●
肌を灼く日光と噎せ返る磯の香りが、海岸線を望む前から纏わりついてくる。
「夏だー!海だー!ダイオウグソムシやーい!」
「日本の海、満喫するんだもん!」
「グソクたん漂流してないかな?」
駐車場からの僅かすら待ちきれない、と真っ先に駆けて行く、大狗 のとう(
ja3056)、犬乃 さんぽ(
ja1272)、風早花音(
jb5890)。
これから始まるのは体験学習、という事は既に忘却の彼方で。一夏のお相手探し(注:ただし蟲)に胸を躍らせている。
「ダイオウのほうって日本にいる子だっけ…?」
点喰 因(
jb4659)はのんびりと、少女達(注:誤植ではない)の背を追った。
まだ記憶に新しい葦簀張りの屋根。入口に揺れる看板を眺め。
「作ったオブジェ飾られてる〜」
嬉しいな、と口内で呟く星杜 焔(
ja5378)を見て、雪成 藤花(
ja0292)は優しく微笑んだ。
「鯵の坊主じゃねえか!久しぶりだでよ」
「玄蔵さんお久しぶりです〜」
「今日はよろしくお願いします」
暖簾を潜って破顔する玄蔵に、大切な人を紹介して。
二人で選んだ昼顔の花束を差し出す――絆をまた、紡がせてください、と。
「先日はお世話になりました。…星杜さんもいらしてたんですね」
先の依頼の戦友に、柔らかな会釈を一つ。蒼い瞳を懐かし気な色を乗せ、ウィズレー・ブルー(
jb2685)はカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)と共に玄蔵に歩み寄る。
「初めまして。カルマ・V・ハインリッヒと申します」
「おう、蒼い嬢ちゃんもよく来たでよ。銀の坊主も美味えの食ってきな…おい餓鬼共!」
奥で手を滑らせた元不良達を一喝。拳骨を落としに行く玄蔵を、相変わらずと見送るウィズレー。
「とても思い出深い場所になりましたので、カルマも連れてきたいと思っていたのです」
「では、今日はウィズにエスコートしてもらいましょうか」
楽しみです、と微笑うカルマの髪を、熱風が散らしていった。
デジカメを水平線に向けて、パシャリ。
「何も無い海もきれいだけど…せっかくだし、皆の想い出作ろうかなぁ〜」
姫路 神楽(
jb0862)は被写体を探してうろうろ開始。
『リア充どもの巣窟・海に来たなう( ´∀`)』
ビーチパラソルの下、ツイートしながらレンタル用品の貸出手伝いをするルーガ・スレイアー(
jb2600)。
「とりあえず、料理は向かないことが判明しているぞー( ´∀`)」
どうやら自分から志願したらしい。さすがルーガさん、自己分析は完璧ですね!
「そのパラソル貸して貰えるかしら?」
ソシャゲに夢中になっているところへ、氷雨 玲亜(
ja7293)が顔を出す。
「よし、任せろd(´∀`*)」
初仕事に張り切るルーガさん。ビーチベッドまで設置して、玲亜が寝そべるのを満足気に頷いていると。
「ちょっといいか…?」
咥え煙草を燻らせ、少し離れた岩の上から美影 一月(
jb6849)が手招く。
「中々、釣れないものだな…コツとか知らないか?」
「よし、ちょっと待ってろ( ・`ω・´)+」
麦わら帽子を傾げる一月に、得意満面。早速スマホで調べようと――
「Σ(゜д゜lll)あわっ?!太陽の光が強すぎて、すまーとふぉんの画面が見えんー!」
眼を押さえて転げ回る。さすがルーガさん、オチも完璧ですね!
