.


マスター:久生夕貴
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:66人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/21


みんなの思い出



オープニング


 Ethnic Fes!



●四国・ツインバベル《双剣の天女》

「俺様が人界に……?」
 その日、シス=カルセドナ(jz0360)は、秘書官執務室で怪訝な表情を浮かべていた。
「ええ。しばらくの間、そなたを派遣しようと考えております」
 三白眼の見つめる先で、雪をも溶かすような微笑みが咲く。
 ”蒼の微笑卿”と呼ばれる彼女の名は、ベロニカ・オーレウス。ミカエルに仕える古参の側近にして、故バルシークの姉でもある。
「いやしかしだな、秘書官殿」
 シスは困惑の色を隠せないでいた。
 そもそも自分はベロニカの護衛として、ここに遣わされていた。それなのに護衛対象であるベロニカを置いて人界へ行くというのは、どうにも理屈が合わない。
「そなたには、頼みたいことがあるのです」
「ぬ……さては、俺様に極秘ミッションを命じる気だな?」
 ベロニカはにっこりと頷く。
「既に手配は済んでおりますので、すぐに支度をなさい」
「ふっ…そういうことなら仕方ないな。いいだろう、俺様に任せておくがいい!」
 意気込んで部屋を出ていく背を、おっとりと見送る。

「賑やかですね」
 声をかけてきたのは、秘書見習いのエベケリア。利発そうな少女の手には茶器セットが携えられている。
「彼が来てから、ベロニカ様は随分と楽しそうに見えます」
「そうですか? 弟の若い時を見ているようでつい」
 茶の入ったカップを渡しながら、少女は問う。
「それにしてもなぜ、あの者を人界へ?」
「ええ。少々懸念があるものですから」
 政情が不安定な今、シスが抱えている重大な秘密はともすれば彼の身を危うくする。
 ミカエルの側近である自分の元に置いておけば、周囲も迂闊に手は出せない。そう判断して側に置くことにしたのだが。
「そなたも知っての通り、かの政変から刻々と事情が変わっております。王党派の手がこちらへ伸びるのも、時間の問題でしょう」
 天界ではベリンガム王らの手によって、既に旧来派の粛清が始まっているという。地球に派遣されている天使にも旧来派が少なくない以上、いつ潰しにかかってきてもおかしくない。
「そうなったときにこそ、わたくし達が進めている『可能性』は実を結ぶと信じております。そしてあの子は『新世代の担い手』であり、我らの『希望』」
 瑠璃色の瞳が、ゆるやかに細められる。

「易々と潰されるわけにはいきませんので」


●数日前・種子島

「――わかった。こちらで何とかしよう」
 通信先へそう告げ、九重 誉(jz0279)は軽く吐息を漏らした。
 通話の相手は従士シス。先日の一件をきっかけに、何かと連絡を取ることが多くなっていた。
 着信音が鳴り、スマホ画面を確認する。

 ”よろしく頼んだぞ!(# ゜∀ ゜)”

「……」
 そっと画面を閉じて、眉間を揉む。
 この天使最近ではSNSも覚えたらしく、フレンド登録を申請してきたかと思いきや、意味不明なスタンプやら顔文字がやたらと飛んでくる。慣れない機器を使いこなすあたり、さすがは若い天使と言うべきか。
(さて、どうするか)
 シスの話によればしばらくの間、今後の為にも人界について学んでおきたいらしい。とはいえ、実際のところそれは建前であるのだろうが。
「……この件が新たな火種にならなければいいがな」
 事前に届いていたベロニカからの依頼で、大体の事情は察していた。詳しい説明はなかったものの、彼女達が天界内において危険な立場にあることはかねてより分かっている。
 恐らくは、何かしらの脅威を憂慮してのことなのだろう。当の本人は、恐らく理解していないだろうが。
 
 その時、デスクの電話が鳴り始める。
『やあ九重君!』
「ああ、教授。お久しぶりです」
 かけてきたのは同僚のミラ・バレーヌ(jz0206)だった。受話器の向こうで、浮き浮きとした声が響いてくる。
『西橋君から聞いたよ。この間ベロニカ君と会ったんだって?』
「ええ、まあ…ひょっとして、教授のお知り合いですか」
『うん。彼女はね、僕が文官見習いだった頃の同期なのだよ!』
「それは……意外ですね。色々な意味で」
 堕天前のミラが文官だったことは聞いていたが、詳しい話を聞いたことがなかった。
 意外なところで繋がるものだと、誉は内心で思う。
『ベロニカ君は凄く優秀で親切でね。僕は落ちこぼれだったから、とても世話になったなあ…! 上官に叱られて引きこもるたびに、彼女が引きずり出してくれたものだよ!」
 そう言って、ミラは懐かしむように。
『あれからもう700年か…時の流れの速さには、本当に驚かされてしまうよ!』
「私には教授が鎌倉時代から生きていることの方が驚きです」
 この性別迷子教授、一体何才なんだ。
 きらきらと瞳を輝かせるミラを想像しつつ、誉はそこでふと思いついた。
「そう言えば、教授は確か民俗学がご専門でしたよね」
『うん、それがどうかしたのかい?』
「折り入ってご相談したいことがあるのですが――」


●というわけで、さあ祭だ

 ”指令ミッション:人界の文化を調査し報告せよ”

 指定された場所に降り立ったシスは、想像していたものとは違う雰囲気に戸惑いを感じていた。
「『Ethnic Fes』だと……? 一体何をする場所なのだ」
 入口に掲げられた看板を見上げ、小首を傾げる。ベロニカからは「人間の文化を調査できる場」と聞いてきたのだが。
「これは一体なんなのだ……」
 会場内を見て、シスは唖然となる。
 煌びやかな照明の数々に、色とりどりのフラッグモービル。何やら楽しげな音楽まで流れてくる。
 この雰囲気、なんか前にも感じたことがある。
 そうあれは確か、遊園地とかいうこっぱずかしい場所だったような――

「やあ、シス君。いらっしゃい」
 呼ばれた声に振り向くと、そこには西橋旅人(jz0129)の姿があった。
「確か貴様は……この間の」
「君の話は聞いてるよ。人界について知りたいらしいね」
 旅人はにこにこと微笑んでから、やたらとでかくてモフいものを持ってきた。
「ここの決まりは『民族をテーマにした格好をすること』なんだ。というわけで、君の衣装も準備しておいたよ」
「……これを着ろと?」
「うん。きっと似合うよ」
 差し出されたものをつつきながら、シスは疑いの目を向ける。
「貴様のセンスは本当に大丈夫なのだろうな?」
「えっ……もしかして気に入らなかった? シス君こういうの好きかと思ったんだけど……」
 申し訳なさそうな旅人を見て、思春期天使は慌てて首を振る。
「べ、別に気に入らんとは言っていない」
「ならよかったよ。せっかくの機会だし楽しんでね」
 そう言って旅人はその場を去って行った。残された『衣装』を見て、シスは覚悟を決める。
「仕方ない……奴らのしきたりに従うのもまた、宿命の選択というものよ」

 広場中央では、アオザイを身につけたミラが参加者達を前に開催セレモニーを行っていた。

「みんなよく来てくれたね! 今日は世界各地からさまざまな料理や文化を集めてみたよ。めいっぱい楽しんでくれ!」

 会場では異国の香りが溢れ、様々な催し物が開催されている。
 さあ、何をして楽しもうか。



リプレイ本文


「――祭なんて久しぶりだな。美味い酒があるといいが」
 そういって不知火藤忠(jc2194)は、募集要項を興味深そうに眺めた。その隣では、妹分の不知火あけび(jc1857)が浮き浮きとした様子で衣装を選んでいる。
「民族衣装を着るのが決まりなんて、面白いお祭りだよね!」
 せっかくのお祭りだから、いつもよりおめかししたい。人生三度目のお祭りとあって、気合いの入れ方も十分だ。
「私は基本袴だからなー。よし、古典柄小紋で大人っぽくいきますか!」
「ああ、たまにはそういうのもいいんじゃないか。俺はそうだな……着物と夏羽織りにするか」
 普段は狩衣を身につけていることもあり、今ではすっかり和服の方が落ち着くようになってしまった。
「あれ、女装しないの?」
「誰が女装なんてするか!」
「えー絶対似合うのにー」
 冗談めいた言い合いも、浮き足立つ気持ちの表れ。

 皆はどんな格好をしてくるのだろうか?
 きっと自分たちと同じように、心躍らせながら衣装を選んでいることだろう――


●Ethnic Fes!


 \夏だー!!!/\祭だー!!!/

「というわけでワシ参上!」
 がっはっはと仁王立ちになる久我 常久(ja7273)は、紀元前の姿で現れた。
 皮で作られたぴちぴちパンツとレガースに、上半身は裸に深紅のマントを纏うのみ。
 ほら、あれ。どっかの映画の300みたいな。ペルシアとかスパルタとか、そういうあれ。
 異国情緒を肌に感じながら、常久はにやりと笑んだ。
「さーてかわい子ちゃんでも探すかぁ!」

 続いて現れたのは、ドイツのディアンドルを着た三人娘。
「キューティー3参上☆」
 緩い三つ編み姿のユリア・スズノミヤ(ja9826)が、ふわりと舞うようにターンした。
 彼女が身につけるのは、襟ぐりの深いホワイトブラウスに、薔薇の刺繍がちりばめられたワインレッドのボディス。同色のミニスカートには黒のエプロンを合わせ、髪に飾った紫の百合がアクセントとなっている。
「おしゃれして友達とデート……! 女子でよかった!」
 祭独特の雰囲気に、木嶋 藍(jb8679)も心浮き立つものを感じている。
 彼女が選んだディアンドルは、ティファニーブルーのミドル丈。いつもより頑張って履いた高めのヒールが、彼女をよりキュートでエレガントに見せていて。
 既にお祭り気分な彼女たちの隣で、夏雄(ja0559)はゆっくりと周囲を見渡し。
「何とも国際的というか何というか……」
 地球は広いなぁ……とマイペース。
 そんな彼女のディアンドルは、若竹色のボディスに同色のロングスカートを合わせている。茶の長手袋をつけ、白いポンチョを羽織っているのは、彼女の体温が夏でもかなり低いせいだろう。
「まぁ、その広い地球のお祭りだ。楽しもう」
「賛成! 屋台で美味しいものいっぱいゲットしよ☆」
「うん、ところで、なっちゃん、暑くない……?」
「暑い? あぁ、快適だ」
 夏場でも肌がひんやりしている夏雄にとっては、これくらいがちょうどいいのだという。

「たまにはこういう格好もいいもんだな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は着慣れない浴衣を興味深そうに眺めた。
「俺は日本人じゃ無いから、うまく着こなせてるのかよくわからないんだが」
 そう話す彼はいつものスーツ姿ではなく、波紋柄の浴衣を身につけている。トレードマークのサングラスも格好に合わせて外した。
 下着はどうすべきか迷ったが、友人からプレゼントされた褌があることを思い出した。色とりどりのきのこが描かれたそれが、こんな所で役に立つとは。
「ふふ……ミハイルさん、とても格好良いですよ」
 そう言っておっとりと微笑むのは、真里谷 沙羅(jc1995)。見慣れない恋人の浴衣姿に、実は内心どきどきしている。
「そうか? 沙羅にそう言われると素直に嬉しいぜ」
 ミハイルは照れたように返してから、彼女の立ち姿を改めて見つめ。
「沙羅の浴衣姿も綺麗だな……まさに大和撫子って感じだ」
「まあ、ミハイルさんたら」
 彼女が選んだのは、藍色に薄桃色の花模様が描かれた浴衣。アップされた髪には浴衣と同じ薄桃色の花簪をあしらい、しっとりとした中にも華やかさが感じられる。
 襟元から伸びるうなじがあまりに綺麗で、ミハイルは思わず見とれてしまったほどだ。

「もー、叔父様はほっとくとすぐだらけるんですから」
 そう言って叔父の背中を押しながら入口をくぐるのは、日比谷ひだまり(jb5892)。
 今日の彼女は普段の和装ではなく、鮮やかな紫色のサリーを身につけている。金糸の縁取りや細やかな刺繍模様が、もうすぐ高校を卒業する彼女をいつになく大人っぽく見せていて。
(あっという間に大きくなってたもんだねぇ……)
 おしゃまな少女が、いつしか大人の女性へとなってゆく。
 時の流れの速さを、日比谷日陰(jb5071)はまざまざと感じ取っていた。
 そんな彼の衣装は、ひだまりのサリーに合わせたクルタ・パジャマ姿。ターバンも合わせてなかなか本格的な装いだ。
「叔父様その衣装、とてもよく似合ってますわよ!」
「まあ、こんなもんだろうな。ひぃも、よく似合ってるぞ?」
 そういって髪型が崩れない程度に、頭をぽふぽふとやる。ひだまりは「もう子供じゃないんですから」と言いつつも、撫でられる表情はとても嬉しそうだ。

 続いてアオザイ姿の四人組が現れる。
「こうした衣装を着るのも面白いものですね〜」
 異国の風を感じながら、石田 神楽(ja4485)は普段通りの笑みを浮かべた。
 彼が身につけているのは男性用のアオザイ。黒基調の中に小さな白紋様が散らされたデザインで、神楽の落ち着いた雰囲気によく合っている。
「この格好変では無いか? 大丈夫か?」
 いつもと違う格好にそわそわしているのは、大炊御門 菫(ja0436)。
 彼女が召した淡藤色のアオザイは、胸元に咲いた菫の柄が思わず目を引く。白のズボンには裾に赤が散らされており、可憐ながらも胸に炎を抱く彼女にぴったりだ。
「大丈夫、菫さんよう似合てるよ」
 そう言って微笑む宇田川 千鶴(ja1613)のアオザイは、真っ白な更紗。裾に染め付けられた黒花が、ダークグレーのズボンと合わせて上品さを感じさせる。
「ええ。菫さんらしくて素敵だと思います」
 同じく微笑むアステリア・ヴェルトール(jb3216)は濃紺のアオザイを選んだ。
 しゃり感のある生地で作られたそれは、裾にかけて蓮華の刺繍が大きく施されてている。赤のズボンと合わせて白皙の肌によく映えていて。
「そ、そうか。ならいいのだが」
 それでもやっぱり落ち着かない菫を見て、神楽はいい笑顔。
「菫さんのそういう姿を見るのは珍しいですね〜」
「そうだろう? いつもの和服と違うからどうにも慣れないんだ」
 神楽が言った”そういう姿”は別の意味だが、そこは敢えて触れないおとなのやさしさ(ひらがな)。

 \ お 祭 り だ ー /
 雪室 チルル(ja0220)はいつもの元気一杯な調子で、足を踏み入れた。
 ちなみに彼女、服装指定が無かったので好きにしていいと判断。さあ、お任せの恐ろしさを味わってもらおう(まがお)。
 ぺかー

 チルルは白ゴリラ(訂正線)イエティの姿になった!

 正確にはやたら精巧な着ぐるみ姿なのだが、ほら彼女って北国出身だし。
「あ、暑いわねこれ……」
 人間であるチルルにとって全身もっふはだいぶツライ。何よりもうちょっと可愛い見た目がよかった!

「祭とあらば存分に遊ぶとするかねえ!」
 いつものテンションで入ってきたのは、なぜか光纏済みの鷺谷 明(ja0776)。
「ヌゥ=パチリンゲ大森林の奥地に棲むゴモラゴモラ族の正装である」
 それって一体どんな衣装かと思ったら、まさかのお任せ。
 ――そうかお任せか。
 本当にいいんだな。

 本 当 に い い ん だ な?

 というわけで、明の衣装は以下の通り。
 金髪ツインテのカツラに、膝上30cmのセーラー服を改造した衣装。深紅のロングブーツと同色のリボンが胸元でひらりとはためく。
 要するに、ひと言でいうとセー●ームーン。ほらセーラー服って世界の文化だし。
 大森林の奥地? ゴモラゴモラ? セーラー●ーンが正装で何が悪いのかね?

 一方、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、なんかもうだいぶいっちゃってた。
「エスニックと言えばサンバだろう」
 リオのカーニバルと勘違いした彼女、思いっきり例のあの状態で堂々会場入り。
 露出度の高いきらっきらハデっハデの衣装に、頭には何本あんのってくらい、飾り羽根が飛び出している。
「若干なんか違う気がするが、気にしたら負けだろ」
 サンバとマンボのリズムで踊りまくる姿は、かなり浮きまくって(訂正線)目立っている。

「ふにゅぅ、民族祭りなのですよぅ☆」
 異国情緒に胸躍らせる鳳 蒼姫(ja3762)は、蒼をベースとした漢服に身を包んでいる。夏らしい透け感のある素材が涼しげな印象だ。
「こういう祭もたまにはいいものだねえ」
 そう言って微笑む鳳 静矢(ja3856)は、妻に合わせた薄紫色の漢服を選んだ。こちらも季節に合わせた風通しのよい生地が、夜風を受けて軽やかになびいていて。
「種子島の伝説のカマキリ姿で登場していい祭りと聞いて!」

 カマァ☆(白)

 ばーんと現れたのは、白カマキリ…もとい、奈沢 風禰(jb2286)。彼女が身につけているのは、いつも愛用している白カマキリの着ぐるみ。
 そして種子島伝説のカマキリ(白)がいるのなら、(緑)もいなければならない。
「カマふぃときさカマはカマキリ族!」
 続いて緑カマキリ姿の私市 琥珀(jb5268)がばーんと現れた。

 カマァ☆(緑)

 誰が何と言おうとこれは民族衣装。
 誰が何と言おうとこれは民族衣装。(大事なことなので以下略)

「始まったばかりなのに、既にカオス感満載だねぇ」
 奇抜な衣装の数々に、点喰 因(jb4659)は苦笑を漏らした。
 彼女が身につけているのは、グルジアのチョハ。
 男性用の舞踏衣装であるそれは、裾が広がった丈の長いコートが特徴的だ。胸部につけられたkilebiと呼ばれる弾帯が独特で、装飾のアクセントにもなっている。
 そんな因の弟である点喰 縁(ja7176)は最近婚約者となった杷野 ゆかり(ja3378)と、会場入りしていた。
「なんともカオス……贅沢な祭だねぇ」
 そう微笑む縁が選んだのは、イタリア・サルディーニャ地方の民族衣装。
 リネンシャツにベストを身につけ、その上からケープ型の外套を羽織る。下は短めのズボンにブーツを合わせると、軽やかで粋な着こなしの出来上がりだ。
「他の人の衣装を見るだけでも楽しめそうね♪」
 頷き返すゆかりの装いは、縁と同じサルディーニャの民族衣装。ボリュームのある赤いスカートと、細やかな装飾と刺繍が施された短めベストを着用。
 頭にはレースで作られた白のヴェールをかぶり、可愛らしさとエレガントさを併せ持った雰囲気となっている。

 マキナ(ja7016)とメリー(jb3287)の兄妹も、聖パトリックデーを意識したお揃いのコーディネート。
「お兄ちゃん、はやくはやく!」
 兄とのデートに浮き浮き顔のメリーは、やや濃いめの緑色をしたワンピースを身につけている。上質な生地を使った落ち着いたデザインで、胸元や裾にはアイルランドの伝統的な模様が刺繍されたものだ。
「おい、慌てると転ぶぞ」
 そう言って妹を微笑ましく見守るマキナは、同じく緑を基調としたスーツ姿。袖や襟に刺繍が施されており、胸元には妹とお揃いでシャムロック型ブローチをあしらってみた。
「……民族的なお祭り、か」
 多彩な衣装の人々を見つめ、水無瀬 快晴(jb0745)は呟いた。
 彼が身につけるのは、モンゴルのテムジン(チンギス・ハーン)を意識した装い。襟や袖に独特の模様が描かれた蒼のデールが、格調高い雰囲気を感じさせる。
「今日は夫婦の格好だよ〜」
 快晴の隣で、恋人の川澄文歌(jb7507)が微笑んだ。快晴の衣装と合わせたデールは、テムジンの妻であるボルテ=ウジンを意識している。赤を基調とし豪奢な色柄が織り込まれたデザインは、淡い光の元でさえ煌びやかで。
「ほむ、夫婦の格好だねぇ」
 快晴も頷きながら、文歌の頭を撫でる。改めて「夫婦」という言葉を口に出すとどことなく照れくさく感じてしまうのは、自分たちにも挙式が迫っているからだろうか。

「民族祭ですか。なかなか面白い試みですね」
 アオザイを着た樒 和紗(jb6970)は、興味深そうに周囲を見渡した。
 彼女の衣装は純白花柄レースの上衣に、ペールブルーのサテンパンツ。清楚で涼やかな着こなしが、凜とした雰囲気によく合っている。
「へそ出しだから、いくら食べてもお腹苦しくないわよ」
 そう言って超笑顔を輝かせるのは、底なし胃袋お嬢・蓮城 真緋呂(jb6120)。
 彼女が身につけるのは、インドの民族衣装であるサリー。朱と金を基調としたサリーには、細かな刺繍やビーズ飾りが煌びやかに施されている。ペチコートと透け感のある生地で造られたチョリも合わせ、華やかながらも品のある装いだ。
「今日は大規模の打ち上げも兼ねてるしね。思いっきり食べるかぁ」
 浴衣姿の米田 一機(jb7387)は解放感を味わうように伸びをした。実はこの四人、大規模でいつも小隊を組んでいるメンバー。先日の北海道戦で作戦が見事はまり、大きな活躍を見せたばかりだ。
「和紗も米田ちゃんも蓮城ちゃんも頑張ってたもんねー。え? 俺ももちろん頑張ってたよ?」
 いつもの調子な砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は、アロハシャツにサングラスON。
「堅気感皆無ですね、竜胆兄」
「え、でもハワイの民族衣装でしょ?(」
 和紗の冷たい視線は、もちろんごほうb笑顔で受け止める。とはいえ、南国らしい鮮やかな色合いは、祭りの空気によく合っていると言えるだろう。

「自分、ディバインですから」
 そう言って、若杉 英斗(ja4230)はいぶし銀の空気を漂わせた。
 彼が選んだ衣装は、侍風の羽織り着流しに、竹光の刀を腰に下げた姿。
「和服も立派な民族衣装のハズ……でござる」
 こういう衣装を着ると、自然と背筋も伸びてくる。
 そんな英斗の後方では、Robin redbreast(jb2203)がぷらぷらと歩いていた。
「お祭りって何をすればいいんだろう?」
 民族衣装を着てこいと言われたので、とりあえず浴衣を選んでみた。
 ちなみに普段から異国の服を纏う彼女にとっては、和服が民族衣装。赤い色合いと柔らかくてボリュームのある帯が、金魚を思わせるデザインだ。
 咲村 氷雅(jb0731)と水無瀬 雫(jb9544)も、同じく和装姿で会場入りしていた。
 濃紺の浴衣を着た氷雅は、辺りの賑わいに瞳を細め。
「たまにはこういう祭もいいものだな」
「ええ。どんなものが見られるのか楽しみです」
 そう返す雫は白基調に蒼い花模様が描かれた浴衣姿。常に身につけている髪紐と鈴にも、今夜は花飾りを添えてみた。
(今夜は他の方に会うのが目的ですが……氷雅さんと一緒に過ごせるのも楽しみです)
 そんな秘かな想いに、相手が気づいているのかはわからないけれど。
 同じく和装で揃えているのが、黒羽 拓海(jb7256)と天宮 葉月(jb7258)。
「民族がテーマの祭り、か。全く知らんものも多いが、逆に新鮮で面白いな」
 興味深そうに辺りを見渡す拓海は、夏物の着物に袴を合わせている。元々和を感じさせる佇まいだけあって、やはりこういった格好はしっくりくる。
「わー、凄い色々ある! 見た事無い格好の人も居るし、こういうお祭りって初めてだから新鮮!」
 そう言って瞳を輝かせる葉月は、紺地に赤い金魚が染め付けられた浴衣姿。優雅に描かれた尾びれが、落ち着いた雰囲気の中にも華やかさを感じさせるデザインだ。
「夏のお祭りだからって浴衣着てきたけど、やっぱり色々調べて珍しい格好の方が良かったかな?」
 周りには浴衣を着ている人も多いが、色とりどりの民族衣装はやっぱり華やかで目を引いてしまう。
「いいんじゃないか? その浴衣とても似合っているし」
「そう? じゃあ、次があったらそういうの着てみよう」
 さらりと言われた『とても似合っている』の言葉が嬉しかったり。

「たまには姉さんとこういう所に来るのも、いいもんだねぇ」
 続いて会場入りしたのは、雨宮 歩(ja3810)と雨宮 祈羅(ja7600)夫妻。
 歩が身につけているのは赤を基調としたアオザイで、トレードマークの帽子を合わせた粋な着こなしだ。対する祈羅のアオザイは青基調のもので、模様の入り方が夫と対になっている。
 周囲に漂う気配を感じながら、歩は愉快そうに笑んで。
「アイツはこの会場のどこかにいる。そんな予感がするんだよねぇ」
「やっぱり? うちもさっきからそんな気がしてるんだよね」
 この夫婦、ある一定方向に対するアンテナが揃って鋭い。祈羅は人波に紛れる気配を探りつつ、彼方へ向けて宣言した。
「うちの探偵さんの名に懸けて、見つけてやる!」

 同じく真野 縁(ja3294)もストーカー的嗅覚を発揮させていた。
「黒猫面の青年探して三千里! なんだよ!」
 自分にはわかる。ここには、あの悪魔の気配がある!
「頑張って探すんだよー!ふぁいおー!」
 そんな彼女が選んだ衣装は――マホウノコトバ:お任せ☆
 これから想いびとに会おうとしてるのに、お任せだなんて本当にいいのだろうか。うん、いいんだろう(一秒)。
 任せられたからには、期待に応えなねばなるまい……!(かっ

 縁は”白雪姫の七人のこびとの6番目の姿”になった!

