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マスター:火乃寺
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/03


みんなの思い出



オープニング

 熊本のとある町。有明海に面した、市を冠するその町は、元々は漁村であった。
『はーい、ご注文の太平燕(タイピーエン)お待ち!』
 そこにある小さな食堂。還暦の近い老夫婦が経営する店内から、稚く軽やかな声が響く。
「おー、まっとったばい!」
 褐色の肌を持った黒髪の少女。一見すると十代、中学生位だろうか。日焼けした日本人にも見える顔立ちに黒い瞳。だがその瞳の光彩は見る角度によっては紅に見える事もあった。
「よー働く子ばいね」
「ああ」
 白髪頭の老主人と、常連の老人がにこにこと孫を見るような目差で、そんな彼女を見ていた。だが、あれで成人しているというのだから世の中は本当に外見だけでは分からない物だ。
以前に見せて貰った免許証、記された本名は『明日羅野 塁』とあり、間違いなく二十代であるらしかった。
『それじゃ、出前行ってくるよ!』
「おー、気ぃつけていってきんしゃい、“塁”ちゃん!」
 主人の声に、にっと笑顔で答えると、岡持ちを片手に表にあった自転車で颯爽とこぎ出すのであった。


《走った方が疾いんだけどねぇ。ま、郷に入っては郷に服えと♪》
 気持ちよさそうに風を切りながら通りを走り抜ける自転車。跨がりながら少女――その正体は魔族、つまり天魔――は、二月前の事を思い出す。
撃退士との“喧嘩”でつい調子にのって力を出し過ぎ、あわや死病を抑える咒いの拮抗を失いかけた。どうにか制禦を取り戻した物の、消耗した力の回復と、本来の目的である『異世界観光(?)』の為に人類に変化して彼方此方を放浪していたのだが。
《丁度一月前、路銀が尽きたのよねぇ》
 基本的に、彼女は望んで人類と事を構えるつもりはなかった。死病の事もあって戦士としては役に立たず(長時間戦闘が不可能)、軍からは退役した身なのだ(最初に撃退士に喧嘩を売ったあれは、ぶっちゃけノリとその場の勢いと言う暴走である)。
 戦いだけが生き甲斐だった彼女は、そのまま腐ってしまうかとも思われたが…その身に宿していた命が、彼女に新たな生き方を齎す。
気に入った相手となら、誰とでも幾度となく交わって来たルイが、唯一身体だけではなく惹かれた男。その種を望み、授かった我が子。
 やがて男の死を知っても、彼女が揺らぐ事はなかった。奔放に大らかに、時にいい加減に。有てる全てを耗やして、それを育てた。そんな親心など露知らず、碌でもない育ち方をしたようだが(親にそっくりである)。

 と、話がそれたので戻そう。
路銀は、この世界の、つまりは人類の通貨を使っていた。魔界から来るときに渡されたそれは、冥魔軍が支配した土地で収集癖のある酔狂な悪魔が集めていた物らしい。
こちらに航る前に『表立って動く気がないなら、必要になるだろう』と言って、上位者権限でそれを分捕って彼女に手渡してくれた旧友にして、かつての上司の手配だった。
 だが、使い続ければそれは目減りする。さりとて、悪魔が人間脅して金を奪い取るというのも中々せこいというか、情けない。
巡り巡って考え抜いて、今、彼女はこの町の食堂で“うぇいとれす”なる物を役ていたという、ただそれだけの事である。
《さっさと帰ってまた頑張らないと。じっちゃんもばっちゃんも、いい歳だからね》
 そう云う彼女自身、人類から見たらとんでもない高齢、つまりBBA…あ、すいませんなんでもないですごめ(ぐしゃぁっ!)
《……》
見た目で中々仕事が見つからなかった彼女を、快く住み込みで雇ってくれた老夫婦との一月を思い返す。
二人の老いて尚仲睦まじい姿に、彼女は羨望を覚えていた。そして幽かな嫉妬と。
自分は望んでもああはなれなかっただろう、分かってはいても…“あの人”との、そんな未来も在り得たのではないかと…愚にも付かない事を考えて、否々と苦笑と共に振り払う。

 ドォオオオンッ!!

