●
「すっかり晴れましたね!」
夕べから降り続けていた雨に不安を覚えていた御影光(jz0024)は空を見上げる。見れば虹が架かっていた。
「ほんまやね。日頃の行いがええんやね」
うんうん、と相づちを打つのは辻村ティーナ(jz0044)。
今日は花婿、花嫁衣装に扮しての写真撮影が仕事だ。晴れなきゃ晴れないなりの準備もしていたが、梅雨の晴れ間にちょうど当るのはやはり嬉しい。支配人は説明と諸注意をすると「何かありましたら呼び出して下さい」と言い残し他の仕事に向かって行く。だが、しばらくしてから1人の女性を連れてくると、今日この場に集まった撃退士に「担当のカメラマンです」と紹介する。
「歌織と呼んで下さい。今日は皆さんのお手伝いをさせて頂き光栄です」
歌織と名乗った女性はテキパキと撮影の機材を設置していく。
「一組目の方。よろしくお願い致します」
紺碧の空に掛かる虹が絶好の背景になるポジションを取り、微笑みながら歌織が呼びかける。
「では、お願いしようか」
その声に鳳静矢(
ja3856)が応じ、鳳優希(
ja3762)の手を静かにとって前に進む。陽光の中で優希のドレスがきらめく。紺碧の空に映える水色だった。静矢は紫のタキシードで身を固めている。胸に咲く白い花飾りが落ち着きを演出していた。それが一層優希のドレスの清々しさを引き立てるようだ。
優希を椅子にエスコートし、その傍らに立つ静矢。
「こんな感じで良いだろうか?」
はい、オッケーですと試し撮り用のカメラのファインダーを覗いていた歌織が答え、時間を空けず本撮りに向かう。
「ふにゅぅ…緊張するのですよぅ」
そう言いながらも優希は静矢に微笑みかけ、静矢もまた静かに微笑みを返す。
「良いですね、はい……。オッケーです!」
そしてストロボが焚かれる。
「ふう。緊張しましたぁ」
緊張から解放された優希が弾けるように椅子から立ち上がる。そのまま持参したレモンパイを取りに向かうと、再びドレスがキラキラと輝く。その姿に手を振り見送る静矢。ふと、次の組の撮影の準備に入った歌織の仕事に興味が湧く。歌織はその仕事中、全く存在を感じさせない。ひたすら陰に徹しているように見える。まるで人の幸せだけを願うように。
「手伝わせてもらえないかな?」
静矢が申し出ると「いいのですか」と謝辞した上で歌織はその申し出を快く受けた。
「ほらほら! 見てください、ウェディングドレスですよ!」
純白のドレスを纏った丁嵐桜(
ja6549)が軽快に弾む。まるで翼でも生えているように、その足音さえ感じさせない。白のタキシードに身を包んだ影野恭弥(
ja0018)は全く無反応のままで桜を見ているが、その身から漂う気配は穏やかさに包まれていた。ぶっきらぼうに、しかし桜に気遣うように優しくそっと抱き上げる。桜は「わーい」と明るく恭弥の首に手を回す。つまり「お姫様だっこ」である。
「いえーい! カワイク撮ってくださいねー!」
ポーズを取りはしゃぐ桜を無言のままで力強く、なにより優しく抱える恭弥の姿が閃光に包まれる。
「とつげきー!」
撮影が終わるとくるんと着地し用意してきたケーキを抱えて桜はパーティーの会場に向かう。有志により着々と準備が整えられつつある会場には遠目からでも魅力的に見えた。
「恭弥さん、早くいきましょー」
無言のままで頷き、自らも働く喫茶店から持参したチーズケーキを抱えて桜と共に歩く恭弥だった。
「いっぱいお菓子があるわね! 目一杯食べるんだから!」
水色のカクテルドレスにあしらった雪の結晶のブローチとヘッドドレスを合わせた雪室チルル(
ja0220)がパーティーの会場でお菓子を物色している。
「チルルさん。そろそろ撮影に行こうか」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)がくすっと笑いながらチルルに声をかけた。落着いた紺色のフロックコートがよく似合っている。
「……う、うん。撮影は忘れてないんだからね!」
ちょっと待って、と言い残しチルルは持参したお菓子を盛りつけてから「お待たせ」とグラルスの横に並び、一緒に歩いた。並ぶとチルルの水色の清廉さがグラルスの深い紺により一層引き立てられる。
