七夕のリプレイ
集った撃退士の中で最初に動いたのは長幡 陽悠(
jb1350)だった。
「頼んだぞ……スレイプニル!」
彼の叫びと共に背後の召喚陣から出現して嘶きを上げたスレイプニルは長幡を乗せると一目散に地面に倒れているユウヤとミナトの方へと疾駆する。
「何をする!」
流石にこの動きにハルヒロは黙っていなかった。長幡が二人を抱えるのを見て、配下のディアボロをけしかけ、自身も一目散に長幡の方を目指す。
一丸となって迫る敵。16名の撃退士たちも長幡と救助対象を守るべく正面からこれに立ち向かう。
「やれ! お前の力を見せてやれ!」
数の上では圧倒的に不利なハルヒロ。しかし、彼はむしろ不敵にほくそ笑むとヴェガに命じる。
次の瞬間人間の耳には耐え難い不協和音が河原に充溢した。
それは、ヴェガのリラから放たれた旋律。それに込められた魔力に、ある者は頭を抑え、またある者は意識をかき乱される。更に、ある者は旋律に精神そのものを支配された。勿論空中に飛翔していた者、あるいは飛ぼうとしていた者も例外ではない。
大混乱となる撃退士たち。それでも動ける者は何とか長幡を守ろうと陣形を組む。
だが、そこに河原の石を蹴立てて太い角を突き出したゴーゴンが突撃してきた。
瞬く間に数名が跳ね飛ばされ、三体の冥魔は苦も無く獲物の前に迫る。
当の長幡はヴェガの魔力をまともに受けたせいか、スレイプニルの馬上で呆然自失するばかりだ。
初手で撃退士たちが押し込まれた原因は幾つかあった。
まず、三体の敵に対して誰が当たるかを決めていた事には問題はなかった。だが、どうやって敵を分断するかという具体策が無かった事。
また、要救助者をいきなり助けようとした事も敵全員の注目をそこに集めてしまうという意味では最善の一手ではなかったかもしれない。
また、雄牛の特徴を備えたゴーゴンがどのような攻撃手段を用いるかについてもやや予測が足りなかったのかもしれなかった。
絶体絶命の危機と思われたその時、影野 明日香(
jb3801)がスターセイリオスを構え立ちはだかった。
「素敵な音色ね。思わず聞き入っちゃったわ」
不適に微笑む明日香の体には彼女自身が刻んだ聖なる刻印が煌いていた。
ここで初めてゴーゴンは石化ガスを吐き出した。
「影野さん!」
山里赤薔薇(
jb4090)が頭を抑えつつ叫ぶ。
だが、明日香は安心させるように。
「下がってなさい。私なら大丈夫だから」
その言葉通り、彼女は正面から石化の毒を受けても耐えた。
「その頭を潰せば良いわよね?」
ゴーゴンに切り掛かる明日香。ガスを吐き出す頭部を狙い槍を振るう。
「もらったわ……」
スターセイリオスの蒼い焔が一直線にゴーゴンの口元に突き刺さる――と思われた刹那硬い金属音が響いた。
「!?」
驚愕する明日香。ゴーゴンがその角で槍の実体部分を受け止めたのだ。
確かに槍の射程なら、角が届くことはないが角による防御は出来るという事である。
「くっ!?」
そして、ゴーゴンはそのまま角で槍をひっかけたまま頭を一振り。受け止めた槍毎明日香を宙へ放り投げた。
地面に叩きつけられ、動かなくなる明日香。
「あははははっ! ちょっとは頑張ったみたいだけど、ここまでか!」
それまで悠然と静観していたハルヒロがゆっくりと長幡とスレイプニルの方へ歩み寄っていく。
「……何だよ。君。邪魔する気?」
だが、そのハルヒロの前に今度は震える手で杖を握り締めた赤薔薇が立つ。
「七夕祭り……。こんな素敵なお祝いの日に、誰かが悲しい目にあったり命を落とすところなんて見たくないよ! 今日は皆が幸せになる日なんだから!」
必死に叫ぶ赤薔薇。
「何を言っているの? 皆幸せになるんだよ? そこの二人も、君たちも! 大人しく我ら冥魔の栄光に忠誠を誓えばね! ははははははっ!」
狂ったように笑うハルヒロ。その言い草に、赤薔薇は一瞬怒りで我を忘れた。
「勝手な事ばかり言わないで!」
だが、次の瞬間にはハルヒロが赤薔薇の懐に飛び込んでいた。
「まあいいや。君も邪魔だ」
ステッキの石突が赤薔薇の水月に突き刺さる。吐血しつつ吹っ飛ばされる少女。
重体こそ免れたが、意識が刈り取られる一歩手前。そんな赤薔薇の脳裏に浮かぶある光景。
――彼女が大切な人たちを失った時の光景。
「もう誰にも何も奪わせないの……!」
歯を食いしばって起き上がる赤薔薇。しかし、ヴァニタス相手に彼女一人で何が出来るか?
