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「待った!!」
駆ける好男と守屋警部を通せんぼしたのは、英 知之(
jb4153)だった。
急ブレーキをかけた車のように、まず守屋警部がたたらを踏む。次に止まり切れなかった好男がこれにぶつかり、二人はもつれ合うようにしてすっ転んだ。
強かに鼻を打ち付けた守屋警部のへぶという声が、何だか蛙の鳴き声を思わせて、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は笑いを堪えるので必死。
手を差し伸べて立ち上がらせてみると、守屋警部は真っ赤に鼻を晴らして玉のような涙を零していたものだから、今度こそ耐え切れずに、エイルズレトラは小さく噴き出した。
「い、一刻も早くラパンを追わねばならんのだ。待ってなどおれん!」
「いいか、まずはよーく考えろ。まず犯行前後に巨人の間を去った者いない」
粋がる好男の鼻先に指を突き付け、紺屋 雪花(
ja9315)は諭すように口を開いた。
警備のために巨人の間は完全に密室となっていたため、中でのやりとりを実際に見たわけではない。
だが、声は聞こえていた。その内容から、何が起きていたのか大よその見当はつけられるというもの。そこからできる推理もある。
「そして、巨人の右腕黄金像が運び出されたところを見た者もいない」
「ということは、つまり……」
尚も語る雪花。
身を乗り出したのは守屋警部だ。
犯人の目星がついたとすらも聞こえるような語りには、この場の誰もが無関心ではいられないだろう。
だがもったいぶっている時間はない。
「つまり、全員に容疑がある。警備に当たっている警察も同じです」
ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は言う。
噂に聞こえたマルセイユ・ラパンなる人物の代名詞とも言えるのは、その変装技術だ。
事前の調べでは、警備員に化けていたこともあれば、担当警部に化けていたこともあり、果ては依頼主に化けていたこともある。
手口は様々で、突如床が抜けて芸術品が消えたり、芸術品が飛んで行ったり、いつの間にか偽物とすり替わっていたり……。とにかくどのような手口を用いてくるかは誰にも予想できない。
だからこそ、だ。誰がラパンなのかも分からないこの状況だからこそ、一人たりともこのミュージアムから出すわけにはいかない。
「証拠ならこれから探すから、まずは警備員も含めて一か所に集まることや。なんやきな臭い感じもするよってなぁ」
「じゃあ私が探してくるよ! なんとなーく、怪しい場所もあるからね」
黒神 未来(
jb9907)が好男と守屋警部を巨人の間へ押し込める。
その間に桜 椛(
jb7999)が手を挙げて駆け出した。
「彼女がラパンである可能性も否定できないでしょうし、僕のヒリュウに外から見張らせましょう」
「せやったら、うちが側で監視しとくで」
召喚獣を呼び出したエイルズレトラ、そして椛の後を追う未来。
こうした多重の監視であれば、いかに誰かがラパンであったとしても、何らかの対処ができるであろう。
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流石に、ミュージアムの外を警備する警官まで全員を一つの部屋に集めるのには無理があった。
とはいえ、従業員を集めることには成功。一同は巨人の間で黄金像を取り囲むようにしていた。
「まず、このミュージアムから外へ出た人はいない。そして、犯行現場を見た者もいない。警部さんの仰るように、犯人はまだ近くに、いや……」
話を切り出した雪花は、順番に状況を整理しつつ語る。
そして、先に結論を出した。
「ラパンは、この中にいる!」
誰にともなく指を突き付け、高らかに宣言。
こうした現場に遭遇したならば、誰もが――というと誇張が過ぎるが――口にしてみたい言葉であろう。
威勢よく言ったものの、まだ確たる証拠が得られたわけではない。今はとにかく、椛が何かを掴んでくれることを祈り、とにかく少しでも長く、全員をこの場に留めるしかないのだ。
「この中にだと!? 一体誰がラパンだというのだ!」
好男が鼻息を荒くする。
すっかりそれらしい流れが出来上がったことで、緊張が高まってゆく。
どのような推理劇が繰り広げられるのかとばかりに、皆一様に固唾を飲んで撃退士達を見据えている。それこそ、最近では推理ドラマでも取り上げられないような場面だ。ただのエキストラであるならば一つのエンターテイメントとして楽しむこともできようが、全員が容疑者となれば話は別。自分は犯人ではないという自覚があったとしても、「自分も疑われている」という意識には、誰も恐怖を覚えずにはいられないだろう。
「推理を披露する前に、まずは皆さんにやってほしいことがあります」
続きを切り出したのはエイルズレトラであった。
きっとこのやってほしいことなるものが、確かな証拠に繋がるのだろうと誰もが思った。
「ほ、それは?」
