「うちのために。こないにしてもろて」
調理室の入口で瞳をうるっとさせているのは辻村ティーナ(jz0044)。感動で涙がとまらない。でも感動以外でも涙が止らない。
「気持ちはほんまうれしんやけど。食べるしか、あらへんか」
納豆が苦手なティーナのために料理を教えて貰えませんか、と御影光が呼びかけた所、たくさんの人が集まってくれた。
「これ、お好み焼き、とはちゃうんやね?」
「もんじゃ焼きをつくるんだよ!」
「楽しみに待っていてくださいね」
材料を刻にでいるのは功刀凛(
ja8591)、そしてホットプレートで焼くのを担当するフルルカ・エクスフィリア(
ja7276)。そしてフルルカの横、テーブルにちょこんと座っている寝ッシー(ぬいぐるみ)。
「ふりゅーん、材料まだ必要かな?」
とんととん、とリズミカルに包丁を操る凛。
「りんちゃ、包丁、気をつけて、ね?」
フルルカがそれを炒めて作るもんじゃ焼き。
「あ。なんとなく、美味しそう……」
もんじゃも納豆も初めてだけど作るのを見るのは楽しいティーナ。フルルカが巧みに土手を作りそこにタネを流し込む。が、爆発したように盛大に湯気が立つ。
「うわっぷ!」
「おーい、大丈夫、かな?」
凛、フルルカと同じメンバー【愛エプ】の、鳳覚羅(
ja0562)が慌てて駆け寄ってくる。
「あ、ティーナさん、ボクはこれ。中はもっちり外はカリカリな食感の納豆のチーズ焼き」
「おおきにー、で、おいしいん?」
「実は。ボクは食べてないんだよね」
ぷるぷると震えながらも口まで持って行った手がぴた、っと止る。いや、ちょい待ちぃ。
「ボクも納豆苦手なんだ」
素敵な笑顔でカミングアウトする覚羅。おののくティーナにフルルカがにこっと微笑む。
「鳳さんが試食してくれるそうです」
「じゃあ、これも是非試食を。パンにコーヒーゼリーと生クリーム、納豆を挟んでみました!」
フルルカがもんじゃ、チーズ焼きを覚羅に差し出すと凛も一品追加する。
「あ、味はともかく! こ、この斬新な組み合わせは。なんというか、その、食べ物の範疇……?」
「え、これ、普通に売ってるものなんですけど」
有名な喫茶店のメニューをインスパイアしたと言う凛。
「味見してませんが、多分、食べられる範疇です、さ、遠慮なく!」
素敵な笑顔で微笑む凛。そう言えばさっき、バケツを見たなと「ある覚悟」をする覚羅であった。
「来ては見たけど……俺、料理、正直得意じゃないんだけど。……大丈夫かな」
金髪を手でかき上げながら、ヴィナス・アーダベルト(
ja8223)が調理室が入って来た。
「えーと、納豆を美味しく食べたいんだっけ」
「せや、うちには皆目検討もつかへんから、もしあるんだったらよろしゅう頼みます」
食べる事は必至になっている以上、美味しく食べる手段があるのなら是非是非、とティーナがすがる。しかし。金髪の男女が並んでの会話が、まさか納豆の話題とは遠目で見る限りでは見当さえ付かないだろう。
「匂いとネバネバが気になるなら、天ぷらはどうかな 」
提案しかできないでごめんね、とヴィナス。好き嫌いは無いし提案した以上は食べるから、と言ったものの。穏やかな性格のヴィナス、時折起こる惨事にはちょっとだけ戦々恐々。
「カオスキッチンのはじまりやでー」
天道ひまわり(
ja0480)が調理を開始する。
「納豆の臭い、それが問題、ってなわけで、かき揚げ風に」
ひまわりの前には光が真剣な面持ちで対峙している。イソフラボン効果が高いという料理らしい。イソフラボン効果の前ではひまわりが着用しているマスクなんて気にもならない。
「納豆は焼いたらあかん、に、臭いが倍増され……がく」
あつあつのかき揚げを関西風の素うどんに乗せて完成。ぱちぱち、と光が拍手をする。
「あかん、ここまでや」
慣れない納豆をいくつも調理したせいか、匂いに酔ってぱたりと倒れるひまわり。その床には「イソフラボン」の謎のメッセージが。
「先輩、その思い、受け取りました!」
