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天高く馬肥ゆる秋、というには些か寒気の勝る山の牧場。
泣きながら何個目かのシュークリームを頬張る鏡国川煌爛々(jz0265)の背後に、長身の影一つ。
「美味しそうなシュークリームね」
「んぐぅ!?」
聞き覚えのある声が、まさか響くとは思わなかったのだろう。
喉に詰まらせ必死に胸を叩く煌爛々の背を、影野 明日香(
jb3801)は苦笑しながら撫で擦る。
「泣いていたら可愛い顔が台無しよ」
「んぐぐ…死ぬかと思ったですし!」
眼前に跪く、これまた聞き覚えのある声音に気付く余裕も無く。差し出されたいちごオレを一気飲みする煌爛々。
眦から零れた雫を、アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は優しくハンカチで拭う。
「アスカにレベッカですし、何でここいるですし…?」
きょろきょろと事情が飲み込め無い煌爛々の様子に、二人は声を上げて笑うと。
「1人でよく頑張ったわね。ここからは私達も手伝うから」
「もう少しだけ頑張ってみない?」
後ろから抱きしめる明日香と、見上げたまま手を取り微笑むレベッカ。
スキンシップ、というか人慣れしていない煌爛々の脳みそはショート寸前。
「煌爛々お久しぶりなんだよー!」
「フェイン、ですし…?」
ブンブンと振られる、フェイン・ティアラ(
jb3994)のもみじの手とフサフサの尾。懐かしい顔に、目を見開く。
貰ったクッキーの包紙をまだ持っていると知ったら、驚くだろうか。
「煌爛々の手伝いにきたよー!学園にいる皆は協力して依頼を達成するんだよー」
赤紫の瞳が、楽しそうにくるくると動く。合わせて、赤銀の毛先に跳ねていた陽光が、突如として遮られた。
「…受けた仕事を放り投げるのは中途半端な奴のやる事だ。お前もそうか?」
「でかいですし!?」
体ごと仰け反って、やっと野襖 信男(
jb8776)の顔に辿り着く。ポカンと口を開けながら、それでもじわじわとその言葉は心に染みこんで。
視線を巡らすと、皆、笑顔で頷く。一人じゃないよと。
「私も一緒に頑張りたいでーす!」
「一緒に頑張るですし!」
「煌爛々ちゃんのおへそもprprしたいでーす!」
「おへそprprするですs…ってハレンチいい!!」
パーフェクトプラン、一歩及ばず。加茂 忠国(
jb0835)が空に吹っ飛ぶのも、もはや見慣れたお約束。
やる気を出した煌爛々を、木の影から見つめる青い視線。
(なななな、何であの子が学園にいるのです!?なのです!?)
逃れるように幹の裏へ。オブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)はケープマントの襟を立てる。切り替えではなく、ただ顔を隠すために。
「…と、とりあえず仕事するのです。そこからなのです」
現場に向かう一行に、距離を置いてついていく。時折、確りと襟を引き上げながら。
――彼女の主を殺した、その負い目から隠れるように。
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耳元のインカムが密やかに振動する。それは、ボス発見の合図。
見付けたのはオブリオ、森林の奥深くで。
「そちらへ追い立てるのです。準備はいいのです?」
「こちらはOKよ」
次々に届く是の返事。頷くと、オブリオは徐ろに――地面に突っ込んだ。
「クエエ!?」
眼前にいきなり人影が現れたら驚くだろう。音もなく地面から、というなら尚更。
急旋回して逃げ出すボス。乱立する木々も、彼女の障害足り得ない。
「思った以上に速いのです!」
障害足り得ないのはオブリオも同じ。こちらは木々を無視して一直線で追いかけるが、それでも見失わないのがやっと。
緊迫する森林の一方、草原では。塗り壁を乗せたダチョウが、えっちら進んでいる。
「…疲れたら休めよ。俺が背負っても良いんだ」
塗り壁、もとい信男は精一杯急いでのんびりと落とし穴ポイントを探していた。
崖の近くに良さ気な場所を見付けた所で。何を考えたか魔具を展開する。
古めかしい楕円形の盾は、長く使い込まれた自信を纏っていた。それを。
「…悪いな、使ってこそ道具だ」
大きく振り被って、地面に突き立てた!魔具 は おどろいた!
