天を圧せんとする羽ばたきの群。
白馬は背に天使のそれと良く似た一対の翼を広げ、廃墟の町を舞う。
「相手も馬、こっちも騎乗ネ。Let’s duel!」
天馬の進行方向、待ち構えるように浮かぶは蒼煙を纏いて天を翔ける黒鎧の竜馬スレイプニル。
その背に跨がる主人たる長田・E・勇太(
jb9116)の意に応え、黒翼を広げ天を蹴る。
(今度は油断はしないネ)
胸中で己を戒める勇太。それは一月前のある一件での教訓。
両者の距離が詰まる中、天馬の群に変化が起きる。
それらは一斉に三々五々、街の各方面へと散るように散会し始め、ただ一頭のみが竜馬とその主人を邀え撃たんと疾駆する。
「舐められた物ネ!」
風の刃が次々と勇太達へと放たれる。その直撃を受けながら、勇太の意に従い風刃を突き破るように突進した竜馬が爆発的な加速を持って縦横無尽と襲い掛かる!
但し、騎乗している者にとってもその機動力はかなりきつい物があった。本来は召喚獣のみで行う技である故に。
「…無茶をする」
半身の血脈たる黒き翼。背負いし少女は、青年の戦い方を遠目に認め、首元に巻くマフラーに崩れた唇から呟きを漏らす。
勇太と同様に飛翔し、天馬を待ち構えていた鬼無里 鴉鳥(
ja7179)だったが、散開するを見て取って、内の一頭を討たんと追いすがる。
然し、両者の速度には確たる差があった。
背後の鴉鳥に向かって放たれる幾つもの光球。それらを虚空より引き抜く黒身の大太刀で寸暇に切り払う。
「この身が届かぬなら――」
彼女が纏う、黒焔が如き無尽光が刀身に収斂、瞬きの間に形成される長大な黒き刀身。
「――刃を届かせればよい」
振り下ろされる大刃は技に魔の属も上乗せ、身を躱す間もなく一刀両断。断面から内臓物を撒き散らしながら、断末魔と共に堕ちていく。
●
「折角苦労して用意したんだから、降りてきなさいよ!」
各所に設置した即席のバリケードを無視して頭上を飛び交う影に、太眉を吊り上げて叫ぶ少女。
六道 鈴音(
ja4192)の言葉に、「じゃあ折角だから」と降りてくるお人好し(?)天馬が無論居る筈もなく。
地上から魔術で撃退しようとすれば、瞬く間に射程外へと逃げられてしまう。
(…上からの監視が役目って事)
その行動から意図は読める。だからといって現状が何か変わる訳でもなく――否。
「! 私の相手はこっちって訳ね!」
地を震わす怒涛の馬蹄。その気配に気づいた鈴音はバリケードの上に飛び乗り、待ち構える。
「って、あー!?纏まって来なさいよちょっとっ」
街に侵入する寸前、10からなる人馬達は2体ずつに分かれて別々の街路から侵入を開始した。
内一組が彼女の居る街路へと侵攻してくる。散った撃退士達が発動させる阻霊符によって透過を封じているので、今度は素通りされない。
人馬が射程に捕らえた鈴音に向け、その弓を引き絞る――だが。
『!!?』
二体の足元に突如現れる魔法陣。それを構成する黒い靄が彼らを包み込み、その効果を発揮する。
一体が前足を折り、どぅとアスファルトに倒れ付す。もう一体も幾許かの抵抗を見せたが、前に同じく。
「悪いけど、あんた達に時間は掛けられないのよ」
何かしら意図を持ってサーヴァントを指揮する上位者が居る。それに備える為にも。
手にする霊符を天に掲げ、注ぎ込んだ魔力を術式に変換、開放する!