「どうせスタンエッジが通用するとは思えない……長幡さんっ!」
大切なクマの縫いぐるみが括り付けられた杖が振るわれ長幡に叩きつけられた。
「何をやってる!?」
いぶかしむハルヒロの視線の先で、ゆっくりと長幡の目に焦点が戻って行く。
「また、君か……困ったものだけど」
そう言ってから長幡は赤薔薇に。
「ありがとう。山里さん。彼らは絶対に守ってみせる」
長幡と共に意識を回復させたスレイプニルが大地を蹴る!
「行かせるかぁ!」
しかし、ハルヒロも黙ってはいない。彼の命令でヴェガがアウルの光弾を放つ。同時にゴーゴンに跨ったハルヒロも長幡に襲い掛かる。
圧倒的な暴威に晒され、瞬く間に長幡と赤薔薇は血塗れになる。だが、ハルヒロが止めを刺そうとした瞬間、ヴェガが攻撃に移ったおかげで何とかリラの魔力から回復した仲間たちの声が響いた。
「アンタ……しつこいにも程があるわね……もう真正のストーカーか何かじゃない」
最初にそう叫んだのはシルファヴィーネ(
jb3747)だ。
「何だと!? 僕をあんな独りよがりの連中と一緒にするな! 何処だ! 何処にいる貴様!」
気配を消したままのシルヴィの位置がとっさに解らず、怒りを露にするハルヒロ。一方のシルヴィは相手の注意を惹くことに成功したと見て、更に挑発を続ける。
「ところで、サンバラトって……意外といい体してたわね(ぼそ)」
「!?」
シルヴィの捏造した一言に絶句するハルヒロ。
「ああ、血もなかなか美味しかったし」
更に捏造が続く背後で聞いているサンバラトの頬が薄っすらと上気しているのはたぶん気のせいだ。捏造だ。
「き、き、き貴様ぁ! そ、そ、そんな絵空事で僕を動揺させようとして無駄だぁ!」
信じていない、のではなく信じたくないという態度を見せるハルヒロ。
「サ、サ、サンバラト様の玉体は僕だけのもの! 僕の体もサンバラトさまだけのものだぁ!」
「やっぱりストーカーじゃない……」
呆れた様に呟くシルヴィ。
「ん〜、サンバラト君と一緒にいたいんだよね? なら、サンバラト君を連れ戻すんじゃなくて君が学園にきたら? これならずっと一緒にいられるよ?」
続いて口を開いたのは雨野 挫斬(
ja0919)だ。雨野は同時にサンバラトにも囁く
(ほら、ハルヒロ君に学園に来てって言って。上手くいけば戦わずにすむよ!)
サンバラト(jz0170)は胸に手を当てて暫く躊躇っていた。
学園に保護されている身である彼としては事態はそう簡単ではないことを知っているからだ。
それでも、今はハルヒロの注意を惹き付ける事が優先ということは解っている彼は口を開く。
「ハルヒロ……!」
だが、サンバラトが何か言う前に。
「サンバラト様にあんな薄汚い学園の小汚い寮は相応しくないっ! ご安心をサンバラト様! すぐに僕が手柄を立ててお城に『僕達』の居場所を取り戻してご覧に入れます! そ、そ、そしたらダ、ダブルベッドで……!」
「なら仕方ない、解体してあげる! 安心して。首をサンバラト君の部屋に飾ってずっと一緒にいられるようにしてあげるから! キャハハ!」
雨野は偃月刀を構え、ハルヒロに切りつける。
「小賢しい事を! そんな事をしなくても僕の心はいつもサンバラト様のお側にいる!」
ステッキが刃を弾く。
「本当に傍にいたいと願うなら――居ると強弁するのなら。此方に来るべきでは? それが出来ないならば、所詮はその程度の想いと言う事です。――『お館様』の方が、大事なのでしょう?」
次に口を開いたのはようやく飛行する事が出来たアステリア・ヴェルトール(
jb3216)であった。
「……」
一瞬押し黙るハルヒロ。しかし、彼は直ぐに嘲る様な笑みを浮かべる。
「何を言い出すかと思えば聞いた風な事を! 息子が父親の元に戻る事が自然な事だということはお前たちも解るだろう! まして冥魔の一員であるサンバラト様のとっては再び栄光に列される事が一番大切なんだ! そんな戯言は無用と知れ!」
「確かに、あなたにはこれ以上言っても無駄なようですね。ですが――」
「!?」
はっとなるハルヒロ彼の視線の先では深手を受けた長幡とスレイプニルが最後の力を振り絞って飛び上がっていた。
咄嗟に追跡しようとするハルヒロは気付いていなかった。彼と配下のディアボロが密集していることに。
「――万死に砕けなさい。傀儡」
ハルヒロたちの周囲に三十二の魔方陣が形成。そこから生み出された暗黒の刃が敵に降り注ぐ!