「それじゃあ、改めて今回はよろしくね。いい写真になるといいね」
チルルの望むような、あるいは撮影者の要望に添うようにグラルスはそれらに応え、またチルルも楽しんで、撮影は終止リラックスした雰囲気で行われた。披露宴の紹介用にと雛壇に座らされても特に緊張することもなく、2人の姿がカメラに収められていく。
「何だか本当の披露宴っぽい雰囲気だね。まぁ、こういうのも悪くないかな」
しかし、チルルの関心はパーティー会場で今まさに無くなろうとしているお菓子に向かっているようで、グラルスは再びくすっと笑い、青と茶の眼差しで駆け出したチルルを追い、その後に従った。
一方、その披露宴のセット「友人席」付近にて菓子をつまんでいるのは二階堂かざね(
ja0536)。各人が纏うウェディングドレスに感銘を覚えながらも自分自身がそれを着る日の事を想像すると、なんだかあまり実感ができない。
「かざねさんもコンフェッティ食べへん?」
こちらもそう言えば自分の結婚式なんて全く想像もつかない、現在「友人代表役」を務めているティーナが銀の皿に乗せた5粒の砂糖菓子を勧めてきた。幸せのおすそ分けを意味する菓子らしい。お菓子や料理を皿に盛りつける。しかしこれも撮影の一環。白銀のツインテールと金の髪。2人並んでにこにこと。「あのドレス綺麗」「あの人も素敵ですね」と、のんびりとしたひと時。
「あー、かわいい!」
歓声に包まれて、前に進むのはレイラ(
ja0365)。その身を白のタキシードに包み、チャペル前に敷かれた赤のカーペットを進んでいく。その横で「みんな、みてるし、ちょっとはずかしんだにゃも」と真っ赤に成なりながらも「レイラおねえちゃん、にゃも子、かわいいドレスきれて、しあわせなんだにゃもよ」とプリンセスドレス姿の末広菜穂は呟く。
歩くシーンを取り終えた後、チャペル前で最後の1枚となり。レイラは菜穂をお姫様だっこする。たくさんの歓声が再び上がる中。
「にゃも子ちゃんは将来何になりたいんですか?」
レイラは赤面している菜穂に優しく聞いてみた。
「にゃも子は、かんごしさんになるんだにゃも」
きっとなれますよ、とレイラが笑う。菜穂が大人になった時には世界はもっと平和になっているはずだからと。
「お待たせしました。ど、どうですかユメノ?」
緊張のためか。息を弾ませて現れたのはフェリーナ・シーグラム(
ja6845)。ライトブルーで調和されながらも落ち着きがあるウェディングドレスを選択したフェリーナ。普段とは違う彼女に目を細めながらまぶしそうに見つめるのは君田夢野(
ja0561)。
「……ハッ!? あ、うん、素敵だ。ブリリアントだ」
夢野の隣でもじもじと照れながらも不安そうにしていたフェリーナの表情が笑顔に変わる。
「ありがとうございます、ユメノも素敵ですよっ!」
こんな時はぎゅっと抱き寄せればいいのだろうか。互いにきっかけが掴めずもじもじとしている。しかし。
「くくく……リア充どもめ、思い知るがいいさ!」
そんな2人を虎視眈々と見つめる影。幸せな写真を『お分かりだろうか』の写真にせんと、暑さにもめげずホラー映画のマスクを被り黒い布に身を固めた謎の怪人。と言うかラグナ・グラウシード(
ja3538)である。
「ふふふ……あとで写真を見て驚愕するがいいわ!」
だが、気配を完全に断つ事ができなかった。
「……フェル」
フェリーナ、そして夢野が叫ぶ。
「人の恋路を邪魔する人は!」
「馬に蹴られてなんとやらァ!」
光纏したふたりの合わせ技が旋律を奏でる。フェリーナを抱きかかえ夢野は地を蹴り空へと舞った。
●
「ええと、本当にそれで行くの?」
ファインダーから視線を外し一応2人に確認する歌織。ユウ(
ja0591)は無言のままで「こくん」と頷く十八九十七(
ja4233)。なぜこの子があんな物を持っているのと思ってしまう可憐さで「……はい」と答える。「そうですか」と撮影の準備に向かった歌織を目で送りユウが呟く。
「‥‥たまには白一色。なんとなく、目に優しくない気がする」