『――ッ、なんだい?』
 通りを走り抜け、視界に食堂の暖簾が見えて来た頃、それは響き渡る。
自転車を止めて足を着き振り向く先、視線の彼方で濛々と上がる黒煙。そして周囲に満ちる、無機質な多数の“アウル”の気配。
《チッ、…天使どもかい。ったく、どこでも沸いてくるねぇあいつら》
 人類からは同類と見做されている悪魔である自分は棚に上げ、胸中で呟く。天を見上げれば、徐々に広がっていく結界の幕が見える。
『幾ら力を抑えて生活してたとは言え…鈍ったもんだね、あたいの勘も』
 ゲートが開かれたという事は、それなりの期間、この町に天属が紛れ込んでいたという事。それに気づかなかった自身の衰えに、自嘲気味に哂う。
 彼方此方で、怒号や悲鳴が上がり始めていた。ゲートから湧き出した兵隊(サーヴァント)どもが人狩りを始めたのだろう。奴らの目的は原住種族の精神を吸い上げる事。故に節操なしに戮しまわる事はあるまい。
《…此処は、混乱に紛れて逃げるのが一番か、な》
 ちらりと、進む筈だった先を見直す。事態に気づいたのだろう食堂の客が、焦燥を浮かべながら飛び出して行く姿が目に映る。
 そして、食堂の中から動こうとしない気配が二つ。

<ワシらは十分に生きたけん。今更、あわつっこたなか>
<ふふ、そうたいね>

 人類とは比べ物にならない鋭敏さを持つ聴覚が、そんな“声”を塁に届ける。
『…ぁーあ、まったくさぁ。こんないい女が独り身なんて、間違ってないかい』
 燐火が彼女の全身から立ち上り、変化による偽りの外見が淡く剥がれ落ちていく。黒髪は真紅へ、中に小さくして蔵めていた一対の黒光りする角が現れ、瞳は金色へと色彩りを変える。
『来な、焔天通』
 ルイの手の中で前後に伸びた焔から、実態となる一振り之太刀。手応えを確かめ、その背に黒翼を顕現させ、結界に覆われる空へと彼女は羽ばたいた。


『…魔族?』
 町に放った眷属が次々と撃破されているという報告を受け、更に調べに向かわせた使徒から届いた念話に、主である天使は眉を蹙めた。
《一応とは言え、我らと彼らの間には不可侵の約定があった筈ですが…》
 外見で曰えば二十代、絵に描いたような金髪碧眼の美青年。柔和な顔立ちからは、何処か育ちのいいお坊ちゃんのような雰囲気すら漂わせる天使だった。
『分かりました、私が出向いて話をして見ましょう。独断専行かもしれませんが、彼らとて話して分からない者達ばかりではない』
“しかしそれは余りに――”
『大丈夫です。君は戻って、ゲートの管理に務めてください』
“承知致しました、ハクウェル様”
 交信を終えた青年は、ゲート外へと通じる転移陣へと向かう。

 そしてそんな騒動があれば、当然派遣されてくる撃退士達。
 三者が同時に、戦場で顔を遇わせる事になるのだが――果たして、その結末はいかなる物になるのか。この時は誰も知る由もなかった。


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リプレイ本文

『…肩慣らしにもなりゃしない』
 最後の一体を斬砕した小柄な少女は、血肉を撒き散らされた小学校の校庭で詰まらなさそうに鼻を鳴らし、大太刀を払う。
《この辺は粗方片付いたし…身体もまだ保ちそうだね》
少女――天魔ルイは、己の状態を確かめ肩を回す。彼女はアウルを消耗しすぎると、身に患う死病を押し留めていた咒いとの拮抗が崩れ、容易く行動不能に陥ってしまうという欠陥を抱えている。
 意識を索敵に向け、また移動しようと翼を広げた処で、その気配に気づく。
『…貴女ですか、私の眷属を殲滅して回っているのは』
 白き天使が、ゆっくりとルイの視線の先に舞い降りてくる。

