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「まさかアナタ達と共闘するなんてね」
天界侵入中。やや緊張の面持ちのアセナスと夏音に話しかけたのは雨野 挫斬(
ja0919)だった。
「個人的には共闘より解体のが好きだけどま、いいわ、よろしくね!」
アセナスは苦笑すると、仲間の6人を見渡した。
「そう言えば、まだ名を聞いてない者のほうが多いな。不思議なものだ」
「あら、そうだったかしら。雨野挫斬よ」
挫斬から順に各自、自己紹介をしていく。既に名だけではなく武器や戦い方までアセナスが記憶している鐘田将太郎(
ja0114)は今回、「騎士団団長殿のため」と参戦した。
「久しぶりだな、アセナス。俺達を頼ってくれよな」
「当然だ。手合わせするに足る相手なのだからな」
アセナスが応じると、将太郎はにやりと嬉しそうに笑う。この一連の戦いが終われば、そんな未来も待っているのかもしれない。
「『昨日の敵は今日の友』って事で、宜しく頼むぜ?」
目を細めるのは小田切ルビィ(
ja0841)。まだアセナスが仮団長だったときに共闘した彼は、以前会った時よりも、随分と騎士団長らしくなったと密かに感心し、ふと思い出の中の顔を浮かべた。
(――今は亡きゴライアスのオッサンや、バルシークも草葉の陰で喜んでるだろうな……)
ルビィの戦友であるファーフナー(
jb7826)は名乗るのみで、その鋭い瞳で油断なく二人の天使を見ている。
アセナスと何度か戦ったことのある黒井 明斗(
jb0525)は丁寧に名を名乗り、頭をきっちりと下げた。
(いずれ越えたいと思っていた方と肩を並べるとは、先の事はわからないものですね。ですが、心強いことこの上ない)
アセナスにとっても明斗は恩人だ。丁寧に頭を下げる。
「とある事情でエステルを何とかしなければいけなくなってな。先を見据えたら、この作戦の成否は無関係じゃない、というわけだ」
そう言うのは詠代 涼介(
jb5343)。彼の脳裏をよぎるのは一人の悪魔。アセナスは涼介の言葉に頷く。
「エステルは強大な敵となっているだろう。そう思ってもらえたのはありがたい」
悪魔のために、天使と手を組み天使を討つ協力をする。それは少し前には考えられなかった現実だ。
互いに自己紹介が終われば、移動の合間に今回の簡単な作戦会議も行う。
集団戦となったら、まず回復役が狙われるのが常だ。こちらも敵天使の回復役をまず狙う。同時に明斗が回復役として囮になり、敵の気を引く――それが今回の作戦概要だ。
「初手はバーガンディかシグナルレッドでお願い。それ以降は壁と火力役をお願いね。期待してるわよ、団長さん」
挫斬の指示に頷くアセナス。どちらのスキルを使うかはアセナスの判断に任せるということらしい。
「夏音ちゃんは後ろで援護と回復をよろしくね」
「わかりました」
微笑む夏音に挫斬はすすっと近寄った。
「んで、ご主人様との仲はどうなの? 前に夏音ちゃんを解体したって言ったら怒ったからきっと脈はあるわよ」
夏音はきょとんとしてから赤くなった。アセナスから目をそらしながら小声で答える。
「アセナス様は気の多い方ですから」
「待て、夏音。リネリアに気があったのは認めるが一途だったぞ」
アセナスは反論するが、誰も今、そんな話は聞きたくない。挫斬とアセナスの攻防を流して聞いていると、ふと夏音のみ聞こえるような声でファーフナーが声をかけた。
「味方の負傷具合にもよるが、序盤は弓攻撃のみに専念してもらえるか」
「え……?」
「先も言ったとおり、黒井が囮を務める。彼が唯一の回復役と思わせるまでは、回復を使わないでもらいたい」
それは明斗と夏音の防御力を考えても最適な作戦だった。夏音は頷く。
そうして――遠くに倉庫が見えてくる。
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「俺たちの役目は足止めだ。派手に行こう」
