現場に到着した撃退士達は、爆破の惨状を目の当たりにしていた。
「ひでぇなこりゃ」
燃えさかる車体を見やり、久我 常久(
ja7273)は吐き捨てるように言った。
黒焦げになった車体は激しく損傷しており、爆発の大きさを物語っている。恐らく巻き込まれた者は即死だろう。
「速く、みんなの、安全を確保しないと、です」
ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)は堪えるように唇を噛む。
「何かの、下敷きになってる人とか、火のせいで、苦しんでる人とか、いると思う、です」
混乱を極める現場では、泣き叫ぶ者、大怪我を負っている者も多い。
犠牲者の数に折れそうになるけれど、助けを待っている人が目の前にいるのなら。
「一人でも、多く、助けたい、です」
「全く…人の再会を邪魔する奴は、ピンヒールに蹴られてオシオキされればいいのよ!」
憤慨するユグ=ルーインズ(
jb4265)の隣では、黒羽 拓海(
jb7256)が怪訝な表情を浮かべていた。
(まるで計ったようなタイミングで起きた事件だが…考えすぎか?)
真咲の帰国と新幹線の爆破。偶然にしてはタイミングが良すぎるのではないか。
「何にせよ状況は不透明。慎重にいかないとな」
「なーんかキナ臭ぇんだよなあ…」
状況確認をした月居 愁也(
ja6837)も唸るように呟いた。拓海と同じく、どうにも都合良く事件が起きたように思えて仕方ない。
「真咲さんて人の話だと、爆破能力を持つ天魔の仕業って事ですよね」
若杉 英斗(
ja4230)の質問に、西橋旅人(jz0129)は頷いて。
「恐らくっていうレベルだけどね。確証があるわけじゃないみたいだった」
「なるほどな…ぱっと見は天魔っぽいのが見当たらないしな」
辺りを見渡す加倉 一臣(
ja5823)に、英斗も同意しつつ。
「爆発するまで騒ぎが起きなかった事を考えれば、人か物に化けている可能性が高そうですね」
「そうだね。過去の経験を思えば、可能性は十分にあると思う」
その推測を固めるためには、もっと情報が要る。英斗は旅人を振り向いて。
「西橋さん、避難した人達から天魔の情報をきけていませんか?」
「僕は緊急手配で手一杯だったから何も話を聞けていないんだ。ただ、隼人が今情報を集めてるから、何か収穫があるかも」
「じゃあ桂木さんにも連絡を――」
『僕の方でもこれといった話はまだ来てないね』
英斗が言い終わるより早く、全員の通信機に声が響いた。
『僕と全員の通信繋いどいたから。警察・消防への指示はこっちに回してくれればいい』
そう報告してから、桂木隼人は質問へ口早に答えていく。
『今のところわかってるのは、爆破の前兆に気づいたり爆発物を見たりした奴はいないってこと』
話を聞いた拓海が声を上げる。
「黒羽と言います。桂木さんにお願いがあるんですが」
『何?』
「”人間や物品に擬態する天魔の可能性”を、救助に当たっている警察・消防に通達してもらえませんか。それと不審な存在からは人を遠ざけて、発見したらこちらに一報をもらいたいんです」
『了解。他には?』
続いて英斗が指示を伝える。
「一般人を発見したら桂木さんに位置と人数を伝えますので、救助班に来てもらってください」
『わかった。連絡をもらえれば、あとはこっちで何とかする』
その時、聞き覚えのある声が入った。
「なるほどな。今度は隼人君が手を伸ばす番か」
『……あんた誰?』
「旅人の友人の加倉一臣。一度君にも会ってるんだけどね」
『ああ…あの時の』
気まずそうな隼人へ、一臣は当たり前のように告げる。
「じゃ、頼りにしてるぜオペレーター」
『……わかった』
「ああ言っとくが、無茶はすんなよ。自己犠牲なんて糞食らえだからな?」
常久の言葉に、愁也も念を押すように言っておく。
「もちろん、旅人さんもだからね!」
さあ、ここからはスピード勝負。
作戦、開始だ。
●
「まずは、乗客の避難が、最優先、です」
8号車に飛び込んだユイは、後方車両に向け周囲の安全確認を行っていく。
彼らの作戦は7〜9号車を一時避難車両にすることだった。ばらばらに避難されると、万が一天魔と鉢合わせしたときに対応できないからだ。
「とはいえ、天魔も一緒に、移動してしまったら、意味がない、です、から」
ユイは床や座席の影に人が隠れていないか、爆発物がないかを丁寧に見ていく。少しの異変も見逃すわけにはいかない。
常久は影走りで車両内を移動しつつ、内心で呟いた。
(『爆破された』ねぇ……『爆発した』んじゃなくて?)
