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「敵、地理については概ね理解した。他に特筆すべき事項は?」
転移装置を抜け、サーヴァントがたむろしているという公園へ駆ける道すがら、薄氷 帝(
jc1947)は情報を確認していた。
会敵前に何か気づいたことがあれば、共有しておきたい。そんな考えだろう。
両腕に砲門を備えた、大男が三体。作戦も立てた。他に何かがあるとすれば……。
「舞がいる」
「この時間なら、バイトも終わった頃か」
「避難しているでしょうか……。帰りに舞さんの店に寄りましょうかしら」
凪澤 小紅(
ja0266)、キャロライン・ベルナール(
jb3415)、そして長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)の三名はどうも同一の人物を思い浮かべているようだった。
少し様子が違うのは、九鬼 龍磨(
jb8028)だ。
「店長さんのパン、また食べたいなぁ。お店に行けば、残ってるかな」
「そっか、ここが舞さんの地元……」
しかしそこに八種 萌(
ja8157)までもが加わり、帝は何だか取り残されたような居心地の悪さを覚えていた。
だが、こんなにも舞、舞、舞と聞かされたのだ。その人物は一体何者なのか、気にならないでもない。
「その、舞というのは、誰なんだ」
「元撃退士。いじめられて、加害者刺して退学した女だよ」
「ちょっと、それじゃあんまりです!」
「ハッ、事実だろーがよ」
一切の感情を込めず、ただ要点だけを告げたラファル A ユーティライネン(
jb4620)に、十三月 風架(
jb4108)は抗議の声を上げる。
小倉舞という少女の経歴は、ラファルの言葉だけで説明がつく。彼女としては、文句を言われる筋合いはないのだ。
が、補足はしておきたい。そう考えたのはみずほだった。
「とても繊細な方で……。いじめも、本当にひどいものでしたわ。心を病んでしまうほどでしたもの。でも、心優しい女の子ですわよ。今は、この町のパン屋さんでアルバイトをしておりますの。時々、皆で遊びに行きますのよ」
ここまでの話をまとめると。
どうやら、帝以外の全員が、舞なる少女と接点があるらしい。
だが彼女の存在については、戦闘には関係なさそうだ。せいぜい、知り合いの住む町ということで気合が入っている、といったところ。ならば、大いに結構だ。
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「これこれこういうミリタリーな敵を待ってたんだよ」
公園のサーヴァントは、まるで試し撃ちをするかの如く空に砲撃をしていた。
炸裂音を辿れば発見は苦でない。
ゾンビ映画に登場しそうな、腐敗した皮膚。露出した牙。何よりも両腕の砲門が印象的。が、唸り声一つ上げないそのサーヴァントは、便宜的にサイレントキャノン(SC)と呼称されることとなった。
どこぞの軍が秘密裏に開発した生物兵器、などと映画では設定されるのだろう。そんな出で立ちに、ラファルは歓喜した。
「このままでは町が危険だ。手筈通りに行くぞ」
龍磨、帝を連れ立って飛翔したキャロライン。
最も被害を抑える方法。それは、砲撃を上空へ向けさせること。幸いにして、炸裂式の砲弾らしい。ならば、着弾させなければ良い。
「……また頭の悪そうな事をしているな。示威行為か?」
敵の行動を目に、帝は意地の悪い表情を浮かべた。
が、ここでSCはようやく撃退士に気が付いたようで。
「危ない避けて!」
「お、っと。ふん、当たらなければ――ッ!?」
砲撃。
龍磨の叫びと同時に身を捩った帝。
