(…強奪された試作品の奪還、内通者の存在か)
依頼の説明を受けながらアルビノの少年、蘇芳 和馬(
ja0168)は思考する。ちらりと、今し方出てきた女に視線を向け、また逸らす
(しいちゃん、か。一見軽そうだが、何か作り物の様にも感じるな。…だとしても理由は分かりかねるし、それは個々人で有る所か)
私達が内通者を気にしても仕方ないと割り切る。情報が漏れぬ内に、速やかに奪還すれば良いだけの事。
彼女への個人的な興味は、また別の話だ。
その隣では忍装束に身を包んだ卯月 瑞花(
ja0623)が表面上笑顔で、
(皆を護る為の道具をよくも…なーんて綺麗事言う心算は無いけど、少しやり方が気にくわねーです)
と感じていた。
そもお目付け役が何で必要なのか。内通者が居ると言われては、風紀委員会も完全には信用できない。
(もしかしたら敵さんに顔見知りがいる可能性も…機会があればカマかけてみますかね?)
彼女の様に考える者あれば、もっとストレートに疑問を口にする者も居た。
「質問が。何故見つけた目標物をわざわざ貴公に渡さねばならない?」
発言したのは泉源寺 雷(
ja7251)、美形の部類に入るのだが、きつい眼差しとぶっきらぼうな口調が敬遠されそうなタイプの少年。
「フフー、そこは疑問に思う所かなぁ?依頼したのは風紀委員会、物を知ってるのも。物の情報は例え久遠ヶ原学生相手でもほいほい表に出せないから、私が行くのよん」
「ふむ」
一応の答えに、雷はそれ以上追求はしなかった。
(国外組織の犯行、か。大方、日本のV兵器を研究したい何処かの国の差し金だろう。ご苦労な事だ)
ジェーン・ドゥ(
ja1442)は、二人のやり取りをニヤニヤしながら聞き流す。
(魔具・魔装の横流し、ね。さて、さて、こういった輩と遊ぶのは久方ぶりだ)
機嶋 結(
ja0725)は、そんな様子に我関せずと必要な情報だけを取り込む。基本的に他人に無関心というか、信用していない少女だが、面識のある和馬の戦力だけは信用していた。
(どいつもこいつも胡散臭い人ばっかりね)
そう胸中で呟くインニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)は、フードの下で怪しく笑む。グラマラスな肢体を適度に露出させた衣装で包む女。だが、自身も国籍不詳の自称・魔女。胡散臭さで言えば似たような者である。
こうして揃う個性的な面々。果たしてどのような札が現れるのか、今は分からない。
●
彼らが立てたのは、夜陰に乗じての強襲作戦。
決行時間までの間に、瑞花は風紀委員会へ過去の強奪事件に関連した撃退士の情報を求めたが、一蹴された。
風紀委員会はその性質上、敵が多い。久遠ヶ原生徒とは言え、特に信用がある訳でもない一個人からの要請に応えるほど、軽はずみではなかった。
「Iria号からのタグボート要請拒否ですか?できない事はありませんが…」
出入港を管理する港湾事務所へ出向いた雷に、壮年の係員は難しい顔で応対する。
届けられている出航予定時刻は、明朝六時。それがタイムリミット。
「いや、久遠ヶ原からの要請ですし断りはしませんが…あの輸送船は、自力でも出航可能です。せいぜい数十分、出航を手間取る位でしょうなぁ」