その隙を突いてようやく長幡はユウヤとミナトを抱え離脱する。
「駆けてくれ……! スレイプニル!」
騎乗で血を吐きつつ、それでも長幡は決して速度を緩めない。
「きっ、貴様ら!」
激昂するハルヒロ。
「悪魔の傀儡は既に死しているが故に、生前の渇望に囚われる――在り方として歪で嘆かわしいですね。彼を求めながら、彼を省みない。それを異常とは思わないのでしょう? ……いえ、或いは彼を求めるが故にですか。悪辣な風流もあったものですね」
サンバラトを引き合いに出した挑発であっさり冷静さを失ったハルヒロにアステリアが哀れむように言う。
この頃には、それまでヴェガに撹乱されていたメンバーも戦線に復帰して来ていた。
「愛とは相互関係を指す言葉。愛情とは一方の想いを指す言葉。気付けなければ、こうなるって事かなぁ☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が肩を竦めつつ笑った。
「あのヴァニタス、自身の欲望に貪欲だ。イイ性格をしている。サンバラトの可愛さなら分からんでもないが、敵でなければ気に入ったかもな」
郷田 英雄(
ja0378)も自身のアウルを高めながら呟いた。
「何があったかは知らないが、仇なすものに遠慮はできないな。正しいかどうかは別にして…私は人類の守護者であろうとするから……ね」
リチャード エドワーズ(
ja0951)はそう言うと剣を構え直す。
サンバラトは目を伏せたままだ。その時、佐藤 七佳(
ja0030)が静かに呟いた。
「守る為に討つ。それも独善ね、討たれた側の事は何も考えてない」
その言葉にはっとなるサンバラト。
「私は天魔の行為、それ自体は否定しないわ」
厳しい目つきでサンバラトを見る佐藤。
「そして、命を絶つ事が悪ならば、悪を為す事で本当の正義を捉える。元より人は血塗られて生きる生物だから、そこに躊躇いは抱けない」
「本当の正義……正しい事……」
佐藤の言葉に何か感じることがあったのかそれを反芻するサンバラト。やがて、彼はゆっくりと武器を構えた。
「ミナト君とユウヤ君は無事確保したっすね! 七夕祭りに冥魔さん達はむようのちょーぶつっす! 周りの人にめーわくっす! 早く自分の世界に帰るといいっす!」
ニオ・ハスラー(
ja9093)が叫ぶ。
アステリアの空中からの範囲攻撃で敵が怯んだ事で撃退士たちは、やっと予定通り敵を分断した上で戦えることになった。
●
「そこだ!」
ハルヒロのステッキが高速で振るわれる。
「しまった……」
狙われたシルヴィは咄嗟に覚悟を決めてハルバードを構えた。だが猛打を受けたのは彼女を庇った向坂 玲治(
ja6214)だった。リジェネレーションにより戦闘序盤の傷を癒していたことと盾の効果も相まって彼は何とかその一撃に耐える。
「おいおい、俺を無視するたぁ寂しいじゃねぇか。」
額から流れ出た血を舐め取りながら不適に言い放つ玲治。
「うるさい! 家畜など眼中にあるものか!」
「わざわざこんな所まで来て、暇人なことだ。そら、月並みだが、俺を倒してから暴れるんだな!」
トンファーで打ち掛かる玲治。
半ば冷静さを欠いているハルヒロは完全に玲治しか眼中に無く、ひたすら彼に集中攻撃する。無論玲治とて長くは持たないが、その隙を突いてハッド(
jb3000)はサンバラトと共に空中に飛び上がった。
「ふむ〜、サンバラトんとハルヒロんの間にそんなコトがの〜。じゃが、今は目の前のコト、救うべきヒトのために全力をつくすのじゃ!」
「解ってる……ありがとうハッド先輩……」
サンバラトもハッド共に飛び上がると、これ以上玲治を攻撃させぬようまずハルヒロに魔力の弾を放つ。
「がっ……サンバラト様ぁ!」
「お〜い、ハルヒロ〜ん。あ〜そ〜び〜ましょ〜(^ω^)ノシ」