鼻にティッシュを詰めた守屋警部が問う。さっき倒れた時に鼻血が出たのだろう。言葉が詰まって上手く出てこないと言った様子。
これにまたエイルズレトラは笑いを漏らしそうになったが、今度という今度は気合と根性で必死に踏みとどまった。
代わりに言葉を引き継いだのは、知之だ。
「それは、ボディチェックだ」
「ぶはっ」
その一言に、警察関係者が一斉に噴き出した。
彼らが予測していたのは、もっと突拍子もなくて、何か深い意味のある、警察では思いつかないような特別な何かだったに違いない。想像していた以上に簡単なことが重々しい口調で出てきたのだから、笑わずにはいられなかったというところだろうか。
「それならばもう全員分済んでいるよ。途中から現れた鈴美嬢も同様にね。でも、特に怪しいところはなかったよ」
「な、そんな!」
考えてみれば当然だろう。
相手は変装の名手であることは周知の事実。警察だってただ棒立ちで警備していたわけでなく、関係者のボディチェックから所持品の検査など、一通りのことはやっているのだ。
何故ならば、彼らは警察。本職であり、プロなのだから。
「では、その黄金像が本当に偽物なのかどうか、その調査は……?」
今度は別の視点から、ヴァルヌスが切り出した。
これに関しては、確かにまだ行っていないだろう。今さっき、鈴美が黄金像に握られていたメッセージカードを発見したばかりだ。とっさに彼女は偽物であることを叫んだが、果たして本当に偽物とすり替えられていたのかは不明だ。
「ふぐ……すぐにも行わせよう。鑑識を呼ぶから、少し待ってほしい」
流石に喋りにくいのか、守屋警部は鼻からティッシュを取り出して言った。
巨人の右腕黄金像、というと、人の背丈ほどはあろうかという大きさを思い浮かべがちだが、得てして美術品というものは想像を以てして完成するものらしい。実際の黄金像の大きさは、大人の腕より一回り大きい程度に収まっている。
金の重さは水の凡そ十九倍。ただ、ここで勘違いしてはならないことは、何も黄金像は純粋な金のみで作られているわけではない、ということ。中身には骨組もあれば中綿のように詰められているものだってある。ある程度の重量はあるだろうが、だからといって人間一人で運べないような重さではないはずなのだ。
何故この黄金像がこのミュージアム至高の宝として指定されているかといえば、その芸術性の高さ故に他ならない。
ともかく、人の手で持ち運びは可能。手を触れる機会さえあれば、誰にでも盗む機会はあるのだ。そう、誰にでも。
「お待たせしました。今すぐ調査します」
外で待機していた鑑識が到着。黄金像の調査が開始される。
それを待つ間、ただぼんやりしていてはもったいない。雪花は、ふとこんな話を振った。
「しかし今日の夕刊によるとラパンは撃退士確定だそうで。あのジョブとは驚きというか納得というか……。犯行にすぐ気づいた鈴美さんもよく調べてるようですね。よろしければ今回の手口について考察を伺いたいのですが」
カマかけだ。
この中にラパンがいるのならば、それを炙り出すために、敢えてありもしない情報をあたかも最新のものであるかのように語る雪花。
もしもラパンがこれを聞けば、焦ることだろう。何しろ自分の正体について触れられているというのだから。
「まぁ、それではラパンの正体が分かったのですね。朝刊にしか目を通しておりませんでしたので、夕刊の情報までは存じ上げませんでしたわ。手口に関しましては……そうですわね、鑑識の結果が出てから改めて考察したいところですわ」
と、話している間に、鑑識の結果が出た。あっという間の仕事である。
「報告します! この黄金像は金の含有量などから見て、ほぼ確実に本物!」
「何!? ではラパンは!」
守屋警部が叫ぶ。
本物。その言葉に、一同に緊張が走る。
ラパンはまだ表れていないのか。それとも、何かもっと別な何か……。
「いえ、ラパンはここにいる。今回、ミュージアムに予告状を出し、そして黄金像を盗み出す計画を企てた犯人。それは……お前だ!」
知之がビシリと指を突き付けた人物。
それこそが……。
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二階を捜査していた椛と未来。金子家の住居となっているこの場所に、何か大きな証拠の気配を感じていた二人は、なるべくものを荒らさないように留意しながらそれぞれの部屋を探っていた。
「さて、と。一番怪しいのはこの部屋だよね。ちょっとどきどきするね!」
「言っとらんで、さっさと調べた方がええんちゃう? うちの推理はどうも証拠を得られへんかったしなぁ」
未来の推理は、今回の事件は金子親子の自作自演というものだ。黄金像が盗まれたことにして、多額の保険金を得るだとか、実は黄金像そのものが元から偽物でそれを隠すためにこのような茶番を演じたとか、そういったところだ。借用書の一つでも出てくればそれを裏付けることもできたのだが、事実はそうではない。
ともかく、今は真実に近づくことが大事。
二人は目の前の部屋へと入っていった。
そして見つける。
犯人を突き止める、動かぬ証拠を。
