(クレちゃんって…意外と可愛い名前だったわね…あの執事)
開く大扉の向こうを透かし見ながら、ぼんやりと東雲 桃華(
ja0319)は考える。
現れた二体の天魔に対する忌避反応的な現実逃避も在ったのかもしれない。
(…一体どうしたものかしらねぇ、アレ)
白い歯を輝かせ、にんまり。全身炎に包まれたまで身長5mはある赤黒マッチョメンが素敵な笑顔を彼女らに向けていた。。
その背後に、全てを凍てつかせる様な眼差しで地を睥睨し、青白い半裸を晒し浮かぶ魔女。それが放つ極寒の魔力に空気中の水分が結晶化し霞みのように渦巻く。
天魔は炎の巨漢が前に、魔女がその後ろにつく典型的な前衛後衛の構えだった。
「出し惜しみ無し、始めから全力で行かせて貰うわ」
全身から吹き上がる闘気と共に舞い踊る黒き桜花弁纏い、走る桃華。
(炎と氷…クレちゃんのヒントでは爆発音が聞こえたけど、関係あるのかしら)
同様の考えは、皆が抱いていた。
(あの爆発…蒸気爆発と言うのが真っ先に思いつくな)
天羽 流司(
ja0366)他数名はそれを二者が何らかで関わる事により起きる“水蒸気爆発”に類する物と推測していた。
暮居 凪(
ja0503)、Caldiana Randgrith(
ja1544)も桃華に続いて駆ける。室内を左壁際に沿い、炎魔人を迂回して魔女へと迫った。
「こいつぁまた、盛大なお出迎えだこと…。灼熱か極寒か、片方にしてくれや…」
室内は半透明の水晶体の様な物で構成され、天魔を含め十者が戦闘をする事を考えれば狭い。
全員が室内に入りきる前に、入り口の大扉が閉じ始める。
「覚悟を決めていきますか」
最後に踏み込んだ平山 尚幸(
ja8488)は、ゲートの負荷に加え魔具魔装からかかる過剰なアウル流入の負荷に生命力を多大に削られていた。
取り回しに不便のあるスナイパーライフルCT−3を膝を落として、眠たげな瞳でスコープを覗き込む。
『ッ!?』
だが、その犠牲を払うだけの性能は確かにある。
銃口から吐き出された弾丸は空を貫き、弾道は魔女の左肩を撃ち抜き、衝撃に天魔は中で一転する羽目になった。
『キサマ…ッ』
先手に受けた思わぬ痛撃に顔を歪めた天魔が、憎悪を込めた瞳で尚幸を睨む。
「おお、怖い怖い」
黒い影が衣を靡かせ奔る。
「…お師、紡がせていただく時が来たようです」
――怨 南牟 多律 菩律 覇羅菩律 瑳僅瞑 瑳僅瞑 汰羅裟陀 蘇婆訶――
真言と共に解き放たれる気が、中津 謳華(
ja4212)の身に逆巻く黒焔が更なる猛りを上げた。
しかし天魔もみすみすそれを見逃す機はない。咄嗟に向きを変えようとした炎の巨躯。
その横顔に、サー・アーノルド(
ja7315)が声をかけた。
「…よき肉体だ」
造形としては完璧なまでに鍛え上げられた魔人の肉体に、偽り無く賞賛を送りつつ手にするパルチザンを一振り、腰を落とす。
「こんな場で無ければもっと見惚れていたいのだが…」
背に負うアウルの紅き猛禽の翼が、更なる光輝を放つ!
「貴殿には暫し、我らのお相手願おう!」
アーノルドの眼前を逆袈裟に切り上げた切っ先から放たれる光波。カオスレートを増大せしめ放った一撃が反射的に防御する天魔の巨体を押し戻す。
奔る迅雷の如き斬。
遁甲を用い側面に忍び寄ったエルレーン・バルハザード(
ja0889)の手にするエネルギーブレードの眩い輝きが、すれ違いざまに空を、そこに存在する天魔諸共に凪ぐ!