普段のユウを知っている人にしてみればかなりレア。純白のウェディングドレスにブーケを抱えるユウである。ついでに火炎放射器を構えているのは「いつも」らしい。その横で目線を下から上げず青い顔のままで抗議の声をあげる九十七。
「は、諮ったですの!? このクール! クゥゥル!」
九十七もまた純白のドレスに身を包んでいる。こちらも普段の九十七を知っている人にはレア物。そして九十七は両手に構えたハンドガンとショットガンの射線をユウに合わせて抗議している、いつもの、他愛ない、光景である。
「……さすがはツクナ。カッコいい」
実は九十七は「新婦役をやって」と頼まれ誘われたのだ。しかし気付いた時には既に時遅し。おだてられては赤くなり、新婦姿と知ってからは青くなったりと忙しかった模様。「用意できました。では」
歌織が焚くフラッシュの中に浮かぶのは、バージンロードの上で肘を組みつつ背中合わせで銃器を構える純白の花嫁2人。
撮影が終わり、また抗議を始めた九十七の手に、ユウがトスしたふわっとブーケが落ちてくる。
「ユウ先輩!」
どうぞとバナナオレを差し出す後輩を前に、この日初めての笑顔を見せるユウ。
「……ホトリ、一緒に写真撮ろう」
純白のドレスに身を包んでいる牧野穂鳥(
ja2029)。鈴蘭をあしらったリストレットが愛らしい。
「穂鳥、似合うてるなあ」
2人が写真を撮り終えた後に、ぱたぱたと掛けてくるティーナが穂鳥を見て嘆息する。エンパイアラインのドレスに、結い上げた髪には蔦の冠がよく調和している。ティーナが来ているのは穂鳥が用意してくれたドレスだ。こちらも仕立て上げたようにぴったりで、短めの丈に浮かぶ体のラインがほのかに色気を添えていた。
「似合ってますよ、ティーナ」
抱きつくと、その腕にガーベラのリースレットを巻き付ける。純白のドレスの中、笑顔の花が咲き誇った。
「おおきになあ、穂鳥」
ティーナの顔が少し赤面している。この関西とナポリの間で生を受けた硬度最強ハーフも照れることがあるらしい。
「歓談中すまない」
2人の様子を見守りながら静かに立っていた氷鮫(
ja5249)が会話の終わりを待って声を掛けてきた。その身はモーニングで包まれている。
「君に……、白のウェディングドレスを着て、俺と一緒に写真を撮って貰いたいんだ。こんな恰好でごめんね。でも他には何も望まないから、どうか許して欲しい」
かまわへんよ、と気楽に返すティーナに、張りつめていた緊張感を少しだけ解く氷鮫。ドレスの選択もティーナに任せるとのことだったのでモーニングに合わせ裾丈の長いドレスを選択し純白のベールを被り、氷鮫の前へと現れる。そのまま腕を組みチャペルの中へ入る2人。静寂の中でシャッターだけが響く。「終了です」の声でようやく解放され「緊張したでー」と深呼吸するティーナ。
「ごめんね、ありがとう」
氷鮫が深く謝辞を述べるので慌ててティーナは「深呼吸はちゃうねん、大げさにしてみたんや」と手と首を振るも氷鮫は、じっと静かにティーナを見つめている。
「君には、どうしてか分からないが、どうか幸せになって貰いたいな」
それは、祈りの言葉だったのかもしれない。それだけ言い残すと氷鮫は外までティーナを導いた後にチャペルを後にした。
●
カメラを構えた歌織が「よろしくお願いしますね」と呼びかけると「はっ!」と敬礼するウェディングドレス姿の少女一名。しかしすぐさまそれが場違いであることに気が付き真っ赤になる成宮雫雲(
ja8474)であった。
「緊張してきました、夜刀さん」
恋人である永月夜刀(
ja7001)の肘に寄せる手に力が入り、そして涙目になっている。実は夜刀、雫雲には「演習の依頼」とだけ言い、それが何の演習であるか、またドレスを着ることになるのも伏せたままで依頼を受けたのである。
「ぐ、軍人として、困っている人は見過ごせませんし。あくまで軍人としてお役にたちます。あくまで、あります……」
話の顛末は理解したし何より夜刀と一緒に写真を撮れるのは嬉しい雫雲、なのだが周囲の女生徒が花嫁衣装になるのに従い緊張もマックスな雫雲であった。
「改めて言う。君を愛しているタタラ」
雫雲が被ったベールを、優しく上げ夜刀は雫雲の瞳を覗き込む。
「はっ!」
緊張のあまり再び敬礼をしてしまった雫雲。瞳の中に映るのは夜刀だけである。その瞳から一滴。熱い涙が頬を伝った。
