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マスター:飯賀梟師
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/01


みんなの思い出



オープニング


 僕には長年の夢がある。
 それは男の浪漫、プールバーを経営することだ。
 幸いにして、僕には地位も名誉もお金もある。ついでに頭も良く顔も良い。抱いた女は星の数、泣かせた女も星の数。ふっ、罪作りな男だぜ。
 ……話がそれたが、そんな僕は、いつかプールバーを作るのだと夢見ていた。ただ一つだけ問題があるとすれば、僕がプールバーに行ったことがないということだろうか。
 だがそんなものは些細なことだ。僕は僕が思い描くプールバーを作ればいい。
 よく言うじゃないか。なかったら、作ればいい!
 プールバーといえば、あれだろう。大きなプールがあって、その周囲にベンチとパラソルと小さなテーブルを並べて、フルーティーなアルコールをメニューに並べて、水着のウェイターとウェイトレスを待機させておく、あれだろう。
 僕も二十五歳になり、ある程度父の経営する健康状態を検査するシートを製作する会社の仕事も任せられるようになって、資産は貯まる一方だ。そろそろ頃合いかと思って早速作り上げたのが、プールバーGCだ。僕の会社のことを知っている人ならば、GCが何の略なのかはすぐ分かるだろう。
 このところすっかり暑くなってきたから、六月にはオープンしたいところ。しかし、せっかくだから、ひと足早めに一日限りのプレオープンをしたいと考えているわけだ。
 だが、困ったことに、従業員が足りない。本オープンにはある程度人材がそろっているはずだが、今動かせる人が足りない。
 そんな時に頼りになるのが撃退士だ。
 彼らならどんな仕事でも金を払えばやってくれる……はずだ。
 多少の報酬を握らせればきっと一日ウェイターを請け負ってくれるだろう。
 それから、もう一つ。プレオープンとはいえ、いやだからこそ、客が多い方がいい。
 そこで、撃退士ならば多少の報酬を握らせれば、やはりサクラとして動いてくれるだろう。
 ならば、頼るしかないじゃないか!


リプレイ本文


 今回、プールバーGCが用意したスタッフの衣装は三通り。まず調理班はコックシャツで男女統一。次に女性用ホールスタッフユニフォームだが、これは黒のレオタードにレディースタキシードのジャケットという、色気あるマジシャンのようなそれ。
 問題は、男性用ホールスタッフユニフォームだが……。
「僕の方で用意させていただいたユニフォームはこれだ! 客のニーズに応えるため、男性諸君はワンサイズ小さいものを着用してくれたまえ!」
「……ッッ!?」
 目の前に突き出されたそれに、狭間 雪平(ja7906)は驚愕した。
 それは、黒のビキニパンツ。そして蝶ネクタイのついた、カッターシャツの襟のようなアクセサリー。つまり、これを着るということはほぼ裸体に近い姿を強いられるんだ!!
 しかも小さめのサイズを着用しなくてはならないということは、いかに水着といえど、男を象徴し、男のアイデンティティにもコンプレックスにもなりうるアレとかソレが、何だ、こう、つまり、そういうことである。
 幸いなことに、持ち場は各自で決めて良いとのこと。
「あれが人間界の接客衣装か……。ここは本当にいろいろあるね。面白そうだ」
「いやいや、面白くないですから。大人しく調理班にしましょう、そうしましょう、そうだそれがいい」
 まだまだ人間のことについて勉強中の身であるレイ・フェリウス(jb3036)がビキニパンツに興味を示したが、知己であるネイ・イスファル(jb6321)がこれを諌めた。
 先ほどの雪平然り、ネイもまたレイに誘われてこの仕事を引き受けた。発起人とも言えるレイがホールスタッフに回ると言い出せば、共に出向いた仲間達全員がホールへ回らねばならなくなる。集団心理とはそういうものだ。
 だからこそ、全力で阻止しなくてはならない。あのビキニパンツは、その、ちょっと嫌だ。
「僕は調理場を担当します。元々そのつもりでしたから」
 佐藤 としお(ja2489)の言葉に、ナイスタイミング、とネイは胸中拳を握った。
 最初から調理班へ回るつもりだったのはとしおだけではなかろうが、あの衣装を見せられてホールをやりたくないと考える男性陣は多い……というよりむしろ全員がそうだっただろう。
「本当だ、へー、コックシャツっていうのか。バーという感じではないかもな」
「そうだよな、そう思うよな」
 同じくレイの誘いに応じたアルフレッド・ミュラー(jb9067がコックシャツに興味を示すと、共に連れ立ちでやってきた早見 慎吾(jb1186)がうんうんと頷く。
 このように慎吾が捲し立てるのも、自らにホール役を押し付けられないようにするためだ。
「なるほど、確かにそうだ。料理の腕を振るうのも悪くない」
 何とかレイの興味を料理班へ向けさせることに成功。一同はほっと胸を撫で下ろした。
 だがここで、二つの問題が生じる。
 一つは、男性のホールスタッフがいないということ。だが、男性が必須というわけでもないので、これは構わないだろう。
 もう一つの問題。これは重大だ。もっこりビキニパンツをいじってあそぼうのコーナーが企画倒れになったことである! あなもったいなや!!