そこにハッドが長射程を誇る雷の剣の形をしたアウルを降り注がせた。
「ナイスじゃぞサンバラトん〜。良く聞けいハルヒロ! 我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王であり、サンバラトんの心の友じゃ〜」
「心の友!? 貴様! よくも馴れ馴れしく!」
高速で離脱しようとするハッド。だが、ハルヒロはそのステッキを口元にもっていくとそのまま吹き矢を吹くようなポーズでステッキをハッドに向けた。
「なんじゃ〜?」
途端、ハッドにアウルの矢が突き刺さった。
「飛び道具……やっぱりね」
シルヴィが呟いた。
だが、ハルヒロはなおもフラフラと飛ぶハッドの方向へ全力で走り出す。
「痛いのじゃ〜(><)じゃが取り敢えずは誘い出せたかの〜?」
フラフラと飛びながらハッドは呟いた。
●
分断されたヴェガはリラを奏でるのを止め、替わりに魔力弾の連射で撃退士たちを攻撃していた。
エルザ・キルステン(
jb3790)とジェラルドは射程の長い武器で打ち合っていたがこのままでは埒が明かないのは明らかだ。
「ああ……花火がどんどん進んでいってしまう。無粋だよ。風流風流とほざくのなら、こちらの風流も邪魔しないでもらいたいものだ」
そううんざりしたように呟いたエルザは相手の攻撃に耐えつつ目潰しを打ち込もうとするが、攻撃が激しく射程距離まで接近する隙を見出せないでいた。
「さっきの返礼をしてやりたいが……さて、どうやってこちらの射程にまで近づいたものか」
「私に任せてくれないか。危険を引き受けるのも騎士の役目だからね」
リチャードはそう言うと盾を構え、ヴェガの弾幕に真っ向から突撃した。魔力弾がリチャードの体を穿つ。アウルがその傷を癒していくが、近づけば近づくほど密度を増す弾幕にリチャードの歩みが遅くなる。
「いや。もう充分だ」
しかし、リチャードが盾になってくれたおかげで接近できたエルザがヴェガに目潰しを叩き込む。目を押さえのた打ち回るディアボロ。同時にリチャードも限界を超えた傷を受け倒れるが、そこに武器を持ち替えたジェラルドそして、佐藤と雨野が突っ込んできた。
気配を察したのか、ヴェガはリラの弦に手を伸ばす。だが。
「キャハハ!邪魔者がいなくなったからこれで遊べるね!」
まず、大鎌を構えた雨野がリラの弦をその巨大な刃で瞬く間に引き千切った。
まるで、自身の肉体が傷ついたかのように金切り声を上げるヴェガ。
「動きを封じさせてもらうよ☆」
続いて、ジェラルドの武器が、視界を奪われ隙だらけのヴェガを薙ぎ払いその動きを封じる。そこに佐藤が日本刀を振り上げるその磨き上げられた刀身には、幾重にも魔法陣が展開されていた
「迅雷一閃……これで決めるッ!」
渾身の力で放たれた一閃は、無防備なヴェガを両断した。
●
ヴェガが撃破され、ハルヒロも辛うじて抑えられている一方、ゴーゴンと対峙したメンバーは分断後も苦戦を強いられていた。
「柔らかい所……どこっすか!?」
ニオが焦燥も露に叫ぶ。機械剣を振るいゴーゴンに切り付けるが、具体策が無いのでは彼女の考えていた『柔らかい場所』を探すのは困難だった。
「風情も解さぬ化け物風情が。よくも俺の至福の時間を台無しにしてくれたな」
今度は、郷田が槌を振りかぶってゴーゴンの頭部に真横から叩きつける。しかし、突進を得意とするゴーゴンの頭部は堅牢で重い一撃にもさしてダメージを受けた様子は無かった。
「今度こそ……!」
フレイヤ(
ja0715)の呼び出した手がゴーゴンの足に掴み掛かる。だが、ゴーゴンはその逞しい脚についた蹄で手を叩き潰す。
敵は先ほどニオの光の鎖を受けたときも同様にしてそれを振り解いたのだ。
「しぶとい――!」
上空からアステリアが弓を放つ。しかし、ゴーゴンはその蹄で河原の石を信じられないような速度で跳ね飛ばしてアステリアを牽制。更にガスを再び撒き散らした。