「……うや。”え、そこ?”って思ったらきっと負けなんだね!(」

「久しぶりの四国だねぇ」
 そう言って龍崎海(ja0565)は澄んだ空気を肺に満たした。
 彼の衣装は由緒正しき紋付き袴。機を狙った所で埋もれるだけだろうと、敢えてこの国の正装で参加してみたのだ。
「まあ、それだけ大きな騒動が起きてなかったってことで、いいことなんだけど」
 とはいえ、いつ敵襲がないとも限らない。念のために阻霊符を使用してから、祭を楽しむことにする。
 同じく紋付き袴姿の陽波 透次(ja0280)は、ひしめき合う人波に、やや驚いていた。
「凄い人の数だな……」
 この場所で会いたいと思っている人がいるのだが、はたして見つかるのかどうか。
(でも何となく、会える気がするんだよな)
 そんな予感を胸に、透次は会場内を歩み進む。

 一方、小田切ルビィ(ja0841)は、カメラを手に取材する気満々。
「――へぇ、民族祭か。面白そうじゃねえか!」
 ちなみに彼、バンカラ男子学生姿になるつもりで貸衣装屋に向かったのだが――
「どうしてこうなった」
 仕上がってみれば、大正ロマンな矢絣柄の振り袖&袴姿。どうみても女学生にしか見えないというか、やたら似合っていてむしろご褒美ですよねわかります(記録者目線)。
 そんな彼の親類である小田切 翠蓮(jb2728)は、いつもの着流し姿でのんびりと会場入り。
「多様な文化をまとめて楽しもうとは、なんとも贅沢な試みよ」
 元々人の文化に造詣が深い彼にとって、こういった催しは興味深いのひと言。
「この祭の企画者とは、よい酒が飲めるかもしれんのう」
 そんなたわいないことを考えながら、ゆるりといつもの笑みを浮かべる。

「美味しい食べ物探すなの!」
 そう言ってペルル・ロゼ・グラス(jc0873)は、むんと気合いを入れた。
 彼女が身につけるのは、裾部分のみ青く染めた真白なアオザイ。すらりとした体躯にそれはよく似合っていて、背に流した青髪が夜風になびけば、いっそう清楚で美しい印象を受ける。
 ただし、黙っていればの話だが(まがお)。
 その後方では、サリー姿の美女二人がおしゃべりに花を咲かせていた。
「あら。遥久ちゃんや愁也ちゃん、友真ちゃんたちが遊んでるの?」
 そう言って、リリアード(jb0658)はさも愉しそうな微笑みを浮かべる。
 彼女が身につけるのは、黒基調に金と紅の縁取りが施されたサリー。ふんだんに使われたレースや刺繍が、彼女をいっそう華やかに見せていて。
「ええ。せっかくだから見にいきましょう?」
 マリア・フィオーレ(jb0726)の微笑みも、いかにも楽しみと言った風情だ。
 彼女が纏うサリーは、リリアードに見立ててもらったもの。カラフルながらも全体的に統一感のある色遣いが、上品な美しさを感じさせる。
 同じくインドの民族衣装を身につけているのは、逢見仙也(jc1616)。
「良い機会ですよねこういうの」
 普段は着ない衣装を着るのもまた一興。
 彼が身につけるクルタは、白基調で風通しのよい生地でできている。夏祭りにはまさにぴったりの装いで、かつ、彼の涼しげな顔によく合っていると言えるだろう。

「うん、いい夜だ……」
 天の川を見上げ、佐藤 としお(ja2489)は満足そうに微笑んだ。
 七夕が近いとあって、彼が選んだ衣装は彦星姿。星々が瞬くこんな夜にはぴったりで。
「彦星の仕事と言えば牛追いだもんな」
 というわけで、彼の隣に立っているのは牛。
 牛追いに見立てた牛車でラーメン屋台をやることにしたのだ(ぶれない)。
 ちなみに牛さん(花子♀)は近隣の農家にお借りしました。シャイでチャーミングな彼の相棒である。
 一方、としおの恋人である華子=マーヴェリック(jc0898)は、やや拗ねた様子で辺りを見渡していた。
「う〜、何でこういうイベントに、私を置いて一人で行っちゃうかな〜?」
 今夜は彦星の彼に合わせて、天女を思わせる光纏姿を選んだ。織姫様みたいでちょうどいいかなとか、彼も喜んでくれるかなとか、浮き浮きしていたのに。

 気づいたら、置いて行かれてましたよね(ほほえみ)。

「どうせラーメン食べてるか売ってるかでしょ?」
 というわけで行き先はすばり、屋台エリア。さすが彼女、恋人がぶれない男であることを、誰より分かっている。

「任務というか、要するに遊んでこいってことだよね」
 同じく出店側にまわった鴉乃宮 歌音(ja0427)は、卵をボウルに割り入れながら呟いた。
 彼女……ではなく彼の衣装は、アイヌの刺繍入りの巫女服。動きやすいようにと、袖無しのものを選んだ。袴の裾や腰帯に施された模様が、独特の曲線を描いていて美しい。
 天宮 佳槻(jb1989)も、浴衣にたすき掛け姿でかき氷屋台を準備している。
「ここならのんびり出せるかな」
 彼が店を構えるのは、賑やかな会場中央からは少し離れた場所。灯籠エリアへと続く道すがら、立ち寄れるような所を選んだ。
 夜店らしく灯はやや暗めに。そのせいか周りの景色に優しく溶け込んでいるのに、佳槻はほんの少し満足を覚えた。

 そして。
 初っぱなから完全に空気が違っているのが、チーム【PTH】。
 え、ちなみに何の略かって? それは――

「誰だこのチーム名作ったの出てきなさい」

 ”桃銀の絶対狙撃少女(ピーチトリガーハッピー)”こと矢野 胡桃(ja2617)は、開口一番そう宣言した。
 彼女の衣装は、英国キルト。タータン模様のプリーツスカートが愛らしい彼女によく似合って……
「花火で全員ちまつり(という名の鉄拳制裁)、ね」
 あ、はるおにーさんはだいじょぶです。
 他のおにーさんずが、その分頑張って(犠牲になって)くれるから。
「ロケット花火……何故か安全ではない予感なの、です」
 そう言って、華桜りりか(jb6883)はかくりと小首を傾げた。
 彼女が身につけるのは、桜色の漢服。曲裾と呼ばれる袖の長いゆったりとしたもので、上衣や裾に華やかな桜模様が描かれている。その上からいつものかつぎを羽織っているのが、彼女ならではだ。
「祭りね! ビールの準備はいい!?」
 ディアンドル姿で現れたエルナ ヴァーレ(ja8327)は、現実を直視していなかった。
 この日のために着てきた、とっておきの衣装。
 ホワイトブラスに緑を基調とした胴衣とフレアスカートが、彼女をよりセクシーでエレガントに見せて――
「ま、こうなるわよね」
 知ってる、リアルは向こうからやってくるって。
 諦観の目をしたエルナの両腕には、ビールの代わりにロケット花火が抱えられている。

「チーム戦かと思えば総当たり戦……いつもの事でしたね」
 そう言って微笑む夜来野 遥久(ja6843)は、パキスタンのシャルワニを召している。
 オフホワイトのゆったりしたズボンに、厚みがある丈の長い上衣。肩口や裾に施された刺繍が、上質さをうかがわせる。
「神の兵士と回復は通常営業です。心の底から楽しみましょう」
 その隣では、月居 愁也(ja6837)が縁起でも無いことを口走っていた。
「俺にはわかる……ここにはシンデレラの気配がある!!」
 そんな彼の衣装は、ネイティブアメリカン。フリンジがふんだんにあしらわれた衣服に、頭には独特の羽根飾りをつけている。
 お祭りにはぴったりな(燃えやすい)装いに、記録者の期待が止まらない。

「総(勢で一部に)当たり(倒される)戦だ、大事なのはどれくらい盾(仲間)を作るか」
 矢野 古代(jb1679)は既にフラグしか立っていなかった。
 彼が身につけたカンドゥーラは、もちろん基本色である白。月の出ていないこんな夜には、とてもよく(的ととして)映えるだろう。
「古代さんおみさん、生きて帰ろうぜ」
 同じくゼロ=シュバイツァー(jb7501)も、フラグ立てに余念が無い。
 ジョージア風の衣装を纏った彼、悲壮感が漂っているかと思いきや案外やる気に満ちている。
(ふ……俺には、壮大なプロジェクトがあるからな)
 その名も、だいまおープロジェクト。
 名前からして既に出オチな気がするが、そこは突っ込まないおとなのやさしさ(ひらがな)。
「ああ、みんなで生きて……帰ろうな」
 存在自体がフラグと言っていい加倉 一臣(ja5823)は、いつになく準備万端だった。
 今日のためにだけ忍軍へジョブチェンジし、秘策スキルもセット。隣に立つ旅人へサムズアップし。
「マーキングはできないけど、タビットには半蔵という最強の迷子札がいるもんな」
「あ、半蔵は鳥目だから夜は留守番だよ」
 /(^o^)\
 ちなみに彼、南米風の大きなマントで身体全体を覆っている。中に来ている衣装にも策があるのだが、それもう少し後の話。

「よっしゃ、今日も戦いやな!」
 小野友真(ja6901)は、しゃきーん!とカンフーポーズを決めた。
 そんな彼の衣装は、もちろんチャイナ(カンフー)服。隣に立つ友の背をばんとやると、笑顔でサムズアップする。
「あっすん、いつもの本気見せたってー」
 たわいない会話をしつつ、さりげなくマーキング。他の危険面子にも同じ手を使うつもりだ。
(ふ、完璧や……俺天才やな…流石大学生ヒーローやんな……)
 その時、櫟 諏訪(ja1215)が白い風船を手にやってきた。
「あ、友真さん風船つけるの手伝いますねー?」
「おっ諏訪君ありがとな!」
 頭と両肩にひとつずつつけるのが、今回のルール。ちなみにこの風船、諏訪のマーキング付きである(まがお)。
「準備を万端に、全力で楽しみましょー!」
 そんな爽やか(で真っ黒な)青年の衣装は、通称『青の民』と呼ばれるトゥアレグ族のダラア。闇に紛れる群青色の布で顔や身体を隠しているのだが、もちろんこれは後々意味を持ってくる。

 そして最後に、【PTH】立役者であるアスハ・A・R(ja8432)が、メンバーへ向かってルールを告げた。
「さあ戦争、だ」

 一つ:ロケット花火は人に向けて撃つ物
 一つ:ロケット花火は人に向けて投げる物
 一つ:民族衣装を着ること
 一つ:誰も信じるな
 一つ:戦って散れ
 一つ:頭と両肩に風船でもつけて3つ全部割られたらそっと白い布被せて転がされる
 一つ:No one lives forever

 ちなみに彼が選んだ衣装は、肌むき出しのアロハシャツ。
 敢えて言おう。

 そんな装備で、大丈夫か。


●七夕祭会場


 七夕会場へと向かったひだまりと日陰は、巨大な笹飾りに囲まれながら感嘆の声をあげていた。
「大きなお祭りですわね! どんなものが見られるのか楽しみですわ!」
「賑やかだねぇ……見たことのない衣装も結構多いな?」
 欧州風の衣装からアジア風の衣装、果てはどこの国かまったくわからないものまで。行き交う人達の色彩豊かな姿に、つい目を奪われてしまう。
「あっミラ先生こんばんは!」
「おお、ひだまり君こんばんは! よく来てくれたね!」
 この祭りの主催者であるミラ・バレーヌは、先ほどまでアオザイ姿だったのに今は別の衣装へと変わっていた。
「相変わらずよくお似合いですわね! これはどこの衣装なんですの?」
「よく聞いてくれたね! この衣装はウル・ナイル族のものなのだよ!」
 柔らかな絹にビーズや石飾りが目一杯あしらわれたそれは、舞踏の際に召すのだという。動くたびにしゃらしゃらと音を立てる飾りを、日陰は物珍しそうに眺めつつ。
「へぇこんな衣装もあるんだねぇ……と。先生こんばんは、面白そうな企画をどうも」
「ひだまりくんの叔父さんだね! お礼なんてとんでもない。僕こそ彼女にはいつもお世話になっているよ!」
「いやぁひぃも、すごい楽しんでるからねぇ……感謝は当然だろうさ」
 三人はしばし歓談をしてから、せっかくの機会だしと、短冊の飾り付けをやることになった。
 橙色の短冊を選んだひだまりは、ほんの少し考えた後すらすらと筆を走らせ。
「できましたわ!」
 彼女がしたためた願いごとは、

 ”家族3人楽しく過ごせますように”

 単純だけど、一番大切なこと。
 家族と笑顔で暮らせる日々が、どれだけありがたく幸せなものか――彼女にはわかっているから。
「ミラ先生は何を書きましたの?」
「僕はね、これだよ!」
 ミラが差し出した朱色の短冊には、大きくでかでかとした字が並んでいる。

 ”金魚にはやく足が生えてきますように”

 目が点になる二人を前に、ミラはどうにも困った顔で言う。
「今金魚を二匹育てているんだけどね、片方の金魚になかなか足が生えないんだよ」
「……先生、金魚に足は生えないと思うのですわ?」
「え、そうなのかい!? おかしいな、僕が文化祭ですくった金魚には四本の足が生えているんだけど……」
「それ、本当に金魚なのかねぇ……。先生、写真か何か持ってないのかい?」
 日陰の問いかけに、ミラは思いついた様子で。
「そうだ、写真は無いけど絵を描いてみるよ!」

 ミラが描いた絵は、楕円形に足が四本かかれただけのものだった。

「先生絵が下手だn」
「叔父様しっ! ちょ、ちょっとひだまりにはわからねーですわね! 今度見にいってもよろしいです?」
「うんうん。ぜひ見に来てくれたまえ! とってもかわいいんだよ!」
 後日絵の生物はウーパールーパーだと判明するのだが、それはまた別の機会に。
「おおいけない、そろそろ衣装替えの時間だ。僕はそろそろ行くね、二人ともありがとう!」
「ミラ先生ありがとうございました! とっても楽しかったですわー!」
 その場を去ろうとしたミラは、突然振り返ると二人の元へ戻ってくる。
「忘れるところだったよ。はい、これ!」
 手渡されたのは色が塗られた小さな石ころだった。そこに描かれた不思議な模様を見て、ひだまりは小首を傾げ。
「先生、これは何ですの?」
「オーストラリア先住民のお守りでね。メッセージストーンっていうのだよ! この間作り方を教わったから毎日作って配っているんだ!」
 ミラの話によれば、渡された者を守り、渡した者には幸運を与えるのだという。
「渡す方にも渡される方にもいいことがあるなんて、とても素晴らしいよね! じゃあ今度こそ僕は行くよ!」
 どたばたと走って行くミラを、転びやしないかはらはらと見送りつつ。日陰はもらった石を眺めながらおかしそうに微笑む。
「先生、やっぱり絵が下手だねぇ」
 いびつに曲がった模様を、本人はきっと一生懸命描いたのだろう。ひだまりは嬉しそうにそっと握りしめ。
「……ミラ先生、ありがとうですわ」
 寄せてくれた気持ちに感謝しながら。そう言えばと思い出す。
「叔父様は、短冊になんて書いたのです?」
 お守り石を懐にしまっていた日陰は、ああと言った様子で。
「こういうもんは、秘密にしておいた方が面白いだろうよ?」
「あっ叔父様だけずるいですわ!」
 のらりくらりかわす彼が、こっそりしたためた願いごとは――

 ”姪二人の健康と幸せを”

 はぐらかすのは、きっと照れ隠し。


 目的もなく辺りを散策していたロビンは、あちこちに置かれている笹飾りに小首を傾げていた。
「……『七夕』って何だろう?」
 異国暮らしが長かったこともあり、ロビンは日本の文化や風習にはあまり詳しく無い。もっとも、あまり興味を持ってこなかったせいもあるのだろうけど。
「こんなふうに、願い事を吊るすんだね」
 笹に結びつけられた色とりどりの短冊が、風に揺られてひらひらとなびいている。飾り付けは参加自由とのことだったので、彼女もやってみることにしたのだが。
 短冊を前に、ふと筆が止まる。
「あたしの願い事って、何だろう……?」
 ここに書くことがわからない。
 よく考えてみれば、自分の願いなんて何も無いことに気づいてしまう。
 しばらく考えてから、ロビンは仕方なく何も書かれていない短冊を吊す。それを見ていた子供が、不思議そうに彼女を見ていた。

 同じくこの会場を訪れていたアオザイ四人組も、短冊を前に各々筆を手にしていた。
「願いごと、か」
 白の短冊を選んだ菫は、筆を持ったまましばし黙考。
 一呼吸置き、ただひと言だけしたためる。
 
 ”負けない”

(これは願いではなく、意志だ)
 いつどんなときでも、迷いはない。
 最後まで立ち続けなければいけないのだと、己に課した使命だからと。
 神楽が悩む様子も無く記入する隣で、千鶴は短冊を前に思案している。
「願いごと……なぁ」
 少し悩み、迷いながらも、そろそろと筆を走らせる。

 ”周りの人が穏やかに過ごせますように”

 自分が願うことはそう多くはない。ただ、自分の周りいる人が穏やかであればいい。
(彼らも今、そうあってくれてるやろか)
 黄金の大天使に愛され、生を望まれた天使と使徒。彼らの日々が、優しいものだといい。
「神楽さんは何書いたん? って願いごとは教えたら叶わんのやっけ……」
「え、そうなんですか?」
 驚いた様子のアステリアに、千鶴はうーんと小首を傾げ。
「でもここに飾るんやから、隠すもなにもないような気もするな」
 既に短冊を結び終わっていた神楽は、にこにこと指し示す。
「私のはこれですよ」
 そこに書かれていたのは、どこか千鶴のものと似た言葉。

 ”私の周りが平和でありますように”

 現実主義者の彼は、世界の平和までは願わない。自分の手の届く範囲が、せめて平和であることを望む。
「敵が来るのであれば、撃ち抜くだけなんですけどね」
 そう千鶴に伝えながら、神ではなく自らの銃に願う。
 奪うのならば容赦はしない。
 手に届くのならば、掴みそこねはしない。
 大切な人達のために引き金を引くときこそが、嫌悪してきた力の存在理由でもあるのだからと。

「……これでよしっと」
 紫の短冊を結び終わったアステリアに、菫が声をかけた。
「リアは何を書いたんだ?」
 その言葉に、どこか慌てたように短冊を背に隠しつつ。
「私のは皆の息災をと、単純なものですよ。明確なものを祈願するのは、なにか違うと思いますしね」
「成る程。確かに願いごととは、そういうものかもしれないな」
 菫の反応に頷きつつ。実は彼女が本当に書いた願いごとは、別にある。

 ”人で在れますように”

 魔に穢された天の落胤――時折沸き上がる殺戮の欲求に、飲み込まれてしまわぬように。
 この手が、忌まわしき血に濡れ染まることのないように。
 本来、アステリアは神頼みは好まない。
(だからこれは、願いでは無く誓い)
 彼女の血色の瞳には、菫の笑みが映っている。強く美しく、光に溢れた姿に引き寄せられながらも、アステリアは望むのだ。

 いつか自分も――近づけるようにと。


 同じ頃、鳳夫妻&カマ’sは大きな笹飾りを見上げ歓声をあげた。
「大きいですねぃ。100人分くらい短冊を飾れそうですよぅ☆」
 何本もの笹を組み合わせたそれは、かなり見上げなければてっぺんが見えないほどに大きくて。
「せっかくの機会だし、私たちも願いごとを書いていこうか」
 静矢の言葉にカマたちも賛成。
「賛成なの! カマふぃの野望をしたためるなの!」
 そう言ってさっそく風禰が選んだのは、もちろん白い短冊。それをちょきちょきとハサミで器用に切り抜き、出来上がったのは――
「カマキリ型短冊なの!」
 さすがぶれない伝説のカマ(白)。風禰はそこに渾身の願いごとを、大きな文字でしたためていく。

 ”カマキリサーバントAgain!”

 カマふぃの魂が求めて病まない、種子島のアレ。だって最近お目にかかれなくて、カマ成分が足りないんだもん!
(ジャスミンドールさん見てくれないかななの!)
 そんな淡い期待を抱きつつ、カマな手で器用に短冊を結びつける。

 続いて伝説のカマ(緑)もとい琥珀も、緑色の短冊に筆を走らせる。

 ”今年もカマキリ族が豊作であります様に”

「カマキリ族が増えることをお祈りするんだよ」
「さすがきさカマなの、伝説のカマの鏡なの!」
「ミンたんが今年こそ参加してくれないかなって期待してるんだよ!」
 野望に燃えるカマたちを、静矢と蒼姫は微笑ましく見守りながら。
「二人ともぶれないですねぃ☆」
「ああ、さすだがねぇ。……さて、次は私の番かな」
 そう言って静矢は薄紫の短冊を選ぶと、達筆な字でさらさらと書き記していく。

 ”一刻も早い平和が訪れる様に”

「まだ何処も不穏だが……いつかは必ずな」
 ひとつの争いが収まれば、また別の争いが起こる。そうやって延々くり返される戦いに、どこかで必ず終止符を打たなければならない。
 弱きを護り、命を繋ぐ。
 そのためにどんなときでも顔を上げ、戦い抜くと誓ったのだからと。
「じゃあ最後はアキですねぃ」
 彼女が選んだのは、蒼い大きな短冊。そこに彼女らしく大きく、たおやかな字でしたためた願い。

  ”鳳家の家内安全・健康祈願”

「幸せに皆で暮らしたいのですよぅ☆」
 のぞきこんだ静矢は納得した様子で。
「成る程、蒼姫らしいねぇ」
 多くの家族を抱える彼女にとって、彼らの幸せを祈り、実現することは何よりの望みでもある。常日頃から家族を護るために奮闘する妻を、静矢は誰よりも知っているから。

 短冊をつるし終わったら、天の川の鑑賞会。
「綺麗な星空ですねぃ☆」
「うむ綺麗な空だ……晴れて良かったねぇ」
 澄んだ夜空にはあまたの綺羅星がひしめき合うように瞬いている。皆で夏の星座を探しながら、風禰はふと。
「カマキリは居ないなの?」
「いなければ作ればいいんだよ。それがカマキリ族の使命なんだよ!」
 そんなわけで、カマ二人は夜空の星々を繋げてカマキリ座に仕立てていく。そんな彼女達を見守りながら、静矢と蒼姫は穏やかな時をしばし過ごす。

 そして、取材を行っていた女学生ルビィは、最後に自分も願いごとをしたためることにした。
 緋色の短冊を選ぶとしばし黙考。
 かっと目を見開くと、おもむろに筆を走らせた。
「俺の願いはこれしかねぇ……!」

 ”いつかメー様(メフィストフェレス)のヌードが撮れますように”

 少年よ、大志を抱き過ぎじゃないのか(まがお)。
 全参加中最も壮大な願いは、果たして届く日が来るのか。彼の今後に期待が止まらない。


●屋台エリア

 最初にこのエリアを訪れた【SST】メンバーは、立ち並ぶ屋台を前に感嘆の声をあげていた。
「おお、凄い数の屋台だなぁ」
 定番のものから、見たことのないものまで。世界各地のありとあらゆる店が軒を連ねている。
「本当ね、どこから入るか迷っちゃいそう」
 感心する一機の隣で、真緋呂は既に食べる気満々。そんな彼らの耳に、和紗の声が届いた。
「最年長がご馳走するそうです」
「え、全部奢りなの? じゃあ思う存分食べられるわね!」
 そうなの? と驚くジェンティアンに和紗はしれっと。
「この間、頑張ったから奢ると言いませんでしたか?」
「言った言った」
 続く一機の証言に、ジェンティアンは降参といった様子で。
「くっ……分かったよ。約束は守る! どーんと楽しむがいい!」

 その瞬間、真緋呂の無限胃袋が全力発揮を始めた。

「さあ、食べ尽くすわよ!」
 めくるめくグルメの旅路。
 真緋呂が本気出すと余裕で店が食いつぶされてしまうため、一機は頃合いを見計らって次の店へと誘導していく。
「真緋呂、あっちにモロコシがあるよ。その向こうにはイカ焼きもあるね」
「ん? 本当だ美味しそう!」
 食べる。食べる。
 まるでそれが天命であるかのように、彼女はひたすら食べ続ける。
「は〜美味しいって幸せ♪」
 心底幸せそうな真緋呂を和紗は「平常運転ですね」と微笑ましく見守る。
「よし、次は焼きそばにいくわよ!」
「日本風、タイ風、中華風、ベトナム風があるね。中華風だけでも三種類くらいあるみたいだし、全部食べ比べてみたらどうかな」
「いいわね。そうしましょ!」
 すかさず彼女を導く一機に、ジェンティアンが冷や汗を浮かべながら。
「……米田ちゃん、ちょっと飛ばしすぎじゃない?」
「そうかな、真緋呂的には平常運転だよ。ジェン君の財布の中身? 知らない子だなぁ」
「ぐぬぬ……」
 とはいえ、あんなに美味しそうな顔をされたら、奢り甲斐もあるというもので。
「ま、頑張ったから仕方ないか」
 やれやれと笑うジェンティアンの視線先で、一機は次なるターゲットを狙い定める。
「見て真緋呂。あれトルコのケバブじゃない?」
「本当だ。あれ全部食べてもいいのかな?」
「蓮城ちゃんそれダメ、絶対」
 そんな中、和紗は屋台主の作業に興味を向けていた。
「色々な料理や行程があるものですね」
 世界各地のグルメが集まっていることもあり、珍しい器具や手法を見ているだけでも楽しい。中国すいとんの店では、鮮やかな手さばきで麺を切り投げていく様子をじっと見つめ。
「……練習すれば俺にもできるでしょうか」
 小食な彼女にとって、食べるよりもこういった方面に興味が向くのは自然なことなのかもしれない。


 増え始めた人通りを見て、歌音は少しだけ気合いを入れた。
「さて、そろそろ忙しくなるね」
 溶いた卵と牛乳、ホットケーキミックスを混ぜると、熱したたこ焼き器に生地を流し込んでいく。
「鈴カステラってあんまり見なくなったよねー」
 たこ焼きは定番だしと、懐かしの味を提供することにした。
 ふつふつと気泡が出てきたらひっくり返し、グラニュー糖をかけてまた少し焼く。こんがりと焼き色がついたら手早く取り出して。
「追いグラニュー糖をかければ……できあがりっと」
 ふっくらとした仕上がりに、満足げに頷く。今回はアレンジ品にハチミツ入りのも作る予定だ。

 同じ頃、佳槻の店にもぽつりぽつりと客が訪れ始めていた。
「いらっしゃい。どれにしますか?」
 用意したのは、どれもちょっとしたこだわりが感じられるメニュー。
 牛乳氷に練乳をかけたものや、オレンジを凍らせたもの。大人向けには吟醸酒氷に、お好みでレモン汁や梅酒氷を準備してみた。
「あ、ちなみに牛乳と吟醸酒の氷には、ランダムで薄荷氷が仕込まれています」
 そんなサプライズも、心にくい遊び心。ついでに水風船のおまけもどうぞ。

 カステラが焼き上がって間もなくした頃、歌音の店にある客が訪れていた。
「ああ、教授こんばんは」
 いつの間にかアオザイから漢服に着替えたミラ・バレーヌが、湯気の上がるカステラに瞳を輝かせている。
「美味しそうだね! ひとつお願いしてもいいかい?」
 歌音は焼きたてを袋詰めしながら、オレンジジュースも勧めてみる。
「うちのは生搾りだから美味しいですよ」
「本当かい? じゃあそれもお願いするよ!」
 注文を受けた歌音は、手慣れた様子でオレンジをジューサーに入れていく。攪拌が終わると氷を詰めたポットに移し入れ、最後にシロップで味付け。
「暑い夏には、とても効きますよ」
「おお、これもとても美味しいね……! 何より香りがとてもいいよ!」
 その時、ミラの後方から低い声が響いた。
「私もひとつ、もらおうか」
「おお九重君! ここのかすてらすごく美味しいよ!」
 現れた和服姿の九重誉は、ええと頷いてみせ。
「いい匂いがしたましたのでね、つい」
 歌音に勧められ、ハチミツ入りを選択。
 焼きたてを口にすると、いつもの仏頂面がふわりと和らいだ。
「……ああ、これは美味いな。懐かしい味がする」
「でしょう。結構自信作ですから」
 そこで誉はふと、歌音が着ている巫女服に目を留める。
「……ところで、鴉乃宮はなぜそのような格好を?」
「ああこの服ですか? 可愛いでしょう?」
 飄々と応える歌音に、ミラがうんうんといった様子で。
「とっても素敵だよね! 僕も着てみたいよ!」
「ああ、先生ならよく似合いそうです」
 誉は歌音を見て、ミラを見て。
(……ここにある真実を知ったら、ショックを受ける者は多そうだな)
 はた目には、可愛らしい女の子同士の会話。

 だが、全員男だ(まがお)。


 一方、ひたすら踊り続けていたサンバ・ラファルは、知った顔が歩いてくるのを発見していた。
「おーお前らも来てたんだなー」
「えっラル!?」
 親友のあけびとその叔父藤忠が、目を丸くしてこちらを見ている。
「……その格好すごいね? あ、でも似合ってるよ!」
「あんがとなー。せっかくだから、あけびちゃんと藤忠も踊ろうぜ」
「え、俺もか? いやちょっと……」
 丁重にお断りしようとする藤忠を、ラファルは問答無用で引きこむ。
「ばっか、こういうのは乗ったモン勝ちなんだよ」
 そう、今なら魔法の言葉『祭なら仕方ない』が使える状態。少々のやっちまった感など皆忘れてくれるつまり!