 開店時間を迎えると、既に並んで待っていた客が次々と入店した。
 もちろん、先頭付近に並んでいたのはプールバーGCの経営者である真田に雇われたサクラである。開店前から数人が列を作って待っていれば、道行く人々の興味を引くことが出来る。
 果たして真田の目論みは成功した。サクラの背後には、一般の通行人の姿が多数見られる。
 後は、接客やサービスで客の心をガッチリ掴むだけだ。
「いらっしゃいませ、お食事の方はこちらへ。プールをご利用の方はそちらの更衣室をご利用下さい」
 大和 陽子(ja7903)は笑顔で客を迎え、店内の各施設を案内してゆく。
 少々刺激的なホールスタッフの衣装に、一部男性客が歓声を上げた。
 その裏では。
「リナさーん……これ派手じゃないです? 足短いから私似合わないですよ」
「まさかこんな制服とは私も思いませんでしたよ。でも大丈夫、よく似合ってます。スミレは胸があるから、なおさら」
「だから困るんですー!」
 自分にこの衣装が釣り合っているのか。菊開 すみれ(ja6392)は、そんな不安から共にこの仕事を引き受けたカタリナ(ja5119)に情けない声で感想を尋ねた。
 ところが、カタリナもまた同じ不安を抱えていたらしい。
 レオタードは、体のラインがくっきりと出る形。ごまかしの利かないこの衣装に戸惑いを覚えるのも無理はない。
 だが仕事は仕事だ。格好のことに一々文句をつけているわけにもいかない。
「あら、すみれさん。どうなさいました?」
「クリスさんもこの仕事を受けていたのですね。ぐぬぬ……」
 そこに声をかけたのはクリスティーナ アップルトン(ja9941)。元英国貴族の御令嬢らしい気品に満ちた風格と、恵まれたプロポーション。すらりと伸びた足が美しく、用意された制服がよく似合う。
 比して、すみれのコンプレックスは足の長さ。彼女にしても決して短足というわけではないのだが、こうも強力な比較対象が目の前に現れると、嫉妬の感情を抱かずにはいられない。
 しかし相手は友人だ。正面切って嫌味を言おうなどとも思えない。ただ、3cmでいいからその足の長さを分けて欲しいと胸中呟いた。
「ああ、そうでしたわ。まだ紹介しておりませんでしたわね。あちらにいるのが妹のアンジェですわ」
 そう言ってクリスが指差したのは調理場。そこには、クリスと背格好のよく似た、同じブロンドの長い髪を持つアンジェラ・アップルトン(ja9940)の姿があった。
 コックシャツに身を包み、若鳥をグリルした肉を皿に盛り付け、柑橘のフルーツソースを添える。一品完成させたところで顔を上げると、姉が手を振っているのが見えた。その横に姉の友人らしき人物を認めて、軽く会釈。
「クリス姉様、流石ね。あの衣装を着る勇気があるなんて」
 かくいうアンジェも、制服を見せられて調理班を希望した口。彼女のスタイルならばあのレオタードもバッチリ着こなせるはずだが、ああいった挑戦的な服装は好まない。
 もちろんそういった事情もあるが、もう一つ。ここで料理の腕を振るうことで日本のVIPと馴染みになることが出来れば、実家の面子も保たれるというもの。
 ……と思ったのだが。
「どちらかというと一般向けなのかしら。いえ、きっと……」
 ちらりと客層を確認したアンジェは、思わず嘆息したのだった。