「ま……まずいっす!」
フレイヤと郷田に対してアウルによる防御術を使い切っていたニオの脚が石に覆われていく。いや、ニオばかりでなく度重なるガス攻撃に対してフレイヤの体も石になろうとしていた。
ガスとして撒き散らされる石化の毒は回避行動だけで防ぐのには限界があり、また耐性を高める術も完全に防御してくれる訳ではない。そして、速攻で戦闘を終わらせるにはやや積極性が不足していたのだろうか。
だが、この時ハルヒロの苦々しげな声が響く。
「ああ……せっかくのディアボロが……! もう良い! どうせ獲物にも逃げられたし今回はここまでだ! サンバラト様……! 必ず僕がお目を覚まして差し上げます!」
暴れるだけ暴れたハルヒロはゴーゴンに騎乗。ゴーゴンは大きく息を吸って凄まじい量のガスを広範囲に吐き出してから、それを煙幕とすると突進力を生かして一気に彼方へと走り去っていった。
同時に、一際大きなスターマインを夜空を彩った。
●
「ねえ君、ちょっと待ってよ……行っちまった」
「……何やってんだ」
宵の口となり、ますます賑やかになる商店街で玲治がかき氷を持ちながら郷田に声をかけていた。
「いま凄い浴衣の似合う子がいて早速声をかけてみたが……断られた」
「これから、病院行くんだろ? ホラ、急ごうぜ」
「チッ。名残惜しい。折角仕事が終わったてのに」
まだ文句を言う郷田。そこに屋台で買った酒とつまみ、それに短冊に使う紙を抱えた雨野もやって来る。
「それじゃあ病院で花火見物と行こうよ」
●
市内にある大きな病院の病室では、幸い怪我も無く済んだユウヤとミナトがベッドに寝ていた。しかし、気まずい雰囲気だ。
(こ、この現場はもしや男と男の痴情の縺れなのかしら!? ……ゴクリ)
二人を心配して突いてきていたフレイヤは何やら腐った妄想をブンブンと頭を振って追い出すとまじめな口調で二人に語りかける。
「ねぇ、ユウヤ君。友達って何か知ってる? 友達っていうのはね、『互いに心を許し合い対等に交わっている人』の事をいうの……貴方とミナト君は今友達なのかしら」
「……どういう意味だよっ!?」
ユウヤが怒ったように聞き返す。
「確かに心は許し合ってる様に見えるわ。でも貴方達は対等かしら? 少なくとも私には貴方がミナト君に依存している様にしか見えないわ」
「それは……っ」
ミナトが何かを言おうとするが、フレイヤはそれを手で制してなおもユウヤに語りかける。
「貴方が本当にミナト君を想い、友達だというのなら対等になりなさい……対等になるのに他人を頼っちゃいけないわよ」
「……」
ユウヤは何も言わない。
「ま、難しい話はともかく、この場で別れても縁が切れたわけでも、今生の別れってわけでもないんだ。 電話でもなんでも連絡とる手段があるんだから、友達であり続ければいいじゃねぇか」
玲治がぶっきらぼうながらもフォローする。
「うん。俺も今度学園にいつかユウヤ君がミナト君に泊りがけででも会いに来れないかどうか確認してみるよ。大丈夫。実際に兄弟だけどそういう事もあったから……」
包帯を巻かれ、ベッドに寝ていた長幡もそう言って慰める。
「願いは叶わない事もあるけれど、願わなければ始まらない☆ それに、願ってみると案外、それに近い未来が待っているモノだよ♪ 本当に心に想っている事を、書いてごらん♪』
そう言ってジェラルドは短冊を二人にも渡す。
やがて、長い沈黙の後ユウヤがようやく言う。
「ミナト……ごめん。一緒に、書こう?」
その『ごめん』に込められた意味に、ミナトはにっこり笑うのだった。
ちなみにフレイヤがこっそりで『ごちそうさまでしたっ!』と呟いていたのは秘密である。
●
一行が病院で花火を見ることにしたのは、長幡とリチャードが重体になったこと。他にも怪我人が多かったことが理由である。