旅人から聞いた真咲の証言。どうも何かひっかかるものがある。
(なんでそんなにすぐ『爆発された』って分かったんだ?)
爆発音がしたからといって、爆破とは限らないはず。それでも彼女は「爆破された」と言った上に天魔の可能性まで証言したのだ。
「……ま、あとで本人に聞けば済むことか」
とにかく今は現場を収めるのが先決。常久は瓦礫で身動きが取れなくなっている二人連れを発見すると、声を張り上げた。
「おい、大丈夫か!」
急いで瓦礫を動かすと、両方とも反応がある。即座にユイが駆け寄り、安心させるように声をかけた。
「大丈夫、です。助けにきた、ですから、安心して良い、です」
彼女が二人を落ち着かせている間に、愁也は念のために異界認識を行う。
反応は、『無し』。
「はい、とりあえずこれ飲んで!」
持参した水を飲ませてから、動けるかどうかを確認。母親が怪我して動けないと泣く少女に、常久は笑んでみせ。
「大丈夫だ、嬢ちゃん。俺に任しときな」
そう言って母親を担ぐと、瞬く間に駆けていく。愁也がハンカチを水で濡らす間、ユイは少女に問いかけた。
「お母さんは、すぐ隣の、8号車に避難した、です。一人で、いけるです、か?」
少女は涙を堪えながらこくりと頷く。同じ年頃のユイが奮闘する姿を見て、やらなくてはと思ったのだろう。
「大丈夫。姿勢を低くして、落ち着いて進んで!」
愁也の指示で、少女は真っ直ぐに8号車へと進んでいく。その間に先へ進んでいた拓海は、10号車にさしかかっていた。
「まずいな……煙がここにまで及んでいる」
消防が消火活動を行っているものの、火の勢いはまだ衰えてはいないのだろう。車両内には黒煙が立ちこめている。
「他人の事を言えたものじゃないが、旅人さん焦っていないといいが」
その時、煙の中で微かに影が揺れた。
(人か?)
