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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/26


みんなの思い出



オープニング

 それは、満開の花水木の下。

 淡い幸福と痛みの記憶。
 今年も、またこの季節がやってきた――

●久遠ヶ原学園斡旋所

「先日は、ありがとうございました」
 斡旋所に現れた人物を、西橋旅人(jz0129)はやや驚いた様子で見つめていた。
「三好先生、もうお身体はいいんですか」
 つい数日前の依頼で、冥魔に襲われていたところを助けた相手。水木坂高校教諭三好薫だった。
 あの時、かなりの重傷を負っていたはずなのだが。
「ええ。何とか動けるようになりましたので」
「ご無理はなさらないでください。あの傷は数日で治るものではなかったはず」
 旅人の言葉に、薫は微笑しながらもかぶりを振り。
「どうしても…お話ししたいことがあって。……とその前に」
 薫は持っていた鞄からA4サイズの茶封筒を取り出す。
「これ、先日の生徒さん達にお渡しください」
「え……」
 旅人が中身を確認すると、手紙らしき封筒が何通か入っていた。
「助けていただいたうちの生徒たちが、皆さんにお礼と……謝りたいからと」
 今日久遠ヶ原に行く話をしたら、書いてきたのだという。
「あの子達、叱ってくれたこと。感謝してました」
 薫は穏やかに微笑みながら、続ける。
「こう言うのって、大人に言われるより同じ世代の相手に言われる方が響くものだから」 
「……ありがとうございます。みんな、喜ぶと思います」 
 嬉しくてつい、頭を下げる。
 旅人の言葉に、 薫はうなずいてみせたあと。急に表情を曇らせ視線をさまよわせる。
「――それで、お話ししたいことなんですが……」
 そこで薫は一瞬躊躇したように見えたが、やがて意を決したように口を開く。
「片桐先生のことです」
 旅人は黙ったまま続きを待つ。薫がここに現れた時から、おおかた予測はしていた。
 あの事件の後、学園側の調査によってヴァニタスシツジは生前水木坂高校の教諭であったことがわかっていた。
 本名は片桐忍。享年43歳。
 担当教科は倫理であり、三好薫は当時の彼の教え子だったことも調べがついていた。
 そして――不幸な事故により、亡くなったことも。
「あの…片桐先生は……どうして、あのような状態に……」
 思い詰めた様子の薫に、旅人はゆっくりとかぶりを振る。
「それは何とも…本人の意志なのか、使役する悪魔の意志なのか。僕達にそれを判別する方法はありませんので……」
「そうですか……」
 そう言って目を伏せる薫に、旅人は思いきって切り出す。
 先日の依頼では本人の疲労度が酷く、聞けなかったこと。
「あの、片桐先生とは……どういうご関係だったんでしょうか」
 しばしの沈黙。
 やがて薫は伏せていた顔を上げると、困ったように笑む。

「ただの教え子……です。少なくとも、片桐先生にとっては」

 ※

 最期に見た景色は、満開の花水木。

 得た答えと、終わりの理解。
 ――目眩がする。

 ※

 午後、旅人が斡旋所で受けた電話は、予想外の相手からだった。
『こんにちは』
 無邪気さとあどけなさを隠そうともしない声音。
 返す声に、自然と緊張がにじむ。対する電話の相手は、恐らく回線の向こうでいつもの笑みを浮かべているのだろう。
「……今日は声を偽っていないんですね」
 くすりと笑む音。何度も聞いた悪魔マッド・ザ・クラウンの声を、旅人は額に汗を浮かべながら聞いていた。
「何の……用ですか」
『ええ。あなた方との約束を果たそうと思いましてね。先日シツジがお会いした方々に、来ていただきたいのですよ』
「約束?」
『あなた方から受けた遊びを、途中で放棄してしまいましたからね』
 そこで旅人は思い出す。半月ほど前に行ったゲート破壊作戦。あの時受けた報告書で見たこの悪魔との駆け引き。
 彼の僕であるシツジを跪かせれば、情報をもらう――と言う条件で、戦ったのだった。
『私は最後まで付き合うつもりでいたのですが』
 あの時、負傷したクラウンを一緒に居た猫悪魔が問答無用で連れ去った。
 つまり彼は約束を果たすことなく、撃退士達の前から姿を消していたのである。
『ふふ……あそこまでレックスに心配されているとは、思っていなかったもので』
 苦笑めいた調子でそう語る悪魔に、旅人は慎重に問う。
「しかし……約束と行っても、あの時望んだものは今となっては意味をなさない」
 あの日望んだのは情報。
 しかし既に事が済んでしまった今となっては、価値の無いものとなっている。
『ええ。そこで私なりに考えたのですよ。あの時賭けた戦利品に釣り合うべきものを――とね』
「……それは?」