「まさかスマホの反射で逆光になるなんて…」
岩陰にて、暗くなった写真にガクリと肩を落とす神楽。被害は甚大の模様です。
「賑やかな人ね」
日焼け止めを塗りながら、どこか感心した声音で呟く玲亜の横。
「シー、みんなと、海きたの、楽しい、です」
興味深そうにパラソルを触りながら、海野 三恵(
jb5491)は海色の瞳を輝かせる。
「海は好きかしら?」
「海も、お友達も、大好き、です!」
全身から大好きを表す三恵に。表情は変わらないまま雰囲気を僅か和らがせ、口を開きかけた玲亜を遮り。
「夏だ〜!海だ〜!楽しむのだ〜!」
ナデシコ・サンフラワー(
jb6033)が一直線に波際を掻き分けていく。
「お友達、たくさん出来るといいわね」
「はい!」
苦笑した玲亜の指差す先、海中へと、三恵は躊躇いなく飛び込んでいった。
「ゴホッ…なんてタイミングで…」
巻き上がった砂煙に咽る神楽。写真は、お察しください。
「海の家と聞いて竜宮城的な何かを思い浮かべた時期が俺にもありました」
本の知識だけでは駄目だと首を振り、和泉早記(
ja8918)は岩陰を覗き込む。
「ウミガメはさすがにいないだろうけど」
修学旅行を思い出しながら石をひっくり返す。安寧の棲家を奪われ、鋏を振り上げて威嚇してくる 小さな蟹をデジカメで激写したり。張り付いていた海星をつついては、感触を忘れないうちにメモに取る。
「これ食べれるかな?」
あとで聞いてみようと歩き回っては貝を拾う、足先は何時の間にか岩の終わり。
「戦果はどうだ…?」
「それなりに、でしょうか。美影さんは…いえ、何でもないです」
釣り糸を垂れる一月に、早記はデジカメと袋を掲げ――空のクーラーボックスからそっと目を逸らした。
「待て…餌は付けられるようになったんだぞ?」
ちょっと焦る一月。二人の間に微妙な空気が流れかけた、刹那。
「魚ゲットだ〜!!」
ざっぱーん!と海中からナデシコが飛び出す。たぶん。だって海藻まみれだもん。
「楽しんでいる様だな…」
「…海って見た目面白い生物多いよね」
間近で浴びた水飛沫を拭い、一月は煙草を点け直し。早記は再び潜っていく海藻お化けをメモに書き加えた。
「またかよ!」
防水性でよかった、とデジカメの水気を切る神楽。二度ある事は三度ある、けして楽しくなってきた訳では以下略。
●
「お仕事の邪魔しちゃいけないよ?」
柔らかく頭を撫でる神谷 託人(
jb5589)の笑顔に背を押され。
「お邪魔じゃなかったら調理場での料理の作り方見せて頂けませんか?」
ぺこん、と礼儀正しく一礼する神谷 愛莉(
jb5345)に、玄蔵は相好を崩して調理場へ手招く。
大きな水桶に一杯泳ぐ新鮮な魚と、砂を吐く貝。都会では見られない生々しさが愛莉の目の前に広がる。
「こちらから、よく見えますよ」
「ありがとうございますっ」
きょろきょろと背伸びする少女に声をかけ、鷹司 律(
jb0791)は黙々と食材の皮を剥いていく。
「鷹司さん、玉葱をもう一ケース、皮剥きお願い出来ますか」
「わかりました」
律の下拵えした食材を、外のバーベキューセットへ運ぶのはミズカ・カゲツ(
jb5543)。
「忙しいですが、これはこれで充実していますね」
人界の文化を学ぶ良い機会だと、帽子を深く被り直した。
「あ、えりも手伝いますっ」
文具セットを握りしめ、魚を捌く玄蔵の手付きを食い入る様に見つめていた愛莉が、はっとして立ち上がるも。
「構いません、神谷さんには目的があるのでしょう?」
ミズカの柔らかな声音と手が、優しく座らせる。兄に美味しい物を食べさせたい。大切な人への直向きな想いは、心当たりのあるモノで。
「鷹の坊主と狐の嬢ちゃんのおかげで手ぇ空いたがいね、ちっせえ嬢ちゃんもやるか?」
「はいっ!」
玄蔵の指導の下、手早くとはいかないまでも丁寧な包丁さばきで鯵を三枚に下ろしていく愛莉。
微笑ましく見守るミズカの視界の端、カウンターの向こうで託人が頭を下げるのが見えた。
「凛?色々と、ご教授くださいませね…?」
「姉様。笑顔と自信をお持ち下さいませ」
メイド服に身を包み、緊張した面持ちのシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。初めての接客業に不安を見せる姉の手を取り、斉凛(
