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マスター:星置ナオ
シナリオ形態:イベント
難易度:やや易
参加人数:50人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/07/13


みんなの思い出



オープニング

 季節は既に夏になったと言えよう。うだるような暑さの中、ようやく終わった午後の授業にぐったりしている教室へ「ばーん」と開くドアの音と共にブロンドの髪が入ってきた。
「なあなあ、お化け屋敷のバイトあるんやけどいかへん?」
 高等部2年の辻村ティーナ(jz0044)である。言うが早いか手に抱えているビラの山から1枚を取り出して渡してきた。久遠ヶ原学園の全教室をひとつずつ回っているらしい。暑いのにご苦労な事だと思ったが、このビラ配りと勧誘もバイトなんやで、と聞かされてなるほどね、と納得するみんなであった。
「辻村。これお化け屋敷じゃなくてワンナイトパーティーの店員のバイトじゃね?」
 チラシを手にとった女生徒がすかさず指摘を入れる。チラシにはワンナイトパーティーを大規模に開催するのに、ギミックとしてモンスターハウス風の設営をしたからそのスタッフを募集と書いている。ついでに「人が集まるので警備もお願いしたい」と書かれてもいる。かなり飛ばして読んだんだなあと呆れた顔を見せる女生徒に「まあまあ、お化けのかっこの仕事なのはほんとやしええやん」と返すティーナ。
「まあ、それは良いけど衣装とかどうするの」
「日本の妖怪と西洋のモンスターの仮装は一式揃ってるから用意は特にしなくてええねん」
「自前のを使いたい人は?」
「自前? 自前なんか持ってるん? あー、普通は駄目やろけど、このがっこの人ってプロみたいな人もいるしなあ。直に聞いてみんとわからへんな」
 続いて別の学生が手を上げて聞く。
「客になってデートとかもあり?」
「それやとバイトにならへんやろ、って言いたいとこやけどなんと、今回はありなんや」
 お化け屋敷と言っても場所は倉庫を借り切って行う一夜限りのお祭りらしい。バイトの学生は仮装したにぎやか師として参加して、客を驚かせたり盛り上げたりすれば良いらしい。主催者はけっこう太っ腹で盛り上げてくれるのなら時間中、食事も飲み物も自由にして良いと言ってくれたらしい。
「なんや撃退士やったらパフォーマンスできる人もおるんやろ、ってむっちゃ期待してたで」
 まあ、確かにオリンピック選手並には運動ができる久遠ヶ原学園の生徒たちである。こういう依頼が来てもおかしくもないか。
「あ、せや。楽器演奏できる人はライブもしてええらしいで」
 キーボード、ドラム、ギター、ベースにアンプなど、セッションするのに最低限の物は揃っているらしい。これに関しては自前があるのなら持ってきてくれると助かるらしいが。
「ところで辻村も参加なんだろ」
 どんな仮装をするのか、と聞かれたティーナは「マーメイド」と答えた。
「いや……。どういう訳なんか、自前のがあってな……」
 一応主催者に見せたのだが断る素振りも見せずに快諾されたらしい。
「まあ、うちはいつもこんな格好やし、普段と変わらへんとは思うけど」
 夏服の白のブラウスをぴら、とめくる。どよめく教室だったが「辻村のいつものかっこじゃん」の声に「ああ」と静かになった。ブラウスの下から覗くのは水着だった。
「というか、普段の方が露出多め」
「ナイスツッコミ、おおきにやで!」
 ブロンドの髪を揺らしながら笑い、「ほなよろしゅう」と言い残し鼻歌交じりでティーナは去って行った。

「賑やかな奴だなあ」
 台風一過の空を見上げたように残された学生らが呟き、そしてチラシに目を落とす。
「開催日は7月1日か。あれ……?」
 スマートフォンのスケジュールを確認した生徒のひとりが心底呆れた顔を見せる。
「この日って、辻村の誕生日だ」
「……自分の誕生日、忘れてるの?」
 覚えているんだったら、というか予定が入っているんだったらダブルブッキングの依頼は持ってこないよなあと思う、というかお前には予定がないのか辻村ーっ、とティーナが渡り歩いた教室から一斉にツッコミの声が上がった。

 当人の自覚がないだけで、もしかしたら久遠ヶ原学園の非モテの筆頭はティーナなのかもしれない。それを思うと涙腺が緩む事を抑えられない撃退士の面々であった。


リプレイ本文

 夏の陽は西に落ちたがそれでも外は明るいが、時刻は間もなく午後6時を迎えようとしていた。開場の時間が近付くに連れて、外には既に長い行列ができている。未だ途切れない行列を見ているとなるほど、撃退士が50人も要請されるイベントであるのが納得できた。
「これだけの人数を調整するのは大変です」
 猫又の仮装をしている少女がひとり。外の行列を見て気合いを入れる。どうやら故ありらしく本名は名乗らないらしいが、開場時刻よりも遙か前にやってきた自称【フラワーさん】は完璧なメイドとして清掃や設営にその才能を発揮していた。
「メイドとして負けるわけには参りません!」
入って来る人の波を華麗にさばきながら、不審者がいないか【フラワーさん】の目が光る。
「お化け屋敷でライブパーティー、か」
 食い合わせが良いのか悪いのか判らないなあ、と佐倉哲平(ja0650)。
「まあ、夏だからいいか」
 何しろ今日も暑い。涼しさと熱気の両面で暑気はらいができるなら得に思える者なのかも知れない。大道具を運ぶ裏方に徹しながらも背が高い哲平が完璧なフランケンシュタインの仮装で大道具を運んでいる。その仕事ぶりに「一緒に写メをお願いします」と頼む客の姿も。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
 着物に鬼の顔。鬼女の姿で挨拶しているのは桐原雅(ja1822)。天魔だけではなく怪しい人物などいないか注意を払っているのだが、鬼の面を被ったままでは視界が十分に確保できない。面をずらして挨拶していると「かわいいっ!」の声も上がってちょっぴり困惑気味。

