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マスター:火乃寺
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:8人
リプレイ完成日時:2013/01/09


みんなの思い出



オープニング

 一瞬の浮遊感ののち踏み込んだ転移陣の輝きが薄れ、目に映ったのは、言って見れは普通の廊下――。
 それまでの巨大な樹状構造や鉱物の広間等と打って変わった、趣のある西欧系の造り。それも全てが人間サイズに設えられた場所に、転移されてきた撃退士達は一様に違和感を覚えた。
 油断無くそれぞれの魔具を構えながら、先に続く通路に敷き詰められた赤いロングマットの上を歩み進む。
 柔らかな照明に照らされた先に、木製の両開きの扉が現れる。
 先頭を務める一人が、後方の仲間を振り向く。それぞれが頷くのを確かめ、ドアノブに手をかける。
 ガチャリと、鍵も無くすんなりと回るノブ。微かに開いた隙間から室内の空気が漏れ出る。
「…?」
 そこに含まれた、場違いな良い香りに一瞬戸惑いを覚えながらも、先頭の撃退士は一気に開け放ち室内に飛び込んだ。

「ようこそ、最奥の間へ。随分と不躾な入室で御座いますね、ククッ。まぁ、皆様の心境を鑑みれば致し方なし、という所で御座いますか」

 甘い香り満ちる室内で、そこにだけ滲み出したような黒い存在。
きちっと着込んだ執事服姿。、此処に来てようやく撃退士達は実体として現れたヴァニタス、ラーベクレエの含み笑いの出迎えを受けるのだった。


「あああぁぁっ!」
 一瞬にしてぴんと張り詰める空気――刹那、弾丸の様に飛び出していく影一つ。
「!ま――っ」
 此処に着くまでずっと俯き、押し黙っていたアストラルヴァンガードの女性が、自身の魔具の盾を構えに飛び出したのだ。
 隣で支えていた恋人の青年の静止の手も一瞬遅く、事態に気づいた撃退士達が動くよりも早く集団を抜け、天魔の前に躍り出る。双方の距離はそれなりにあり、肉薄するまでほぼ確実に一撃は喰らうかと思われた。
 予想に違わず、ラーベクレエの左手が持ち上がり――

 ごいぃんっ!!

 盛大な激突音が室内に響き渡った


 ずるずるり…べしゃん――。

 そんな擬音が聞こえるような錯覚を覚えながら、見えない壁に衝突し、勢い自分の盾に顔面を衝突させ、結果女性が床に蹲るまでを一同は視線で捕らえ続けた。
「…クッ、クククッ、クックックッ」
 ラーベクレエは、堪え切れないという様に上げた左手を握って口元を隠しながら、くつくつと笑う。
 彼の側からは、恐らく彼女が今どんな表情をしているのか丸見えなのだろう。固定された視線がそれを物語る。
「こうして相見えますのに、わたくしめが何の準備も施していないとお思いで? その程度だから、簡単に囚われの身になっていらしたのでしょうに。まだお分かりになりませんか?」
 笑いを収め、わざとらしく首を振り、両腕を開いて肩を竦めて見せる。
「それに、レディが何にお怒りなのかは存じませんが…もし無惨に息絶えた少年に関してであれば、それは筋違いであると申し上げておきましょう。殺したのは、貴女の背後に居られる方々であって、わたくしめではございません」
 幼子に、噛んで含めるように。哀れむような優しくも涼やかな声で。
 その言葉に、場の空気が再び緊張する。確かにそういう結果もあり得る状況を仕立てたのは目の前の天魔だが、結果を選んだのは八名の撃退士達である。正確を記していはいないが、事実と異なってもいない弾劾に誰もが押し黙った。