とりあえず、光が介抱しているから大丈夫とは思われるが。
「御主人様の苦手な食べ物を美味しく食べれる様に調理するのもメイドのお仕事の一つです」
「うち、御主人様?」
御主人様は海柘榴(
ja8493)の顔は覚えていても主従の関係を忘れているようなのでここはショック療法が必要なようだ。
「材料は納豆、角切りチーズ、四角の油揚げ、刻みネギ。そして激辛のカラシ」
「なっとにはつきもん、ちゅうのはわかる。わかるんやけど、その量、ハンパ無いんとちゃう?」
「揚げの一辺に切れ込みを入れ中に各種材料を中身がはみ出さない程度に材料を投入。その後は爪楊枝で切れ込みを縫い。熱したフライパンで油揚げの表面が小麦色になるまで焼くのですが。……失礼、御主人様、暫し後ろを向いて貰っていいですか」
「ちなみに。うちが後ろを向いている間に、何をするんやろ?」
「この中のひとつにカラシを入れるので」
素敵な笑顔で微笑むパーフェクトメイド。ノリではそれもおもろそう、とは思う物も。
「あかん、やる気まんまんや」
じりじり、と後ろに後ずさりしてしまうティーナであった。
「御影さん? 手があいたら手伝って貰えると助かります」
橋真昼(
ja9376)の呼びかけに「はーい」と応えて駆け寄る光。テーブルには調理器具のほか、砂糖、寒天、こしあん、生クリーム、洒落た器、笹、お茶、そして胃薬が並んでいた。
「ええと、これから何を作るのでしょう?」
胃薬が不気味だが。というか餡とか生クリームと納豆が一同に会す事態はあまり無い気がする。
「普通の羊羹を作る要領で」
「はい」
「納豆羊羹を作ろうかと」
「先輩。生クリームをどこで使うのかがわかりません」
「うん、実はもうここに第一号が」
冷蔵庫から非常に美しい羊羹が出てくる。飾り付けにあしらった笹は七夕の時のものだそうで、蒸らし時間を正確にとった緑茶を添える。
「意外と、いけるはずだよ? で。試食をお願いしたいんだ」
「ティーナさん、こっちだよ」
がくぶるなティーナの手を引く。そしてその場から離脱。握ってくれる手は日比野亜絽波(
ja4259)のものだった。サプライズの誕生会で知己を得ている友達だった。
「一旦、ここは引いて立て直しましょう」
NATTOと戦うにも心の準備は必要だと思う。一旦調理室から出て、お茶を飲むことにした。
「頑張るのは良いですけど無理はしないでくださいね」
一方、調理室の中。
「菜穂ちゃんは普段お料理するの?」
フリルの付いた小さなエプロン姿の末広菜穂(jz0121)と作戦会議をしているレイラ(
ja0365)。
「にゃも子もすこしはできるのにゃも。ゆでたまごとやきざかな。でもごはんはたけないのにゃも」
器用に材料を切るレイラの手先をきらきらとした瞳で見つめている。
「オムレツにしましょう。菜穂ちゃんは卵を割ってね」
刻んだ玉葱と挽肉を炒め、刻んだ納豆とチーズを用意。フライパンに卵を注ぎ、具を閉じ込める。とんとんとんと卵を寄せる。
「オムレツになったのにゃも!」
感動したように声を上げる菜穂である。
「にゃも子ちゃん、私もお手伝いするー」
エプロン姿の菜穂を見つけた望月忍(
ja3942)が駆け寄ってくる。何か一品作ろうかと思って来てみたけれど、人の多さに驚いて、調理を諦め準備やセッティングに回っていた。
くせの強い菜穂のふわふわの髪を撫でる忍。
「癒されますー」
「あたしもー!」
同じく、セッティングに回っていた久慈羅菜都(
ja8631)も駆けつけ菜穂を囲んでなでなで。
「にゃもー。おねえちゃんたち、なでなで、きもちいいのにゃもー☆」
ほわほわーとしている菜穂を囲んで、しばし談笑。
「どんな料理ができるのかな」
菜都には好き嫌いが無いらしい。
「にゃも子ちゃんは好き嫌いがある?」
「ええとね。ピーマンなのにゃも。でもピザのなら食べられるのにゃも」
「じゃあ、みんなの料理を食べる方に回りましょうか」
「うん、にゃも!」