ja6571)は優しく包み込む。
「大丈夫ですわ。私の自慢の姉様ですもの」
「いらっしゃいませっ!」
新たな客を迎え、六道 鈴音(
ja4192)の明るい声が店内に弾ける。
「これが…海の家…不思議…」
「大丈夫?威鈴」
人見知りな自分を知っている恋人、浪風 悠人(
ja3452)の気遣う手に、浪風 威鈴(
ja8371)はほんわりと笑みを浮かべて頷く。
(さあ姉様、後は教えた通りに…)
(い、いってまいりますわ…)
最初こそ凛に付いていたものの、もう一人でも大丈夫、と背を押され。
「いらっしゃいませ!ご注文お伺い致します!」
藤花と愛莉が書いた、手製のお品書きを渡し。
後は持ち前の明るさで、確りと胸を張る。大丈夫、最愛の妹がそう言ってくれたから。
「俺はイカ焼きで。…威鈴は?」
「あ…焼きそば…で」
「賜りました、少々お待ち下さいませ」
堂々たる笑みを見せる。海の家には些か丁寧すぎる応対だが、服装と相まって違和感は然程無い。
たとえ、動悸は高らかに胸を鳴らしていても。
「お、オーダー!焼きそば一つと、イカ焼きをお願いしますの…!」
調理場に駆け戻り叫びながら、ちらりと視線を向ける先。
(流石、姉様ですわ)
妹の雄弁な瞳に、飛び切りの微笑を返した。
「焼きそばをお願いできるかしら」
「…焼きそば、ですね…」
注文を復唱した鈴音の微妙な声音に、日焼け止めを塗り直していた玲亜は、思わず顔を上げる。
「いえ、さっきから焼きそばばかりでてて」
「ああ、たぶん…アレのせいね」
不思議そうに首を傾げる鈴音を、浜辺へと促す。
『きこえますか……浜辺の…みなさん…今…あなたの…心に…直接…呼びかけています…』
『焼きそばです…海の家で、焼きそばを喰うのです…なう( ´∀`)』
「…食べなきゃ、いけない気がして」
どこか遠い目で語る玲亜に、自分も後で食べよう、と鈴音はお腹をさすった。
両手で焼きそばを運びながらも、視界は広く。
合わせのメイド服でくるくると動く凛とシェリアは、絵になる看板娘。
「あ、凛!二番席の方にお冷のおかわりをお願いしてもいいですかっ…凛?」
頼まれる前に察せよ、メイドの心得を教えてくれた妹が、何故か一点を見つめ動かない。
(ああミハイル先生…っ!何てダンディなのでしょう、夏のお召し物も扇を弄ぶ様もましてや玄蔵様に微笑まれるお顔などもう、もう…っ)
何とも言えない顔のシェリアと、遠い所にいる凛を隠し撮りして。
「…この写真は特に、ばれたら凄い事になりそうだな〜」
墓まで持って行こう、と固く決意する神楽。背後に店員が立った気配に、デジカメを構え振り返る。
「あ、焼きそばと…笑顔をお願いします♪」
「え、笑顔ですか…?」
戸惑った様子でペンを握る託人に、神楽はぴしりと固まった。残念、綺麗なお姉さんではありませんでした。
●
昼顔の揺れる窓辺の花瓶。
「…良く出来ている」
他にも色々置かれているオブジェをしげしげと眺めるキャロライン・ベルナール(
jb3415)。
「後でオブジェ教室やるよ〜」
「む。では材料を探してこよう」
お知らせの紙を貼る焔に頷き、キャロラインは浜辺へと向かった。
「何か面白い物ねーかなー…おー?」
木の棒をふりふり、のとうが見付けたのは、海藻の巻き付いた大きな流木。
「ボク知ってるよ、エビスさんって言って、日本じゃあ神様なんだよね」
「さんぽ君詳しいねー」
手を合わせ拝むさんぽに、因はのったりと拍手を送る。
憧れの日本の知識は、日本人顔負けのモノ。偶に色々勘違いしているけど。
「ボイルしてサラダには出来ないのな…」
「グソクたんでもないし…」
「…って、大狗先輩神様食べるんだ!?」
「花音さん、諦めてなかったんね…」
生暖かいツッコミも何のその。諦めきれない年少組(注:誤植ではry)は、血眼になって浜辺を探す。
「エビス様…神様、か」
ではこれは使うわけにはいかないな、と。真面目に流木に礼をして、キャロラインは残念そうに次を探す。
片手に持った袋に、空缶を放り込む。
「潮流の関係でしょうか、沢山ありますね…ウィズ?」
纏わりつく銀糸を払い、カルマは近くに居るはずの友を振り返る。見慣れた蒼は、少し遠い。
「カルマ…これ、何でしょう?」
しゃがみこんで首を傾げるウィズの目の前、割れた何かの欠片の様な…?