どこか楽しそうにアセナスは言うと、向かってくる8人の倉庫番天使に向けてバーガンディを放った。四方から迫ってくる敵への判断としてはシグナルレッドよりよかっただろう。2人ほど認識障害にかかった様子も伺える。
広範囲での攻撃を受けたことで、敵は縦に固まるように陣形を作り始めた。常識的に考えてこれで前衛後衛はわかる。問題は回復役が明斗のような前衛盾タイプなのか、夏音のような後衛タイプなのか、はたまた複数人いるのか。
まだ、回復役の確定はできない。涼介も手を温存する意味で召喚はせずに銃を撃ち、相手の出方を見る。
リネリア班は倉庫奥へと走っていく。それを見た倉庫番天使の何人かがそちらへと足を向けた。
「キャハハ! 私と遊んでよ!」
中衛に位置した挫斬が晴れやかな緑の金属製の糸を最前列に向かって打ち付けた。
「よそ見をしたら解体してあげるから!」
すでに闘気解放を行った将太郎はこのターンは外殻強化に使用する。武器はフルカスサイスに持ち替えた。それを見て、敵が2名、将太郎へと突進してくる。
「させません!」
同じく前進するのは明斗だ。前衛の敵の中心でコメットを放てば、降る彗星が敵の前衛陣に降り注ぐ。その隙を見計らい、ルビィが敵陣へと突っ込んだ。その動きを読んでいたファーフナーがルビィを攻撃しようとする前衛陣へと威嚇を込めた槍の一撃を放つ。
すでに風を纏う真紅の翼を広げたルビィは、にやりと笑う。
「仁侠映画を地で行くのも悪く無ェ」
手にしたのはツヴァイハンダーFE。精巧な細工の施されたそれを振り回す姿は、倉庫番たちよりも神々しくさえ見える。
敵天使たちは明斗に足止めされた2人が長剣を持っている。そして後衛から将太郎へと降り注いだ魔法攻撃が2種類。どちらもアセナスが盾となり、受け止める。そして挫斬へと打ち込まれた弾丸がひとつ。
どうやらルインズブレイド系が2人、インフィルトレイター系が1人、ダアト系が2人は確定のようだ。残り、中衛に位置する3人の手の内がわからない。
わからないなら引き出すのみ。
涼介の弾丸と挫斬の糸が中衛の1人を同時に狙う。隣にいた天使が狙った相手を、盾を掲げて庇った。ディヴァインナイト系だろうか。その庇われた中衛の一人が前衛へと上がってくる。武器は短剣。身軽に構え、将太郎を狙う。
「はっ、お仲間か!」
その接近の潔さに将太郎のやる気がみなぎる。短剣をかわせば、フルカスサイスを振り回す。天使はそれを短剣で受けた。どうやら敵も将太郎を好敵手とみなしたらしい。
未だ味方は大きな傷を負っていないため、明斗はもう一撃、コメットを放つ。降り注ぐ流星の中、ルビィはそれを避けるように後衛のまだ動きのない天使へと駆け寄った。
「正体、見せてもらうぜ!」
振るわれるツヴァイハンダーを防御すれば、その隙にファーフナーの弾丸と夏音の弓が天使に傷を負わせる。アセナスは将太郎を庇うように長剣の天使2人と対している。
魔法攻撃が降り注いだ。状態異常に陥った者もおらず、皆軽傷だ。弾丸が再び挫斬を狙うが、今度はかわした。
まだ、確実とは言えないが、可能性がひとつ。涼介はわざと行動を遅らせて様子を見る。
そしてこちらも、そろそろ作戦を開始するときだろう。
「回復役を先に潰すのはセオリーですが……」
言いながら明斗が挫斬の傷を癒やす。長剣持ちの天使2人が、明斗へと向かってきた。
そして、ファーフナーと夏音により傷をつけられた天使が自分の傷を癒やす。すかさず、涼介がスレイプニルを高速召喚した。黒蒼の馬竜が出現し、アイアンスラッシャーで列になっている敵を崩しにかかる。
まさかの召喚獣の出現に慌てる倉庫番天使たち。
「これくらいで慌ててるんじゃねェよ」
「そういうこと、まだまだ遊んでよ、キャハハ!」
ルビィがにやりと笑いながら、傷の深いダアト系天使に斬りかかる。すかさずファーフナーの弾丸が援護する。挫斬の糸は明斗をかばうアセナスをフォローするように、長剣の天使を切り裂いた。
将太郎は短剣の天使へと大鎌を薙ぎ払う。勢いのついた大鎌は命中で勝利、短剣の天使の動きを奪った。アセナスが「ナイスフォロー」と笑いながら、長剣の天使と切り結ぶ。前衛で背を預け武器を振るう2人には、既に敵同士だった面影もない。
倉庫番天使の一人、インフィルトレイター系の天使が逃げようと踏み出す。だが、そこにはルビィとスレイプニルがいる。逃げられないと悟った顔に、ルビィは足止めが成功したことを実感した。あとは、このまま押し切るだけだ。
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夏音が回復役とバレないまま、戦いは中盤へともつれ込んでいた。将太郎は短剣の天使をスタンさせながら互角に渡り合い、明斗は防壁陣とシールドで持ちこたえつつ、これみよがしのヒールをする。アセナスはそんな明斗を庇いつつ、広範囲攻撃でじりじりと敵前衛の体力を奪っていく。アセナスのフォローをするのは挫斬だ。遠距離攻撃の天使から狙われつつも、まだ楽しそうに糸を振るう。
涼介のスレイプニルと多重召喚したヒリュウと共に背後を囲むように立つルビィ。ルビィに合わせるようにファーフナーがフォローの弾丸を叩き込む。
とは言え、こちらの傷も少しずつ増えている。特に後衛から狙われる挫斬と前衛に立つ将太郎は明斗一人の回復では若干間に合わない状況だ。夏音がちらりとファーフナーを見た。ファーフナーは首を振る。まだ早いと言いたげな表情。
スレイプニルとヒリュウの攻撃に続き、挫斬はこちらを気にしない長剣の天使を見据えて、糸を振るう。
「ん〜、普段なら死活って暴れる所だけど今回は時間稼ぎだからね。我慢、我慢」
使ったのは貪狼だ。夏音の眉が曇る。明斗の回復が将太郎へと向かい、アセナスと将太郎は前衛敵を引きつけるように攻撃を続ける。
ルビィが回復役へと一撃を見舞おうとした時、移動してきたディヴァインナイト系天使が盾を構え、回復役をかばう。
「はっ、おもしれェ」
ディヴァインナイトの攻撃をファーフナーの一撃が逸らす。後衛天使の攻撃が挫斬に集まりはじめたところで、我慢できないとばかりに夏音が挫斬へと回復を飛ばした。まさかの二人目の回復役に、敵天使が色めき立つ。
「……少し早かったな」
ファーフナーがやや苦い表情で夏音をかばう位置につく。明斗から標的を変更し、駆け寄る前衛天使の攻撃に、ファーフナーはすかさず薔薇の城塞を繰り出し、反撃を行った。
「すみません」
庇われながら、夏音が頭を下げる。ファーフナーは前衛天使にコレダーを食らわせて、微かに笑う。
思えば、異端の半魔ということで苦渋を舐めてきた人生だった。だが、今や天使と悪魔と人間が手を組もうという流れになっており、以前では考えられなかったことが起こりつつある。
こうしてシュトラッサーを庇う日が来るなど、考えもしなかったのだ。
――昔はすべてを諦めるしかなかったのに。
(陳腐な言葉だが「奇跡」は起こるのだな、と)
今は世界の変化も、ファーフナー自身の変化も、楽しめる。
スレイプニルが吠え、涼介が二度目のアイアンスラッシャーを指示した。回復担当の天使が崩れ落ちる。それを冷静に見て、涼介は微かに目を伏せた。
人も天魔も、これまでの事を思えば、すぐに互いの不信感が消えることはないだろう。だが、それでも……信じたいという気持ちも確かにある。
(きっとそれはどっちも本当の気持ちで……この先ずっと、迷いながらも選んでいくんだろうな)
涼介の胸によぎるのは桃色の髪の悪魔だ。さんざん人を殺すことに楽しみを覚えてきた、あの悪魔の、エステルへの執着。
(ま、複雑なのは俺も同じか。許せないという気持ちがなくなったわけじゃない。だがあの時、あいつに死んでほしくないとも思った)
気まぐれか、撃退士を庇った悪魔の姿が、今も脳裏から消えない。
(ならば、どうして俺は……死んでほしくないと思ったのだろうか? 俺はあいつのことをどう思っているんだ……?)
「どっからでもかかってきやがれ!」
アセナスと並び立つ将太郎が吠え、大鎌を振り回す。薙ぎ払いを繰り返し、敵とギリギリの戦いを繰り広げる将太郎には焦りもあるが、楽しさもある。
「さあ、もっと、もっと遊んでよ!」
挫斬の糸が踊る。明斗の回復が飛ぶ。
「――押し通る……ッ!」
そして、ルビィがディヴァインナイトの真正面に布陣した。左足を前に、ツヴァイハンダーの切っ先を天使に向け、右頬の横の位置で両手を交差させて大剣の柄を握る。ぐっ、と引いた右足はかがめた。
ヨハンネス・リヒテナウアーの系譜、ドイツ剣術が構えの一つ。その剣、突きかかる雄牛の角の如く――。
敵天使が盾を構える。それは刺突を恐れるがゆえの構え。だが、ルビィのほうが一瞬早い。実態は頭部を狙った「水平斬り」。
「“Ochs(オクス)”――雄牛の角のお味はどうだ?」
天使の頭蓋を直撃するラストジャッジメントに回復役を喪った敵は、足をふらつかせ、膝をつく。
「小田切」
ファーフナーの声が不意に飛んだ。ダアト系の敵天使がルビィに向かって構えている。ルビィは落ちる稲妻をかわし、ファーフナーに軽く手を上げた。
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回復役を倒してからはこちらのペースだった。ルビィが敵ディヴァインナイト系天使にとどめを刺し、将太郎も好勝負を繰り広げていた阿修羅系天使に大鎌で一撃を見舞った。
中衛陣の補佐もあり、ルビィがダアト系天使を一人倒したところで、リネリアたちが撤収してくるのが見える。
足止めは成功したのだ。こちらは半数の4人の天使を倒して、なお余裕がある。殲滅も可能だが、今回は足止めが目的であれば、深追いの必要はないだろう。
リネリア班が倉庫から出ていくのを確認し、後を追おうとする残り4人の天使たちに、各自が残った行動阻害系のスキルを叩き込む。
「じゃあね、今度は解体してあげる!」
挫斬は発煙手榴弾を天使たちに向けて投げつけ、殿はルビィと明斗が務めた。
回復役が一人多かったこともあり、こちらの怪我も軽い。倉庫から駆け出しても、全員の表情は明るい。
「作戦は成功だ。礼を言う。後は皆で合流して戻るだけだ」
アセナスが朗らかに言えば、挫斬がその横に並びながら口を開いた。
「そういえば、前に色々と話したいことがあるって言ってたけど、何かな? あ、もしかして告白とか?」
「いや、雨野、お前の戦い方はその、敵ながら、はらはらするというか――」
「私も闘うのが無理ならお話したいし、戦勝祝いに飲みに行かない? 前、他の子がお茶に誘ってたときは断ってたけど、今は味方だしいいわよね? 夏音ちゃんも来る?」
「はい、是非」
「飲みに行くなら、俺の手合わせもだな――」
将太郎が口を挟み、明斗が笑う。ルビィとファーフナーと涼介がやれやれという表情でその会話を聞いていた。
ラピスヴィーテの回収は大成功に終わった。これを機に王権派に立ち向かえると誰もが思った。
しかし、事態は違う道を辿ることとなる。
王権派にとっての久遠ヶ原学園の存在が想像以上に大きくなっているということを、この時は誰も知らなかったのだ――。