忍と菜都と手を繋いで一緒に歩く。
「光嬢はどんなメニューを考えていたのかな?」
この料理イベントの発起人が光と聞いて尋ねるグラン(
ja1111)。
「やはり芥子とネギが基本だと思うのですが、卵を混ぜたものをミキサーですり下ろしてふわふわにすると食べやすいらしいので」
「なるほど」
それでミキサーがこんな惨状になっているのか、とようやく納得できたグランである。混ぜた物は卵とネギと芥子と納豆だけなので味は間違いないのだろうが。
「グランさん、ピザも作れるのですね」
きらきらとした瞳で感心している光に「興味あります?」と作り方を教えるグラン。
「これはパン用の納豆なのですが、これを刻んでからカレー粉を混ぜ、トマト、チーズと共に生地に乗せるのです」
オーブンの中からカレーの香ばしい香りとチーズが焦げる良い香りが漂ってくる。
「納豆料理って事だけど箸休めに中華料理はいかが?」
藍星露(
ja5127)が運んで来たのは大皿に乗った麻婆豆腐だった。
「あ。僕のも一緒にどうぞ」
鳳月威織(
ja0339)も麻婆豆腐を持ってきてくれた。
「おおきに!」
星露、そして威織が作ってくれた麻婆豆腐には納豆は見当たらない。星露の麻婆豆腐は本格的だけど家庭的な味。威織の作ってくれた麻婆豆腐はぎりぎりの辛さを見切った四川風だった。
何の抵抗もなくぱくぱくと食べて「おいしいなあ!」と談笑しているティーナを見て「ほっ」とする星露、そして威織。
「それ、実は納豆入りでしたー」
星露がにっこりと微笑む。共に、挽肉の部分が納豆なのである。
「食べてくれてありがとう」
威織が微笑む。ようやくティーナは理解できた。食わず嫌いでは世間が狭くなるな、と。そして自分のためにここまで考えてくれたふたり、ううん、全ての人の感謝した。
「ほな、じゃんじゃん食べさせてもらいます!」
「料理は好きだからな、やれるだけやってみよう」
飄々と調理質に入ってきた相馬晴日呼(
ja9234)。でも何の食材の用意もないけど?
布巾を一枚取り調理台の上に乗せる。ぱちん、と指を鳴らし布巾を取ると。
「はい、じゃがいもと納豆が現われましたー」
じゃがいもをすりつぶす。それにとろけるチーズと納豆と片栗粉を混ぜてフライパンで焼く。
「七夕の時もすごかったけど、今回も見事やねー。で、これ、なんていう料理なん?」
尋ねるティーナに首を傾げる晴日呼。
「ん、メニューの名前?考えてなかった」
味見をして「うん、悪くない」と呟く。
「どうだろう、無理に食べる事は無いが」
勧められて早速一口。もっとねばーっとしているかと思ったが、すんなりと口に入った。
「これ、美味しいと思うで」
と、言おうとしたら既に晴日呼の姿が消えていた。
「あーよっしゃいくぞー!」
螺子巻ネジ(
ja9286)が高らかに声を上げる。そして左手に据えた丼に箸を投下 左左右右、左右左左、右右左左、右左右右!
上半身を激しく、そして律動的に動かすネジに視線が集中する。その有り様はそう、まさにアイドル。ネジの右手が高速で旋回すると飴細工のようにキラキラと輝く糸が空間を舞い、ネジの踊りに花を添える。
誰も信じないだろう。ネジはただ、納豆をかき混ぜているだけなんて!
「さあー皆様ご一緒にー!!」
「フォローは任せろ!」
村雨紫狼(
ja5376)が並び、ネジと動きをフォローする。ただ、ネジと違うのは紫狼、実は納豆が苦手なのでなのである。
丼と箸は持たず、人差し指をピンと立てて踊るのは、いわゆるヲタ芸。
「1、2、3、4、5、6、7、8!」
「まかせろー、うぉー……うぉー……」
ものすごーく低いテンションにしか見えないのだけど、ノリノリで合いの手を入れている晴日呼の姿も見える。
かき混ぜること300回。最早真っ白な泡となった納豆。呆然とする皆が、それでも送る拍手に応えながらネジは、きらっきらの笑顔で辻村ティーナ(jz0044)の目の前に丼を差し出し、ここで決めポーズ!