 エントランスを抜けると暗く深い闇が広がっている。その上、奥がどうなっているのか視界を遮るように乱立する廃墟のセットは雰囲気があった。
「ごきげんよう」
 入口の横から声が掛かり「びくっ」と驚くカップル。そこには一体のアンティーク人形が椅子に腰掛けていた。無表情のまま白いワンピースを纏い、四肢には関節球が見える。人形? とカップルの女性が確認しようとしたその時。
「私は案内役兼門番の雨宮アカリよぉ」
 奇声を上げ男の背に隠れる女性に向かい、丁寧なお辞儀をする雨宮アカリ(ja4010)は、カクカクとした動きで「楽しんで来てねぇ♪」と奥へと誘う。
「雰囲気あるなあ」
 辻村ティーナ(jz0044)もびくっと驚いたひとりである。グラスをトレイに乗せたまま、びったんびったんと跳ね回っているのはティーナが人魚のコスプレをしているせい。下が魚の尻尾では、跳ねる以外の移動手段はない。
「盛大に揺れるてるわねぇ」
「グラスの中身はこぼさへんで」
 胸を張るティーナ。ちなみに上は白のビキニ姿。
「やっぱり、揺れてるわぁ」
 あえて何が、とは言わないが。
「ティーナ、あんたは今日、そないに働かんでもええ日やで」
 端正な顔立ちからノリの良い関西弁が発せられる。九条穂積(ja0026)である。口からは牙と鮮血のような赤が覗く妖艶なヴァンパイアの姿であった。勿論穂積は女性なのだがむしろ女性客が取り巻いている。
「バイトに来て働かん訳にもいかへんやろ、って今日ってなんの日?」
 素でボケて来たティーナにツッコミで返したいところをそこは関西人同士。
「なんかもあるかい。7月ちゅうたら夏や。うちら夏休みでも学校行くんやで。仕事が休暇なんやかようわからへん」
「お客さん、これでギャラは一緒なんですよ」
「ええから遊んで来ぃ」とその背をぱんと押し。改めて周囲を見回して一言。
「失礼しました。旦那様方、お嬢様方、今宵のマッドティーパーティーをお楽しみください」
 紳士的な対応で意図せず女性を虜にしているグラルス・ガリアクルーズ(ja0505)。
「いらっしゃいませ。お嬢様方、冷たいお飲み物はいかがでしょう?」
 グラルスの青と茶の瞳で見つめて欲しいがためにオーダー合戦を繰り広げる卓が幾つもあったとかで、売上げに相当な貢献があったらしい。
 きっと何か脅かそうとするギミックがあるんだぜ、と余裕をかましている男性客の、その上から突如ばさっと黒い影が舞い降りてきた。呆然としている客の前に現われたのは烏天狗の一条常盤(ja8160)。
「こ、これで驚いてもらえるでしょうか……」
 でもなんだか自信なさそう。
「うん。驚いた」
 こくこく、と頷いた客に「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。
「お客様、お飲み物はいかがですカー」
 姿は烏天狗でも、天狗にはならない控えめな常磐であった。

「お友達のウサギさんとはぐれてしまったのです。一緒に探して頂けませんか?」
 モンスターではない。兎の耳飾りをつけた少女がうるうると泣いている。いいよ、と一緒に探してくれる人の手を取り「あっちかも」と歩く少女。しかし連れて行くのはモンスター(仮装)の密集地帯……。ぎゃああ、と声をあげる人に「てへ、ごめんなさい☆」。でもこれもサービスなのです、とある意味最凶な役回りをしているのは逸宮焔寿(ja2900)。
「はぅはぅ、たまにはゲームやアニメのコスプレじゃなくて、こういうのもいいよねぇ」
 更にもう少し奥の方で廃墟の一部が自律歩行していた……、ではなく。ぬりかべに扮しているエルレーン・バルハザード(ja0889)が今日のコスの出来に満足そうに頷きながら客を待っていた。
「あ、来た来た。じゃあ、いくよ……ってはう!」
 勇んで行こうとするあまり、足がもつれて倒れてしまったぬりかべ・エルレーン。ばたばたともがいてもぬりかべコスは一人では立ち上がれない。しかも、ここは暗がりの中である。「あうー?! いたぁい! きゃうっ?!」
 気の毒な事に「廃墟」というセットの一部になってしまったエルレーンを、客がぎゅむ、と踏みつけて歩いて行く。もはや号泣のエルレーンである。そこへ、キリキリと長い鉤爪で壁を掻きながら、悪夢の中の怪人が登場。帽子姿も決まっている日谷月彦(ja5877)である。客を驚かせながら学生たちを驚かせることにも力を入れている。
「不不不……、驚いた?」
 声のする方向へ颯爽と現れてみたが誰もいない。変だな、と思っていたら足元から「たすけてー」の声が聞こえ、びくっとする月彦。下を見ると倒れもがいている壁がいた。とりあえず久遠ヶ原街の悪夢の怪人としては、そこに壁があるのなら削ってみるのが筋だろうか?
 古来より日が落ち夜と交わる夕刻を逢魔が刻と呼ぶようだがまさに。
 暗がりの中に白い着物姿の女性が浮かぶ。相手が男性だとつつつ、と懐まで歩を詰めて抱いていた赤子を差し出してくる
「この子を抱いて下さい……」
 沙月子(ja1773)が扮する雪女である。
「うわ、なんだこれ、重い!」
 ちなみに赤子人形の中身は鉄球二つ。でも撃退士が持つと重さを感じさせないので渡された相手は本気で驚く。
「こえー、いろんな意味でこえー」
 特に相手が色々と心当たりがありそうなリア充男だと効果が抜群。「ほかに芸はないの?」と聞かれた月子はふうっと息を下に吐く。スキルによって一面に氷の針が現れる。
「私は昔話のように心優しい女ではありませんよ」
 だがその冷たさがいい、と結構な人気を博している月子。
菊開すみれ(ja6392)は背中に羽を生やしたヴァンパイアガールの仮装で飲み物を差し出している。胸元が大きく開いた衣装にも接客にも慣れず、どことなくぎこちないのだが、責任感の強さで乗り切っている。
「おにーさん、私とちょっとイイことしなーい?」
 華奢で小柄なすみれは実はかなりグラマーでもある。とは言え高校生であるすみれにセクハラしてくる不埒者は、すみれの放つ白い光纏の輝きで正気に戻された。