「オブジェ教室に、とも思いましたが、少々…」
いえ、だいぶ禍々しいオーラを放っておられます。
「止めておきましょうか」
苦笑交じりにゴミ袋へ入れようとするカルマの背に、焦って駆け寄る足音。
「横からすまない!では、私に貰えないだろうか」
必死の表情で詰め寄るキャロラインに、これがオブジェになるんですか…と何処か遠い目をするカルマであったとか。
悪戯な潮風が、シャーベットブルーを舞い上げる。
肌を刺す日差しも、打ち寄せる波の音も、噎せ返る磯の香りも。山育ちの身には、何もかもが目新しい。
「何だか、そわそわします」
「初めてだもんね〜」
落ち着かない様子で、けれど憧憬の色を瞳に煌めかせる大切な人。スコップを適当に突き立てる藤花に、然りげ無く獲れ易い場所を示しながら。連れて来れてよかった、と焔は微笑む。
「焔さん、穫れました!」
「どうやって食べようか〜」
「今晩の味噌汁に入れましょうか」
貝を手に、嬉しそうに笑う藤花。そのまま空のバケツに入れる手を、優しく押さえて。
「今晩食べるなら、今のうちに砂吐きしちゃおうか〜」
「砂吐き?」
「育った海水がいいからね〜」
底上げをしたクーラーボックスに並べて、海水を入れる。こうすることで体内の砂を出してくれるのだと。
「すごい…」
潮を吹く様子を興味津々に眺める藤花。尊敬の視線に面映くなって、焔は手近な岩をひっくり返す。
「きゃっ」
「ごめんね〜…あれ?」
途端、わらわらと逃げ出すフナムシに悲鳴を上げる藤花を庇いながら。底に蠢く、白い塊に目を瞬かせる。
「グソクたん、いないのかな…」
海に揺蕩う波の様に。青い瞳を潤ませ、しょんぼりと佇む花音。
愛しの白い君は何処を探しても見付からない(注:深海生物です)、と嘆く少女の耳に、遠くから己を呼ぶ声が。
「花音ちゃん〜」
見慣れた部活の先輩が、見慣れないモノを抱いて手を振っている。あれは何だろう、白くて丸くて――
「グソクたん…っ!」
背景に某エンダー的な有名ラブソングが流れる中、猛ダッシュした花音ははっしと白の君を受け取り。
「まさかこんなところまで流れ着いてくるなんて…運命の出会い…!?」
「そう、やね…」
何事かと付いて来た因の生暖かい視線もなんのその。
持ち上げてマジマジと見つめ、つるんとしたボディを撫で回し、くるんと丸めて抱き締めてご満悦。
「こんなに可愛いんだから、幼馴染の名前つけちゃおうかな…!よし、そうしようっ」
いえまず本人に許可を取る事をオススメします。
「…足がいっぱい…」
何でこんな時だけばっちり撮れるんだろう。写真を見返す勇気は、神楽にはなかった。
人混み外れた浅瀬にて、絡めた片腕を漸く少しだけ離して。
「海…海…♪ 広い…なぁ……」
「威鈴、おいで」
ホッとしたようにはしゃぐ威鈴を、腰の深さから、悠人は柔らかく手を差し出す。
「まずは顔を上げたまま、足を動かしてごらん。…絶対に落とさないから」
「…うん…」
泳ぐのは不安、けれどこの手が支えてくれているから。大好きな悠人だけを見つめ、必死に足を動かす。
だから、気付かなかった、少しずつ距離が開いていること。
「威鈴」
離すよ、という言葉と共に、指先の拠り所が消える。
呆然とした一瞬、足は、当然の様に止まって――しず、む?
「威鈴!」
顔が波間に突っ込む前に、力強い腕が身体ごと掬い上げる。
「…悠…っ…」
しがみつく、幼子の様に。存在を確かめる様に。怖いのは水じゃない、その手が離れてしまうこと。
「仕方ないなぁ、威鈴は」
悠人は困った様に、けれど嬉しそうに笑って。撫でる旋毛に、唇を落とした。
●
集まった観衆の前。紳士的に微笑みながら、焔は流木を組み上げる。
「こんな感じ〜」
簡素だが味のある置物に頷き、参加者は各々の拾得物と向き合う。
「オブジェ作りなう(*´∀`)」
ルーガさん、うpするのはいいけどそれだけじゃ何か伝わらないと思いますよ!
「焔さん、ここが…」
「こっちをくっつけるといいかも〜」
わいのわいのと賑わう片隅、先程の漂流物をじっと睨み据えるキャロライン。
「…駄目だ」
何回イメトレしても、完成形は禍々しくなってしまう。
一頻り唸った後、徐に立ち上がり漂流物を引っ掴み、海の家の暖簾を潜る。
「ミハイル殿!」
「…ベルナール?」
まったりと過ごしていた所を、キャロラインに突撃されたミハイル。
顔馴染みの教え子の切羽詰った様子に目を丸くするも、説明を聞いて合点がいった様に頷く。
「成程。…ならば、実用品を作ってみたらどうだ」
簡単な台でもいい、そうアドバイスするミハイルの言を受け。
「む。やってみよう、感謝する」
考え込みながら戻っていくキャロラインの背に。
「…あの醤油差し、気に入っているがね」
聞こえない音量でぼそりと、ミハイルは笑った。
「そろそろ交代しようか〜」
オブジェ教室も一段落した頃合いを見計らい、焔はエプロンを付け厨房に入る。
託人の手を引いて飛び出していく愛莉を微笑ましげに見送って。
「鷹司さん〜」
戦場の様な厨房で黙々と下拵えを続けていた律に、こそりと。
「薬味、多めに作って貰えますか〜」
「?わかりました」
疑問顔をしつつも、ペースは落とさず量を増やす律。プロですね。
花音お手製、お揃いのエプロンを付けて。
「いらっしゃいませーなのな!」
入れ替わった看板娘達(注:以下略)が、声を張り上げる。
「これが海の家の正装なんだよね…あれっ、さっきから何か、みんなの視線が」
海パン姿に上からエプロン、それなんて新妻ぷれげふんなさんぽと。
「これがコンテストで美脚と称賛されたあsふみゃっ」
「のとちゃんどこ見てるかなー」
のとうのほっぺふにふに、出るトコ主張してらっしゃる因さん。当然、放っておかれるはずもなく。
「ご注文はキミで」
「お兄さんといいことしなーい?」
丘サーファー達が眩しいキメ顔でにじり寄る。
「ぼっ、ボク男だからっ…はぅ、点喰先輩、無視しないで助けて……」
顔を赤らめた涙目は女子力なんばーわんです、諦めて下さい。
「おもしろいからほっとこう…ともいかないか」
「いててっ!?」
看板娘にお触りはご遠慮ください。
因が馴れ馴れしく伸びてきた片手をくるりと捻り上げ、強制ご退去頂いたところに。
「海藻お化けだぞ〜」
「だぞー、です!」
こんぶ(ナデシコ)とわかめ(三恵)のダブルタッグ。初等部と中等部の可愛らしい襲撃に、だがしかし。
「おのれお化けめー!俺ってば退治しちゃうんだぞ!」
がおー!と同レベルで威嚇する大学部(のとう)。繰り返します大学部。大人げないよ!