《この距離に来るまで気配を完全に絶ってたって?…嫌だネェ》
地上から約10m上で滞空して見下ろしてくる男は、何処かポンやりとした世間知らず風のお坊ちゃんにも見える。
《チョロそうに見えるんだけど…ねぇ》
両前腕を拳まですっぽりと覆う、白銀の拳手甲。儀礼用とは違う、実戦を潜り抜けてきた…言うなれば“血の臭い”が沁みついているのを直感で感じ取る。更にその背には二対四翼が、これも使い込まれた装甲で武装している。
何時の時代から、飛行だけの術式と化していた天魔達の翼は、必要時以外で顕現させる者が稀だ。それを常時顕現、而も装甲で武装済みとなれば。
《飾りじゃないって事さ?》
 昂ぶる感情。抑えなければ拙いと理性が囁く。だが、久方の戦場の空気に酔ったルイの思考はそれを容易く磨り潰してしまう。
面白い、と浮かぶ笑みが剣呑この上ない。

 そんな対手の内心など露知らず。天使ハクウェルは穏やかな笑みを浮かべ、小柄な悪魔を見下ろす。
《どんな者かと思いましたが…これはまた》
 悉にルイの姿を捉え、
《小さい…可愛い…》
 その崩れた相好を副官である使徒が見たら『またか…』と頭を抱えただろう。彼、無類の『小さくて可愛い物』好きなのだ。
『……』
『……』
邂逅から十数秒、互いの考えなど察るべくもなく、天使が穏やかに口を開く。否、開こうとした。
『先ずは――!?』
刹那、目前にあったは狂喜の笑み。十全な筈の間合いを零にして現れる少女。大上段に振り抜かれる大太刀。
驚愕の中、沁みついた技術が天使に咄嗟の防御を間に合わせた。
踏ん張りの利かない空中から叩き落され、大地に減り込む。粉砕される地面から土煙が上がる中、翼で地を衝き、身体を跳ねて一回転、即座に態勢を立て直す。
『あたいの前で暢気に浮いてる奴がどうなるか、チッタァ分かったかい?』
軽々と降り立ち、刃を構えた魔族がニヤニヤと嘯く。再度口を開きかけ…しかしハクウェルはやれやれと首を振り、確りと大地を踏みしめ自身も両拳を構えた。


 一報から先遣した撃退士達が、正にその瞬間、場に転移してきたのは単なる偶然だった。人類の転移技術では障害物のない広い空間が必須の為、偶然この校庭が選ばれていたのだが、そこで天魔同士が衝突していよう等、送り出したスフィアリンカー達に予測など出来様筈もない。
「おや、天使と悪魔がけんかしてますね」
一同でまず状況を察したのは、機動力に傑れた忍軍であるエイルズレトラ マステリオ(ja2224)。
『なんだいなんだい、千客万来だねぇ』
《ま、血祭りは賑やかな方があたいの好みさね》
『人間…の戦闘種。撃退士、でしたか?』
《その内現れると予想はしていましたが…また面倒なタイミングで》
双方に対し絶妙な間合いに現れた人間たちに、一触即発の空気だった二体の動きが固まる。

「…出現したゲートは、天使の奴、だったよな」
「初動報告では、その筈だが…」
 急な展開に戸惑う様な君田 夢野(ja0561)の疑問に、次いだ久遠 仁刀(ja2464)が慎重に両者を見回しながら応える。
「貴方達、人様の土地で何してくれてるのよ…って、あれ?」
 その後に紅葉 虎葵(ja0059)、六道 鈴音(ja4192)、向坂 玲治(ja6214)、鬼無里 鴉鳥(ja7179)が、得物を各々に構える中、憮然とした表情で苦情を言い掛けた鈴音が目を瞠る。
(ゲートとサーバントが出現したってきいてたけど、ルイまでいるじゃん…どうなってんの?)
「…あの魔族、知っているのか?」
「だ、誰なんだ?」
 ルイに向けられた鈴音の視線をなぞり、問う仁刀、夢野。天魔を油断なく見据えたまま、耳を傾けるエイルズレトラ。
「え、えっとね」
「ルイ義叔母さんだよ!あーちゃんにとっては義母さん!未来の!」
「「「…はい?」」」『あん?』
 答えようした傍から、飛び出す虎葵の突拍子もない言葉に男三人、序でに悪魔も疑問符を浮かべる。
なお、余計な事を言わせまいと虎葵の口を抑えようとして間に合わなかった鴉鳥は、首元のマフラーを引き上げ、その表情を隠し黙秘の意を示した。