「あ。ティーナさん、……おめでとう」
 視線をこちらに向けると頭に突き刺さったままの斧もくるんと向かう。頭から流れる一筋の血が、小麦色の肌に妙に映えるゾンビっ娘・日比野亜絽波(ja4259)は現在警備の真っ最中。健康的な亜絽波が不健康なゾンビとは。だが、それがいい。
「先日のパーティーではありがとうね。本当はもっといっぱい話したいんだけど」
 現在警備中だから、と手を振る亜絽波。夏らしくてええなあ、と思いながら。周囲の喧騒で一部聞こえなかったけど亜絽波は何で「おめでとう」と言ったのだろ?
 さて、見送られたティーナはびったんびったん。ここの料理は美味しいと聞いているので壁に向かって跳ねていく。すると白のビキニを後ろから鷲掴みにされた。ぎゃああ、と声を上げて首だけ振り返ると挨拶する女子1名。
「はぐはぐ〜♪ やはりメリケンの物量の方が上なのです」
 もちろん、いつものアーレイ・バーグ(ja0276)である。背中に感じる圧倒的な物量に正直負けを認めるしかない。と言うか、今日のアーレイさんは白のビスチェに白のガーダーでたゆんたゆん。いつもよりも多めに揺らしています。
「悪魔に襲われるなんて日常じゃないですか?」
 それで鷲掴みにする理由を正当化?
「バ、バーグさんっ、それ悪魔ちゃう、ヴァニタス、ちゅうかサキュバス。ちゅうかやめー」
 がっしりと食い込んでいる手を振り解こうとするティーナだが、悲しいかな、二人の間にはレベル差という壁がある。
「あ。誘惑じゃなくて脅かさないといけないんでしたっけ?」
 不意に素に戻るアーレイ。周囲でだらだらとはなぢを出している男性の視線に気が付いたき「ばーい」と手を振ると、たゆゆんと音を立てて、闇の奥へと消えて行く。
「どうぞ、粗茶ですが」
 ようやく振り解き息を切らせたティーナの目の前に茶の入ったグラスが差し出される。
「おおきに」
 振り向くとぎょっとする。茶を差し出してくれたのは七瀬桜子(ja0400)なのだが、その頭から伸びている髪は蛇のようにうねうね。
「メイドとメデューサ! 二つ合わせてメイドューサ!」
 口に含んでいたお茶を吹き出しそうになり、むせる。
「何ちゃって、テヘペロ……」
 呆然と見つめるティーナ。
「うわああん、言ってみただけですよー」
 桜子は泣きながら脱兎していった。でも途中で呼び止められ、蛇から「じゃー」とオレンジジュースを吐き出している。背中に背負っているのはドリンクサーバーで、蛇はそれに直結しているらしい。
 落着いて見回すとみんなのギミックは非常に凝っていた。
「こちらご注文の品です」
 丁寧に給仕をしているミイラ男が注文をテーブルに置くと、ずるっと包帯がはがれた。
「おっと、失礼しました」
 唖然とする客、そしてティーナ。なぜなら包帯の下には何もないから。ティーナの表情に気がついたのかミイラ男がやって来る。くるくる、と包帯を取ると服の中はからっぽ、に見えた。実は変化の術で闇に隠れているのだが。
「大学部の雨宮だ。今日はよろしくぅ」
 雨宮歩(ja3810)が多分頭を下げて多分笑いかけてくれている、んだろうけど、次にあった時に顔が判るかティーナにはまったく自信がない。
 たたた、という足音が虚空から聞こえる。上を見るとセットの壁を軽やかに駆け抜けてくる影が何かを追うように走っている。影はティーナの前でぴたっと止った。
「お花をどうぞぉ」
 黒いローブに赤いマントを羽織り花束を差し出してくる吸血鬼の正体を、ティーナは全く判らなかった。
「もしかして黒百合さんか?」
 黒百合(ja0422)とは何度か一緒に出向いた事があるけど、仮装というレベルではない。声を聞いてようやく判る程の変化である。それにしてもなんで花?
不思議がっているティーナを余所に、黒百合は自称【フラワーさん】と何かを話し合っている。
「お代官様、貴方も随分と悪ですね。まぁ、報酬は後ほど……」
「お代官様?」
 声を掛けた時にはもう黒百合の姿も【フラワーさん】の姿も消えていた。なにかイベントの仕込みなんやろか。しかし貰ったお花は本当にきれいで。胸に抱きしめる。
 一方。そこから離れている一角で、闇の中から黒い影がゆらっと現われる。黒の光纏を解いて現われたのはメフィス・エナ(ja7041)。
「どうぞ……」
 黒くぼろぼろの布を纏いレイスになりきって給仕をしている。
「そっちはどうです? アスハ」
 しかし、あくまで警備の仕事をは忘れない。時折、同行のアスハ=タツヒラ(ja8432)と情報交換を行っている。ちなみにこちらは顔に包帯を巻いたミイラ男の装いである。
「問題はない、かな」
 とは言え暴れる酔客を「丁重に」別の場所でお招きして酔いを醒まして頂いたりもしている二人なのだが。異常はないか改めて確認するとふたりの周囲には何もなく、というか二人に関心を払う視線が無い事がわかり、二人だけの空間になっている事にも気付く。アスハと視線を交すメフィス。なんとかく、気持ちの良い酔いのような甘い雰囲気になる。と、二人の間に舞い降りる影。黒子姿でこんにゃくを吊した棹を両手に持つ唐沢完子(ja8347)である。客の首筋や頬に冷たいこんにゃくがぴたっと撫で「ひやああ」の奇声が上がっていた。そしていま、完子が今行っているのは追走劇のパフォーマンスだ。
「アタシしか隠れられないような場所、ある?」
 身長が1mほどの完子なら隠れられる場所をメフィスとアスハが指さし教えた。すると「こっちこっち」とギャラリーがこっちこっちと手を振る。金髪長身の子である。どうやら彼女も完子に協力してくれるらしい。あとでお礼をするね、と言う完子に「いえいえ」と手を振ると、金髪の子が完子に背を向ける。
「唐沢さん、貴女が逃げてる方は…こんな顔でしょうかァ」
 くるっと反転した瞬間、金髪の子は黒百合に戻っていた。
 ……数分後。二人の逃走劇を見守っていたギャラリーの前に現れた完子は、猫耳娘の仮装をさせられていたとか。