 ぽんぽん、と。両手を打ち合わせる乾いた音が、凍った空気を再び振るわせる。
「さて、それはともかくと致しまして。まずは皆様のゲームクリアを、不肖このクレちゃん、主に代わりましてお祝い申し上げます」
 にっこりと笑みを浮かべ、慇懃に腰を折る執事。その間に蹲った女性を、数人で抱え起こして後方にちゃっかり運ぼうとしていた撃退士達の動きが止まる。
「…何?」
「ゲームクリア?」
「おやおや…最初に学園の方へお送りしましたメッセージ、まさかお忘れになりましたので?」
 からかうような口調で小首を傾げ、数歩前に進み出るヴァニタス。
「わたくしめはこう申し上げた筈です。『最奥の間まで辿りつければゴール』、と」
 幾人かが記憶の糸を辿る。最初に集められたミーティングルーム、聞かされた録音のメッセージ。
 確かに、どこにも“目の前のヴァニタスと戦う”という意味合いの言葉は記録されていなかった事に思い至る。
 誰もが、最後はこのヴァニタスと戦う物だと思い込んでいた。尤もそれは学園側の思惑であって、天魔側にはそれに付き合う義理は無いのだ。
「何はともあれ、まずは冷めない内にお掛けくださいませ。皆様の為に用意させて頂いた席で御座います。極上の紅茶は勿論、コーヒーその他、アルコールもお望みであれば用意して御座います。どうぞご遠慮なく、お申し付けくださいませ」
 微笑を浮かべ、軽く指を鳴らす。それによって目前の見えない壁が取り除かれた事を直感で悟る撃退士達。だが誰も不用意に仕掛けようとはしなかった。
 先の事もあり、ラーベクレエがその時の対処を用意していない筈が無い。
 瀟洒なテーブルと、柔らかそうなソファーが並ぶ室内。テーブルの上には色取り取りの甘い匂いを放つ菓子が並べられ、湯気を立たせるティーカップが、人数分用意されていた。
 室内に満ちていた香りは、これらの複合物である。
 罠と警戒し、中々動かない撃退士達。それらをにこにこと見つめながら席を指し示したまま微動だにしないヴァニタス。
 じりじりとした時間が流れる中、最初に動いたのは、人質の一人であった陰陽師の少女。
「此処まで来て睨めっこを続ける意味も無い。私が毒見役をしよう」
 止める暇も有らばこそ、スタスタとソファーに歩み寄る少女は、躊躇泣く腰を下ろし、テーブルの上の菓子を次々と口に入れては咀嚼し、ティーカップを傾けて見せる。クソ度胸というべきか、或いは性格が太いのか。どちらかは分からないが。
「…特に毒が入れられている様子もないし、変調も無い。呪いその他も感知できないし、普通に美味い」
「恐れ入ります。紅茶のお代わりは?」
「頂こう」
 差し出されたカップに、ラーベクレエが恭しく応じ、新たな湯気の立つ液体を注ぎいれる。その様子に互いの顔を見合わせた撃退士達は、不承不承の態で一人、また一人と腰を下ろし始める。
 確かにこのままでは埒が明かないからだ。
「まずは一息お入れくださいませ。皆様とは、今後の事について少々お話しなければならない事も、御座いますゆえ」
 満面の笑みで語るラーベクレエ。だがにこやかな瞳の奥に、試し推し量るような光が終始揺らめいているのにも、誰もが気づいていた。


「エキシビジョン?」
「左様で御座います」
 怪しくはあったが、味も悪くない――どころか一級店のものばかり――菓子を腹にいれ、警戒しながらも一息つくという微妙な状態を保った撃退士達に、ラーベクレエは給仕の最中に続ける。
「今回のゲームは、残念ながら皆様の勝利で幕と相成りました。ですが、折角此処までいらしたのです。ご希望であれば、わたくしめが一戦、お相手を勤めさせて頂きます」
 微笑し、ルールもこれまでと変わりありません、と続ける。そして、「ですが皆様は、別にわたくしめを殺す事が出来ます」と。
「ですがその前に――」
 ゲームの勝者への褒賞、簡単な“願い”をこの場にて受け付けると。その上で、戦うか否かを選択することになった。
「どうなさるか、皆様の総意でお決めくださいませ」
 これまでで尤も慇懃に一礼をして見せた唇が、嘲る様に吊り上った。


前回のシナリオを見る


リプレイ本文

戦いの中で得られ。だが、失われる物もまたある。
一番恐ろしいのは――『何を失ってしまったのか』気づけない事。
「一番損失が少なく、得られる物が多い立場ってあるのかしらね? くすくす♪」


(結局、彼らにとっては何処まで行ってもゲームでしかないのね……)
給仕の最中に願いの説明を続けるラーベクレエ。カップを傾けながら、それを見つめる東雲 桃華(ja0319)。
彼女以外からも注がれる非友好的な視線を、笑顔の鉄面皮で小揺るぎもせず天魔は受け止める。
(いいじゃない、上等よ)
空になったカップを、普段は長大な武器を振り回しているとは信じられない小さな手がソーサーの上に戻す。
すると計った様なタイミングで、傍に歩み寄ってきたラーベクレエが恭しく腰を折った。
「お注ぎ致しましょうか?」
「結構よ」
ふんっ、と顔を背けた桃華に、何がおかしいのか小さく喉を鳴らして離れる。
(せいぜい侮るがいいわ、その横っ面にキツイのをお見舞いしてあげるから)
悪魔の姿を睨みつけ、少女は己を奮い立たせた。

(本当の意味でゲームクリアなんて思えない)
眼鏡の奥、俯いた視線は満たされたカップの水面を見つめ、天羽 流司(ja0366)はじっと考え続けていた。
むしろ悪魔側の方こそ、そう思ってはいないはずだ。
(…此処に辿り着く前、人質を一人“見捨てた”。法に裁かれないとしても。その時点で負けてるんだ)
だから。
(負けたまま帰れないさ)
そう思考を締めくくり、目の前のカップを持ち上げて一気に空ける。
お代わりを聞く悪魔に首を振って応えた。


 戦うか否か。そして何を願うか。
説明後、撃退士達は如何にするか相談時間を与えられた。その間、彼は部屋の壁際の方へ控えて立つ。
その表情はにこやかで、何を考えているかは彼らには見取れない。
天魔は撃退士一人一人を眺め、値踏みしていく。
(一見誰かの為に決め、願ったように見えて、結局は我欲なのですよ。そこに必ず不和が生まれ、乱れを生じさせる)
嘗て人間だったこの体。宿る自我はラーベクレエの物だが、記憶と知識はその人間の物も残されている。
だから知る、人とは詰まる所そういう物であると。
(せいぜい、他者からは良く見られるように振舞いなさい)
笑みを深め、執事服の悪魔は時を待ち続けた。