視界が不明瞭でよくわからない。拓海は声を張り上げ前方へ呼びかける。
「撃退士です、乗客の方ですか!」
反応は無い。慎重に歩み進むと、煙の中で男が佇んでいるのに気づく。
再び声をかけると、僅かにこちらを向いた。しかし目に生気は無く、かといって煙で苦しむ様子も見えない。
(こいつ…まさか)
拓海は追いついてきた愁也へ異界認識を頼む。反応を調べた愁也は前方を睨んだまま口だけを動かす。
「黒羽君、どうやらビンゴみたいだぜ」
その言葉に拓海は反射的に戦闘態勢に入る。
「間違い無い。あれは天魔だ!」
●
愁也からの通信を受け、先頭車両方面に向かっていたメンバーは頷き合った。
「やっぱり、天魔の仕業だったみたいね」
ユグの言葉に一臣は慎重に辺りを見渡しながら。
「予測通り擬態していのはいいとして、こいつはやっかいだな……」
敵数が分からない以上、あれだけの乗客数の中から見つけるのは困難を極めるだろう。簡単に見分けられる方法があればいいのだが。
「桂木さんちょっといいですか」
英斗は隼人へ情報収集経過を尋ねる。
「不審者情報の中に、何か気になるものはありませんでしたか」
『ああ、僕も今ちょうどその報告しようと思ってたところだよ』
隼人によれば、頬に刺青のある人間を見たという報告が数件上がっているらしい。
「成る程…偶然にしてはちょっと不自然ですね。その情報、引き続き追ってみてください」
その直後、【索敵】中だった一臣の目に、動く影が映った。
「あそこに誰がいるみたいだ。行こう!」
場所は7号車先頭付近。
前方から流れ来る煙で視界は悪くなる一方だったが、研ぎ澄まされた視覚が逃す事はしない。
「真咲!」
駆け寄ってきた旅人を見て、東平真咲は驚いたように目を見開いた。
「旅人…! 助けに来てくれたの?」
「当たり前だよ。早く避難を!」
しかし彼女は隣で倒れている男を示す。
「私の怪我は大したことないから、この人を先に運んであげて。応急処置は施したけど、バイタルがかなり低下しているの」
見れば足に大怪我を負っているらしく、出血の量が酷い。状態を確認したユグも険しい表情で。
「意識もないようだし、このままだと危ないわ。大丈夫、アタシ達が運ぶから任せて!」
怪我人を動かさぬよう、ユグと英斗が8号車へと運んでいく。移動中、英斗は隼人への連絡を忘れない。
「怪我人8号車に運びました。かなり重症なので、すぐに病院へ運んでください!」
『了解』
7号車に残った一臣と旅人は、真咲を避難させつつ話を聞いていた。
「少し気になったんだけど、どうして真咲さんは天魔の仕業だって思ったんだろう」
「えっ…それは……。なんとなく、です。最近天魔の事件多いから」
明らかに歯切れの悪い様子に、一臣と旅人は顔を見合わせる。しかし今は時間的余裕がないため、それ以上の追求はせずに。
「そうだ。真咲さん治療知識があるようなら、他の怪我人の応急手当頼んでもいいかな。これからまだ運ばれてくると思うし」
「わかりました。一応看護師をしているので任せてください」
「お、頼もしいな。じゃあこれは託しておくよ」
一臣に手渡された水と救急箱を抱え、真咲は8号車へと入っていく。背を見送る旅人に、一臣は声をかけた。
「タビット、大丈夫か」
「うん。先を急ごう」
きっと思う所は多々あるのだろうが、今は任務を優先させると決めたのだろう。
「OK、お前の選択を信じるよ」
一臣の言葉に、旅人は何も言わず頷いてみせた。
一方、8号車に怪我人を運び入れたユグと英斗は、付近の乗客に協力を願い出ていた。
「無理はしなくて構わない…というかむしろしないで欲しいんだけど。お願いします、出来る範囲でアタシ達に力を貸してください!」
ユグの真摯な頼みに、一人、また一人と協力者が増えていく。怪我人を助け合いながら運ぶ姿を見て。
(なんだか昔を思い出しちゃうわね)