「ようやくご飯やー」
 バイキング形式になっている料理に手をつけようと跳ねた時、「ごん」と隣の人にぶつかってしまう。
「堪忍なあ」
 慌てて頭を下げると相手の人も「つまみ食い、ごめんなさいー」と頭を下げた。
「いや、うちらもこれは食べてええらしいで」
 ティーナがそう言うと額に三角の布に白装束、和の幽霊そのままの緋野慎(ja8541)は喜んで賞味する。しかし。食事の途中でも客から「ちょっと」と頼まれると、慎は「はい、よろこんでー!」と飛んで行く。「うらめしやー」と微笑みながらの幽霊流の挨拶。
「さて、ここからが本番だね。狼の俊敏性を……とはいかないけど、テキパキ動かないと」
 雰囲気を出すために敢えて銀ではないトレイに料理を乗せ、気合を入れる高峰彩香(ja5000)。しかしその狼女の仮装の手の込みようは尋常ではなかった。耳や爪に留まらず肌色に塗ったレザースーツに毛を貼り付けて、どこからどうみても本物の狼。オーダーを受けるごとに常人では出せないダッシュで駆け回る彩香であった。一方。
「ウォウー!」
 遠くから雄叫びが聞こえ、それが段々と近付いてくる。尻尾、牙に爪、尖った耳にそして顔から腕まで毛むくじゃらになったこちらは狼男の崔北斗(ja0263)。両手に大皿料理を器用に載せて客に「グルルゥv」とおすすめ料理を勧めている。ティーナの視線に気が付くとゆっくりと近付き「料理、足りているか?」とようやく喋ってくれた。
「うん。サボってて堪忍なあ」
 花束を抱えたティーナが手を合わせて謝罪すると手を横に振ってウオオオ、と吠える北斗である。意味は判らないけど「いいから休んでいな」となぜか聞こえた気もした。なんだか今日はみんながうちに優しいなあ、とちょっとだけ幸せな気持ちになるティーナである。
「リーリーリーリッ!空いたお皿とグラスをお下げしますカベ」
 ティーナが食べた皿がさっと片付けられる。おおきに、とお礼を言おうと相手を見るとぎょっ、とした。
「はんぺ……」
「はんぺん違います。ぬりかべなのですカベ」
 はんぺんに見える自覚があるのかもしれないぬりかべは若杉英斗(ja4230)。くるっと回転し「お飲み物はいかがですかカベ?」と勧めてくる。
「もっと硬い人なのかと思おてたらおもろい人やったんやなあ」
「ぬりかべなのですので硬いのですカベ」
「ほんまははんぺんなんやろ」
 なんだかほっこりと癒されるティーナである。
「よろしければこちらもどうぞ」
 ティーナの頭の上から声がかかる。びっくりして上を見上げると一つ目入道が微笑んでいた。これはたしかに長身の青戸誠士郎(ja0994)にしかできない仮装かもしれない。
先刻までのやり取りがよく見えていた誠士郎は(自分の誕生日を忘れるなんて大らかな方だなあ)と内心思っているのだが、皆で用意した企画が後に控えているのでたわいのない挨拶に終始し、再びにゅうっと客の頭の上から声を掛ける。
 驚かせ方も人それぞれらしい。栗原ひなこ(ja3001)が狙うのは視覚ではなく聴覚。録音やハウリングを使い怖がらせている。闇の中から突如呼びかけて来る声が、自分の声だったらそれは怖いだろう。怖くても、それでも人は確認したくなる。すると、おかっぱ頭の少女がぼーっと立っているのだ。
「うわあ、花子さん!」
 みんなが逃げて一人ぼっちになる。それが急に怖くなり、牧野穂鳥(ja2029)の元へと駆出すひなこであった。

「やあ、楽しんでいるかい?」
 ティーナの後ろから不意に声が聞こえ、振り返ると赤いマントに白い仮面の怪人が立っている。
「驚かせた?」
 笑いながら仮面をずらす平山尚幸(ja8488)。おどけた表情だが会場内の警備員として目が光っている。ティーナはさすがやなあと感心する。とりあえずお腹も満たされたことだし遊んで来い、と言われたしで賑やか師として会場を跳ね回ってみる。
「辻村か。元気だな」
 闇の中でも煌々と輝く金色の瞳、そして左の瞳は炎と燃える。通り過ぎようとするティーナに、トマトジュースが入ったグラスを掲げタキシード姿のヴァンパイア、影野恭弥(ja0018)がぼそっと声を掛ける。
「……」
 何かを思い出したように恭弥は懐を探ると無言のままでロリポップキャンディーを差し出す。
「うちに、くれるん?」
 イタリアの海と空のような明るい青の配色が嬉しい。
「おおきになあ」
 にっこりと微笑むと恭弥はやっぱり無言で、でも手を上げて返礼してくれた。そして通りかかる客に向け煌々と瞳の炎を燃やし驚かせている。