 プールバーGCの最大のウリは、何と言っても大小四つからなるプールであろう。屋内の食事スペースもあるが、プールで泳いだり、プールサイドでくつろいだりといったバカンス気分を楽しめるのが大きな特徴とも言えた。
 その中でも一番大きな楕円形プールには、やはり人が集中する。一番小さなプールは子ども用。それ以外のものでいえば、人工的に水流を起こした、いわゆる流れるプール。それから、学校等によく見られる25mプールもあった。影野 恭弥(ja0018)の姿はここにあった。
 鍛練か、道楽か、それともサクラとしての仕事のついでか。彼はひたすら、ただひたすらに泳ぎ続けていた。
「頑張るわね、あの人……」
 レンタルのビニールシートにうつ伏せになり、その様子を眺める藍 星露(ja5127)。
 誰と関わるでも、遊ぶでもなく、ただ泳ぐだけ。そんな姿が印象的だった。
 ふいに、恭弥がプールを上がった。そしてこちらへ歩いてくる。
 星露はこれを呼びとめた。
「日焼け止め、塗って下さる?」
 この時期でも、日差しは強い。紫外線は肌の天敵だ。しかし背中に日焼け止めを自分で塗るのは骨が折れる。
 女性に頼むのは気が引ける。男性のホールスタッフがいればそれで良かったのだが、ただの一人としていない。
 そこで目を着けたのがこの男だった。
「……断る」
 しかし恭弥は一蹴し、少し離れたベンチに腰を預けてしまった。
「釣れないわね」
 仕方なく、星露は誰か他の人間に頼もうと手近な一般客に声をかけた。


「きゃっほーい!」
 一番大きなプールがやはり人気といえど、身動き取れぬほど人で埋め尽くされているわけではない。まして、曲がりなりにもバーなのだから、プールサイドでのバカンス気分を楽しもうとする人も多い。
 従って、楕円プールにはどこからでも飛び込む隙間はあった。ニナ・エシュハラ(jb7569)は、これ幸いにと水際から全力でジャンプ。大きな波を立てて沈んだ。
「あ、ニナ飛び込みだめぇええええ!」
「てへー。ごめんち!」
 声の高さから怒声というよりも悲鳴に近い声でエリン・フォーゲル(jb3038)の注意が飛んだ。
 ぷはっと声を漏らして浮かびあがったニナは、自らの頭を小突いてぺろりと舌を出した。
 腰に手を当てて嘆息するエリン。と、視界の隅に見覚えのある顔が映り込んだ。
 ヒリュウを連れ立つ女性……柊 悠(jb0830)だ。あのレオタードにジャケットという姿は、ホールスタッフとして働いているのだろう。
「おーい!」
「はい、今伺い……って、エリンさん! いらしていたのですね」
 彼女は丁度お酒を客に手渡したところだった。
 何故ヒリュウを伴っているかといえば、一見するとマスコットのようなソレは、小動物を愛でたいというニーズに応えるため。一応飲食店なのだから動物を連れ込んでいいのかという問題はあるのかもしれないが、それはそれ、これはこれだろう。
 実際、今彼女が運んでいたアルコールは、このヒリュウが注文を取ってきたのだ。
 エリンに呼びとめられて振り返った悠は、ニコリと笑んで手を振る。
「何か適当な飲みもの持ってきてー」
「かしこまりました」
 ふわりとお辞儀して悠は去ってゆく。
 その様子を、ニナ、エリンに連れられて来ていたディアドラ(jb7283)が眺めていた。
 プールに飛び込んだり、ビーチボールを投げたりして遊ぶ姿を目に、彼女の脳裏にある人物の影がよぎった。
「のんびりできていいですわね。あの方とも来てみたいですわね……」
 それは、今回都合がつかず、一緒に来ることが叶わなかったある人物。
 もし共にこの場所を訪れることが出来たのなら、一体何をしただろう。
 手を繋いでプールサイドを歩いたり、泳いだり、泳ぎ疲れたら一つのグラスに二本のストローを差して、それで――。
「そげぶッ!?」
「あ、ディアドラさんごめーん」
 妄想の世界に捕らわれたディアドラの後頭部を、ビーチボールが直撃した。
 ニナが上げたトスを、水面から飛び上がったエリンが華麗なスパイクに繋いだ。その結果、ディアドラのそんな幻想はぶち壊されたのである。
 それは偶然の産物だったのだろうか。はたまた、全てエリンの計算によるものなのか。深層は闇の中。しかしディアドラはそんなことなど考えようともしなかった。
 ぼーっとしていた自分が悪い。そう簡単に片付けて、ディアドラもビーチボールを抱えてプールへと駆け出した。


