普段であれば、人々の喧騒で溢れている筈の駅前のビル街は今や死の街のように静まり返っていた。そのビルの屋上に――翼を持つ天魔が降り立った。少女の姿の名をしたその悪魔の名はアステリア・ヴェルトール(
jb3216)。
だが、はぐれである彼女の目的は、人類に仇なすことではなく敵を撃退すること。アステリアは1m以上ある銃を構えると、真っ直ぐに眼下の駅舎へ銃口を向けた。
アステリアは引き金に指をかけ、光信機に耳を澄まし――合図を待つ。
『――今ですッ!』
光信機から川澄文歌(
jb7507)の良く通る声が響いた瞬間、秋晴れの空の下をアウルの弾丸が一直線に駅の方向へと滑空した。
直後。
乾いた銃声と共に機関砲の火線が駅舎の方角から、凄まじい勢いでアステリアのいるビルにまで飛来した。
着弾点から瓦礫が弾け、埃が舞い上がる。威力、射程と共に桁違い。俗に言う、こっちが一発撃つ間に向こうは十発という奴だ。
「距離を取っての銃撃戦は不利のようですね……ならば」
アステリアは潔くライフルを置くと、長槍を構える。そして、自らの翼を顕現させるべく身構えた瞬間――違和感が彼女の全身を襲った。
翼が、出現しない。
気が付けば、耳に響く耳障りなヴァイオリンの音色。
ファウストの掻き鳴らす悪魔の楽器がアステリアの偽翼を封じたのだった。
◇
同じ頃、鑑夜 翠月(
jb0681)もアステリアとおなじような状況に置かれていた。
「弦……とにかくワーウルフさんの弦だけでも切断出来れば……」
飛来する弾丸の嵐を避け、物陰から様子を伺う翠月。アステリアは彼の後方におり、他の仲間は他の敵の対応に当たっている。闇の刃で敵を無差別攻撃する術式で敵を狙うには絶好の機会の筈だった。
だが、翠月は動けない。敵の攻撃が激し過ぎて、仲間のフォローも無い状態では効果範囲まで接近出来ないのに加え、しきりに響いてくるホルンの音で動けなくなってしまったのだ。
「どうしましょう……っ」
唇を噛む翠月。一方のワーウルフはようやくコントラバスケースからの掃射を止めると、改めてコントラバスの弓を握った。
「このままだと、あの映像の状況と同じようになってしまいます……!」
最早ここまでか。そう翠月が思った時、それまで駅前に充溢していた悪魔共の音色に混ざって、美しいフルートの音色が響いて来た。
と、それまで演奏に集中していたワーウルフは演奏を中断して明らかに集中力の欠けた様子を見せる。
「これが……サンバラトさんの演奏? とにかく今がチャンスですね!」
覚悟を決めた翠月は、アウルと意識を集中させる。
「……んっ!」
激痛に顔を歪める翠月。彼自身のアウルが彼の生命力を奪う激痛。だが、その代償に彼は自信を縛る魔力を振り解いた。
「行きます……っ!」
後は、賭けだ。
オンスロートの効果範囲にまで到達すべくひた走る翠月。だが、あと一歩というところでワーウルフが振り向いた。
狼男は唸り、再びケースを手に取る。
だが、そこに凄まじい勢いで槍が突き出される。
「アステリアさんっ!」
「飛べないのならば……走れば良い、でしょうか?」
翼を封じられたアステリアは敵の妨害が途切れたこともあり何とか接近して来た。炎を纏った槍がワーウルフに向かって鋭く突き出される。
「これなら……!」
直後、アステリアを巻き込まないような範囲から発動された翠月の暗黒の刃がワーウルフに襲い掛かる。
乱舞する影の刃が路面を、そしてディアボロの体を切り刻む。その無数の斬撃の中の一太刀が翠月の狙い通り楽器の最もデリケートな部品、すなわち弦を切断した。
しかし、味方も相応の犠牲を払うこととなった。怒りに任せて放たれたワーウルフの弾丸が、至近距離からアステリアの体を貫いたのだった。
●