「300回混ぜた納豆はフワッフワで甘いのですよー♪」
「おおきに」
基本的にノリ重視のティーナである。ここまでお膳立てされて断るのは関西人の名折れと本気で思ってはいる。でも。実際に「そのまんま」の納豆が出てくるとまだ額から脂汗が止らない。
「ティーナちゃん、なんなら俺が先に食べるからっ」
激しいヲタ芸を演じた疲れも見せず、紫狼はティーナに気遣いそれとなく耳打ちをする。先人を敬わぬこと、子供を傷つけることと等しく食べ物を粗末にしないことを祖母から教わった紫狼には力が入るところである。
「おおきに。でも、うち、食べさせてもらいます!」
何よりネジの気持ちがありがたかった。というか。
納豆ってただ混ぜるだけこれほど変るとはなー、と泡になってしまった納豆を眺める。意を決して。
「ぱく」
口に含む。
「はむはむ」
無言のままもぐもぐ。
「どうです?」
覗き込むネジにVサインを見せるティーナ。
「臭くないし、ねばねばものうなってる。びっくりやで」
もう一口だけぱくっと食べたところで大丈夫、と聞かれる。
「これならば食べられなくもななあ」
おっかなびっくりティーナが食べているのを見てうんうん、と頷く天道郁代(
ja1198)。
「納豆は日本のソウルフード。そしてごはん、味噌汁とともに食するのが王道ですわ」
ほかほかのご飯をよそってくれた。
「わたくしも味見のお付き合いしますから、一緒に食べましょう」
ぐう、と幾代のお腹がなった、ような気がした。
「もしかして、付き合ってくれるために食事抜いてきた、とか?」
まさかそんなことあれへんよね、と思って聞いてみたら本当に抜いてきてくれたらしい。ほかほかのご飯にかけられた納豆には、まだためらいがあって箸を動かす手が止まる。
「論理的に言えば」
博士・美月(
ja0044)が見かねてティーナの座る席の横につく。
「納豆は栄養たっぷり。特に学問に励む学生には必需品!」
解説に力が入る。
「そして味噌汁も要るのでしょう。あたしの地元でよく食べる納豆汁をどうぞ。これだけで一日に必要な栄養素の大部分を補えます」
豆腐に山菜がふんだんに入っている味噌汁に擦った納豆を入れた味噌汁は、見るからに体にやさしそうだ。幾代もまた丹念に練ってくれた納豆と合わせて一汁一品。シンプルながらに美しい和の食事である。
ご飯をぱくんと食べ、納豆汁をずずずと飲む。
「あれ……?」
そんなには抵抗がなかった。もっとねばーっとしていて、もっと匂いがきついかと思っていたんだけど。インパクト性が高い料理をみたせいだろうか。
「納豆食べるんだよ! 」
ワンピース姿の少女が現われ、ずらずらっと納豆を並べる。ひき割り納豆、塩辛納豆とバリエーションに富んでいる。
「納豆、食べるんだよ!」
ぴょん、と跳ねるとどよめきが起きる、「何かを履き忘れている、見た目少女」なルーナ(
ja7989)である。ちなみに、ルーナの見た目年齢15歳。ティーナは20歳。だけどティーナの方がルーナより2歳年下。不思議だね。
「納豆はおいしいんだよー」
力説しつづけるルーナ。「これ、デザート」と最後に置いたのは甘納豆。
「納豆尽しでは疲れてしまいますわ」
いなり寿司、しかも関西風、が目の前に突然現われて「おおおお」と身を乗り出すティーナ。
「姉が炊いたご飯を関西風のいなり寿司にしてみました」
水無月沙羅(
ja0670)と、その姉の水無月葵(
ja0968)が並び立ち微笑んでいる。共に纏っている単の着物が涼しげである。
「そしてこちらがそのご飯です」
ブランド米『つや姫』を羽釜で丹念に炊いてくれた姉、葵がご飯をよそってくれる。米のひとつひとつが立っている、輝きといい香りといい、気の入ったご飯だった。
「そして納豆です。ティーナ様、よろしければご賞味ください」
「え、これが、納豆なの?」
度肝を抜かれるとはこの事だろう。沙羅が差し出してくれた納豆はなんと、エメラルドグリーン。
「枝豆で作らせて頂きました」
聞けば枝豆で納豆を作るのは非常に困難を要するそうでたくさんの失敗の末にできた逸品らしい。
「沙羅に限った話ではなく、皆様の想いが料理に沢山込められていますよ」
自分のためにここまでしてくれる人がいる。本当にありがたい話である。ちょっと溢れた涙はからしのせいにして。ゆっくり、味わいながら食べるティーナだった。
「辻村はいなり寿司が好き、という噂は証明できた訳だ。……私のもどうだね、ひとつ」
下妻笹緒(
ja0544)がいなり寿司を持ってくる。「おおきに」とまたぱくっと食べたティーナ。笹緒が持ってきてくれた稲荷寿司もまた関西風である。形は三角、中はしいたけやにんじん、そして納豆が入っていた。
「めちゃくちゃ美味い、と言うほどじゃない。けど、こういうのもアリだろ?」
奇をてらうことはない。納豆もありふれた食品の位置にしてしまえば特別の物ではなくなる。笹緒の思いやりもまた、心に染みた。
「ティーナちゃんも苦労してるみたいやね」
ティーナと同じく納豆が苦手、と言う烏丸あやめ(
ja1000)。
「こんなんどうやろ?」
あやめが差し出してくれたのは揚げ納豆。衣をほとんど付けず素揚げにしたものにネギをあしらっている。
「熱いうちに食べるから臭いが強いねん」
黒の瞳が「どや」と微笑んでいる。臭いを抑えるためにちゃんと冷ましてから持ってきてくれた心遣いが嬉しい。小学生のあやめが作ってくれたのも嬉しい。
「おおきに、ありがとー。心して頂きます」
ミトンをはめた手で鍋を運んでくるリゼット・エトワール(
ja6638)。
「どうすれば気にしないで食べられるのか考えた末、夏野菜と納豆のカレーを作る事にしました 」
「うわあ、これ、リゼットさんが作ってくれたん?」
ナス、トマト、玉ねぎ、ニンジン、ピーマンと野菜がふんだんに入っている。しかもリゼットは臭いが飛ばないように換気扇の側で作ってくれていた。
「全然、臭いもしない……。これ、もしかしたら隠し味とか相当凝ってたりせえへん? アイオリとか」
本当に驚いた顔を見せるティーナににっこりと微笑むリゼットである。アイオリ、つまりにんにくを炒めてから野菜を入れているのだが、さらに隠し味にオイスターソースが入っていることまでは気が付かなかった。
下級生の子らにここまでの事をされたら、もう、苦手だのなんなの言ってはいられない。克服してみせるでー、と俄然闘志を燃やすティーナである。
「そうです。納豆美味しいですよ。食べるといいですよ」
闘志に呼応したか。ずい、と身を乗り出してくるユイ・J・オルフェウス(
ja5137)。内心の台詞は「小学生だって大きさを気にするのです 」なのだが、それはシークレット。ティーナのスタイルをちらちら見たりしている。それはともかく。
「お母さんがおしえてくれた、です」
ユイが教えてくれたのは大根おろしやキムチ、野沢菜漬を練り込んだ納豆。
「私だって、これくらいは出来る、です」
「おおきに、頂きます!」
「私も食べます!」
自分よりも5歳年下の菜穂がどういう理由なのか、くびれていたりするのを見て、俄然「食べなきゃ」と闘志を燃やすユイだった。
「食わず嫌いな感じでしたか?」
納豆ご飯が一番ハードル高そうだったけど、と思う大曽根香流(
ja0082)が用意してくれたのは納豆そば。
「ねばねばが苦手な人はいますからね」
茹でたてのそばの上にひき割り納豆と刻んだシソにミョウガがあしらわれ、ちゃんと取った出汁が掛けられていて、まさに涼味。
「こちらもどうぞ」
納豆とキムチにチーズを袋揚げの中に詰めてオーブントースターで焼いた一品を差し出す香流。キムチで匂いが相殺されていて食べやすい。
「おそばもいいけど。パスタなんかもどうかな?」
やりとりを見ていたリト・ウォレンサー(
ja8220)は、ひらめいたようにパスタを湯がく。
「まずトマトとアボガドと納豆を細かく切って、醤油と混ぜる、っと」
これだけの野菜を食べたら美容にも良さそう、と楽しくなってくる。
「それから茹でたパスタにオリーブオイルを絡ませて」
かなり手際良く、湯切りしたパスタにオリーブオイルを和える
「それで、さっきの醤油で味を調えたものを乗せて海苔をまぶして出来上がり! 」
時間にして10分も経たないうちに完成したパスタは、緑、赤、茶、黒と目にも鮮やかな一品だった。
「いや、恐れ入ったで、ほんま」
感心しながらフォークに巻き付け食べるティーナ。
「しかも。おいしいで」
「ほんと? 料理は得意でも不得意でもないから。ちょっと心配したんだけど」
いやいや、これなら巧いと思うでーとティーナは再び感心。
「ボクのパスタも食べてみてよ、後悔はさせないからさぁ」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が声を掛けてくる。一見チャラい感じもするが、苦手な物を食べたい、と努力するティーナの力になりたいと内心では思っている辺り、結構なかなかな好漢とも言えるのだが。
「まずは納豆に慣れてもらう所から。何事も最初は淑女を迎えるように優しく楽しく、ね♪」
納豆と茄子、アスパラとベーコンをオリーブ油で炒め、納豆の臭みと粘り気を消すとここにホールトマトと白ワインを加える。
「あとはローズマリーを入れて煮込み、コンソメと黒胡椒で味をととのえる、っと。パスタに絡めたら、簡単にして美味しい。モテる男は料理も上手、って言うしね」
始終陽気なジェラルドである。確かに、うまい。
「もしかしてファンクラブとかもあるん?」
そんな気さえ起こしかねないジェラルドだ。
「逃げられないように罠は張ったけど、無駄だった? でもそれならそれで良かったけど」
「逃げられないってなんやー……って、フィンさん、その手どないした?」
「あらこれは。ごめんなさい、お見苦しいものを」
包帯で手を包んでいるフィン・スターニス(
ja9308)が差し出すのは「納豆オムレツ」。
「花嫁修業だから、気にしないで」
しゅん、して手を後ろに隠すフィン。
「フィンさん、大丈夫!?」
フィンの有り様にびっくりして駆け寄ってくる加々見恭二(
ja8955)。
「あ、辻村さん、これを」
渡されたのは大葉、野沢菜に香りの良い海苔で巻いた巻き寿司。マヨネーズなど隠し味にも気を使っている恭二も実は納豆が苦手なのである。
「フィンさん、なぜこんな事に」
「恭二さん……ごめんなさい……」
真っ白な肌の上を涙がつつつ、と走る。
「辻村さん、気に入って貰えると嬉しいのですが」
恭二も恐らく予想外だろうこの展開。でも断ることなどできるはずもない。
なんとなくフィンに乗せられた気もするのだけど、苦手な納豆の克服を協力したいと言う2人の気持ちは本物。
「頂きます」
臭いやねばりなどを感じる間も無かった。
「重なるようでしたら控えましたが」
巻き寿司とは違う味わいがあるのでは、と苧環志津乃(
ja7469)がティーナに勧めたのは納豆の手巻き寿司。
「納豆が不得手な人でも、これならば大丈夫でしたので」
酢飯の塩梅がいい。それもそのはず、炊く時に昆布を入れているらしい。
「母が用意した手巻き寿司の具の納豆を『これなら食べられる』と驚いていたので、これなばらティーナさんのお口にも合うのでは、と」
訥々と何かを思い出すように語る志津乃。
思い出の一品か。これは食べへん訳にはいかん、と気合いを入れて食べてみるティーナ。しかし、意外と、というか肩すかしを食らったように「あれ?」と驚いてしまう。気合いが空回りした、というか。「普通に食べられる」。
「やっぱり。そんな顔で驚く、みたいなのですよ」
くすくす、と笑う志津乃は胸に手を当てて、何かを思い出しているようだった。
「こっちはノンナ仕込みのソースですよーっ」
ノンナ、つまり祖母が教えてくれたレシピの、その簡単アレンジだけど、と艾原小夜(
ja8944)。
みじん切り玉葱とニンニク1欠片分と炒め、カットホールトマトの缶詰を投入。コンソメ、バジリコ、オリガノを加え、塩で味を整えながら混ぜながら煮込んで行く。
「混ぜてるスパトーラが重く感じたら特製ソース完成よ」
鍋を回している木べらで重さを確認。ソースをラスクの上に乗せ、少しの納豆とチーズの順で乗せ、オーブントースターで2分焼き上げる。焦げる香りもまた香ばしい。
「お母さんの味の後におばあちゃんの味かー。これは嬉しいなあ」
かりっとしたラスクの口当たりがまた楽しい。
「口直しのカフェ・コレットも作りますー」
エスプレッソにグラッパを少し振って差し出す小夜。
国際性も豊かになって来た料理を交換しあいながら和気藹々。
「辻村先輩、私のはこれだ」
栄養素を調べた上で蘇芳和馬(
ja0168)が用意してくれたのは「納豆とチーズの磯辺揚げ」。
わかめを混ぜた納豆を刻みチーズと和え、軽くあぶった海苔で巻いてから天ぷらにするという手が込んだ物だった。磯の香りとチーズで納豆の臭みが抑えられている。
「この料理に緑茶を合わせると納豆からイソフラボンとタンパク質、チーズもタンパク質が多い、。これにわかめでボロンを確保。緑茶は美肌効果が高く、豊胸効果……」
和馬が言い切る前に、料理の前ににっこりと微笑んでいる光が着席していたのは言うまでも無い。
「そうそう、無理に食べても栄養にならないよ! 食事は楽しく! ね?」
與那城麻耶(
ja0250)が運んできたのは沖縄料理の数々。
「納豆ひらやーちーに納豆ともずくのてんぷら、納豆あんだぎーやっさー」
納豆ペーストに小麦粉と出汁を加えて葱などの野菜を適量、フライパンで薄く焼いたひらやーちーはお好み焼きののようでこれは嬉しい。
「納豆を、というか食事は楽しんで欲しい。そして沖縄も気に入ってもらえれば更に嬉しいかな」
ひらやーちーを勧められるようにマヨネーズをつけて食べると、まだ行った事が無い南の、快活な街を想像させてくれた。
