「いつ新たな犠牲者が出るか分からん、事態は一刻を争う。必ず奴を引き摺り出し、我々の手で始末する。見敵必殺、見敵必殺だ!」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)の号令で、七人はそれぞれに散会した。
●忰田邸
「忰田って人は、独り暮らしだったのかな?」
Robin redbreast(
jb2203)は被害者である忰田氏の家のドアを開いた。
原因不明の病気は、この家の周辺みたいだし、この家がいま無人状態なら、ここに透過して住んでたりして?
幼き少女の外見をしたロビンはしかし恐怖の念は無く、阻霊符を使うと的確に探索を続けていく。
やがて、彼女が発見したのは忰田氏が書き遺した一冊の日記だった。
『愛しのvenefica』
日記はそんな冒頭で始まっていた。
これを読むに忰田氏はveneficaと接触している時に疲れや虚脱感を感じている。
「寝ている時じゃなくて人形のそばにいたからなんだ」
動物は刃物で殺されたみたいだし、幻惑効果を付与されたりして、人形に会ってたことを分からないようにさせてるのかな?
そんな疑問を持っていたロビンは答えが載っていないか、探す。
あった。
『veneficaの瞳は澄んだ青。その瞳に魅入られるとどうしてが頭がおかしくなる。感情が制御できなくなる。記憶が混乱する。そういったことがたびたび起きた』
「瞳に幻惑か魅了の効果があるんだ。目を見たら危ないかも」
ロビンは手に入れた情報を、急いで仲間に回した。
●小学校
原因不明の病死に、公園の動物殺傷事件。
保護者は面倒だと言いながら、集団下校のお迎えでしょう。
そう睨んだMaha Kali Ma(
jb6317)が真っ先に向かったのは小学校だった。
「無駄足かも知れませんが」
くす、と笑う彼女は空から小学校に舞い降りて、小学校校門へと歩く。
「……集団下校お迎えのお母様たちと、子供達がいらっしゃいますね♪」
Maは伊達眼鏡をかちゃりと持ち上げて、その一団に近づいていった。
「すみません。少しお話いいですか?」
それから手当たり次第に声を掛けて情報を集めていった。
「学校周辺には不審人物を見なかったわね」
「事件現場は子供が良く集まる住宅街の児童公園よ。怖くて子供を近づかせられないわ」
「忰田さん? よくわからないわね」
「お話しありがとうございましたわ♪」
その一団に手を振って見送る。
情報は集まったが、決め手に欠ける。場所を変えてみましょうか。
――魔女の名を与えられた人形が、人の魂を奪って人間大に成長して行方を眩ませた……と。ディアボロなら透過もできるのだろうが、マンションの空き家にでも隠れているのか。それとも誰かの家に入り込んでいるのか?