「ころす、ころすころす!私が、ころしてやるっ!」
足を止め、振り返った彼女の瞳が殺意を帯びて煌いた。
魔人に対するは二人。長くは持たない。勝機は、どれだけ迅速に魔女を落とせるかにかかっている。
魔女と撃退士六名による斬・弾・魔の応酬。そして倒れたのは――。
「…かっ…は、はは…少し…きついね」
避ける間も与えず殺到した氷の戦輪に切り裂かれ、鮮血を噴出して尚幸が地に崩れ折れる。装備を優先した分、負荷のかかった耐久力では耐え続けるにも限界があった。
「このっ――」
再び、CODE:LPを発動させ、注意を引く凪。
彼女が盾になって一身に攻撃を引き受ける事で支えていた戦線。中央に引き寄せるように後退しながら、それは巧くいっていた。
だが、逆に言えば中央に引き出されることによって、魔女の攻撃は室内全てを射程内としていた。
そして、どのようなアウルの業であっても効果の切れ目、更には常に先手を取り続けられる訳ではない。
「やってくれますね…」
「てめぇっ!」
凪が敵意を一身に引き受けたそこに、流司の召炎霊符の火玉とCaldianaのマグナムから放たれる弾丸が殺到する。
それを氷の幕で防御軽減し、魔女は薄ら笑い――
『ギャッ!?』
防御をすり抜け飛来した飛燕翔扇に大きく胸元を切り裂かれ、高度を落とす。
「笑ってる間に殺すわよ」
弧を描き戻る扇を掴み取り、怒りを込めた視線で魔女を射抜く。
その傍らを黒焔が駆け、踏み込み、目にも止まらぬ蹴撃が空を震わす。衝撃波に弾かれ後方に仰け反る魔女の体。
「…そういう事だ、魔女」
双方共に無傷ではない。どちらが押し切り、押し切られるか。流れはまだ決まっては居なかった。
「おおおおぉっ!!」
盛大な爆音、続く激突音。
爆裂を伴って繰り出された巨大な拳を、アーノルドの繰り出す槍の穂先が迎撃する。
アウルの輝きを防御に注ぎ込む彼の脳裏に浮かぶのは、一つ前の部屋で戦った少女の姿。
どちらも元はただの人であった筈の存在。守るべき、力なき者だった筈。
「ぐっ!」
どうにか耐え切ったが、戦闘力において明確な格差があった。弾かれ地滑り後退する彼に比べ、炎の魔人はその場から微動だにしていない。
(――すまぬ、救えずに、すまぬ)
肩で息をしながらも、油断無く槍を構えなおす。天と冥の属は互いの攻撃を増大させるが、同時に互いの攻撃を引き寄せあう。
おかげで今までは巧く受け防げてきた。しかし耐久力の差だけはどうにもならない。
「はうぅーっ!萌えはせいぎぃぃ!!」
魂の腐叫びが轟く。雷遁を纏った斬撃が、一閃となって駆け抜けた。腐女子のオーラ(注・あくまでアウルです)が炎魔人に絡みつき、動きを止める――かに見えた。
「うあっ!?」
だが目にしたのは、彼女の攻撃を意に介さず動き、振り下ろされて来る灼熱の大剣。
上級ディアボロであり、魔法生物でもある魔人の抵抗力は並大抵ではなかったのだ。因みに魔女も狙おうとしたが、基本的に地上で直列範囲の業の為諦めた。無理をすれば出来なくも無いだろうが、その場合命中するかどうか怪しかったのだ。
「エルレーン殿!」
アーノルドの叫びとほぼ同時に、その姿が押し潰される。
「あ…」
声無く立ち呆ける。見せ付けるようにゆっくりと消えていく炎。――しかしそこに、彼女の姿は無かった。
「…ぁ、あぶ…あぶなかった…」
剣が振り下ろされた位置の向こう側から、聞き覚えある声が発せられた。咄嗟に空蝉でコートと入れ替わったエルレーンだった。
「おお…ご無事か」
で、身代わりになったコートだが…完全に“焼失”していた。炭一つ残さず。
「…お前みたいな気持ち悪いむきむきまっちょなんて、萌えやしないよぉ、しんじゃえ天魔ッ!」
袖で目尻を拭い、言い放ってそのまま遁甲で再び気配を薄め、不意打ちを狙う。
―――詰まる所。しんどいのは全て一身にアーノルドが受け続けていた。
「――! 凪ッ!」
「え?」
いきなり横から突き飛ばされる。流れる視界。コマ送りの様に目端で捉えたのは、永久凍土を思わせる魔力に包まれ、一瞬にして巨大な氷柱に包まれ、冷たきオブジェクトと化すCaldianaの姿。