勿論、驚いている気がするだけだが、強ち間違ってもいないだろう。まさかスコップ代わりに使われるなんて。
哀愁を背負う相棒の様子に全く気付かず、信男はせっせと落とし穴を掘るのであった。
「信男、おっきなスコップ持ってるんだねー?」
少し離れた岩の影でフェインは首を傾げる。よく見えてなくてよかった、魔具の名誉のために。
と、開始の合図がインカムに入り、フェインは桜色の幼竜と目を合わせる。
「朱桜、お願いだよー」
柔らかく鳴いて、朱桜は明日香の元へ。ちょうど、煌爛々へダチョウの講義の最中。
「この子は脚が早い分スタミナが少ないみたいね」
「むむむ」
おっかなびっくりダチョウ手綱を握る煌爛々の頭を一撫で。もう少しレクチャーしようとしたところへ、インカムが鼓膜を震わせる。
「ポイントAから行ったのです!」
「来たわね…落ち着いて行けば大丈夫よ」
安心させるように微笑み、明日香はボスへと細く視線を尖らせる。
ボスが仲間達の元へ飛び込んでいったのを見届けて、オブリオは空高く飛翔した。
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「はーい、こっちは行き止まりよ」
再び森林へ戻ろうとするボスの進路を、レベッカが遮る。機動力に優れるダチョウを器用に操り、森へ逃げ込ませない。
「私を忘れてもらっちゃ困るわね」
「…クエッ」
レベッカの死角は、明日香が抜け目なく埋める。ボスは舌打ちする(?)と、崖の方へ進路を変えた。
「逃げんなですし!」
横合いから煌爛々が飛び出す。へっぴり腰だが、何とかダチョウにしがみつき距離を詰めていく。
「丸焼きにしてやるですしー!!」
余裕が出てきたのか、高笑いで追い縋る煌爛々。ボスはチラリと振り向くと、フ、と流し目を送り。
「クエエッ」
崖前での急ターン!だが、流石に煌爛々といえど同じ手に引っかかるワケが――
「見切ったですsえええ!?」
引っかかったようです。
スポーンと、華麗に崖の方へ吹っ飛んでいく煌爛々。驚愕の視線を向けた先、乗っていたダチョウの眼がハートに。
「クエーックエックエッ!」
高笑いで走り去るボスに、伸ばした手は届かず。あっこれなんてデジャブ。
馴染みの浮遊感に、ギュッと眼を瞑ったところへ。
「ぐえっ!?」
襟首で引き戻される感触。瞬間的に締まった気道に咽ながら、涙目をうっすら開くと。
「………」
「………」
無言の塗り壁と目が合う。どうやら、片手でぶら下げられているらしい。
何となく黙って見つめ合っていると、真顔のまま、信男が口を開いた。
「…落ちるのが好きなのか?」
「んなわけないですし!?」
煌爛々のツッコミが、むなしく空に響いた。
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ボスは軽快に走っていた。人数が増えたが、この程度ならば恐るるに足らず。
特に、ブツブツ呟いている目の前のアホ面とか。
「誇り高き孤高の乙女、ですか」
忠国はダチョウを降り、両腕を広げた。走ってくるのは、誇りという名の〜中略〜悲劇の乙女。そう、彼女は救いを求めているのだ!
「悲劇の乙女を救うのは王子の役目!いざ参らん!我が姫よ!」
「ク、クエエッ…?」
ボス は ひるんだ!