 \みんなで踊れば怖くない!/

「もう俺、ヤケクソ気味に踊っちゃうもんね」
「ヤケクソ……? ま、まあいっかうん、踊っちゃおう! ほら姫叔父も!」
「(無我の境地)」

「飯・飯・MESHI…もはや食べ物しか見えないなの!」
 めくるめく魅惑グルメの数々に、ペルル・ロゼは瞳を輝かせていた。
 フレンチ、中華、イタ飯に各種アジアンフード。
「食べて食べて食べまくるなの〜♪」
 フードファイター級の食欲で、屋台飯のコンプリートを目指す。
 最初の店に入った彼女は、山盛り肉まんを前に戦闘態勢になった。
「腹は減っては戦ができぬなの」
 彼女にとっての戦は、ただの戦では無い。
 一部人種にとって夏の最大イベント……たる★同人即売会★に備えて、力をつけなくてはならないのだ!
「どれも美味しいなの〜!」
 ふわっふわの食感に伸ばす手が止まらない。
 服を汚さぬようあっという間に肉まんを食べきると、すぐさま別の店へと移動する。
「次いくなの次〜っ」

 同じくディアンドル三人娘も、立ち並ぶ屋台に食べる気満々。
「民族のフェスなんだから色々あるよね! 激辛食べる!」
 藍のお目当てはタイ料理の屋台。唐辛子をふんだんに使った激辛料理を制覇するつもりだ。
「タイと言えば、世界三大スープのトムヤムクンだにゃ!」
 運ばれてきた料理にユリアが歓声を上げた。赤いスープに浮かぶ大きなエビやパクチー、そして何より独特のスパイシーな香りが食欲をそそる。
「辛酸っぱくて美味しいー! 海老の香りがたまらないね!」
「あぁ。これは温かくて……いいね」
 幸せそうな藍の隣で、夏雄もゆっくりと異国の味を楽しむ。
 たまにはこんな賑やかな中で食べるのもいい。卓を囲むのが気心知れた友人なら、尚更だ。

 タイ料理を楽しんだあとは、あちこちの屋台を気の向くままに食べ歩く。
「鈴カステラはあるかな……」
 そう呟く夏雄の視線に、歌音が開いている店が目に入った。
「いらっしゃい。おや、可愛らしい三人組だね」
「ありがとう。ひとつ、もらえるかい?」
 ハチミツ入りのを勧められ、そちらを購入。焼きたてを詰めてくれたらしく、受け取った袋は温かかった。
「ふむ……これは――いけるね」
「だろう?」
 優しい甘みと、外はかりっ中はふわっとした絶妙な焼き加減。
「あ、夏えもんの鈴カステラ美味しそう☆」
 ユリアが横からパクリ。
「うま! こんな美味しいの初めて食べたかも!」
「えっ私も食べる! なっちゃんいい?」
 藍もひとつ口にしたとたん、ほわわと頬を緩ませ。
「美味しいー! ああもう幸せ……!」
 こんなに喜んでもらえるなら、作った方も甲斐があるというもので。

 歌音特製カステラをつまみつつ、藍はふと問いかけた。
「ねえユリもん、ドイツ料理っていうと、やっぱりソーセージ?」
 その言葉に、ユリアはもちろんといった様子で頷く。
「うみゅ、せっかくドイツのお衣装着てるんだもん。やっぱりジャーマンソーセージは外せないよねん☆」
 というわけで、者どもGO☆
 ドイツ屋台を見つけると、ユリアは笑顔で指を三本掲げる。

「おっちゃん、ソーセージ30本ヨロ!」

 3本じゃなかった!(
 ドイツソーセージ定番のテューリンガーを始め、スパイスやハーブを練り込んだニュルンベルガー、ドイツ語で”白いソーセージ”という意味のヴァイスヴルストなど、各種ソーセージをまとめてゲット。
「あとリンゴ飴も欲しい!」
 藍の言葉によっしゃと、リンゴ飴屋台へGO☆

「おっちゃん、リンゴ飴30本ヨロ!」

 3本じゃn

 一方、カステラを食べ終えた夏雄は、のんびりと次に食べるものを散策していた。
「あとは何か温かい食べも――あぁ、二人とも……」
 戻って来たユリアと藍の荷物に、夏雄は一瞬目が点になる。
「えへへ……ちょっと買いすぎちゃったかも」
 買いすぎたってレベルじゃ気がするが、彼女達にとっては平常運転。
「まぁ、楽しそうで何よりだ。……荷物持とうかい?」
「みゅ、夏えもんありがと☆」


「ほう。これだけ店が連なると、なかなかに壮観じゃのう」
 立ち並ぶ屋台を眺め、翠蓮は感心した様子で頷いた。
 ならば食べ尽くさねばなるまいと、ふらりと店に立ち寄っては次々に各地のグルメを賞味していく。
 黄色に染まったジャガイモとカリフラワーを口にし。
「おお、これはインドのアルーゴビか。……ウム、よく利いたスパイスの中にレモンの爽やかな酸味が合わさって、何とも言えぬ味わいを醸し出しておる」
 続いて南米風の屋台では、大きな餃子型のパンを購入。
「ほう、こっちはペルーのエンパナーダか。南米のミートパイといったところじゃが、ここで食べられるとはのう」
 翠蓮は長くこの世界で生きてきたことに加え、本来の趣向も影響しているのだろう。食に対する知識と味覚はかなりものである。
「これは初めて見るのぅ……?」
 視線先にあるのは、黒くてぐにょんぐにょんした謎の物体。一体原材料は何なのか、そもそも食べ物なのかさえもよくわからない。
 ……でもなんだろう、この食べてみたくなる感じ。
「――ムムッ、この味は…!」
 試しに口にした翠蓮の瞳が、かっと見開かれる。
「まったりと濃厚でありながら、口の中で爽やかなハーモニーを奏d(以下略」

 海はずらりと立ち並ぶ屋台を数えながら、しばし思案していた。
「これだけ並ぶと壮観だけど、どこに行ったらいいか迷ってしまうね」
 さすがに全部試すのは難しいと判断し、肉をメインにした屋台へ向かうことにする。目に付いた店を覗こうとしたころで、店先に張り付く人影を発見した。
「ええと……ミラ教授? でしたっけ。こんばんは」
 声をかけられたミラ・バレーヌははっとした様子で振り返る。
「やあ、龍崎君こんばんはだ!」
「ここで何してるんですか」
「屋台の料理が美味しそうなんだけど、どれするか迷ってしまってね……! 今真剣に悩んでいたところなんだよ!」
 聞いた海は成る程と頷いてから。
「なら一緒に食べ歩きませんか? 皆で分け合った方が色んな種類のものを食べられるでしょうし」
「おお、それはぐっどあいであだね!」
 そんなわけで、二人はしばしの間共に屋台を渡り歩くことになった。最初のターゲットは、巨大な鉄串に刺さった、炭火焼きの肉。
「これはブラジルのシュラスコだね。あっちのはトルコのケバブかな?」
 試しに注文してみると、店主が食べたい量だけを切って皿に盛ってくれる。
「ふぉふぉほへはほひひいへ!(おおこれは美味しいね!)」
 ミラのいうとおり粗塩を振った肉はジューシーで香ばしく、思った以上に柔らかかった。ビナグレッチ・モーリョと呼ばれるビネガーで作られたソースと合わせると、さっぱりと食べられるのもいい。
「あっという間に食べきっちゃいましたね。じゃあ次はケバブに行きましょうか」
 その他にもタンドリーチキンやローストビーフ、プルコギに牛串など、ありとあらゆる肉料理が食欲をそそる香りを放っている。


 一方、屋台エリアに到着した華子の目には、何やら怪しい光景が映っていた。
 広い会場を超低速で移動する牛……もとい、ラーメン屋台。
「としおさん見つけたっ!」
「わっ華子!?」
「も〜探したんだから。やっぱり、ラーメン売ってたんですね!」
 案の定すぎてすぐ見つかったとはいえ、一緒に連れていってほしかったのに。
「私を置いてくなんてひどいよも〜!」
「も〜」
 突然鳴き声をあげた牛に、としおが慌てて声をかける。
「あ、こら花子!」
「えっ」
「あ」
 としおと牛を交互に見比べた華子は、まさかといった様子で。
「もしかしてこの牛、”はなこ”っていうんですか?」
「あーいや。たまたまかぶっちゃってさ」
「むむむ……牛の名前に悪意しか感じない」
 そもそも自分の名前であるマーヴェリックとは、”暴れ牛”の意なのだ。
 つまり、私は牛ってこと?
 いや、この牛が私ってこと?
 ううん、そんなことはどうでもいい。いやどうでもよくはないが、大切なのはそこじゃない。
 華子は牛をじろりとにらみ、きっぱりと宣言した。
「としおさんは私のだからね!」
 まさかの!
 ライバル認定された花子(牛)は、モォ〜と鳴きながら口元をもひもひさせている。
「ま、まあそう怒らないで。ラーメン売り終わったら、華子をデートに誘おうと思ってたんだ」
「……ほんと?」
 ぱっと明るくなった瞳に、としおは笑顔で頷いてみせる。
「だから、華子も一緒にラーメン売ろう!」
「わかった、私も頑張ってラーメン売りますね!」
 無事、ラーメンで仲直りである(ぶれない)。

 拓海と葉月は二人はデートがてら、あちこちの店を回っていた。人波にはぐれないよう、手を繋ぐのも忘れずに。
「それにしても色んな店があるな」
「うんうん。花より団子って訳じゃないけど、普段見ないようなものってやっぱり気になっちゃうよね」
 スパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、見たことのないお菓子がずらりと並ぶ屋台ではつい足を止めて見入ってしまう。
 飴細工のお店を見つけた拓海は、飴好きの葉月を誘って入ってみる。
「うわーすごい!」
 職人が熱で伸ばした飴を、小さな器具ひとつで様々な形に変えていく。その手つきがあまりにも鮮やかで、まるで手品でも見ているかのようだ。
「うーん金魚とうさぎ……どっちがいいかな?」
 悩む葉月を見て、拓海は思わず笑いながら。
「じゃあ俺がこっちを選ぶから、途中で交換すればいいんじゃないか?」
「いいの? じゃあそうする!」
 喜ぶ葉月を微笑ましく見守っていると、知った顔が通りがかるのに気づいた。

「旅人さん」
「ああ、拓海君こんばんは」
 声をかけた西橋旅人(jz0129)は、鷹匠姿で黒鷹を連れていた。
「来てたんだね。隣は彼女さんかな?」
「あ、はい。天宮葉月です」
 ぺこりと頭を下げる彼女に、旅人も挨拶を返す。
「西橋です、よろしくね。拓海君にはいつもお世話になってるよ」
「旅人さんは、東平さんと来ていないんですか?」
 拓海の言葉に、旅人はああと言った様子で。
「誘ったんだけどね。ほら、”目”のことがあるから」
「ああ、成る程……」
 東平真咲の目は、悪魔に繋がっている。そのせいで、彼女は旅人の元から長年姿を消していたのだった。
「皆に迷惑をかけたくないからって、断られちゃってね」※ちなみに隼人には、野郎と行くなんてまっぴらごめんだと言われた
「気にするなと言っても……彼女の性格なら仕方がない気がしますね」
 拓海の言葉に、話を聞いていた葉月も迷いつつ。
「真咲さんの気持ちは分かる気がします。私が同じ立場でも、断ってたかも……」
 相手を大切に想うからこそ、危険にさらすようなことはしたくない。こういう場なら尚更だと。
「なんとか、解いてあげられればいいんだけど」
「方法はないんですか?」
 二人の問いに旅人はうーんと唸り。
「太珀先生には聞いてみたんだけどね。術者が解くか死ぬか……それ以外に方法があるのなら、術者本人に聞いてみるしかないって」
「カーラか……」
 拓海の表情がやや険しいものに変わる。あの悪魔の性格上、とても答えるとは思えないからだ。
「あるいは、彼に近しいひとなら――」
 そう言いかけて、旅人はスマホを取り出した。
「ごめん、呼ばれたみたいだから僕はここで」
「あ、はい。わかりました」
 去り際、葉月に向かって穏やかに笑んでみせた。
「僕の友人を、これからもよろしくね」


 ラファルと別れたあけびと藤忠は、各地のグルメを堪能していた。
「たこ焼きってバリエーション豊富だね! 揚げたこってすごく美味しい!」
「こっちの牛タンもよいな。日本酒にもビールにもよく合う」
 そう言ってグラスを空にする藤忠は、まるで水でも飲んでいるのかという勢いだ。
「姫叔父ったら、またこんなに飲んで……!」
「いいだろう、祭なんだから。こう言うときは飲むに限る」
 心浮き立つ音楽に、あちこちから聞こえてくる笑い声。こういった喧騒の中で飲む酒はまた格別で。
「いいなあ。こういうとき美味しいそうにお酒を飲む人を見ると、羨ましくなるよね」
「お前はあと四年待て。ほら、つまみわけてやるから」
「やったー姫叔父ありがとう!」

 その時、見知った顔が通りがかるのに気づいた。
「あ、仙也君だ!」
 手を振る先で、友人の仙也がああといった様子で近づいてくる。
「どうも。二人揃って、相変わらず仲がいいですね」
「仙也も一緒にどうだ? 牛タン美味いぞ」
「そうですね。俺はタコス買ってみたんで食べますか?」
「食べる食べる! こっちの揚げたこ焼きも美味しいよ。あとこれ!」
 ばーんと差し出した皿には、何やら黒くてぐにょんぐにょんした物体が乗っている。
「え、これなんですか」
「よくわからないんだけど、珍しそうだから買ってみた!」
「一応言っておくと、俺は止めた」
 藤忠の言葉に仙也はなるほど理解したといった様子で。
「あけびさん想像通りチャレンジャーですね……俺は遠慮しときます。食べるところは見たいですが」
「もう、みんなチャレンジ精神が足りないんだからー。じゃあ私食べてみるね!」
 二人の視線が注がれる中、あけびは謎の物体をぽいっと口に入れた。
 もぐもぐ。
 もぐもぐ。
 ……
 …………
 ………………あれ?
「結構美味しい。私これ好きかも!」
 意外な反応に、藤忠が思わず問いかける。
「どんな味がするんだ」
「そうだなー。ジャングルの奥地で出会った謎の部族が門外不出の食べ物だよって三日三晩かけて作ってくれた感じ」
「全然わかりませんね」
 真顔でツッコんだ仙也は、まじまじと物体Xを見つめる。
「……ですがちょっと、食べてみたい気もしますね」
「仙也もか。……実は俺もだ」
 見た目は完全にアウトなのに、何故か心惹かれるこの感じ。
 普段なら絶対避けるのに、旅先だとなぜか食べてみたくなるあの感じ。

 未知のグルメ、恐るべし。


 その頃、氷雅と雫は目に付いた店をはしごしながら、気ままに食べ歩いていた。
「このミーゴレン(インドネア式焼きそば)美味しいですね」
「ああ。何で味付けしているのかよくわからないが……クセになる味だな」
 その他にも氷雅のおごりでラッシーやトルコアイスを賞味していると、やたらでかい毛むくじゃらが歩いてくるのを発見する。
「あれは……なんでしょう」
 近づいていくと、こちらが声をかけるより早く中から声が響いた。
「ぬっ……貴様らは!」
「ん? その声もしかして……」
 氷雅が言い終わるより早く、相手はやたら嬉しそうに応えた。
「なすっぴー一族ではないか!」
「……その認識が間違っているとは言わんが。一応俺の名は咲村という」
「水無瀬です。先日は種子島でお世話になりました」
 改めて自己紹介をする二人を見て、相手はひどく感心した様子で。
「そうか貴様ら、今日も世を忍んで活動しているのだな? 俺様もここのしきたりに従ってはみたのだが……やはり貴様らに至るまではまだまだのようだ」
 二人はシスの凄まじくどうでもいい話に付き合ってから。そう言えばと、互いに目配せする。
「雫から聞いているぞ。お前見かけによらず、なかなかやるな」
「ええ……私も驚きました。少し恥ずかしかったですが」
 彼らの言葉に、シスの声が怪訝なものに変わるのがわかった。
「ちょっと待て、一体何の話をしている?」
「雫と……いや、ここでいうのはやめておこう。仮にも女性の前だ」
 対する雫はシスから視線を逸らすと、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あんな(落とし方をする)のは初めてでした……とても(その後の攻撃が)痛かったです」
「ぬお!? いや、ちょ、貴様なにを言っているのだ」
「そうか……シス、男として責任を取るべきだな」
 氷雅の言葉に、毛むくじゃらの中身がみるみるうちに沸騰寸前になっていく。
「ふふ巫山戯るな! 俺様はそこの女に抱きつかれただけだ! そのようなはははは破廉恥なことをするわけがないだろう!!!」
「え、どんな破廉恥なことなんです?」
「俺にわかるように説明してくれ」
「〜〜〜!!!!」
 ぷるぷると震えながら絶句する相手を見て、氷雅はあっさりと告げる。
「冗談だ」
 たぶんきっと間違い無く、彼は毛むくじゃらの奥で涙目になっていることだろう。雫がなるほどと言った様子で。
「氷雅さんからお聞きしていたとおり、シスさんは弄られると喜ぶんですね」
「いやこれが喜んでいるように見えるのか!?」
「割と」
「割と」
 すっかり脱力した様子のシスに、雫はそういえばと。
「ベロニカさんはお元気ですか?」
「ぬ? あ、ああ……息災だ」
 若干含みがあるような物言いに、氷雅が問いかける。
「何か気になる事でもあるのか?」
「なぜ俺様をここへ……」
 言いかけて、慌てたように口をつぐむ。
「いや何でも無い。俺様はもう行く」
 去ろうとする背に、氷雅は呼びかける。
「シス、また会うのを楽しみにしている」
「私もです」
 二人の言葉を聞いたシスは、沈黙した後。いつもの調子を取り戻したように言った。
「邂逅の機会はいずれやってくるであろう。それが宿命であるならばな」



●幻灯+@


 このエリアを訪れたマキナとメリーは、ライトアップされた花並木に感嘆の声を寄せていた。
「お兄ちゃん紫陽花綺麗だね!」
「ああ。綺麗だな」
 柔らかな灯に照らされた紫陽花は、昼間見るものとはまた違う趣を感じさせる。宵の中に浮かぶ花々をメリーは見つめつつ。
「紫陽花を見ると、色んなことを思い出すな……」
 嬉しいことも、悲しいことも。
 ぽんと頭を撫でられ振り向くと、マキナが何も言わず微笑んだ。メリーも微笑い返すと、紫陽花の上に吊られた灯籠を指し。
「あ、見て! お兄ちゃんこのランタン凄い!」
「そうだな。いろいろなランタンがあって楽しいな」
 煌びやかな装飾に、大きな瞳がさらに輝く。そんな妹に相づちを返しつつ、マキナは周囲へと視線を泳がせていた。こんな夜は、何だか知った顔に出会いそうな予感を覚えつつ。


 縁とゆかりは、紫陽花が見えるガーデンテラスでのんびり食事を取っていた。
「ああ、こりゃあ美事だねぇ」
 満ちる星と澄んだ大気と。
 灯籠の合間を横切る華麗な衣装に、思わず目を奪われてしまう。
「紫陽花と灯りと民族衣装って、不思議な組み合わせね」
「そうだねぇ。こうやって眺めてると、本当に違う世界に来たみたいでさぁ」
 柔らからな光りの中に浮かび上がる紫陽花は、いつになく幻想的で心を惹きつける。
 なんとなぁく感じる、悪友や兄貴分たちがはしゃいでいる気配に、笑みを漏らしつつ。
「縁さんはい! あーん」
「えっ……あ、あーん」
 ゆかりから差し出されたミートパイを、縁はぱくりと口に入れる。
「美味い……けど、どうも照れるねぇ」
「いいじゃない。せっかくのデートなんだから♪」
 そう話すゆかりも今夜はどことなく照れているように見えるのは、光の加減だろうか。
 楽しそうにしている彼女を、縁は微笑ましく眺めながら。
(そういやこの衣装、ゆかりにこれがいいと言われたんだよなぁ)
 その時はあまり気にせず、言われるがままに選んだのだが。
(……なんというか、花嫁衣装とかにもなるのかねぇこれも)
 つい先日、今の関係の『先』へと踏み込み始めたばかりで、妙に意識してしまう。そのせいか今夜はちょっとしたことでいちいち照れてしまい、彼女に挙動不審だと思われてないかが少し心配だ。
 縁のそんな心配をよそに、実はゆかりの方もあれこれと考えていた。
(……私の衣装、ヴェールがとても綺麗で……ちょっと先の話を意識しちゃった)
 やはり女性にとって、白のヴェールというのは特別な意味を持ってしまうもので。
(思いきって選んでみたんだけど……縁さん、気がついてくれるかしら?)
 ここで言うべき最適な言葉を、皆さんにお伝えしておこうと思う。

 ごちそうさま。


 ミハイルと沙羅は、花火会場中心部からは少し離れた、比較的静かな場所へと来ていた。
「ここなら、ゆっくり花火を楽しめそうか」
 辺りは外灯も少なく、自分たち以外に人影も見あたらない。二人は持参した手持ち花火をしながら、ゆったりとした時間を楽しむ。
「それにしても、凄い星の数だな」
「ええ。天の川が見られる場所って、今では少ないですものね」
 見上げた先では、数え切れないほどの星が夜空を覆い尽くしていた。瞬きをすれば星が流れ、二人はつい呆けたように見入ってしまう。
「そう言えばミハイルさん、星座については知っていますか?」
「夏の大三角形くらいは分かるぜ! ……で、どこだ?」
 星が多すぎてまったく分からない。
「あれですよ、今見ているよりもう少し横に……」
 沙羅はくすくすと微笑みながら、ミハイルの手を取り東の方向を指さす。
「あのひと際明るい星が、こと座のベガ。織姫星ですよ」
「よし見えたぞ! あの一番明るいやつだな」
「ええ。そこから天の川を挟んで右下に見えるのが、わし座のアルタイルです」
 説明を続ける沙羅の表情は楽しそうで、ミハイルもつい聞き入ってしまう。今まで興味を向けていなかった星が、とても素晴らしいものに思えてくるから不思議だ。

「そうだ、沙羅。星座を教えてくれたお礼に、ちょっとこれ見てくれるか?」
 そう言ってミハイルは周りへの影響を配慮しつつ、炎の玉を打ちあげた。
 ピアノのような軽快な音と共に、色とりどりの花火が開いていく。夜空に咲いた花々はやがて虹色のグラデーションに変わり、きらきらと余韻を残して宵に吸い込まれていった。
「とても素敵です、ミハイルさん凄いわ」
「スイートピーに似せたのだが……どうだろう?」
 花が好きな彼女のために、実はこっそり練習してきたのだ。
「勿論、ちゃんとお花に見えましたよ」
 そう絶賛する沙羅はいつもよりもはしゃいでいるようで。それがミハイルにとってたまらなく嬉しかった。

 一方、花火会場へ向かっていたマリアとリリアードは、何やら怪しげな物体を発見していた。
「マリア、なぁにそれ?」
 ぱっと見2m以上はあろうかという、全身毛むくじゃらのクケリ。思わず近づいて抱きついてみると、中から「ぬわああ!?」という声が届く。
「誰かしら、くせになるもふもふっぷりね」
「やだ、すごいもふもふ! これは素敵なもふもふネェv」
 二人でクケリ挟み全身でもふもふ味わっていると、再び悲鳴が上がった。
「ぬわあああああおいやめろ離せ!」
 中の人はご存じ中二思春期天使。セクシーお姉さまたちの抱擁は、刺激が強すぎたようだ。
「あら、天使さん? ふふ…可愛い子は大好きよv」
 マリアはにっこり微笑んでから、あれこれと質問してみる。
「ねぇ天使さん、あなたっておいくつ? どんな女の子がお好み?」
「な、なんでそんなことを聞くのだ」
「だって、可愛い子の好みって知っておきたいじゃない?」
 そう言ってもふもふをつつくと、相手はたじたじ。
「べ、別に好みのタイプとかそういうのはない」
「あら、じゃあ来る者拒まずなの? あなたも隅に置けないわねェ」
 リリアードの言葉に慌てたように。
「ちちちち違う! 俺様は今、女に現を抜かしている暇などないということだ!」
「うふふ、照れちゃってかわいいわぁv」
「ぎゅうっとしちゃいましょv」
「ふおおおおおおおおお」
 耐えきれなくなったシスは妙な叫び声を上げると、転がるように逃げ去って行く。
「あら行っちゃったわぁ」
「お持ち帰り出来ないだなんて残念ネェ…」
 そう言って二人は楽しそうに微笑んだ。


●ロケット花火会場

 会場に、一陣の風が吹き抜けた。
 この地で開催されるのは、ギリシャで行われる『ロケット花火祭』を模したもの。
 要するに、ひたすら花火を投げ合うだけの祭――で終わらないのが久遠ヶ原である。

「いざ、尋常に!」

 スタートの合図と共に、会場のあちこちで一斉に戦いが始まる。
 まず最初に動いたのは、最大勢力【PTH】のメンバー。

「やられる前にやるの精神や!!」
 開始直後、めっちゃ素早い動きで地を蹴ったゼロが、開幕爆撃を開始した。

 俺にはわかる
 あいつらはルールの隙間をこじ開けて破壊するんだろう?
 雨とか降るんだろう? だいまおーが無慈悲な事するんだろう?
 へーかがPTHするry

「だが俺は攻める! 特に諏訪! お前だけは絶対に狩る!」
 装備したガトリング砲に、無数の花火を装填。なんかもうめっちゃ凄い勢いで連射していく。
 だがしかし、煙幕が晴れた場に諏訪の姿はなかった。
 どこに行ったとゼロが思う間も無く、頭上から勢いよく花火が降ってくる。
「あっつううううど、どこからや!?」
「鳳凰さんありがとうなの……」
 いつの間にか鳳凰を召喚していたりりかが、こくりと頷いた。ばっさばっさする鳳凰に花火を巻き上げさせてそのまま着火GO☆
 無差別&無軌道に飛んで行く花火が、地上のぐみんどもを襲う!
「ちょおおおおやべえええ」
 降り注ぐロケット花火に、愁也は慌てて盾を活性化する。しかしあっちこっちから飛んでくる花火の数に、とても全ては防ぎきれない。
「さすが華桜さん。見事な無慈悲ぶりです」
 同じく盾を活性化させた遥久は、成る程といった様子で頷いた。
 流れ弾ならぬ流れ花火から自身と旅人を護りつつ、「大変参考になりますね、西橋殿」と余裕の表情。
「おい感心してる場合じゃねえだろ遥久! っていうかギャー頭の羽根飾りが燃えるううううう」
「さすが期待を裏切らないな、愁也」
「あ、髪も燃えてるよ愁也君」
「GYAAAAAA」
 
 同じ頃、広い会場内ではあちこちでゲリラ戦が勃発していた。
 両手に大量の花火を抱えた白ゴリラ(チルル)が、会場内を駆け抜けていく。
「あたいももちろん参戦するわよ!」
 『参加』では無く『参戦』、ここ大事なところ。

 \ 戦 争 だ ー /

 血湧き踊る戦いを! 一心不乱の大戦争を!
 目についた参加者へ片っ端から花火を投げつけていく。

「ノーロケット花火・ノーライフよ!」

 え? 火力が足りないって?
 よろしい、ならばさらに花火を追加だ!