回避成功。そう思った刹那、背後で砲弾が炸裂。その余波は想像以上に凄まじく、爆風に煽られてバランスを崩した。
落下。その軌道を、別のSCが狙っている。
咄嗟に龍磨は庇護の翼を展開。砲撃を肩代わりした。
(かき乱されたか。だが……)
窮地は好機。キャロラインがそう捉えられたのは、地上の味方が動いたからだった。
「どうした、こっちにもいるぞ」
それを悟られぬよう、キャロラインはSCを挑発する。
砲撃が向けられるも、盾で防ぎつつ耐えた。
何故なら……。
「あんまり時間をかけるわけにもいきません」
「捕えましたわ!」
踏み込む風架とみずほ。
Damnation Blowを叩き込んだみずほは、SCが一体動きを止めたことを確認。
そこへ風架が足払いを仕掛け、転倒させた。
「続くぞ」
「あっ、ま、待ってください! あれは……?」
攻勢に転じる絶好のチャンス。
駆け出そうとした小紅。だが、萌に呼び止められた。
彼女が指差した先。誰かが、こちらの様子を伺っている。
見覚えのある人影。
「舞! 何故こんなところに……」
「来ちゃダメです、下がってくだ――」
それは、小紅らが先に語っていた、小倉舞だった。公園を囲う柵に身を隠しつつ、不安げに戦闘の様子を見守っている。
萌が叫ぶも、間に合わない。
一体のSCが舞の存在に気づき、砲撃をしかけたのだ。
「クソッタレ!!」
誰よりも先に飛び込んだのはラファル。舞の前に立ち、その身に砲撃を受ける。
「あ、あぁ……」
へたり込んだ舞が、小さく声を漏らす。
「邪魔だ、あっち行ってろ」
急所は外した。ラファルは舞を追い払うようにして、SCへと突撃してゆく。
代わりに舞へ駆け寄ったのは、萌だった。
「天魔は私達に任せて、舞さんは自分の……」
「でも、でも、ここに、私のお家が」
舞の肩を掴み、避難するよう訴える萌。
しかし、どうも冷静さを欠いている様子の舞は、混乱している。
「すぐに終わらせる。お腹が空くからな、サバランでも作って待っていてくれ」
声をかけた小紅がSCに攻撃を仕掛けていった。
しかし、舞が恰好の獲物と見たSCは、そちらへと砲撃を集中させてゆく。
舞を守るべく、萌は盾を構えるが、何度も受けきれるものではない。
「仕返しだ。こいつでも食らえ」
地上へ降りた帝が矢を放つ。
それはSCの砲身に突き立ち、砲弾を暴発させた。
砲門が一つ、潰れる。
「なるほど。……みずほ!」
「承知しましたわ」
敵の砲門は、最大の武器でありながら、最大の弱点でもある。これを見抜いた小紅とみずほが、砲門へと攻撃を集中させてゆく。
砲撃を諦め、砲身での殴打に切り替えた個体に打ち付けられたみずほだったが、これに怯んでいる暇はない。
それは風架も同じだった。
頬に青あざを作りつつも、掌底で砲門を突き上げ、可能な限りの被弾を減らして行く。
敵を徐々に追い詰め、三体を一か所に集中させた。
そして、悪あがきに走ったSCが、砲口をみずほへ向ける。
「全員離れろ!」
「決めますわよ!」
砲撃の瞬間。
小紅の合図で撃退士らが距離を取り、みずほが黄金の拳で砲口を小紅の方へと修正。そこへ小紅が剣を突きいれた。
大爆発。
三体のSCはそれに巻き込まれ、塵と消えた。
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一応の応急手当を済ませた一同。
依頼はこれで達成だ。しかし。
「聞いたぞ。元とはいえ撃退士なら己の迂闊さはわかっているだろう」
帝の言葉は尤もだった。
戦場にふらりと現れた舞。そのおかげで、いらぬ被害が出るところだった。
結果的に上手くいったから良かったものの……。
「……ごめんなさい」
俯く舞。ただ己の軽率さを悔いるにしては、気が沈みすぎているようにも見えた。
「何かあったのか?」