 スタッフにしろ、サクラにしろ、撃退士に依頼を出したのだから、偶然知り合いがこの場にいた、ということも当然あり得る。
 プールサイドのパラソルが作りだす影に身を置いていた月臣 朔羅(ja0820)は、ホールスタッフの中に知人の顔を見つけていた。
「こんな所で会うなんて奇遇ね」
「あら、いらっしゃい。今日は仕事? それともプライベート?」
「両方よ」
 見つけた知人というのは、カタリナだ。
 サクラとして来店している以上、仕事は仕事。しかし、遊んで報酬が得られるのならば、プライベートとしての側面を有していても構わないだろう。
 今、朔羅は客。カタリナはスタッフだ。
 呼び止めた以上、挨拶だけしてはいさようならというのはもったいない。
「折角だから、貴方のお勧めのカクテルでも頂こうかしら。あ、ノンアルコールでお願いね」
「これから泳ぐのですね」
「ええ、しばらく寛いだら、ね」
 ニコリと笑みを交わして、カタリナは去った。
 プールバーといえば、本来ビリヤードやダーツを楽しめる酒場のことだ。それが、経営者の勘違いにより、プールサイドバーになってしまった。
 知らない人ならそのまま楽しめばいいが、プールバーを知っている人間ならば、名前に釣られてむしろ場違いなところへ来てしまった感覚に陥るだろう。
 しかししばらくして運ばれてきたカクテルを口に含んだ後、プールの水に足をつけてみて、朔羅は思った。
「これはこれで当たりかもしれないわね」
 陽光が白い肌を照らし、黒のビキニと華麗なコントラストを彩る。
 サングラスを額に上げて、朔羅は小さく笑んだ。


 調理場は、意外にも暇を持て余していた。
 というのも、プールの方で遊ぶ客が多く、料理の注文は少なめ。時折ドリンク類の注文こそあれど、料理人が腕を振るうにしてはややスタッフの方が多い。
 それを良いことに、御堂 龍太(jb0849)はプールの方を見つめていた。
「嗚呼、プールっていいわよねぇ……。水の雫に太陽の光が反射して、水着の男達が鍛え上げられた肉体を晒して、あんなにも無邪気に……って、あぁん、駄目よ龍太、今はお仕事中なの、水着男子のボディに見とれていたら、サボタージュだって怒られちゃうわ。でも、でもでも、見たいものは見たいじゃなぁい。特にあっちの男性、なかなかイケてるじゃなぁい。あたしより年上かしら? いや〜ん、あたしったらどうしましょ。ちょっと長めの髪に、引き締まったボディ、そしてあの甘いマスク……んぅぅビュゥゥティフォゥッ!!」
 悦に浸る龍太。全て独り言なのだが、一切隠す気がないのか、その言葉はだだ漏れ。
 調理場にちょっとだけ辛気臭い空気が生まれた。
 オカマなのはいい、それ自体は問題ではない。いや問題にしたらそれは差別だろう。
 それよりも、だ。全て頭の中だけで済ませてくれたらいいのに、と調理場スタッフ一同胸中思わずにいられなかった。
 しかし考えてもみてほしい。彼がこの妄想を頭の中だけで繰り広げ、物も言わず体をくねくねとさせている龍太が調理場にいたら。
 ……おぞましい。
「さて、肉の焼き具合はどうするか」
 今目にした光景、聞こえた言葉は全て記憶から抹消し、ようやく入った料理の注文へと取りかかるアルフ。
 しかし、うっかり呟いた言葉がいけなかった。
「そうねぇ、せっかくのプールサイド、男ならもっとこんがり焼いて……」
「日焼けはお肌の大敵ですわよ」
「あぁん、それは女性のば・あ・い♪ 男なら別だわぁ」
 思わず口を挟んでしまったアンジェは、これを激しく後悔した。
 取り合わないのが吉だろう。
 龍太が何を言っても、見ない聞かない口出さない。
 自分の仕事に集中しよう。誰もがそう思った時だった。
「あァ? 何だあの女ァ!」
 今までオカマ口調だった龍太が、突如ドスの利いた声を発したものだから、一同驚愕。
 何事かと振り向いてみれば、龍太の視線の先、プールサイドにはある夫妻の姿があった。