「角無しか。だが、手前を潰す時は頭からと決めているんでな!」
郷田 英雄(
ja0378)の振り抜いた白刃は吠えたデュアルが口元に当てたホルンに命中する。だが、鈍い金属音をたてて弾かれてしまう。
金管楽器であるホルンは当然頑丈に出来ている。効率よく破壊するには、翠月がコントラバスに対して行ったように、ある程度楽器の構造などを考えて効率の良い手段を取る必要があったのだろう。
反撃とばかりにデュアルは太い腕で郷田に掴み掛ろうとするが――。
「ティア、やらせるな!」
召喚者である長幡 陽悠(
jb1350)の命に従いすかさずティアマットがその巨体をデュアルにぶつける。咆哮を上げる冥魔の魔獣と、光の聖獣。
サンバラトによるフルートの音色が響いて以降、こちらの戦場も動揺したディアボロに対し二人が優勢となっていた。
しかし、如何せん人数が少ないせいもあり完全にデュアルを追い詰めるには至っていない。
「長引きそうだな……」
だが、舌打ちした郷田が一旦距離を取ってそう吐き捨てた時、突如光信機から翠月の切迫した声が飛ん来た。
――『すみません! ワーウルフさんに向かっていた翠月ですっ! 出来れば、大至急応援をお願いします!』
「何かあったんですか?! もしもし!?」
相手のただならぬ様子に気づいた長幡は油断なく間合いをとりながらも聞き返す。
――『ワーウルフさんの楽器は壊しましたっ! でも代わりにアステリアさんがもう限界ですっ! それに……あの、フルートを持ったヴァニタスさんまで……こっちへ来て!』
「どうしたものか……」
頭をかく郷田。仲間を見捨てるわけにはいかない。しかも、報告では少なくとも敵の楽器の一つは破壊したという。ならば、何とかして翠月の方へ向かうべきか。
「だけど……」
長幡が心配そうな表情で視線を向けた先には、逃げ遅れたために郷田と長幡の指示で喫茶店内で隠れている民間人数名の姿があった。
その数は十人にも満たなかったが、当然見捨てるわけにはいかない。
「こうなったらやるしかねえ。長幡、付き合ってくれ!」
何やら決断した郷田は再び刀を構えた。振り回される腕を掻い潜って振るわれた刀が狙うのは、デュアルの足元だった。
この、一撃は効いた。足を払われ転倒したデュアルの動きが止まった。
「皆さん! 今のうちに俺たちが支持する方向に逃げてください!」
大声で叫ぶ長幡。だが、眼前の光景に萎縮してしまった市民たちはなかなか動けない。
「仕方がねえ。悪趣味なバンドにはイカしたボーカルが必要だな!」
いきなり叫んだ郷田はご丁寧にポーズまで決めると、自身のアウルを乗せた凄まじい歌声を張り上げる。
「「ぎゃあああああ!」」
一人がそう叫んだかと思うと、腰を浮かし、我先に逃げ出そうとする市民の皆さん。
「あ、そっちは駄目ですよ! こっちへ……ティア、頼むな」
ひっじょーに、申し訳なさそうな長幡。ティアマットは吠えると市民たちのまえに立ちはだかった。
「「わああああああ!!」」
その姿に驚いた市民たちは、長幡が事前に仲間に確認していた安全な方向へと逃げて行った。
「よし、癪だが俺たちも一旦退くぞ!」
市民たちが避難(?)出来たのを確認した二人は翠月と、アステリアがワーウルフと戦っている場所へ向かおうとする。
そこに、動けるようになったデュアルが毒を飛ばそうと身構えた。
「させるか! ティア!」
長幡の命令で放たれたサンダーボルトがデュアルに直撃する。デュアルが完全にマヒしたことを確認した二人は足早にその場を離脱するのだった。
●
ハルヒロ(jz0204)は、足元に昏倒しているワーウルフを見て忌々しそうに。
「情けないぞお前! 楽器を破壊された上にあっさり敵の術にかかるなんて!」