「戦わないっつう選択はねぇな。私は暴れられればそれでいい」
Caldiana Randgrith(ja1544)はそ性格そのまま明解に断言する。
「…強い者と闘えるのは歓迎だ」
むっつりと黙り込んでいた中津 謳華(ja4212)も頷く。

 話は纏り、選択は“天魔との戦い”。
「よろしいでしょう。では、エキシビジョンの成立を宣言致します」
言葉と共に、双方の間に見慣れた長櫃が出現する。
「これまで通り。そちらにベットの武具をお納め下さい」
言われて数名が用意してきた魔具を収めていく。
桃華がワイルドハルバード。
流司がスクロール。
凪とエルレーンがサバイバルナイフ。
変わった所で平山 尚幸(ja8488)のカッターナイフ。
だが――Caldiana、謳華、そして今回唯一入れ替わった顔ぶれである紫園寺 一輝(ja3602)らは、ベットの武具を収めようとはしなかった。
「おや、その意味をお分かりであれば、私めとしましては構いませんが。本当によろしいのですか?」
念を押すラーベクレエに対し、三人は動かない。
「承知致しました、では皆様の敗北時にはそちらの方々はお覚悟なさいますよう」
長櫃は再び音もなく消え失せる。
「続けて参りましょう」
光球がラーベクレエの掌から放たれ、中空に見慣れぬ文字を引く。
警戒する一同に手を挙げ、落ち着けと振ってみせる。
「ご心配なきよう。これは制約の印」
笑みで細められていた瞳が開かれ、陽炎の如く揺れる蒼いアウルが天魔の身より立ち昇り、文字に集約されていく。
「こ皆様の願い、こ制約と我、ラーベクレエの名の下にいかなる偽りもごまかしも無く聞き届ける」
では、一人ずつお申し出下さい――腰を折る悪魔に、それぞれが願いを口にする。

 誰よりも早くに願い出たのはエルレーン・バルハザード(ja0889)。
「このひとたちを、ゲートのそと…どこか遠くへとばして! ちゃんと五体満足で!」
「ちょ、待ちなさいよ!?」
それに尤も大きく反応したのは、前回の戦場から着いてきたアストラルヴァンガードの女性だった。
「納得できない。僕たちには僕たちの意思があり、目的がある」
「私も承服しかねる。…仇を前に退けと言うは余りに無情ではないのか?」
残る二人も、それを止めようとはしない。同様に立ち上がってエルレーンとヴァニタスを睨みつける。
「弱った子なんてじゃまっけだよぅ、とっとと病院とかいっちゃえ、なの」
彼らに対して向き直り、憎まれ口を叩きつけるエルレーン。
無論、言葉通りの考えだけで言った訳ではない。
(おししょうさまは、『出来る限り、生きていろ』って私に言った)
彼女を守り逝った、師の言葉。それが彼女の根底にあった。だから。
(…この人たちも、今むりに戦う事はない)
しかし当然ながら、言葉にしない思いまで伝わらない。彼女と救い出された三名に険悪な雰囲気が漂い始めるのを楽しげに眺めていた悪魔が、思い出したように付け加える。
「しかし困りました。レディの願いは“彼らの転移”と“生命身体の無事”の二つの要素を含んでおります。原則一つだけ、と言うルールに反しておりますね?」
首を傾げ、他の者たちへと向き直る。
「そんな事関係ない、私達はお前と戦う…いいえ、お前を殺す為にここにいるんだからっ!」
激昂し、未だ顕現させたままだった盾をメイスに切り替え、飛びかかろうとしたアストラルヴァンガード。
「黙りなさい」
ヴン――ッ
「うっ、ああ……っ」「っ…こ、れは」「……不動の縛、か…」
彼女と共に動こうとしたバハムートテイマー、陰陽師纏めて三名が不可視の力場に捕らわれ床に這い蹲る。その足元には、何時の間に描かれたのか漆黒の文様が陣となって輝きを放っていた。
「おまけで生かされた貴方方に、何の権利も与えた覚えは御座いません。何ならこの場で処理致しましょうか?」
浮かべていたに軽薄な笑顔を消し去り、路傍のゴミに向ける眼差しでラーベクレエ。彼らを気にかける者が居なければ、躊躇いなくそのまま圧殺しただろう。
「待って、なら私の願いを使うわ」
手を上げて前に出たのは暮居 凪(ja0503)だった。
「エルレーンさんの願いで、彼らの転移を。私の願いで、彼らを五体満足、一切傷つける事無く安全に。これでどうかしら?」
視線を彼女に向ける悪魔。
「よろしかったですね、物好きなお人好しが此処に居られて。お受け致しましょうレディ、その条件でならば」
前半は三人に、後半は凪に。
「…随分あっさりと受けるのね。それなりに魔力も使うでしょうに」
「お二方の願いを叶えて、私めが何か不利になるでしょうか? むしろ不利になられるのは皆様の方。でしたら喜んで叶えさせて頂きますよ」
「なるほど」
「いやなやつっ」
皮肉交じえるラーベクレエに、凪が頷き、エルレーンが嫌悪の表情で唸る。
三人を捕らえる陣の更に外側に輝くもう一つの陣が現れ、魔力を放ち始める。
このゲート内で幾度か通った転移の陣と様式は似ていたが、恐らく長距離用なのだろう、細部の文様に差異が見られた。
未だ強圧の呪縛に蹲る三人の方へ歩み寄る凪。気づき、睨み返して来る彼らの前、転移に巻き込まれぬ距離で膝を落とし。
「…もし言いたい事があるなら――帰ったら聞くわ」
「っ――」
女性が何かを口にしようと顔を上げた瞬間、輝きが一層強まり凪は瞼を閉じる。
再び両眼を開いた時には、三名の姿はもう何処にもなかった。