 先ほどから龍太が熱い視線を送っていた相手というのは、天ヶ瀬 焔(ja0449)のことだった。
 彼は先に赴いた仕事で大きな怪我を負った。しばらくの静養を経て見事復活を果たしたところに、今回のプールバーGCサクラの仕事が舞い込んできたというわけだ。
 快復祝いに丁度良いと、焔の妻である天ヶ瀬 紗雪(ja7147)を伴って、こうして出向いてきたわけである。
 そう、焔は妻帯者なのだ。
「お待たせしました、飲み物取ってきましたよ」
 注文した二人分のドリンクを受け取って戻ってきた、妻紗雪。
 龍太は丁度この瞬間を目にしてヒステリックに陥ったのだ。そんなことなどこの二人は知る由もない。
 今紗雪が持ってきたものは、炭酸飲料と柑橘系のカクテル。
 焔が手を伸ばしたのはカクテルの方……なのだが。
「焔は治ったばかりなのですから、あまりお酒は飲まない方が良いのですよ?」
「まぁいいじゃないか、もう治ったんだし」
「ダメーですー」
 強制的に炭酸飲料を握らされる焔。
 渋々といった様子でグラスに口をつける焔は、改めて妻の姿に目をやった。
 薄桃色のセパレート水着。泳ぐことよりも水中歩行や運動に向いた、露出の少ないそれは、色気をあまり醸さない。もちろん、個人の趣味にもよるのだろうが、しかし他人の注目を集めにくくはある。
 それで良かった。
 紗雪にしてみれば、焔以外からの視線は必要ない。焔にしても、紗雪以外の女性を見るつもりもなかった。
 そこで、焔はあることを思い付いた。
「おいで、紗雪」
 ベンチに腰かけていた焔は、自らの膝を軽く叩いた。
 ここへ来て座れ、の意味である。
 この衆目の面前でかように破廉恥なる行為、奥ゆかしく上品な紗雪が了承するわけが――
「では、お邪魔します」
 これが若さか……。
 しかし焔にしても、ただ下品な下心で紗雪を膝に抱えたわけではない。
「紗雪の水着姿、凄く素敵だよ」
「もう、焔さんったら……」
 耳元で囁けば、紗雪は案の定照れた。即ち、隙を見せたことに他ならない。
 今がチャンス!
 そっと紗雪の手にあるカクテルへと、焔が手を伸ばす。
「なんて、そんな手には乗りませんよ?」
 しかし手は軽く払われ、焔の目論みは失敗に終わったのである。