窮地を救ったのはまたも、翠月だった。弾丸に貫かれるのと引き換えに、放った氷の夜想曲は、ワーウルフを昏倒させたのである。
広場にいたハルヒロがワーウルフの援軍に現れたのは、楽器が破壊されたことと、消耗した二人から片付けようとしたのが理由だろう。
「まあいいか、後は僕一人で十分だよね!」
ハルヒロは余裕だ。
「本来なら、すぐに楽にしてやるけど……、お前たちはこの僕に決してしてはならないことをしたッ! サンバラト様を利用するなんて! 仲間が来るまでに徹底的に嬲ってやるッ!」
怒りの形相で二人を睨み付けるハルヒロ。だが、アステリアは一歩も引かず苦しい息の下から言い放つ。
「まるで稚児の駄々のように……! 彼を省みない貴方は『自分の好きなサンバラト様』が好きなだけでしょう? 何故、彼があの演奏再び貴方に聞かせたのかも解らないのでしょうね……そんな自愛に基づく慕情なら、鏡でも抱擁していれば良いでしょうに」
既にワーウルフの弾丸でアステリアは重体だったが、その瞳には強い意志が感じられる。
だが、意外にもハルヒロは余裕の態度のままだ。
「ははは、中々面白いこというね、お前。折角だから殺す前に良い事を教えておいてやる……」
ここまで喋ってからハルヒロの表情が一変した。ハルヒロが叫ぶ。
「サンバラト様が僕の事を思っていて下さる事ッ! これ以外の真実など無いッ」
やっぱりぶち切れたハルヒロはステッキを構えると、一直線にアステリアへと打ち掛かった!
しかし、目にも止まらぬ速度で飛び込んできた郷田の刀が真っ向からその杖を受け止める。
「……! この力……まさか、天界の!?」
目を見開くハルヒロは素早く飛び退く。
「待たせたな」
と郷田。
「君も、懲りないな。なら何度でも言ってあげるよ……サンバラト君は俺達の仲間だ。君の所には戻らない」
周囲に光の力を付与するティアマットを引き連れた長幡も毅然と言い放った。
「……! どいつもこいつもッ!」
激昂したハルヒロは、今度は長幡に襲い掛かった。
●
時間は、学園生たちがディアボロに攻撃を仕掛ける少し前に戻る。ブラックティンパニを攻撃する7名は敵が陣取るデパートの8階に到着していた。
「……さあ、これで良いっす。他のディアボロを避けてあっちへ逃げるっすよ!」
ニオ・ハスラー(
ja9093)は、そう言って逃げ遅れた子供の手当てを終えると、優しく微笑んだ。
その傍らではハッド(
jb3000)が、雫(
ja1894)とゼロ=シュバイツァー(
jb7501)にダークフィリアを付与し終えたところだ。
「うむ、終わったぞ! それではゼロんに雫ん、健闘を期待する!」
「音を使うなんて少しは頭を使ったわね……やり方が甘いのはまだ実験だからかしら」
シルファヴィーネ(
jb3747)は誰にともなくそう呟いた後、改めてサンバラトに声をかけた。
「フルート、自分の持っていたみたいね」
「父上の所を逃げ出した時から、使っているから……」
「……今は、何も言わないわ。しっかりやんなさい」
この後、7人は一旦二手に分かれる手筈になっていた。
サンバラトとハッドはティンパニの所に直接向かうのではなく館内にある警備室へ向かう。その目的は市民の状況を確かめると共に、放送を使って広場にいるハルヒロにサンバラトの演奏を聞かせるためだ。
川澄とシルファヴィーネは、事前の情報からサンバラトのフルートの演奏をハルヒロに聞かせれば何かの効果が期待できるのではないかと考えていた。
だが、彼らが向かう場所は屋内でしかも広場のハルヒロからはかなり離れている。
そこでどうやって、吹くのが悪魔とはいえ特にアウルなどを使ったわけではない普通の楽器の音を届かせるか考えた結果、ハッドが避難誘導に使う予定だった放送機器を探すことにしたのだ。これには別の任務で重体となったままのハッドが同行する。