 その時、やたらめったらデカいナニカが会場内に転がり込んできた。
「そこのけそこのけ!“お偉方”のお通りだ!」
 声の主はセーラー戦士☆明。
 彼が乗っかっているのは”The Great Panjandrum(お偉方の意)”、英国試作の100km/hで突撃するボビンの親玉……要するに、地上を走る爆雷らしい。
「はっはっは。やはり祭はこれくら派手でないとねぇ!」
 巨大ボビンへ器用に乗っかる明は、ミニスカをはためかせ愉快そうに笑う。
 車輪部分に多数のロケット花火をセットし、あうる力(笑)で走らせ見事再現。些細な凹凸で鋭角ターンをしながら、次々に花火を散布していく。

 もう既にガチ(で馬鹿)な人間しかいない状態だが、祭はまだまだ始まったばかり。

 同じ頃、縮地で爆心地から速攻離脱したエルナは、やや離れたところから状況を観察していた。
「こういうのはね、うまく立ち回らないといけないのよ」
 主に穏便に殺やられる的な意味で。しかしその背後で、笑う影があった。
「開始早々面白くなってきた、な」
「!? いつの間に」
 アロハ★アスハが現れた瞬間、辺りを光が包み込んだ!
 \ぺかー/
「ちょっ、眩しい! 眩しいわよこれ!」
「暗いよりはいいだろう? 闇に何が紛れているかわからないから、な」
 トワイライトを展開した彼は、明順応を戦略的悪用。
 明かりが消えた途端、エルナへ零の型で回り込むと一気に片をつけ――
「……!?」
 急激な眠気に襲われたアスハとエルナは、その場に倒れ込む。閃光や煙幕に紛れて陣を展開していた胡桃が、沈んだ二人をにっこりと見おろした。
「危ない所だったわ、ね」

 他方、開始直後に逃走潜伏していた古代は、どうやってこの先生きのこるか思案していた。
 当初の目論見は以下の通り。
(ゼロ、加倉さん、小野君……確実に倒されるのはこの三名、だろう)
 つまり彼らは潜在的な味方でもある。それ以外はすべて敵とみなし、優先度を付けていた。
(用心すべきは、試合前から罠を仕込む櫟さん。そして詰める闘い、ガチ勢アスハさんのツートップ)
 手を組み、先手を打って、彼らを倒す。
 狙うは不意打ち先制攻撃――

 だがしかし、彼らは初っぱなからばらばらだった\(^o^)/

「くっ……まさかゼロが速攻突撃を仕掛けるとは!」
 開幕爆撃かーらーのだいまおーテロ()に、危うく自分まで巻き込まれるところだった。
「加倉さんはいつの間にかいないし、小野君は――」
「古代さん俺はここやで!」
 物陰に潜んでいた友真が、ぶんぶんと手を振っている。
「聞いて古代さん、俺あっすんと遥久さんのマーキングに成功したん」
 諏訪には逃げられてしまったが、それでも上々の成果と言えるだろう。
「よし、その情報を元にこの絶望を乗り越えよう」

 だが彼らは知らない。
 このとき、既に渦巻き始めていた陰謀と。
 彼らのを位置を常に把握している存在がいたことを――


 後半へつづく!



●様々な地で、様々に


 各エリアが一層の盛りあがりを見せ始めた頃、ミラと別れた海はしばし思案していた。
「つまり、あの毛むくじゃらは天使ってことか……」
 偶然氷雅達のやりとを見かけ、クケリの中身が従士シスだということに思い至っていたのだ。
(うーん無理かもしれないけど……一応声をかけてみるか)
 クケリの後をつけていた海は、思いきって肩を叩いてみる。
「すみません。さっきのやりとりを見ていたんだけど、騎士団のシスさんだよね?」
「ぬっ!? ああ、そうだが……何か用か」
 今さら隠しても無駄だと分かっているのだろう。意外にも相手はあっさりと認めた。
「もし可能ならでいいんだけど。今の姿を写真に撮られてもらえないかな」
「写真? 何故だ」
「君達が元気にやっているところを写真に収めて、オグンの墓に届けてもらおうと思ってね」
 とはいえこの格好を撮ったところで、シスと判別できるかは怪しいものだが。
 海の説明に警戒していた相手は納得した様子だった。一枚だけ写真を撮ると、礼を述べ。
「でも俺、オグンはどこかで生きているんじゃ無いかって思っているんだよね」
 その言葉に、シスは一瞬黙り込んだ。
「……なぜそう思う?」
「そういう噂があるのと……まさかとは思いつつ、俺の希望なのかもしれないなあ」
「希望?」
「いくら敵とは言え、撃退士が命を助けようとしたんだ。死んだほうがいいなんて、やっぱり思えないよ」
 しばしの沈黙。
 相手は何か言いたげだったが、やがて諦めたようにかぶりを振り。
「……その写真が団長の元に届くのを、俺様も願っておく」
「そうだね。俺もそう願ってるよ」
 生きているなら暇を持てあましているだろうし、とは言わなかったけれど。

 一方、七夕祭会場へと移動した一機たちは、皆で願いごと短冊を作っていた。
 それぞれが短冊を前にしばし向き合う。
「んー……私はこれかな」
 そう呟いた真緋呂は、ゆっくりと筆を走らせて。

 ”皆と一緒にずっと頑張れますように”

 そしてその短冊とは別に、もう一枚の短冊をこっそり飾っておく。そこに書かれている言葉は、

 ”ありがとう”

(今、ここに私がいるのは皆のお陰だから)
 学園へ来た頃を思えば、ずいぶん色々なことが変わった。悪魔に対する感情も、自身を取り巻く人の和も。
 自分を変えてくれた人たちへ、感謝の想いを込めて。
 短冊を結び終えたジェンティアンは、時間をかけてしたためていた和紗に声をかける。
「和紗、何書いたの?」
「俺ですか? これです」
 差し出された短冊に書かれていたのは、

 ”女子力向上”
 ”皆に幸あれ”

 それぞれに撫子と向日葵が描かれているのは、絵が好きな彼女らしい趣向。
「竜胆兄は何を?」
 内心で(どうせ俺の事でしょう……)と思う彼女に、ジェンティアンは堂々と。
「僕? ……世界平和(キリッ」
「はいはい」
「わー和紗すっごい適当な相槌」
 そんな彼の本当の願いごとは、

 ”和紗が幸せでありますように”

(まあ、多分ばれてるね)
 苦笑する視線先で、和紗は楽しそうに短冊を結びつけている。
 その笑顔が翳りさえしなければ、それでいい。他に望むものなど、無いのだから。
「そう言えば一機君は何を書いたの?」
 真緋呂の問いかけに、一機はしれっと返す。
「僕? もうとっくに結びつけたから、どこにあるかわからないなぁ」
 とぼけた返答に真緋呂は思わず笑いながらも、それ以上は追求しない。
 彼が皆には見せずにこっそりとしたためたのは、

 ”皆が今年も無事に生き延びられるように”

 今もこれから先も。
 大切な友人達とこうして笑っていられるように。
 皆が願いを、届けられるように。
 そんな想いは、胸の内にそっと秘めて。


 その頃、同じく七夕祭りに来ていたペルル・ロゼも、短冊に願いごとをしたためていた。
「これに書けばいいなの?」
 悪魔である彼女にとって、短冊はあまり馴染みがないもの。興味深そうに観察してから、手にした筆を走らせる。
「しまったなの、間違って妖怪絵筆を使ってしまったなの!」
 直後、描いた文字がみるみるうちに具現化する!


 ==┌(┌^o^)┐


 ※現場が大変混乱しております。しばらくお待ちください※

 気を取り直して、もう一度。
「●●×△△くだs…いや、これじゃだめなの!もっとビッグな夢を!」
 そんな彼女がしたためたビッグな夢は、

 ”いい┌(┌^o^)┐をごっつ沢山見れますように”

 別の意味でビッグな夢だった……!
 満足げに短冊を結びつけたペルル・ロゼは、空へ向かってその熱い想いを叫ぶ。

「どこかに良い┌(┌^o^)┐はないかな〜なの!」

 その願いが届きます……ように(目が泳ぐ)!



●花火大戦

 天の川が南東へ移動してきた頃、人捜し中にこのエリアを通りがかった縁は小首を傾げていた。
「あれっ、ここって戦場だったかなー?(」
 総当たり戦に、ゲリラ戦。闇に潜むヒットマンから、問答無用の特攻野郎まで、あらゆる惨状を眺めつつ。
「これはひどい……見知った屍が…うや、きっときのせいなんだね」
 うん、ここにあのひとはいない。はず。
 縁はそう判断すると早々に場を立ち去る。
「うわぁ。もう完全に無法地帯だね、こりゃぁ」
 花火祭を観戦していた因も、苦笑めいた笑みを浮かべた。
 自身だけで無く弟が世話になっている子達が集まっていると聞いて来たのだが……。
 うん、だめだこれは(確信)。
 対するマリアとリリアードは、ラッシー片手にさも愉しそうに。
「フフ、みんな元気ネェ」
「これからどんな(ひどい)ことが起きるのか、愉しみだわぁv」

 ※

「……よし、今のところ順調だ」
 物陰で潜行中の一臣は、やや安堵の息を漏らした。
 今日のために忍軍へ転科していた彼は、開始直後に煙幕に紛れて速攻離脱。そのまま姿をくらませていたのだ。
(それもこれも、この秘策を実行するため……っ)
 付近の人影がいなくなるのを待って、ばさぁとマントを脱ぎ捨てる。中に着ているのは遥久のものとまったく同じデザインのシャルワニ。
 そしてスキル展開した次の瞬間、一臣は遥久の姿に変化していた。

 一方、開始早々胡桃に昏倒させられたエルナは、なんだかんだで生き延びていた。
「正直詰んだと思ったわよね……」
 直後のPTH殲滅戦で死を覚悟したのもつかの間、遥久の神の兵士(物理)により強制復帰。「まだまだこれからですよ」という微笑みに、この戦いに早期脱落はないのだと悟る。
「エルナさんなの、です?」
 背後からかけられた声に慌てて振り返ると、そこにはりりかの姿があった。思わず身構えるが、見たところ花火は手にしていない様子。
「りりかさんもこっちに逃げてきたの? 他に誰か見なかった?」
「んむ、櫟さんらしき人を見た気がする、の」
「ちょっ……特級危険人物じゃない! どこ? どこにいたの!」
 りりかが指さした方をエルナが見た瞬間。
「油断大敵、なの」
「!?」
 突然彼女は袖に隠し持っていた花火に、素早く着火。エルナが逃げる間も無く、至近距離から発射させていく。
「もうあたい誰も信じないーーー!!!」

 エルナが犠牲になった頃、同じく遥久の神兵(物理)で生き延びていたアスハは、一人でうろつく旅人を発見していた。
「おかしいな、みんなどこに行ったんだろう……」
 呟きから察するに、どうやら(案の定)迷子になっているらしい。
「さすが期待を裏切らない、な」
 ちなみに今日のアスハは誰でも速攻狩りにいくスタイル。迷子だからといって容赦はしない。
 死角から急接近し狙おうした瞬間、突然声が上がった。
「そこにいるのはわかってるよ」
(何?)
 一瞬躊躇すると、立ち止まった旅人は闇をじっと見つめている。
 まさか気づかれたのだろうか。
 アスハが身構えたその時、羽音と共に黒い影が飛び出して来た。
「付いてきたの半蔵? 夜に飛ぶのは危ないから駄目だといっているのに」
 腕に飛び乗ってきた黒鷹に、旅人はやれやれといった様子で笑いかけている。
 彼らの和やかな光景を見届けたアスハは、一呼吸置いて着火済みの花火を蓮撃発射した。

 \まさに外道/

 そんなアスハ@外道と対角線上に位置取っているのが、友真と古代のペア。
「この位置なら遥久さんもおらんはず」
「小野君いいぞ、このままいけば反撃のチャンスが巡ってくるかもしれない」
 マーキング情報を頼りに凶敵を避けつつ、奇襲を仕掛けるのが彼らの狙いだ。
 その時、背後から二人を呼ぶ声が届く。
「二人ともええところに!」
 ナイトビジョンを装備したゼロが、物陰から手招きしている。
「ゼロ、ここで何してる」
「……実はな古代さん。俺は今、カースト下克上を狙ってるんや」
「え、どういうことなん?」
 二人の問いかけに、ゼロは目線である方向を示す。そこには戦場をひとりで歩く――遥久の姿。
「――まさかやる気なのかゼロ」
 相手はまさかのカースト最上位。古代の真剣な表情に、ゼロははっきりと頷いてみせる。
「そうか……お前がやるというのなら、俺も乗ろう」
「古代さん……!」
 なあに、大博打を打つ(て爆死する)ときは一緒だ。
 彼らの中に熱い闘志が芽生える一方で、友真は怪訝な表情を浮かべていた。
(変やな? 俺のマーキング情報によれば遥久さんは……)

「そこの御仁!」

 古代の呼びかけに、相手の動きが止まる。
「……え、古代さんとゼロくん?」
 驚いた表情の相手に、ゼロは獰猛な色をその瞳に浮かべた。
「ここで会ったが百年目やで夜来野さん。今日こそ俺は生き残ってみせる!」
 いざ下克上! 下克上!
「夜来野さん、覚悟ォォォ!!」
「待って二人とも、俺だからァ!」

 \ちゅどーん☆/

「やっぱり、一臣さんやったかー!」
 後方で様子見していた友真が、得意げな声をあげた。
「古代さんとゼロにーやんは騙せても、俺の目は(マーキング効果的な意味で)ごまかせへんで!」
「何ィ、気づいてて黙ってたのか友真!」
 抗議の声をあげる一臣へ、友真は花火を手にふわーはははと笑う。
「ついでに言うとな、俺はずっと協力するフリをしてたん」
「何…だと…?」
「今がまとめて潰すチャンス! ロケット花火のバレットストームやぞ喰らえェ!」
「OH!NO! 小野君裏切ったな!」
「古代さんダジャレ言うてる場合やない!」
 彼らが爆発四散しようとしたとき、友真は身体に何かが当たる感触を得た。
「え、ちょっと待ってこれ何ry」

 \ちゅどーん☆/

「ふー……この瞬間を待っていましたよー?」
 闇から響いた声に、一同は騒然となった。
「この声まさか……!」
 現れたのは、開始直後から姿をくらませていた諏訪。今まで幾度となくその名が出てきたにもかかわらず、一向に行方が掴めなかったのだが。
「一網打尽とは、まさにこのことですねー?」
 そう言って諏訪はにこにこと満足げな笑みを浮かべる。
 人は誰かを狙うときが、最も隙が生まれるもの。彼はその瞬間を狙い、ひたすら待ち続けていたのだ。
「ていうか諏訪君いつから俺らを尾けてたん!?」
「もちろん、最初からですよー?」
 速攻で激戦地を離脱しながらはぐれなかったのは、マーキング付き風船で常に把握していたから。
 群青の布で顔まで覆っていたのも、闇に紛れるための工夫。夜目及び侵入を駆使し、まったく気づかれることなく尾行を続けていたのだ。
「きたない、さすがきたないなインフィルトレイター!」
 今日は忍軍の一臣が悔しそうにギリィする横で、古代ががっくりと膝を付く。
「また勝てなかった……!」
「おのれ諏訪、この借りは絶対返すからなぁ!」
 悔しそうなゼロの宣戦布告に、諏訪はああといった様子で。

「遥久さんを呼んでおきましたから、すぐ(物理的に)復帰できますよー?」


 カースト下位勢が(一度目の)始末をされた頃。
 旅人が諸事情で離脱したのと入れ替わりで、別の戦地では最後の参加者が会場に到着していた。
「待たせたな」
 立っていたのは、全身武装をしたサンバ……もとい、ラファルの姿。友だちと踊りまくってたら遅刻しちゃったんだぜてへぺろ。
「さあ、今から俺が戦争とやらを教育してやるぜ」
 すっかり戦争モードへと切り替わった彼女、ハリネズミのような物々しい装甲でにやりと笑みを浮かべる。
「安心しろ、弾は全部換装済みだ」
 説明しよう!
 要するに彼女は無数ある弾丸装填部を、すべてロケット花火に換装したらしい。ラファルは、もの凄い数のロケット花火を一斉発射した!

 \ちゅどーん☆/

「戦争とはこういうもんだぜ?」
 惨禍をまき散らすラファルに立ちはだかったのは、白ゴリラチルル!
「やってくれるじゃない、あたいが相手よ!」
 飛んでくる花火をものともせず突撃していく姿は、まさに勇猛果敢。
 互いに凄まじい量の花火を打ち合いながら、辺りを火の海にしていく。

 だめだこいつらはやくなんとかしないと。

 そこに割って入ったのは救世主(とう名のガソリン)明。
「はっはっは。私を忘れてもらっちゃ困るよ?」
「来たわね、セーラー戦士!」
「その格好は正直どうかと思うが、とりあえず潰せばいいんだろ?」
 明が乗っかる巨大ボビンへ向け、チルルとラファルは次々に花火と発射していく。
「くくくそんな程度で私の”お偉方”が潰せるとでも――」
 その時、明の目には、ボビンへ溜め込んだ炸薬(ロケット花火)に引火する様子が映っていた。
「え、ちょ、m」
 火薬が炸裂する音が鳴り響き、凄まじい勢いで誘爆。
 もはや”火の車”となったボビンは、制御を失ったままラファルの方へ突っ込んでいく。
「いやお前それは洒落になんねーだろ」
 彼女がぎりぎりの所で避けると、ボビンは明ごと盛大に爆発四散。

 \ちゅどーん☆/

 そして危険地帯しかないこの場所を、うっかり通りがかった人物がいる。
「……何やら凄いことになっているな」
 見回りをしていた誉が、惨状を前にやれやれといった様子で仰いだ。
「あら、そこにいるのは九重先生ね!」
「その声は……雪室君か?」
 目が点になる誉の前で、イエティ・チルルは既にテンションMAX。続いてやってきたラファルも、サンバのノリで誉を引きこむ。
「よーし、先生も一緒にやろうぜー」
「いや私は参加者では」
「仲間は全力で巻き込むべし! イヤーッ!!」

 \ちゅどーん☆/

 その後、彼女達が始末書を書かされたのは言うまでもない。





●抱くものたち


「おうおう随分賑やかじゃねぇか……ん?」
 往来を行き交う人波の中に、常久は知った気配があるのに気づいた。近寄ってみると、そこには狩衣姿で立つ桃色髪の悪魔の姿。
「誰かと思ったら、やたらと可愛い牛若丸じゃねぇか!」
 常久の声かけに、リロはやや驚いたように瞬きをした。
「……その格好どうしたの?」
「ん? これは2000年以上前の戦士が着ていた衣装だ。いいだろ?」
「そうなんだ。……………布、少ないね」
 祭会場以外だと通報されそうな気がしないでもないが、そこはそっとしておくおとなのやさしさ。
「で、お前さんは何を識りにここへ来たんだ?」
 常久の問いかけに、リロはほんの少し考えたあと。
「……わからない」
 話によれば宇都宮駅での一件後、彼女は四国に戻ってきたのだという。
「お祭りがあるっていう噂を聞いて……気がついたら、ここにいた」
 言わばこれは宛ての無い行動。普段の自分なら、まずこんなことはしないのだが。
「なるほどな。まぁ、たまにはそういうのもいいんじゃねぇか。いつも理にかなう行動ばかりじゃ疲れんだろ……っと、顔でも隠してな嬢ちゃん」
「え?」
 彼女を木の陰に押し込むと、常久は通りがかった友人に声をかけた。

「おう、旅人。お前さんも来てたか」
「ああ、久我さんこんばんは」
 常久は旅人の鷹匠姿を一瞥すると、面白くなさそうに。
「鷹師なんてマンマな事やってどうすんだ? ひねりが足りねえな!」
「実はパーントゥをやろうと思ったんですが……。みんなに止められてしまって」
 ちなみにパーントゥとは沖縄・宮古島で行われる悪霊払いの伝統行事である。
 この祭の最大の特徴は仮面を被った来訪神「パーントゥ」が周囲の人に泥を塗りたくるという――
「いやお前、それは普通に止められるだろ(まがお)」
「ですよね」
 苦笑する旅人に、常久はやれやれと言った様子で。
「お前さんときどきぶっ飛んだことやるから、危なっかしいんだよな。まあ、周囲の奴らならそういう遊びには乗ってくれそうだがよ」
 むしろ悪い遊びは彼らから教わったと言っても過言ではないような。
「だがな、遊び以外となると話は別だぜ?」
「ええ。わかってます」
 笑いながら返す旅人へ向け、常久はやや真剣な面持ちで言った。

「お前さん、今本当に楽しんでるのか?」

「え、ええ。それはもちろん……」
「いや、ワシには見えるぜ。ぐるぐると妙なもんがハラの中に溜まってんのがよ」
 その瞬間、旅人の顔から笑みが消えた。表情の見えない漆黒の瞳へ、常久は告げる。
「上っ面だけ取り繕って、そんなところだけ【大人】になっても仕方がねぇよ」
 沈黙。
 固い表情のまま黙り込む相手に、やれやれといった様子で。
「旅人、飲めるクチか? 酒なら付き合ってやるぜ?」
「……すみません。今は任務中なので」
 聞けば祭に参加しながら周囲に目を配っておくよう、誉から頼まれているという。
「そうか、なら仕方ねえな」
 旅人は再度謝ったあと、やや躊躇い気味に口を開いた。
「久我さん」
「なんだ?」
「……いえ。お気遣い、ありがとうございます」
「気にするんじゃねぇよ。酒ならいつでも付き合ってやるぜ」
 旅人は頷くと、その場を後にした。彼の背を見送りながら、常久は木陰へ声をかける。

「……どうだ、嬢ちゃん」
 そろそろと姿を表したリロは、旅人がいなくなった方向を見つめた。
「今のって、兄様に家族を殺された……」
「ああ。俺のダチだ」
 沈黙する少女へ、常久は静かに切り出す。
「お前さんは、自分の手で掴むと言ったよな」
「……うん」
「あの時戦った奴らは、皆キラキラしてたよな。……でもな、見えないところでぐちゃぐちゃになってる奴らだって居る」
 どうしようもない感情を抱え、何でも無いように振る舞いながら、吐き出す先を見つけられずに。
 黙って話を聞いていたリロは、視線を落としてから小さく呟いた。
「……兄様がしたこと。ボクになにができるのかな」
「兄貴のやったことを、妹が背負う必要なんてねぇよ」
 ただな、と紫水晶を見やる。
「人の気持ちってのは、そう簡単なものじゃねぇ。簡単に割り切れるんなら、誰だって苦労はしねぇからな」
 より深くなった漆黒を想いながら、常久は告げる。
「お前さんだけで何とか出来るもんじゃねぇ。……何かあれば頼ってこい」
「……うん。ありがと」
 そう返す少女の頭を、常久はわしゃりと撫でた。
 さまざまに渦巻くモノの存在を感じながら。