『あなた方に――』

 黒い声が、背筋を撫でる。

『シツジを討つ機会を差し上げましょう』

「なっ……」
 絶句する旅人に、愉快そうに。
『ふふ……この人数で勝てるわけが無い、と思っているのでしょう。言っておきますが、私は出来ないことを戦利品にするほど愚かではありませんよ』
 出来ないと思うのなら、それは気付いていないことがあるだけ――
『悪い条件では無いと思いますがね。私は一切手出しはしません。あなた方が勝利さえすれば、シツジの命はあなた方のもの』
 そしてやや残念そうに。
『私の命を賭けるのも面白いと思ったのですが。レックスに怒られてしまいますからね。それに――』
 それはまるで、興が乗った子供のように。

『楽しみは後に取っておくものでしょう』

 まだその機では無い、とでも言わんばかりに。
「そういう問題じゃ――」
 旅人はそう言いかけて、止める。
 戦利品に僕の命を与えるなど、常軌を逸している。けれど悪魔に人の常識を問うても無意味なことくらい、自分たちは嫌ほど知っているから。

『時間は今から一時間後。場所は――』

 指定された内容を旅人は書き留めながら。

「……なぜこんな条件を? 僕らが断るかもしれないし、大人数で向かうことだって充分にあり得る。それくらい、あなたなら分かっているはずだ」
「ふふ……あなた方は来ますよ。八人で」
「だからなぜ、そう」
『――先程、シツジに会いたいと言う方にお会いしましてね』
「……え?」
『どうしてもと言うので、連れてきているのですよ。私の元に』
 一瞬にして血の気が引く。まさか――
『では、お待ちしていますよ』
 ぎりりと歯がみをする。
 結局の所、手にしたのは拒否することの出来ない一択。
 どちらに転んでも、待っているのは――
『ああ』
 切る寸前、思い出したかのようにクラウンは付け加える。

『私の僕に情けをかけるような真似は、しないことですね』


●水木坂高校前

 今年もまた、花が咲いた。
 
 花水木が立ち並ぶ上り坂。
 その中央に、シツジは佇んでいる。
 
「では、シツジ」
「なんでございましょう」
「貴方にあの者たちと戦うことを命じます」
 悪魔の僕はただ静かに、頭を下げる。
「ふふ……貴方が勝利すれば、あの時受けた問いに答えましょう」
「……承知致しました」

 シツジはゆっくり前に出ると、現れた撃退士たちの前に立つ。
 白手袋をした手の中に現れるのは、細身の黒刀。流れるように構える姿は、寸分の隙も見えない。
「それでは、このシツジ。主の命より、皆さまのお相手致します」
 その刹那、周囲の空気が鋭利さを増し。
 彼は眉一つ動かすこと無くこちらを見ると、告げた。

「全力で戦いましょう。命を賭して、向かってきてください」

 よく通るその声には、深い色が宿っている。

 対するのは――

前回のシナリオを見る


リプレイ本文



 三好薫から向けられる感情については、薄々気がついていた。

 それがあの年頃の少女によくある、憧憬に似たものなのか父性を求めてなのかは、分からない。
 元よりなぜ自分なのかさえ、その手の感情に疎い私には理解できなかった。
 
 彼女は毎日、嬉しそうに私の話を聞きに来た。
 私の語る話などつまらない。
 それでも懸命に理解しようとする彼女を、不思議な思いで見ていた。
 
 ある日、興味本位から問いかけてみた。

 ――人の本質とは、何だと思う?

 彼女は、答えられなかった。卒業するまでに、必ず見つけると言っていった。

 ――ではその時に、私の答えも伝えよう。

 それは、二人しか知らない約束。

 しかしその約束を、私は未だ果たせていない。



●はじまる

「行きますよ、片桐忍さん」

 満開の花水木が咲き誇る、上り坂。
 中腹に立つのは、一糸乱れぬ姿で刀を構えるヴァニタスの姿。

 六道 琴音(jb3515)がかけた声に、シツジは一瞬沈黙をした。
「…ああ。その名で呼ばれていたことも、ございましたね」
 どこか懐かしむように言った後。
「ですが、今の私は悪魔の僕。その名を名乗るつもりは、ございません」
 自分は人では無いと、言い切るように。

「じゃあ『シツジ』殿」
 小野友真(ja6901)の呼びかけに、微かに視線を動かす。
「どうしました、小野様」
 敵から名を呼ばれる感慨、それ故に。
 わかってはいても、問わずにはいられない言葉。
「俺らは言われた通り、全力で行きます。――覚悟はできてるんすよね」
 彼の表情は変わること無く。
「ええ。もちろんでございます」

「――ハッ!そう来なくっちゃな」
 何の躊躇も無い返事に、小田切ルビィ(ja0841)が口端を上げる。
 ただならぬシツジの様子。とっくに気付いていた。
 ――奴は本気だ。
 纏う闘気と共に全身に浮かぶ、銀と緋色の紋様。手にした大太刀をす、と構え。
「ならば俺も全てを賭して挑むまで。お望み通り、受けて立ってやるぜ…!」

 ルビィの宣言に、加倉 一臣(ja5823)も。
「貴方の覚悟に、俺たちも命を懸けて挑むと決めました」
 キャンドルライトのような光纏。柔らかな色とは対照的に、その瞳はただ深い意志の色を宿し。
 ゆっくりと息を吐いた後。告げるのは、己の名。
「加倉一臣、いきます 」
 それはこれから討つ相手への、最大限の礼。この手で奪う、覚悟の証。