 開演から既に時刻が回ると酔客の数も増え、暗がりの中ぶつかり合った者同士でちょっとした諍いなども起き始めていた。そんな時にもすっと学園の生徒が間に入って仲裁をしている。
「はいはいー、どうしましたー」
 ミイラ男の姿でどたんどたんと一歩ずつ近付いていく加々見恭二(ja8955)に「すっこんでいろ!」と声を荒げる酔客ら。学生の姿とは言え撃退士。簡単にそれらをいなす。
「友人の鬼火君を呼ぶよ」
 星の輝きの力を解放すると、その輝きに目を背けるしかなく退散する男達。50秒後、美しい光輝は何事も無かったように消える。まるで手品のようなスキルの発現にわあ、と拍手が送られる。一方。
「私、お岩さん。今、貴方の後ろにいるの」
 拳を昼上げようとしていた男性客の背中から、ぼそっと冷たい声が届く。殴りかかろうとしていた男もこっちを指さし「あああああ」と奇声を上げている。嫌な予感がして後ろを振り向くと、薄衣に身を包んだセクシーな体、しかし首から上は対照的なほど紫に腫れ上がっている、誰しも知っている幽霊の姿が。
「け、気配なんて全然なかったぞ」
 怪談風のメイク以上にケンカ慣れしている男らが簡単にバックを取られた事実に震えている。
「ふふ。羽目を外しすぎると、祟ってしまうわよ?」
 ぴたぴた、と悩ましく顔を撫でるこの幽霊の正体は月臣朔羅(ja0820)である。首から上を見てない男性客からは「おおー」と声が上がる程の悩ましい幽霊なのだが朔羅が正面を向いた瞬間「ぎゃああ」と絶叫に変わる。その朔羅がティーナの姿を発見し、再び遁甲の術と無音歩行でその背後にぴたっと付ける。
「いっさーい、にさーい……」
「な、なんや、いきなり!」
 お岩さんが番長更屋敷を演じたら恐怖は相乗、か。丁寧に17まで数え、朔羅はティーナの目を見つめる。
「一歳足りない。……貴方、何か大事な事を忘れていないかしら?」
 近くでまたケンカが発生し「あらあら」と出向いて行く朔羅は「忘れてない?」と言い残し去って行く。
「はて。うち、なんや忘れてる……?」
 考え事をしていると、食欲中枢を刺激するような匂いが漂っている。見ると猫又姿のアトリアーナ(ja1403)が大きな肉の塊を焼いている。浴衣に草履がよく似合っているけど肉から落ちる油をぺろりと舐める姿が妖艶というか雰囲気が出ている。
「沢山食べて、大きくなるといい。……色々と」
 なんの肉を焼いているのかちょっぴり怖い気もするが、味付けは絶妙の一言だった。そこから少し離れた場所では剣が突き刺さった鎧姿の亡霊騎士・アイリス・ルナクルス(ja1078)が頑張っていた。
「■■■■■ーーーーっ!」
 うがあ、ともぎゃおうとも聞こえる声で一生懸命脅かしている。時々「ばたん」と大きく転んでその場にいる者から笑われているが、あれはきっと学園の生徒らが散々怖がらせた客を和まされるためにやっているのだろう。見つめるティーナの視線に気がついたのかこっちに向かってくる。
「お誕生日おめでとうございますっ。どうぞなのですよ〜」
 中にはかわいいチョコケーキが入っていた。
「おめでとうなの」
「え、はい、おおきにやで、ルナクルスさん、それにアトリアーナさん……」
 誕生日? うちが? あれ??? そう言えば、なんやさっきからみんながおめでとう言うてるような。ちゅうか今日って何日やったか?
 頭がショートしそうになったティーナがアイリスに問いかけようとすると仮装を脱いだアイリスとアトリアーナが仲睦まじそうに手を繋ぎ話し込んでいる。お邪魔するのも悪いとそっとその場を離れるが、え、今日っていつ? うちの誕生日やった?