人の強さと優しさを思い知らされた、過去の記憶。
でも今は任務中と感傷を振り払う。直後、英斗は車両の外に不審な人物がいるのに気がついた。
「あの女の人…何であんなところでボーッと立ってるんだろ」
もしかすると、この惨状に我を失っているのかもしれない。試しに呼びかけてみる。
「すみません、大丈夫ですか!」
反応がない。
「危ないですから、ハンカチ等で口を押えて頭を低くして避難してください!」
声は聞こえているはずなのに、こちらの呼びかけに応じようともしない。怪しむ英斗が近づいた瞬間、はっと口元が強ばった。
「頬の……刺青…!」
即座に冥魔認識を発動させたユグが、全員に通達した。
「反応アリ、よ!」
●
その頃、10号車で天魔と対峙中だった愁也と拓海は妙なことに気づいていた。
「あの頬の刺青…さっきと数字が違くね?」
隼人の情報を受け確かめてみると、小さな数字が頬にあるのが見えた。煙で視界が悪いため、言われなければすぐには気づけなかったかもしれない。
「先ほどは確か…5でしたよね」
即座に戦闘態勢に入った二人だったが、相手は一向に襲ってくる気配がない。そのため先に一般人の有無を確認してから再度見たところ、4に変わっていたのだ。
「待たせたな。状況はどうだ?」
車両外の要救助者対応をしていた常久が、駆け寄ってくる。常久に同行していたユイも敵を見やり。
「……動かない、です、ね?」
「ええ。こちらから仕掛けなければ、襲ってこないのかもしれません」
そうでなければ、今までに発見されていただろうから。拓海の話を聞いて常久は顎髭をさすりながら。
「とはいえよ、何かしらのきっかけで爆破してくるのは間違いねえんだろ?」
一般人に紛れていることを考えると、そのタイミングが重要となってくる。ユイも頷いて。
「なにかしらの、サインが、あるかも、です。よく、観察する、です」
同時刻、一臣と旅人は爆破された5号車と6号車を繋ぐデッキに到達していた。もうこの辺りになると生存者は絶望的かと思っていたのだが。
瓦礫の間で、呻き声が聞こえた。
「オミー君、人だ!」
慌てて駆け寄ると、若い男が倒れている。助け出した彼の状態に、一臣が眉をひそめた。
「まずいね…かなりの火傷を負っている」
恐らく爆風をまともに浴びたのだろう。生きているのが不思議なくらいで。
「すぐに安全な場所へ運ぼう!」
「…す………て……」
「え?」
見れば男は朦朧としながら、何かを必死に伝えようとしている。一臣は慌てて口元に耳を寄せ。
「…数字…が…減って……」
「数字…隼人君が言ってた頬の刺青のこと?」
一臣の問いかけに、男は微かに頷いた。
「爆発した……」
一方、車両外で接敵中のユグと英斗も、同様の可能性に行き着いていた。
「あの頬の刺青…確実に”数が減っている”わ」
最初に見たときは7で、今は6に変わっている。その間約一分。
数字を凝視していた英斗がはっとした様子で。
「もしかしてこれって、カウントダウンなんじゃないですか!? 時限爆弾的な能力を持つ天魔なんじゃ」
「なんですって…じゃあ0になる前に倒さないとヤバいじゃない!」
「隼人さん隼人さん!!!」
慌てて呼びかける愁也に隼人が応える。
『そんな大声出さなくても聞こえてるよ』
「頬の数字の意味がわかった! あれは”爆発までのカウントダウン”なんだよ!」
『な……それ相当ヤバいじゃん』
「車両付近にいる奴は俺らで何とかするからさ! 隼人さんは避難済み乗客内に刺青のある奴がいないか、調査してくれねえかな? あと、見つかったら数字の報告もよろしく!」
口早にそう告げてから、愁也は攻撃盾を構える。
「さーて、ここからはもたもたしてられねえな」
現在残りカウントは4。愁也は男の懐に飛び込むと、まずは一撃殴りつける。勢いよく飛ばされた男は次の瞬間、紅いオーラに包まれた。
「来るぞ、構えろ!」