「貴方の主、ディルキスだったかしら? その傾向を教えて頂戴」
桃華が願ったのはそれ。現状、学園の情報は名前と外見以外は皆無といっていい。此処で少しでも後に役立つ情報を確保しておきたかった。それが願いに見合う物であるかは返答次第であるが。
「傾向、で御座いますか」
彼女の要求に、僅かに考える様な間。
「皆様の立場からするに、質問の意図は性格や趣味など私的な事ではなく、戦闘面に関しての物であると解釈致します」
一同を見回して続ける。解釈は悪魔の自由。煙に巻いて誤魔化す事も可能な筈であったが、彼はそうしなかった。
「それを踏まえ、お嬢様は自身の魔力を根幹とした広域殲滅を得意とされます。もし相対される事がありましたら、一箇所に固まらない事をお勧め致しますよ」
尤も、多少寿命が延びる程度でしょうが、と続けて締め括る。

「願いねぇ…。このゲームを楽しむのが目的だったしなぁ…」
一時考え込むCaldiana。
「まぁ、せっかくだ。お前さんの主の装飾品でも貰えるかね?」
「ふむ、お嬢様の…で御座いますか。暫しお待ち下さい」
彼らから離れ壁掛けの通話機を手に取る。


 そこまでの光景は、このゲームを観戦する悪魔達が集うホールでも映し出されていた。
『という訳で御座います、お嬢様』
ラーベクレエからの思念にディルキスは僅かに眉をひそめ、周囲、そして大上段に位置する大公爵へ一礼する。
「申し訳ありません、皆様、お姉様。少々無作法を致します事、御許し下さいませ」
「…よい、許して遣わそう」
豪奢な衣装を纏い、蠱惑的な肢体を長椅子の上に横たえ、傍のメイド風采の悪魔に酌をさせていた大公爵が気怠げにそう応える。
「ありがとう御座います、お姉さま♪」
場の最上位者の許しがあれば、他が否を唱える是非もなし。意識を従者との念話に傾ける。
『私の装飾品、ねぇ…色々あるけれど、どれもそれなりに強力な魔導具だし、いきなりそう言われてもねぇ…』
『別に金属器の類でなくともよろしいのでは? そう、例えば服飾品であっても、装飾品には変わり御座いませんでしょう』
『服飾…ね』
身に纏う純白のドレスを見回す。ゴシックロリータ風のそれは、各所にリボンをあしらっていた。
腕を上げ、手首に巻いていた長めのリボンに目を留める。
『いいわ。全てが終わったら、私がそちらに届けてあげる。そう伝えなさいな』
『承知致しました』


 受話器を戻し、再び撃退士らの前に戻るラーベクレエ。
「後ほど、お嬢様自らが参られるとの事です。しかしながら――」
ラーベクレエはからかう様にCaldianaに声をかける。
「その時には、レディはこの世に居られないと存じますが」
「はっ、そう言う台詞は勝ってからいいな」
噛み付く様に吼える彼女。
「なるほど、ではそう致しましょう。尤も、死者と語る趣味は持ち合わせておりませんから」
視線を剣呑にするCaldianaに肩を竦め、悪魔は次の願いを問う。

「俺は財かな?ただ財より経験値を多く貰えた方が嬉しいんだが?」
顔を向けられ、残された片目を天魔に向けて一輝がそう切り出す。
「経験とは自身が時と身をもって得るもの。流石に、そちらは応じ致しかねます」
それから少年の顔を見つめる。
「な、なに?」
「いえ、貴方と入れ替わった方の事を少々。中々面白そうな御仁でしたもので」
くつくつと喉を鳴らす悪魔に、戸惑う一輝。
「御気になさらず。では財として承りましょう。但し」
一輝は先ほどベットを納めなかった一人である。
「勝てれば、って言いたいんだろ」
舌を鳴らす少年。室内の光を受け、眼帯に飾られた銀の髑髏がそれを反射した。

「お前の主、ディルキスと言ったか。この場を見ているのだな?」
「左様に御座います」
様子を見守っていた謳華が口を開く。
「…此度の余興を開いてくれた事、感謝する」
前回に見せた嚇怒の影も今はなく。更に天魔に感謝まですると言う。
だが、彼自身にとっては偽らざる気持ちでもあった。
(よもや、純粋な力比べを穢されたという事で、ああも怒りを覚えるとは…)
己の沸点のラインを明確に認識できた事は、無駄ではない。
そして犠牲者を出した事。
(中津荒神流は戦場の武術。今更一人二人背負うものが増えた所で、変わらん)
ドライではあるが悲観して変わるものなど在りはしない。
「願いだったな。俺達はお前の手札を願って聞くつもりはない」
「ほう」
謳歌の表情を眺めるラーベクレエ。
「だが、お前がどうしても公表したいなら、今此処で聞いてやらん事もない」
「言葉遊びを悪魔に臨まれますか。クク…見た目よりは柔軟な方のようですね」
拳を押し当て含み笑いを溢し、応じる。
「ではお言葉に甘えさせて頂きます。公表するのは『飛翔』、『魅了』、『呪縛』、『吸血』、『転移』の五つ。願われて居りませんので詳細は秘密という事で」
茶目っ気タップリに片目を閉じ、人差し指で唇を押さえる悪魔に微妙な視線を送る謳華。
「おや、何か意外な事でも?」
「…いや」
気を取り直し咳を一つ。彼は願いを口にする。
「願いは禁じ手。指定は『先に言わなかったスキル全て』だ」
「よろしいですよ」
打てば響くように。己のスキルを封じられる事に全く焦躁を感じさせない悪魔。