なるほど、花嫁衣装とは綺麗なものだとタキシード姿の如月紫影(
ja3192)は感動する。
「いやいや、これはあくまでお仕事なのだ」
すぐに恋人の顔を思い浮かべる紫影であった。
「ちょっと照れちゃいますね」
偶然一緒になったアストリア・ウェデマイヤー(
ja8324)が纏っているのは純白のマーメイドスタイルのウェディングドレス。清楚な雰囲気ながら顕わになった肩や体の線がはっきりと出るマーメードドレス。
「アストリアさん、どうぞよろしく」
にこにこと微笑みを浮かべる紫影は撮影する歌織も感心する程のモデルぶりである。それを知りながらも体を寄せて腕を組むアストリア。
「えへへ……誓いのキスもしちゃいます?」
大人をからかうもんじゃないよ、と言いながらも結構照れている紫影に、アストリアもどきどき。「恋人がいるのは知っているけど紫影は素敵だから役得」なんて思っているアストリアの内心なんて思いもしない紫影である。「OKです」の歌織の声にがっかりしたのはもちろんアストリアなのだが。
「もう少しこのままで……いいですか?」
切なそうに潤んだ目を見せるアストリアを置いていく訳にもいかず。パーティー会場にまでエスコートする紫影であった。
「あの、因幡さん……」
気付かないのかなと思い平山尚幸(
ja8488)が口を開く。尚幸の腕にしがみついている因幡良子(
ja8039)はプリンセスラインの純白のウェディングドレスを纏い、カメラに向かってピースをしている。が、尚幸の腕にはフロックコートの上からでもはっきりと分かる、良子の胸の膨らみの豊かさを意識してしまい……。
「当ててんのよ」
あの、ともう一度言いかけた尚幸を制するように良子が口を開く。さて、どんな反応が返ってくるのかとどきどきしていると、不意に地面から足が浮き上がった思った以上に強い力で軽々と良子を抱える尚幸。
「おまえのことを誰よりも大事にするよ」
一瞬の驚きの後で、純白の手袋に包まれた良子の腕が尚幸の首に巻き付き。良子は尚幸に身を預けた。焚かれるフラッシュの閃光の中で見つめ合う2人が浮かび上がる。
「中々に興味深い案件ですね」
タキシード姿で風を切るように進むグラン(
ja1111)であった。疑似体験やその雰囲気でで人の心は影響されるのだろうか。自分自身の心も冷静に見つめるグランであった。
「あの……おかしくないですか」
「おお、似合ってますね」
グランが選んでくれたプリンセスタイプのドレス。とても憧れていたドレスで目をキラキラと輝かせたが、いざ着てみると似合っているのか自信がなかった。
グランの瞳は嘘をついていないのを見て取って光は謝辞を述べる。雰囲気が変わってもいつも通り兄のように頼ってくる光に気が付くも、それも悪い気はしないと思うグランであった。
「光さん!」
純白のドレスに身を包んだ高峰彩香(
ja5000)が光に声を掛けてくる。どうやら衣装の選択に苦労していたらしい。
「やっぱり、憧れだもんね。いい機会に恵まれたよ」
本当は着たい服もあったんだけど、というか折角なんだから新郎役をやってみたかった彩香なんだけど。「とある事情」で断念せざるを得なかった。が、むしろドレスはよく似合っていた。
「いいですねー」
カメラを構える歌織が声を上げるごとに2人の距離が縮まっていく。最後には2人で手を繋ぎ、一緒に笑っていた。
2人のウェディングドレスが午後の穏やかな光を浴びてきらきらと輝く。
●
新郎新婦になりきっての写真撮影自体に興味を抱いたのは神凪宗(
ja0435)。光やティーナと挨拶を交した後に彼もまた歌織の撮影のアシスタントを買って出た。
「……下調べとしては、十分だな」
心中思う所があるらしく、ぽつりと呟く宗である。しかし。
「折角ですから1枚くらいは撮らせて下さいよ」
歌織に促される宗。
「ならば光殿、よろしいだろうか」
仕事と言うより自分が着たかったんだろ、と悟れるほど満面の笑みで光を伴い神前式のカットを撮る。参考までに花嫁衣装の苦労は無いかと聞いてみると「帯をきつく結うのでお腹が空いていると動けないかも」との意見を得る。