「それにしても、プールバーか……。間違ってはいないんだけど、作る段階で誰かつっこむ人いなかったの?」
「誰も疑問を持たなかったか、誰もつっこめる人がいなかったの、どっちかじゃないかな」
 水着に着替えた砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)と樒 和紗(jb6970)は、そんな会話を交わしながらプールへと足を向ける。
 この、プールバーとプールサイドバーを明らかに取り違えたような作り。一切口を挟む人がいなかったというのは妙な話だ。
 では何故こんなことになってしまったのか。答えは簡単、経営者たる真田さんが、つっこみに聞く耳を持たなかったのである。
 しかも可哀そうなことに、つっこみを入れた人間は、「来月の給与査定を楽しみにしているといい」などと脅し文句まで言われたそうだ。御愁傷様である。
 ……と、このような会話をするためにわざわざバーを訪れたわけではない。せっかくこうしてプールがあるのだから、目的はもちろん、泳ぐためだ。
「そういや和紗、泳げるようになったんだってね」
「うん、練習の成果、見ててくださいね」
 純粋に泳ぐなら、やはり適しているのは25mプールであろう。
 これまで全く泳いだ経験のなかった和紗だが、練習を重ねてそのコツを掴んだ。今日はその結果を、兄と慕う竜胆に見てもらおうという腹づもりである。
 この25mプールも、競技用ではなく飽く迄遊泳用。スタート台は設置されていなかった。当然、飛び込みも原則禁止である。そのため、和紗は一度水中に降り、壁に背をつけて竜胆に目をやった。
 一つ頷いた竜胆は、大きく腕を振り降ろしてスタートの合図。
 直後、和紗は壁を蹴って勢いよく飛び出した。
 すっと体を一直線に伸ばして勢いに乗り、両足をそろえてのドルフィンキックで推力を得る。水面にまで浮き上がれば、水鳥を思わせる華麗なフォームでのクロールであっという間に25mを泳ぎ切った。かと思えば、対岸へタッチする寸前、水中くるりと身を回転させ、壁を蹴ってのリターン。水泳選手さながらの泳ぎで合計50mをあっという間に泳いで見せたのである。
「どうですか、竜胆兄!」
「いや、そんなマジ泳ぎしなくても……」
「何ならもう一度!」
「だから気合入り過ぎ――」
「いいえ分かっています、この程度ではまだ泳いだ内にも入らない、私の本気はこんなものでは!」
「もう充分凄い、凄いから! ね、本当よく頑張ったから!」
 疾走とすら形容出来る泳ぎを見せながらも、和紗は自分がどれほどの泳ぎを披露したのかよく理解していなかった。
 景色の変わらない水中では自分がどんなペースで泳いでいたのかは分からないものだ。
 しかし、見ていた竜胆には分かる。あの泳ぎは、プロ顔負けだ。
 こうして泳ぎを見せたのも、それ以前に練習をしてきたのも、全ては和紗が竜胆に褒められたいがため。ただその一心でのことなのだ。
 泳ぎを見ていれば、竜胆にもそれを理解することは出来る。
 和紗はようやくそれで納得し、プールから上がったのであった。