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「……悪い冗談ですわ」
低い声で、鈴美は呟いた。
知之が指差した人物。それこそが、彼女だったのである。
「冗談ではない」
代わりに、雪花が推理を披露する。
「犯行予告があってから、黄金像に触れた人物はあなただけです。そのタイミングで、メッセージカードを黄金像に握らせ、偽物であることを叫んだ。そして、警察と好男さんが慌てて巨人の間を飛び出したところで、黄金像を持ち去ろうとしたのでしょう!」
強気に言い放つ雪花。
この推理には自信があった。他の可能性が考え付かないほどに。
だが、鈴美は笑っていた。不気味なほど不適に。優雅さの中にどこか毒のあるような、恐怖を思わせる笑みだ。
「他の方もそうお考えですか?」
その一言が全てだった。
今、推理を披露したのは雪花だけ。
他のメンバーといえば……推理らしい推理を口にすることもなければ、ただ黙って雪花の言葉を聞いていただけ。
急に話を振られた撃退士達は、キョトンとするだけだ。
「ふふ、その推理は、ただのあなたの思い込み。そうであってほしい、という、あなたの願望。単独で推理を披露するのなら、せめて証拠を掴んでからにするべきです。私がラパン? 失礼なこと、言わないでくだ――」
「証拠ならあるよ!」
どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた鈴美。
だが、それを遮って巨人の間に飛び込んできたのは、椛。これに続いたのは未来と、もう一人の鈴美であった。
「え、鈴美さんが二人!?」
ヴァルヌスが仰天。
全く同じ姿をした人物が二人、この場にいる。どちらがどっちか、まるで見分けがつかない。
「でかしたぞ椛!」
「えっへん! 鈴美さんの部屋の、ベッドの下で縛られて転がってたよ!」
つまり、元々巨人の間にいた鈴美は偽物。
金子鈴美の姿を借りた、今回の事件の犯人なのだ。
「さぁ、証拠はそろえた。観念しろ、金子鈴美――いや、マルセイユ・ラパン!」
……静寂が辺りを包む。
誰もが行方を見守っていた。
犯人に指名された偽鈴美はというと、俯き、肩を震わせている。
両手で顔を覆い、まるで苦悶するようにも泣いているようにも見える。芝居だろうか。この期に及んで泣き落としに持ち込もうとでもいうのだろうか。
だが、顔を上げた彼女は――笑っていた。
「くっ、はははっ! そう、私こそがマルセイユ・ラパン! さっきの推理、当たっているとも。でも、くくっ、残念だったねぇ。惜しい、惜しいよ! 一個ハズレさぁ」
「な、なんなんですか、急に人が変わって……!」
その豹変ぶりに、エイルズレトラはたじろぐ。
狂ったように笑う彼女から、誰ともなく一歩距離を取った。
彼女が言うには、雪花の推理には間違いがあるという。
「この私がわざわざ人払いをして盗むですって? 冗談じゃないわっ! 私の盗みは芸術なのよ。その芸術品を、誰にも見せないなんてもったいない!」
言い終わるが早いか、バッとばかりに何かを取り出したかと思うと、それを頭上目がけて放った。
ナイフだった。無数のナイフが天井の照明に突き刺さり、割った。
突如暗転する巨人の間。
咄嗟に撃退士達は駆け出した。
ヴァルヌスは持ち歩いていたランタンを掲げる。黄金像があったそこには、何もない。
そしてまたガラスの砕ける音。外から月明かりが差し込む。
「逃がさないから!」
「待ってください!」
これを追うため、光の翼で椛が、リンドヴルムでヴァルヌスが飛び上がり、逃げるラパンを追った。
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「ハン〜〜〜ッグッライッダァァッ!!」
どこに用意していたというのだろうか。ラパンはハングライダーを広げ、風に乗って逃げる。
追いかける二人の撃退士。
速度の差は歴然。自力で飛べる撃退士の方が速い。
「待て〜ラパ〜ン! 逮捕で〜す!」
「げぇっ、とっつぁ〜ん!? なんて、お子様じゃないの。よっ、と」
もう少しで追いつくというところで、なんとラパンはハングライダーを手放した。
高さは十数メートルといったところ。そこから落ちようというのだから、並の人間ではない。やはりラパン撃退士説は本当だったようだ。
勝ち誇った笑みを浮かべて着地するラパン。
しかしその足を何かが掴んだ。
「終わりだ、マルセイユ・ラパン。お前はもう逃げられない」
追ってきた知之の、異界の呼び手によるものだ。影のような手で彼女を捕えたのである。
「でも私には、これがある!」
ナイフを取り出してまたも笑むラパン。
しかしそれもただの悪あがきに過ぎなかった。
「イヤァァーッ!」
生い茂る木の幹を蹴り渡った雪花が、そのナイフを叩き落とす。
さらに気配を消して背後に忍び寄った未来が、ラパンを羽交い絞めにした。
今度は距離を詰めたエイルズレトラが、ラパンの首に下がるヒヒイロカネのペンダントを引きちぎった。
これにてマルセイユ・ラパンは無力化。敢え無く逮捕となったのである。