咆哮を上げた男が爆弾のようなものを投擲する。すかさず常久が地面を叩きアウルの畳を出現させると同時、凄まじい爆風が辺りを吹き飛ばした。
「ふー危なかった! 助かったぜ久我さん!」
畳で敵の視界を遮ったおかげで、直撃を受けた者はいない。
「やはりこちらからのアクションで、戦闘態勢に入るようですね」
拓海はすぐさま隼人に報告し、不審者を見つけても絶対に近づかぬよう、改めて注意喚起を頼む。その間に魔法書を手にしたユイが、雷の剣を生みだし。
「残りカウント3、です。急ぐ、です」
一直線に放たれたそれは男の胴部に命中し、低い呻き声が上がる。そこを常久の刃が貫けば、再び愁也の盾が脳天を叩きつける。
「黒羽君、今だ!」
「了解です」
メンバー中最も高い攻撃力を持つ拓海が、蒼雷を纏う一撃を打ち込む。激しい稲光と共に、男が地に伏すのが見えた。
ユイが刺青と時計を確認し。
「数字、減ってない、です」
どうやら倒してしまえばカウントは止まるらしい。
「急いで、他の敵を、探す、です」
その頃、合流した先頭車両斑は、敵の性能報告を受け対策を講じていた。
「余計な被害を増やさないためにも、ここは一斉攻撃でいこうか」
銃を構えた一臣は、弾丸に光を纏わせカオスレートを変動させていく。旅人が刀を、ユグがウィップを構え、盾を手にした英斗が合図した。
「今だ!」
轟音が鳴り響き、敵の身体は後方へと吹き飛ばされる。
英斗が放った防御態勢を破壊する一撃で、相手はスタン状態に陥っていた。そこをすかさず、一臣の弾丸と旅人の薙ぎ払いが削り落とす。
「よっし、討伐完了。次を探そう!」
そこで隼人から通信が入った。
『避難中の乗客の中に刺青のある奴二名発見。先頭車両側と後方車両側、それぞれ3と5だ』
「大丈夫、この調子なら間に合うわ」
ユグの言葉に英斗も皆へ呼びかける。
「手分けして対応しましょう!」
その瞳には「これ以上犠牲者は出さない」という、強い意志の光が見えた。
●嘘と涙と優しさと
「――これで最後のようだね」
目前に倒れ伏した骸を見下ろしつつ、一臣が呟いた。
『こっちも刺青がある奴の情報は、来てないね』
隼人の言葉に、最後の生命探知を使用していた愁也も頷く。
「要救助者も全部見つけたんじゃねえかな。あとでもう一回確認は必要だけど」
「何とかなりましたね……」
拓海がほっとしたように息を吐く。ユイもこっくりと頷いて。
「被害が広がらなくて、本当に、よかった、です」
隼人を通じて情報収集したのが功を奏した。敵を発見する速度が飛躍的に上がり、すべてカウントが0になる前に倒すことができた。
加えて要救助者への対応がスムーズだったことも、被害者の数を最小限に抑えることに貢献しただろう。
発見や手当が遅れれば、助からなかった者もいたからだ。
任務を終えたメンバーは一旦合流し、応急手当を行っていた真咲のもとへ向かった。
幸い彼女は多少火傷を負った程度で済んだらしい。
「もし迷惑じゃなければ、少し話を聞かせてもらっていいですか」
英斗の言葉に真咲はどこか思い詰めた様子で頷いてみせる。その様子が気になりつつも、英斗は疑問に思っていたことを切り出した。
「真咲さんは西橋さんに『天魔の仕業かもしれない』って言ったんですよね」
その理由を一臣達が救助中に尋ねたときは「何となく」と答えていたのだが。
「本当は、他に何か理由があったんじゃないですか」
「それは……」
どうやら図星だったのだろう。言葉に詰まった彼女は、なかなかその先を口にしようとしない。様子を見ていた常久が、おもむろに。
「嬢ちゃんよ、ひょっとして今回の件について何か知ってるんじゃねぇのか?」
それを聞いた真咲の顔が、はっきりと強ばるのがわかった。
偶然が重なる不自然さ。
愁也と拓海も躊躇いつつ同意の意を示す。
「正直言うと、俺も同じ事思ったんだよね…どうにも都合良く事件が起きた感じがしてさ」