だが、何も手を打たないよりはマシと手筈を整える。戻り次第、その旨を和馬にだけは伝えておいた。
●
夜半、決行時刻。
手漕ぎボートで目標の輸送船に忍び寄る。ジェーンが要請していた同型船の見取り図も全員が頭に叩き込み済み。
作戦前に四伊崎は単身でのサポート行動を希望したが、他全員の意見により班行動に組み込まれた。
「ま、仕方ないわねぇ」
強硬に言い張る事もなく、彼女もそれに従う。
波間を滑り、輸送船の船腹へと張り付くボート。普段より光纏を抑え輝きを封じた瑞花とジェーンが外壁に足を掛け、用意してきた縄梯子を肩に忍軍の脚力で一気に駆け上がった。
光纏のオーラは、照明になる程ではないが暗闇の中では圧倒的に目立つ。抑えたのは正しい判断だ。
周囲に人の気配が無い事を確かめ、二人は縄梯子を下ろし、残り五人も続々と甲板へ乗り込む。
「隠すなら広い場所でしょうね。そして何よりも…探すのが面倒な場所。候補がたくさんある分もってこいよ。…まぁ物以外にも言えるんだけどねぇ?」
甲板にずらりと並ぶコンテナ群を眺めながら、ちらりと面々に視線を流すインニェラ。
「…決め付けるのもどうかと思うが…ともかく、行動開始だ」
和馬の言葉に雷が頷く。二人の役目は陽動、光纏を全開にしてコンテナに飛び乗り、わざと目立つようにブリッジ目指して疾走する。
●
「せ、船長!こちらブリッジ、侵入者だ!なんか、光ってるのが二つこっちにくる!」
船内無線、同時に警報が鳴り響き、乗組員達が船室から飛び出す。
「…ちっ、そいつは多分、久遠ヶ原の犬だ。一般乗員がまともに適う相手じゃねぇ!アウル使い二人甲板、巡回担当の二人は支援につけ!残り二名のアウル使いは船内通路、侵入者は他にもいるはずだ!ブリッジは出航準備!機関室、エンジンふかしとけ!」
指示を飛ばして無線を叩き切り、デスクの引き出しから大口径の銃を取り出した船長は、臍を噛んだ。
なまじ怪しまれない様、提出通りの出航予定を守ろうとしたのが仇になった。こんな事ならさっさと出ておけば。
今更悔やんでも遅い。
「くそがっ、最悪逃げる準備も必要か」
彼自身は一般人、撃退士に抵抗できるだけの力は無い。
●
二名のアウル行使者と船員二名が和馬と雷の姿を捉え、銃弾を浴びせる。咄嗟に二人は、コンテナの間に飛び降りて避けた。
「俺達が炙りだす。お前らは出てきた所に撃ち込んで牽制しろ」
敵も荒事に慣れた者達、即座に判断して光纏を纏う二名がコンテナ郡に突っ込んだ。
周囲を警戒しながら待つ二人。しかし。
「ぬあっ!?」
気がつけば、一人は紅い鋼線に両腕ごと上半身を縛られ機関銃を取り落とす。足音も立てず忍び寄ったジェーンの仕業。
「こんなにも、こんなにも、こんなにもよい夜だもの。首の1つや2つ、刎ねたくなるというものさ」
「ひぃっ、やめ―」
ブシュッ。
皮を裂き、肉まで食い込んでいく鋼糸。吹き出す鮮血と激痛、そして恐怖に男は気を失ってしまう。
「おやおや、これは情けない」
その背を駆け抜け、ブリッジに飛び込む瑞花に待機していた船員二名から機関銃が雨霰と撃ち込まれる!
「いたたた、痛いじゃねーですか!乙女の柔肌になにするですー!」
撃退士にとって、その程度の攻撃は眼球等比較的柔らかい部位に当たらなければ、せいぜい打撲程度にしかならない。生身で銃弾を弾く輩に、彼らが何をなせる。
キ、キィンッ!