キャロラインが声をかけると、舞は少しだけ顔を上げて。
「どうしたらいいか、分からないことがあって……。それで、気持ちを整理したくて、どうしても、お家に行きたくて、お家が壊れちゃったら、きっと、きっと」
その言葉を聞いて、舞の家へついて行こうと提案したのは、みずほだった。
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団地にある舞の家は、当然だが広いとは言えず、八名の撃退士が入るとかなり窮屈だった。
奥に仏壇がある。
「これ、お父さん?」
「……うん。私が生まれる前に、死んじゃったけど」
遺影を目に風架が問いかける。
答えた舞は遺影を抱えて、仏壇の前に座った。
「どうぞ。気持ちが落ち着きますわよ。……あ、お湯、勝手に借りてしまいましたわ」
「うん、いいよ。ありがとう」
人数分の紅茶を淹れたみずほも畳の上に座る。
付き合いの長い彼女には、舞が塞ぎ込んでいることくらいは手に取るように分かった。過保護になるわけにはいかないが、きっと解決の糸口をつかめずにいる舞のことだ。話だけでも聞いてあげよう、と考えたのだ。
「お父さんと、お母さん。それから、店長の三人はね、幼馴染だったんだって。それで……」
紅茶を口に含み、しばし沈黙してから、誰かが促すまでもなく、舞は言葉を紡いだ。
父親のこと、母親のこと、店長のこと。彼女自身が先ほど聞かされたばかりの、父の死にまつわる真実。
三人の恋愛関係のもつれ。そして事故とはいえ、父を殺したのは、他ならぬ店長だったことを。
一通り話し終わると。
「私、店長とどう接したら――」
「ぎゃーっははははっ」
響き渡る大きな笑い声を上げたのは、ラファルだった。
皆、沈痛な面持ちで話を聞いていた。が、彼女だけは違ったのだ。
「間男を働いて親友の恋人を寝取った挙句けじめの一撃で死んじまうとはな。バカ丸出し。とんだおまぬけ野郎だな、お前の親父は」
「……いくらなんでも、それはないだろう」
初めて舞に会う帝でも、ラファルの言葉は度が過ぎていることくらい分かる。もしかしたら、彼女の言うことは正しいのかもしれない。それでも、これは、人の死にまつわる話なのだ。
「でも父ちゃんはある意味スジを通したとも言えるんだぜ。くず野郎だが親友の恋人を寝取って子供腹ませたんだ。どうやったって言い逃れできねーからな」
「少し黙っていろ」
怒りの色を滲ませ、キャロラインが言い放った。
舞はというと、気持ちの整理がつかず、今にも泣きだしそうな表情を遺影に落としている。
「え、えっと、まぁ……錯乱もするでしょう、ねぇ。それで……その店長さんを恨みますか?」
何とか場を収めようと、話を本筋へ戻したのは風架だ。
店長は、舞にとって親の仇ともいえる。だが、もしかしたら、店長こそが舞の父親になっていたかもしれないのだ。それに、久遠ヶ原学園を退学してから新しい人生を用意してくれたのも、あの店長だ。
混乱は増す。
舞は返事をしなかった。
「店長を憎むつもりなら、その場ですぐに憎めたはずだ。どうしたらいいかわからないから、戸惑って、混乱しているのだろう? ……なら、それが答えだ」
顔を覗き込むようにして、小紅が告げる。
「店長を憎めないだけの理由が舞にあるんだ。だから、無理に憎むための言い訳を探す必要はない」
「僕もそう思うな」
頷く龍磨。
それでも舞は返事をしない。何かが腑に落ちていないのだ。
「ねぇ、舞さん。私ね、ずっと舞さんに謝りたかった」
続いて声をかけたのは萌だった。しかし、話が変わる。彼女の家族を取り巻く話とは、違う話題へ。
「舞さんがイジメられていたの、知ってた。知ってて、なにもしなくて……事件を聞いて後悔したの。ああ、あの時、勇気を出していればって。だから……知らん顔してて、ごめんなさい」