「同じく、月居愁也」
 燃え上がるような紅蓮の光纏。月居愁也(ja6837)が、まっすぐにシツジを見据え。
「全力で、貴方を叩き潰す」
 胸に秘めた一つの決意。その為に持てる全てをぶつける。そして――
 何が起ころうとも、向き合ってみせる。それが己の覚悟と矜持。

 聞き終えたシツジは、微かに笑んで見せ。
 直後、彼を覆うオーラが吹き出すように強さを増す。 

 ――あれがシツジの本気。

 触れるもの全てを削ぎおとさんばかりに。
 鋭利な気迫が、撃退士たちに向かう。

「さあ、参りますよ」

 影が、揺れた。

「……ハハっ。やっぱキくな」
 鋭い金属音、飛び散る血飛沫。
 強烈な一閃を受けたのは、狗月 暁良(ja8545)。確かに受けきったと思ったが、残像のごとく襲いかかる刃が、彼女の体躯を袈裟懸けに切り裂く。
 頬を濡らす、鮮血の紅。
「――楽しみだったぜ」
 血塗れた顔で、暁良は嗤う。
「随分と愉快そうでございますね」
「まあな。アンタもだろ?」
 自分がイて、敵がイる。
 命懸けの戦い。待ちわびたこの瞬間。
「そうですね。否定は致しません」
 互いに笑む。

「議論をしよう」

 かける言葉と同時に放たれる銃弾。
 最小限の動きでよけなら、シツジは返す。
「議論、でございますか」 
 カエリー(jb4315)が、微笑みながらうなずく。
「そう。イノチと言うオモチャを使って」
「――興味深い言葉でございますね」
「君が何を見て、何を思うのか。興味あるよ」
 命懸けで戦う理由。
 一体何が彼をそうさせるのか、知ってみたいと思うから。
 

●かんそくする

 開始と同時に始まった、激しい攻防戦。
 しかし既に撃退士達は実感していた。

「予想通り、真正面からいくら攻撃してもあたらねえな」
 薙ぎ払いを避けられた愁也の言葉に、ルビィが目を細める。
「ああ。このままだと、俺たちの方が早く消耗しかねない」
 七人の攻撃を一人で受けているのだ。本来であれば、消耗は相手の方が速いはずなのだが。
「奴は攻撃を避けるのに最低限の力しか使ってねぇ。加えてあの攻撃力だ」
 一撃で生命力の半分近く持って行く威力。直に回復が追いつかなくなるのは目に見えている。
 とはいえ。
「ここまでは、想定の範囲内」
 シツジの速さを見極めるための、言わば陽動。この先に進むためには――
 愁也は言う。
「でもまだ、足りない」
 作戦を実行に移すには、まだ。
「ああ。それまで俺たちが持ちこたえるしかねぇっとことだ」

 その直後。
 一瞬で移動してきたシツジが、ややかがんだように見えた次の瞬間。
 
「――っ!」
 
 それまさに、花吹雪。

 薄く淡い発光を放つ刃は、花弁のごとく。
 乱れ飛ぶ花の刃が、愁也とルビィを一瞬にして覆い尽くしていく。
「っ痛ぅ……!」
 二人が射線に入るよう移動した直後の、範囲攻撃。スキルや花水木をうまく使ったおかげで、致命傷は免れているものの。
 受けきれなかった刃は身体のあちこちを切り裂き、吹き出す鮮血が魔装を染める。
「回復、入ります!」
 即座に琴音が駆け寄り、ライトヒールを展開させる。その隙にカエリーや一臣がシツジを牽制射撃を放ち、暁良がそこを追撃。 
「大丈夫ですか……」
 心配そうな琴音に、ルビィは。
「だいぶくらっちまったけどな…でもおかげでわかったぜ。あれは一撃一撃はそこまで重くねぇな」
 愁也もシツジを睨み見据え。
「集中攻撃さえ避ければ俺もなんとかなると思う」
 この戦いのために防御力を上げてきた。
「そう簡単に沈んでたまるかよ」
  

「……ん?」

 その頃、民家の屋根から見張っていた友真は、ある違和感に気付いていた。
 シツジが攻撃を終えた直後の、わずかな一瞬。
 あれほど素早かった動きが、鈍ったような気がしたのだ。
「あの動きは確か……」
 微かにかぶりを振るしぐさ。あれは、確かに数日前に会ったときにも見た。

 ――もしかして。

(シツジは……目眩を起こしてる?)

 それはほんの一瞬のことで、俯瞰的位置からよほど観察していなければ見抜けなかっただろう。
 しかし前回会ったときは、確かに何度も目眩に襲われている素振りを見せていた。今回もそうであってもおかしくはない。
 友真は内心で問いかける。

 じゃあそれは――いつ?