後腰から鞘走る忍刀を模した白き双剣が、銃身を半ばから斬断し、加減をした蹴りを叩き込む。
「ぐぶっ」「げっ」
「大人しくしてれば死ななくて済むですよぉ。じゃ、ちょっと失礼して」
気を失った船員二人の持ち物を、ごそごそと漁る彼女。
「これはこれで楽しいんですけど、なんかあたし達が物取りみたいです…あ、財布」
一瞬誘惑に駆られたが、そっと戻しておいた。
もう一人の船員の方は――。
「ぎゃああっ、足、足がぁ!?」
結の放った飛燕を思わせる扇に、右足を切り落とされ、血塗れになって甲板を転げまわる。
「うるさいです。さっさと答えなさい、研究所から奪ったものは何処ですか?」
それを踏みつけ、詰問する結。
「し、知らない、俺は何もぉ!い、医者を呼んでくれぇ!」
「そう」
ヒュッ。
一切躊躇無く振り抜かれるかに見えた細身の大太刀を、傍らに来ていた女が抑える。
「結ちゃん、お子様なのにやる事過激ねぇ♪でも、こんな奴を斬って貴女の価値を落とす事はないわ」
馴れ馴れしく頭に手を置いてくる四伊崎の腕を、邪険に払う。
「そんなに嫌がらなくてもー。フフー、私は結ちゃん、結構好きよん」
含み笑いする彼女を無視して、結は先へと進む。
「あらあら、怒らせちゃったんじゃない?」
苦笑するインニェラが傍らを通り過ぎて、少女の後を追った。
「そうだったら、まだ可愛げもあるけどねぇ…ンフフー」
男を縛り上げ、三人は船内へ続く階段を下りていく。
●
「…死にたい者から掛かってくるが良い」
正面と右から迫る二人の敵に対し、薄ら笑いに気迫を放つ和馬。一人が圧される様に足踏み、正面の相手はそのまま突っ込んでくる。
「…どうやら骨のある者がいるようだ」
応じて突進し、抜き放った片刃の直刀が陰陽混濁したアウルを纏う。それは突きに特化した得物。コンテナ郡の隙間は狭く、近接は振り下ろしか突きに限定され易い。
「舐めるな、ガキがぁ!」
両手に持った二本の軍用ナイフが、和馬の突きを打ち払い、刃を滑る様に肉薄して反撃の突きが腹部を狙う。
「…舐めたつもりはない」
突きの半身から、そのまま流す様に体を踏み込み肩からぶちかます。微かに掠めた刃が皮膚を裂いて血を滲ませた。
もう一人、一瞬足踏みしたアウル使いは、魔具を銃に換装して和馬の背後を狙う。
「貴様の相手は私だ!」
いつの間にコンテナの上に回っていた雷が、その頭上へ飛び降り振り下ろされる峰の一撃!
「ぬぉ!」
銃身に受け止め、弾いた敵は咄嗟に転がり、距離を取りながらも反撃に発砲する。
「ぐっ」
咄嗟に右腕を楯にして受けた銃弾は、二の腕に食い込み。銃創から腕を伝い、赤が流れ落ちた。
「子供が粋がるからそうなる!」
再度銃撃、脚部を狙ったそれは跳躍した雷の足元を撃ち抜ける。
「バカが、飛べばいい的だ」
宙にある少年の胴を狙って放たれる銃弾!
だが、彼は咄嗟に側面のコンテナを蹴って避けると同時に前方への加速へと繋げる。
ゴギンッ。
「あがぁああっ!」
右肩目掛けて振り下ろされた峰打ちに肩の骨を砕かれ、銃を落として転がる男。
その喉を柄で突いて気絶させ、雷は息を吐く。
「左手が無事なら、刀は振るえるものだ」
和馬と敵が、激しく打ち合う。
ナイフ二刀の男は手練だった。双方互い突きを交わし、弾き、浅い傷を負う。
そこに雷が駆けつけて形勢は決した。
「…諦めろ」
「へっ、ガキに命乞いする気は更々ねぇよ」
最期の一撃、這う様な突進から突き上げられる二本の刃に、和馬は避ける素振りも見せず迎え撃ち――。
「…げっ」
首を狙って放たれた凶刃は彼の肩に突き刺さり、忍刀で喉を強かに打たれた男は崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
「…ああ」
気遣う雷に応じ、気を失った男を見下ろしてナイフを引き抜いた。
●
右舷通路から船長室を目指した瑞花、ジェーンは遭遇したアウル使いの銃撃に足止めを喰らう。
「埒が明かないですねぇ」「さてさて、どうする」
銃弾が、飛苦無が、忍術の風刃が通路を挟んで飛び交い。時間が無駄に流れる。
「一発仕掛けますねぇ」「了解、承知、心得た」
比較して防御に秀でた瑞花が、ジェーンの攻撃で角に身を潜ませた相手向かって通路を疾駆する!