「でも、それって」
もう終わったこと。
学園に在籍していた時のこと。今謝られても、舞にはどうすることもできない。
どう答えれば良いのかも分からない。
「……許して、くれるかな?」
「え? あの、えっと、うん。許すとか、許さないとかじゃないけど」
「あぁ、良かった!」
釈然としない様子ながらに頷く舞。
パッと表情を明るくした萌は、舞の手を取った。
「その件は関係がないのでは……」
「そんなことないよ」
バツが悪そうなみずほだが、萌にとってはそうではない。
これには重要な意味があるのだ。
「私を許してくれたみたいに、受け入れてあげて欲しいの。ずっと後悔していたお母さんと店長さんを。やっと、勇気を持って話してくれたんだもの」
ピクリ。
舞が反応した。
彼女の中で、何かが繋がったのだ。
「俺は、復讐に生きた。今もそうだ。お前はしたいようにしろ。だが、恨まずに済むなら、それに越したことはない」
少しだけ促してやるように、帝が声をかける。
顔を上げる舞。戸惑いの色は薄れていた。
「確かに……店主殿は君の父君を事故で殺めてしまったという事実は変わらない。だが君と再会して、ずっと君に仕事を教えて見守ってきたというのも事実だ」
「この事は最後は舞さん自身が決めなければいけないことだと思いますわ」
「俺だったらそのパンくず野郎を一発殴る。それでチャラだ」
キャロラインが整理する。
みずほが勇気づける。
そしてラファルは、ラファルなりの解決方法を示した。
後は、舞がどうするかだ。
「私……。店長を嫌いには、なれない。ううん、それより、もう一人の、お父さんみたいに……」
「そうか、何よりだ。偉いもんだ――」
「シッ」
ようやく固まった舞の心を聞き、撃退士たちは安堵した。
そして、よくぞ決心したとばかりに舞を撫でようと、帝が手を伸ばす。
が、それを小紅が叩き落とした。
「……なんだよ」
「理由は後で教えてやるが、一言で言うなら、初対面の女に気安く触るものではないぞ」
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舞に見送られながら、撃退士たちは電車に乗り込んだ。学園へ帰るのだ。
その車内では。
「舞は、あれで頑固なところがあってな。特に、男に対しては……」
キャロラインが、小倉舞とはこんな少女だ、ということを説明していた。
初対面とはいえ、かなり込み入ったことへ踏み込んでしまった帝。もしも彼が、今後も舞に関わることがあるのなら、という気づかいでもある。
「よほど心を許していないと、触れられるのを嫌がるからな。女が皆、撫でられるのが好きだと思わない方がいいぞ」
小紅が後に続く。
そんなものか、と帝が学習する、その傍ら。
「どうかしましたか?」
難しい顔をしている龍磨に、風架が声をかけた。
「ん? あぁ、いや。舞ちゃん、本当に大変だなぁ、って思って。でもホラ、僕らがいるし、僕らは舞ちゃんを置いていったりはしないし、きっと大丈夫……だと思いたいなぁ、って」
パッと表情を切り替えた龍磨だが、実際、その心では違うことを考えていた。
その感情は、怒り。
母親と、あの店長への、激しい怒りだ。
(舞ちゃんは、あんたらの心残りを消す道具じゃない。自分たちがつらいつらいつらいばっかり……。結局、結局舞ちゃんを、苦しませてるじゃないか……!)
ひとまず舞の心が整理でき、安堵する小紅、みずほ、キャロライン、風架。舞と友達になれたと喜ぶ萌。少し不服そうなラファル。人に物語があることを学んだ帝。そして、怒りの炎を密かに燃やす龍磨。
様々な感情を乗せ、電車は走る。
しかし、殊舞と関わりのあった面々が一様に抱いた不安があった。
とうとう、あの町にも、天魔が現れたのか、と。