 目眩を起こすタイミングに法則があるのなら。
 ごくりと喉を鳴らす。

(俺らに勝機が見えてくるかもしれへん)

 攻撃を続けながら、彼は必死でその『瞬間』を見極める。

「行くよ」

 カエリーの声と同時に放たれた、スローイングナイフ。 
 赤いリボンを結んだそれは、一直線にシツジへと向かい。

「――!」
 避けた所を狙い、肩を穿ったのは友真の銃弾。その反動で微かにバランスを崩したところを、暁良の一撃が入る。
「フー…ようやく当てたぜ?」
 暁良がにいっと笑む。その様子を見たカエリーも口端に笑みを浮かべ。
「避ける方向が予測できれば、そこを狙える」
 敢えて目立たせたナイフは、互いの視覚に入れやすくするため。
 回避を促すための工夫。
(優秀すぎるからこそ、道筋に捕らわれる。正解を導くことが、容易だから)
 最小限の動きは常に『正解』を選んでいるから。ならばそこを、狙えばいい。

 思わぬ攻撃を受け、シツジは立ち止まった。瞬時に状況を察知し、感心したように。
「なるほど。考えましたね」
 肩と腕に受けた傷から、鮮血がしたたり落ちる。
 報告通り、彼の防御力は低い。それは高回避がゆえの諸刃の剣。
 つまり、このまま攻撃を当てさえできれば――

 そこでシツジは撃退士たちに視線を走らせると、刀を構えた。
 気付いた愁也は嫌な予感に襲われる。

(今、全員の位置を確認しなかったか?)

 その意味するところは。

 風切り音と共に、シツジが突進を開始する。
 呼応するように、愁也も即座に移動。
「くそっ、間に合うか!」
 地を蹴り、盾を構え走る。
 猛烈な勢いで振り抜かれる刀。
 その凄まじい一閃の前に、愁也は躊躇無く飛び出す!

「月居さん!」

 鈍い衝突音。

 黒炎を纏ったその一撃は、琴音の悲鳴と共に愁也を盾ごと吹き飛ばす。
 舞い上がる血飛沫と、血に染まる花水木。

「愁也!!」
「大丈夫ですか!」

 駆け寄る琴音に、愁也は血を吐きながらも立ち上がる。
「平気、平気…俺結構タフだから。それより、怪我は無い?」
「わ、私は…月居さんが庇ってくれましたから」
 返す琴音の声には微かに涙が滲む。傷の深さが。溢れる血が。
 聞かずにはいられない。
「どうして、こんな無茶を…!」
「無茶じゃない」
「え?」
「これは最初から、俺が決めていたことだから」
 流れる血も構わず、即座に駆け出す。
「俺は、誰ひとり欠けさせるわけにはいかねえんだよ!」

 時同じくして、シツジは内心で苦い笑みを浮かべていた。
(まだあれほど動けるとは、驚いたものだ)
 一撃で落とすつもりだった。

 まさか止められるとは。

●つながる

「愁也、死ぬなよ…」

 駆け寄りたい衝動を抑えながら、一臣は努めて冷静さを保っていた。
 先程のシツジが放った一閃は、恐ろしい威力だった。あれを自分が受けたら、一撃で沈められるほどに。
(くそ…俺が動揺してたら、話にならない)
 ゆっくりと、息を吐く。
 迷っている暇は無い。瞬時に周囲に視線を走らせ。
「……そろそろ、作戦開始ってところかね」
 圧倒的回避力を敵が持っているのは百も承知。当然、自分たちが何の策も無く挑むはずは無く。

 ――前衛の攻防が激しくなってきた今が、頃合い。

 徐々に攻撃が当たるようにもなっている。全員が動きに目が慣れてきたことと、シツジの速さが傷の影響で若干落ちてきているせいもあるのだろう。
 それでも、当てるのは容易ではないが。
 前衛の動きにシツジが気を取られている間に、背後へと移動。銃を構えながら一臣は、祈るように。
「上手く当たってくれよ…!」
 放つ、一撃。
 命中力を上げたそれは、生命力を奪うためでは無く。

「――これは……」

 受けた攻撃に気付いたのだろう。シツジがゆっくりと振り返る。
 向けられた視線に、一臣はわざと笑んでみせ。
「逃がさないために、ね」
 以前もマーキングを受けたシツジは、効果を理解している。それがわかった上で、撃ち込んだ。
「…なるほど。慎重でございますね」
 その言葉に、肩をすくめながら。
 ――とりあえずは成功、か。
 実のところ、この男が逃げないことなどわかってはいる。これは本当の目的を知らせないための、演技。
  
 マーキング成功が開始の合図と言わんばかりに、前衛三人は陣形を徐々に移動させ始める。
 狙うは、シツジが民家を背にする瞬間。 

(うまく押し込めるか……)

 ヒット&アウェイを繰り返しながらルビィは懸念していた。
 作戦は機を見てシツジを民家に押し込むこと。
 高回避力を削ぐための方法として、以前成功した手ではあるのだが。

(同じ手を奴がそう簡単にくらうとは思えねぇ)

 見た所、シツジはかなり頭がいい。
 事実今も建物を背にするのを避けるように動いている。

(つまり俺たちに必要なのは…)

 無理矢理にでも罠にはめる、策と技。


「――わかった」

 同じ頃、友真は一人呟いていた。

(目眩を起こす瞬間。その法則性)

「特殊攻撃をした直後や…!」
 
 通常攻撃よりも負担が大きいのだろう。先程の強烈な一閃。シツジの動きから目を離さなかった友真は確かに見た。
 刀を振り抜いた直後、わずかに彼の動きが鈍ったのを。
「あの瞬間や……」
 あそこを狙えば、攻撃を当てられる。

(急いで皆に知らせな…!)