「カイリさん、とても似合っているよ。将来の新郎に対して悪く思うくらいだ」
紋付き袴に身を包んだ龍崎海(
ja0565)が微笑む。折角の機会であるので誘ったのが飯島カイリ(
ja3746)であったのだ。
「えへへ。かいにぃ、緊張するね。おおおお……」
陽光が注ぐ神前にいざ立つと思わず声を上げてしまったカイリである。実際に白無垢を着ていると動きづらい上に他に白無垢を着ている子の容姿についつい目が行ってしまう。
(うー、ボクは、何でこんなに小さいのかなぁ)
玉串を渡される段になって、緊張のためか前に進んだ拍子に転けてしまった。
「カイリさん、大丈夫?」
小声で、しかし心配そうに手をさしのべてくれた海の、温かな手を握るカイリであった。
「かいにぃ、ありがとなの!」
撮影を終えて誘ってくれて、そして助けてくれてありがとう、とカイリが海に礼を述べる。そしてパーティーを楽しむ2人であった。
「ねえ、コハル、どうです? 私も和装似合いますかっ」
結婚式会場で写真撮りの仕事ならぜひ和装をしてみたい、と意気揚々と参加したカタリナ(
ja5119)が、紋付き袴姿の権現堂幸桜(
ja3264)の元まで静々と歩いてくる。内心、きつめに結わえられた帯が苦しいのだがそれを悟らせまいと必死のカタリナである。
「リナ、大丈夫? ほら手を……」
幸桜が気付かないはずもなく、そっと手を差し出しリードする。優しい手のぬくもりをおずおずと握りリードに任せるカタリナ。
「本番はどっちがいいでしょうね……」
紋付きの背中が大きく見えて、そっと聞いてみる。
「え、本番って何?」
「ああいえっ、何でもありませんよっ」
慌てるも和装が重く自由が取れないカタリナ。その耳元に顔を近づけると幸桜はそっと囁いた。
「どっちでもいいよ…リナは和装もドレスも似合ってるから♪」
長く伸びた赤の髪を結い、それを角隠しに収める。白無垢に懐剣を添えると、覚悟が決まった。……たとえこれが「ごっご」であったとしても。花嫁衣装に身を包んだ永月朔良(
ja6945)が一歩、また一歩と前に歩む。
「朔良ちゃんの勢いに押されて、ここまで来てしまった……」
仕事だからと朔良に連れてこられ、紋付き袴の姿にされたのは土方勇(
ja3751)。しかしたしかに仕事ではあるのだが朔良の思いは勇に向かっている。それが分かっている勇なのだが。
「こんな時に答えるのもアレだけど……今はまだ、友達とバカ騒ぎするのが楽しいんだよね。だからその、興味はあるけど、本気で誰かとお付き合いしようとかまだ考えられないんだ」
覚悟はしていた。一緒に写真を撮る前にはっきり言ってしまう勇は野暮と言うべきなんだろう。しかし、誠実である。
「……ええ。わかってるわ。これは胡蝶の夢、明日には覚める夢よ。だから今は他のことは忘れましょう?」
角隠しでその表情さえ見えない朔良は勇の、耳に口許を寄せそっと囁く。切ない吐息が勇の耳を撫でる。たとえ何度断られたとしても、この白無垢の色を染めて良いのは勇だけ、と決めた朔良なのだから。
●
チャペルの中から典礼聖歌を歌う声が聞こえて来る。いま歌われているのは「いつくしみと愛」。ビデオのRECランプに赤く火が灯り、荘厳な雰囲気の撮影が続いている。
「……あいつらに、今のおまえ達をちゃんと見せたかったな」
しみじみと感慨深く藤堂尚也(
ja7538)が呟く。目の前にいるのはウェディングドレス姿のフェリス・マイヤー(
ja7872)とイリヤ・メフィス(
ja8533)である。依頼のために不在である友に代わって参加した尚也なのだが花嫁衣装で現れ聖歌に包まれる2人を見ているとなんだか見送る父親みたいな気になってきた。
「やっは。うー、この年で着れるとは思わなかったー」
ぶい、とサインをしながらフェリスが尚也の腕にぶら下がる。イリヤのメイクにより大人の女性に見えるがまだまだ子供である。
「んふ。楽しむわよー」
こちらもVサインを見せるイリヤ。
その姿がぱしゃっとカメラに収められる。
「結婚式の写真で使えるの?」
ちょっと不安になって来たフェリスにカメラマンは「幸せが判りますから」とウィンク。
「私もー!」
今度はイリヤが尚也の傍に寄り添う。