 一方、ロビンは動く毛むくじゃらの姿を見かけていた。
(なんだろう、あれ)
 後をつけながら、見事なモフっぷりをじっと見つめる。十分くらいそうしていると、突然中から聞き覚えのある声が響いた。
「ぬわあああ貴様いつからそこにいた!」
「……あれ、その声もしかしてシス?」
 中の人の正体に気づいたロビンは、今日は何をやっているのかと問いかける。
「ふ……ちょっとした極秘ミッションでな」
「ふうん、極秘なのに凄く目立ってるね」
「それを言うな(まがお」
 正直この格好は自分でもどうかと思うが、せっかく用意してくれたものを脱ぐわけにもいかず。そんな律儀さが後に悲劇を生むことを、彼はまだ知らない。
 ロビンはシスのモフっぷりを眺めたり、つついたりてから、ふと。
「そういえば、あたしはシスが不思議だけど、シスはあたしのことが不思議なんだよね」
「ま、まあ……そうだが」
 しどろもどろな様子をやっぱり不思議に思いつつ。ロビンはもふもふな手をおもむろに握った。
「な、何をする!」
「この前、お婆ちゃんの手がね、温かかったんだよ」
「ぬ……?」
 怪訝な様子のシスへ、ロビンは先日電車内で起きた事件のことを話して聞かせた。
「前にシスもあたしに謝ってたけど、お婆ちゃんも謝ってた。何でかな」
「そんなもの、貴様に悪いと思ったからに決まっているだろう」
「でも私なにもされてないよ?」
 きょとんと小首を傾げるロビンに、シスは困ったように。
「だからその……老婆は貴様のことを考えてだな」
「でも私は任務だからやったんだし。お婆ちゃんは助けられる立場なんだから、私のことを考える必要なんてないよね?」
「いやそれはそうなのだが……ぐぬぬ。いかん、貴様と話しているとどうにも調子が狂う」
 もどかしそうに身体をゆすってから、毛むくじゃらは言った。
「貴様とて情を寄せる相手がいるだろう? そいつが貴様のために傷つけば謝りたくもなるはずだ」
「うーんでも私にはそういうひとがいないから」
「何だと? ……貴様、家族は」
「いないよ。ずっと組織で働いてたし」
 その返答を聞いたシスは、黙り込んでしまう。なぜ彼が黙ってしまったのかロビンは不思議に思ったが、あまり気にせず話題を変える。

「シスは願い事って、ある?」
「……ぬ? なぜそんなことを聞く」
 戸惑う声に、ロビンは星を見上げながら応えた。
「あたしは願い事がないから。他人の願い事をお手伝いしようかなって思ってるんだ」
 再び沈黙。
 今日はなんだかよく黙るなとロビンが思っていると、突然笑い声があがった。
「ふはは貴様が俺様に刻まれし宿星の覇気(訳:願いごと)を手伝うだと? そのような愚行は亭廃しておくのだな!」
 勢いよくそう言い切ってから、今度は声のトーンを落とす。
「だがまあ……そんなに知りたければ教えてやらんでもない。俺様の願いは――………………エルとソールが幸福な家庭を得ることだ」
「ふうん。そうなんだ」
「……おい」
「うん?」
「なぜそう願うのか聞かんのか」
「聞いたほうがいいの?」
 こくこくこく。
「なぜそれを願うの?」
「ふ…いい質問だな! こればかりは、俺様にはどうにもしてやれんからだ」
 自分の手の届く範囲なら、神になど頼まない。己の手で成し遂げるだけだから。
 けれど人の気持ちまでは、どうすることもできない。こうあってほしいと願い、そのために努力することは出来たとしても。
「だから貴様は俺様の願いを手伝おうなどと考える必要はないのだ」
 そう言い切ってから一旦口をつぐみ。今度はどこか気恥ずかしげな調子で切り出した。
「だが貴様が、俺様の成し遂げるべき天命を共に臨むというのであれば……好きにするがいい。それともう一つ……新たに、願ってやらんでもない」
「何?」
「貴様にもいつか…………………家族ができるといいな」
 それだけいう、とシスは慌てたようにいなくなってしまう。その表情は、毛むくじゃらに隠れて見えなかったけれど。


 屋台エリアを訪れていた英斗は、目に付いたものを食べ歩きながら祭を楽しんでいた。
「むっ。この気配は……!」
 人波に紛れるなんとなく知ったにおいに、英斗の眼鏡が光る。
 何度も死地をくぐり抜けた野生っぽい嗅覚は、ごまかせない(多分)。英斗は道の先を行く、かつぎを被った人影を呼び止めた。
「そこのお方!」
 振り向いたのは、小柄な牛若丸だった。
「腰に下げた刀を置いて行ってもらおうか! その刀で1本目だ!」
 刀持っていなような気もするけど、とりあえず立ちはだかってみる。すると、かつぎの奥から聞き慣れた声が返ってきた。
「ふふ。それってもしかして、刀狩り?」
「いかにも! 刀は置いていけぬというのなら、しばしお相手いただこう!」
 まるで五条大橋での一幕のような口上に、少女の口元が思わず綻ぶ。
「いいよ。よろしく」
 紫水晶の瞳が、こちらを見つめていた。

 こうして出会ったリロと英斗は、しばらくの間一緒に屋台を楽しむことにした。
「屋台じゃ紅茶と洒落込むわけにはいかないけど、焼きそばやお好み焼きもいいもんですよ!」
 鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるさまに、少女の小ぶりな鼻がぴくりと反応する。
「いい匂いだね。両方とも食べてみようかな」
「あ、俺がおごりますよ。人間界のお金あまり持ってないでしょ?」
 そこはさりげなく支払うスマートさ。
「ありがと。人間って、こういう賑やかなところで食べるの好きだよね」
「こういうのは、みんなで食べた方が美味しいですからね」
 二人して焼きそばを頬張ると、ちょっと焦げたソースが何とも言えず香ばしい。リロは箸を器用に使いながら、あっという間に食べきってしまった。
「いい食べっぷりですね」
「うん。美味しかったから」
 彼女は口元に残ったソースを指先でぬぐうと、ぺろりと舐める。普段ならやらない動作だが、こういう場所だとなぜかやれちゃうから不思議だ。

 一方、ディアンドル三人娘は食べ歩きをしながら、日本の縁日が並ぶ一角へと足を運んでいた。
 焼きたてウィンナーを頬張ったり、リンゴ飴をステッキにしたりしながらぷらぷらしていると、懐かしい光景が目に入る。
「あっ、型抜だ!」
 小さい頃を思い出し、藍はやってみない? と提案する。
「あぁ、良いと思うよ」
「型抜き! なにわ舐めんな!」※ロシアハーフです
 そんなわけで、三人はいざ型抜きに挑戦。
 ちなみに型抜きとは、渡された板状の菓子に描かれた絵を、爪楊枝でくり抜いていく遊びである。
「よーっし、がんば…あ、割れた!」
 開始三秒で割った藍の隣では、ユリアが器用に型を外していく。
「よし、できた☆」
「ユリもんはやいね!?」
「私は得意ではないけれど、嫌いでー…はー…ふむ……」
 思いのほか集中する夏雄を、二人は微笑みながら見守りつつ。最後はみんなでくりぬき終わったお菓子をいただく。
「葡萄味うまー!」
「私のはラムネ味かな。割れちゃったけど、味は美味しい♪」
 きゃらきゃらと笑顔を咲かせる二人を眺めなら、夏雄は頷き。
「たまにはこういうのも良いものだ」
 そう呟く彼女の掌には、割れずに抜き終えた桜が乗せられていた。

 同じ頃、英斗とリロも縁日の遊びを試そうとしていた。
「射的や金魚すくいもやってみます?」
「うん。前に種子島でやったことあるけど、結構面白かった」
 彼らが訪れたのは、一風変わった射的屋台。普通なら景品となる『的』が店の奥に並んでいるはずなのだが。
「的はあれだよ」
 店主が示した先、木板で作られた二十センチほどの的が、なんかもの凄い勢いで動いている。
「撃退士の皆さんにやられちゃ、商売上がったりだからねえ」
 縦横無尽に動きまくる的を見て英斗は呟いた。
「……あれに当てるのは、かなり難しそうですね」
「……でも、難しいって言われるとやりたくなるよね」

 二人の闘志に、火が点いた瞬間だった。

「リロさん、やりましょう!」
 実のところ、こういうのはあまり得意ではない。でも、人には戦わなければならないときがあるって誰かが言ってた。
 二人して本気モードに入り、射的開始。
「うわ、速いな……」
 彼らが狙う的は、上下左右、フェイントから不規則な動きまで織り交ぜた動きを見せる。なんかもうどこぞの鬼畜ゲーと言わんばかりの仕様だが、連携プレーで的を狙っていく。
「動きは追うんじゃなくて、捉えればいける。まずはボクが合図するから」
 紫水晶の瞳が、一層濃さを増した瞬間。
「今だよ」
「行けっ! よし当たった!」
 見事中央を射止め、驚きの声が上がる。
「じゃあ次が俺が合図しますね!」
「よろしく」
 二人は周囲のを歓声浴びながら、次々に的を落としていく。
 ゲームを楽しんだリロは、晴れ晴れとした表情で言った。
「たまにはこうやって、遊ぶのもいいね」
 最近は本当に、しんどいことも多かったから。
「楽しんでもらえたならよかったです」
「うん。ありがとね」
 去って行く背を英斗は手を振りながら見送る。次に会うときも、ああいう表情をしてくれればいいなと思いつつ。


 戻って七夕エリア。
 会場内を散策していた神楽は、ふとあらぬ方向に視線をやった。
「皆さんどこから噂を聞きつけてくるんでしょうね〜」
 よく知る気配をいくつか察知しつつも、にこにこ知らぬ顔。
 そのとき急に人波が割れ、前方から何やら怪しい物体が近づいてきた。
「なんやあのけむくじゃら……」
 千鶴の視線先で、やたらでかくてモフいナニカがひょこひょこと歩いてくる。頭の部分も全て毛で覆われているため、どちらが前なのかもよくわからない。
 菫の前で立ち止まった毛むくじゃらは、突然中から声を発した。

「ぬ、貴様はこの間の!」

「……お知り合い、ですか?」
 菫の背中にひっついていたアステリアが、驚いたように彼女を見る。千鶴はこの声どこかで聞いたなと思いつつ。
「菫さん変わった知り合いがおるんやね……?」
「いや、ああいう髪の長い知り合いはいない」
 なんか知ったような気配を感じるが、多分気のせい。
「やたらと長ったらしい言葉を使う天使ならいたが……いやまさかな」
「いや気づけ! 声でわかるだろう!」
 再び聞こえた響きに、ようやく合点する。
「なんだシスだったのか。あまりにも違和感ありすぎて、逆に気づかなかったぞ」
「貴様……天然か?」

 毛むくじゃらの正体を知った千鶴は、やれやれと苦笑しながら。
「最近の天魔は変な奴らが多いなぁ…」
「もう何度見た光景でしょうね〜」
 遊園地とか遊園地とか┌(┌^o^)┐←を経てきた二人は、もうすっかり慣れたものである。
(…うーん、何を話したものだろう…)
 アステリアは初対面の天使を前に、どう接して良いかわからないでいた。
「えっと…初めまして?」
 とりあえずにこやかに微笑んでおく。
「私はアステリアと申します。よろしくお願いしますね」
 その瞬間、従士の騎士道スイッチがON。モフ毛をなびかせ、決めポーズを取(ろうとしたが手足がほとんど動かないので諦め)る。
「名乗られたからには、名乗り返すのが騎士の道理! 我が名はシス=カルセドナ! 『凍てつく玻璃m」
「長いですね〜(にこにこ」
「たまには最後まで言わせろ!」
 お約束を一通り済ませたところで、菫は天使へと問いかけた。

「どうだ、【楽しんでいるか?】」

「ぬ……」
「人間界を知るにして、民族を知ることは大切だ」
 それぞれの民族には、それぞれの文化がある。
 文化とは歴史そのもの、脈々と紡がれる人の魂。
「文化に触れる行為は魂に触れる行為だ。…お前はこういう話は好きなんじゃないか?」
 問われたシスは一旦黙り込んだあと。先ほどとは違い静かな調子に切り替わった。
「……蒼閃霆公も、貴様と似たようなことをよく言っていた」
 古い建物、とりわけそこに生きた者たちの営みが刻まれた場所に敬意を払った。
 長い時を生きる自分たちは、積み重ねられる尊さを忘れがちだからだ――と。
「そうか。いい師に恵まれていたようだな」
 そう言って微笑むと、菫は周囲を見渡す。
「シス。周りをよく見てみろ、混沌としているだろう? これが私たちの世界であり学園だ」
 やりとりを見守っていた神楽と千鶴も、どこかおかしそうに。
「ええ。この学園ならではの混沌空間ですね〜」
「混沌…確かにそうやね。せやからしんどいのも確かにあるけれど…面白いやろ?」
「ふ……そうだな。混沌のるつぼ、それは俺様にとってむしろ望むべき存在よ」
「そうなん……ですか?」
 アステリアの問い返しに、毛むくじゃらは自信満々に答える。
「なぜならば邂逅の神の天啓を刻むのが世の真理である以上俺様が臨むべき黎明は混沌の果てにこそ啓かれるのであって」
「OK、わかった」
「よくそれだけすらすらと言葉が出てきますね〜」
 制止する千鶴と神楽の隣で、アステリアは頭上にはてなマークを散らしている。
 シスは思案げな様子で沈黙してから、躊躇いつつも切り出した。
「……この世界に来て、わかったことがある」
「わかったこと?」
 菫の問い返しに、うなずきつつ。
「俺様にとって、種の違いなど元から大した意味をもっていなかったのだ」
 恐らくそれは、戦災孤児だった自分を引き取ったあの男の影響だろう。いい加減で破天荒で、けれど果てしなく大きかった”親父”。
「混沌の中よりすくい上げる、皓星の集合。それこそが、俺様が臨むべき標だ」
「……なんか分かる気ぃするわ」
 そう応える千鶴の口調には、どこか懐かしげな色がにじんでいる。
「あの方の元で育ったのなら、納得がいきますね」
 同意する神楽の脳裏で、気高き獅子公が豪快に笑っていて。
 シスは(毛玉の中で)一旦視線を落としてから、撃退士へ告げる。
「……親父を覚えていてくれたこと、礼を言う」
 その言葉に、千鶴と神楽はゆるりとかぶりを振り。
「忘れようとしたって、忘れられへんよ」
「ええ。千鶴さんの言うとおりです」
 討った者と討たれた者。
 そこには覆しようのない立場の違いが存在しながら、それでも同じ者を想い、悼み合うことができるのならば――いつか道は重なると信じて。
「俺様はもう行く。貴様等と話ができてよかった」
「お仲間さんにもよろしゅう」
「シス!」
 呼び止めた菫は最後に告げる。
「お前が抱く炎も、熱きものと信じている。次に会う日を待っているぞ」
 毛むくじゃらは手を挙げて応え(ようとしたが挙がらないので諦め)て、その場を後にした。

 ひょこひょこと去って行く背を、アステリアはじっと見送っていた。
「変わった方でしたね……」
「ああ。悪い奴ではないんだがな」
 苦笑する菫の背で、彼女は複雑な想いを抱いていた。
(種の違いは意味を持たない……か)
 アステリアにとって、その言葉は胸に刺さるものがあった。
 己の身は魔に穢された天の落胤だと、忌み嫌い続けきた。そんな彼女にとって人であり続けるということは、一筋の希望であり救いでもある。
(あのひとが見ている世界は、きっと私のものとは違うのでしょうね)
 恐らくそれは、彼女が求める光に近いもので。
 同じ天魔の身としてそのことが羨ましくもあり、少し寂しくもあり――そんな小さな痛みを、彼女はそっと胸にしまこむのだった。

 再び屋台エリア。
 雫と別れた氷雅は桃色髪の牛若丸と遭遇していた。
「もしかして……四国のメイドか?」
「よくわかったね。これでも変装してきたつもりなんだけど」
 そう返す桃色髪の少女に、氷雅は「報告書はそれなりに読んでいるのでな」と笑んでみせ。
「ここで会ったのも何かの縁だ。少し頼みたいことがあるのだが構わないか」
「いいよ。何かな」
 頷く彼女へ、氷雅は懐から取り出した懐中時計を差し出す。
「そちらの拳のメイドにこれを渡してくれないか。ついでに伝言をお願いしたい」
 伝える言葉は――”自分は元気だ。またデートをしよう”
「ふふ。それってキミからの言葉?」
「いや、そうではないんだが。時計を渡せば、誰からかはわかるはずだ」
 聞いたリロはなるほどと言った様子で、時計を懐にしまい込み。
「じゃ、ルクーナに伝えておくね」
「すまないな。よければ屋台で何か奢ろう。伝言代だ」
「ありがと。……じゃ、これにしようかな」
 リロが指し示したのは、怪しい屋台に並ぶ、黒くてぐにょんぐにょんした物体。
「……本当にこれでいいのか?」
「うん。キミも食べてみたら?」
 返事を待たず、ふたつ注文された。
「はいこれキミの分。じゃ、またね」
「………」
 手元に残された物体Xと、氷雅はしばし闘うことになる。

 一方、雫の方はジャスミンドールが給仕を務める屋台を訪れていた。
「お久しぶりです、ジャスミンさん」
「あんたは……」
 驚いた様子の彼女へ、雫はにこりと微笑んで。
「覚えてないかもしれませんね。島のゲート戦でお会いしたのですが」
「……覚えとるよ。うちに檀が裏切ってへんことを教えてくれたくれた子やろ」
 意外な返答に、雫は嬉しくなる。あの時自分が告げた言葉が、頑なだった彼女の心に響いていたのだと気づいたから。
「檀さんはお元気ですか」
「そうやね。最近はジュギョーとかで忙しいみたいやわ」
「ジャスミンさんは今何を?」
「うちはフッコーの手伝い。檀と違うてできること少ないけどな。……にしても、あの男(=誉)ほんま人使い粗いわ」
 忌々しそうに愚痴る姿を見て、雫は微笑ましくなってしまう。
「よかったです、おふたりとも元気そうで」
 些細な文句がこぼれるのも、穏やかな証。
 ジャスミンドールは気恥ずかしそうに視線を逸らすと、まるで独り言のように呟いた。
「……あの時、勇気出してよかった」
「え?」
 そして奥へと引っ込んだ彼女は、しばらくするとトレイにグラスを乗せて現れる。
「これ、うちのおごりや」
 ことりと置かれた、ジャスミンの花香るアイスティー。不器用な彼女の精一杯な気持ちに、思わず笑みが零れる。
「ありがとうございます。いただきますね」
 

 同じ頃、鳳夫妻&カマ’sも屋台エリアへと足を踏み入れていた。
「おお、これは壮観だねぇ」
「にゃう☆ 凄い数の屋台なのですよぅ☆」
 立ち並ぶ店とあちこちから漂ってくる、美味しそうな香り。蒼姫は瞳をきらっきらと輝かせながら宣言した。
「すっかりお腹ぺこぺこですからねぃ。がっつり食べまくりますよぅ☆」
 手始めに林檎飴と綿飴をあっという間に食べ尽くすと、続いて焼きそばとたこ焼きもどんどん頂いていく。
「アキ姉の食べっぷりさすがなの!」
「三倍の速度で食べ物がなくなっていくんだよ…!」
 幸せそうに食べる蒼姫を見守りつつ、静矢は店員の中に知った顔がいるのに気がついた。
「おや……久しぶり。元気そうだね」
「あんたらは……」
 サリー姿のジャスミンドールが、驚いた様子でこちらを見る。
「あ、ミンたん!」
「お久しぶりなの!」
「ジャスミンドールさんこんばんはですよぅ☆」
 次々に声をかけられ、彼女はたじたじ。慌ててそっぽを向くと、気恥ずかしそうに。
「な、何やあんたらも来てたん。まあ、せっかくの機会やし……楽しんでいったらええんやない?」
 相変わらずの素直じゃない様子に、思わず笑みが零れてしまう。琥珀と風禰はここぞとばかりに問いかける。
「ミンたんミンたん!」
「その呼び方やめ……まあええわ。何?」
「新しいカマキリサーバントは研究してないなの?」
「す、するわけないやろ! そんなことしてたら、あの男(=誉)に何言われるかわからんし」
 がーーーーん。
「………そうなんだ………」
「………残念なの………」
 見るからにしょんぼりしたカマキリ’Sを見て、ジャスミンドールは慌てたように。
「そこまで落ち込まんでもええやろ……! ま、まああの変なカタログにあった着ぐるみ? あれくらいならちょっとくらい参加したってもええけど」
「ミンたん本当!?」
「やったなの!!」
 カマ復活。
「で、でも、ほんとにちょっとだけやから! あれ着て町歩くのとかうち無理やし!」
 めっちゃ期待に満ちた視線に、ジャスミンドールは再びたじたじになりつつ。
「……今度、島の孤児院で仮装パーティがあるんやて」
 その時ならなと言われ、カマキリの瞳がこれ以上ないってくらいに輝く。
「せやから今は、これで我慢しとき」
 そう言って差し出されたのはカマキリ型をした飴細工。
「ミンたんこれは……!」
「どこで見つけたのなの!?」
「さっき職人に頼んで作ってもらったんや。あ、もちろんお代はもらうからな!」
 
「すっかり仲良くなったようだねぇ」
 静矢の言葉に、ジャスミンドールは顔を赤くする。
「べ、別に仲よくなったわけじゃ……」
「ああそうだ。すまないが、蒼姫にあれもくれないか」
 静矢が笑いながら示したのは、焼きたてナンとチキンカレーのセット。
「ええけど……そんなに食べて大丈夫なん?」
「お祭り好きなものでねぇ」
 応える静矢の隣で、蒼姫もうんうんと頷いてみせた。
「こういうときのアキの胃袋は無限大なのですよぅ☆」
「……人間って凄いな……?」
 カレーをもりもり食べる妻を微笑ましく眺めながら、静矢は近況を尋ねてみる。
「その後はどうかな? ここの生活にもだいぶ慣れたようだね」
「まあ……それなりにや。あの男にこき使われまくってるけど」
 話によれば、彼女は現在誉の元で島の復興支援に携わっているらしい。毎日やることは山積みで、休む暇も無いほど忙しくしているのだとか。
「あいつ、ほんまうちに対して容赦ないからな」
 うんざりした様子の彼女に、静矢はおかしそうに頷きつつ。
「成る程。でもきっとそれは敢えてではないかな」
「……敢えて?」
「貴女も分かっていると思うが、島の住人は二年もの間生活を脅かされていたのだよ。彼らがジャスミンドールさんを受け入れるのはそう簡単ではない……そのことはわかるだろう?」
「それは……もちろんやけど」
 気まずそうに目を伏せる彼女へ、静矢は穏やかに笑いかける。
「責任者である九重さんが厳しく当たることで、島の人達との緩衝材になっている……私にはそう思えてならないねぇ」
 すっかりカレーを食べ尽くした蒼姫も、にっこりと微笑んでみせた。
「今は苦しいかもしれないけど、ジャスミンドールさんには諦めないでいてほしいですねぃ☆」
 わだかまりがなくなるまでは、きっと長い月日が必要となるだろう。しかしそれでも向き合い続けることが、本当の意味での贖罪だとも思うから。
「いつか”許される”日は必ず来ると、蒼姫は信じているのですよぅ☆」
 二人の言葉に、ジャスミンドールはしばらく黙り込んだあと。やがて小さく「ありがとう」と呟いた。


 その頃、幻灯エリアへと向かっていた翠蓮は、途中で孫のルビィに遭遇していた。
「な、なんでここに」
「おんしこそ……色々な意味でどうしたのじゃ?」
 思いっきり女学生な孫の姿に、翠蓮は含み笑いを漏らす。
「俺はこの辺りの食事処や、穴場スポットを取材しようと思ってな。この格好についてはまあ、事故だ」
「ほほう。ならば儂も付いていくとしようかのう」
「げっあんたもくんのかよ?」
 ぎょっとなるルビィに、翠蓮は嬉々とした様子で。
「ええではないか。偶には家族(?)水入らずも悪くはあるまいて」
「しょうがねえなあ……」
 ルビィは渋々といった様子で承諾する。とはいえまんざらでもないように見えるのは、気のせいだろうか。

「……ほほう。これはまた幽玄なる景色よ」
 淡い光りに照らし出された花々を見て、翠蓮は瞳を細めた。彼らが歩み進む小道には、等間隔で世界各地のランタンが吊されており、それらひとつひとつを眺めるだけでも楽しい。
(――もう二度とは戻れぬ我が故郷をちと想い出す……)
「見事なもんだな」
 カメラのシャッターを切りながら、ルビィも微笑んだ。
 道の両脇では紫陽花が咲き誇っており、昼間には見られない艶めいた情緒を生み出していて。

 しばらく歩み進めると、知った気配が紫陽花の側で佇んでいるのに気がつく。
「久方振りじゃのう。弁慶は居らぬのか?」
 翠蓮の声かけに、牛若丸姿のリロはほんの少し口元を緩めた。
「ふふ。さっきそれらしきヒトには会ったけどね」
 翠蓮は一通りの挨拶を済ませると、孫のルビィを紹介する。
「小田切ルビィってんだ。よろしくな」
 実は遠い子孫にあたるのだが、その辺りの事情は明かさずに。メイド悪魔と話せる機会とあって、ルビィは、前から聞きたくて仕方なかったことを切り出してみる。
「ちょっとあんたに聞きたいんだが……。メー様…じゃないメフィストフェレスって、普段どんな生活を送ってんだ?」
「なんでそんなこと聞くの?」
 小首を傾げるリロに、ルビィはああいやと手を振って。
「貴族悪魔の私生活に興味があるというか、あんな事やこんな事が知ってみたいというか……いやでも別にやましい気持ちじゃねえから!」
 むしろやましい気持ちしかない気がするが、そこは突っ込まないやさしさ(ひらがな)。リロはほんの少し考えながら。
「閣下はとにかく退屈が嫌いだからね。いつも遊興にふけってることが多いかな。たまにボク達と話をするときもあるよ」
「ほう。どのような話をするのか、儂も興味あるのう」
「ふふ。ここから先は秘密かな」
「くっ……悪魔のガールズトークってやつか。興味が尽きないぜ…!」


 リロがルビィ達と別れたのと入れ違いで、声をかけてきた人物がいる。
「こんばんは、リロさん」
 振り向いた先で、透次が穏やかに微笑んでいた。
「その姿は牛若丸ですか?」
「うん。こういうのもどうかなって思って」
「可愛いですね。リロさんのように神秘的な雰囲気の美人さんには、かつぎって凄く絵になると思います」
「ふふ。ありがと」
 それにしても、と透次は思案する。
(その衣装を選ぶとは……リロさん勉強家ですね)
 牛若丸のその後を知った上で、この衣装を選んだのだろうか。であればそこにどんな意味があるのだろうかとも思う。