「アイツは…イドって悪魔の母親らしい。名は…ルイ、だったな」
その状況に、くっ、と小さく笑いながら玲治がネタ晴らしをする。
「…あの幼女が?イドのオカン?へー、なるほど、そーなのかー」
(見た目は天魔だから、まあ当てにならないしな)
 魔族イドとそれなりの因縁のある夢野は胸中でそう語散る。多少驚きはしたものの、撃退士であれば誰もが天魔の生態を熟知する。彼は改めて少女の姿をした魔族に視線を向け、
『…莫迦息子を知ってるって事は、当然やりあったんだろ?いいネェ、それで生き残ってるなら、楽しめそうさ』
 舌なめずりする猛獣の顔と対面した。
(ってオイィィィ!?子も子なら親も親かァ!?)
 子は親の背を見て育つ者である。

「人を脅かす心算なら出ていけ。でなければ相手になる」
 炎気を立ち昇らせる大刃の薙刀を払い、仁刀が天魔らに告げる。
『ふむ…ゲートを開く以上、それは無理難題と言うもの』
『ハッ、喧嘩なら――買ってやるよ!』
 だが天使は苦笑と共に、悪魔は取り付く島もなく彼の言葉を切り捨て、間を空けず悪魔が撃退士へ突進してくる。天使は様子見を決め込む心算に見えた。
「待って漁夫の利…なんて言ってられる状況でもないかっ」
 相変わらずの機動力と思い切りの良さに舌打ち、凧盾で一撃を受け止めた玲治が弾き飛ばされる!
 闘いに陶酔した魔と、交渉決裂の天と人。
「って、みんな落ち着いてー!?」
 虎葵の叫びは、空しく剣戟の音に飲み込まれるのだった。


《彼女ほどではないが、この人間も疾い》
少年は、機動力を活かして迷う事無く天使の側面を迂廻、背後を取る。抜き打ちに放たれる仕込みの刃。天使は装甲で覆った翼で受け、反撃に別の翼で薙ぎ払う。
「! へぇ、その羽、攻防一体に使うんだ」
 だが当たると思われた一撃を、エイルズレトラは薄笑いさえ浮かべ、鮮やかに躱す。
 その間隙に、間合いをつめた仁刀の大刃が繰り出される。刃の軌道を一翼が盾となって遮る。

 ゾンッ!

『ぐっ…』
 刃の纏う闇が、翼ごと貫いてその切っ先を天使の肩口に突き立つ。だが同時。
「――ッ!」
 横殴りに繰り出された拳に打ち据えられ、骨までは届かない。
(…カウンター、か?)

状況を確認すれば、天使に仕掛ける組と、仕掛けてくる悪魔を邀え撃つ組という構図。
無論、二面戦を強いられる撃退士は不利でしかない。
(どっちに行くか…って、もう決まってるよな)
 魔族に対しては、尤も適当な者が既に動いている。ならば。
「…あの天使をとめりゃいいんだな?」
 手に顕現するは紅蓮焦音のオーラを発せし大弓。放たれる矢が、焔と風を巻き込んで奔る。
 バキュッ!
「おいおい…」
 チラリと、横目を流した天使の翼が、矢の斜線を掴み取る如く握り潰したのだ。
「だったら当たるまで射ってやる!」
 射つ度に位置を変え、夢野は天使の隙を探り続け、
「その羽、黒焦げにしてやるわよ! 六道呪炎煉獄!!」
 魔力より変換された紅黒の炎が一閃となって天使に襲い掛かる。天使は律儀に、鈴音の望み通り、ニ翼を交差させてそれを受けた。
「フン、どうよっ…って、あれ?」
 だが、被弾の瞬間に黄金の輝きが放たれ、威力が大幅に減衰した事を彼女は“感知”した。
 反撃が来るかと思われたが、天使は一度視線を彼女に向けただけで、再び前衛との戦闘に専念する。単に反撃の手段がない故だったが、鈴音にして見れば『眼中にない』と言われた様で。
「泣かす、絶対私の魔法で泣かしてやるからねっ!?」
 本気になって魔法を叩き込み続け、前述の光景が繰り返される事になる。