(妙な感じだよね)
謳華への対応を待っていた尚幸は、内心で呟く。
(…だからと言って今更どうこう出来る訳でもないか)
と、そこから飄々と軽く続けるのも彼らしく。
「じゃあ、禁じ手絡みで自分の願いも。『今公表した全てのスキルを使うな』って言うのでどうかな?」
謳華の目論見が外れた時の為、厄介そうなスキルを封じる算段だった彼だが…実際どれが厄介なのか判断基準がない。
そも天魔のスキルに厄介でない物があるか?と考えてみれば、願いは言葉の通りに落ち着く。
「…これはこれは」
天井を仰ぎ、大仰に肩を竦め頭を振る。
「詰まり私めは、身体能力と武具のみで皆様に相対せよ――という訳ですか」
だが外連味が強すぎる所作は、本心か欺瞞なのか判断がつきかねた。
「願われた以上はそれも致し方ないでしょう。承りました」
そして最後の一人に顔を向ける。

「では、僕の願いだ」
無言で促され、流司が最後の願いを口にする。
「願いは戦場指定。このゲームの始まり、ゲートキーパーと戦ったゲート前を希望する」
あの場所はゲートの外、内部で吸収作用による能力低下を気にせず全力を振るえる。
「承知致しました、ではそちらまで転移陣を開きましょう」
然り、と。恐らく彼もまた、その願いは予想していたのだろう、特に動揺する様子は無かった。
部屋の奥、壁に設えられた暖炉前に、転移の陣が描き出され輝き始める。
「準備を整えられましたなら、そちらをお通り下さいませ。私はこちらの後片付けを致しまして後、向かわせて頂きます」
胸に手を当て、慇懃な一礼。
それぞれ魔具、魔装を顕現させ陣の光の中へ消えていく中、ふと振り返る尚幸。
「全力で逝くよ…クレちゃん、楽しく逝こうか」
「ええ、存分に」
茶会の後始末に取り掛かっていた悪魔は、にっこりと頷いて見せた。


 冬の寒空の下、臨戦態勢を斉え待ち構える。
場所はゲート前の丘陵地帯。緩やかな傾斜と、遠方に見える疎らな木々。そして少し離れた場所には、揺らめくゲートの入り口と、その前に散らばるゲートキーパーの残骸。
「まだ死体が残っているんだな…」
誰かがポツリと呟く。ゲートに入ってから、大分時間が過ぎていた気がしたのだ。
「実の所、まだ一日と経っておりませんからね」
ハッとして声のした方を見る。そこにはいつの間にか前触れも無く、執事服を纏う悪魔が綽々と立つ。
「では皆様、此れよりお相手を勤めさせて頂きます」

 ここでも尤もは嫉く動きを見せたのはエルレーン。
悪魔と撃退士達の相対距離は測って15mほど。彼女は一気に踏み込み、敵目前まで飛び出す。
「このっ、ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんがあいてだ!来いッ!」
舌足らずな名乗りを上げ、アウルをのせられた其れは相手の精神に“我を見よ”とノイズを割り込ませる。
(なるほど、此れは備えていないと引っかかりますね)
だがラーベクレエは、其れを意志力でねじ伏せる。
どんなスキルも万能の効果を及ぼす事は出来ない。獣程度の知能や、因から根が単純或いは粗野な者ならばともかく、戦術を持ち、状況により有意無為を選択する判断力を備えた者にとっては特に。
肉薄した少女の前から、悪魔は大きく後方に飛び退る。視界を広く据え、撃退士達の動きを捉えながら。