両腕を広げて歩み寄ってくるアホ面から、異様なオーラを感じる。
生存本能からの警告は、コイツに近付くなと告げていて――
「貴女の冷たく凍った心を私の熱で溶かしたい!」
「…クエエエーー!!」
結論:生理的に無理。
笑顔で迫る忠国から、生まれて初めての全力疾走で闇雲に逃げ出すボス。世界ってコワイ。
フルスロットルなダッシュは全てを振り切って――
「びっくりどっきりー」
ヒリュウの赤い瞳が光る。奥から、赤紫の瞳が悪戯っぽく瞬いて。
緑がかった蒼黒竜が、ボスと競るように召喚される。鈍重そうな巨躯でありながら、ボスにけして劣らぬ速度。
「ボスより早いのが世の中にはいるんだぞー」
「クエッ!」
プライドを刺激されたか、ムッと張り合うボス。知らず、誘導されている事も気付かないで。
「そう、そのまま少し左へお願いできるかしら?」
「わかったよー、蒼柳!」
レベッカの指示通り、蒼柳は少しずつ身体を傾ける。
トップスピードで走り続けるボスの視界に、いつの間にかぬっと立ちはだかる塗り壁。
「ここは通さん。俺は壁だ、飛び越えられなどするものか」
見上げる長身。それだけならば問題ない、が、恐らく本命は直前の落とし穴だと見抜く。
ボスは唸った。トップスピードを以ってしても、両者を飛び越えるには少し厳しい。…ならば。
「クエエッ!」
バチン!
フッサフサの睫毛による、蠱惑的なウィンク。信男は首を傾げ――横からの衝撃に膝をつく。
見ると、さっきまでの相棒が眼をハートにしているではないか。
「…お前」
「クエエッ!」
彼女の邪魔はさせない!とばかりに対峙するダチョウ。見詰め合う一人と一匹。
彫像と化した空間を、軽やかにボスは飛び越えて行き――
「空中なら、僕に分があるのです」
重力に捕われる、その一瞬を狙って。オブリオは空中でボスに組み付く。
羽撃く闇の翼、流石に、一人で保持し続けられはしないものの。ボスの足を空回りさせて、バランスを崩す。
「クエ、ェ…!」
オブリオを振り払い地面に着くも、ガクンとたたらを踏むボス。間を置かず再び走りだす、が、スピードが乗るには少しの時が必要で。
「つーかまえた」
「クエエ!?」
それを見逃す明日香ではない。器用に飛び移ると、着ていた白衣をボスに被せてしがみつく。
視界が塞がれ、体重が重石となってスピードが上げられない。苛立った鳴き声を上げ、がむしゃらに身体を揺らす。
懸命に姿勢を保つ明日香。だがこれ以上持たない、とみるや。思い切り首を左へ引き倒して飛び降りる。
「ナイスよ!」
かぶった白衣ごと、レベッカの張った網がボスを絡めとる。持っていかれる前に、両端を高く上空へ放り投げて。
「引っ張るよー!」
「くっ、中々強いのです…!」
フェインとオブリオがナイスキャッチ。光と闇の翼が、全力で逆方向へ。とうとうボスの動きが、止まった。
「今よ!キララちゃん!」
「鏡国川さん、これを!」
明日香に頷くと、レベッカに渡された布袋を大きく広げる煌爛々。
薄々感じ取れるのだろう、抵抗を激しくするボスへ、静かに近付いて行き。
「今度こそ丸焼きですしいい!!」(※しません)
頭から布袋をかぶせ、満面のドヤ顔で依頼の達成感を味わうのだった。
ちなみにその頃、一人と一匹は。
「…お前の気持ちは分かる。だが、今はやる事がある。わかるな?」
「クエッ」
目と目を合わせる。話せば、わかるはずだ。信男はダチョウの肩(?)に手を置いた。
ハートになっていた瞳が、次第に落ち着いていく。
「クエエ…」
「…いや、気にするな。誰にでも失敗はある」
「クエエエ…ッ!」
恐らく感動的シーンが、誰もいなくなった夕焼けの草原で延々と繰り広げられていた――
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立つ鳥跡を濁さず、とばかりに。
「…お前の失敗が原因だ。穴埋めは自分でやれ」
「ぐぬぬぬ」