「ほぇ〜……みんなきれー……」
今まさに入場する新郎新婦役に見とれてフェリスが溜息を漏らす。
「ほんと、皆さん綺麗ですね……」
典礼の準備をしている面々の手伝いに加わっていた光も感嘆の声を上げる。それを聞いていた久世玄十郎(
ja8241)は光に視線を向ける。
「……望む服を身に纏うべきだろう」
それだけ言うとまた無口になった玄十郎は、つまり着てみたい服があるのならば遠慮することはないだろう、と言っているらしい。
「……友が言っていた」
再び口を開いた玄十郎は友の顔を思い浮かべながら訥々と語る。
「思い出は、闇夜を照らす灯のようなものだと」
なるほどと納得した光だが、相手をどうしようと考えていると。
「私が男装しようか」
玄十郎と行動を共にしていたファリス・メイヤー(
ja8033)が光が申し出る。
「ファリスさん、美人だし。その、スタイルが良いし」
勿体ないです、と言おうとした光を制して「いや、むしろさせて欲しい」と言われたので謹んで受ける事にした。
そして。先刻の花嫁と同じ衣装を纏う光の手を取るファリス。すると、光をお姫様だっこしアーチを潜った。2人に降り注ぐ聖歌。
「はううう、びっくりしました……はい」
純白のドレスの中で赤の目を丸くしている光を抱えるファリスが写真に収められた。
同じ頃。こちらでも花嫁の父の感想を持ってしまったのは庚時貞(
ja8323)。いつも結っている髪を流している大和陽子(
ja7903)の頭は純白のベールに包まれていた。ウェディングドレスを陽子を見て和む時貞。しかしいつまでも和んでばかりはいられない。2人連れ添って歩く姿を写真に収めて貰う。
「ドレスって動きにくいのね……。長い裾が足にからみそう」
写真撮りを終えた陽子は時貞を連れて歩くが、やはり歩きにくい。率直な感想に時貞はつい笑みを浮かべてしまう。
共に典礼聖歌を歌いながら、その様子を見ていたアイリ・エルヴァスティ(
ja8206)が時貞に声を掛ける。神前式を静矢や宗ら学生が担当することになり写真撮りができるらしい。パーティーに向かう陽子に差し入れを託しアイリと共に向かう。道中「三三九度ってやってみたかったのよ」とアイリ。
カメラの前で2人並ぶ。アイリは笑顔を絶やさず撮影が行われていく。何よりも一度は着てみたいと思っていた白無垢に打掛を喜ぶアイリだった。しかし。
(でも胸がきついわね……早く脱げないかしら……)
そう思う気持ちもまた本心。その豊満な胸が襦袢に硬く抑えられ、とにかく暑い。
続いて、大路幸仁(
ja7861)に連れ沿われ如月優(
ja7990)が入って来た。カメラを向けられると一瞬だけ固まってしまう。
「こういうの、は、照れる」
「うん、似合ってるな」
白無垢にも負けない優の白い肌は確かに似合っていた。だがウェディングドレスの白も見てみたかったなと幸仁は少しだけ残念そう。
「……写真」
赤面した顔が可愛らしい。優は真っ白の頬を朱に染めながら、嬉しそうにカメラのレンズの前で笑顔を見せた。杞憂かも知れないが天魔への警戒は怠らず、不穏な気配が無いか神経を張り巡らせていた幸仁も、この瞬間だけは警戒を少しだけ解いてカメラの前で2人寄り添う。
と、神経を張っていた甲斐があったのだろうか。追われていたラグナが逃げる姿を窓の外に捉えた。……が、既に相応の痛みを負っている模様。今回は多勢に無勢を体現してしまったらしい。遊び相手がいなくなったようで残念だったが、チャペルで聖歌を歌っている仲間たちにも連絡を怠らない幸仁だった。
一方。チャペルでは仮想敵であるリア充爆破団の消失を確認して帰参した面々が再び典礼聖歌を歌い始め、今は「ガリラヤの風かおる丘で」が聞こえて来る。そんな中。
「つーか、俺等地味に白系似合わねーよなぁ……」
正直なのは美徳なのかどうなのか。バルトロ・アンドレイニ(
ja7838)がつい正直に感想を言ってしまう。
その背中にジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)の蹴りが炸裂。まともに貰い前のめりになるバルトロ。
「おまえそこで本気で蹴るか!?」
そのセリフでもう一撃。