「……少し、お兄さんの話をしてもいいですか」
 その言葉にリロはほんの少し視線を落としたが、こくりと頷いてみせる。
「宇都宮で戦ったときのことですが……カーラは、とても不安そうでした」
 妹と同じ紫水晶によぎった、恐れの色。
「リロさんの目が自分に向かなくなることを、恐れていた……そんなふうに、僕には見えたんです」
 透次の言葉に聞き入っていたリロは、すっと視線を空へ馳せる。
「兄様がああなったのは、多分ボクのせい」
「……どういうことですか?」
 問い返す声に、ほんの少し躊躇うように。
「幼い頃のボクは、兄様の愛情を独り占めしたかった。ボクだけを見て欲しくて……兄様にそう言った」
「でも……子供の言うことでしょう?」
 小さな子供が母親や兄弟を独り占めしたがるのなんて、よくある話。
 透次の言葉にリロは頷きつつ。

「兄様はね、誰より純粋なんだと思う」
 
 妹が望んだから、応えた。
 きっと彼にとってそれが当たり前であり、揺らぐことの無い標でもあったのだろう。
 いつかその標が変わっていくなんて、思いもよらずに。
「もしかしたらボクも、兄様のようになっていたかもしれない」
 そうならなかったのは、メフィストに仕えたのがきっかけだったと彼女は言う。
「閣下に仕えて、マリー達と出会って……兄様以外にも、大切なものが増えた」
「その気持ちは分かります。この学園に来て、僕にも大切な人が増えましたから」
「うん。そしてこの世界に来て、また大切なものが増えた」
 ね、キミはどう思う? と少女は問いかける。
「大切なものが増えると、ひとつひとつへ向ける気持ちは減るのかな」
「そういう側面はあるかもしれませんが……」
 でも何かが違う、と透次は思う。
「大切なものが増えると、自分の中にある愛情も増える……そういうこともあるんじゃないでしょうか」
 そうやって、より多くの人を愛せるようになる。愛の大きさに絶対値はないのだからと。

 ふと、透次は祠の側に咲く桔梗を見て思いつく。
「リロさん、この花をお兄さんに持って帰るのはどうですか」
「……これを?」
「ええ。この花は桔梗というんですが」
 そう言って透次は一輪摘み取ると、リロへ向かって差し出す。
「花言葉は、『変わらぬ愛』『変わらぬ心』。長く咲き続ける花姿に由来しているんだそうですよ」
「変わらぬ愛……」
「口にしないと伝わらない気持ちって、あると思うんです」
 すぐ近くにいるからこそ、言葉にしなければならないときがある。
「リロさんは、お兄さんのこと大切に想っています。ならその愛情を分かりやすく伝えてあげるのもいいんじゃないでしょうか」
 それで何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。でも何もしないでいるよりは、ずっといい。
 リロは桔梗を受け取ると、しばらくの間じっと花弁を見つめていた。やがてわずかに頷いてから、顔を上げ。
「ありがと。ちゃんと兄様に向き合ってみるよ」
 その白い頬に浮かぶ微笑みを見て、透次も思わず笑みを返すのだった。



●だいまおーとかPTHとか


「意外と美味しかったな物体X……」
 あけびたちと別れた仙也は、ロケット花火祭の会場(訳:戦争地帯)へとやってきていた。
 現場で繰り広げられる文字通りの死★闘を眺めていると、ふいに視界に入るものがある。
「……明らかに怪しいですね」
 もっさもさの毛で覆われた物体が、よたよたと近づいてくるのが見えた。
「ぐぬぬ……この歩きにくさなんとかならんのか!」
 中の人がぶつぶつわめくのを横目で見やりつつ、仙也は決断する。
(どうみてもやらかすようにしか見えませんね。しっかり観察しましょう)
 ボディペイントで気配を消すと、尾行開始。
 毛むくじゃらはそのまま花火会場の方へと歩いて行く。その先に待ち受けるのは危★険しかないのだが、仙也的にはいいぞもっとやれなので問題無い。
「な……なんだここは」
 毛むくじゃらは凄まじい花火の応酬をみて、唖然としているようだった。
「ふ……俺様にはわかる。ここは俺様のような存在が降り立つべき地ではないようだな」
 主に毛が燃える的な意味で。
 いそいそと引き返そうとする毛玉に、ついうっかり()仙也はぶつかってしまう。
「あ、すみません身体が滑りました」
「ぬおおおおおおおおお」
 ごろごろと転がっていった毛玉は、見事紛争地帯のど真ん中へと突っ込んだ!

「……あら? その声は赤p……シス、ね」

 突然飛び込んできたクケリを見て、胡桃はやや目を見開いた。
「き、貴様はぴーちとry痛い痛い痛い毛玉の上からでも踏まれると痛いぞ!!」
 くい込んでいた足を抜き、胡桃は何ごとも無かったかのように微笑む。
「お久しぶり、ね、シス。元気だったかしら?」
 今まさに元気じゃなくなったような気がするが、突っ込んではいけない。
「今、ね、みんなと遊んでいるの。貴方も混ざらない?」
「遊び……だと……?」
 というかどう見ても、戦地のど真ん中です本当にありがとうございます。
「お、俺様は今忙しいのでな! またの機会を」
 がしっ。
 恐る恐る振り向くと、胡桃がにっこりと笑んだ。
「逃げるなんて、許さないわ、よ?」
 次の瞬間、生み出された突風がシスを吹き飛ばした。
「ぬわあああああ」
 吹き飛んだ先では、友真とゼロが胡桃の殲滅攻撃を必死になって防いでいた。
「えっその毛玉シスなん!?」
「よし、シスその巨体を生かして盾になってくれ!(」
 ゼロが好機とばかりに毛むくじゃらの陰に隠れる。
「そう。まとめて焼けばいいの、ね?」
「ぬわあああああ待て待て待て! 俺様のモフ毛が燃えているではないか!!」
「シスさん大変、なの。この花火で反撃するといいの……」
 りりかが手にした花火を差し出す。
 ぽとり。
「ぬおおおお俺様の方に向けて飛んでくるではないかあああ」
 さすが無意識下のSSガールだなだいまおー!
「あ、ついでに火力増やしておきますねー?」←

 \ちゅどーん☆/

 シスはクケリから黒焦げになった。

 一方、何とか激戦区から逃げ延びた一臣は、再び遥久の姿になっていた。
 もう既にぼろっぼろになっているが、ひとまず自分の姿よりはマシだろう。
「……あれ、遥久?」
「げぇ、愁也!」
 一臣がそう叫んだ瞬間、愁也は速攻で偽物だと看破。
「俺への攻撃と蔑みを躊躇する遥久は遥久じゃねえ!(」
「くっ……さすがは利き遥久のプロ!」
 逃げ出す一臣を、愁也は縮地で無慈悲に追い詰める。
「偽遥久なら遠慮無く潰すぜヒャッハー!」
 牛乳瓶に詰め込んでいた花火を次々に取りだし、点火四方発射。容赦無い集中攻撃を、一臣は水鉄砲で迎撃鎮火――
「できる量じゃ無いよね知ってた!」
 もはや何が何でも逃げるしかないと思った、その時。

「ほう。面白い事やってるな、加倉」

「は、遥久……!」
 現れた当の本人に、一臣の顔が蒼白なものへとかわっていく。
 脱兎のごとく逃げる背を、容赦無い一斉砲火が襲う!
「友人なら遠慮もするが、自分の姿なら全く無用だ」
「あ、ついでに火力増やしておきますねー?」←

 存 分 に 燃 え 尽 き ろ <○> <○> 


 一臣が燃え尽きた頃、エルナはアスハに追われていた。
「くっ……! こうなったら!」
 次の瞬間、月のタロットカードが現れる。それを右目に叩きつけると、カードが砕け目から涙のように黒い闇があふれだしていく。
「ダイナミックダークネスヒッキー!」
 ただし、引き篭もれるとは言ってなかった。
「闇で覆ったところで、な」
 アスハは淡々と呟くと、トワイライトを展開する。辺りが淡い光に照らされ、暗闇はあっさりと相殺されてしまう。
「相性悪すぎでしょおおおおお」
 追い詰められたエルナは、そこで予想外の行動に出た。
「花火になりたくないでござる!ないでござる!」
「……?」
 困惑するアスハの視線先、ビールが飲めないかなしみと楽に死ねないくるしみで、彼女のキャラは完全崩壊。
 死なばもろともと言わんばかりにアスハへ向け突撃した!
「弾けろ青春消し飛べ魂ー!!」
「あ、ついでに火力増やしておきますねー?」←
「ちょ、待」

 \ちゅどーん☆/

「うん、なんかもう、疲れた、わ……」
 エルナの自爆に(諏訪が陰から威力追加し)アスハが巻き込まれた一方で、ゼロ、友真、古代は決死の覚悟で総(勢で一部に)当たり(倒される)戦に挑んでいた。
「くっ…皆の犠牲は無駄にはせえへん!」
「こうなったら最後まで戦ったらァ!」
 ゼロと友真は手にしたロケット花火を次々に連射。古代は自爆覚悟かってくらい大量の花火に着火し、勢いよく突撃してくる。
「俺は最後まで諦めん! 諦めんぞォォ!」
 窮鼠猫を噛むとはまさにこのことで、彼らの特攻は周囲を巻き込み凄まじい威力を発揮していく。
「やべえええこのままじゃ俺もやられる!」
 もう俺の羽根飾り値はゼロよ!
 危険を感じた愁也は、ここでついに切り札を炸裂させる。

「……迎えに来たよ! シンデレラ!」

 最 終 奥 義 シンデレラ(笑) 召 喚!!

 =( ^o^)<呼んだかしらぁ?

 マッドでデラックスな悪魔登場に、この地は戦場どころか貞操危険地帯へとレベルアップした。
「会いたかったよシンデレラ!」
 愁也の言葉にラックスはぽっと頬を染め。
「あらァ嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
「ここで捕まえたの全員好きにっていいかryGYAAAAA」
 問答無用で抱き締められ、スタン状態。切り札どころか諸刃の剣だったよね知ってた!
「アカン、あれはまじで洒落にならん」
 ゼロ達の視線先でデラックスな悪魔は手当たり次第に犠牲者()を増やしている。
「あらぁ〜どの子もかわいいわねぇ♪」
「おやこれはラックス殿、お久しぶりですね」
 微笑んだ遥久は紳士対応でスルーすると、カースト下位勢を指し示し。
「あちらにお好みのタイプがいらっしゃるかと」
「ちょおおおおおおお」
 逃げまどう三人を観察しながら、りりかは【霞声】で居場所を通知。
「ゼロさんあっちに逃げたの……矢野さんと小野さんは向こう……」
 ついでに進行方向へ花火を放っておく。
「おのれだいまおー華桜!さん!『貴方達ぐみんの考える事などお見通しなの…』とでも言いたそうに小首を傾げてやがる!」
「きたない、さすがきたないなだいまおー!」

 \だいまおー!/\だいまおー!/

 走るその背を諏訪が次々に狙い撃ち、胡桃が突風で吹き飛ばした!
「うっかり花火がすべりましたよー?」
「殲滅は、最後までやるものよ、ね?」


 \(^o^)/


 彼らは尊い、犠牲となったのだ。



「意外と美味かったな物体X……」
 再び合流した氷雅と雫は、友人が参加しているこの地へとやってきていた。
「先輩方は相変わらず元気でしたね」
「相変わらずの馬鹿騒ぎと言うべきか……」
 死屍累々を眺めて、ひと言。
「無茶ってレベルじゃない気がするが」

「……凄い戦いだったわねェ」
 最後まで観戦していたマリアとリリアードも満足そうに頷いた。
「ちょっと疲れたしベンチにでも……やぁだ、一臣くんだったわ」
 倒れている背をうっかり踏みつけながら。
「あらァ? ごめんなさいネ、一臣いたの?」
「このヒール…リリィ!(ギリィ」
 意識を取り戻した愁也は、ラックスに近況を尋ねつつ。
「ラックスちゃん、SNSも交換してよ!」
「あらぁ、いいわよぉ♪」
 その日から、愁也は毎日届くラブメールと格闘することになる。

 ちなみに、ゼロが秘かに実行していた”だいまおープロジェクト”は、大会参加者の心に深く刻まれた。
 称号が贈られる日もきっと近い。はず。



●めいめいに


 花火祭が終わりを迎えた頃。
 会場からなんとか離脱していたシス@黒焦げは、仙也から声をかけられていた。
「随分な目に遭いましたね。大丈夫ですか?」
「どう見ても大丈夫じゃないだろう!?」
 割とかなり仙也のせいな気がするが、いちいち突っ込んでいては身が持たない。
「これでも飲みます?」
「ぬ……」
「大丈夫ですよ。代金は俺が払っておきましたから」
 差し出されたコーラを、シスは素直に受け取る。
「まあよい機会ですし。もう少し楽しんでいってください」
「……貴様、天魔だな?」
「ええそうですが」
「ふん……。ここでの生活を満喫しているようだな」
「どうですかね。結構、色々ありましたから」
 言えることも、言えないことも。学園にいる天魔たちは、多かれ少なかれ皆何かを抱えているものだろうとも思う。
 まあでも、と仙也は告げる。
「それなりに楽しいですよ。ここには色々な奴がいて、飽きませんから」
「……そうか」
 それだけ言うと、天使はコーラの残りを飲み干し立ち上がる。去り際に、ひと言。
「礼を言う」
「どうも」


 幻灯エリアを散策していた快晴と文歌は、紫陽花ロードの奥まで歩み進めていた。
「色んな国のランタンがあるんだね……綺麗」
 辺りを眺めながら、文歌は瞳をほそめる。ふと、思い出したように。
「そう言えば、ボルテさんは”光献翼聖皇后”って称号があるみたい。何だか強そう(確信」
「うん、強そうな称号だねぇ。俺にも何かないもの、かな」
「テムジンは”蒼き狼”だよ」
 強く気高い、伝説のトーテム(象徴)。遠い昔の英雄に想いを馳せながら、二人はのんびりと散歩を楽しむ。

 しばらく散策していると、やがて祠のある場所に辿り着いていた。
 辺りに咲き誇る紫花を見て、文歌は内心で呟く。
(桔梗の花言葉は『永遠の愛』……)
 ふと恋人の横顔を見やると、金の瞳が柔らかな光を帯びていて。
「あのね、カイ。ここにある祠に咲く桔梗を、一輪持ち帰る事ができるって聞いたよ」
「桔梗を一輪、持って帰れるの、か。じゃあ持って帰ってみる、かな」
 二人して一輪ずつ摘んで、祠にお参りをする。
 その場を離れてすぐに、知った気配に気づいた。文歌は狩衣姿の少女に近づくと、そっと声をかける。
「こんばんは、リロさん」
「ああ、フミカ。来てたんだね」
 紫水晶の瞳に、嬉しげな色が宿る。文歌は隣に立つ快晴を改めて紹介し。
「約束通り、彼を連れて来ましたよ」
「こんばんは、リロさん。ちゃんと自己紹介するのは初めて、かな」
 挨拶をする快晴にリロも応えると、ほんの少し視線を落とし。
「この間は兄様が怪我させてごめん」
 あの時見た文歌の涙が、ずっと胸に刺さっていた。快晴はかぶりを振ると、微笑んで。
「俺達もお兄さんに深傷を負わせたから、ね」
 リロ達が止めていなければ、彼は恐らく死んでいただろう。命懸けなのは、きっとお互い様だった。
 しかしそれでも申し訳そうな彼女の様子に、文歌は話題を変えるように切り出す。
「リロさんの格好は、牛若丸ですね。とてもよく似合ってます」
「ありがと。キミ達も素敵な衣装だね」
 文歌はこの衣装はチンギス・ハーンを意識したものだと説明し。
「知ってますか? 牛若丸こと義経はチンギスになったって伝承があるんですよ」
「……そうなの?」
「ええ。義経は平泉で死んだと言われていますが、もっともっと北に落ち延びてモンゴルへ――という伝説です」
 彼女の語る話を、リロは興味深そうに聞いていた。
「ふうん、面白いね。その時代にもしボクたち天魔が地球にいて、今も生き残っていたら――真実がわかりそうなのに」
「あ、そうか。天魔の寿命なら可能性はゼロでは無い、か」
 快晴が成る程といった様子で頷く。通説によれば義経が死んだのは西暦1189年、1000年生きる天魔なら生き残っていても何ら不思議ではない。
「そう思うと、人間と天魔って本当に与えられた時間が違うんですね……」
 自分たちには想像もつかないほど、彼らは長い時を生きていく。そう思うとほんの少しだけ、切ないような気持ちになる。
「ねえ、リロさん。こうやって一緒に話せる『今』を大切にしましょうね」
 文歌の言葉に、リロは頷いてみせる。ふと、彼女が手にしている花に気づき。
「リロさんも桔梗を持ち帰ったんですね。私たちもなんですよ」
「うん。兄様へのお土産にしたらどうかって言われて」
「じゃあついでに、写真を撮りませんか? マリーさん達へのお土産です」
 文歌はそう言ってカメラを取り出し、桔梗を手にしたリロを撮影する。
「記念に2人も撮っておくと良い、ねぇ」
「ありがとう、カイ」
 カメラを受け取った快晴が、文歌とリロのツーショットを撮影。その場で現像した数枚の写真を、お土産に手渡す。リロは受け取った写真をじっと見つめてから、嬉しそうに言った。
「二人ともありがと。マリー達もきっと喜ぶよ」

 別れ際、リロは快晴を振り向くといつもより穏やかな調子で言った。
「フミカをよろしくね。ボクの大事な……友だちだから」
「ん。任された」
「リロさんとの写真、私も飾っておきますね」
 文歌の言葉に頷いてから、牛若丸はその場を去って行った。


 一方、同エリアを散歩をしていた拓海と葉月は黒焦げの物体と遭遇していた。
「えーっと……これは」
 目が点になる葉月の隣で、拓海は既知な気配を感じ取っていた。
「ぐぬぬ……なぜ俺様がこんな目に遭わねばならんのだ……」
 中から漏れるのは、聞き覚えのある声。拓海はやっぱりといった様子で近づくと、声をかけた。
「こんなところで何をしている、シス」
「ぬ、貴様はソウルメイト(仮)ではないか!」
「できればその呼び方は止めてもらえるとありがたいが……その格好はどうしたんだ?」
 黒焦げもといシスはよくぞ聞いてくれたと、いわんばかりに。
「いいかよく聞け拓海。これには奈落の如き深いわけがあるのだ」
 その後拓海達は、いかにシスが酷い目に遭ったかを延々聞かされることになる。
「……というのが、俺様を襲った災禍のすべてだ。何と言う血塗られた祭典よ!」
「それは……災難だったな」
 笑いをこらえるのに必死な二人をよそに、シスは突然しまったといった調子になる。
「くっ…俺様としたことが比翼の逢瀬(訳:デート)に割り込むとは。災禍の余波とはいえ、邪魔をしたな!」
 一瞬で走り去る背を、拓海はやれやれと言った様子で見送る。
「まったく、嵐のような奴だな……」
「何だかこの間会ったときと、だいぶ感じが違うね?」
 葉月の言葉に「まあ、あの格好だしな」と苦笑する。
「それはそうなんだけど……随分、拓海に心開いてるんだなって」
「……そうか? あいつは最初からあんな感じだと思うが」
「ううん、そんなことないよ。だって前会ったときは自分からあんなに話してなかったもの」
 言われてみれば、以前に三人で会ったときはこちらが話しかけたことに答えるだけだった。中二演説以外でシスがあんなに長く話をしたのは、今回が初めてかもしれない。
「(仮)が取れる日もそう遠くないのかもね」
「それは喜ぶべきこと……なのか?」


 花火祭を観戦し終わったマリアとリリアードも、幻灯エリアへと移動してきていた。
「賑やかなのも愉しいけど、こんなのも悪くないワァ」
 幻想的な風景を眺めながら、リリアードはゆったりと微笑む。
「マリアの美貌がよく映えるわネ」
「あら、ありがとう」
 辺りに満ちる柔らかな光は、彼女達をより艶めかせていて。
 二人はランタンや紫陽花を眺めながら、気の向くままに散策を楽しむ。
「あら、九重先生ごきげんよう」
 見知った顔に挨拶すると、相手もああといった様子で。
「マリア君か。今夜は知った顔に多く会うものだ」
「ふふ、それだけこのお祭りが盛況なのでしょうねェ」
 リリアードの言葉に、誉はそうだなと頷いて。
「たまの気晴らしになってくれればいいのだが」
「私たちも、とても楽しませてもらってるものv そうだわ先生、種子島の素敵なものとか教えてくださらない?」
「素敵なもの……か」
 問われた誉はしばし考え込み。
「……すまない。君達がどういうものを素敵だと感じるのか、考えてみたのだが……。どうにも要領を得ない」
「あらヤダ、先生そんなに真面目に考えなくてもいいのよォ?」
 おかしそうに笑うリリアードに、誉は気まずそうに苦笑して。
「こういうのはどうも苦手でな。まあ、もし二人が酒を嗜むのなら、『南蛮』と呼ばれる焼き物がいいかもしれないな。これを使って酒を飲むと美味いらしい」
「あらいいことを聞いたわね、リリィ」
 マリアの言葉にリリアードもそうねェvと頷いてみせる。
「種子島で灯された希望の光は、これからも夜空を照らすのでしょうネェ」
 誉はそうだな、と頷いて。
「島の噂を聞きつけたのか、最近でははぐれた天魔を見かけるようになってな。ここなら危険がないと思ってのことだろう」
 そうした天魔の対応をするのに、ジャスミンドールや檀が一役買っているのも事実だという。
「すべては、諸君等が成し遂げた結果だ」
「そうねぇ。これからもっとそういう場所が増えるといいのだけど……」
 誉の話に、マリアはそう呟いたあと。
「でも私たちは何があっても、愉しい方に進むだけね」
「そうね、愉しいのが一番だワァ」
 応えるリリアードもゆっくりと頷いてみせる。
 そんな彼女達を見て、誉も「君達らしいな」と微笑するのだった。

 同じく花火祭を終えた愁也と遥久も、旅人を誘ってこのエリアへ来ていた。
 ちなみに愁也はアイヌの民族衣装、遥久は誉の見立てで夏物の羽織長着へと着替えている。
「さっきは途中で抜けてごめん」
 謝る旅人に、遥久はいえと首を振る。
「西橋殿もお忙しそうですね」
「そうでもないんだけどね。ただ、一応全部のエリアを回るようにって言われてて」
 何か懸念でも? と問う相手に、うーんと小首を傾げ。
「僕もよくわからないんだけど……九重先生がね。何か気にしているようだったから」
 具体的に何を、とは言わなかったけれど。
 その時、やりとりを見守っていた愁也がふいに切り出した。
「旅人さん何かあった?」
「え?」
「あ、いや、気のせいだったらいいんだけど。なんかさっき会った時と様子が違うように感じたから」
 その言葉に、旅人は一瞬黙り込んだ。やがて「なかなか隠せないものだね」と苦笑を浮かべ。
「ちょっと、久我さんに言われちゃってね。色々考えてた」
「……もしかして、あの悪魔のこと?」
 愁也の言葉に、旅人はわずかに視線を落とす。
「僕には少し、考える時間が必要なのかもしれない」
 それ以上話そうとしないのは、彼の中で整理しきれていないものがあまりに多いのだろう。愁也と遥久は目で頷き合い。
「西橋殿が決めることですから、私たちに言えることは少ないですが……」
「前にも言ったけど、助けが必要なときはちゃんと言ってよね」
 彼らの言葉に旅人は頷いてから、「約束するよ」とはっきり言った。


「……ん?」
 紫陽花ロードを抜けたところで、マキナとメリーは何やら黒焦げの物体と遭遇していた。
 もはやどこからツッコんで良いかわからない有様に、メリーが驚いた様子で。
「お兄ちゃん、あれ何!? もしかしてGhost」
「いやいや待て待て違うぞ!!!」
 思い出される金属バットの悲劇に、全力否定の声があがる。聞き覚えのある声に、マキナは笑いをこらえつつ。
「種子島ぶりですね。その格好は……と言いたいところですが、大体予想がつくのでスルーしときます」
「そうしてくれるとありがたい(まがお」
「お久しぶりなのです! シスさんもお祭りに来てたのですね!」
 中の人の正体に気づいたメリーは、久々の再開のせいかいつになく嬉しそうで。
「少しの間一緒に楽しむのです! ご飯食べるのはどうなのです?」
「いやしかしだな。俺様はこの格好だぞ……?」
「まさか妹のお誘いを断るなんてしませんよね?(えがお)」
「」

 そんなわけで、三人はライトアップされたガーデンカフェで、食事をとることにした。
 ちなみにメリーの手料理かと覚悟していたシスが、こっそり胸をなで下ろしたことは内緒である。
「この料理美味しいのです! シスさんもたくさん食べるのです!」
 黒焦げ姿なシスのために、メリーは次々に料理を口に運んでやる。
「むぐぐぐもうちょっとゆっくりだな!!……ぬ、確かに美味いな」
 周りの視線は華麗にスルーしつつ()、三人はしばし和やかな談笑のときを過ごす。
「こちらの住民とも、良き関係が築けているようでなによりです」
 マキナの言葉に、シスは若干戸惑った様子で。
「……今のところはな。この先何があるかわからん」
「おや珍しいですね。いつもは呆れるくらい強気なのに」
「呆れるは余計だ! ……まあ俺様も色々あるのだ」
 ここ最近、天界上層部がとてつもなくきな臭いことはシスたちにも伝わっていた。しかし実際に何が起こったかは詳しく知らされておらず、これから自分たちの立場がどうなるのかもいまだ聞こえてこない。
(あまりにも、分からないことが多すぎる)
 そのせいで、自分がどう動けばいいのかわからないのが実情だった。

「――なんだよ、らしくねえなあ」

 突然かけられた言葉に、シスはやや驚いた様子で顔を上げた。
 急に口調が変わったマキナは、戦闘時に見せる粗暴さをありありとにじませつつ。
「それでも蒼閃霆公達の後を継いだ存在かよ? もっと腹くくってられねえのか」
「ぐっ……」
「この先どうなるかわからないのは、みな一緒だろ。なら、考えたって無駄だ」
 マキナの率直な言葉に、シスは返す言葉がない様子だった。メリーもシスのことを見つめ。
「シスさんが悩んでたら、きっとエルさんやソールさんも心配するのです」
 自分が泣き続けていたことで、兄に心配をかけてしまったように。
「メリーはメリーで前に向いて歩いていくと決めたのです! その為にもシスさんとはこれからも仲良くなっていきたいのです!」
 かの大天使のことは胸にある。けれど、いつまでも下を向かないと心に誓ったから。
「シスさんにも、前を向き続けてほしいのです!」
 二人の話を聞いたシスはしばらく黙り込んでから、どこかおかしそうに言った。
「ふっ……俺様としたことが、貴様らに励まされるとはな」
 やはりこの兄妹には、どこか親近感のようなものを覚えつつ。
「貴様らの言うとおりだ。礼を言う」
 そうはっきり告げた声に、もう迷いは感じられなかった。