 時同じくして、琴音は考えていた。
「私は……どうすればいいでしょうか」
 唇を噛みしめる。
 回復スキルの残りは少ない。とても全てをカバーすることは叶わない。
「考えなくては。全員が最後まで残る方法を……」
 実力で補えない自分にできることは、思考すること。全員が持つスキル、そして役割を考える。
「私がやるべきことは…『選ぶ』こと」
 残り生命力に左右されるな。頭を使え。
 優先すべきは―― 
 

「来る!!」

 その言葉と同時、刃の嵐が舞う。
 瞬く間に覆われる、ルビィと愁也。目を奪われるほどに鮮やかで、鋭利な刃。
 しかし次の瞬間、それは起こった。

「今や!」

 その声と同時に、暁良とカエリーの放った一撃がシツジの身体を吹き飛ばす。
 タイミングは完璧。
 まともに攻撃を受けたことで、シツジは大きくバランスを崩す。
 そこを一瞬で間合いを詰めた愁也とルビィが勢いよく突撃!

「くっ……!」

 家屋内に押し込まれたシツジは、瞬時に体勢を取り直しながら同時に気付く。
 攻撃の直前、確かに聞こえた合図。あれは恐らく。

(…どうやら目眩に、気付かれたか)
 
 唯一、自分の動きが鈍る瞬間。
 気付かれないようにしていたつもりだったのだが。

 ――来るか。

 武器を構える。
 撃退士の突入の瞬間、攻撃を放つ。壁を背にその時を待ったのが。

 ――入って来ない?

 いつまで経っても撃退士たちは姿を見せない。
 周囲の気配を探りながら、思考する。

(私の位置は彼らのスキルでわかっているはず。それでも追ってこないと言うことは)

 恐らく、自分が出てくるのを待っているのだろう。

 どうするか。

 シツジは考える。
 位置がわかっている以上、出た所を狙われるのは必至。しびれを切らして突入するのを待った所で、同じ事だろう。

 ――ならば。

 ゆっくりと息を吐く。
 直後、身体を纏うオーラが足下に集中をはじめ。
 
 轟音と共に、地を蹴った。


「なっ……!」

 シツジの動きを観測していた一臣が、声を上げる。

「動いた!正面玄関へ――」

 言い終える間もなく、シツジが破壊音と共に飛び出してくる。

「速い!」

 攻撃を仕掛けるが間に合わない。瞬く間に走り抜けるシツジが向かった先には。

「友真! 狙いはお前だ!」

 扉の対角線上に居たのは友真。脅威の移動力で移動したシツジは、その刀を勢いよく振り抜く!
「ぐはっ……!」
 屋根の上から吹っ飛ばされ、地面に落ちる。
「友真!」
「お…俺は大丈夫や! 一臣さんは持ち場を離れたらいかん!」
 受けたダメージは決して浅くは無い。たった一撃で生命力は残りわずか。
 けれど、立てる。
「まだ…やれる…!」
 一臣の声で咄嗟に防御態勢を取れていなかったら、まともにくらっていた。
 そしてシツジが目眩後の攻撃を警戒し、通常攻撃に切り替えたことも大きかった。

「くそっ押し込みは失敗か!」

 悔しそうな撃退士たちを見て、シツジは内心で思う。
(失敗なものか。瞬影をここで使うのは予定外だったのだから)
 既に自分が追い込まれつつあることは、己が一番わかっている。
 しかし迷っている暇は無い。シツジは友真への追撃をしようと動くが、追いついた愁也が割り込む。
「――っ」
「させねえよ!」
 燃えるような意志。その強さに誘われるように。
「ならば、もう一度受けて頂きましょう」 
 放つは黒炎を纏いし、渾身の一閃。二度目に放ったそれは、今度こそ愁也の命を削るほどに深く。


 視界が、ぐらつく。

 しまった、と思った時には遅かった。
 身体を強い衝撃が襲う。

「がはっ……」

 喉に血がこみ上げてくる。

「…ようやくツカマエタ」
  
 拳を振り抜いた暁良が、薄く笑む。
 瞬影と影閃の連続使用。負担の大きさが、強い目眩を引き起こした。
「この時を、待ってたよ」
 銃弾を命中させたカエリーが微笑む。同じくストライクショットを撃ち込んだ一臣も。
「ああ。愁也が命懸けで作った隙を無駄にできるか」 
 視線の先には、必死に愁也の手当を続ける琴音と友真の姿。