 右手より回り込む、黒き桜花散らして駆けるは桃華、並びて凪は淡き白光に身を包む。
左手より巡りこむ、黄金交じる紫炎を両足に纏わせ、頭髪を燃えるように煌かせて一輝、謳華の身に逆絡むは黒き焔竜搖蕩わせ。
声なき気合と共に、自らの憶測から解放した闘争心を自らの力へと変える。
「凪先輩!」
「ええ」
花弁舞い、桃華が手にする飛燕翔扇。彼女の声に応え、天魔目掛け距離を詰める凪。
凪に対する行動を牽制する意図を込め、扇は側面から回り込む弧を描きて標的を襲う。
「ククッ」
ラーベクレエは短くの喉を鳴らすと、再び大きく後方に飛びのく。ただ二人の攻撃を避けるだけならば必要が無いほどに、大きく。
「テメェ、真面目に戦う気があるのかっ!」
「御座いますとも。見えませんか?」
叫び叩きつけると共に彼女が放ったオートマチックP37の弾丸をアウルで強化した手の甲で叩き落すラーベクレエ。
「逃げてるだけじゃねぇか!」
「見解の相違と言う奴でしょう」
しゃあしゃあと答え、距離を詰めてくる一輝、謳華と相対する。
(…なる程、後方を取らせないって事かい)。
言葉を交わしながら観察し続ければ自明の理。八対一の状況下、周囲を囲まれるのは尤も犯してはならない愚である。
「おや、お次は自殺志願者のお二人ですか?」
「ざけんな!誰がこんな訳も判らぬ所で死ななあかんの」
「大概死ぬ時は理不尽な物で御座いますよ」
応えながら、一輝が繰り出すメタルレガースの蹴撃を膝で器用にいなす。
その肩口を、中空からの蹴り足が掠める。そこに巻かれた布状の魔具は、描かれた文様に紫光を走らせ、黒焔と相俟ってどこか禍々しさを放つ。
「敵は喰らい尽くす…例外一つ無く!」
同時撒き散らされる謳華の殺意。周囲に満ちる其れを、ラーベクレエは自身の気を張り受け流す。
「貴方の場合、殴り倒すと言うほうが相応しい気が致しますが」
「チッ」
二人からも距離をとろうと下がる悪魔、その右太腿に飛来した一本の矢が突き立つ。
「逃げてばかりじゃ楽しめないよね?」
鶺鴒の如き鮮やかな色合いの弓を構え、放った姿勢のままに。
だが的中りはしたものの傷は浅く、皮を裂いた矢はやがて塵となって霧散する。
「せっかちな方は、レディに嫌われますよ?」
嘲笑で応じ、同時に翳した左手の白手袋に魔力を込め、奔る雷撃を受け止めた。
「くっ、駄目か」
「顔を狙うな、とは申し上げませんが。不意を打つならば私めの視界から先ずは離れませんと」
とはいえ今の魔術、威力は兎も角精度は馬鹿にした物でもない。
魔術に対しての防御は物理よりも高いラーベクレエだが、それでも完全無効化など做し得はしない。
(さて、如何詰めて参りましょうか)
撃退士達が繰り出す攻撃を、いなし、弾き、時に浅いものは的中るに任せながら、その間に思考を巡らし続けた。


「このっ、いいかげんにっ!」
正面から再び迫るエルレーン。のらりくらりと回避徹する天魔に撃退士達の苛だちは募る。
「焦らしもテクニックで御座いますよ。とは言えソロソロ頃良いでしょう」
エルレーンが振り下ろすエネルギーブレードの刃を悪魔は左腕で受ける。
撃退士達の攻撃でぼろぼろになったジャケットの袖が焼け、腕の肉を焦がす匂いが立ち昇る。
「へ?」
その彼女の眼前に、何か暗くて奥行きのある丸い穴が突きつけられる。
「バッ――」
「バズーカァ!?」
尚幸とCaldianaがそれに気づき叫ぶと同じくして、轟音を伴って彼女の顔面に迫撃弾が放たれた。

 爆風が逆巻き、一瞬戦場を覆い隠す。
「エルレーンさん!?」
「生きてるなら返事しなさい!」
凪と桃華が声を上げると、以外に近場から反応があった。
「だいじょーぶっ…ぺっ、ぺっ」
口に入った土埃を吐き出す彼女の声が、左手から上がる。
「生きておられますよ、当然」
同時に執事服の悪魔の声も。
煙が晴れたその目の前には、代わりに散ったロングコートの焼け焦げた端被れが舞い落ちる。
「その芸は散々目にさせて頂きましたからねぇ。そして行使に限界がある事も」
肩に担いだ迫撃砲をそのままに、肩を竦めて見せるラーベクレエ。
「所で皆様、それぞれに身体強化の術をお持ちのようですが…そちらは後どれ位持続なさる物でしょう?」
「「!」」
数人の動揺がはっきりと場を震わせる。
“最初から全開に”、そのパターンをヴァニタスに対する前の四戦で毎度見せていれば、猿でも考え付く。
(単純な時間稼ぎに…っ)
撃退士達の戦術に落ち度がある、と言う訳ではない。単純に同じパターンを反復しすぎたというだけで。
「それでは、反撃に転じさせて頂きます」
追う側から、追われる側へ。状況は此処から転じた。

 撃退士達の備えには、若干魔法防御に秀でた物が見受けられた。
だが天魔が魔法を得意とすると判じた要因はなんだろうか? 誰も何も、確認しては居ないのに。
「執事と言うのは、主人の為身の回り有らゆる家事を熟し、運転技術は勿論のこと武術、武具、火器の操作を蔵め、更には有らゆる知識に通じる物」
と口にしてから、初めて苦笑を漏らす。
「と、素体となった人間の知識にありましたが、土台人間には無理難題で御座いましょう。無論長い時を掛ければ不可能では御座いませんが」
迫撃砲を次々に様々な銃器、刀剣、投擲具と切り替えてみせるラーベクレエ。
「しかしながら。悪魔の身体能力とアウルがあれば、些少それの真似事等は手に届きますようで」
言葉と同時に、撃退士の一人に向けて猛然と突進する。