渋々と、それでも文句を言わずスコップで穴を埋める煌爛々。
信男も再び、黙々と楕円形の盾を振り被っている。諦めたように鈍く明滅する魔具が切ない。
「おーわったですしーい!」
「…受け取れ。仕事には報酬が必要だ」
全て埋め終わり、大の字に倒れる煌爛々に差し出されるコーラとケバブ。
恐る恐る受け取った、頑張った対価は何となく心がむず痒い。本音を言うと、信男が食べてるチョコバナナの方がよかったけど。
「キーララちゃん」
「なんでsもぐぉ!?…何するですし!」
振り向きざまに押し込まれたシュークリームをもぐもぐして。文句の声を上げるも、明日香は可笑しそうに微笑うだけ。
「ほんと美味しそうね。私にも、くれない?」
不意に悪戯っぽく笑みを変えると、手を伸ばして――煌爛々の頬についたクリームを拭い、そのままぺろり。
「○×△□!?」
「あら、これくらい友達なら普通よ?」
目を剥いた煌爛々に、笑みを深めてシュークリームを指差し。
「おかえし、くれないの…?」
「おか、えし…!?」
少し寂しげに目を伏せる明日香。指差す先、それの意味する所はつまり。
「ぐぬぬぬうえええい!!」
唇に、押し付けるように。
耳まで赤く染まった顔に、明日香は相好を崩して頭を撫でた。
きまり悪く逸らした視線の先、ボスに跪く忠国の姿が飛び込む。
「忠国、ダチョウ好きなんだねー?」
首を傾げるフェインに、忠国は真顔まま視線だけ向けると。
「言っておきますが私はダチョウだろうと何だろうと♀ならば問答無用に愛せます」
「クエエ…」
ボス、ものすっごく引いてますよ!
気付いているのか無視してるのか、忠国の告白は熱を帯びていき。
「私達の仲を引き裂くこの柵が憎い!いえきっとこれは恋に怯える貴女の心の壁!優しく乗り越えてみs」
「うっさいですしこのハレンチ!!」
アッパー、からの落下。漫画のように綺麗な大の字の穴が、地面に穿たれる。
「わー深いねー!朱桜、見てくるー?」
楽しそうに覗き込むフェインとヒリュウ。
その後ろ、穴から這い上がると。忠国は一気に距離を詰めて。
「…一番は、煌爛々ちゃんですからね?」
耳元に流し込まれる囁きは、毒のように。
「忠国、落ちてこないねー?」
「一生星になってろですし!!」
フルスイングの体勢で真っ赤になって叫ぶ煌爛々。そこに、オブリオが意を決して近付く。
「僕を、覚えているのです?」
真剣な様子に、目を瞬かせて暫し見詰め。ポン、と手を叩く。
「砂の家、一緒に守ってくれたですし、ありがとですし」
「懐かしいねー、どうなったんだろねー?」
途端、昔話に花の咲く二人の話し声を背景に。オブリオは沈思黙考する。
(主を倒したのが僕だと、知らないのです…?)
片翼を奪い命まで手折った、それに後悔は無い。最善を選んだ自負もある。それでも、それが彼女へ何の免罪符となるというのか。
出来るなら和解したい。償いが必要なら、何だって彼女の為にしてもいい。
ただ、もしも学園側が、意図的に情報を伏せていたら――?
(…確認する必要があるのです)
楽しそうな二人を見る。あんな風に、仲良く出来たら。
そのためにも、心に巣食う負い目を払おう。オブリオは、固く拳を握った。
夕焼け空が、段々と宵闇に染まる。
「ほら、一緒に帰りましょう?」
「んん?」
笑顔で手を差し出す。首を傾げられるのは、織り込み済み。
「知らないの?友達は手を繋いで帰るものなのよ」
「えっ」
あたふたと落ち着かない視線に、レベッカはこっそり口の端を上げると。
「…そっか、友達だと思ってたのは、私だけだったのね」
「えっえっ」
泣き真似は 十八番です レベッカです。
指の間から盗み見た煌爛々の慌てっぷりが可愛くて。暫し堪能した後、助け舟を出そうと――
「ふふ、嘘よ―ってきゃっ!?」
「ぐぬぬぬ!!」
友達ですし!と叫んだ声は、沈む夕陽に吸い込まれて。
確りと繋がれた手が、一番星に照らされていた。