「サンバラト君……音色は正直だよ。だから迷っていちゃダメ。想いを強く持って!」
打ち合わせを終えて二手に分かれる際、川澄はそうサンバラトを鼓舞した。
●
――『今ですッ!』
川澄の合図でいっせいに攻撃が開始された。
敵の存在を察知したぬいぐるみのようなティンパニは得意の騒音攻撃をおこなうべく、スティックを振り上げた。
「自分の欲望のために奏でた音色なんて私たちには届きません!」
断続的なティンパニの響きに悩まされつつも、川澄の放った雪の結晶のようなアウルがディアボロの楽器にに襲い掛かる。
ディアボロはこれを回避するが、今度は自らに聖なる刻印を刻み騒音の影響を克服したニオが血色の槍の魔法弾を発射。
「うおー!こんな人がいっぱいいる所に出てくんなっすー! もっと人に迷惑をかけないような何もない所に行くがいいっす!」
体制を崩したティンパニそこにシルヴィが斧槍を、楽器に叩きつけた。
「この……っ!」
しかし、郷田の時と同様単純に楽器だけを狙った攻撃は頑丈な部分に弾かれる。
だが――。
「ったく。くだらん音楽奏でよってからにっ!」
ティンパニの頭上から一直線に降りてきたゼロが弾丸を放つ。狙いはやはり楽器――それも、太鼓の膜だ。
アウルの弾丸は、見事膜を貫通。シープが外見に似合わぬおぞましい悲鳴を上げる。
「けったいな演奏会は終了や!」
ゼロが満足そうに叫ぶ。
「止めを刺しますっ!」
そこに、総身に闘気を漲らせた雫が大剣で地面を擦過しつつ突進。半月の如き軌跡で力任せに振り上げられた刃は見事に楽器を両断し、シープの胴体をも深く抉る。
こうなれば勝負は決したも同然。ハルヒロが十分に動揺したことを監視カメラで確認したハッドとサンバラトも闇の翼で駆けつけ、7人は迅速にディアボロの一体を仕留めたのだった。
●
「ハルヒロ……っ!」
轟音と共に、長幡に飛び掛かろうとしたハルヒロの目の前の地面が抉れる。歩道に突き刺さるのは、サンバラトの巨大な槍、ケーニヒスジャベリンだ。
「この武器は……ああ、サンバラト様っ!」
喜色満面の笑みを浮かべるハルヒロの前に、ハッドを除く6名が現れたのだ。これで戦力的には学園生たちは多少有利になった。
その余裕からか郷田はハルヒロに問う。
「攫った人達をどうするつもりだ。何が目的だ? 場合によってはサンバラトと交換してやってもいいぞ、約束しよう」
どう聞いてもまったくの口から出任せである。仲間もそれは解っているのか、雫など何か言いたそうな者もいるには居るが取り敢えずノーコメントだった。
「ハルヒロ……答えて!」
サンバラト自身も調子を合わせた。彼自身もハッドからこのことを聞き出すよう言われているのだ。
「答えなさいよ」
シルヴィも畳みかける。
ハルヒロが、嘘を見破っていたかどうかは不明だ。しかし、何れにせよ彼の答えはシンプルだった。
「あはっ、笑わせないでよっ! 力づくでお連れするのに何で渡してもらう必要があるっ?!」
ハルヒロが再び攻撃する様子を見せる。
舌打ちする郷田。交渉は失敗のようだった。
「ハルヒロ……お願い。僕の話を聞いて……」
だが、ここでサンバラトが前に進み出る。その表情は緊張に満ちていた。
「僕は、君を助けたい」
「サンバラト君……!」
咄嗟に川澄が叫ぶ。だが、ゼロが静かにそれを制した。
「今は、黙って見守るんや。……ここに到着する前にアイツに少し聞いてみた。せやから、きっと答えを出したんやろ」
●
真っ直ぐにハルヒロを見据えるサンバラトの脳裏に、任務開始前に仲間たちから言われた事がよぎって行く
――自分…あいつをどないしたいんや? んで自分はどないしたいんや?