時刻は既に午後9時を回っている。中央のステージでは招聘されたアーティストの熱演やパフォーマーの芸が披露されていた。今ステージの上で華麗な舞いを魅せているのは天狗の衣装の鳳静矢(ja3856)と子供のような水の精霊・水虎の装いをした鳳優希(ja3762)のご夫妻である。
 舞う静矢が仕込み杖から紫鳳翔を放つ。すると闇の中を一閃する紫の鳳凰。度肝を抜かれたギャラリーに向かうと高らかに宣言する。
「見よ、鳳凰も楽しげに天を舞いよるわ!」
 合わせる優希の舞いは水虎の爪を持っていても尚、可憐であった。意識を集中させ蒼の舞踊光纏を発動すると優希の内側から蒼い鳳凰が出現し優希と共に舞う。
 さすがに息がぴったりで、二人の関係が判らないギャラリーにも二人の間にある絆が見えるようだった。
「……お客様。お飲み物は、如何でしょうか?」
 先刻までキョンシーの仮装をしながらドリンクのサーブをしている神凪宗(ja0435)が一通り客を見回してからトレイを片付けると道士服の懐から銀のハーモニカを取り出しステージ上で繰り広げられているライブに参加する。事前に打ち合わせがあったらしく、存在感を放ちながらも演奏では激しい主張は控えてセッションしている。
 繰り広げられるパフォーマンスに会場のボルテージも徐々に上がって来る。そんな空気の中、ステージの袖では……。
「目立つの苦手なんやが……」
 宇田川千鶴(ja1613)の茶の瞳に憂いの色が浮かぶ。とある目的の下、学生で劇をしようと打診を受けた千鶴である。躊躇いは残るけど主旨には賛同できるし演じる価値はあると最後には快諾する。
 発案者は姫路ほむら(ja5415)。そしてほむらの主旨に賛同して脚本を書いたのはカタリナ(ja5119)。カタリナの企画を成功させるため権現堂幸桜(ja3264)がメイキャップ全般を担当に参加。他にもレイン・レワール(ja5355)、加倉一臣(ja5823)、小野友真(ja6901)が加わっていた。
「そろそろ劇が始まりますよ、どうですか?」
 血に濡れた衣服に赤子の人形を抱きしめたカタリナがティーナを呼び止める。一体何の仮装なのかと尋ねると「姑獲鳥という日本の妖怪です」との答。
 カタリナがティーナをステージの前まで誘い、これで全ての準備は整った。そして劇が始まる。
 全ての灯りが一瞬消えて再び灯るとステージ中央に真っ白な何かが佇んでいた。緋色の襦袢に白の着物を重ねて赤い帯に鈴の帯締。延びた狐の耳には真紅の珠が印象的に輝いている。九尾の狐の千鶴である。「何が始まったんだ?」とざわついたギャラリーも一瞬で息を呑む妖艶な美しさである。そこへ狼藉を働く鬼として一臣が登場。墨染めの着流しに夕日のような羽織を纏い鬼の面で登場。面の奥からは金色の瞳が爛爛と輝いている。カラーコンタクトを装着し雰囲気を作ったらしいがまさに悪鬼の様相だ。鬼の一臣と九尾の千鶴は赤の珠、いわゆる狐珠をめぐり争うも、狐珠はついに鬼に奪われてしまう。倒れ身動きさえしない千鶴の運命は如何に。
 九尾の狐の眷属である妖狐・友真が駆け寄ってくるも息も絶え絶えな九尾の狐にただおろおろとするばかり。
 すると、そこに全身が赤の犬神の姿で登場するはレイン。命絶えそうな千鶴を介抱し、狐の命である狐珠が奪われていることを悟る。念を発すると黒の猫又・ほむらを呼び寄せる。
「お呼びですか」
 袖が長いミニの着物に腹で結んだ帯が愛らしく「かわいい!」とギャラリーから黄色い声が掛かる。駆け寄るごとにしゃんしゃんと、随所に結んだ鈴の音がなる。
 九尾の狐の命を救うには奪われた狐珠を取り戻すしかないと説明をする犬神、レイン。最後に一言、素敵な笑顔で。
「フルボッコにしてきても良いよ?」
 ずっきゅーん、と心撃たれた女性ギャラリー、続出です。でもいいんです。男性は着乱れている千鶴派と、ミニが魅力のほむら派に分かれているから。連れの女性の目移りくらいで不満なんか起きません。
 さて、話は進み。道中柄杓を携えた誘惑の神・天降女子(あもろうなぐ)の幸桜を味方に付けた猫又・ほむらは二人連れ添い鬼の元へ。「ねぇぇん」と猫なで声のほむら。口許に手を添え妖しく微笑む天降女子・幸桜。しゃんしゃんと鳴る鈴の音が幻惑に思える。二柱の神の妖艶な色仕掛けの前で遂に鬼は油断する。
「うふふ。色男さん、ここへ座ってくださいな」
 幸桜の言葉に素直に従う。当然これから「むふふ」な事があるのだろうと思っていると。
「おみくるおみくるやちんをはらえ〜」
「そ、それはトクソクの呪文……!」
 鬼、と言うより一臣を制する呪いの言葉だったらしい。というか、滞納に心当たりがあるのでしょうか、一臣さん。かくして。拘束した鬼を連れ立ち帰参した神々だが、狐珠を戻しても九尾の狐は未だ目覚めない。鬼の精を受けて狐珠の輝きが消えているらしい。思案する犬神はひとつの伝承を思い出す。
「文月の朔に生まれた女性の祈りが、狐珠の力を復活させると聞いています」
 ステージの手前で劇に見入っていたティーナに、ここで突然スポットライトが当る。
「へ?」
 左右を見回した上で自分の鼻に指を当てると舞台の上で犬神レインはにっこりと微笑んでいる。音響を担当していたカタリナが「ぐっ」と指でサインを上げる。
「ほえええ」
 周りから拍手で送られ大変な事になったみたいな顔をしたままぴょん、とジャンプで飛び移るティーナ。
「ここに文月の朔、つまり今日この日に誕生した者が降臨しました。あなたが生まれて来てくれたことに感謝です」
「ほんま、やられたわ。皆まとめて芸人になればええ」
 ようやく、ほんとうに、今日が誕生日だと気付いたティーナである。花束をくれた黒百合、キャンディーをくれた恭弥、アトリアーナにアイリス、優しかった穂積、北斗の真意に気が付くと、嬉しさで胸がいっぱいになる。見ると舞台の出演者が皆にやにやとしているし。一臣は天上院理人(ja3053)とサムズアップを交しているし。どっからどこまでが仕込みやったんやろ。
「でも、ほんまにおおきにやで」
 ティーナが狐球に触れたのに会わせて千鶴の体が白銀と黒のオーラで包まれ生気が蘇っているのがよく判る。よかったよかったと手放しに感動している妖弧・友真。これでの大団円かと皆が思ったその時。
ゆらゆらと立ち上がる千鶴・九尾の狐は大きく息を吸うと開口一番。
「ようやって、くれたなあ……」
 千鶴の手がまっすぐに一臣に伸びて最後の最後はお約束のドタバタ劇。
「喉仏に弱いって本当だったのですね」
 もちろん男子であるので喉仏がある幸桜が一臣への痛恨の一撃。これにて一巻の終了。割れんばかりの拍手を背に、おおきに、おおきにと謝辞を述べるティーナ。ステージを降りると既にライブの準備が整っていた。
「沈没させるつもりはないけど!
 ステージ中央で立っている亀山淳紅(ja2261)が纏うのは古代ギリシャ風の衣装に青から紅に変わるグラデーションの翼でセイレーンの仮装。マイクを床に置きシャウトする。
「それ位魅力的な歌を謡わせてもらうでっ!」
 それは、意外とも言えるイタリア歌謡「帰れソレントへ」を原語でのアカペラだった。一瞬戸惑いを見せたギャラリーも淳紅の歌に次第に引きつけられていく。遂に一曲、歌いきった時には万乗の拍手と喝采が沸き上がる。
 と、ここで「あ、この子お願いします」「あ、これもお願いします」とカタリナから赤子人形、幸桜から柄杓と呪い風味のアイテムを渡され友真は「えええ?」。カタリナはギター、幸桜はフルートを抱えステージに駆け上がる。
「次、『瞬間エナジー』、行くよ!」
 学園でも人気の高い学園伝奇物のメインテーマだ。「大切な仲間」と力強く熱唱する淳紅にもっと大きな拍手が降り注ぐ。
「ティーナさん、どうぞこっちへ」
 促されて再びステージにティーナが上がった時は、観客たちも趣向を理解していた。
「ラスト!」
 淳紅がギターを爪弾くのを合図に皆が一斉にHappy Birthdayを歌いはじめた。
「ティーナちゃん、誕生日おめでとーっ!」
 黒い浴衣に茜色の狐の耳と艶やかな妖弧姿の嵯峨野楓(ja8257)はピアノを演奏。腕が何本にも見えるほどの早弾きによる多彩な音色で盛り上げる。歌は大きな輪になった。20名以上の友がティーナの誕生日を祝し歌ってくれた。