 次々に流れる血が、地面に赤黒い染みを作る。
 ため息を一つ、つき。

「…もはや、なりふり構ってはいられないな」

 その呟きが聞こえた直後。
 瞬時に間合いを詰めたシツジは、暁良に向けて一閃を放つ。
「なっ…まだあれだけ動けんのか!」
 戦線復帰した友真が銃弾を放ち、ルビィが太刀を振り抜く。
 受ける攻撃をもろともせず駆ける姿は、修羅のごとく。

 命が燃え上がる。

 すかさず放つ刃の舞いが、一臣を襲う。
「っ痛ぅ……」
 でも浅い。
 カウンターで放つ銃弾は、足を穿つ。
 全身血まみれになりながらも、シツジは。

 微笑んだ。

 それを見た暁良が愉快そうに笑う。
「舞台は整った。思うゾンブン殺りあおうぜ?」
 血まみれ同士で、切り結ぶ。
 狂おしいほどの高揚。受ける傷の深さも構わずに。
 嗤う。
 嗤う。
 敵は強い方がいい。己の命を実感できるから。
 浮き世は夢。
 余計な言葉はいらない。

 互いに撃ちあう、酔狂の愉悦。
 花を散らすように、命が舞う。

「後…少しです!」

 琴音も攻撃を放つ。
 シツジはもう、攻撃を避けない。
 いや、恐らくは避けられないのだろう。

 ルビィが振り抜いた、紅銀の一閃。
 対するは躊躇無く繰り出される、黒炎纏いし一閃。

 激しい衝突音。

 受け止めたルビィの刀に、重なるシツジの刃。
 坂の中央で微動だにしない、二本の黒刀。

「…なあ、シツジさんよ」
「なんでございましょう」
 不敵に笑んでみせ。
「教えてくれよ。お前が辿り着いた答えは、お前にとって納得の行くものだったのか?」
 ぎぃん、という金属音と同時、互いに離れる。
 共に刀を低く構え。

「それは次の一撃次第でございますね」
「ハっ。受けて立つぜ…!」

 恐らくこれが最後。

 強く、強く、ただひたすらに強く。

(後のことは任せたぜ…!)

 自らの防御を顧みない、渾身の一閃。
 全てを賭けたその一撃は、シツジの体躯を大きくえぐり。同時に自身の肺へと刃が届く。
 それでも、後ろには退かない。

「俺は…負けるわけにはいかねぇ!」

 大きく振り抜いた大太刀は、残像のように弧を描き。

 血飛沫が鮮やかに舞う中―― 

 両者は同時に、その膝をついた。


●おわる

 静寂を取り戻した並木道。

 意識が朦朧とする中、愁也の目には満開の花水木が映っていた。

(あー…綺麗だな…)

 大けがを負っているはずなのに、痛みを感じない。一瞬自分が生きているのかさえ、わからなくなる。

「しっかりしてください!」
 呼びかけられた声に我に返る。琴音だと気付くと同時、再び耳に届く声。
「あなたには…死んでもらったら困ります」
「…うん、俺は死なねえよ。六道さんが助けてくれたから」
 攻撃を受ける直前、最後の回復スキルを自分にかけてくれた。恐らくこうなることを予測していたのだろう。
 あれがなかったら、今頃はもう。
「私は、できることをやっただけです」
「そうだよな。…きっと、みんなそうだ」
 最後まで立っていられなかったことに、悔しさを覚えながらも。
 ただ一言。
 
「死んでたまるか」


 血だまりの中、膝を付いたシツジは途切れがちに言葉を紡ぐ。

「……お見事でございました」

 息が苦しい。
「狙った一人くらいは…と思ったのですが」
 血を吐きながら、微笑む。
 全力で攻撃した。それこそ、命を奪うつもりで。
 それでも――

 大きく息を吸う。肺に血が流れ込むせいでうまく吸えなかったが。
 自分には、まだ役目が残っている。

「この戦い――」

 伝えるのは、終わりを告げる言葉

「私の、完敗でございます」


●うばう

 穏やかな陽差し降り注ぐ並木道。
 シツジは、坂の中央で跪いたまま微動だにしない。

 対する撃退士側は、前衛三人は意識はあるものの、既に満身創痍。
 まともに動けるのは、一臣、友真、琴音、カエリーのみ。

「見事でした」

 かけられた声に、はっとなる。
 いつの間にか悪魔マッド・ザ・クラウンが、姿を現していた。
「ふふ…どうやら、あなた方の勝ちのようですね」
 それを聞いた一臣が、吐息のように言葉を漏らす。

「……ええ。あと少しで友人を取り戻せます」

 ※※

 遡ることほんの少し前。
 突然切り出された、旅人の言葉。

「僕は、戦闘には参加できない」

 何か理由があるのだろうと思い、深くは聞かなかったのだが。
 珍しく彼の方から言い出した。
「万が一僕らが敗戦した場合、人質の一般人含め全員の撤退を見逃してもらうよう交渉した」 
「……え?」
 嫌な予感がした。
 交渉と言うことは、もちろんタダでと言うわけではないだろう。
「僕の命は、あの悪魔に預けてある。戦闘にも手を出さないと約束した」
「なっ……」
 騒然となる中、友真がありえないと言った声を上げた。
「な…何言ってるんすか、旅人さん。そんなの駄目に決まってるやないですか」
「僕はみんなを信じている。これはあくまで、保険の話」
「けど…!」
「これはもう、話がついたこと。意志を変えるつもりは無いよ」
 頑とした言い方に、思わず口に出た。
「…タビット。俺は怒ってるからな」
 勝手に自分の命を交渉に使ったこと。いつも、こいつはそうだ。
 だから、言った。
「必ず勝って謝らせる。そこで見てろ!」