 所変わって屋台エリア。
 花火会場を後にした一臣と友真は、空きっ腹を満たしにここを訪れていた。
「一臣さんと食べ歩きーいえい!」
「おお、凄い店の数だなあ」
 久々のお祭りにはしゃぐ友真の隣で、白のトーブに着替えた一臣はずらりと並ぶ店々を眺めつつ。その中に知った顔があるのに気づき、二人で入ってみる。
「あ、歌音さんや!」
「やあこんばんは、お揃いのようで」
 焼きたての甘い匂いに、一臣は思わず微笑みつつ。
「鈴カステラか。美味そうだね、ひとつもらってもいいかな」
「オレンジジュースもお願いしまっす!」
 歌音は手際よく袋詰めしていくと、二人に差し出した。
「はい、少しおまけしといたよ」
 
 歌音の店を後にした二人は、早速食べ歩き。
「カステラうまー!」
「ああ、これは美味いな」
 生搾りのオレンジジュースも、花火で消耗した身体にはありがたかった。
 いくつ目かのカステラを頬張ったとき、一臣は人波の合間に黒猫面を見た気がした。
「ミ……っ」
 思わず振り返るが、その姿はどこにも見あたらない。
「一臣さん、なに鳴いてんの?」
 怪訝な表情を浮かべる友真へ、一臣はしばし振り返ったまま。
「……さっき見た気がして」
「何を?」
 説明を聞いた友真の表情が、みるみるうちに驚いたものへと変わる。
「えっほんまに? ほんまにおったん?」
「いやそれが、すぐに見失っちまってさ」
 苦笑いを浮かべる一臣に、友真は疑わしそうな目になる。
「それ、目の錯覚やったんちゃうん」
「見たって絶対! いや、多分。……もしかして幻想?」
 あっという間に自信をなくす様子に、友真は思わず吹き出しながら。
「まあ、おってもおかしくないよな」
 あの人なら。
「ああ。もしかすると、誰かが見つけてたりしてな」
 彼らの土産話を、楽しみにしようか。そんなことを考えながら、手元を見ると――
「あれ?」
 抱えていた鈴カステラが、少し減っているような気がした。
 代わりに入っていた本物の鈴を見て、二人は顔を見合わせるのだった。


 一方、花火会場を後にしていた因は、ある人物に声をかけていた。
「旅人さん、こんばんはぁ」
 愁也達と別れてきたばかりの旅人は、おやといった様子で。
「君は確か……」
「縁の姉の因と言います。いつも弟がお世話になってるみたいですねぇ」
「ああいや、こちらこそ」
 恐縮する旅人へ、さっきまでいた花火会場の方向を見やりつつ。
「あの子の回りは賑やかですねぇ」
「そうだね。僕の周りもそうだけど……気がついたら、賑やかになってて」
「えぇ。本人も同じようなこと言ってましたよ」
 そう言って微笑んでから、因は旅人を振り向く。
「そう言えば一度聞いてみたかったんですが」
「うん? 何かな」
「うちの弟って普段どんな感じなんでしょ? 印象とか聞かせてもらえたら嬉しいですねぇ」
 問われた旅人はしばし考え込み。
「縁君の印象か……………………ねこ?」
「ねこ」
 目が点になる因に、旅人はああといった様子で笑いながら。
「縁君がいつも連れてるいろはさんとかずはさんが、本当に可愛くて。よく撫でさせてもらってるから」
「ああ、あの子達は弟によく懐いてますからねぇ」
 縁がよく連れている三毛猫は、まるっと福々しいシルエットが愛らしい。元々動物好きの旅人は、すっかりめろめろなのである。
「後はあれかな。縁君って、相手をほっとさせる空気を持っているよね」
 目立つタイプじゃないかもしれない。けれど、そこにいるだけで安心するような、縁の下でそっと支えてくれているような。
「やっぱり『なおす』ことを大切にしているせいかな。ひとつひとつの物事を、丁寧にこなす印象もあるよ」
 慌てず、騒がず、されど確実に。
「でもその辺りは、因さんにも似たものを感じるんだよね。やっぱり姉弟だからかな」
「そうですかぁ? あやつとはだいぶ性格が違うんですけどねぇ」
「たぶん、根にあるものは似てるんじゃないかな……なんて。初対面の僕がいっても説得力ないよね」
 苦笑する旅人に、いえいえとかぶりを振り。
「なんだかこそばいゆいですねぇ。でも、ありがとうございます」
 そう言ってから、改めてしみしみじと感じる。
「沢山の人に関わるの苦手だったのに、かわったなぁ。あやつ」
 こうやって、弟のことで話ができる相手があっという間に増えていった。そしてなにより。
「私に義理の妹ができるとは」
「えっ?」
 思わず聞き返した旅人に、彼女はしまったという顔になる。
「ああそうか。プロポーズの返事もらいたてらしいから……まだ誰も知らないか」
「ええとそれって、つまり……」
「えぇ。そういうことです」
 聞いた旅人は、いかにも嬉しそうに頷いてから。

「……僕もね。ここへ来た頃は人と深く関わるのが、苦手だったよ」
「そうなんです? 何だか意外ですねぇ」
 いつも穏やかで人当たりがいいだけに。そういった旅人の心根を知る人は、恐らく少ないのだろう。
「苦手というより怖かった、というべきかな。自分が関わったせいで誰かを傷つけてしまいそうで」
 傷つくなら自分だけがいいと思っていたし、実際にそのせいで何度か周りにも迷惑をかけた。本気で向き合ってくれた友のおかげで、ようやく踏み出すことができたのだのだと。
「人の縁は、何よりの宝と言いますしねぇ」
「うん。だから縁くんにそういう相手ができたこと、僕もとても嬉しいよ」
 今度会ったらおめでとうって伝えなくっちゃ、と微笑んだあと。
「そうえいば、因さんは指物師なんだよね」
「えぇ。実家が指物屋なもんでねぇ」
「僕も伝統的技能には興味があってね。ほら、鷹匠なんかもそうだし」
 今日の格好なんてまさにそうだと、互いに笑いつつ。
「今度よかったら、作品見せてね」
「えぇ、どうぞ。まだまだ半人前の身ですが」

 そして旅人と因が別れた頃。
 食事を終えた縁とゆかりは、辺りをのんびりと散策していた。

「縁さん手繋いでもいい?」
「ん」
 寄り添うように並んだ二人は、灯籠に照らされた道をゆっくりとした足取りで進んでいく。
 様々な形をしたランタンを眺め、たわいのない話に花を咲かせていると、いつの間にか時間を忘れてしまう。
「そういや近いうちに、お世話になってる人への報告もやんないとねぇ」
 プロポーズの返事をもらったばかりで、自分たちですらまだ実感はないけれど。
「みんなびっくりするかな?」
「どうかねぇ。存外、承知されてる気もしてるんでさぁ」
 二人は知る由もないが、もう既にこの会場で知ってしまった人もいるわけで。
 でもそれで構わない、と縁は思う。幸せな話題が広まっていくのは、自分を取り囲む世界が優しいということでもあるのだから。
 ふいに思案する縁を見て、ゆかりは小首を傾げる。
「縁さんどうしたの?」
「……俺、この学園に来てよかったと思ってるんでさぁ」
 多くの賑やかな友人や先生に囲まれ、生涯を誓い合う人もできた。
「ここへ来た頃の自分からは、想像もできねぇだけになぁ。人ってこうも変われるもんだと、ちょいとしみじみしちゃってねぇ」
 縁の話を聞いて、ゆかりもそうだねと頷く。
「出会いが人を変えるっていうけど……。本当にそうなんだなあって、私も思うよ」
「……ゆかりも変わったのかい?」
「うん。だって縁さんと出会うまで、こんなに心が満たされたことなかったもの」
 愛した人に愛される。
 それがこれ程に世界を啓き、見える景色を変えてしまうとは。
「私こんなに幸せでいいのかなって、ときどき怖くなる。でもその”怖い”って気持ち込みで、きっと幸せなんだよね」
「……そういや、前にタビットさんが勧めてくれた映画で言ってたなぁ。『人は心の底から誰かを愛したとき、本当の喪失を知る』って」
「今なら私、その言葉の意味がよくわかるよ」
 愛の深さと失う痛みは、常に反比例のごとく呼応し続ける。
 でもだからこそ――尊く美しい。今までどれだけ多くの人がその意味を知り、メランコリィに見出す愛の歓びを謳歌してきただろう。
「ねえ縁さん、私たち幸せになろうね」
 その言葉に頷いてから、縁は彼女に向き直る。
「陳腐かもしれねぇけど、他に言うことも見つからねぇし……」
 幻灯を映す瞳を見つめ、改めて告げる。

「ゆかり、愛してる」

 ほんの少し潤んだまなざしに、愛しげな微笑みが咲く。
「私もよ、縁さん」
 今も、これからも。
 あなたの側で生涯在り続けることを――その心と魂に誓って。


 同じ頃、マキナとメリーは祠の近くで出会ったリロに、挨拶をしていた。
「前回は慌ただしかったので挨拶が出来なかったのです。メリーなのです! よろしくなのです!」
「こちらこそ、よろしくね」
「お話するのは初めましてでしょうか。メリアスの兄のマキナと申します」
 メリーに続いてマキナも自己紹介。仲睦まじい兄妹を見て、リロの白い頬がほんの少し緩んだ。
「リロさんは紅茶が得意だって聞いたのです! お兄ちゃんと一緒だね!」
「ほう紅茶に詳しいのですか」
 二人の言葉に、リロはこくりと頷いて。
「うん。仕事柄、紅茶を淹れる機会が多いせいもあるけど。半分はシュミかな」
「成る程。やはり紅茶は、ゴールデンルールを守ってこそですよね」
「そうだね。茶葉によって最適な温度も抽出時間も違うし。特にこの世界だと、季節でも変わってくるんじゃないかな」
「ええ。そのベストなタイミングを見計らうのも、ひとつの楽しみといいますか」
「ふふ。キミの意見に同感だよ」
 彼らはひとしきり紅茶談義に花を咲かせてから、握手を交わして別れる。
 別れ際、リロは改めて二人を見つめ。
「キミ達は本当に仲のいい兄妹なんだね」
「そうなのです。メリーはお兄ちゃんのことが大好きなのです!」
「ふふ。ボクも兄様のことが好きだよ」
 そう言ってから、ほんの少しだけ視線を落とす。
「……それなのに、どうしてこうなったのかな」
 お互いに、向けてきたものは同じだったはずなのに。いつしか、兄と自分は違う世界を見ようとしていることに気付いてしまった。
「リロさん……」
 彼女の横顔が、とても寂しそうで。メリーは側に近づくと、きゅっとその手を握る。
「メリーは難しいことはよくわからないのです。でも……リロさんには、これからもお兄さんを好きでいてあげてほしいのです」
 たった一人の兄なのだ。嫌いになろうとしたって、きっと心に嘘はつけない。
「妹の幸せが嬉しくない兄なんて、俺はいないと信じてます」
 少しずつ変わっていく妹は、いずれ自分から離れていくだろう。それは確かに少し、寂しいことだけれど。
「いつかお兄さんも受け入れられると良いですね」
「……うん。ありがと」
 そう返す少女の顔を、淡い灯籠の光りが照らしていた。


 そして。
 人捜しをしていた雨宮夫妻は、中央会場から少し離れた場所で、何かが瞬いているのを発見していた。
「あれは……?」
 近づいて見ようとすると、それは幻のように消えてしまう。けれどまたその奥で何かが瞬き、二人は誘われるように木々の奥へと歩みを進める。
 りん、と鈴が鳴った。
 いつの間にか現れた人影に、歩と祈羅は”招待状”を手にご挨拶。
「こんばんは、と。楽しんでいるかい?」
「猫ちゃんおいでー」
 示された『ハートのキングとクィーン』に微笑が咲く。

「ふふ……見つかってしまいましたね」

「よく言うねぇ。そっちから”誘った”んだろぉ?」
 現れた黒猫面の青年に、歩はやれやれと笑いかける。鴇色のチャンパオ姿を見て、祈羅が残念そうに。
「見た目的に問題無かったら、抱きつきたかったのに!」
「おや、別に私は構いませんよ?」
 くすくすと漏れる響きも、やっぱり変わらなくて。歩は一旦沈黙すると、どこか困ったように肩をすくめた。
「話したいことは色々あるんだけど、顔を見たら何から話せばいいのか分からなくなってしまったよ」
 何か伝えようと思うのに、それはちっとも言葉にならなくて。
「ボクは探偵なのに、自分の感情を調べるのは苦手らしい。……だから、話せる限り色々な事を話さないかい? こういう機会は貴重だから、ねぇ」
 普段は見られない夫の様子に、祈羅は小首を傾げる。
「なんかさ……ほんと不思議なんだけど。歩ちゃんのこんなデレデレ姿を目の当たりしても、なぜか嫉妬よりも微笑ましい気分になるんだよね……」
 多分それは、夫とて同じなのだろうと確信しつつ。
「そういう意味では、うちらは君のマジックに魅せられてるのかな?」
 彼女の問いかけに悪魔はさも愉快そうに、肯定とも否定とも取れるような笑みを返す。
 そしてほんの少し、間が空いて。

「――いいでしょう。では少し、昔話をしましょうか」

「昔話?」
「おや、不満ですか?」
「ううんそんなことはないけど……なんだか意外だなぁって」
 祈羅の素直な感想に、相手はゆっくりと頷き。
「ええ。本来であれば、過去を語る趣味はないのですが――今宵は特別に、ある道化の物語をお話しします」
 特別と言われたらなんかもう全部OKな気持ちになるあたり、だいぶ末期だなと思う。
「もうどれくらい前のことか忘れましたが。彼はこの世界をひとりで訪れました」
 それは人間にとって天魔の存在が当たり前となる、ずっと前の話。
「昔から数多ある並行世界に興味がありましたのでね。ここへ来たのも、ほんの物見遊山のつもりだったそうです」
「なるほど、あいつらしいねぇ」
 愉快そうに聞き入る歩に、黒猫面は頷いて。
「そのとき彼が潜り込んだのは、小さなサーカス小屋でした」
 そこで初めて見た”道化師”の姿は、彼にとって新たな世界を啓いた。
 常に観客の側に埋没し、悲劇ですら喜劇として切り取るさまに、強く惹かれたから。
「彼は、人間というのは実に面白いと思いました」
 もっと知りたい。彼らなら、色あせない景色を見せ続けてくれるのではないか。
 そこで少し、面の奥の瞳が翳りを見せる。
「ですが、あなた方に与えられた時はあまりにも短かった」
 強く焦がれたつかの間に、己の手からすり抜けていってしまう。
 だからずっと、諦めていた。
 長い悠久の星霜、何をやってもどこへ行っても、色づくのはわずかなひとときで。
「この世界に再び降り立ったときも、あまり期待はしていなかったのですがね。ふふ……後のことは、あなた方も知っての通りです」

 話を聞きながら、二人はあの時の舞台に想いを馳せていた。
「ねえ。うちがおばあちゃんになって、いつか死んじゃっても……うちのこと覚えていてくれる?」
 祈羅が問いかける側で、歩はゆるりと宵空を見上げた。
「ボクは忘れられてもいいさぁ」
「ほんとにいいの? 歩ちゃん。……うちは嫌だよ」
 心細げな妻の手を握ると、安心させるように微笑いかけ。
「たとえ記憶から消えてしまっても、お前の魂に刻まれている……そうだろぉ?」
 視線の先で、黒猫面はやっぱり微笑んでいて。

「――彼はあなた方と出会い、一生分の恋をしました」

 あの時見た鮮烈な輝きは、強く心を染め付け魂を焦がし続けるだろう。
 いつか彼らを失う日が来ても、それだけで自分は生きていけるから。

「そう信じさせたのは、あなた方ででしょう?」

「……もう。ほんとずるいよね」
 俯いた祈羅が、にじむ雫をそっとぬぐう。歩も苦笑しながら。
「そんな風に言われたら、何も言えなくなってしまうねぇ」
 そんな二人の様子を、悪魔は愛おしげに眺めてから。
「では、そろそろ私は行きます。有意義なひととき、礼を言いましょう」
「待って!」
 去ろうとする背を、祈羅が追いかける。
「彦星様と織姫様は年に一度会えるけど……来年も会ってくれない?」
 そう言って、雨の形をした翠玉のピアスを差し出す。
「これ、うちからの招待状。もらってくれない?」
 面の奥で猫のような瞳が細められる。
「ふふ……いただいておきましょう」
「もっと早めにあってくれても、いいんだけどね?」
 ウィンクしてみせる彼女に、悪魔は愉快そうに微笑って。
「私たちはたまにしか会えないくらいが、ちょうどいいのですよ」
 聞いた歩も、どこか納得した様子で微笑い返した。
「お前の言うとおりかもしれないねぇ」

 だってその方が、きっと想いは募るから。



●宵は深まって


 軽く食事を済ませたミハイルと沙羅は、紫陽花を見ながら散歩を楽しんでいた。
 一歩、一歩、その幸せを確かめるように。
「さっき行った七夕祭りも、楽しかったな」
「ええ。短冊に込めた願いごと……叶うといいですね」
 繋いだ手から伝わる体温に、鼓動が少し早くなる。ライトアップされた紫陽花を眺めながら、ミハイルはゆっくりと切り出した。
「沙羅と出会うまで、星や花を興味深く見ようとは思いもしなかったぞ。沙羅は俺の世界を広げてくれる」

 星を見て。花を見て。
 ああ、綺麗だと。
 これが彼女の世界なのだと。

 知るたびに自身の世界は啓かれ、その輪郭は鮮やかさを増していく。
 こんなにも綺麗で優しいものを教えてくれる彼女が――ときに眩しく感じてしまうけれど。

「私もミハイルさんといると楽しくて、頼もしくて……今まで感じた事のない気持ちを知りました」
 言葉を交わすたびに心が満たされ、その蒼い瞳に見つめられるたびに胸の奥が熱くなる。
 その手に触れれば鼓動が高鳴り、同じ景色を臨めば嬉しくて世界が輝いて見える。
 彼の隣を歩くたび、心の底から沸き上がる確信めいた気持ち。
「私いま……とても幸せです」

 その時、小さな祠が道の外れに現れた。
 周囲を囲む青紫の花を見て、沙羅が瞳を細める。
「桔梗ですね」
「これが桔梗か。控えめで上品な感じがする花だな」
 そう言ってミハイルは一輪摘むと、沙羅へ向けて差し出す。
「俺のは、沙羅に」
「では私のは、ミハイルさんに」
 互いに交換しながら、はにかんだように微笑い合う。

 そんな二人が短冊に残した言葉を、あなたたちだけに教えよう。
 念のために言っておくと、お互いに何を書いたのかは本当に知らないらしい。
 赤面しながら結びつけたミハイルがしたためたのは、

 ”ずっと沙羅と一緒にいたい”

 そして沙羅が美しい字で込めた願いは、

 ”大切なミハイルさんとたくさんの思い出を作りながら、ずっと一緒にいれますように”

 その願いは、きっといつか。


 屋台から七夕祭に移動していたあけびと藤忠は、夜空に広がる天の川を眺めていた。
「わあ、凄い。星がいっぱいだ……!」
「ああ。綺麗だな」
 今夜は空気が澄んで、呼吸するたびに身も心も浄化されるような気分になる。
「あっ流れ星! 姫叔父見た?」
「あ、また流れた」
「えっどこどこ?」
 満天の星空にはしゃぐ妹分を見て、藤忠は来てよかったと思う。
 日常に戻ればまた戦いの日々が待っている。だからひとときだけでも、こんな穏やかな夜に埋没してほしかった。

 ひとしきり星空を堪能したあとは、二人して願いごとの短冊を笹へ結びつける。
「あけびは何と書いたんだ?」
「私はこれ!」

 ”老後も友達皆を弄りに行けますように”

「……もう老後の話とは気が早いな。というか、弄りにいきたいってどういうことだ」
「もー鈍いんだから姫叔父は。つまり全員元気で、何時までも笑ってたいってこと!」
 そう言って無邪気に笑う妹分へ、藤忠は躊躇いがちに切り出す。
「俺はてっきり、あいつに会いたいと書いたのかと」
 その言葉に、あけびの表情からすっと笑顔が消える。やがて星を見上げると、まるで自分に言い聞かせるように。
「会いたいよ。でも自分で会いに行くから」
 これは願いでは無く、己の誓い。だから神さまには頼まない。
「……そうか。お前らしいな」
「会ったら斬り合いになるかもしれないしね……もっと強くならないと。あ、でも」
 そう言って振り向いた妹分は、いつもの笑みが戻っていて。
「もちろん姫叔父と師匠とまた三人で楽しくやるのも、諦めてないよ!」
 そのために強くなり続けると誓った。
 護るといってくれた、笑っていろといってくれた――貴方たちにも、笑っていてほしいから。
「そういえば姫叔父は、短冊になんて書いたの?」
「俺か? 秘密だ」
「えーそんなのずるい!」
 ふくれるあけびを見て、藤忠は笑いながら。
「もう結びつけたから、どこにあるかわからないだろ?」
「いいよ、見つけるまで帰らないから」
「じゃあ置いて帰る」
「ひどーい!」
 ぷんすかする妹分を、藤忠は飄々とかわしていく。
 そんな彼がしたためた願いごとは、

 ”周囲の人間を護りたい”

 この学園に来て、友人や大切な仲間が増えた。
 気がつけば妹分だけで無く、彼らにも無事でいてほしいと願う自分がいる。
(あけびの言う通り、これは願いでは無く誓いなのかもしれないな)
 そう呟く藤忠の視線先で、彼女はやっぱり無邪気に笑っていて。
 満天の下に咲くその笑顔が、もう二度と翳らなければいい。
 きっとあいつも、そう思っているだろうから――


 ラーメンが無事完売したとしおと華子は、約束通り紫陽花ロードを一緒に歩いていた。
「としおさんのラーメン好評でしたね♪」
「うん、喜んでもらえて嬉しかったなあ」
 としおが研究し尽くしたラーメンは外国人どころか天魔にも人気とあって、屋台は大盛況だった。
 思ったより早く完売したため、ふたりはのんびりと散歩を楽しむことにしたのだ。
「えへへ、こうやってくっついてると幸せなんだ♪」
 そう言って華子はぴったりと恋人に寄り添う。
 歩きにくいかな? と問いかけると、としおはかぶりを振って。
「華子を近くに感じられて、僕も嬉しいよ」
 柔らかな灯に照らされた恋人は、いつも以上に可憐で愛おしくなる。
 祠を見つけると、としおはそこに咲く桔梗を一輪摘み取り。
「この桔梗、華子にあげたら喜んでくれるかな?」
 そう言って差し出すと、華子はほんのり頬を染めて受け取る。
「……嬉しい。ありがとうございます」
 花に込められた想いに、心が温かくなる。
 
 しばらく景色を楽しんだ後は、改めて天の川を鑑賞。
 灯の少ない場所へと移ると、辺りが闇に沈むのと呼応するように空が瞬きはじめた。
「わぁ、綺麗……!」
 満天のパノラマ、無数の星屑が降ってくるかのような感覚を覚える。
 うっとりと魅入る華子の耳に、恋人の囁きが届いた。
「華子、こっち向いて」
「何ですか――」

 唇に、柔らかな感触があった。
 キスされたのだと気づいた瞬間、鼓動が速くなるのを感じる。
「ふいうち成功かな?」
 としおは笑いながら、伸ばした指先で彼女の髪を撫でた。
 その手つきが驚くほどに優しくて、触れられるたびに胸の奥が強くしめつけらてしまう。
「としおさん……」
「ん?」
「好きです」
「うん……知ってる。僕も華子のことが好きだよ」
 こつんと額を合わせ、互いに微笑み合う。甘く、満ち足りたひととき。

「この優しい時間が、いつまでも続きますように」
「この幸せな時間がいつまでも続きますように♪」

 優しく幸せな夜はゆっくりとふけていく。
 天の川に、願いを届けて。


 一方、黒猫面探して三千里の縁は、あちこちを巡って最終的に幻灯エリアへ辿り着いていた。
「ふおー! 綺麗なんだね!」
 辺りを彩るランタンの数々に、思わず歓声の声をあげる。
「ふふふ、スカイランタン思い出すんだよー」
 フィナーレの舞台となった、あの上り坂。
 花水木とスカイランタンで溢れていた景色を思い出し、縁のほんの少し胸が締め付けられる。
「うにー…どこなんだよー……」
 ふらふらと会場を周りながら、茂みを覗いたり道行く人影を気にしてみたり。けれどなかなか、あのひとの影は見つからない。
 ――もう、会えないのだろうか。
 そんな心細さを感じながらしばらく歩いていると、やがて道が途切れた先に祠が在るのに気がついた。
「うやや、ここも素敵なんだね……!」
 取り囲むように咲く花々は、夜風の中でひっそりとなびいている。
 縁はひとしきり景色を楽しんでから、祠に手を合わせ。側に咲く青紫の花を一輪摘んだ。
「桔梗かあ、うにうに。縁の気持ちは桔梗と一緒、なんて!」

 そのとき、りんと音がなった。

 思わず顔を上げると、祠から更に奥まった場所で何かが瞬いているのが見える。
 誘われるように近づいて見ると、光は幻のように消えてしまう。けれどまた別の場所で何かが瞬き、歩み入った先で再び鈴の音がなった。
 その刹那。

「――こんばんは」

 待ち焦がれた響きに、思わず心臓が跳ね上がる。
「ミスター……ようやく会えたんだよ!」
 甘い花の香り。
 思わず泣きそうになる縁の視線先で、黒猫面の青年はいつもの微笑を宿す。
「ふふ……何やら不思議な格好をしていますね」
「うや? こ、これは不可抗力なんだね!」
「そうですか。似合ってますよ?」
 似合ってるとか言われたら、もう毎日着るわ(まがお)。そんなことを考えながら、縁はおずおずと切り出してみる。
「ミスター少しの間、一緒にいてもいいかな?」
「ええ。構いませんよ」
「それと……もう一つ、お願いがあるんだよ」
「おや、何です?」
「………手を、繋げないかなー?」
 言った途端、顔が熱くなるのを感じる。
「ちょ、ちょっとでいいんだけど、むむ無理なら構わないんだね!」
 真っ赤になっている彼女の目前で、黒猫面はくすりと笑んだ。
「どうぞ」
 差し出された手に、いつになく緊張しながら自分の手を重ねる。
 触れた指先は思ったより細くて、少しひんやりとしていて。
(うー……どきどきするんだね)
 恥ずかしさのあまり、うまく顔を上げられない。そんな彼女の耳に、涼しげな声が届いた。
 