「纏めて燃え尽きなさい、六道――赤龍覇!」
廃墟の一角に、紅蓮の火柱が立ち昇った。
●
街の中央に近い雑居ビルの屋上。立ち昇る火柱、飛び交う天馬、それを追う竜馬、天を駆け黒刃を振るう少女。
それらを眺める長身大柄の男が楽しげに呟く。
『どっかで見たよーナ技もちらほらと。ヨクヨク、縁がありやがルな』
男が肩を竦めた時、屋上に繋がる非常階段を駆け上がる足音が響き渡る。
ショットガンを手にし、そこに現れる少女。天馬を射程圏に収める為に上ってきた紅葉 虎葵(
ja0059)は、予想外の人影に気づいて咄嗟にその銃口を向ける。
『あぁ? テメェもどっかで見た面だナ』
「へ?あ…あーっ!? 誰かと思えばイっくんじゃない!」
『…誰だよイっくんってのは』
恐らく自分の事であろうと思ったが、やたら馴れ馴れしい響きに天魔――イドは虎葵に渋面を向けた。
「むー、あーちゃんとゆめのんに会いにきたの?」
『誰の事言ってんダかわからネェ、日本語で頼む』
「日本語だよ!あーちゃんはあーちゃんで、ゆめのんはゆめのんだもん!」
『…ああ分かった、テメェとは話が通じネェってのが』
もともと愛称等というのは作った当人と呼ばれなれた相手にしか通じ難い物である。稀に顔をあわす程度だった両者であれば尚更に。
「でもごめん、今忙しいからちょっと待って!」
それも構わず会話を進める虎葵に、イドもそれ以上突っ込む気は無く。
『テメェらの都合なんザ知るかヨ。俺は俺のヤりたい様にやる』
イドの背に魔の翼が顕現し、大きく広がる。
『止めたきゃ力ヅクで来るんだナァ、クカカカッ』
「あっ」
背中から倒れるようにして、ビルの禄から姿を消すイドに、虎葵は慌てて屋上縁まで駆け寄る。
見下ろせば天魔は滑空し、そのまま地上へと降り立つ所だった。
●
《なる程、その付近ですか》
街中の、廃墟と化した一軒の家屋。そこにスーツを纏う男の姿があった。
サーヴァントを陽動にまんまと潜伏を果たした使徒は、天馬の視界を通し、また人馬を追う撃退士達の動きから入り口の大まかな見当を付ける。
『しかし、空の掃除が速い。天馬を越える足の者が配置されていたとはね』
●
(ここは天と人の共存を望んだ天使の地だ)
曾てこの地で知った想い。それに対する自身の意を込め、君田 夢野(
ja0561)は愛用の楽器であり、彼の“剣”でもある銀のエレキギターを掻き鳴らす。
バリケードまで後退した彼に追い縋って来た人馬の刃を躱し、アウルが変換された魔音の刃が二体纏めて切り刻む!
『GYIAAAA!!』
「略奪者に呉れてやる程安い場所じゃない、去りな」
肉片と変わる天魔を一瞥し、身を翻す。バリケードと共に各所に仕掛けておいた簡易の鳴子が、ある程度の敵の位置を知らせてくれる。
(大分入り込まれてるな――)
頭に街の地図を広げ、次に向かおうとした刹那、背後にあったビルが轟音と共に崩れ落ちる!
「っ!?」
唐突な出来事に即座に身構える青年、その目前に血まみれの肉塊が一つ、二つと投げ捨てられる。それは人ではない生物、人馬の物。
『音がシタト思ったが、やっぱり居やがっタカ』
「その声は…!」
粉塵の中から歩み出てくる、紅蓮の髪に赤銅の肌を持つ長身の男。
『テメェ確か、ユメノだったナァ、カカカカッ』
肩に担いでいた斧槍を払い、切っ先を青年に向けるイド。
『ドウした、前みたいに討ちかかってこネェのカ?』
その言葉に、夢野は一瞬だけ瞑目し、開く。
「出会ったからには一戦…と言いたいとトコだがな、今はこの地に踏み入った不粋者の排除が最優先事項だ」
『…テメェもそれか。だったら俺も排除したらドウだ、十分不粋者だと思うがナァ、ククッ』
笑いながら、無造作に間合いを詰めるイド。しかし夢野は、熱く醒めた瞳でそれを捉える。
『闘る気がナイってのなら――』
大きく振りかぶられる斧槍が頂点で止まり――
『潰すだけダ』
目にも止まらぬ速度で、それは打ち下ろされる。
●
「東はこれで最後か」
天馬は已に一頭残らず片付き、東回りで侵攻して来た最後の人馬を切り捨てた炎纏う薙刀を払い、血糊を飛ばす。
直ぐそこのバリケードを越えれば、ゲート入り口の隠されている公園という場所だった。
(後は西を――)
久遠 仁刀(
ja2464)がそう考えた正にその時、公園“内”に夢野が仕掛けていた鳴子が鳴り響く!
