃退士たちは重苦しい空気に包まれる。
「昏い顔をし過ぎじゃぞ! 困難な時ほど笑顔なのじゃな〜(>ω<)ノシ」
その空気を吹き飛ばすように、ハッドがサンバラトの背中を叩いた。