「かっ消えろ!練磨葬魔衝!」
練り上げた気をのせた炎球が放たれ、直進範囲を焼き払う。だがその時にはするりと脇に入り込んだ悪魔の刃が振り下ろされていた。
ゾン――ッ
「あ゛あああぁ!?」
「経験を積みたいなら、行動を伴われなさい。言葉だけでは無力」
左肩から脇腹まで、縦に切り裂かれ血飛沫と共に沈む一輝に、持ち替え手にした青竜刀の血糊を振り払い一瞥をくれる。
ラーベクレエの采った戦法は、至って単純な物。則ち“穴のある者から潰せ”
「己がっ!!」
黒焔を纏った肘から繰り出される『爪』技がその間隙を突いて天魔の頬に叩き込まれる。鋭烈な一撃に一瞬動きを硬直させる相手に、周囲から次々に叩き込まれる一撃。
しかしどれも致命打には届かない。
「拳法家の方、貴方の技は確かに威力精度共に申し分はない」
自由を取り戻したラーベクレエが、謳華の前で身を翻す。
「ですが少し防御のイロハも学ばれた方が宜しいでしょう」
「ご…うぶっ…」
彼の口元から溢れる、鮮血の赤。その胸元には、大刃を頭に有つ戟が深々と突き込まれていた。
「こ、殺さないと言うルールは!」
柄を振り払う動作で謳華の躯を放り飛ばす悪魔に、その惨状に青褪める流司が叫ぶ。
一輝、謳華とも溢れだす血の溜まりに沈み、ピクリとも動かない。
「勿論、“今は”殺しは致しませんとも」
少年に笑みかけ、指を打ち鳴らす。途端に二人を薄青い光球が包み込み、その躯を宙に浮き上げる。
「あの中に居られる限り、死には至りません。むしろその傷口は、時と共に塞がるでしょう」
但し、と続ける。
「治癒に使うのは、負傷者のアウルと肉体に畜えられた活力。傷が塞がったとて、最早自力では一歩も動けますまい。ですから――」
刹那、天魔の背後に現れた影が赫ける刃を、彼の身に振り下ろした。
「ぐっ…ふふ、いらっしゃいましたね」
「死んじゃえ、あくまっ!」
遁甲から闇を纏い繰り出された二連檄は、一撃目は徹り、しかし次撃は戟の柄に食い止められる。
それまで誰も取れなかった背後を奪ったのは、エルレーンが「こっそりふいうちこんぼ」と名づけた潜伏からの不意打ち技。
「こんな開けた場所で、視界に居るのは七名。となれば気配を消すに長けたレディが死角に回り込んでいらっしゃると思いました」
一撃目の傷は、流石に深い。悪魔の背からは、相応の流血が噴出していた。
「しかし、こうして目前に拘えれば逃がしはしませんよ?」
「うっ」
凄絶な笑みに、エルレーンの背に悪寒が走る。違わず繰り出された左右からの双剣の突きと薙ぎを再び空蝉にて躱し、下がる。
だが言葉通り、天魔はもう彼女を逃がさなかった。再度の二連は徹らず、凪、桃華、尚幸、流司の攻撃をいなしては彼女一人を執拗に付狙う。
そして全ての空蝉を使い切った彼女が、機銃の前に倒れるのにさして時間は必要なかった。
「さて、残り五つ」
「野郎ッ」
三人が次々に倒れ、前衛の層が薄くなったのを見て取ったCaldianaが得物を忍刀・血霞へ持ち替え、前に出る。
「Caldianaさん、無茶は駄目よ!」
凪の言葉に「解ってるよ」とばかりに頷き、意外に冷静な立ち回りで動くのは、それまで天魔の動きを観察し続けた賜物ではあったが。
「スジは悪くありませんが…」
桃華のハルバードを受け切った戦斧が薙ぎ払われ、横にいたCaldianaの腹を大きく切り裂く。
「接近戦を挑まれる相手は、選んだ方が宜しいかと」
優しいとさえ思える微笑と共に、更に胸元に一撃が振り下ろされ。
「――!!」
鮮血が高く散った。