学園生たちは、長幡とリチャードが寝かされている大きな病室のテラスに置かれた笹に短冊をつけていた。
「無事ユウヤ君とミナト君を助けられたとはいえ、怪我した人も大勢っす! だから自分はこう書くっす!」
ニオが書いた短冊にはひらがなで『あんぜんだいいち』と書かれていた。
一方、郷田は。
「どうせ当てにならんしあんまり堅苦しい事を書いても面白くないだろ」
つまりご自身の欲望を垂れ流そうという事ですねわかります。
郷田は汚い字で『モテたい』と書くと一番高い所にそれをくくりつける。ちなみにその少し下には『今年もモテますように☆』と書かれたジェラルドの短冊が揺れていた……。
「奴らに良く見える様にな。誰か上に飾りたいか?」
「あ、じゃあこれお願いしようかな」
雨野が郷田に渡した短冊には。
『強者を一杯解体できますように』
思わず雨野を見る郷田。だが雨野は平然と。
「ふふ、さ〜て、どう転ぶかしら? 楽しみね」
「あの……ハルヒロも作っていたけれどこれは一体……?」
サンバラトが尋ねる。
「願い事を札に書く祭りだそうじゃがの〜。よ〜わからんの〜」
ハッドが言う。
「叶うわけではないが、まあ、この花火もだが風流だよ……しかし、奴の短冊……あれは呪いか何かだったのか……?」
エルザも病室の窓から美しく咲き誇る花火を眺めつつそう答えた。
「綺麗なものだが……少し物哀しさも感じるね……」
ベッドに寝かされていたリチャードが呟く。その彼の手には
『誰も犠牲にしないだけの強さと前に進める勇気を』
と書かれた短冊が握られていた。そして、リチャードは今度はサンバラトのほうを向いて。
「前を見るんだ。下を向いていては解決しない。君は自分の選択の結末を見ないといけない。それは君の責任だ。それが一人できついなら……私は君を支え、守る盾となろう。だから、前を向いて立ちあがるんだ」
「リチャード先輩……」
「む〜サンバラトんは一人で抱え込みすぎじゃの〜。過ぎた時は巻き戻らぬ。それでも前に進みたいならば、最初の自分の思いに戻って何をすべきか考えるがよかろ」
深刻な表情になるサンバラトに今度はハッドが言う。
「ハッド先輩も……二人とも、ありがとう……」
「一つ聞きたいんだけど」
ここでシルヴィが口を開いた。
「あんた、ハルヒロを殺せるの?」
シルヴィの問いに、サンバラトは無言だった。
「現状説得してどうこう出来る相手じゃないし、結論を先延ばしに放置し続ければ、今回のような事がまた起きる……ならやるべき事は1つでしょう? あれの命を助けたのがあんたなら、最後までその命に責任持ちなさい……それが生かした者としての……責任よ」
「解って、いる……」
サンバラトの声は意外なほど落ち着いていた。シルヴィは多少は安心しつつも、なお言葉を続ける
「なら、良いけど……どうしても出来ないって言うなら……私に言いなさい。最後は私がやるから」
そう言ってシルヴィはサンバラトを見つめるとやや表情を柔らかくして。
「……さて。喉渇いたから自販機にいちごオレないか探してくる。……あったらあんたの奢りだからね!」
そう言うと、シルヴィは病室を出て行った。
入れ替わりに雨野がそっと、持ってきたハルヒロの例の短冊をサンバラトに渡す。
「これを叶えられるのは君だけよ。だから願いを叶えるのか叶えないのか、叶えるならどんな形にするのか考えておきなさい」
「ハルヒロの、願い……」
じっと、その短冊に見入るサンバラト。
そこに、笹に短冊をつけ終わった赤薔薇が歩いてきてそっとサンバラトにも短冊と筆を渡す。
「願いが……叶う……」
そう呟いて花火を見上げるサンバラト。
夏の夜風に揺れる笹では他の短冊に混じって『お父さんに会いたい……』
と書かれた赤薔薇の短冊が揺れている。
「……父上……!」
サンバラトは強い意志をこめて静かにそう呟いた。