 幸せいっぱいでステージから降りてきたティーナの傍らにぴたっと、その身を静かに寄り添って来たのは穂鳥である。
「すっかり皆さんに先に言われちゃいました、か」
 番長更屋敷のコスプレで紙皿を1枚取ると一番下に戻す動作を繰り返し「一番先に言いたかったのになあ」と憮然としている穂鳥が妙に可愛らしくて。両手を広げ「おおきになあ」とハグをする。
「その衣装を見て、すごく嬉しくなりました。文化祭が懐かしいですね」
 ハグをハグで返しながら穂鳥が呟く。ティーナはふと考える。故郷に残して来た親友よりも今はこの子の方に信を置いているのかもと。
「改めておめでとう、ティーナ。あちらに準備が出来ていますよ」
 にっこりと微笑む穂鳥の手を握り、ふたりでその先に向かう。いつの間に準備をしていたのだろう、誕生日ケーキが並んでいる。ひとつは北斗が集めたカンパを使い事前にオーダーしていたもの。
「催さん、おおきにやで」
そしてもうひとつは……。
「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、と言う名を持ちます。あとはロウソクを立てると完成です」
 製作者はファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)。サキュバスの仮装をしているが露出は抑え目である。しかし。寝ないで作ったのだろうか、さらに赤みを増して潤んだ瞳に感謝するティーナだった。
「あたしも手伝ったんだよ。はい、これはあたしから」
 そう言いながらひなこが差し出したのは小さなスパナが揺れるイヤリングだった。早速、耳に付けると一人前の整備士になれたような気がした。
 ケーキとトルテにろうそくが灯る。改めて歌で祝福されろうそくの火を消すティーナは久遠が原学園に来て良かった、と心から感謝をする。
「ちょっとお話があるんですけど」
 ケーキをみんなで切り分けている間、ファティナはティーナの手を引くと影へと連れ込む。ぽしょぽしょと囁くファティナに、ティーナはずっと頷いている。それは共通の友についての話であった。
「ほんまにいろいろとおおきになあ」
 話が終わり、自分の事のように手を合わせるティーナである。ファティナからもらった金のチェーンを手で撫でながら、ティーナは喧嘩友達の顔を思う。
(これだけ愛されているなんて幸せなやっちゃで。な、ちびっこ)