「まったく。あんたにゃ女心の機微ってぇのが分からないのかい!?」
折角乙女の夢、ロマンチックな気分に浸っていたいのに。
「うちの男共の子供っぽさったら、全くもぅ」
しかし何事も無かったようにバルトロは立ち上がり、改めてジーナを見つめ直す。装いが変わると女は変わると感心した。
「つーかこういうしとやか系ってあんまり見ねぇよなぁ……ところでこういう時ってどんな下着履いてごぶふっ」
ぴらっとジーナのスカートをめくるバルトロ。それまで典礼聖歌に包まれていたチャペルの中から「おおおお」とどよめきが起こる。
どよめきに向かいサムズアップをしているバルトロに、ジーナの蹴りが炸裂したのは言うまでも無い。
友であるバルトロらの「微笑ましい」光景を見ていた加納晃司(
ja8244)はダナ・ユスティール(
ja8221)のリクエストに応じている。
「女の人はこういうの、好きだな……」
「えへへ、一度こういうの着たかったんだよねぃ」
普段白はあまり来たことがないんだ、と小麦色の肌で笑うダナ。少しコンプレックスがあるらしいことに気付く。
「お色直し、したかったら付き合うよ」
晃司の提案に「着たい服があったんだ」と喜んで着替え室に駆けて行くダナ。しばらくした後、花をモチーフにして可憐にリボンをあしらったカクテルドレスに身を包んで現れた。
「白も似合っていたと思うけどな?」
ダナはもう少し自信を持って良いと思うんだけどな、と思う晃司は、その言葉を飲み込んで。ふわっとダナを抱えた。驚くダナをそのままでアーチの下を潜る晃司。
「お姫様だっこなら任せろ!」
「爆破の人。こっちに混じってくれればいいのになあ」
アドラ・ベルリオス(
ja7898)が残念そうに呟く。途中で説得してみたものの、相手の意志は最後まで最後まで固く、遂にその消息を断ったらしい。ルーディ・クルーガー(
ja7536)がその肩をぽんと叩く。それにしてもルーディーに白のタキシードはよく似合うとアドラは感心した。戦場へと狩り出され明日さえ判らず戦う部隊で共に行動をする内に、2人の間には愛情らしき感情が育っていた。いつかは「結婚」というけじめを付ける日が来るかも知れない。しかし。
「ちゃんとこういう所で挙げれればいいんだけどねぇ……世の中、何があるかわかんないしねぇ」
戦場に狩り出される身では明日なんて霧の中である。
「ま、今できることをやればいいってこったね。さ、写真写真!」
快活に喋り続けるアドラを無言のままでみつめるルーディー。写真の撮影が終わった時、ルーディーは写真家に「あとで写真を貰えないか」と訊ねてみた。今日この時が確かに存在したことを、ルーディーはアドラと共に形として持っていたいと思ったのである。
「うちの連中はなんつーか…しょーもないねー…」
ジーナが放った蹴りを思い出して笑うと、アンネ・ベルセリウス(
ja8216)は改めて狭間雪平(
ja7906)に向かい合う。向かい合うと色々な現実が頭に過ぎる。これから本当に撮影するんだ、恥ずかしいな、とか。
「まぁ、なんだね……こういうのも、悪くは、ない、かな。うん」
いざ撮るとなると白無垢に包んだ背中に汗が滲んでくる。
「せめてあたしの身長がもうちょい低かったらね〜」
戦闘時には気にならない身長の差がどうしても気になってしまう。
「俺はまだ身長伸びているからな。……すぐに追い抜く」
雪平がからからと笑う。緊張でガチガチになっているアンネを微笑みで優しく包み、リラックスさせる。今日この日、誘ってくれた共に感謝をしながら。
「ま、あんたの珍しい姿見れただけで満足だよ。似合ってるよ」
主導権を握られた事が、悔しいと思うよりも嬉しい。紋付き袴姿の雪平が大きく見えたアンネであった。
●
夕闇が迫る頃、撮影を終えた皆が思い思いの恰好でパーティーに参加している、ウェディングドレスを着ていない組はドレスを纏う。白無垢に打掛に羽織り「重いー」と叫ぶ声も。紋付きを着た者は下にステテコを履くのが必須なのでそれをからかわれたりあるいは見せびらかしたりと賑やかだ。
皆疲れていたのか優希のレモンパイに恭弥のチーズケーキなどケーキは瞬く間に胃袋に収められて行く。特に帯を解くことになった女性陣の勢いたるや凄まじい。
