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軽いミーティングを済ませて、転移装置へと走る。悠長に話しているような時間はなかった。
敵の特徴を聞く限り、特殊な策を考えるより、敢えてシンプルに己のやりやすい方法でサーバントの討伐に当たった方が良いだろう、との判断。
気になるのは、また、あの町。
もう一年以上前のことになるか。以前にもサーバントが現れた土地だ。
天使の領域からは少々距離がある。そうそう侵攻されることもない、平和な町だったはずだ。以前の場合は、突発的に敵が出現しただけ。偶然だった、と考えられていた。
だが、これで二度目。
「まあた、ここかい。あのどんくさい娘はまだいんのかぁ?」
元撃退士の少女、小倉舞のいる町は、今、脅威に晒されていた。
ここへ足を運ぶのは何度目のことか。ラファル A ユーティライネン(
jb4620)がそんな言葉を漏らす。
「間違いないと思います。舞さん、大丈夫でしょうか……」
今の舞は、一般の少女と変わらない。体は多少頑丈なのだろうが、天魔への対抗手段を持たない彼女の身を案じ、八種 萌(
ja8157)は小さく漏らす。
口にするかはともかく、この場にいる全員がそうだった。イオ(
jb2517)を除けば。
「知り合いの住む場所に敵か。なるほど、じゃからピリピリしておるんじゃな」
彼女でなくとも、この雰囲気は感じ取れたであろう。
顔見知りが住む町が襲われているとなれば、不安になる気持ちも理解できる。
ならば、イオにできることは、全力でそのサポートをするのみ。決して疎外感を覚えるわけではなかった。
「それでも、いつも通りやるだけだ。舞のことは、仕事を片づけてからでいい」
己を律するように、凪澤 小紅(
ja0266)は呟く。
私情を持ちこんでしまっては、勝てる戦いも勝てなくなる。
気にかかることはあるが、後回しだ。
そうだろう、と同意を得ようとすぐ隣を歩く長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)へ視線を投げた時だった。
「あぁ、もしもし? お久しぶりですわ。今、どちらに?」
彼女は、スマートフォンを耳に当てて誰かと通話しているようだった。
「例の少女かえ? 仕事の後に会えるのじゃから、今話さなくとも……」
「いや、今だから、だと思うよ」
眉根を寄せるイオを、九鬼 龍磨(
jb8028)が宥める。
戦闘が始まる前に確認をしておきたい。いや、釘を刺しておきたい、という気持ちは恐らく彼にもあったのではないだろうか。
この理由を答えたのは萌だった。
「以前、同じ町にサーバントが現れた時、現場に舞さんがふらっと現れたものですから。また同じことがあってはいけないですし」
「そうそう。台風の時に畑を確認しにきた爺さんみたいでさ」
ケタケタと笑うラファル。状況は確かに似ていたが……。
みずほが通話を切ったのはそんな時だった。
「どうだった?」
小紅が尋ねる。
スマホに視線を落としたまま、答える。
「舞さん、今はあのパン屋さんにいるようですわ。特に被害は受けていないようですし、そこでじっとしているようにお話しました。けれど……」
そこで一度言葉を切り、クイと顔を上げる。
そして、誰かが止める隙もなく、彼女は転移装置へと飛び込んだ。
「すぐ合流しますから!」
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転移した先に、みずほの姿はなかった。
向かった先はどこなのか。それは容易に想像がつく。
だが今は、連れ戻すだけの時間がない。
まずは情報のあった敵を早急に見つけ、その進行を止めねば。
「では、そちらは任せた。何かあればすぐに連絡を頼む」
「任せい!」
小紅の言葉に短く返事をしたイオが、家屋の屋根へ跳ぶ。
念には念を、だ。万が一逃げ遅れた人がいるようならば、即座に救助しなくてはならない。
それは、以前のような出来事を防ぐため。
彼女でなくとも、一般人が戦場に現れるようなことがあってはならない。
「見つけた。やるよ!」
龍磨の声に視線を移せば、緩慢な足取りで行進する三つの影が映る。
見上げるような巨躯に、両腕が剣となったその姿。間違いない、今回の標的、サイレントセイバー(SS)だ。
「さっさと片づけちまおうぜ」
「怪我をしたら、私を頼ってくださいね」
ラファルが飛び、萌が駆ける。
これに龍磨が続いた。
「……みずほ、どうしてそんなに急くんだ」
チラリ、とイオが跳んでいった方へ視線を投げた小紅は、そんな呟きを漏らし、武器を構えた。
●
時間はほんの少しだけ遡る。
真っ先に転移装置へ飛び込んだみずほが向かった先は、この街のパン屋、プチ・ブランジェだった。
が、店へ駆け込むようなことはしない。
その理由は二つあった。
一つ、ここには何があっても守りたい人がいる。
もう一つ、その守りたい人が出て行かないよう見張ること。
(もしもの時には、わたくしが……必ず!)