ゼロはそう問うた。
――奴は、ハルヒロは学園への受け入れを拒否している。ならば残された道は俺に殺される事だけだ。俺はこの腕輪に天魔の殲滅を誓っている。
郷田はそう言った後。
――お前の頭はその可愛らしい角を飾る為にあるわけじゃないだろ? 自分で考えて自分で答えを求める事が出来るはずだ。
●
「君が今から学園に助けを求めるというのなら……僕は今度こそ君を守りたい。学園が拒否するというのならまた二人で逃げよう……! それで、僕が冥魔だけでなく、人間からも追われるというのなら、構わない……それがきっと僕の贖い……」
「友人の果たすべき役割は、間違っているときにも味方する事。正しい時には誰だって味方になってくれる――これはこの世界の格言ですが……貴方は如何なのです? 結局は『御館様』が一番ではないのですか?」
最早戦闘不可能な痛手を受けていたアステリアも、翆月同様ニオの回復魔法を施されて意識を回復、ハルヒロを問い詰めた。
「違う! 友達は間違っていたら直すのが役目だっ! 僕は確かにお館様も敬愛しているけど、それはサンバラト様の事を本当に考えているからだ!」
ハルヒロの言い分は冥魔の立場に立てば確かに正しいのだろう。だが、サンバラトはここで声を荒げた。
「だけど……! 君が父上の言いなりになって、君が味わわされたのと同じ事を他の人間たちにもするというのなら……君を倒す! そして……僕も一緒に死ぬ。全てを奪われた君を寂しくさせないから……」
「勝手な事を言わない下さいっ!」
流石に、最後のサンバラトの言葉に味方がざわついた時、誰よりも大声を張り上げたのは雫だった。
「サンバラトさんを慕っているのはハルヒロだけではないのです……っ! それなのに貴方にそんな理由で死なれたら……っ!」
「……え?」
暫しの沈黙。だが、ようやく雫の言った事の意味におぼろげながら気付いたサンバラトが微かに頬を赤らめる。
雫も、赤くなる。
「貴様……この泥棒猫っ! 僕の想いを踏みにじりやがって!」
ハルヒロはもっと敏感だった。かつてない勢いで雫に襲いかかる。
「私の触れられたく無い物に触れて置きながら、勝手な事……! 他人の痛みを理解しない者が、そんなことを言う資格は無い!」
サンバラトのことだけでなく、個人的な恨みもある雫の方も一歩も退かない。怒涛の連続攻撃で真っ向からヴァニタスに打ち掛る。
同時に、ようやく睡眠から覚めたワーウルフが再び咆哮を上げたため、残りの仲間はそちらに向かった。
雫の繰り出す一撃がその全てが鋭い。
しかし、やはり敵も並のヴァニタスではない。雫の連続攻撃の半分をステッキで払いつつ、逆に強烈な突きを雫の胴体に見舞う。
「……まだ! 人の傷に無遠慮に触れた罪、その身に刻め!」
雫が大剣をハルヒロに叩きつけようとする。敵の生命力を奪い、自らの生命力とする一撃。
「甘い!」
だが、ハルヒロはすかさずフルートを吹いた。
攻撃を受けた事で逆に冷静になったのか。意識を刈り取る魔の音色が雫を襲う。
「しまった……!」
がくりと膝から力が抜ける雫。しかし、その時ゼロのワイヤーカッターがハルヒロのフルートに絡みついた。
「独りよがりの演奏は、観客にはウケへんで?」
そのままフルートを奪い取ろうとするゼロ。だが、ヴァニタスの腕力は凄まじく、逆にゼロが振り回され、壁に叩きつけられた。
「このぉ! 放せよ! 放せ!」
それでもワイヤーを引っ張るのを止めないゼロにハルヒロは苛立つ。
その時、ペデストリアンデッキの下から巨体が跳躍。駅前で戦う撃退士と冥魔たちのど真ん中に着地した。
「遅いぞ! でも丁度良かった! こいつを始末しろ!」