「! 侵入されたのかっ」
小柄な躰が、疾風の如く一足飛びでバリケードを飛び越え、公園までの距離を駆け抜ける。その間十秒もない。
だが、周囲を見回しても不審な影一つ見当たらない。
「上から何か見えないか? 公園に入り込まれた」
物資から拝借していた無線で、上空に待機する勇太に繋ぐ。
“ミーからは特に何も。本当に侵入されたのデスか?”
「確証は無い、だが鳴子が鳴った」
二人は神経を研ぎ澄ませ、公園内を隅無く捜索する。無人の廃墟の街だ。野良犬や野良猫程度の気配も戦闘の前に残らず逃げ出している。
(気のせい…じゃない。何処かに居る、居る筈だ)
そして一つ思いつく。乱暴すぎる手だが残数は残り2発、試さないよりはいいだろう。
「勇太、これから派手にやる。周囲を良く見ておいてくれ」
“? 一体何を”
「簡単な事だ――」
構える薙刀に、月光が如き白き輝きが宿る。
「この付近一帯――試しに吹き飛ばす!」
振りぬかれる切っ先、その軌跡をなぞり放たれる衝撃波が、土を、舗装路を巻き上げ、粉砕して公園の一角を薙ぎ払った!
「無茶苦茶ネ、だけど試す価値は…!」
已に無人の街、文句を言う住人も居ない。
瑣細な変化すら見落とすまいと、高度を下げて周囲を探る勇太。
二発目の斬光が公園を薙ぎ払う、その刹那!
『くっ』
「!?」
確かに聞こえた僅かな呻き。そして波立つ池の水面の中で不自然に揺れる一角!
「何か居るネ!」
「そこかっ!!」
●
ギィイイインッ!
夢野に振り下ろされた一撃、その間隙に飛燕の如く降下した黒い影が辷り込み、掲げる大太刀でそれを受け止める!
『…チッ、邪魔すんじゃネェ』
「そうも…行かぬさ」
ぎちぎちと鍔競り合う斧刃と刀身。気を抜けばそのまま押し潰されそうな膂力に耐え、全身の発条と渾身の力でそれを跳ね除ける。
イドはその勢いに逆らわず利用し、一旦後方に飛び退いた。
「…済まない、助かった」
「いい。だが此奴に力ある者の無抵抗は止めておけ。…無駄に怒らせるだけだ」
「らしいな」
あの瞬間、入れ替わりに突き飛ばされた夢野が立ち上がり、イドを見る。その顔には『不機嫌』を大書書きしてあるような表情を浮かべていた。
「詰まらない奴になった、とでも思うか?」
問う青年に、イドは無言で鼻を鳴らす。
「だが闘争よりも尊ぶべき物を見つけてしまったのでな、俺は――」
その胸に宿すのは、愛する人への想い。そして、彼女を包み込む世界を護るという誓い。
(指揮官らしき天魔が出たと連絡があった。先に向かえ)
(分かった)
囁く鴉鳥に頷き、身を翻しかけた所で夢野はもう一度イドへ振り返る。
「聞くが、アナイティスへの恩をもう少し返す気は無いか?」
『知るか』
「……」
一瞬交差する視線。そのまま青年は今度こそ踵を返し、駆け出した。
無言で見つめあう天魔の男と、人の、いや、半人半魔の少女。
『テメェが相手になるって事だな、クレハ?』
構えも無い構え。だがそれが全力の一撃を繰り出す前触れだと、鴉鳥には分かる。
「…前にも言った筈だ。私が汝の望み、命の限り付き合うと」
熱の無い冷めた口調。だが同時にその心に湧き上がるのは――歓喜。
「だが、此処で邂うとなれば話は別だ」
『ナンだと?』
再び苛立ちを含む男の口調に、構える刃越しに言葉を交わす。
「奴らは――墓荒らしだ。そんな無法を放置して置けぬ。ましてや」
言い淀む。この後の台詞は僅かばかり口にするのが癪だったから。
「汝に縁のある女の墓所、なのだろう?」
●
「こん、のぉっ!」
強烈な回し蹴りを受け止め、伝道する衝撃に呻きながらも虎葵は円盾に宿していたアウルを粉砕させ、目晦ましと同時に全力で相手に振りぬく。