たった一人で守り切れるか。そんなことは分からない。
それでも、やろうと決めた。
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「うぉっ! もう、危ないなぁ」
戦闘を開始した龍磨は、距離を詰めるべく駆けた。
その脇を、何かがすれ違うように飛んでいく。
SSの振り下ろした腕剣が衝撃波を起こし、彼を襲ったのだ。
かわした……はずだが、頬に生暖かい感触がある。少し切れたか。
「まずは距離を詰めるぞ」
「回復は任せてください!」
ラファルが空中を滑る。
衝撃を掻い潜っての接近はリスクを伴う。この補助には萌がついた。
急ぎ龍磨が続く。
容赦なく斬撃は飛んでくる。もう少し、もう少し踏み込まねば。
「チッ!」
「怯むな!!」
腕に傷を刻まれたラファルは舌打ち。
これを叱咤し、小紅がグンフィエズルを手近なSSへ叩き込む。
ガキリと音が響いた。
腕剣に阻まれ、振り払われる。
仰け反ったところを、側面へ回り込んだSSが切りかかった。
「させないっ!」
寸でのところで割り入ったのは龍磨だった。
今度はSSの腕剣を龍磨のシールドが防ぐ。
「助かった」
「お礼は後でいいよ」
しかし、二体のSSに囲まれる形となった小紅と龍磨。萌はというと、二人を治療するタイミングを図って入れずにいた。
そこへ。
「オラァ!!」
残るもう一体のSSが突き飛ばされてきた。
空中よりSSへ高速の剣を突き刺したラファルが、その剣を支点にくるりと翻り、勢いを殺さぬまま蹴り飛ばしたのだ。
「小紅さん、龍磨さん、避けて!!」
萌が叫ぶ。
ラファルの肩には、物々しいミサイルポッドが展開されていた。この後の展開は、予測せずとも明らかだ。
「待って待って待って! 危ない、危ないって――!」
小紅の手を取って、龍磨は慌てて離脱。
それを待たずして……いや、離脱が間に合うと信じていたのだろう。ラファルに迷いはなかった。
「対天使ミサイル、放てェーッ!!」
ポッドから次々と放たれるミサイルが、三体のSSに突き刺さっては爆ぜてゆく。
ギリギリ爆発から免れた二人は、安堵のため息。
その時だった。ハンズフリーのままにしておいたスマホから、イオの声が響いたのは。
「……龍磨、萌、ラファル。ここは任せた」
言葉を聞き、飛び出さんばかりの小紅。
あの爆撃があったとはいえ、まだSSは葬り去れていないだろう。それでも、行かずにはいられない。
「待ってください」
その腕を萌が掴む。
それどころじゃないと振り払わんとする小紅。
ふるふると首を振った萌は、そのまま小紅の腕に手を当てた。
ふわりと柔らかな光が包み、癒しの力が満ちてゆく。
「あの時、やられていたのか」
本人も気づいていなかった。
剣と腕剣がかち合い、弾かれたあの時。腕を少し切られていたのだ。