「自分もそう思います。今回の件、まるで計ったようにしか……」
顔面蒼白になった彼女を見て、一臣がゆっくりと切り出した。
「もし何か困っている事があるなら、話してもらえないかな」
君がもし、助けを必要としているのなら。
「旅人も隼人君も、もちろん俺たちも、ちゃんと手を伸ばすよ」
ユイとユグも真摯な表情で。
「苦しい、なら、我慢し過ぎるの、よくない、です」
「もちろん、秘密はちゃんと守るから安心して。こう見えてアタシ、口固いから」
皆の言葉を聞き、旅人も諭すように告げる。
「真咲、話してくれる?」
しばしの沈黙の後、重い口から語られたのは意外な言葉だった。
「……振り子の音がしたの」
「振り子、ですか?」
聞き返すユイに真咲は説明する。
「昔の家によくあった…振り子時計みたいな音よ」
「振り子…時計……」
微妙な表情になった愁也に、ユグが不思議そうに。
「どうしたの? 愁也ちゃん」
「いや…なんでもない。でもその音でどうして天魔の仕業だって思ったの?」
「それはたぶん」
隼人は黙り込んでいる旅人を見やると、言いにくそうに。
「あのさ、旅人。お前が”あの時”聞いた規則的な音ってさ……」
「――やっぱりそうか」
旅人が返事するより早く、常久が納得した様子で呟いた。
薄々気づいていたことではあった。真咲の目をじっと見つめると、その言葉を告げる。
「お前さんも、十年前に会ったんだな。悪魔に」
「な……」
周囲が騒然となる中、青ざめた旅人が口を開いた。
「真咲…もしかしてあのときいたの?」
「ごめん、どうしても一人で行かせられなくて。隼人には止められたけど、勝手に後を付けたの」
彼女の言葉に隼人は気まずそうに頷く。常久はやれやれといった調子で。
「まあ大方予測はつくぜ。旅人のやつ、後先考えず出ていったんだろ」
「ああ。僕らが何言ったって聞いちゃいなかった」
やりとりを聞いたユグが、愕然と声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ十年前に旅人ちゃんの故郷を滅ぼした悪魔が今回の犯人ってこと?」
「……可能性は高いと思ってます」
「そんな偶然、信じられない、です」
ユイの言葉に他のメンバーも頷く。常久は軽くため息を吐き。
「なあ、お前さんらに一体何があった? 事件後隼人や嬢ちゃんが、なんで旅人の近くに居なかったのかずっと疑問だったんだよ」
旅人をよく思っていなかった隼人ならともかく、真咲までが離れたのがどうしても腑に落ちなかった。
「俺が思うに、考えられる理由はひとつ。”居られなかった”んじゃねぇのか」
「……仰る通りです」
あの時、旅人が悪魔の瘴気で気絶したのを見て、無我夢中で飛び出した。
こちらを向いた羊の面。鳴り続ける振り子の音。
「私は死んでもいいから、旅人だけは助けてほしいと頼みました。そうしたら……」
――うーん。そんなことされても、俺には何のメリットもないしなー。
しばらく考えたあと、羊の面は言った。
――じゃ、こうしよう。きみ名前教えてよ。
「それからよく分からないやり取りが続いて…最後に、そのひとは私の額に手のひらを当てたんです」
彼女が前髪を上げると、額には痣のような刻印が見えた。
――これできみは、俺の”目”ってことで。
話を聞いていた英斗が躊躇いがちに問う。
「それって……真咲さんの見たものがその悪魔に伝わるってことでは」
「たぶん…そういうことかと」
一臣が納得したように吐息を漏らす。
「なるほどな……だから大切であればあるほど、側にいられなかったのか」
己の目は悪魔へと繋がっている。そうなれば、いつ脅威が襲ってくるかわかったものではない。
そのため事件後すぐに、誰にも事情を告げず町を離れた。
「じゃあ桂木さんと再会したのは、海難事故がきっかけだったんですか」