既に一度、同じ魔法を桃華が受け、いまだに復帰できていなかった。凪は戦線の要、だからこそ冷静に計算し、Caldianaは自らが身代わりになる事を選んだ。
この時点で戦闘を継続していたのは、凪、謳華、そして受けたがそれを無効化しきった流司の三人のみ。部屋の隅で横たわったままの尚幸の意識は、まだ戻っていない。
「つっ…あと一押し…のはずなんだ」
氷雪の嵐を耐え切り、魔女を見据えて流司は呟く。当初、3m以上の高度に浮遊していた氷の魔女も今は1m程度を不安定に浮いている状態だった。切欠さえあれば――。
そしてそれは、思わぬタイミングで訪れる。
「――食らい殺せ、魔弾」
倒れ伏していた筈の尚幸の声。完全に意識から外していた存在からの不意の一撃。アウルを込められた銃弾が閃光となって魔女の頭部を打ち抜く。
「やられっぱなしってのは、性に合わなくてね…ハハッ!」
狂気じみた笑みを浮かべて尚幸が笑う。
それでも倒れないのは、尋常ならざる生命力を持つ天魔ゆえか。
そこに、異界から召喚された何者かの無数の腕が魔女の体に絡みつき、空中で縛める!
「今です!」
術式を維持し、二人へと叫ぶ。
「承知!」
「これで押し切るわ…」
謳華の牙が、凪のディバインランスが、地をすれすれに浮かぶだけになった魔女に殺到し、打ち、貫く。
苦し紛れに巻き起こされる氷雪の嵐。そこを突き抜けた流司の電撃の刃が完全に動きを止める。
「これで―チェックメイトだ」
その背後で、一際高く破砕音が響く。
一陣の、桜花を纏う風が吹いた。その色は漆黒、流れるは桃の髪。
大上段に振り上げられ、躊躇い無く天魔の頭上から股間までに奔る斬閃!
『…ァ…ギィ…』
綺麗に左右に分かれて倒れる骸。その前に、唐竹割りにハルバードを振り下ろした桃華の姿があった。
「…冷え性になったらどうしてくれるのよ」
全身青ざめ、寒さにガタガタと震えながら吐き捨て、仲間を振り返り無理やり笑顔を見せる。
「ごめんなさい、少し手間取ったわ」
「眠り姫のご帰還ね」
微かに苦笑しつつ、凪が背後を振り返る。Caldianaを包んでいた氷の魔力も、術者が死んだ事で解け始めていた。
「さぁ――あと一息よ」
●
「ぐうぅ…!」
「あつ、あついー!やけどしちゃうじゃない、ばかーっ!?」
炎魔人の放つ炎の波に、アーノルドとエルレーン二人同時に飲まれる。範囲攻撃は空蝉でも避けきれないため、耐えるしかない。
これまで無傷に近かったエルレーンは何とか耐え凌いだが――アーノルドは限界だった。
膝が落ち、音を立てて倒れる。
「アーノルドさんっ」
「…まだ…倒れる訳、には…っ」
必死に意識を繋ぎ止めようとするも、蓄積したダメージはどうしようもなかった。既に二回は気絶してもおかしくない状態に陥り、ぎりぎりで持ち超えたのが奇跡に近いのだから。
「…す、まぬ…」
ふつりと、そこで彼の記憶は途絶える。
「…うぅ、よくも、よくもっ!!」
憎悪をこめて睨む視線を、炎の魔人は満面の笑顔で受け止め…直後に驚愕の表情と共に、絶叫を上げて吹き飛ばされた。
「え?えぇ?」
虚を突かれ何が起きたのか分からず混乱するエルレーンに、
「お待たせ」
「頑張ったな、おっさん。見直したぜ」
「…良くぞ持ち応えてくれた」
「後は任せなさい」
魔人の背後から一斉撃を浴びせた桃華、凪、謳華、Caldiana、流司、尚幸が合流する。
殆どが満身創痍に近かったが、今の攻撃が魔人の生命も一気に削り取っていた。
「ハハ、ハハハッ!やっこさん、顔を真っ赤にして起き上がってきたぞ!いや、元からか、ハハハハッ!」
ハイになった尚幸が哄笑しながら、もはや狙いもつけずに伸ばした片腕でライフルをぶっ放す。
「…たまに私もああなってるんだよなぁ…」
人事ではない姿を笑えないCaldianaが、複雑な表情でそれを横目に呟く。
「エルレーンさん、アーノルドさんを安全な所へ」
「う、うん、わかった」
長身のアーノルドを四苦八苦しながら、どうにか抱えて運ぶエルレーンの姿を後ろに、残った者は炎の魔人と相対する。
その両腕から膨大な炎が迸り、巨大な灼熱の大剣を生み出だした。
一気呵成に振り下ろされるそれを、横飛びに、或いはすり抜けるように突撃する撃退士達!