 歓談に乗せて時間は流れ、やがて陽の沈む頃を迎えた。気温も落ち着き、プールで遊ぶ人は徐々に減り、併設されたコテージのような屋内で食事を楽しむ客が増えてきた。調理スタッフが料理を作っていたのも、この場所である。
 料理の注文が一気に増えたことで、ホールスタッフの仕事もにわかに忙しさを増した。
「さぁ、ここからは夜のお仕事だぞー!」
「夜のお仕事違うから! ……あれ、夜のお仕事なのかな。で、でも、そういかがわしいやつじゃないから!」
 これからの仕事に向けて気合を入れ直すフェリス・マイヤー(ja7872)。
 言葉の意味合いに少々不穏なもの感じたイリヤ・メフィス(ja8533)がすかさずつっこんだが、しかし時間帯を考えれば別に間違ったことは言っていない。言っている途中でそのことに気づき、自問自答するが、結局墓穴を掘ったような結果となってしまった。
 対して、フェリスは「何言ってるの?」と言いたげな顔で小首を傾げる。
 何でもないと首を振ったイリヤを、厨房から呼ぶ声が飛んだ。
「イリヤ、こっちの運んでくれ」
「あ、はいはい、今運び、ま……」
 彼女を呼んだのは調理スタッフのアルフだった。
 客へと運ぶ料理をお盆に乗せようとしたところで、イリヤの動きが止まる。
 その料理はサーロインステーキだ。乗せられたバターが肉の熱で今にもとろけそう。添えられたポテトやコーンが主役を引き立たせ、鉄板に熱せられたステーキがじゅわりと音楽を奏でる。
「あ、美味しそう」
「基本通りに火を通せば簡単だ。味付けも分量間違えなきゃ大した失敗はしない」
「でも料理ってこげるし生煮えになるし味付け微妙になるじゃない!」
「適当にやるからだ」
 料理が苦手な女性からすれば、アルフの作った料理は嫉妬に値する出来栄えであったろう。
 マニュアル通りの作り方といえばそうなのかもしれない。指示の通りにやれば誰にでも作れるのかもしれない。
 非常に簡単なことのはずだが、しかし、指示の通りに作れない人間というのもいるものだ。イリヤのように。
 一方でフェリスはというと、注文されたカクテルを運んでいた。
 エメラルドスプリッツアー。スプリッツァとは白ワインに炭酸水を入れるだけという非常にお手軽なレシピのカクテルだ。スパークリングワインとはまた趣が異なる。
 ではエメエラルドは何かというと、白ワイン、炭酸水、さらにマスカットリキュールを1:1:1の割合で混ぜ合わせることでフルーティな味わいが生まれる。これにほんの少し垂らすだけのつもりでメロンリキュールを混ぜるのがポイントだ。マスカットリキュールだけでもいいのだが、それではほんの少しだけ色合いが足りない。そこでより色素の強いメロンリキュールを配合することで、それこそエメラルドのような美しい緑の色合いが生まれるわけである。
「こちらエメラルドスプリ――ってディアドラさんだー!」
「あら。今日はこちらでお仕事だったのね」
 遊び疲れたニナとエリンを従えて、ディアドラは食事を提案していた。
 水中遊戯は、地上でやるそれ以上に全身の筋肉、それも深層筋を使う。故に疲労しやすく、エネルギーを消費しやすい。
 つまり、お腹が空く。
 ただ、食べる前にまずは水分を補給するのが重要だ。とはいえ、ディアドラが頼んだのはアルコール。体の水分を奪うものではあるのだが、そこは彼女自身知らなかったのだろう。
「うん、いらっしゃいませ。水着もよくお似合いで」
(特に胸が、胸が、胸が……)
「フェリスさんも可愛らしいですわ。よくお似合いです」
(あれくらい足がすらっとしてれば。足、足……)
 言葉では互いに互いの衣装や水着を褒め合いつつ、二人の胸には嫉妬の炎が烈火の如く燃え盛っていた。
 こうしたボディラインの現れる格好は、自らの肉体をアピールするには最適だ。しかし、同時にコンプレックスを晒すことにもなる。
 隣の芝は青く見えるもの。フェリスとディアドラは、互いのコンプレックスを相手が満たしていることを羨ましく思ったのだ。
 そんな水面下の嫉妬合戦など素知らぬ顔で、ニナとエリンはメニューを眺めていた。
 今回雇われた調理スタッフが用意したメニューなので、本オープンの際にはここから消えるメニューも少なくないだろう。
 そう思うと、無理だとは分かりつつ、全てを制覇してみたくなる。
「お肉食べたいな、お肉ー」
「揚げものとかもあるかなー」
 キャッキャと騒ぎながらメニューをめくっていく二人。
 そこへ厨房から顔を出したのはとしおだ。ツカツカと踏み寄るその手に乗ったお盆には、ラーメンが。
「お腹が空いたなら、一杯いかがですか?」
 豚骨で出汁を取り、塩味に仕上げたラーメンが湯気を立ち上らせ、プールで冷えた体に沁み入るように刺激する。
 しかし注文もしていないのに食べていいものか。そんな不安を瞳に乗せてとしおへぶつけると、としおはニコリと笑んで答えてみせた。
 これに気をよくした二人の少女が、我先にとばかりに丼へと箸を伸ばしていった。