拓海の問いに、隼人が頷いてみせる。
「真咲が行方不明だと知って探しに行った。ようやく見つけたと思ったら、自分の生存は伝えないでほしいって言われてさ」
どれだけ問い詰めても、真咲は「昔のことは忘れたいから」としか言わなかった。
「旅人が記憶を失ったと聞いて、ちょうどいいとも思いました。あんな辛い記憶は、忘れたままでいてくれたほうがよかったから」
目を伏せる彼女を見て、拓海はやりきれないと言った様子でかぶりを振る。
「もう二度と、会わないつもりだったんですね……」
自分にも大切な存在がいるからこそ、真咲の気持ちが痛いほどにわかってしまう。ユイも悲しそうに。
「真咲さんは、西橋さんと、桂木さんの、ために、嘘を付いたんです、ね」
それはとても優しくて、辛い嘘で。
きっと彼女は並大抵でない痛みを背負いながら、一人で生きていくことにしたのだろう。
「旅人から連絡をもらったとき、驚きましたがやっぱり嬉しかった。あれから何も起きていなかったし、もう一度会うだけなら許されるんじゃないかって……」
それがこんな事件を引き起こすなんて、思いもよらずに。
「……私のせいで、こんな酷いことが起きてしまった」
苦渋の表情を浮かべる真咲に、ユイと愁也がすかさず反論する。
「違う、です。真咲さんのせいじゃ、ない、です」
「そうだよ、悪いのはその悪魔じゃん。真咲さんは何もしてねえし!」
「でも私さえ、私さえ会いたい気持ちを我慢していれば……っ。犠牲になった人達は死なずに済んだのに!」
「真咲、それは違う」
隼人の制止を振り切り、取り乱した真咲は声を震わせながら叫んだ。
「やっぱり私なんて、あの時死んでしまえばよかった!」
ぱん、と乾いた音が響いた。
真咲の頬を打ったユグが、険しい表情で口を開く。
「ごめんなさい、手荒なことして。でもね、そんな悲しいこと二度と言わないで」
唖然となる真咲の手を握ると、ユグは彼女と向き合う。
「真咲ちゃんが生きてるって知った時、旅人ちゃんがどれほど救われたかわかる?」
聞いた真咲の瞳がはっきりと揺らいだ。
「どんなに会いたくても、二度と会えなくなることもあるの。生きていればこそなのよ」
この一年、旅人とは互いに胸の内をさらけ出し合った。彼がどれほど過去に後悔し、それでも乗り越えようとしているかを知っているだけに。
「アナタの命が、旅人ちゃんの希望なの。それを奪うなんて、アタシは許さないわ」
きっぱりとそう告げてから、ユグの表情は優しげな微笑みに変わる。
「今までよく、一人で頑張ったわね」
その言葉を聞いた瞬間、真咲の瞳から涙があふれ出した。ユグは泣き崩れる彼女を抱き締めながら、鼻をすすり。
「なんだかアタシも、久しぶりにママに会いたくなっちゃった」
あの時のお礼をもう一度恩人に伝えたい。互いの命がある『今』の内に。
「まったくどいつもこいつも、一人で抱え込みすぎなんだよ。なあ、隼人?」
常久が寄こした視線に、隼人はばつが悪そうに返した。
「……わかってるよ」
聞いた常久はがははと笑いながら背をばしんと叩き。
「ま、お前さんもよく頑張った」
「ええ。桂木さんの協力がなければここまでの結果は出せなかったと思いますし」
拓海が手を差し出す隣で、ユイもぺこりとお辞儀する。
「すごく、助かりました、です」
それを聞いた隼人は俯いたあと、ぎこちない動作で拓海の手を取り。ありがとう、とひと言だけ呟いた。
そんな彼らの様子を見守りながら、一臣はしみじみと。
「まーあれだよな、類は友を呼ぶってやつ。な? タビット」
ふられた旅人は「身に覚えがあるだけにね」と苦笑したあと。
「でも僕はもう、一人で抱え込まないって決めてたから」
だからこそ、真咲から連絡を受けたとき迷わず仲間を頼った。
「結局皆、集まってくれたもんな…尊いことだよ」
「うん。感謝してもしきれない」