「ご注文はどうしますかー?」
さらにマイペースに注文を取る高等部(花音)。とりあえずグソクたんは置いといた方がいいと思います。
「はわわ…どうしよう」
「…まぁこれはほっとくかー」
あわあわするさんぽと良い笑顔で見守る因姐さん。久遠ヶ原は慢性的なツッコミ不足です。
「外が騒がしいような…?」
「何かあったんでしょうか」
首を傾げながらも大量の皿は待ってくれない。ミズカと鈴音は手分けして洗っていく。
「すまねえコイツも頼むでよ!」
どんと鍋を置いて一息吐く玄蔵に、そういえば、と鈴音。
「玄蔵さんのことは、なんてお呼びすればいいですか?店長?」
「あ?」
「それとも…玄ちゃんとか」
ゴホッと喉に詰まらせた音が、調理場から一斉に上がる。
ピシッと固まった玄蔵と、静まり返った調理場と――外から、笑いを堪えるくぐもった声。
「チョウさんだらァ!笑いよるでねえ!」
真っ赤な顔で怒声を張り上げる玄蔵。きょとんとする鈴音を、ミズカが畏敬の眼差しで見つめていた。
窓ガラスで身形を整え、深呼吸ひとつ。
「お茶をどうぞ」
精一杯の勇気を掻き集め、凛はミハイルに紅茶を差し出す。
「ああ、良いタイミングだ、ありがたく頂こう」
「お隣よろしいですか?」
優しい微笑に後押しされて、望みをひとつ。是の言葉に心臓が早鐘を打つ。
「ほう、美味いな」
「喫茶店を営んでおりまして…お褒め頂き光栄ですわ」
(いやああかっこいいですわっ!)
ファン心が荒れ狂っていても、表面上は優雅に清楚に。
「成程。…茶には目がなくてな。機会が有れば、訪ねても構わないかね?」
「いつでもいらして下さいませ!最高の紅茶でおもてなし致しますわ」
…ちょっと語気が強まってきました。頬も赤らんで視線が熱っぽいです。
テンションは最高潮、この勢いを逃してなるものか、と。
「あ……あの。ハンカチにサインして下さい。宝物にします」
震える手で差し出した白いハンカチ。ミハイルは軽く目を見張り、次いで目元を笑ませて。
「一服の茶の礼に」
「あ、ありがとうござ…はぅ」
さらりと綴られた文字をなぞり、凛は幸せそうに意識を失った。
「だ、大丈夫なのだろうか」
シェリアに運ばれていく凛に驚きつつ、キャロラインはミハイルの前に立つ。
その手には、何かのオブジェ。
「アドバイス通り、小物入れを作ってみた…どうだろうか」
細い流木を編んだ足台に、陶器の欠片を嵌め込んだ其れは、素朴な味わい。
「ふむ、よく出来ている」
片眼鏡越し、目を細めて矯めつ眇めつするミハイルに、キャロラインは苦笑して。
「作ったはいいが…中身が思い付かない」
己のコレクションを思い浮かべる。そもそも部屋にも合わないかもしれない。
「…では、これを」
袂から、ころんと。何かを入れ、ミハイルは小物入れをキャロラインに返す。
白く、角度によっては仄かに桜色に煌めく巻貝の殻が数個。触れ合っては音を立てた。
疎らになった机の一つに、どっこいしょと自身の収穫物を乗せ。
「ええと、何だっけ、ボンゴレナントカ?」
ちょっと遅めの昼食に洒落込もうと、早記は焼きそばを注文するも。
「ごめんなさい、麺がもうなくて…」
メモを握ったまま申し訳なさそうに謝る藤花。
「くしゅんっ…どこかで褒められてるなー(*ノωノ)」
浮き輪を膨らませながら、くしゃみ一つ。ポジティブですねルーガさん!
「うーん、仕方ないな」
渋々とパスタに変更する(注:むしろ合ってます)早記の横から、にゅっと伸びる手が2本。
「シーも、貝、どうぞ!」
「ワカメもあるですよ!」
人に戻ったナデシコと三恵も加わって、具沢山のパスタを大皿でわいわい。
お腹いっぱいと転がって、まったり人心地ついた後、徐に早記がデジカメを取り出す。
「さっき撮ったんだ」
「シー、これ知って、ます!」
「私のも〜!」
画面の鮮やかな海星に対抗して。ナデシコは色とりどりの貝殻を、机にぶちまけた。
戦利品の見せ合いっこは、皆でやるからとても楽しい。
怒涛の昼ご飯ピークも過ぎた頃。
「これ、使えないか…?」
「ありがとう〜」
調理場裏からひょっこり鯵を差し出す一月。無事に釣れたようですよかったね!