 ガァアアァァンッ!
「くぅっ!…っ、落ち着いてくれない、かなっ!?」
『よく受けたね小娘! お次はどうだい!』
 魔具とアウルを媒介に具現化された巨大な護宝剣が大太刀を受け止めるも、衝撃が虎葵を一撃の度に圧し飛ばす。必死の呼びかけも、戦闘に饗が乗った魔族の耳へは容易く届かない。
なれど虎葵の瞳に諦めない。
『――!』
 ギィイン!
「…御母堂、観光にしては随分と物騒だな」
 気配に、違わず受け止めたは漆黒の刀身。一瞬の鍔迫り合いの後、弾かれる勢いを利用して間合いを取る。
『おや、どうにも見た面があると思えば』
 自分に向かってきた虎葵と鴉鳥、玲治に視線を流し、フンと鼻を鳴らす。
『売られた喧嘩、買わなきゃ女が廃るってモンさ!』
 鬼気迫る笑みと共に、次の一瞬に目の前にルイの刃が迫っていた。
(やはり間合いなど無意味か…っ)


『興味深い術を使いますね』
 二体に“増えた”敵に対し瞳を細める天使。左右を挟むのは、どちらもエイルズレトラ。
同二人が動き出す。片方が、背後から突進。確かにそちらは、天使にとっても死角。しかも無謀にも抱きついてくる行動に、一瞬の虚を突かれる。
《捨て駒、ですか》
 戸惑ったのは一瞬。
「がはっ!!」
体術巧緻の少年に中々拳を当てられなかったが、これなら相手も動く事は出来ない。四翼が立て続けに抱きつく少年に突き刺さる!
 同時、正面から突き出された刃が天使の片目を貫かんと迫っていた。

 ゾンッ!

 蟀谷を、切裂く刃。僅かに首を傾け、刃を頭蓋で滑らせ躱した天使の頬に赤が滴る。
『大したものです、その若さで』
「…そっちもなかなか」
 瞳には賞賛。だが――。
(手加減されてる、かな?)
 刻まれた分身が術耐久を超え消えるのを捉えながら、天使もまた撃退士の力量を計り闘っている事に、エイルズレトラは気づいた。

「気をつけろ」
「ああ、見てたから分かってる」
 傷を負い下がる仁刀と入れ替わる夢野。天使に向けられる朱塗りのソカットを備えた長大剣。刹那、音速を超えた一閃となって天使を切裂く。
(浅いか!)
 手応えに舌打ちする夢野の視界に、天使が彼の懐、剣を降りぬいた一瞬の死に体に踏み込む。
「っ!?」
 脇腹に減り込む銀手甲の一撃に堪らず蹌踉めく。
『……』
 しかしそこに追撃を放つでもなく、天使は再び囲構えを取る。
「徹底したカウンタースタイル…か」
 口内に溜まった血反吐を吐き捨て、夢野が呟く。
 遠距離に対しては回避防御一徹。だが接近戦を挑めばほぼ確実にカウンターを繰り出してくる。それを可能にしているのが、背にする二対四翼。
「見た目にそぐわねぇ野郎だ、な!」
『ぐっ!』
 何時の間に、魔族と相対していた筈の玲治が、超重の一閃で翼の一枚を斬りおとし合流する。反撃は、持ち前の頑健さで受けきる。
「僕にとっては相性がいいですね」
 時に必中かと思える一撃さえ、空蝉で陵ぐ少年は与し易いと嘯く。