 ※※

 耳に届く声に、我に返る。
「さあ、シツジを殺せばあなた方の勝利。どうぞ、遠慮はいりません」
 当たり前のように話す悪魔に、一臣は。
「……ミスター。教えてください」
「おや、何でしょう?」
 興味深そうな声音に思う。
 ここでこの悪魔と会話をすること自体、本当はよくないのかもしれない。 
 けれど例え敵だとしても、うやむやのまま命を奪うのは――
(相変わらず、俺は甘いな)
 それでも、問わずにはいられないから。
「貴方の目的は、何だったんですか」
 問われたクラウンは、その瞳を細め。
「ふふ…私は知りたかったのですよ。シツジが二度目の命を失う時。彼が出した答えは、一度目と同じだったのか……をね」
「答え…」
 考えて、すぐに思い至る。恐らくそれは。
「……ええ、主」
 静かな、声。発したのは、シツジ本人。
「私は今でも、あの時出した答えは間違っていなかったと思っております」
「そうですね。そうだろうと思いましたよ」
 しばらくの沈黙の後。
 クラウンはきびすを返すと、告げる。

「では、私はここで失礼します」

「…最後まで見届けないの?」
 カエリーの問いに、くすりと笑み。
「ああ、心配はいりませんよ。シツジの生死はどこにいても私にはわかります。全てが終われば、彼らは返しますから」
 そしてそのまま、道化の悪魔は姿を消した。


 残るのは、目前のシツジを討つことだけ。

「いざってなると、やっぱ怖いな」
 手にした銃を握りしめながら、友真が呟く。
「この人は敵で、もう死んでるって頭ではわかってる。わかってるんや…」
 かろうじて意識のあるルビィが、声をかける。
「…恐らく西橋は。俺たちの命を守るためだけに、人質になったんじゃないぜ」
「え?」
 その言葉に、暁良も淡々と。
「ああ。理由があれば、チューチョせずにすむからな。…ま、オレはそもそもチューチョなんてしねえけど」
 むしろ今自分が動けないことが、残念なくらいで。
 一臣はシツジをまっすぐに見据えると、告げる。
「俺たちがやらなければ、友人が死ぬんです。だから申し訳ないけれど――俺は躊躇しません」
 琴音も眠る愁也の側から立ち上がり。
「ええ。私のために命を張ってくれた人たちに報いるためにも」
「ボクたちは、アナタの命をもらうよ」
 カエリーの宣言に、シツジはゆっくりとうなずく。
「ええ。元よりそのつもりでございます」
 そしてどこか満足そうに。

「あなた方は学び、私を越えてみせたのですから」


「…そうやな。ここでやらな、俺も愁也さんに顔向けできへんわ」
 友真は納得したようにうなずくと、銃を構える。

「この手で、終わらせたる」

 ――ああ。

 覚悟に満ちた撃退士たちの表情を見て、シツジは思う。

(結局の所、私は嬉しいのだ)

 自身の中に残る人だった頃の記憶。成長していく若者の姿に未来を見た。
 手を汚させることに、一抹の申し訳なさはあれど。

 悔いは無い。

「…シツジさん。言い残すことは無いですか」

 琴音の言葉に、少しだけ考え。
「では、彼女…三好君に伝えていただけますか」
 既に人では無い自分がしてやれる、唯一のこと。
 聞き終えた彼女は「必ず」と了承し。

 ふと、見上げる。

 目に入るのは満開の花水木。

「…綺麗だ」

 あの時と同じ。
 人としての生を終えた。
 最後に見た景色と、何一つ変わらない。

 ――先生、花水木の花言葉って知っていますか。

 ゆっくりと、瞳を閉じる。
 
 ――私、この花大好きです。

 微かに笑んで、「私もだ」と呟く。
 いつ交わした言葉か、もう覚えていないけれど。

 

 蒼穹を走る、閃光。

 地を振るわす轟音と共に――淡い花弁は散り落ちた。


●きざむ

「……なあ、一臣さん」
 友真が銃を手にしたまま、呆然と呟いた。
「俺な、この戦いに出る前に決めてたことがあるんや」
「……何だ?」
「絶対に、泣かへんって。何があっても、泣いたらあかんって。でも…間違ってたわ」
 喉が熱い。
「感情なんて、捨てられるわけないんや」
「友真…」 
「この人のために泣いたって、ええよな。いかんなんてこと、ないよな」
「……ああ、もちろんだ」
 ようやく絞り出した言葉は、掠れていて。
 それを見た友真の瞳から、せきを切ったように涙がこぼれ落ちる。

「どうして、私達はこんなことをしなくちゃならないのでしょう…」
 心折れそうになってまで、相手を殺す。
 まだ震えがおさまらない身体を、琴音は無意識に抱きながら。
 ああ、と声を漏らす。

 なんて、苦しいのだろう。

 いっそ相手が畜生以下であればどれほどよかったことか。
 どうして。
 どうして。

 押しつぶされそうな心に、かけられた声。

「ヒトの本質は連続性、だと思う」

 発したのはカエリーだった。
「誰かが認識しなければ、存在ができない。既に魂の無い彼が本当の意味で存在できていたのは、ボクたちが認識し続けていたから」
 困惑気味の琴音に向かって、彼女は微笑む。
「ボクたちは彼の心を今もこれからも、覚えている。できることは、それくらいだよ」

「俺…シツジの心を背負って生きる。ずっと忘れん」
「ああ、俺もだ」
 一臣は友真と共に目前の亡骸に歩み寄ると、一礼をする。
 奪ってでも前に進むと決めた。

 その重さを、胸に刻み。


●エピローグ


 今年も、花水木が咲いた。

 季節は何度もめぐるのに、私の心は止まったままで。

 聞けたら――前に進めると思った。

 ※※

 そう、あれは私が三年生になった春。
 校内で噂が立った。
 片桐先生と私が付き合っているのでは無いか、と。
 私は焦った。
 自分の気持ちがばれてしまうかもしれない。
 そして拒否されることへの恐怖が、私の正常な判断力を奪った。
 あの花水木の上り坂。
 声をかけてきた先生に、どう対応していいかわからなかった。
 周囲ではやし立てる友達に、先生は不思議そうな顔をしていた。
 それを見て、思った。
 ああ。どうせ私のことなんて、一人の生徒としか見ていない。
 恥ずかしくて、哀しくて、消えてしまいたかった。

 逃げるように走り出した私を、先生の声が追い。
 気がついた時には、私は道路の端に突き飛ばされていて。

 坂道の中央では、血だまりの中倒れている先生の姿があった。
 

 ※※

「先生はきっと、自分を恨んでいると思っていました…だから、会ってくれないのだろうと」
 そう語る三好薫の顔は、まるで少女のようで。
「……でも、違ったのですね」
 琴音が伝えたのは、片桐忍が得た『答え』。
「先生は、覚えていてくれた……」
 果たされた、二人だけの約束。
「ようやく…私も、歩き出せます」
 そう言って、彼女は静かに涙を流した。

 帰り際、一臣がふと思い出したように。
「そういえば戦いに入る前に、愁也が俺に言ったんだ。人の本質は、『愛』だと思うって」
「…まじでか。愁也さんらしいというか何というか」
「だろ?」
 友真の言葉に、笑いながら。
「俺、思うんだよな。何だかんだ言って、シツジの心に一番真っ正面からぶつかったのはあいつじゃないかなって」
「ああ…俺も、そう思うぜ」
 ルビィがうなずく。
 言葉は無くても、心に触れた。
「だからシツジは、あの時全力で月居を攻撃したんだろう」
 そのせいで、致命的なミスを犯すほどに。

 琴音が、ぽつりと呟く。
「私も、もっともっと強くならなければ……」
 才能に乏しい自分。
 それでも負けまいと、ずっと努力をしてきた。今はまだ、遠いけれど。
「人は、変われると信じています」
 それが自分の出した答えだから。

「俺は問答にゃ興味ねェけど……」
 暁良がカエリーに向かって肩をすくめる。
「スリルあったぜ。なかなかユカイな戦いだった。それで充分だ」
「そうだね。ボクも楽しんだ。だから彼には、感謝してるよ」

 楽しむこと。
 恐らくそれも、本質の一つ。

 一臣は、空を見上げる。  
(…俺には、人の本質がなにかはまだわからない)
 そもそも人と天魔に差があるのかさえも。
 けれど。
(俺たちは妬み、怒り、時に失い、間違えもする。それでもまた何かを得て歩き出す)

「さあ。帰ってタビットに謝ってもらわないとな」

 そして笑いながら教えてやろう。
 
 あの時知った、彼の答え。
 今も昔も変わらない。
 与えられた時が有限だからこそ――
 
 人は、未来のために生きるのだと。



●いつかのどこかの会話

 ――新たな命を与えた理由。単純なことです。

 単純なこと…でございますか

 ――死ぬ時でさえ、人に未来を見た。あなたのその心を、欲しいと思ったからですよ。

 ……

 ――ですが手に入れることは、どうやら出来なかったみたいですけれどね。

 ……主。わざと賭けに負けてくださったこと。感謝しております

 ――ふふ…なんのことでしょうか。

 最後までお役に立てず、申し訳ございませんでした

 ――では、私はもう行きます。さようなら――人の子よ。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
   <その命を懸け、最後まで仲間を守り切った為>という理由により『重体』となる
面白かった!:16人

戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
導きの光・
六道 琴音(jb3515)

卒業 女 アストラルヴァンガード
繋がるは概念、存在は認識・
カエリー(jb4315)

大学部2年326組 女 インフィルトレイター