「密会は終ったかい? では。僕はさほど辻村の事を知らないが、誕生日と聞いたからにはこの僕が盛大に祝ってやろう。感謝するといい」
 正装のドレスコードでもクリアできる装いで、なのに頭にネジが貫いているフランケンシュタインの姿で高らかに杯を掲げるのは理人である。
「誕生日おめでとうだ」
 自身が好きだというシラーとベニバナの花束をティーナに手渡すと「手製のカツサンドになる。賞味するが良い」とサンドイッチを勧めてくる。これはツッコミ待ちなんやろか、と一瞬考えたがここはありがたく頂こうと思いぱく、っと噛み締めるティーナ。すると、カツからして辛子爆弾らしく口の中が火で燃える。飲み物を探して悶絶しているティーナの後ろから蛇さんが現れその口から「じゃー」とジュースがグラスに注がれる。
「てへぺろ?」
 メイドューサさんが首を傾げて様子を見ているが、「ボケとちゃうー」と言いたくとも言えないティーナ。でもジュースに感謝。
「失敬。だが良い反応だった。こちらの特製を食べたまえ」
 ロシアンカツサンドのトリガーを引いたのがティーナであることに幾分申し訳なさそうな目の色をしながらも、それでも理人は理人らしく、「ごめんの印」の本当に美味しいカツサンドを勧めた。
「ふふふ、誕生日と聞き及びましてな」
今度は美味しくサンドを頬張っているティーナの元へ参上したのは虎綱・ガーフィールド(ja3547)。イギリス人ハーフとイタリア人ハーフが揃って会話をするとちょっと絵になっている気もするのだが、いまふたりはドラゴンと人魚の仮装である。それに
なぜだろう。どんよりと負の雰囲気が醸されている。
「しかし。大事な日なのですから彼氏に祝ってもらえばよかろうに」
いきなり直球の質問です。「うち? そないな物好きおらへんよ」とからからと笑うティーナである。曰く早朝4時に起きて祈りを捧げ、メカニックの教本を読んでモデルの仕事もして、と極端に継ぐ極端に付き合えるような大らかな男性はいないとも言う。
「いないのでしたら某が立候補したいぐらいで御座るよ!」
「ほ、ほえ? いややわ。あかんて、そないに真剣な顔でボケられてもツッコミいれられへん!」
白い肌が実は真っ赤に染まっているティーナなのである。この手の話全般は経験値が乏しいだけにどう反応して良いのか判らない。
「ふははは。それは手厳しい」
 しかし、ティーナの言葉を額面通りで受け取ってしまった虎綱である。
「……その、辻村さん。遅れ馳せながら、誕生日、おめでとうございます」
 言葉を選ぶようにぽつぽつと、でも言葉少ない分好意の気持ちを現してくれたのはマキナ・ベルヴェルク(ja0067)である。今日一日、軍服姿のフランケンシュタインの仮装で給仕に、そして警備に当ってくれた。
「何か欲しい物があれば、言って頂ければ」
 んー、と考えた末にティーナが望んだのは「えい」と勢いをつけてのハグ。
「うちは言葉を交した瞬間に友達認定なんやで」
 もし許されるのであれば、これ以上望むものはない。するとどんどこどん、とステップも軽やかにぬりかべ・英斗がやってきて「ティーナ」と書かれたちょうちんを手渡す。
「どこで手に入れたん? おおきにやで」
 さらに喜びは続く。
「ルビーの石言葉は、情熱や純愛と言われているよ。その辺は、君に合ってるんじゃないかな」
 グラルスからルビーをあしらったネックレスを渡され早速身に付けるティーナ。
「誕生日、忘れていた悪い子どーこだ?」
 うしろをふりかえるとティーナの頬にきれいな指が当る。優希と静矢が微笑んで立っていた。
「おめでとう、辻村」
「おめでとうなのですよ」
 静矢はフラワーイヤリングを、優希は花のヘアゴムとアンパンとソーダを差し出してくれた。
「わたしからは、これです」
 穂鳥が差し出してくれたのはティーナの誕生石のひとつ、カーネリアンが添えられたブレスレッド。手作りである。もうこの辺でティーナの涙腺は完全に決壊。
(辻村さん、喜んでくれると良いのですが……)
 雫(ja1894)はどきどきしながら丹精込めて作ったお菓子を入れた包みを抱え近付いていく。白銀の髪色と違わない猫耳が愛らしい、着物姿の猫又娘がティーナの前で今日できる最高の笑顔を見せてくれた。もちろん、ティーナが喜ばない訳は無い。
「うわあ、雫……さん、めっちゃかわいいやん!」
 ちゃん、と呼ぶべきかさん付けで呼ぶべきかちょっと悩んでさん付けで呼んでみる。でも遂に我慢ができなくなって「はぎゅー」と雫を抱きしめ感謝するティーナ。
「ティーナ様、ハッピーバースデーなのです♪」
軽やかにステップして焔寿もはぎゅ。白ウサのマスコットを手渡す。
「じゃあ、写真を撮りますカー。3,2,1」
 常磐がカウントダウンを上げる。フラッシュの閃光の中で浮かぶのはみんなで笑顔。
「うち、めっちゃ、幸せやで!」



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 凍気を砕きし嚮後の先駆者・神凪 宗(ja0435)
 雷よりも速い風・グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)
 ルーネの花婿・青戸誠士郎(ja0994)
 黄金の愛娘・宇田川 千鶴(ja1613)
 エノコロマイスター・沙 月子(ja1773)
 戦場を駆けし光翼の戦乙女・桐原 雅(ja1822)
 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 世紀末愚か者伝説・虎綱・ガーフィールド(ja3547)
 蒼の絶対防壁・鳳 蒼姫(ja3762)
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
 聖槍を使いし者・カタリナ(ja5119)
 懐かしい未来の夢を見た・レイン・レワール(ja5355)
 主演俳優・姫路 ほむら(ja5415)
 JOKER of JOKER・加倉 一臣(ja5823)
 リリカルヴァイオレット・菊開 すみれ(ja6392)
 真愛しきすべてをこの手に・小野友真(ja6901)
重体: −
面白かった!:36人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
桃色ラムネ☆仰ぎ見る君・
九条 穂積(ja0026)

大学部8年143組 女 ディバインナイト
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
※お察し下さい※・
崔 北斗(ja0263)

大学部6年221組 男 アストラルヴァンガード
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
魅惑のメイド・
七瀬 桜子(ja0400)

大学部5年140組 女 アストラルヴァンガード
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
雷よりも速い風・
グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)

大学部5年101組 男 ダアト
一握の祈り・
佐倉 哲平(ja0650)

大学部5年215組 男 ルインズブレイド
封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
ルーネの花婿・
青戸誠士郎(ja0994)

大学部4年47組 男 バハムートテイマー
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
エノコロマイスター・
沙 月子(ja1773)

大学部4年4組 女 ダアト
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
W☆らびっと・
逸宮 焔寿(ja2900)

高等部2年24組 女 アストラルヴァンガード
懐かしい未来の夢を見た・
栗原 ひなこ(ja3001)

大学部5年255組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
天上院 理人(ja3053)

卒業 男 ディバインナイト
愛を配るエンジェル・
権現堂 幸桜(ja3264)

大学部4年180組 男 アストラルヴァンガード
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
撃退士・
日比野 亜絽波(ja4259)

大学部8年100組 女 ルインズブレイド
SneakAttack!・
高峰 彩香(ja5000)

大学部5年216組 女 ルインズブレイド
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
懐かしい未来の夢を見た・
レイン・レワール(ja5355)

大学部9年314組 男 アストラルヴァンガード
主演俳優・
姫路 ほむら(ja5415)

高等部2年1組 男 アストラルヴァンガード
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
人形遣い・
日谷 月彦(ja5877)

大学部7年195組 男 阿修羅
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
押すなよ?絶対押すなよ?・
メフィス・ロットハール(ja7041)

大学部7年107組 女 ルインズブレイド
常盤先生FC名誉会員・
一条常盤(ja8160)

大学部4年117組 女 ルインズブレイド
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
二律背反の叫び声・
唐沢 完子(ja8347)

大学部2年129組 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター
リトル・猫耳メイド・
海柘榴(ja8493)

高等部3年21組 女 ルインズブレイド
駆けし風・
緋野 慎(ja8541)

高等部2年12組 男 鬼道忍軍
撃退士・
加々見 恭二(ja8955)

大学部4年264組 男 アストラルヴァンガード