「あれだけ客がいると片付けも大変だな。レストラン並だ」
 閉店後。客が掃けた後は掃除等の後片付けが待っていた。調理スタッフが担当するのはもちろん調理場である。仕様した食器類を洗いつつ、その量に舌を巻きながら雪平はボヤく。
 プールがなければ、もしかしたらレストランやバーとして機能するのかもしれない。
「それにしてもレイ、おまえいつもどこからこういう依頼持ってくるんだよ?」
「不満だったかい?」
「いや、そうじゃないけどさ」
 同じく慎吾も、片付けをしながら呟く。
 レイとしては何の気なしに面白そうな仕事を探していただけなのだが、過去にも何度か、少し調子の外れた仕事を見つけてきたことがあったようだ。
「まぁいいじゃないですか。料理のレパートリーが増えるのはいいことですし」
 ネイにそう言われては、言い返すことは出来ない。
 今日見た料理、作った料理、それが今後の糧になれば、それでいいだろう。


 片付けつつ、夜は更ける。
 プールバーGCのプレオープンは成功だったと言えるだろう。
 後は本オープンに向けて準備を進めるだけだ。
「色々と勉強になる充実した時間を過ごせた事に感謝いたします」
 全員が解散する頃、アンジェはオーナーの真田に遠慮のないハグと共に感謝の言葉を伝えた。
 こうした場で経験を得るのは貴重な機会。それは素直な気持ちだった。
 だが一つだけ疑問が残っている。
「ところで、GCというのは何かの略なのかしら?」
「おや、それを知りたいのかい、お嬢さん。僕の会社は健康状態を検査するシートを作る会社で……」
 と、そこまで言って、真田は背後に冷たい視線を感じた。
 アンジェの姉、クリスだ。
 ハグを受けて気を好くした様子の真田に、クリスは心中穏やかではなかったのだろう。
「とやかくは言いませんが……。妹に手を出すならしっかりとした覚悟をお願いしますわ、Mr真田」
「は、はは、任せておいてくれたまえ、何たって僕は、抱いた女は星の――」
「Mr真田?」
「じ、冗談さレディ、はは……」
 乾いた笑いを漏らし、真田は話の続きへと戻る。
「えー、それでだね。GCというのは、そのシートにちなんでいるんだよ。君たちの国では、ジュニアスクールの頃にやらなかったかな? レディの前に下世話な話かもしれないけど、シートをお尻に貼って虫がいないか調べる、ぎょう

(報告書はここで終わっている)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
天ヶ瀬 焔(ja0449)

大学部8年30組 男 アストラルヴァンガード
封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
あたしのカラダで悦んでえ・
藍 星露(ja5127)

大学部2年254組 女 阿修羅
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
君との消えない思い出を・
駿河 紗雪(ja7147)

卒業 女 アストラルヴァンガード
春を運ぶ風・
フェリス・マイヤー(ja7872)

大学部3年220組 女 アストラルヴァンガード
和の花は春陽に咲う・
大和 陽子(ja7903)

大学部7年326組 女 鬼道忍軍
撃退士・
狭間 雪平(ja7906)

大学部6年254組 男 鬼道忍軍
海神は繁華を寿ぐ・
イリヤ・メフィス(ja8533)

大学部8年86組 女 ダアト
華麗に参上!・
アンジェラ・アップルトン(ja9940)

卒業 女 ルインズブレイド
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
未来導きし希求の召喚士・
柊 悠(jb0830)

大学部2年266組 女 バハムートテイマー
男を堕とすオカマ神・
御堂 龍太(jb0849)

大学部7年254組 男 陰陽師
穏やかなる<時>を共に・
早見 慎吾(jb1186)

大学部3年26組 男 アストラルヴァンガード
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー
仲良し撃退士・
エリン・フォーゲル(jb3038)

大学部4年35組 女 アストラルヴァンガード
闇を祓いし胸臆の守護者・
ネイ・イスファル(jb6321)

大学部5年49組 男 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
おまえだけは絶対許さない・
ディアドラ(jb7283)

大学部5年325組 女 陰陽師
遥かな高みを目指す者・
ニナ・エシュハラ(jb7569)

大学部1年59組 女 アカシックレコーダー:タイプA
ヴィオレットの花婿(仮)・
アルフレッド・ミュラー(jb9067)

大学部5年24組 男 阿修羅