白昼堂々、人目のある中で襲いかかってくるとも思えんし、ここは情報収集の法が先決だ。
洋風の出で立ちなら目立つはずだと、住宅街をざっと見回しながらファーフナー(
jb7826)が小学校に到着した。
獲物を狩るのは住宅地だが、動物を用いて子供を誘い出し、人気の無い場所で目立たぬ工場等でゆっくりと喰らうのかもしれん。
そこにはすでにMaがいた。
彼女はファーフナーに気づく。
「こちらには情報は無いみたいですよ。私は廃工場に向かってみます」
「そうか。気をつけろよ」
「ありがとうございます」
真っ白な歯をこぼしてくすっと笑むと、Maは飛び跳ねてそのまま廃工場に向かって行ってしまった。
彼女を見送ると、ファーフナーは自分に声を掛けてくる少年と少女に気づく。
学生証を取り出した。
「おじさん、撃退士なの?」
「ああ」
「事件を調べてるって」
「そうだ。お前達の友人で最近病気になった奴はいないか?」
「いっぱいいるよ」
「そいつらが良く立ち寄る場所は知ってるか?」
「んー、公園とか、塾とか、あと駄菓子屋かな?」
たしかに子供なら良く立ち寄りそうな場所だ。多すぎて手がかりにならない。
「病気でも学校に来ている奴はいるか?」
少年と少女は目をかわして、思い出したように口にする。
「鈴谷君、ちょっとふらふらするって言ってた」
「うん。鈴谷、ちょっとおかしかった」
veneficaの瞳には魅了か幻惑の力があるらしい。
こいつは黒かもしれないな。
「……そいつはどこにいる」
「もう帰っちゃった」
少年と少女から鈴谷少年の特徴と彼の家の住所を教えてもらい、ファーフナーはそちらに足を向けた。
●工場
――大勢がいる場所ではやらないだろうし、どこか人気のない場所に連れ出して、お食事するのかな。
ロビンは工場の入り口に立っていた。
ハイドアンドシーク。
闇の中に紛れながら、工場の中に入る。
そこにveneficaの姿はなかった。
Maは小学校を後にした後、工場にいた。
依頼人のお友達は、人形を恐れて壊さなかったのでしょう。あるいは人形が土地勘を持っているかも知れません。廃工場は人気もないですが、不法投機には向いています。
Maは何か無いかと、真っ先にゴミ集積所に向かった。
目を皿にして探すも見つからず、工場の全景を捉えるように探索範囲を広げた。
「あれ、Robin redbreastさんですか?」
「Maha Kali Maさん。そちらはなにか見つかりましたか?」
「いいえ。ここでもう少し探してみようと思いますけど」
「私は騎士さんからの報告にあった、病人のところに向かってみようと思います」
「気をつけてくださいね」
「Maha Kali Maさんも」
二人は互いに頷き合い、別れた。
●鈴谷家前
ファーフナーは鈴谷少年を見つけ、自らに蜃気楼を纏い尾行をしていた。
どこかで魔女の接触があるかもしれないと思っていたのだが、何事もなく彼は家に入ってしまった。
すぐに戦闘を行うと、パニックが起こり周囲に被害が拡大する。魔女の拠点を割り出すまでは隠れたままで、と危惧していたが何事もなくて幸いだった。
同時刻に到着したロビンが、ファーフナーに気づいた。
「ファーフナーさん。ロビンです」
「veneficaは見つかってないみたいだな」
「はい」
ともかく、彼がこれからveneficaと接触する可能性がある。
二人はそのまま張り込むことにした。
●マンション
――殺人人形なんざ、どこぞのホラー映画だけで十分だよ。
ため息を吐くのは、アサニエル(
jb5431)だ。
マンション周辺を探索した後、マンションの中に入る。
中に入ると、不動産会社から入手していた入居状況の地図を目にしながら、生態探知をした。もし事前情報と食い違う箇所が見つかったら、そこは黒だと言うことだ。
エントランスを過ぎ一階廊下も、探る。
「今のところ不審な反応は出ないね」
「そうか」
彼女の横にはエカテリーナがいた。彼女にはおよそ生物が発するような呼気の乱れも、足音も無かった。侵入。ゲリラ攻撃を警戒して、そのスキルを発動させていたのだ。