「どうせなら、空中散歩といきましょう」

 次の瞬間、ふわりと身体が浮き上がる。上空から見る幻灯エリアは、地上からまた異なる趣を見せていて。
「ふおお綺麗なんだね……!」
「ええ。美しいですね」
 しばらく遊泳を楽しんだら、たわいのない話に花を咲かせる。
「あ、そうだ。これをミスターに渡しておくんだね」
「おや、なんですか?」
 差し出したのは、一輪の桔梗。
 縁は花に込められた言葉ごと、めいっぱいの気持ちを届ける。
「これから先も、変わらない想いをあなたに。愛してるんだよ! ミスター!」
 桔梗を受け取った悪魔はしばらく見つめてから、どこか苦笑めいた色を漂わせ。
「あなたにこうもはっきり言われると、私も応えざるを得ませんね」
「にひひ。縁はいつもストレート勝負! なんだね!」
 その言葉に悪魔は愉快そうに頷いてみせる。
「以前お渡しした”招待状”は持っていますか」
「うにうに、もちろんなんだよ!」
 差し出された”ハートのエース”を手に取り。
 軽く口づけてから振った瞬間、カードの色が鮮やかな虹色に変わった。
「うやや凄いんだねミスター!」
「どうぞ」
 再び渡されたカードには、元々描かれていた道化師と猫のほかに何かが描き加えられていた。

「では、また」

 優美な微笑が宵闇に紛れていく。
 見送る縁の手元で、青紫の星形が咲き誇っていた。


 旅人と別れた愁也と遥久は、見回りをしていた誉と遭遇していた。
「こんばんは、九重先生」
「ああ、夜来野君と月居君か。相変わらず仲がいいな」
 そう言ってから、遥久が召している着物を見やり。
「思った通り、よく似合っている」
「ええ。やはり着物はプロの方の目にお任せするに限ります」
「プロと言っても、実家が呉服屋なだけだがな」
 遥久と誉が歓談している間、愁也はふとよく知る気配を奥の方に感じる。
(もしかして……)
 ひとり進んだ先で出逢った、かつぎを被った牛若丸。
「やっぱり、リロちゃんだ」
 声をかけると、相手も嬉しげな色を紫水晶に映した。
 二人は互いの衣装や花火祭のことなど、たわいのない話に花を咲かせる。ひとしきり話し終えたところで、愁也は宇都宮でのことを切り出した。
「リロちゃんが覚悟を決めたなら、それでいいよ」
 それがどんな結論でさえ、彼女自身が選んだのならきっと後悔はないはずだからと。
「もしまた迷ったら、手を差し伸べるしね」
 そう言って笑う相手に、リロは頷いてからほんの少し微笑する。
「ありがと、シュウヤ」
「俺もまだオニイサマとは喧嘩し足りないからね。諦めたくないことは多いんだ」
「うん。ボクもまだ、やらなくちゃいけないことばかりだから」
 そう言ってから、リロはくすりと笑む。
「ふふ。何か変な感じ」
「え?」
「シュウヤと兄様っていると大丈夫、って気持ちになる」
 全然違うのにね、と微笑する瞳には両者への偽りない親しみが、込められているように思えた。

「じゃ、またね」
 去って行く彼女の背を、愁也はしばらく見送っていた。
(君の頼朝が、君を殺さないように)
 君の想いが、在るべき場所に届くように。
 そして自分を、諦めないように――願いをそっと、胸に秘めて。


 同じ頃、佳槻の店の前を、何やら怪しげな物体が通りがかっていた。
「……ぬ。これは何だ?」
 不思議そうにかき氷を眺める黒焦げに、佳槻はやや驚いたように。
「かき氷ですよ。……ご存じないんですか?」
「あ、ああ……食べたことがないものでな」
 しどろもどろな様子に、中の人は恐らく天魔なのだろうと察する。
「ではお一ついかがですか? 水風船のおまけ付きですよ」
「みずふうせん?……それはどういうものだ?」
 案の定知らない様子だったため、佳槻はひとつ手に取ると遊び方を実演してみせる。
「こうやって指に引っかけて遊ぶんです」
「ほう……なかなか面白いではないか」
 赤いのを受け取り、自分もやってみる。
 びよんびよん
「かき氷はどの味にします?」
「よくわからんから、貴様の勧めるものでいい」
 びよんびよん
 提供されたのは、練乳かけ牛乳氷。相手は黒焦げのまま何とか口に運ぶと、しばらく味わっている様子だった。
「……美味いな」
「お口に合ったならよかったです」
 どうらやかき氷が気に入ったらしく、黙々と食べ進めている。しばらくその様子を眺めていると、突然動きが止まった。
「ぬっ!? 急に口の中がすーすーしてきたぞ!?」
「あ、薄荷氷ですね。当たりですよ」
「おいすーすーするぞ!?」
「ええ、薄荷ですから」
「まだすーすーしてるぞ!?」
「どうぞ、水風船もう一つおまけです」
「すーすryえっ……いいのか!?」
 水風船への反応半端無い。
 今度は青いのを受け取った相手は、いそいそと指に装着し。
「ふ、ふん。仕方ないな、両方とも俺様の法具蒐(ルビ:プレミアムボックス)に加えてやろう!」
 この黒焦げ、やたら嬉しそうである。
 やがてかき氷を食べ終わると、二つの水風船をびよんびよんさせながら去って行った。

「……変な客だったな」
 黒焦げが消えていった方向をぼんやりと見やっていると、反対方向から声が上がった。
「あっユリもんなっちゃん見て! かき氷があるよ!」
 現れたのは、ディアンドル姿の三人娘。
「美味しそうだね。ひとつもらおうかな☆」
「ユリア君も藍君も本当によく食べる……あぁ、私は遠慮しておくよ。二人が食べるのを見ているだけで楽しいものだからね」
 はしゃぐ彼女達にオレンジ味を提供し、水風船を渡して見送る。再び静かになった途端、星々が呼吸するように瞬きだすのを感じる。

 遠く聞こえる喧噪を聞きながら、佳槻は思う。
(色々なことが、随分変わった)
 自分も。自分の周りも。
 世界の在り方は刻々と様相を変え、ほんの少し立ち止まるだけで目の前を通り過ぎていくような錯覚をおぼえてしまう。
「これからどうなるのか……」
 人と天魔。
 この世界の行く末。
 考えても、仕方がないのかもしれないけれど。

 空を見上げると、頭上にはアンタレスがひときわ紅く輝いている。
 それはまるで、これから登ってくる天の川を導いているかのようだった。


「みゅ、これ果汁そのものを氷らせてるんだー☆」
「あっ本当だ……! 氷も細かくて凄く美味しいね!」
 佳槻の店をあとにした三人娘は、幻灯エリアへと移動してきていた。足を踏み入れて間もなく、三人は色とりどりのランタンを前にため息を漏らす。
「わぁ、綺麗……!」
 煌びやかな装飾が施されたもの、透かし入りの和紙で作られたもの。
 彫り模様が美しい石灯籠やアンティークな印象を受ける真鍮ランタンなど、ありとあらゆる『光の演出』が見る者の心を惹きつけてやまない。
「見慣れた日本の花に異国の衣装の皆様方君……不思議なお祭りだ」
 紫陽花道を歩きながら、夏雄は道行く人たちの衣装に瞳を細める。頷くユリアの瞳にも、柔らかくライトアップされた花々が映り込んでいて。
「ほんとだねん。何だか自分が今どこにいるのか、わからなくなっちゃいそう」
 幻想的な景色は不思議な浮遊感を持って、彼女達の意識を緩ませてくれる。

 三人はベンチを見つけると、しばしの間そこで休憩することにする。
「紫陽花眺めながら、分けて食べよ♪」
 藍は買い込んでおいた食べ物を、二人に配っていく。
「はい、なっちゃんには温かいスープ買っておいたよ!」
「すまない。実は少し肌寒いと思っていたところだったんだ」
 嬉しそうに器を受け取る夏雄の隣では、ユリアが幸せそうな表情でポテトパンケーキをもぐもぐしている。
「ドイツ料理うまー☆」
「楽しいね、何時もより食べれちゃう!」
 お腹が満たされたら、再び散策を開始。
 綺麗なランタンを探しながら歩いていると、いつの間にか祠がある場所へと到達していた。
「静かな場所だねん。ここだけ少し、周りと雰囲気が違う気がする」
 ユリアの言葉に、藍も頷いて。
「周りに咲いているのは桔梗だね。そういえば、一人一輪ずつ持って帰れるってパンフレットに書いてあった気がする」
 そう言って藍は一輪花を摘むと、二人に向かって差し出す。
「ずっと仲良くしてね」
 ユリアと夏雄も一輪ずつ摘んで。
「せっかくだし、三人で交換しよっか☆」
「あぁ。よい考えだ」
 三人で交わし合う、桔梗の誓い。

 変わらぬ想いを、君に――

 ふと見上げると、充ち満ちる綺羅星が彼女達を包み込むように広がっていた。
「楽しい時間って、きらきらしてるね」
 桔梗を手に、ユリアはおっとりと微笑んだ。
「でも、ちょっと怖いかも」
 どうして? と問いかけるまなざしに、彼女はほんの少しだけ小首を傾げ。
「うみゅ。今が幸せだからかにゃ」
「そっかぁ。……でもその気持ち、ちょっとわかる気がする」
 慈しげに空を見つめる藍の隣で、夏雄も僅かに頷いて。
「そうだね……でもそんな風に思えるのは、きっと喜ぶべきことなんだ」
 失うのが怖いほど、かけがえのないものを手にしている証なのだと。
 見上げた先で、宵が穏やかに深まっていく。
 耳を澄ませば、星々の瞬きが聞こえるだろうか。


 その頃誉と別れた遥久は、いつの間にか先へいった親友を追っていたところで、再びシスに出くわしていた。
「こうしてゆっくりお話しするのは、久方ぶりですね。近頃は何を?」
「何をというほどのことはしていない。……まあ、今日も見ての通りの有様だしな」
 相変わらずどこかしどろもどろな相手を、微笑ましく見守りつつ。
「そうですか。シス殿が以前よりも楽しそうで何よりです」
「ぬ……まあ、それは…」
 そこで遥久は、思い出したように問いかける。
「そう言えば、公の姉上の噂を耳にしました。素敵な方なのでしょう」
「素敵というか、正直あれは怖ry」
 その時、背筋にひどい悪寒が走った。
「どうかしかしましたか?」
「い、いや何でも無い。そうだな、蒼閃霆公に似ていると言えば似ている……と思う」
「成る程。いつかお会いしたいですね」
 その言葉を聞いたシスは、しばらく黙り込んだ後。
「貴様がそう望むのであれば、いずれ機会はやってくるだろう」
 別れ際、遥久は気になっていたことを切り出してみる。
「ところで、シス殿は最近SNSをやっているのだとか」
「ぬ、そうだが?」
「よければ、ID交換しませんか。ああいうのは知り合いが多い方が楽しいでしょうし」
 微笑みかける遥久に、シスの表情が急に生き生きとし始めた。
「し、仕方ないな、そこまでいうなら交換してやらんでもない!」
 その後、最初に届いたメッセージは以下の通りである。

 ”俺様だ!(●´ω`●)”


 所変わって屋台エリア。
「最後はみんなでかき氷食べるんだよ!」
 琥珀のかけ声で、メンバーは各々何味にするか選び始める。
「きさカマはメロン味にするんだよ!」
「アキはブルーハワイにするのですよぉ☆」
「カマふぃはみぞれを食べるなの! ジャスミンドールさんには、オレンジ味を勧めるなの!」
「では私は宇治金時にしようかな」
 みんなでしゃくしゃくを食べれば、いつもより美味しく感じるから不思議だ。
 氷をめいっぱい頬張った琥珀は、冷たくなった舌をぺろっと出し。
「わあ、きさカマの舌が緑色になってるんだよ!」
「にゃう☆ アキはブルーハワイなのできっと蒼いのですねぃ☆」
 笑いながら、色とりどりに染まった舌を見せ合いっこ。
「私は抹茶だから……少し緑になっているかな?」
「なんやこれ、うちの舌もオレンジになってるやないの!」
「カマふぃの舌だけ変化がないなの><」
 みぞれ味を選んだことを、ちょっぴり後悔してみたり。
 みんなでめいっぱい笑い合ったら、祭もそろそろ終わり。ほんの少し名残惜しげなジャスミンドールに、琥珀はそう言えばと。
「さっきミンたんに関わるお願いをしてきたんだよ。そうしたらもう叶ったんだよ!」
「えっ……何なん?」
「カマキリ族が増えますようにって頼んだんだよ。きっと神さまがお願いを聞き届けてくれたに違いないんだよ!」
「ちょっと待って、うちカマキリ族になった覚えはないからな? ちょっとだけって話やし…」
 いやいやと顔の前で振られる手を、カマふぃがぎゅっと握る。
「そんなことないなの! ジャスミンドールさんはもうカマふぃ達の仲間なの!」
 なんかもうめっちゃ凄い目力に、逃げられる気がしない。
 そんな彼女達のやりとりに笑いながら、静矢と蒼姫が告げた。
「また一緒に遊ぶのを楽しみにしてますよぅ☆」
「そうだねぇ…その時はまた、クッキーでも焼いてもらおうかな?」
「……次はもうちょっとマシなのが作れるよう、練習しとくわ」
 そう言ってから、ジャスミンドールはぽつりと呟いた。
「あんたの家族は、随分たくさんおるんやね」
「そうなのですよぉ。大変なこともありますけど、アキはたくさんの幸せをみんなからもらってるんですねぃ☆」
「……ちょっと、羨ましいわ」
 思わず漏れた本音に、彼女はばつが悪そうな表情になる。
「ジャスミンドールさんにも、いつか素敵な家族ができるよ」
 問い返すような瞳へ、夫婦ははっきりと頷いてみせる。
「だって家族は、自分で作っていけるものですからねぃ☆」

 そんな日が、きっといつか。


 短冊を飾り終えた【SST】メンバーは天の川を鑑賞していた。
 満天の綺羅星。
 雲ひとつない澄んだ星空を見上げ、ジェンティアンは呟く。
「天の河扇の風に霧はれて 空澄みわたる鵲(かささぎ)の橋……か」
「拾遺集ですか」
 和紗の言葉にそうそう、と微笑む彼に真緋呂がピュアな瞳で問う。
「カササギって美味しい?」
「いや、食べないで?(真顔」
 彼らのやりとりを聞いていた一機はふと。
「ところで、鵲の橋って何のことだろう?」
「ああ。七夕伝説に出てくる、天の川を渡る橋のことです」
 和紗の説明によれば、彦星と織姫が年に一度逢うために、鵲が翼を並べて橋を造るのだという。
「なるほどねぇ。銀河にかかる鵲の橋か……ちょっと見てみたいなぁ」
 それきっと、ため息が零れるほどに美しいものなのだろう。
 下から覗いているだけでさえ、あんなにも人の心を捉えるのだから。
「そう言えば、彦星、織姫って星の名前にもなっているんだっけ?」
 ジェンティアンの言葉に真緋呂もああといった様子で。
「なんか聞いたことあるわね。どれがどれやらさっぱりだけど」
「今の時期だと……この時間帯は東の空に見えますね」
 そう言って和紗は東の方向を指すと、解説を始める。
「あそこに見える一番明るい星が、こと座のベガ。別名、織姫星です」
「おお、あれかぁ。一際明るいからわかりやすいね」
 一機の言葉に頷いてみせ。
「そこから天の川を挟んで、右下に見えるあの明るい星がわし座のアルタイル。別名、彦星です」
「あっ見えた! 確かに天の川を挟んでるわね」
 彼らの見つめる先で、織姫と彦星はいっそう輝きを放っているようにも見え。
 今年も七夕の夜に、彼らはひとときの逢瀬を楽しむのだろうか。
 その日はそっと静かに晴れるといい。ふたりの囁き合う声が、賑やかな星の瞬きにまぎれてしまわぬように。

「織姫と言えば……最近機織りにも興味が出て、綿花栽培を学ぼうと」
「綿花……栽培?」
 突然切り替わった和紗の話に、メンバーの目が点になる。
「ええ。綿花を栽培するには、弱アルカリ性の土壌が適しているようです。多年草なんですが寒さに弱いらしく、越冬させるにはコツが必要なんだとか」
「待って。それ、天文学や文学じゃなくて、別のジャンルだよね!?」
 即座に突っ込む一機に、和紗は瞳を瞬かせ。あ、といった様子でやや恥ずかしそうに呟く。
「また脱線してしまいましたね」
「和紗さんらしいわね」
 T●KIO系女子の解説は、今日も斜め上をいく。
 平常運転の彼女を見て、ジェンティアンも笑いながら。
「むしろ安心するよねっていう」

 皆で笑って、とりとめのない話に花を咲かせて。
 こんな風に優しい時間が続けば、もっと幸せになれるだろうか。
 満ちる星の下で、彼らの宵はゆっくりとふけていく。


 戻って幻灯エリア。
 拓海と葉月は、いつの間にか小さな祠のある場所に到着していた。
 辺りに咲く桔梗を見て、拓海はちらりと葉月を見やる。
「一輪摘んでもいいらしいが……持ち帰るか?」
「ううん、いい」
 軽くかぶりを振ってから、葉月は照れたように左薬指の指輪に触れた。
「私はもう、一輪もらってるから」
 世界でたったひとつの、誓いを込めた証。これ以上のものはないのだからと。
 二人は祠にお参りだけすると、互いに改めて最愛の人と向き合う。
「拓海、これからもよろしくね」
「ああ。こちらこそ、これからもよろしく頼む」
 満開の桔梗の中で、微笑みが咲く。
 再び歩み始めた二人を、星々が見守っていた。

 拓海達が祠を去ったあと、入れ替わりで訪れたのは翠蓮とルビィ。
「ほう、桔梗か。ここの趣もまたよいものじゃのう」
 薄紫の花弁が夜風にそよぐ。
 紫陽花道とは違う静かでひっそりとしたさまに、二人はしばし魅入られる。
「――確か。花言葉は『永遠の愛』だったか? 俺なんかが手折っちまう訳には行かねえよなぁ……やっぱ」
 そう言って、ルビィは桔梗の花は摘まずに撮影だけにとどめる。
 この地で愛を誓い合う恋人達に、そっと想いを馳せながら。

 そのとき、りんと鈴の音が鳴った気がした。漂う気配に、翠蓮はおやといった様子で。
(カーラ……? と思うたがどうも違うようじゃのう)
 あの満ちた殺意を感じることもない。むしろ相手から発せられているのは――
「なーんか、知ってる気ぃするんだけどな。この感じ」
 そう言ってルビィは懐からあるものを取り出すと、懐かしげに眺める。
 手にあるのは、”ダイヤの3”が記された一枚のトランプ。
「――なあ、あんたにインタビューしても構わねぇか?」
 宵闇の奥へ向かって問いかけると、再びりんと音が鳴った。
「一つ目の質問。あんたはここへ何しに来たんだ?」
 ひと呼吸間があり、頭の中に声が届く。

 ――もちろん 遊びにきたのですよ

「じゃあ、二つ目。もちろんそれだけじゃねえよな?」
 その問いに、愉快そうな響きが返ってくる。

 ――少し 知っておきたいことがありましのでね

「……三つ目。知っておきたいことって?」

「ふふ……それは秘密です」
 はっきりと、近くで声がした。闇の奥で涼しげな微笑が咲く。
「いずれ。あなた方も知る日がくるでしょう」
 この世界が向かおうとしている、大きな流れ。
(……楽しみじゃのう)
 翠蓮とルビィの視線先で。闇夜はやっぱり微笑っているのだった。


 会場を後にした快晴と文歌は、天の川を眺めながら帰路に着き始めていた。
「そうだ、私の桔梗はカイにプレゼントするね」
「ん、ありがと。では俺の桔梗は文歌へ渡しておく、よ」
 互いに交換した桔梗を、しばらく見つめて。
「――カイ」
「うん?」
「私の気持ちは、花言葉のままだからね」
 変わらぬ愛を――ずっとあなたに。彼女の言葉に、快晴は頷いてから
「さっきリロさんに言ってたこと……俺も同じだ、よ」
 彼にとって大事なのは、過去でも未来でもなく『今』。
 こうやって一緒に過ごせる『今』を生き抜き、そして幸せになることを常に願っているから。
「『今』この瞬間が、俺は何より大切で幸せだ、よ」
 文歌の微笑みに、自身の笑みを重ねる。
「うん……きっとこの瞬間が、永遠なんだね」
 頭上では無数の綺羅星が瞬いている。
 まるでそれは悠久の時を抱きながら、刹那を謳歌しているように――二人には思えるのだった。

 同じ頃、明は会場出口を抜けたところで、桃色髪の牛若丸に出逢っていた。
「一応訊くけど、その格好どしたの」
「ああ、これは采配の神に挑んだ結果さ」
 割とだいぶ彼女の視線が冷たい気がするが、気にしたら負けである。
 明はしばしの間、リロがここで見聞きしたことについて話すのを聞いていた。いつもより饒舌なのは、彼女が祭を楽しんだ証なのだろう。
 ふと、手にしている花に目を留め。
「桔梗かい」
「あ、うん。兄様へのお土産にってもらった」
 花の意味を聞いた明は成る程といった様子で。
「私は永遠とかそういったものとは、かなり相性が悪いからねえ」
 全てはいずれ消え果てる。であるからこそ今は尊い。
 今あるということはただそれだけで素晴らしく、これが”死を想う”という言の本意である。
「というわけなのさ」
「全てはいずれ消え果てるから、今が尊い――ね」
 リロは反芻するように呟いてから、わずかに頷く。
「その意見にはボクも賛成だよ。ボク達はいずれ死ぬ。だからこそ今を濃く味わいたいし、もっと識りたいと思う」
 そう言って一旦沈黙してから、ひとつひとつ言葉を確かめるように。
「……最初にキミと会った時、ボクはキミに『時間は主観的なもの』って言ったよね」
「ああ、言ったね」
「ボクはね。永遠というのは与えられるものではなく、”その瞬間に感じられるかどうか”だと思ってるよ」
 たとえいつか消えて無くなっても、『この瞬間だけは確かに在った』と信じられたとき。
「ボクはきっと、そこに永遠を見る」
 それは過去でも未来でもなく、『今』しか見ることのできない究極の刹那。
「……なんて。半分は受け売りだけど、ね」
 キミも気づいているよね、と少女は微苦笑する。
 明は何も言わず、おどけたように笑ってみせた。
「ボクはあの舞台が羨ましかった。ボクには臨めない景色を彼らは見ていると思ったから」
 あの場所には確かに彼らの望む”瞬間”があり、その手でつかみ取ったさまが眩しくて仕方なかった。
「でもね、今は少し違う」
「ほう?」
「ボクにもああいう景色が見られるのかもしれない。そんなことを、ときどき考えるよ」
 そう言って少女は背に翼を広げると、ふわりと浮き上がった。
 かつぎの下で桃色のボブヘアーがふわりと揺れる。
「ね、アクル。キミはあのとき、ボクの世界を教えてくれと言ったよね」
 まっすぐに向けられた、紫水晶の瞳。
「今度はキミが教えてよ。ボクはキミが見ている世界を識りたい」
「もう結構、見せてきたと思うがねえ」
 そう言って笑う相手へ、リロはどこか楽しそうに告げた。

「もっと、って思わせたら勝ちらしいよ」


 そして。
 帰り道を歩くひだまりと日陰は、頭上を流れる天の川を眺めていた。
「とっても綺麗ですわね……!」
「ああ、凄い星の数だなぁ……」
 外灯の少ないこの場所は、辺りが真っ暗なせいで空と地上の区別がつかない。
 深呼吸、ひとつ。心地よい浮遊感。
 満天のパノラマを眺めていると、いつの間にか自分が宇宙の真ん中に立っているような錯覚を覚えてしまう。
「あっ流れ星ですわ叔父様!」
「お、また流れたねぇ……願いごとし放題だなぁ」
 そんなことを呟きつつ、日陰はそっと願いを重ねる。
(柄でもねぇけどたまには、な)
 短冊にしたためた願いが、より確実に届くといい。そんなことを、天の川へ祈りつつ。
 夜空に広がる星々を見つめながら、ひだまりは感謝の想いを抱いていた。
(お父さんとお母さんは、きっともう帰ってはこないのだろうけど)
 叔父様も姉様も、全然寂しくないくらいに一緒に居てくれた。

 春の訪れを共に喜び。
 夏の青空を共に見上げ。
 秋の夕暮れを共に歩き。
 冬の雪道を共に駆けてくれる。

 今までも。そしてこれからも。
 友だちも先生も、今まで出会った人達も、これから出会う誰かも。
 自分はたくさんの優しさに護られ、生かされている。

 ――ありがとうございます。
 
 流れ星が、またひとつ。
 こぼれる感謝が、またひとつ。








 最後に、この地を訪れたすべての愛すべき方たちへ。
 色とりどりの笑顔と輝きをありがとう。
 めいっぱいの、感謝を込めて。






依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:29人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
沫に結ぶ・
祭乃守 夏折(ja0559)

卒業 女 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
あなたの縁に歓びを・
真野 縁(ja3294)

卒業 女 アストラルヴァンガード
聖夜の守り人・
杷野 ゆかり(ja3378)

大学部4年216組 女 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
魅惑の片翼・
リリアード(jb0658)

卒業 女 ナイトウォーカー
魅惑の片翼・
マリア・フィオーレ(jb0726)

卒業 女 ナイトウォーカー
新たなるエリュシオンへ・
咲村 氷雅(jb0731)

卒業 男 ナイトウォーカー
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
小田切 翠蓮(jb2728)

大学部6年4組 男 陰陽師
撃退士・
アステリア・ヴェルトール(jb3216)

大学部3年264組 女 ナイトウォーカー
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
212号室の職人さん・
点喰 因(jb4659)

大学部7年4組 女 阿修羅
撃退士・
日比谷日陰(jb5071)

大学部8年1組 男 鬼道忍軍
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
日蔭のぬくもりが嬉しくて・
日比谷ひだまり(jb5892)

大学部2年119組 女 バハムートテイマー
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト
┌(┌^o^)┐・
ペルル・ロゼ・グラス(jc0873)

高等部2年3組 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師