そう呟いてから、旅人は改めて支え続けてくれた友へ告げる。
「いつもありがとう。これからもその…親友でいてくれるかな」
聞いた一臣は今さらと言った調子で、笑ってみせる。
「そんなの、聞くまでもないだろ?」
その時、様子を見守っていた英斗が眼鏡を光らせた。
「おっ…真咲さんが落ち着いたみたいですね。西橋さん、気持ちを伝えるなら今ですよ!」
「さすが若様、チャンスに敏感…! ほら旅人さん早く!」
愁也達に背を押され、旅人は真咲の前へと歩み出た。
「「(頑張れ!)」」by英斗&愁也
彼らの謎応援ポーズに笑顔で応え、深呼吸ひとつ。
「……真咲。僕はあの時君に【嘘】をついたことを、ずっと後悔してた」
本音でぶつかれない弱さを偽りの言葉で逃げた。彼女の強さと深い【優しさ】に今頃気づくなんて、我ながら呆れてしまうけれど。
「あの時はごめん……それから今までずっと、ありがとう」
彼女の濡れた頬をそっとぬぐい、旅人はいつ通りの穏やかな笑みを浮かべる。
「これからは、僕が君を護るよ。真咲が生きていて、本当によかった」
ふたたびこぼれ落ちた【涙】は、とても綺麗で温かいものだった。
●終わりは始まり
真咲を送る途中、拓海が気掛かりなことを呟いた。
「それにしても…その悪魔は何が目的であのような事をしたんでしょうか」
「そこだよなあ。人を殺すだけなら、あんな面倒なことする必要はねえもんな」
うーんと唸る愁也に、常久が腕を組みつつ口を開く。
「ひょっとすると…試されたのかもしんねえな。理由はわかんねえけどよ」
その推測に、一臣とユグがなるほどと言った様子で頷く。
「確かにそれだと、目立つ新幹線を狙ったのにも説明が付くな」
「アタシ達を誘い出して、どの程度なのかを確かめた…ってところかしらね」
そこで英斗が思いついたように真咲を振り向いた。
「そうだ真咲さん、今回の事件で他に覚えてることはありませんか? 何でもいいんですけど」
「覚えていることですか……」
真咲は記憶を辿るような表情になったあと。
「そう言えば、同じ車両に乗ってた人と何度か目が合いました」
何となく気になったものの、その後すぐに爆発が起きたため忘れていたらしい。ユイが小首を傾げ。
「どんな人、だった、です?」
「フードを被っていてよく見えなかったけど、たぶん二十歳くらいの男の人です。凄く綺麗な顔をしてて、確か瞳の色が――」
「アメジストみたいでした」
※※
「ふーん。思ったよりやるね」
男は表情ひとつ変えないまま呟いた。
手には二冊の”本”。どちらの記録にも嘘はないようだ。
「ま、嘘がつけるようなシロモノでもないけど」
そう独りごちながらページをめくる。そこに書かれた見覚えのある名。あの時気まぐれに”目”を作っておいたのが今頃になって役立つとは。
「うーん。やっぱ面倒だし」
今、殺してしまおうか。
あの時と違い、今回は”彼ら”が目的でもあるのだから。
「止めておくのですね」
振り返った男の目に、人影が映る。
「今あの者達に手を出すのは、無粋でしょう」
「……というか、なんでいるの」
「仄聞したのですよ。あなたが人界に来ていると」
様子を見に来た時には、既にこの有様だったが。
「随分と派手にやったものですね」
「ま、ね。知ってると思うけど、今俺あのひとの部下じゃないし」
その言葉に、相手も分かっていると言った様子で。
「かの地では『争奪戦』が始まったのでしたか」
「そそ。処理したいこともあるし、ちょうどいいかなって」
「……あなたの目論見に異を唱えるつもりもありませんが」
視線を寄こすと同時、猫のような瞳が細まる。
「”彼女”はどうでしょうね?」
男はしばらく考えたあと、軽く小首を傾げ。
「それって警告?」
「ふふ……さあ、どうでしょう」
「……ま、どっちでもいいけどね。結果は同じだし」
無感動にそう返す中で、紫水晶の瞳だけがわずかにその色を深くした。