それは、エスカレーターの下に居た筈のファウストであった。ファウストは命令に従いゆっくりと弓をゼロへ振り上げる――。
「……あれ、この状況、ひょっとして僕がアタッカーの役目ですか? まいったなー、普段は僕の方が囮ばかりしてるので、ほとんどやったことありませんが……まあ、やってみますか」
飄々とした声と共に発射されたアウルの弾丸が、ファウストに突き刺さった。放ったエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はビルの壁面に張り付きながら周囲を睥睨。ハルヒロに眼を留める。
「おやおや、今回のボスはお子様ですか。お引き取り願いましょうか、子どもはもう帰る時間ですよ。カエルが鳴くから、かーえれ!」
「何だお前!? つ、つ詰まらない事言って! お前だってお子様じゃないか!」
確かに外見年齢は似ている。だが、エイルズレトラはなおも言い募る。
「……ひょっとして、その服装はマジシャンをイメージしてます? 勘弁してくださいよ、我々マジシャンまでセンスを疑われるじゃないですか」
「お館様にいただいた戦装束をよくも! やれ!」
今度は、ワーウルフがエイルズレトラを狙う。
「僕の本分は囮ですよ?」
だが、エイルズレトラはこれを華麗に回避する。しかし、エイルズレトラは自分を狙う新たな敵に気付く。
「デュアル……!」
それは、ようやく麻痺が回復して追いついたデュアルだ。デュアルはエイルズレトラを狙って毒液を飛ばす。
「そんな不潔な物……」
だが、咄嗟にスクールジャケットを身代りにしようとしたエイルズレトラは驚愕した。
「え……アウルが……?」
空蝉が、発動しなかった。直後毒液が命中しエイルズは壁から路上に叩きつけられる。
「くっ……臭い……いや、それよりも、これは封印……?」
「あはははは! やーい、「せんす」を疑われるのはお前の方だ!」
気が付けば、エイルズレトラの耳に例の耳障りなヴァイオリンの音色が響く。
「そうか……もう刻印が……」
ここで、ファウストに向かった三名の様子を簡単に述べておく。
結論から言えば、三名は優勢ながらもファウストを倒し切れずまた、楽器の破壊を達成できなかった。
ここまでの段階でディアボロを撃破出来たのは、重体者がいたとはいえ火力に優れた雫を含めたブラックティンパニ対応班のみ。
また、楽器については再三述べているように単に楽器を狙うのではなく、いかにして楽器を無力化させるかが重要であった。
ファウスト対応班の戦闘は長引き、結果ハルヒロがファウストに合流命令を出すまで続いた。まずファウストが広場のハルヒロの元に向い、次に、機動力に優れるエイルズレトラが追いついたという訳だ。
「これでお前たちも終わりだ!」
ディアボロに命令を下すハルヒロ。しかし、咆哮を上げたデュアルの背後に、階段を駆け上がってきた向坂 玲治(
ja6214)が飛び込んだ。
「悪趣味な演奏家には、さっさとご退場願うぜ! その高そうな楽器と一緒に、演奏会もぶち壊してやるよ!」
不敵に笑った向坂の手が光を纏う。
「天界の光輝だ。当たればめちゃくちゃ痛いぜ」
「そんな隙だらけの攻撃で!」
ハルヒロがフルートを口に当てる。しかし向坂に効いた様子は無い。
「もう一回分とっておいて良かったわ。今度こそ、速攻で倒すわよ」
最後に追いついたのは影野 明日香(
jb3801)だった。戦闘開始時にエイルズレトラと向坂に付与していた聖なる刻印を向坂に再度付与していたのだ。
「よそ見は厳禁、敵は1人じゃないのよ」