獲れたて新鮮の様子に、焔はちょうどいいと頷くと。
「藤花ちゃん〜皆呼んできて〜」
「はい!」
集まってきたスタッフ達が、わくわくと調理場の一角を囲む中。
律が多めに作っておいてくれた薬味で、焔が作るのは、勿論。
「鯵のなめろうだよ〜賄いである〜」
「初めて食べますが…美味しいですね」
仲間内だからと帽子を外したミズカの頭上で、表情よりも雄弁に、狐耳がぴくぴく動く。
「私も食べていいのか…?」
「貴女の釣果ですよ、ご馳走様です」
何もしていない、と躊躇する一月には、律が微笑んで皿を差し出して。
「かき氷くらいなら、作れるかも」
一足早く食べ終わった鈴音は、デザート持ってくるね!と駆けて行った。
●
「楽しいですね、カルマ」
借りた熊手さえ興味の対象。知らない物が出てくる度に蒼眼を輝かせ、脳裏の資料と照らし合わせるウィズレー。
「ええ、それに興味深いです。こうして食料を確保するんですね」
同じ様に好奇の眼差しを向けながらも、一欠片、注意は横の存在へと。何故なら――
「あ…っ」
「予想通りですね、ウィズ」
待ち構えていた手付きで、よろめく肢体を支える。昔からこの友は、目が離せない。
「よそ見ばかりすると転びますよ、と言う暇もありませんでしたか」
「すみません…」
恥ずかしそうに縮こまる友に、カルマの口の端から堪え切れない笑声が漏れた。
「泳がなくていいのかい?」
小さな手には少し大きめのスコップを楽しそうに操る愛莉に、託人は海を指し尋ねる。
てっきりそのつもりで参加したと思っていたのだが、愛莉は笑って首を振り。
「今回の体験学習、大きな人が多いもん。大きい人と遊ぶよりお兄ちゃんと潮干狩りの方が良い!」
大好きな兄と二人きりで、愛莉のご機嫌は最高潮。先程海のプロから伝授してもらった効率の良い獲り方で、バケツは満員御礼。
「持って帰って、教えてもらった料理作るの。アサリって今までお味噌汁の具にしかした事なかったし」
元々、孫を思い出すのか、少女に弱い玄蔵。そんな愛莉に真剣な姿で見つめられて、張り切らない爺がいるだろうか。いやいない(反語)
「ふふ、いつもありがとう」
お兄ちゃんに美味しいもの食べさせてあげたいの!と張り切る愛莉に、託人の顔にも自然に笑みが浮かぶ。
魚の捌き方から漁師料理まで、一回だけとはいえ目の前で実演して貰った。部分によっては、実際にやらせても貰えた。あとはどれだけモノに出来るか、それは自分次第。
「帰ったら美味しい料理作るからね♪」
全ては兄の笑顔のために。晩御飯のレシピを考えながら、愛莉は柔らかく微笑む託人の胸に飛びついた。
海の家の裏手、ゴミ出しがてらレンタル用具を洗う律。
「返却はここでいいのかしら?」
「構いません、ご利用ありがとうございました。…面白い物はありませんよ?」
パラソルを手渡し、何となくそのまま眺める玲亜に、苦笑をひとつ。
「あなたずっと働いてたわよね、と思って」
「性分ですので…これはこれで楽しいですよ」
縁の下の働きに、不満はないけれど。見ていてくれる人もいる事が、少し暖かい。
「そう。…おかげで、楽しめたわ」
だから。ぴらり、背を向けて手を振る玲亜を呼び止めて。
「今なら、かき氷が食べられますよ」
内緒話をするように、片方の人差し指を口元に立て。律は、調理場への裏口を開く。
「六道さん、もう一つお願い出来ますか」
「ひゃいっ!」
「…大丈夫なのかしら」
食べ過ぎたかき氷に必死に頭痛を堪える鈴音の姿に、玲亜は色んな意味で苦笑するが。