『おっと』
それに逆らわず、スーツの男は勢いに乗って後方に吹き飛ぶ。
『時間をかけすぎましたか…』
仁刀、勇太の他に駆けつけた虎葵、そして鈴音に押し切られ、公園から随分と離されていた。
更に接近するアウルの気配も一つ。それに――
《止まっていた二つの気配もこちらに…やれやれ、一体何がどうなっているのやら》
微苦笑と共に男は肩を竦める。
「…何を笑う」
『いえね。このスーツ、経費で落ちないんですよ』
戦闘により薄汚れ、彼方此方笹破れが目立つそれを軽くはたいて、男は苦笑する。
「余裕だな、まともな一撃を未だ喰らっていないからか?」
『確かに、そう云えばそうですねぇ?』
「躱し方とか、動きが変態すぎるわよあんた!?」
鈴音が喚くのも無理は無い。人体の構造では如何足掻いても不可能な動きで、彼女らの攻撃を躱され続けては。
『さて、目的を達成出来ぬ以上、損しかない投機には見切りをつけるべきかと』
「逃がすと思うか?」
『これ、なーんだ?』
男が懐から何かを取り出す、その瞬間、視界を焼き尽くす様な白光が四方一帯を満たしていた。
●
「今のは!?」
駆けつけた夢野が目にしたのは、目を押さえて踞る仲間達の姿。
「うぐぅ、あの変態、古典的な手を〜」
「また油断、しましたネ」
一瞬の強烈な光源による目晦まし。一時的盲目に落ち入った虎葵や勇太が涙目を擦りながら呻く。
『ナンだ、逃げられやがったのか』
その時、上空から掛かる声に振り仰ぐ夢野の視界に、黒翼を羽ばたかせ舞い降りる二つの影。
「…その様だ」
「イド…お前」
『フンッ』
詰まらなそうに鼻を鳴らし、イドは何処からとも無く袋を取り出すと、公園を目指して歩いて行く。
「え!?イド?あいつが居るの!? ど、どこ〜、見えないっ」
『お前なら眉毛で見えるだろ、鈴音』
「見えるかっ!?っていうかその声確かに!何で居るのよあんた!」
「状況が良く飲み込めないが…察するに天魔がいるのか?」
まだ回復しない視界の中で悪魔を探す鈴音と、状況説明を求める仁刀を夢野に任せ、鴉鳥は閑かに場から姿を消していた。
●
以前は瓦礫も散乱していたそこは、しかし戦闘の余波で色々と吹っ飛んでいた。
『テメェらの方が墳荒らしてるじゃネェか』
「…返す言葉も無いな」
座り込んだ魔族は酒瓶を置き、一人酌をしていた。
「ここ、なのか?」
『あぁ』
嘗ての戦いで、粛清され死病の灰と散った天使、その最期の場所。
「そうか」
鴉鳥はイドの背後に座して、無作法な供養を見守り続けた。
やがて他の仲間達もその場に集ってくる。
複雑な表情で、目前の天魔を遠巻きにする撃退士達。
『サテ』
それらを意に介さず、イドは徐に腰を上げる。
『用は済んだ。…次に邂う時は殺し合いだ』
翼を広げ、飛び立とうとするイド。
「あ、そーいえば!」
その時、思い出したとばかりに虎葵が声を上げる。
「ね、イっくん、あの人って知ってる?」
『…だから通じる言葉で話せメス餓鬼』
「ガキじゃない!っていうかあの人だよ、えっと」
その様子に、彼女が言いたい事に思い至り、鴉鳥が後を続ける。
「ああ、そうだ。御母堂に会ったぞ、暫く前に。随分と若いのだな」
『………はぁ?』
その時振り返ったイドの表情は、今思い出しても笑えるぬけた顔だった、と後に鈴音は語る。
「っっ! そ、そうそう、確かえと、『ルイ』って言うんじゃない、あんたのお母さん!ぷふっ」
後は続かず、腹を押さえて屈み込んで肩を震わせていた。
『なん…っあのババアがこっちにイルだぁ!!?』