強い光輝が、凪の持つ突撃槍から溢れ出す!
「開封――光に飲まれなさい」
全力の突撃が、槍の半ばまでを巨躯の腹部に埋め込み、貫いた。
「お前はそれ以上動くな!」
再び流司が召喚せし異界の腕が、炎魔人を動きを押さえ込む!
「Aufu Wiedersehen……」
換装したコンポジットボウを引き絞り、解き放つ。吸い込まれる様に天魔の胸板を穿つ一矢。
「逝け。一介の武人として、貴様らの最後を心に刻もう…!」
謳華の手足に巻かれたブレットバンドに、呪詛を思わせる禍々しい文様が浮かび上がり、渾身の“牙”が側面から叩き込まれる!
そして二つの小柄な影が、跳躍する。
「これで――!」
振りかぶる斧槍は桃華。
「しんじゃえーっ!」
アウルを凝縮された光剣。
背後と側面から同時に繰り出された刃が交錯するように魔人の太い首を切り裂いていき――高く、高く刎ね飛ばした。
●
「――…はっ!?」
ごんっ!
「あいたーっ?!」
飛び起きるアーノルドの顔面が、心配そうに覗き込んでいたエルレーンのおでこに衝突。
余りの痛みに、二人同時に悶絶して暫くごろごろ悶えた。
「何をやってるんですか」
「お疲れさん、全部終わったぜ」
気づいた桃華とCaldianaが彼に近寄り、傷の具合を確かめながら彼が気絶した後の経過を知らせる。
「そう、か…勝てたのだな」
頷き、骸となった天魔へと視線を向ける。もう一度、胸中で“すまぬ”と詫び、黙祷を捧げる。
「ほら、動かない」
「これくらい大丈夫だよ…づぅっ…そこダメ」
「ぜんぜん大丈夫じゃないでしょう、ほら」
少し離れた場所では、無数の裂傷を凪と流司に治療される尚幸の姿もあった。
「…この時点で是ほど。果たしてこの先に如何な強者が待ち構えるのか」
腕組み立つ謳華が、次の部屋へと続くであろう出口の扉を眺め、誰にも聞こえぬ声音で呟いた。
●
「ふふ♪ いかがでございましたか、皆様? 卑小なれど戦う力を持ち得たが故に、必死になって足掻く人間の様は。いじらしくも滑稽で、私などは頭を撫でずには居られない気持ちになりますわ…くすくす♪」
賭けの清算を見届け、ホールにてくるりと一転するディルキス。ドレスの裾がふわりと舞う。
『…そうねぇ、私もちょっと遊びたくなったわ』『ふむ、駒遊びとしては手頃じゃのう…』
『ふん、所詮は人形相手。奴らゴミに見る価値など無いわ』『ディルキス、もしや貴様、手心を加えて居るまいな?』
賭けの勝者と敗者、双方から様々な声が彼女へとかけられる。
「手心などと…折角の楽しい遊戯、そんな勿体無い事する訳がございません♪ それに…今回が彼らの“限界”…うふふ」
休息する撃退士達を映し出していたヴィジョンが、ゲート内の別の場所へと切り替わる。
「あの子が、彼らの次の相手を勤めます♪」
少女の姿をした悪魔、ディルキスの一見無邪気な微笑みが、無慈悲な悪意と、嗜虐の色を滲ませた。