「食わず嫌いは克服できましたか?」
奇をてらわず、学食で準備できるもので一品を作ってきたのは楊玲花(
ja0249)。芥子を加えることで臭いを抑えたひき割り納豆にちりめんじゃこ、小口ネギを散らしたものを溶いた卵液の中に入れて焼いた【納豆入り卵焼き】。
「忙しい朝でも一工夫することで美味しく、そして簡単に作れます」
「ほんまや、ぱっとできそうやし臭いもあらへん」
感心してメモを取るティーナ。
「どなたかが言ってましたけど、天ぷら、うまーですよ」
戦部小次郎(
ja0860)が作ってくれたのは2色の天ぷらだった。
「匂いと粘りを無くしちゃえば良いんです」
良く混ぜて粘りを出した納豆に醤油を混ぜて普通に味付ける。
これを二つに分け、一方にはスイートコーンを加えて、さらに混ぜる。
卵液に小麦粉を入れて素早く混ぜ、衣をつくると先に作ったタネをくぐらせ油で揚げる。コーンが入っていないタネを揚げる時は衣に青のりを混ぜて彩りも。
「ほんまや。これはおいしいなあ」
「こちらも食してみて下さい」
楚々とした所作の美しさで或瀬院由真(
ja1687)が並べたのは油揚げの包み焼き。
「ふふふ、これは自信がありますよ? ささ、これに醤油を掛けて食べて下さいな。生姜醤油でもいいですよ」
かりっと焼けた揚げに生醤油が何とも香ばしい。噛むとねばーとする食感は、既に気にならなくなっていた。チーズ入りもどうぞ、と勧められたので皆で試食。
「んーっ、やっぱり至極のおつまみですね、これは」
由真の言葉に皆びっくりして振り向く。一見中学生にしか見えない由真は大学生なのである。
「九十九殿、今回は宜しくお願いします。精一杯サポートしますので」
青のエプロンは清潔感があり、そして青の髪によく合っている神棟星嵐(
ja1019)。打ち合わせで決めた手順に基づき材料、調味料を並べていく。
「神棟さんとうちの手ににかかれば、この程度は余裕なのさぁね」
中華鍋を振るのは九十九(
ja1149)。熱した中華鍋に納豆を混ぜた卵が注がれる。固まる前にご飯が混ぜられ強火の上で米が舞う。味付けに納豆の付属のダシを使うと醤油が焦げる良い香りが沸き上がる。
そして九十九が作った炒飯を星嵐が綺麗に盛りつける。
「外国の方は納豆に馴染みにくいでしょうから、美味しい料理で味わって貰い大好きになって欲しいですね」
炒飯を作り終え、手早く中華鍋を洗うと次に作るニラ玉の準備にはいる九十九と星嵐。カンカンと打楽器のように鳴り響く九十九の中華鍋と、九十九に材料を渡し料理を受け取り盛りつける星嵐は、まるで音楽のセッションのようで、見る者を引きつけ、楽しませた。
「そろそろデザートも必要ですよね」
「納豆で甘い物ができるのでしたら、お教えを請いたいです」
甘い物担当、という事で抜擢された光の前で微笑んでいるのは森林(
ja2378)。2人の前にあるのは納豆と、バナナ。
「まず納豆を50回くらいかき混ぜて、バナナを一口大に切ります。後はその二つを合わせて、塩キャラメルペーストをかけると完成です。納豆もバナナも栄養満点ですから、体にいいですよ〜」
「なるほど」
例えば。激戦地で迎える忙しい朝なんかには最適なのかも知れない。ただ残念なのはここが激戦地ではないことか。
「む、無理に食べろとは言いませんが、一口でも食べてもらえたら嬉しいです〜」
ざわざわざわ、という周囲のざわめきにちょっと動揺する森林。しかし光は意にも介さずぱくっと一口。
「では、早速」
味、自体は悪くない気もするんだけど、ねばねばが更に強調されてしまっているのがちょっと残念かも。
「チョコをかけるともっと美味しいかもしれません」
「光嬢、ピザが焼けたのでカットを頼みたいのだが」
光の後ろで様子を眺めていたグランに体よく回収された光でした。
「戦場では食べ物を選べない時もある。好き嫌いは無いにこしたことはないからな。尽力しよう」
せいろの中から饅頭を取り出す中津謳華(
ja4212)。
「しかし、納豆よりも、饅頭のほうが美味いと思うんだがな」
手作りの饅頭を差し出すと、スープを添える。こっちのスープが本命。
「固形スープの素と和風だし、野菜やベーコンと共に鍋に入れる。この際野菜がしんなりしてきたら弱火にして少々煮込み、味を整える為に醤油を少々そこに納豆を加え、一混ぜしたら日を止めて器に盛り、白ごまをふって完成だ 」
「思ったよりも合うなあ」
ふうふうとスープをすするティーナに、「無理はするなよ」と箸休めの饅頭を置く謳華。
「……これを、どうぞ」