「きさっ!?」
「遅いですー」
振り抜かれた双剣が男の両太股に突き立ち、悲鳴を上げて倒れこむ。その両腕に絡みつく鋼糸。
追って雷閃の如く駆け抜けたジェーンの背後で、噴出する鮮血が壁と天井を朱に濡れ染めた。
「さて」
変化の術で、四伊崎の姿に化ける瑞花。
「これはよく似た、よく似た瓜二つ。しかして何の心算かな?」
「ちょっとしたカマ掛けですよぉ」
言って船長室の戸を蹴り開ける。
「…って、あれ?」
そこは蛻の殻だった。
●
左舷通路。こちらもアウル使いと遭遇したが――彼は遭遇した相手が悪かった。
銃撃するもカイトシールを顕現した結の、その怨念を纏う如きアウルによって阻まれ、インニェラの放つ黒翼ある雷蛇を模した魔矢に撃ち抜く。倒れて身動き出来なくなった相手の顎を、四伊崎のブーツが蹴り抜ぬいた。
激しく脳を揺さぶられて、堪らず失神。
「ちょっと、物の在処聞き出さなくていいの?」
「こんな雑魚、どうせ何も知らないでしょーよ」
二人の会話を背に機関室に降りる少女は、特に武装していなかった船員二人を無造作に叩き伏せる。
「こっちもこっちで、遠慮は無いわねぇ…」
頭を抑えながら続いたインニェラと二人、起動していた機関の運転を停止させた。
「さて、ここ探してなければ貨物室かな」
●
「畜生…なんでこうなりやがる」
見取り図にない、増設した隠し通路を伝い、漸うと甲板に這い出る船長。小脇に小型のアタッシュケースが抱えられていた。
「…やはり逃走を図ったな」
「ぬなっ?!」
だが、甲板に張っていた和馬と雷が、彼の退路を阻む。
発砲が立て続けに夜陰に響き――。
「ぐが、あっ!」
銃弾は二人に掠る事も無く、振り下ろされた峰打ちが船長の右腕を砕き終止符を打つ。
滑り落ちたケースを拾い上げ、船長に突きつける雷。
「これが、強奪した品か?」
憎憎しげに彼らを睨む船長だったが、逃れられないと悟り、苦痛を堪えながら頷くのだった。
●
ケースを開き、中身を確かめる四伊崎。
船室や船長室、貨物室を探していた他の班に連絡を入れ、全員で捕虜を集め甲板に集っていた。
「ふぅん、間違いないみたいねぇ。フフーフッフ。ご苦労様」
学生らに中身は見せる事無く、ケースを閉じる。情報秘匿の観点からだ。
「でぇ…、彼らにもう用は無いんだけど。どうしようか?」
捕虜を見回し、学生らを見回す。
「見ていて、気持ち悪い。私の前から消えなさい」
閃く少女の白刃。だがそれは軍用ナイフに一人目の首筋寸前で受け止められる。
「アッハハ、やっぱり好きだわぁ、その思い切りの良さ♪私も気持ち的には賛同なんだけど、後で委員会から検分にも来るし、体面ってものもあるのよん」
そっと少女の耳元に囁く。
(殺すなら人目の無い時、場所で。そう習ったんじゃなぁい?)
結は暗く淀んだ視線を返す。
「さて、おっしごと終わりー!後は適当に散った散った!」
ぱんぱんと手を打って、依頼の終了を告げる四伊崎だが。
「…結ちゃん、何でついてくるの?」
「届けるまでが仕事です」
「私が届けるから、結ちゃんは好きに帰っていいのよ?」
「だから好きにしています」
暫し、視線でレジストし合う二人。折れたのは四伊崎の方。
「…おーけー、好きにして。ま、二人旅もそれはそれでいっか」
結局、結は四伊崎から片時も離れる事無く、届け先の研究所まで同行した。
●
『…それで?』
「だぁってさ〜、あんなずっとつけ回されたら、摩り替える暇なんてないわよぅ」
自室で、通話相手に見えないのを承知で頬を膨らませる。
ほんと参ったわぁ、何処に行っても必ずついてくるんだもの。
『……』
「始末してやればよかったとでも言いたい訳ぇ?やーよそんなの、委員会に即行怪しまれるの私じゃない」
『…分かった。今回は諦める。ギャラは当然なしだ』
「へーい」
プツ。
「はぁ〜、やれやれ…」
溜息を吐いてベッドに寝そべるが、やがて思い出し笑いが浮かぶ。
「…面白い子。フフー♪」