「言いましたよね。回復は任せてください、って。行くのなら、万全でないと」
小紅の背を叩き、送り出す萌。
「本当は、私が行きたかったな。……なんて」
ここからが正念場。何としても食い止めねば。
●
「報告と違うのう。……いや、漏れとっただけか」
逃げ遅れた人がいないか確認するために奔走していたイオは、屋根から屋根へと跳ねる最中で奇妙な人影を見つけた。
いや、人というには少々背丈が高い。
よく目を凝らしてみると、それは人間などではない。今回の討伐対象、SSそのものだった。
出発前に受けた報告では全部で三体。それがまとまって行動しているとのことだったが……はぐれていた個体が報告から漏れてたのか。
すぐさまスマホで仲間に連絡を取り、対応へ移る。
「迷子の迷子のサーバントさん。お主の相手はこのイオじゃ!」
跳躍、滑空。
上空からの奇襲だ。
滅魔霊符を放れば、それが光の玉となってSSへと降りかかる。
気配に気づいたか。振り向いたSSが腕剣でそれを払うと、仕返しとばかりに斬撃を飛ばした。
「くっ!」
ギリギリ、翼を傾けて回避。
だが、それで終わりではない。
また次の一撃が来る。
かわせるか……?
「はっ!」
SSの腕剣が振り下ろされる、ことはなかった。
何かによって弾かれたのだ。
誰だ?
「わたくしのこともお忘れなく!」
それは、別行動をとっていたみずほだった。
瞬時に距離を詰め、拳で以てこれを真横から殴りつけたのだ。
「お主、今までどこにおったんじゃ!」
「申し訳ありませんでした。しかし、ここで暴れさせるわけには参りません」
光の玉で牽制をかけながら、イオはSSの出方を伺う。
答えになっていないみずほの言葉。
だが、その答えというものは、視線の先にあった。
パン屋プチ・ブランジェ。中には、人の気配がある。
みずほがここにいたということは、つまりあの中にいる人物こそが、噂の彼女なのだろう。
「ここが、あやつらの知り合いがおるパン屋かあ」
そんな感想が漏れた時だった。
少し離れたところから、小紅が目にも止まらぬ速度で駆け寄ってきたのは。
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三人になった撃退士らは、SSの反撃を受けていた。
「流石に、一筋縄じゃいかないね。萌さん、大丈夫?」
「はい。それよりも、ラファルさんが!」
萌へ向けられた腕剣の一撃を、龍磨が盾で防ぐ。
剣を抜いてカウンターの一撃を狙うも、脇から衝撃波が飛んできては回避に気を取られる。
一方で空中から攻撃を続けるラファルも、肌に数か所血の痕を作っていた。
「あんだけ食らってまだ動くとか、マジでゾンビかよ!」
インフィニティを撃ちこんでゆくも、なかなか決定打にならない。
それならば、奥の手を使う時だ!