「うにゅぅ、味見はしっかりしてあるので大丈夫。皆に配ってねぃ」
給仕を引き受けた静矢にサーブする優希、恭弥、桜は忙しい。典礼聖歌を歌い盛り上げてくれた面々もパーティーを表裏で支えている。実際、ひとり三千円の予算で組んでみたら結構な量と質になるなあと実感できる次第である。そこに支配人からも料理の差し入れが届き、また歓声があがる。どうも今や光は着せ替え人形になっているらしい。彩香の横で喜んでいたり困惑したりいろんな表情と姿でぱしゃぱしゃと写メを撮られている。それを冷静に眺めて観察しているグラン。
ティーナはティーナで完全に女子会モード全開らしい。穂鳥が薦めるバナナオレをおかわりすると、いつのまにかユウ、それに九十七も加わっていた。
「おねえちゃん、一緒にいたいなのにゃも」
なつく菜穂を受け止めて、その手を引いて見て回るレイラは微笑みを絶やさず菜穂をサポートしながら同じ時を過ごしてくれていた。
砂糖で固めたドラジェでも、熱気で溶けてしまいそうね、とかざねが思ったのも無理はない。
「どうぞ、あーん」
振り回したお詫びに、と良子は尚幸の口に食べ物を運ぶ。リア充爆破団がいたら真っ先に狙われそうだがその危機はすでに消滅していた。爆破団を追っていた夢野とフェリーナも今日の始まりよりも縮まり、席を近づけ幸せを味わっている。さて、孤軍の爆破団はどこへ?
さらさらと流れる静かな川の傍を桐原雅(
ja1822)と久遠仁刀(
ja2464)が連れ沿い歩いていた。雅が身に纏っているのは純白のウェディングドレス。仁刀は合わせて白のタキシードで身を固めていた。こんな姿は馴染まない、似合わないと思いながらも、この姿で誰かが雅の横に立ち、写真に撮られるなんて想像もしたくなった。そして写真撮影の時には意を決して宣言のごとく「お姫様だっこ」をした仁刀であった。
一方。抱かれた雅は見上げるとすぐそばにある仁刀の顔にどきどきし、心臓の高鳴りが聞こえるのではないか気が気でない。
でも、どうかこの時がずっと続きますように、と刹那にして無量の幸せ刻に浸る……
パーティーはまだ続いている。時折賑やかな歓声があがる。
「ドレス、似合っている」
歩きながらぽつりと、仁刀が呟く。本当はもっと気の効いた言葉を言いたい。だけどこれが精一杯の仁刀であった。しかし。仁刀の言葉よりもその心は雅の心に響いた。体をもっと寄り添わせる雅。2人の前で蛍が舞う。雅は仁刀とこの光景が見たくて、それが一緒に見られて。仁刀の腕に身を寄せた。
「筋は通しきった!」
我が選択に悔いなしと仁王立ちで笑う影。そう、フルボッコの末にロストしたはずのラグナである。ただ通した筋に具体的な効果はなかったかも知れないが。
そして意識を取り戻し立ち上がると今や既に完全に闇の中であり、どうやらここは川のそばらしい。
その時、すっと近付いてくる光球に驚く。だがその正体が蛍であることに気が付くのに時間は掛からなかった。しかし妙に懐く蛍である。こうも近くを飛び回られるとうるささを感じる。追い払ってみるが、だがラグナの近くからその蛍は離れようとしない。
「やんちゃさん。あなたにも想い人がいるのかしらね」
今度は本気でラグナは驚いた。昼間に見かけた写真家がラグナの近くで蛍を見ていた。その上倒れたままのラグナを見守っていたらしい。受けた恩には丁重に感謝するのがラグナである。しかし。
「私を想う者? あり得ん」
あっさり言い放つラグナの前で、写真家が左手を伸ばす。するとその薬指に光るリングが視界に入った。リア充め、と言おうとした刹那、引き寄せられるように一匹の蛍が写真家の左の薬指に止るのを見て。なぜか、言葉を失ってしまう。
「あなたにも、想い人が。きっといるはずですよ」
届かない相手への思慕が、想いが蛍になるのならば、と再び写真家が呟く。写真家の指先に止った蛍がその火を点滅させていた。点滅に合わせて写真家も何かを話しかけている。まるで、本当に愛を語り合っているように。
変わった女性だなと思いながらもラグナは黙り込む。戯れにと手を開いてみればその手に止る一匹の蛍。「馬鹿らしい」と思いながら。今度は追い払う事をしなかったラグナであった。