鈴音は涙目になりながらも、手慣れた仕草でかき氷を作っていく。
「何味がいいですか?色々揃ってますよっ」
「そうね…私のイメージで」
冷蔵庫を覗きこみシロップを取り出す鈴音に、ふとした悪戯心で曖昧に指定する。だが敵(?)もさるもの。
「じゃあいちごにブルーハワイを混ぜて」
「…それは髪の色ね?」
半眼で指摘する玲亜に、ぺろりと舌を出して。冗談ですよっ、とマスカット味のカキ氷を差し出した。
●
じわじわと陽は沈んでいく。優しく色を変える夕紅は、誰の上にも平等に。
「今日…楽しかった…」
岩の上で二人、寄り添いながら水平線を眺める。ぽつりと威鈴が呟いたのを最後に、心地良い沈黙が広がる。
「…威鈴?」
不意に、肩に感じる羽のような重み。慣れない泳ぎに疲れたのか、小さく寝息を立てる愛しい人。
その安心しきった顔に、悠人は逆に、得も言われぬ安らぎを覚える。
「また来よう、何度でも」
起こさないようそっと、髪を撫でた。
戻る人波に逆らって。夕陽が朱く彩る海岸線を、ゆったりと歩く。
「やはり直接見ると違うでしょう?」
一度見て、写真でも見せて、それでも。気心知れた友と見る夕陽は、格別の美しさで。
「うん、これはいい眺めです」
朱銀に染まる瞳を和ませ、カルマは沈み行く夕陽に向き直る。
全てを灼き尽さんとするかのような昼間の苛烈さが、今は包み込み慰撫する慈愛の柔らかさに。
相反する貌が混じり、それでも成り立つ姿に、感じ入る。戦いと日常、どちらも矛盾せず、己を形造る要素であると。
「…見せる事が出来てよかったです」
沈思黙考する友の傍らで、同じ朱に染まりながら。ウィズレーは静かに微笑んだ。
ゆっくりと、だが確実に沈み行く夕陽。それはつまり、別れの合図。
「はいはーいそこら辺までにしとこうか花音さん」
「だって、だって…っ」
波間に消えていくダイオウグソクムシを何処までも追いかけていきそうな花音を、後ろから羽交い締めにする因。
グソクたんもおうちに帰る頃合いです。むしろよく一日を乗り切ったなと思います(注:忘れがちですが深海生物)
「にしし、また来ればいいのにゃー」
「ボクもまた来たいな」
微笑むさんぽの髪も、のとうと同じ赤色に。お揃いがなんだか嬉しくなって、のとうは声を張り上げる。
「よーし、こっから海の家まで競争なのな!よーいどん!」
「負けないよ…ってずるい!」
海岸線に何処までも高らかに響くのは、潮騒にも掻き消すことの出来ない笑い声。と、ちょっぴり泣き声。
想い出はいつまでも、皆で一緒に。
寄せては返す波を見つめ。お揃いのメイド服が、夕闇に染まる。
「今日は助かりましたわ、凛」
慣れない一日は怒涛の勢いで過ぎ去ったけれど。それさえも楽しき想い出。
「姉様の努力ですわ」
ふるりと緩く首を振って。凛としたシェリアの横顔に、柔らかく微笑む。
一緒に過ごせた事が、何よりの宝物だから、と。
●
夜の帳が全てを覆い隠す前に。
「は〜い、皆集まって〜♪写真撮るよ〜♪」
海の家の前に、ぎゅっと。神楽の覗くファインダーに収まり切らない数の、笑顔。
タイマーをかけて滑り込んだ神楽ごと、シャッターは夏の想い出を記憶する。
何でもないような一日も、人生を綴る、掛け替えの無い一ページだから。
集合写真は人数分焼き増しされて、個人の写真と共に配られたほか。
「ここらかねぇ」
後日、調理場の壁時計の横。四隅をテープで確り留めて。玄蔵は満足気に頷いた。
山と積まれたレポートに、興味深く目を通し。
「楽しめたのならば、合格だ」
柔らかく微笑んで、ミハイルは修了証に判子を押した。