陶器のように真っ白な指が伸びて、ティーナの前にサラダを差し出す。
「これは?」
「……納豆ドレッシングの、……サラダ」
透き通るような白い肌に赤い瞳が印象的な染井桜花(
ja4386)の一品。ミキサーで潰した納豆にポン酢と醤油とタレを混ぜた納豆で作ったドレッシングが掛けられている。意外性、だが非常に美味しい。
「……美味しいの作る」
冷蔵庫で冷やしていた納豆とコーンを混ぜたタネを天ぷらに。
「……どうぞ」
じーっと見つめる赤い瞳に吸い込まれそうになり、なぜか赤面しちゃうティーナ。
「ほ、ほれてまうやろ」
それまで、全く無表情だった桜花が突然爆笑を始めてしまった。一度笑いのツボに入るとなかなか脱出できない方らしい。釣られてティーナも笑い出す。
「よし、完成! 辻村殿、納豆食えぃ! 」
渾身の一枚が焼き上がった事に満足する断神朔樂(
ja5116)。焼きたての「納豆豆腐ハンバーグ」からはあつあつで美味しそうだ。
「ただ納豆はそのままが一番美味いで御座るのに……。和食好きとしては、ちょっと引っかかるで御座る」
「こちらはハンバーグですか」
ひょいと覗き込む光。
「いや、御影殿。つまみ食いはいけませんぞ」
「私、つまみ食いなんてしません」
ただ、話が甘い物になるとその間、何をしていたかはちょっと自信がない光でもある。
「苦手意識の克服の、お手伝いになれば」
涼やかな微笑みでウェマー・ラグネル(
ja6709)。マヨネーズ、ワサビ、オリーブオイルに調味料を混ぜ、茹でた鶏挽肉を和えこれに納豆を加え、丼によそってネギと海苔を振る……。テキパキと作業を進め、あっという間に作り上げた一品はネギのしゃりっとしたみずみずしさにワサビがさっぱりとしていて、まさに夏向き。
「お口に合ったのなら嬉しいです。俺も皆さんの料理を楽しみに来たので、沢山食べますよ」
「丼ならばこういうものもあるぞ」
メバチ鮪赤身、オクラ、長芋に納豆を和えた「ねばねば美容丼」を差し出す姫路眞央(
ja8399)。
「あと、もんじゃも用意している」
用意していた「イカ納豆もんじゃ」の生地を鉄板の上に広げる。
「さっきも思たんやけど、お好みと全然ちがうんね」
「うむ、どれも美味しいだろ!」
小さなコテではふはふ食べると、それだけで楽しかった。
「それにしても眞央さん。よくこれだけの材料、予算の中で買うてこれたなあ」
どう考えても予算を超えそうなんだけど、と丼を食べながら不思議がるティーナに「食材の調達もまた力量だな」と眞央。実は商店にてキラースマイルを駆使し、細かく分けて貰い予算を浮かせた眞央であった。
「辻村にはお好み焼きの方が馴染みがあるか?」
久井忠志(
ja9301)が作ってくれたのは小麦粉不要でキャベツ、納豆、牛乳、卵が生地になるという。
「お好み、ようさん食べたけど、これは初めてやね」
忠志の用意してくれるお好み焼きをわくわくしながら見つめるティーナ。そういえば忠志は随分と試食に付き合ってくれていた。ティーナの好みも苦手も大体検討がついたのかもしれない。
「納豆はいいものだ、な。辻村」
「ほんまや、ええもんやねえ」
「できれば三人で食べたかったけどな」
所要ができて中座したという崔北斗(
ja0263)が残念そうだったと忠志が言う。
ここでティーナ、何かを思い出したように「あ」と立ち上がる。
「鉄板言うたら」
ショッキングな光景に失礼にも逃げてしまった。慌てて戻ると。
「あ、戻ってきたよ、ふりゅーん」
「じゃあ焼くね、りんちゃ」
温かく凛とフルルカが迎えてくれた。
折角なのでみんなでもんじゃの試食会。そう言えば覚羅さんの姿が見えないけど?
陽が暮れる頃。すべての片づけが終わった。残っているのは光と菜穂、そしてティーナ。
そして。動けなくなっていたティーナを菜穂が背負っていた。苦手だったからではない。さすがに、さすがに食べ過ぎたのである。
「だいじょうぶ、なのにゃも?」
「私はなんともないのですけどね」
一部の間ではつとに噂されている事だが、甘い物は別腹どころか異次元空間に向かう光である。
「改善の兆し、あるのでしょうか」
胸にそっと手を当ててみる。悩みはむしろそっちだった。
「みなさん。ほんまにありがとうなあ」
うっすらとした意識の中で、幸せを感じるティーナ。今日一日でたくさんの人と知り合い、たくさんの人から、たくさんの思いを頂き、苦手は克服できた。
「でも。欲を言えばあとひと月はなっと、見とない」
一年分くらいの納豆を食べて、肌もつやつやになったティーナはちょっとだけ、夢の中で贅沢言ってみる。でもその寝顔はとっても幸せそう。