「敵は人気の多い場所を選ぶとすれば、まだこの周辺にいるはずだ。我々の動向にさえ気付かれなければ、奴を袋のネズミにできる。たとえ便所に隠れていても息の根を止めてやる!」
二人は手際よく現場に踏み込んだ。
――コンコン。
「はい。なんですか?」
「不可解な出来事が無かったか聞いている。もしくは不審な影を見たか。なにかあるか?」
住人達は、アサニエルとエカテリーナの問答無用の問いかけに最初は怪訝な顔をするが、久遠ヶ原学園から来たというと素直に口を割った。
二人は、根気強く一部屋一部屋聞き回る。
同時に不可解な生体反応も探したが、結局見つからなかった。
全ての部屋を回った後、二人はもう一度エントランスに戻る。
「マンションでは不審な影を見たって奴はいなかったなあ」
「だが、覚えているか。友人が原因不明の病気になったと言う子供を」
「ああ、何人かいたよ」
「大人は病気に罹患していないところが気になる」
「……ちょっと、地図はあるかい?」
「橘樹が用意してくれたものがある」
二人は地図に、原因不明の病気にかかった子供の家をマークしていく。
それは見事に駄菓子屋を中心に円になっていた。
●公園
「なんだか不気味な話なんだの……! のう、騎士殿」
「そうか? たしかに家から出てる人間は少ないみてぇだが」
橘 樹(
jb3833)と江戸川 騎士(
jb5439)が揃って訪れたのは公園だったが、さすがに不穏な事件のあった後だ。人がいなかった。
「小動物が殺されていたのってここかの?」
「ああ」
「何か特別な理由でもあるのかの……?」
「搾取する相手がいなかったってとこだろ。すばしっこく逃げ出すから殺したんだろ」
二人は住宅街をうろつくことにした。
「わわわしほんとは幽霊苦手なんだの……」
樹が怯える中、騎士は目聡くも戸口に掛かっている役員札を見つけて、
「ここだ」
と薄く唇を開く。それは獲物を見つけて笑っているようでもあった。彼から特殊なフェロモンが出ているのは人の目では判別できない。
コンコンというノックの後、お爺さんが出てきた。
「お忙しいところ申し訳ございません。私こういう者です」
お爺さんはすんなりと騎士の言うことを信じた。悪魔の囁きの効果と、制服の袖に縫い付けられた学園の校章のおかげだろう
それから数件巡り、空き家と独居者も聞き出し訪ねたが、収穫は無かった。
「まだ変死者も、行方不明者も出ていないみたいだな。その代わり、病がすごい勢いで広まってるぜ。この周辺。それも患者は子供ばかりだ」
「動物の殺傷事件あった日、この辺り一帯の子供は子供会の旅行で例の児童公園には行かなかったらしいんだの」
「しかも、幽霊はこの住宅地周辺の子供が行きそうな場所に現れているな」
「つまり、veneficaは子供にターゲットを切り替えた……ということかの?」
「おそらく、忰田氏で大人から力を摂取するには時間が掛かりすぎると学んだんだろうぜ」
そこで、二人はveneficaの居場所に勘づいた。
「駄菓子屋だの!」
「急ぐぞ」
●駄菓子屋
「おばあちゃん、ごめんだの!」
駄菓子屋の引き戸を開け放った樹は、驚いた店主に謝る。
その間に騎士は土足で居住区に上がっていく。
騎士は一秒一刻も惜しいと急ぐようにまた家捜しをして、そして使われていないような木戸を見つける。開けるとほこりが舞った。日の光が届かない倉庫だ。目をこらすと、それはあった。
――三メートルはあるかというような大きな人形。
いや、それは生きていた。
体を縮こまるように座りながら、ぎょろりと目をむく。
「見つけたぞ、venefica!」
その名前を叫んだ瞬間、人形は壁をすり抜けて出て行ってしまった。
「で、でーたーんーだーのー!」
樹はあわあわと叫び、思い出したように仲間内にその情報を送る。
店を出ると、そこには駄菓子屋に来たのだろう少年少女数人がいた。気が立っている様子のveneficaを前にして、呆けている。
――危ない。
そこに一発の銃弾が撃ち込まれる。
veneficaの動きを止めたのは、エカテリーナだった。