 四対一。
数の上では撃退士側の優勢は否めない。それはラーベクレエも理解していた。
(…スキル無しが此れほど辛いとは考え及びませんでしたね)
そして尤も厄介な二人を、彼は後回しに残していた。
「よくもっ!!」
斬りかかる桃華の斬と打合い弾き、右に回り込もうとすれば既にそこには凪が待ち構え、全長2mを誇るツヴァイハンダーFEを振り下ろす。
「…まったく。厄介なレディですよ」
「それはどうも」
このゲームにて、彼女は始めて独自に作り変えた面頬を身につけていた。その裏地には、ある言葉が綴られている。
彼女のトラウマを露わす物。そして思い出す、感情。
(あぁ――これが、赦さない、という事――!)
彼女の一撃を辛うじて受け流し、下がる天魔に逐い打つ流司の召炎霊符から放たれる炎弾、尚幸の弓撃!
「煩い!!」
最早余裕を見せる笑顔はなく、再び手にした迫撃砲を立て続けに彼らに叩き込む。だが止めを刺す前に、桃華と凪の左右からの斬檄に手を止めるしかなくなる。
「つっ」
「う、くっ――、こ、れくらいっ!」
反撃の迫撃弾が咄嗟に顕現した盾ごと凪を吹き飛ばし、持ち替えた戟が、桃華の肩を刳る。最後の剣魂で陵いだ凪が、爆風に辛うじて踏み堪え、右脇に撓める様に大剣を構え。
「もう終わらせるわ、ラーベクレエ」
「それは寂しいお言葉ですね」
輝きを纏う剣刃に、その質を覚る。天光の一撃は、魔属である彼には避けがたい一撃となって打ち込まれるだろう。
(しかしそれさえ陵げば――)
ラーベクレエ同様、撃退士達とて無傷ではない。
「――ッ!」
渾身の一撃が悪魔に対して襲い掛かる。応じ同様の大剣を顕現させる彼に、不意に絡みつく何か。
「これは?!」
「周りを忘れちゃ駄目だな、クレちゃん…押し潰せ『原罪』」
尚幸が放つ微細な白き鋼線に縛られ、注がれる罪過の意識が衝撃となって叩き込まれ。
その後方で、術の起動に入る流司の手に露れる雷撃。それは使い切ったと思っていたが。
(この二人は後回しでいい!)
身を切る鋼線を無理矢理引き千切り、ラーベクレエは凪の光撃をギリギリで耐え陵ぐ。
「しまっ――」
「終わるのはレディですよ」
返す刃が袈裟懸けに彼女を切り裂く。だが、その背後に隠れその瞬間に飛び上がる影が、ラーベクレエの頭上から刃を振り下ろす!
「いいえ、終わるのはお前よ!!」
「!!」
応じられないタイミングでは、なかった。だが彼が軽視した一撃が、その動きをほんの一瞬だが完全に封じ込める。
(なっ)
動かぬ体、視線のみを動かせば流司の雷撃が彼の体に到達した瞬間を。
そして左肩口から右脇腹へと、斧槍の刃が停まる事無く――抜けた。


「カッ…ァ、あ…?」
「ク、ククッ…」
しかし。硬直が解けた直後の最後の手刀も、桃華の右胸を背中まで貫く。
「…残り、二つ……は、もう、無理…です、ね」
その言葉を最後に、悪魔と桃華が折り重なる様に場に崩れ落ちた。

「…勝、った?」
「ですが…これは拙いですよっ」
ラーベクレエは確かに息断えていた。だが、凪と桃華の傷は残る二人で即座に処置できる物ではない。
二人に延命処置を施す間が、悪魔にはなかったのだから。
「見てるんだろう、悪魔! ルールを、お前達が定めたルールを守れよ!?」
何もない中空を仰ぎ、叫ぶ流司。だが何の応えもなく――。
『はいはい、喚かなくても来てあげたわよ♪』
「え?」「誰?」
二人の脳裏に行き成り割り込むのは――涼やかな声と聞こえる思念。
途端に二人の目前に、眩い新緑の煌きが湧き出し、それが一人の少女の像を結ぶ。
ヴァニタスの主、悪魔ディルキスの実体を。

「ふふ♪ 中々面白かったわよ? 接戦になって勝敗が見えないゲームって、やっぱり燃えるわよね♪」
子飼いの悪魔の死体を前に、少女は心の底から楽しげに二人に頬笑みかけた。
「…君も悪魔なのかい?」
『このタイミングで此処に居るんだから、そうじゃない?』
くすくすと笑い、ディルキスが右手を振るう。凪と桃華、そして術が解けかけていた他三名も新たな魔力に包まれ、状態を回復させ始めた。
『それから』
 Caldianaの傍により、その手首からリボンを解き、傍に添え置く。
『あとこっちね』
次に一輝の側らに、久遠の入った小袋を落とす。
『此れで全部かしら? ラーベの死体は私が回収させて貰うわね♪』
そうして転移の光に包まれ、息断えたヴァニタスも消え失せる。流司と尚幸は、何も言わず見守るしかなかった。
二人の前に長櫃が思い出したように現れ、置かれる。
『それじゃあ、私のゲームにご参加ありがとう♪ 勝者に心から祝福を! ふふ…うふふふ…』
少女の姿が揺らぎ、次第にその存在を淡めて行く。やがて完全に二人の前から消え失せていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 黒の桜火・東雲 桃華(ja0319)
 終演の舞台に立つ魔術師・天羽 流司(ja0366)
 Wizard・暮居 凪(ja0503)
重体: 黒の桜火・東雲 桃華(ja0319)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて相打つ>という理由により『重体』となる
 Wizard・暮居 凪(ja0503)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて道を作る>という理由により『重体』となる
 ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて倒れる>という理由により『重体』となる
 笑みを流血に飾りて・Caldiana Randgrith(ja1544)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて倒れる>という理由により『重体』となる
 『三界』討伐紫・紫園路 一輝(ja3602)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて倒れる>という理由により『重体』となる
 久遠の黒き火焔天・中津 謳華(ja4212)
   <《ラーベクレエ》との血戦にて倒れる>という理由により『重体』となる
面白かった!:11人

黒の桜火・
東雲 桃華(ja0319)

大学部5年68組 女 阿修羅
終演の舞台に立つ魔術師・
天羽 流司(ja0366)

大学部5年125組 男 ダアト
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
笑みを流血に飾りて・
Caldiana Randgrith(ja1544)

大学部5年22組 女 インフィルトレイター
『三界』討伐紫・
紫園路 一輝(ja3602)

大学部5年1組 男 阿修羅
久遠の黒き火焔天・
中津 謳華(ja4212)

大学部5年135組 男 阿修羅
猛る魔弾・
平山 尚幸(ja8488)

大学部8年17組 男 インフィルトレイター