影野の剣がデュアルの皮膚を切断した後、同時に眩い光を纏った向坂の拳がデュアルを殴り飛ばす。地面に叩きつけられたデュアルは悶え苦しんだ。
「ええい……世話が焼けるなあ!」
だが、ハルヒロはステッキを振るい、黒いアウルを撒き散らすと素早くデュアルを回復させる。
「こっちも回復っす!」
ニオが叫び、素早く味方を立て直す。
「……お互いに、この程度、傷のうちに入らないみたいね」
それを見て、影野が溜息をついた。
実際、ここにきて戦況は完全に膠着していた。人類側も、冥魔側も残った戦力を一箇所に集結させた。
お互いに消耗しており、戦闘不能になった者もいる。
それぞれの戦力を考えると、それでも冥魔がやや優勢か。だが、冥魔側には既に戦い続ける理由が薄かった。
「ハルヒロん、久し振りじゃな〜! もとい、相変わらず可笑しなやつよの〜じゃが、いつまでも好きにさせるわけにはいくまい、あれを見るのじゃ〜!」
ようやく、自分の目的を終えて戻って来たハッドが飛行しながらペデストリアンデッキの下の道路を指差す。そこでは正に市民がすし詰めになった複数のバスが走り去ろうとしている所であった。
ハッドは誘導した市民を、ディアボロの出現時に逃げ遅れて発進できなかったバスやタクシーに乗り込ませていたのだ。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である! 王の輝きは色褪せぬことを民草にもしめさねばなるまいて〜」
長幡やニオへ、スマホで調べた避難経路を教えていたのも彼だ。
「おのれぇえええ!」
ハルヒロが歯噛みする。
「音楽は人を勇気づけたり励ましたりするもの……身勝手に音楽を悪用する何て、私は許しません!」
と川澄。
ハルヒロ側の作戦はディアボロの連携による広範囲催眠で、無防備になった人々を効率よく攫うことだが、既にその目論見は破れている。
いまから撃退士たちと改めれ衝突して仮に勝ったとしても、もはや大した数の人間は捕えられない。
ハルヒロは、無言で跳躍。未だ健在なディアボロ三匹もそれに従った。
「これにて演奏会は修了。次の講演予定は有りませんってな」
彼らが去って行った方角に向かって向坂は中指を立てた。
「最低の演奏会だったわ」
影野もそう溜め息をつくのだった。
●
「結局、攫われた人のことは解らんかったの〜!」
「あの、フルートくん、無事だと良いっす……」
夕暮れ迫った広場で、ハッドとニオが呟く。
「……目的は、一つしかない。父上が自分の力を蓄えるために、魂を奪って戦力を増やすために……」
とサンバラト。
「立場も境遇も違う私が今の気持ちを分かってあげられるとは思えないけど……あんたが凄く後悔してること……そして自分なりに前に進もうとしているのは解るわ」
シルヴィがそっと声をかけた。
「だから、一つだけ。先の事なんて誰にも予想出来ないんだから、あんまり思いつめないでただ、信じて前に進みなさい。あんたも長く生きてるなら頑張りなさいよ?」
「サンバラトくん……あれはハルヒロくんの姿と記憶を持っているけど,『本物』のハルヒロくんはもう死んじゃってるんだよ……。だから……あなたまで何て……」
川澄も悲しそうに言う。
だが、サンバラト悲しそうに首を振った。解ってはいても彼にとってやはりあれは『ハルヒロ』なのだろうか。
「事情も知らぬ他人が土足で踏み込もうなんて、図々しいかもな。だが、自立とは頼る事にある……抱え込み過ぎるなよ」
一服しつつ郷田が声をかけた。
「取り合えず、ハルヒロんめを動揺させるためにもっと凄いプリクラでもとろうかの〜!」
ハッドが、サンバラトににんまりと笑った。