店の外に出てきた樹と騎士を目に留めると、
「ここは私達に任せろ! 避難誘導をするのだ!」
と宣巻く。
「ああ、そっちは任せたぞ」
状況を鑑みて返事をした騎士は、樹を向く。
思い出したように、樹は拡声器を使った。
「ここは危ないんだの、みなわしについて来るんだの! 家屋の中におる者は外へは絶対に出るではないんだの!」
近隣住民に声を届かせる。
そして、道で尻餅をついている少年を「背中に乗るんだの」とおぶさる。歩ける様子の子供は手を繋いで。
樹が率先してしたように、騎士も樹を真似て少女を抱きかかえる。
「ほら、行くぞ」
若干不承不承な態度だ。
veneficaが動きだそうとしたところに、アサニエルの魔法攻撃が届く。審判の鎖。その名の通り、どこからともなく伸びてきた鎖が魔女の巨体を縛り付ける。
「あんたの相手はあたし達だよ」
「ここで戦えば被害が出る。どこか誰もいない広い場所へ」
エカテリーナは瞬時に閃いて、通信機でMaに連絡をする。
「そちらに人はいないか?」
『ええ、おりません』
それを聞いたエカテリーナは各員に伝達する。
「決戦の場は廃工場だ!」
●廃工場(戦闘)
「チェックメイトだな。もはや貴様に逃げ場はない、大人しく降参しろ!」
エカテリーナが言う。
veneficaが廃工場に誘導されてきた時、すでに全員がその場に揃っていた。
「目を見たらダメですよ」
「ここまで囲まれたら、逃げ出すのは容易ではないと思うが」
ロビンの忠告と、ファーフナーの使った阻霊符の光がその場に伝播する中、アサニエルの手の中にある滅魔霊符の光が丸い玉になって飛んでいく。全てが命中。ぐらついたところに、騎士が阿修羅曼珠によって斬りかかる。
一撃を加えたと思った瞬間、騎士は何故か体が重くなったのに気がついた。
「ドレインか」
咄嗟に退いて致命傷を避ける。
――生気を吸って、どんどん膨らんで大きくなっていったのなら刺して穴をあけたら、風船みたいに破裂しないかな……。
そんなモノローグを浮かべながら、ロビンは手を掲げ闇の矢を作り出す。それを放った。veneficaは声にならないような叫びを上げる。どうやら急所に命中したらしい。
Maはギリギリまで近づき、そこでショットガンSAW8の火を噴かす。
樹は混元霊符が生み出した黒い魔弾を最大射程距離で放ち、ファーフナーは意識を集中させ植物の蔓を呼び出すと、それを絡ませてveneficaを地面に縫い付けた。
「地獄行きの切符だ、遠慮なく受け取れ!」
エカテリーナはアサルトライフルWD3を腰元に据え、引き金を引く。クイックショットだった。
veneficaはどこからともなく空中にナイフのようなかぎ爪を並べると、それを投げた。
しかし、拘束されているveneficaでは、その攻撃を命中させることも難しい。
足下がふらついた騎士は距離をとり、アサニエルは彼をライトヒールで治療する。
「チッ、こんな強力なドレイン使えるなら、なんで子供だけなんだ」
「生命の危機をあれもわかってんだよ。だからなりふり構わなかった」
ロビンは腕を振るい、爆発を引き起こした。その炎にveneficaは焼かれていく。
樹は八卦石縛風で砂塵を巻き上がらせ、veneficaはそれに飲まれる。石化はしていないようだ。
「ナイフと、ドレインだけのようですね♪」
大剣で攻撃しようかとも考えたが、騎士の様子から見て近づかない方が無難だろうと、ショットガンの引き金を引いた。
――ここで決める。
ファーフナーは封魔人昇によって内に秘めた魔の力を活性化させると、その黒い力に混ざるように緑のオーラが浮かび上がる。閃滅。それは無比の一撃だった。風よりも雷よりも疾く動き攻撃を加える。ドレインの暇さえ与えなかった。
彼の魔槍は魔女を貫き、打ち砕いた――。
瓦解するveneficaを見ながら、アサニエルは呟く。
「人形が先か中身が先か。今となっちゃどっちか分からないね」
頭が崩れていく最中、それまで無表情だったveneficaが笑っているように見えた。
「まさか、な」
彼女は自分の感受性を疑って、それに背を向けた。