「見せてやるぜ、俺の奥義! 六神分離!!」
ラファルがそう叫ぶや否や、彼女の体から四肢が外れ、宙を舞う。
「ぶ、分離しました……!」
萌が驚いて目を丸くするが、その隙にもラファルの分離体がSSへ飛びかかっていく。
「どっち見てるのさ。僕だっているんだ、よっ!」
当たらぬ衝撃波を空中に飛ばすSSの背を取った龍磨が踏み込む。
剣は籠手へと形を変え、光を纏い、炸裂した。
「あっ、えと、わ、私だって……!」
弓を構えた萌がひょっと矢を放つ。それは、もう一体のSSの頭部を貫いた。
残りは一体。
「ラファルさん、やっちゃって!」
「六体合神! ゴッドラファル見参ッ!」
再び一つの体となったラファルが急降下する。
そして超絶速度の一撃が、最後のSSにトドメを刺したのだ。
●
「舞さん……皆さんご無事でしたか……?」
プチ・ブランジェへ真っ先に飛び込んだのはみずほだった。そのためにここへ来たと言っても良い。
一体のSSを倒すのに、彼女を含め、小紅、イオの三人がそろえばそう時間はいらなかった。
この来客に、サーバントは討伐されたと知った舞らは安堵のため息を漏らす。
「のう、小紅や。あれなる少女が?」
「そうだ。小倉舞。私らの友人だよ。……それはそれとして」
イオの質問に答えた小紅は、店の中へ入るなり、ある人物に詰め寄る。
かつて舞の告白を受け、それを振った男、青木隆だ。
「何故ここにいる」
「話を、するために。そしたら、警報が鳴って、話せてないんだけど」
隆は舞を見る。
少し緊張した面持ちの舞は、みずほの方へ視線を泳がせた。
話、とは。小紅にもみずほにも、その内容はすぐ察しがついた。
だからこそ。
「舞さん。リングの上でも生きる上でも、大切なのはここ、ですわよ」
「でも、その……、私は」
みずほはそう諭す。
自信なさげな舞。
「ったく、ガキの癖に盛りやがって」
そんなところへ、戦闘を終えたラファルがニヤニヤと茶々を入れながら入ってくる。
その背後には、龍磨や萌の姿もあった。
「も、もうっ、そうやってからかわないで――」
「舞」
顔を真っ赤にして抗議せんとする舞の言葉を、隆が遮った。
これを契機に、一同が押し黙る。
大事な話なんだ。と、誰もが理解した。
「俺は、お前が撃退士になった時も、色々あって帰ってきた時も、情けなくてさ。幼馴染なのに、何で守ってやれないんだろうって、そう思った」
一度言葉が途切れる。
撃退士らの胸には、それぞれ、様々な感情が渦巻いていた。
人の恋路の行く末に、こうして対面していることが、こんなにも息の詰まるような思いになるとは。
「悔しかった。本当、情けないよな。お前がいなくなってから、彼女作ったりして、忘れようとしてたんだ。でも、駄目だった。舞が、こんな俺を見ていてくれてたなんて知ったら、どうしたらいいか分からなくて。だからもう一度――」
「いまさら何を言ってるの?」
怒気を孕んだ言葉。
声の主は、龍磨だった。
「舞ちゃん、こんな言葉を聞く必要なんてないよ。二度も君のメンツと感情の両方を無作法に傷つけた人間の言うことなんて」
「龍磨さん、それはあんまりです!」
堪えきれずに異論を挟んだのは萌。
この二人だけではない。誰もが、何か、自分の感じたことを言葉に出したかっただろう。
しかし。
「龍磨さん、萌さん、やめて。答えは、私がちゃんと出すから」
すっと隆へ歩み寄る舞が、一同を黙らせた。
この行く末はどこへ向かおうとしているのか。
思わずみずほが、祈るように手を組む。
「ありがとう、隆君。そっか、そんな風に思ってたんだね」
すと、笑みを見せる舞。
だがその直後。
パシリ、と音が響いた。
舞が隆の頬を引っ叩いた音だった。
「舞……」
「出て行って」
頬を抑える隆。
突然の展開に、ラファルとイオが「ぉー」と小さく漏らす。
深いため息を吐くのは小紅。
萌とみずほは、愕然として崩れ落ちた。
「店長、ちょっと」
ここまで見届けて、龍磨はずっと事態を静観していたプチ・ブランジェの店長を奥へ連れ立っていった。
「年頃の女性が男にあからさまに見られている事態にはもっと注意を向けてもよかったはずです。贖罪が聞いて呆れる! それでも庇護を担う者ですか!?」
龍磨の、店長を叱責する声は、きっと誰にも聞こえていなかっただろう。
彼らはどこへたどり着くのか。まだ、その答えは分からない。
分からないが……、いつか、その答えが、それぞれの幸せに結びつくようにと、祈らずにいられなかった。