 変化は、唐突に訪れた。
冷静に、実験を観測するような表情で相対していた天使が、微かに焦燥を浮かべ身を翻す。
『…ッ』
『ヨォ、ニイサン、待たせちまったかい?』
 にひひっ、と人を喰った笑みで振り下ろした大太刀を肩に担ぐのは、魔族。吹き飛ばされ、一時の停滞から抜け出だした天使が突いた膝を上げ、疑念を浮かべる。
《何故彼女は“人間”ではなく“私”を攻撃した?》
 つい先程まであの人間達の一部と交戦していたのではなかったか?
 魔族の背後に、ぼろぼろになった小柄な女が様相に合わずニコニコと笑み、もう一人の女は何故か赤面して俯いている。
《…何があった?》
 それについて幾ら考えても、天使に答えが出せる筈もなかった。

『何故、庇護うのです? 魔族は貴女方にとっても敵である筈』
 ルイに向けて振り下ろされた鉄槌の如き翼拳を、幻影体で身代わりに受けた虎葵だったが、その重さに苦悶を上げる。
「護るよ。だって…彼女は僕の家族だから。悪魔も天使も、僕には関係ないんだ!」
『家族…? 魔族が、ですか。…ふふ』
「何がおかしいの?」
『いえ、何がと言いますか…全体的に』
 一見優男、しかし実態はガチガチの盾ジョブの如き若い天使は、形勢の不利を悟っていた。色々な意味で相性が悪いと。
《仕方ありません》


 結果として、ルイに弾き飛ばされた勢いを利用し、天使は撤退を選択。
 一時共闘したとはいえ、悪魔と撃退士達の間に居心地の悪い沈黙が横たわっていた。
「…で、どうする気だ?」
 問うたのは仁刀。どう、とは最初に告げた『街から出ていけ』と言う部分。
『んー…あたいにもちょいと事情があってねぇ。はいそうですかとは、行かないさ』
 向き直った時には、既にルイは臨戦態勢だった。放たれる闘気に、撃退士も得物を構える。望んでいなくても、襲ってくるなら対応するしかない。
「あー、まてまて、ちょっと待て」
 その中から、警戒しつつ踏み出したのは玲治。
「まず事情ってのを聞かせろ。殴り合うのはその後でも遅くないだろ?」

 そして、一時間後。
「ほれ」
『まいど♪』
 玲治が、憮然とした表情で銀行から出てきて、ルイに何かを放り投げる。混乱の最中にあってもATMは稼動していた。
 ルイの事情とは『旅費がない』という、それだけだった。拍子抜けした一同だったが、軍も退役し、拠点も持たぬ彼女が飲まず喰わず魂も取らず、で旅をして巡るとなれば当然必要な物。
 言いだしっぺの法則ではないが、代表して玲治が久遠を円に換金し、彼女に渡す羽目になった。
『んー、でもただで貰っちゃ悪いし…ニイサン、ちょいと耳を貸してみな?』
「なんだよ?」
『いいから、ほれ♪』
 何処か人を喰ったように笑みに促され、耳元が届く高さまで玲治が腰を落とし――

 むちゅぅ!

「っむぅ!?」
「あ」「うわっ」「……」
 見間違え様のない行為――接吻を受けた当人と、成り行きを見守っていた一同が固まる。
(っっ、こいつ、舌を…!)
 ぬるりと忍び入ってくるそれは、人間の物よりざらつきが強めで、長さが二倍ほど。咄嗟に突き放そうとするが、元々膂力のあるルイにがっちりと両頬を挟まれ、中腰の不安定な体勢では思うように力が込められない。
「…まぁ、実害はない様だし」
 目を外らして呟く夢野に、
「ぁー…でもあれ、同時に生気吸われてるよ」
「だねぇ」
「……」
 鈴音の言葉に、エイルズレトラが携帯を構えて撮影をしながら頷く。他はどうした物かと悩んでいる内に、満足した風にルイは青年を解放し、艶めかしく舌なめずりをして見せるのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
 斬天の剣士・鬼無里 鴉鳥(ja7179)
重体: −
面白かった!:6人

堅刃の真榊・
紅葉 虎葵(ja0059)

卒業 女 ディバインナイト
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド