いきなさいと言ってくれた。
願う未来へ行きなさいと。
慈しんだこの世界を生きなさいと。
――だから。
●
「なんで君たちが此処にいるのかねぇ。やっぱりこっちがアタリなのかな?」
崇寧真君は青龍刀に似た刀を担ぎ、にやりと笑う。
「アタリ、何のことだ?」
龍崎海(
ja0565)はわざととぼけたように問い返し、やり返す。
「ゲート横取り失敗させまくったから、自力で新しいゲートでも作る気かと思っていたが」
「何が当たりかは知らんが……私等には大当たりだな」
出雲で目撃された天使の目撃情報を得て探索に来た――そんな体を装うのは鳳 静矢(
ja3856)だ。その言葉に頷くのはファーフナー(
jb7826)。
「お前が何の目的でここに居るのかは知らないが、俺たちの目的はお前を撃退することだ」
「ふうむ」
ファーフナーの言葉に崇寧真君は興味深そうに、担いだ青竜刀をとんとんと肩の上で叩く。
そこへやんわりと口を挟むのは鈴代 征治(
ja1305)。余裕と含みのある口調だ。
「はじめまして。……ええと、なんとか真君さん? お名前なんでしたっけ?」
その言葉には挑発的なものも感じられる。
「ここで僕達と遭ったのが運の尽きと思ってもらって結構です。残念でしたね」
「せっかく王権派の天使が単独行動していってタレコミが入ったんだ。まずはボコらせてもらうよ」
海がその挑発に乗る。
「思惑についても後で聞かせてもらおうかだから、死んじゃう前に降参してくれよ」
「おやおや、随分と元気があるねえ。おっさん、そんな元気も死ぬつもりもないんだけどな」
飄々とした態度を崩さない崇寧真君は、真意を確かめるかのようにぐるりと8人の学園生を見回した。
かわす言葉などない、とばかりにじっと崇寧真君を見据えるのは山里赤薔薇(
jb4090)。その桃色の瞳にはひたむきな思いが込められている。
(アテナさんとは面識ないけど人類にとっても希望となりえる人なのでしょう? ならば今、王権派の手に渡すわけにはいかない)
それに呼応するように口を開いたのは蓮城真緋呂(
jb6120)だ。
「出雲で見た貴方こそ、何故ここにいるの?」
「他のお仲間はどうした」
ファーフナーも問えば、崇寧真君は髭を撫でた。
「おっさん、お喋りは下手でね。沢山話しかけられても、答えられないなぁ」
「じゃあ、俺のほうから答えてやるよ。こっちがアタリだぜ、誉れ高い武将の字を名乗る天使。また会えるとはねえ」
にやりと笑って進み出たのは鐘田将太郎(
ja0114)。
「ふうむ。アタリとは?」
「俺たちがあんたを倒すからだ!」
殺る気を漲らせて、将太郎は高らかに宣言する。外殻強化を施しながら将太郎は武器を構えた。
「俺は久遠ヶ原の撃退士、姓は鐘田、名は将太郎! 崇寧真君、いざ、尋常に勝負!」
「あー、おっさん、男の名は覚えるつもりないんだけどなあ」
「天使のおっちゃんよー、せいぜいダンスを楽しんでってくれてよな」
高速戦闘のスリムなサイボーグ形態に変形するラファル A ユーティライネン(
jb4620)。フライトユニットで三次元的攻撃を展開できる状態になれば、学園生の準備は完了だ。
ラファルの高速の刺突で戦いの幕が開く。これは足止めではない――仕留めるための戦いだ。
●
ラファルの思惑として「レート差」があった。対天使ならば互いに攻撃は命中するはず。そしてそれはある意味正しかった。
崇寧真君は回避しなかったのだ。
「おっさん、急いでるんだよね。あんまりちまちましたことしたくないんだよ」
腕でラファルの刺突を受け止める。その手応えでラファルはわかってしまう。ダメージはほとんど与えられていないと。
「おや、お急ぎですか? まあ、そう言わずにどうですか?」
征治がすかさず挑発する。
ぶっちゃけ、崇寧真君が戦闘に臨んでくれる時点で、征治にとっては足止めの目的を半分果たしたも同然だと認識している。ここはそれ以上に敵の情報を多く獲得しておきたいところだ。
崇寧真君はくるりと青龍刀を回した。
「あんまり問答ばかりもおっさんつまらないなぁ。もう少し実のある会話をしたほうがいいと思うよ?」
その言葉と同時に一閃が放たれる。
気遠刃と呼ばれている攻撃だ。放射状に飛ぶ斬撃が一度、二度、三度と向かってくる。
シールドで回避した者はその攻撃の重さに思わず驚いてしまう。
ダメージを負いながらも周囲に棘を巡らせるのは真緋呂とファーフナー。同じ薔薇の城塞であっても真緋呂が麗しい茨なのに対し、ファーフナーのそれは鋼の有刺鉄線のようだ。
二人は顔を見合わせ微かに笑うと、一斉に茨の城塞での反撃を行った。棘が飛び、鋼がうなる。さすがにこの反撃は予期していなかったと見え、崇寧真君は驚いたような表情になった。自分の腕を切り裂いた二つの茨の痕を見て舌打ちをする。
「やれやれ、面倒なことで」
ため息をひとつつくかつかないかの隙に、ファーフナーが畳み掛けた。魔槍ゲイ・ボルグを無防備な足へと払う。
「おっと」
ひょい、とそれをかわした崇寧真君の足元を連携して海がシュトレンで狙う。
「王権派ってのはどいつもバカ力主義なのか」
さんざん王権派と戦ってきた海が挑発すれば、崇寧真君は海の攻撃をかわしながら声を立てて笑った。
「まあ、そう言われても仕方がないかねぇ。でもこうは思わないかい? 力さえあればどんな者でも認めてもらえる――それは平等な実力主義だ」
「難しいことは、わからない。……でも」
赤薔薇はキッと崇寧真君を見据える。
(倒すべき敵は倒せる時に倒さなきゃダメなんだ……!)
一気に距離を詰めて黄金の大鎌――フレイヤを掲げる。降り注ぐは電気。そのとき、初めて崇寧真君の顔に若干の焦りが見えた。
「これは、どうやら確実に避けたほうがよさそうだね」
崇寧真君が懐から取り出すは一枚の札のような物。降り注ぐ電気へとその札を翻すと札は赤毛の馬となり、崇寧真君の代わりとなって消えた。
「今の……」
空蝉のような効果だったとはわかる。
「赤兎馬とは聞いたことはないかい。一日に千里を走る稀代の名馬だ」
それは三国志であれば関羽が乗りこなしたと言われる扱いの難しい馬。札を使っての回避の名称は仮にだが『赤兎馬』と名付けてもいいだろう。
だが、わざわざそれを使ったということは、魔法には弱い自負があることを表したも同然。
「……それなら」
束縛を狙い真緋呂はアイビーウィップを繰り出すも、蔦は弾かれる。
征治は一気に距離を詰めた勢いそのまま、ランスを突き出した。右手に闇のオーラ、左手に光のオーラ。初撃に最大火力の挨拶――混沌の片鱗。しかも今回は魔法に傾ければ、手応えは十分にある。
「僕をあまり侮らないほうがいいですよ……!」
武器と見て赤兎馬を使わなかった崇寧真君は貫かれた箇所を見て、にやりと笑った。
将太郎は愛用のフルカスサイスを足めがけて横に一閃する。回避しないが、足腰が丈夫なのがわかる。そうなれば、余計に燃えてくるのが将太郎だ。強い奴ほど面白い。
「油断ならん相手と聞き及んでいるが……討たせてもらうぞ」
静矢は天狼牙突を振り抜いた。紫色の鳳凰の形をしたアウルが崇寧真君を薙ぎ払う寸前、再び赤毛の馬が走った。
「……ふむ」
静矢は武器を収め、考える。
一度まみえてわかったことは、魔法攻撃には弱いということ。そしてそれがくるとわかれば赤兎馬で回避してしまうこと。
だが、札を媒介にして使っているのであれば、いつかそれが切れることになる。つまりこちらのスキルと相手の手札との勝負だ。
人数ならば、こちらのほうが多い。手数の多い分だけ追い詰めることが可能だろう。
勝機はそこにある、が。
崇寧真君は学園生を見回し、にやりと笑った。
「さて、手の内は拝見させてもらったよ。次はどう来るのかな?」
「まだまだだよ、おっちゃん」
空中にいたラファルが素早い動きで崇寧真君に迫る。ペンギン帽子がはためく。先手が取れることがわかれば、ラファルの機動力は武器になる。
サイバー瞳術『蛇輪眼・万華鏡』。ラファルの瞳が青緑に輝き、瞳にウロボロスが浮かび上がる。幻影のウロボロスは時間を喰うかのように崇寧真君に噛み付いた。
そう、たしかにウロボロスは崇寧真君に噛み付いた。命中したならば、効果が出るはずなのに。
崇寧真君はぐるんと青龍刀を振り回す。
(まさか、レベル差?)
ラファルは学園生として高レベルに属する生徒だろう。それよりも10以上もレベルが高いというのか。
(天使に恨みはねーしアテナとかどうでもいいけど)
これを倒せば、きっと気分爽快だろう。強い奴とやりあうのは純粋に楽しいものだ。
崇寧真君はラファルが空中に浮かぶと同時に拳法の動きのように足を踏み出した。その目はまっすぐに赤薔薇を見ている。
「おっさんはお嬢ちゃんがどうも苦手みたいだ」
まっすぐに突き出される手。通打掌。即座に赤薔薇と崇寧真君の間に割り込んだのは、もともとそういう動きを予測していたファーフナーだった。
天地から集めた力の障壁はまるで紫色の魔術回路のよう。それがファーフナーを守ることで、赤薔薇をも庇う。
崇寧真君が感心したように口髭を撫でれば、海は武器を雷鼓の書に持ち替え、挑発した。
「ジュライ・ダレスやエステルは尻尾を巻いて逃げちゃったけどねぇ」
「逃げることをご所望かな? だんだん、おっさんにはそちらの手の内が見えてきているんだけど」
稲妻が落ちる。魔法攻撃は確かにダメージを与えているが、やはり、通常攻撃では物理攻撃よりマシというくらいにしかならない。
「手の内とはどういうことかしら」
真緋呂が問い返す。
「教えると思うかい?」
「教える前に……倒す……!」
赤薔薇は一瞬真緋呂を見る。真緋呂は頷いた。
真緋呂の前方に光の魔法陣が出現する。チャージには1秒。司命の光はそのチャージ時間のせいもあり、命中率は低い。だが、真緋呂の狙いは当てることにない。
魔法陣を見た崇寧真君が赤兎馬を使用するのが狙いなのだ。
魔法陣の中心に火輪を貫く。攻撃を受けるのは赤毛の馬。それを見て、赤薔薇はスタンエッジを発動させた。
電気が落ちる。光が収まった中、動きを止めた崇寧真君がいた。
「教えてくれようとしても、これじゃあしゃべれないわね」
真緋呂は笑って肩をすくめてみせた。
●
前半はスキルもあり、連携も成功した学園生が押していたと言ってもいいだろう。ただ、同じ手はもう二度と使えない。
スタンさせていた間に崇寧真君のダメージを蓄積させることには成功したが、物理ダメージはほとんど与えられない。スタンにスタンを重ね、その上からマジックスクリューまでかけ、相手を封じた赤薔薇は、朦朧の抵抗に成功した崇寧真君から徹底的にマークされることになる。
それを庇うのがファーフナーだ。霊気万象、薔薇の城塞を駆使した後は吸魂符で立ち回るも、符が当たらない。各所からヒールが飛ぶ中、最終的にファーフナーは赤薔薇を守って膝をついた。
けれども、海の生命の芽がファーフナーに飛ぶ。気絶した彼は、不敵な笑みを浮かべて蘇る。これにはさすがの崇寧真君もため息をついた。
「やれやれ、どうしてここまでしぶといのかね。おっさん、疲れちゃったよ」
「それならさっさと降伏してくれないかな」
スキルも無限ではない。海がそれを隠しながら言うと、崇寧真君は口髭を撫でた。
「降伏するのもやぶさかではないんだけどね。この状況だけは連絡をしないと」
「……させない」
赤薔薇が異界の呼び手で束縛をかけると、崇寧真君は楽しそうに笑った。
「つまり、この状況を松山に知らせたくないんだね?」
松山――それは、騎士団が囮になりシリウス達と対峙している場所。
誰もが一瞬黙り込んだ。
「知られたくない理由はたったひとつだ。アテナは高知にいるんだろう? だからおっさんを足止めしてる……違うかな?」
「随分とはったりを」
征治が余裕のある声で言い返すも、崇寧真君は飄々と言い返した。
「アルヤが高知に別方向から入っている。さあ、この情報を、君たちはどうするかな?」
アルヤ――爬虫類の尻尾を持った、天使。
おそらく保護班はそのことを知らないだろう。早急に学園を介して保護班に伝えるべきだが――それは同時に崇寧真君にシリウスへ連絡する隙を作り出すことになる。
「簡単だ。お前をぶっ潰してから、連絡すりゃいい!」
将太郎の返事は簡潔だった。崇寧真君の足止めは騎士団の負担を減らすことにもなる。将太郎は騎士団長たるアセナスの助けになればと参戦したところもあるのだ。いつか対戦する騎士団長との土産話は、よいものであればあるほどいいに決まっている。
崇寧真君は豪快に笑った。
「それは考えていなかった。なるほど、なるほど。じゃあ」
崇寧真君は口元を引き締める。
「おっさんも本気で行こうかね」
「今まで、あれだけやられて本気ではないとでも?」
真緋呂が問い返す。
「それに、アルヤの情報が真実だとは限らないでしょう?」
「嘘だとしても見逃す君たちじゃないと思ったんだけどな。君たちが大勢で挑むように、王権派だって今回の件に関しては大勢が四国に来ているんだよ」
「では、どうして、私たちに真実を教えるの?」
「まあ、簡単に言えば」
崇寧真君は青龍刀を握り直す。
「おっさん、ちょっと君たちを見直したんだよ。いや、強いね」
その口調はどこか幼子を相手にしているようだった。
「その口、二度ときけぬようにしてくれる」
秘められた嘲笑に静矢は静かに言い放った。
連携。それは言うのは簡単だが、行うのは難しい。
意識して連携を行うよう動いても、これだけ攻撃を互いに行えば手の内も見えてくる。つまり、圧倒的ダメージソースである赤薔薇を警戒さえすれば、あとは連携されても崇寧真君にとっては怖くないのだ。
もう一人のダメージソースは真緋呂だった。だが、彼女は赤薔薇をファーフナーと共に守ることに比較的重点を置いていた。
だからこそ、次に膝をついたのは真緋呂だった。海が神の兵士を発動させれば、真緋呂自身も自分にヒールをかけて立ち上がる。
「……まだ戦えるわ。相手してもらえる?」
「お嬢ちゃん、傷跡がついちゃうよ?」
余裕の口ぶりの崇寧真君を睨み据える。真緋呂は肌身離さず持っている黄金の羽根をそっと握りしめた。それは想い。《皓獅子公》ゴライアスが母と慕う剣山ゲート<月華>の主、大天使ルスの想い。
(愛しい人達と生きるため、目指す未来へ向かうために、貴方達にこの世界は渡さない)
「崇寧真君。あなたは大天使ルスを知っている?」
「さあねえ。おっさん、あんまり友達いなくて」
飄々とした相手から真緋呂は目をそらさない。
「彼女はいきなさいと――願う未来へ行きなさいと、慈しんだこの世界を生きなさいと、そう言ってくれた」
つまらなそうに、それでも聞く崇寧真君に真緋呂は宣言する。
「だから退かない。邪魔もさせない。私達はこの世界で生きる――だから戦う」
「立派な意気込みは、おっさん、嫌いじゃないよ」
崇寧真君はふと微笑んだ。
「想いは力になるからね。けれども、それがわからないのが、今までの長老たちだ。天使もね、大変なのよ」
「同情はしないわ、あなたは倒すべき敵だから」
「手厳しいねぇ。惜しいなあ、25歳すぎたらいい女になりそうなのに」
「……嬉しくもないわね」
真緋呂は限界を訴える体を躍らせる。気力で負けは、しない。
通打掌。気遠刃。そして赤兎馬と隙を見ての通常攻撃。
崇寧真君の戦いは苛烈さを増していく。学園生たちもスキルの交換をしながら、なんとか互いが互いの役割を全うしていたが、将太郎が膝を付き、海の神の兵士でかろうじて気絶から免れたところで天秤が傾いた。
征治と静矢には根性があったが、二人はもともと物理防御に優れていたため、崇寧真君も敢えて狙うことはしない。
ファーフナーと真緋呂にかばってもらいながら、手の上の小竜を飛ばす赤薔薇。赤兎馬で対抗しながら、崇寧真君はじわじわとその三人を追い詰める。
「おっちゃん、俺とも遊ぼうぜ」
金色の髪を靡かせ、滑空してくるのはラファルだ。ナノマシンを集積させて刀状にすれば、滑空の勢いのまま崇寧真君を斬る。魔刃「エッジオブウルトロン」。物理攻撃と見れば回避しない崇寧真君に、ラファルはにやりと笑ってみせた。
「お前の命はあと3秒」
切り口から体内へと入ったナノマシンが、体の中で爆発する。そのダメージは大きい。内側から弾けるように吹き出る赤は、今までで一番大きなダメージを与えていることを告げていた。
「おお、痛い痛い。まだこんな隠し玉を持っていたのかい。嫌だねえ、この子たちは」
心底から面倒そうに気遠刃を振るう崇寧真君。一撃、二撃、三撃。その三撃目で、ファーフナーが膝をつき、倒れる。すかさず征治がファーフナーの前に立ちふさがった。
「殺しはしないよ」
「あなたの言うことはいまいち信じられませんからね」
「まったくだ」
海も嫌悪感を露わにして、征治の含みのある言葉に頷きながら掌底を放つ。狙いは崇寧真君の持つ青龍刀。だが、崇寧真君は後退しただけで、刀を放すには至らない。
赤薔薇はちらりと真緋呂を見た。気合だけで赤薔薇を守っているような真緋呂の横顔は、決意した者特有の凛々しさがあった。
(そうだよね)
赤薔薇はすうと息を吸い込む。
(これからの戦いはすべて未来へと繋がる戦いなんだから! 負けは許されない)
だから渾身の力をこめて、最後の小竜を羽ばたかせる。寸前に、征治に目配せすれば、小竜と共に征治も渾身のラストジャッジメント。
赤兎馬が走り、小竜とぶつかったと同時に、征治の攻撃は命中する。だが、手応えが弱い。
(なるほど、レートは2、というところかな)
持ち帰る情報はまたひとつ増えた。情報は多ければ多いほどいい。
その征治とすれ違うようにダッシュで崇寧真君に近づくのは将太郎。その表情は一度倒れたというのに楽しそうだ。出雲での対戦に引き続き、今回も戦えるのが内心嬉しくて仕方ないのだ。
そう言った意味でラファルと将太郎は似たもの同士といえるだろう。情報も、未来も、関係ない。ただ、目の前に強い敵が現れればそれを倒していくだけ。そして、それが一番の楽しみなのだ。
あの対戦でも振り回したフルカスサイスを振りかぶり、足を狙う。機動力を削ぐのが狙いだが、どうにも、命中はしても手応えがない。舌打ちをする将太郎とすれ違うようにこちらも少し計算外の表情の静矢が天狼牙突を選ぶ。
連携が、どうも上手くとれない。
それは静矢が予想していた動きと他の面々が違う動きをしているから当たり前のことではあるのだが、どうにもタイミングが合わない。
波状攻撃も行わない。自分に狙いも来ない。遠距離攻撃を阻もうとしても、崇寧真君のほうが素早いため、対応が遅れてしまう。
それでも、そこは幾つもの戦いをくぐり抜けてきた熟練の勘がある。やや疲れの見えてきた崇寧真君に勝負を仕掛けるには今しかタイミングがない。
「気をつけるんだな、これは触れるだけでもちと痛いぞ」
左腕に明色、右腕に暗色の紫のアウルを纏い、それを天狼牙突に注ぎ込む。鳳流抜刀術奥義――紫鳳凰天翔撃。鞘から引き抜きざま切り裂けば、紫色のアウルの鳳凰が躍る。
「貴様もかの武帝と同じ名を持つのなら……受けきってみせろ!」
崇寧真君は――果たして、受けきった。青龍刀に気を集め、輝かせ、真正面から天狼牙突とぶつけたのだ。
「おっさんもね、まだ隠し玉は持っているんだよ」
「なに……!?」
それは今まで使ってこなかった物理無効化スキル。崇寧真君は物理攻撃で一番怖いのは静矢だと気づいていたのだろう。
だからこそ、彼に連携させないように動いていたのかも知れない。
上空から滑り込むラファルのエッジオブウルトロンも同じ技で防ぐと、崇寧真君は通打掌で赤薔薇を庇う、真緋呂を吹き飛ばした。
これが最後の判断だ、と赤薔薇は察した。
自分を庇ってくれていた人は倒れた。物理に弱い自分は、崇寧真君の一撃で容易く膝をつくだろう。
用意したスキルはもう使い果たした。
(諦めたくない。……私に何ができる?)
その瞬間、スキルを使う隙を狙っていた将太郎が一気に駆け込んだ。
「これでも食らいやがれ!」
全身をバネのようにしなやかに伸ばしてからの、フルカスサイス振り下ろし。萬打羅。
(今度こそ、捉えた……!)
確かな手応えを感じて将太郎はほくそ笑む。崇寧真君のこちらを見る驚いたような目にざまあみろ、と笑ってヒット・アンド・アウェイ。
「隠し玉ってのはなあ、お前だけじゃねえんだよ!」
「そういうことです」
征治が槍を地に刺して立ちながら、それでも余裕の笑みを浮かべてみせた。彼は後ろにファーフナーと真緋呂を背負っている。嫌な汗を浮かべながらも、けして余裕の笑みは崩さない。
(……そうか)
赤薔薇はふと一つの可能性に辿り着いた。
(さっきの攻撃に赤兎馬を使わなかったのは、もしかして)
スキルに回数があるのだから、崇寧真君だってその回数に苦しんでいるに違いない。
赤薔薇は距離を取りながら、今までのフレイヤからバスターライフルに持ち替えた。海が掌底を使って青龍刀を再び吹き飛ばそうとしたのと同時に、渾身の力を込めてライフルを撃つ。
ダアトの赤薔薇の通常攻撃は、スキルを使わなくても崇寧真君にとっては嫌な一撃のはずだ。だが、赤毛の馬は姿を見せず、崇寧真君は掌底で青龍刀を取り落とさないのが精一杯。
「嫌なお嬢ちゃんだね。こっちの手のうちを見きったね」
どこか賞賛するような声に赤薔薇は崇寧真君をにらみ据える。
「私たちは……絶対に負けない」
赤薔薇は言い放つ。
「だって、ひとつひとつは、すべて未来に繋がっているんだから。負けられない」
「行く末、恐ろしいお嬢ちゃんだよ、まったく」
「では、貴様の行く末はここで断ち切ろうか」
静矢が阿修羅曼珠に持ち替えて、距離を測る。それは予めカオスレート差を予測してのラストジャッジメント。好機と見て、ラファルも最後のエッジオブウルトロンを発動させる。
二つの刃を止めたのは、地に突き立てた青龍刀。周囲が光で覆われた。守護陣をここで使ってきたのだ。
その刃を引き抜き、そのまま、崇寧真君は赤薔薇へと距離を詰める。
「じゃあね、お嬢ちゃん」
その言葉を最後に、赤薔薇は意識を失った。
●
赤兎馬も回数切れ、先刻静矢の攻撃を武器で止めた技も回数制限が近いのだろう。
残っているのは根性だけという征治は海と共に倒れた三人の前に立ち塞がる。彼らの命は守らなければいけない。
「もう一回、食らいやがれ!」
将太郎の萬打羅を崇寧真君は上空へと回避する。上空で飛行形態になっていたラファルはここがチャンスと見極める。
身体偽装を完全解除、究極の戦闘モードへ移行。戦闘用義体の各四肢を分離させたのだ。これこそがラファルの最終奥義、六神分離合体「ゴッドラファル」見参。
両手両足、下半身と上半身の6人?で一気の物量攻撃をしかける。
そこへもう一度静矢がラストジャッジメントをしかけるも、すべて守護陣で弾かれる。ラファル6人へと巻き込むは気遠刃。ラファルは片手を盾に凌ぎきろうとするも、蓄積ダメージもあり、そのままスタイリッシュに合体して落ち、意識を失った。
そして、それまで頑張っていた将太郎もまた、三撃目で膝をつく。
「くっそ……次は」
負けねえと唇だけが動き、気を失う。征治も根性を使い、口から溢れる血を拭いそれでも立ち続ける。
残ったのは海と征治と静矢。
だが、崇寧真君もだいぶ余裕はなくなってきている。
三人は顔を見合わせた。ここまでの時間はかなり経ったように感じる。状況はと思った瞬間、征治の連絡機から声が上がった。
「こちら、久遠ヶ原学園! アテナさんの保護に成功しました!」
足止めが成功した瞬間だった。
その声をまた崇寧真君も聞き、口髭を撫でる。
「やれやれ。まんまと策にはまってしまったか。これはシリウスに怒られるなあ」
「待て、まだだ」
まだ畳み掛けようと海が止めるも、崇寧真君は真顔で言った。
「これ以上やったらおっさん、手加減できないよ? 気絶してる子たちが死ぬ前に穏便に別れたほうがいいんじゃないかな?」
それを言われれば、追撃もためらわれる。なにせ、気絶者のほうが今立っている人間より数が多いのだ。それに正直、三人ともぼろぼろなのは否めない。
「お嬢ちゃんたち二人に、死に急ぐなって言っといて。おっさん、25歳になってから口説くのが楽しみだって伝えておいてよ」
最後まで飄々と崇寧真君は言うと、出雲でも見たような大きな封砲を放ち、三人から距離を取る。そのまま、彼は姿を消した。
海はその姿を見て、息を吐く。
「ここまで追い詰められたのは、まあ、成功かな」
後に征治と静矢によって今回の崇寧真君が使った新しい二つのスキルが纏められ、学園に提出された。魔法に弱いというのはこれから攻めるのに有効な情報となるだろう。
●
焔劫の騎士団はシリウスが撤退してしばらくしてから伝令の天使を迎えていた。
曰く、残っている王権派はエステルを将としたダミーだと。
アセナスは素早く騎士団を再編、その場に残りエステルを騙しながら撤退する部隊とミカエルの援護にまわる部隊とに分け、アセナス自身はエステルを騙しながらの撤退の指揮を取った。
そのため、アテナを含む全学園生の無事を知るのは遅くなった。
特に崇寧真君の足止めに関しては、自分が援軍を要請していただけにかなり心配していたらしい。怪我を負った者の名を聞けば申し訳なさそうな顔をしたものの、命に別状がないと聞けば安心したようだ。
鎧も埃だらけだが、まずは天姫に挨拶せねばならない。
そう思い、急ぎツインバベル内を歩いていると向こうから可憐な美少女が駆けてきた。
長い黒髪に黒い瞳。ゆるふわニットにロングスカート。しかもファーブーツ。
(もしや、彼女が殿下だろうか?)
アセナスが思ったときだった。
「アセナス! 無事だったか!」
その声は他の誰でもないシス=カルセドナだった。
「……は?」
アセナスは目を擦る。口がぽかんと開く。目の前の美少女と聞こえた声のギャップに脳内の回路がつながらない。
「どうした、アセナス。俺様のほうは無事だぞ。殿下も礼を言いたいとお前を待っておられる」
「シス、お前はその格好で無事なのか……」
思わずアセナスが言えば、シスははっとしたように自分の姿を確認した。
「こ、これはだな、俺の趣味ではないぞ!?」
「すごいな、胸もある……」
「アセナス、お前、細かいところまで見すぎだ!」
キーと怒る仕草も今のシスの格好ではツンデレ美少女にしか見えないから、いかにその変装?技術がすごいかはわかるだろう。
「それよりも殿下が、だな……」
シスが言葉を続けるより先に、撃退士たちに囲まれていた一人の美少女がこちらへと歩いてきた。
銀の髪、銀の瞳。透き通るような白い肌。折れそうな美しさとけして隠せない気品を兼ね備えた少女。
彼女を見れば、誰もが思う。
――彼女こそ、天姫、アテナだと。
アセナスは跪いた。
「殿下におかれましてはご無事で何よりです。焔劫の騎士団を預かる騎士団長、アセナスと申します」
少女はふわりと微笑むとまだ少女らしく頭を下げた。
「この度は私などのために囮を引き受けてくださり、騎士団の皆さまには感謝しかありません」
「でしたら、ここにはいない学園生にもどうぞ、お心を配っていただければと思います。騎士団は当たり前のことをしたまでですが、私の救援に応えてくれた8人がいなければ、皆無事とは済まなかったかと思われます」
「え……?」
アセナスは簡単に陰ながら崇寧真君を足止めし、彼女を助けた学園生がいることを説明した。
アテナは申し訳なさそうに胸をきゅっと掴む。
「私などのために、そんなに大勢の方が……」
「どうぞ、俯かず笑ってください。そのほうが、喜ぶ者も多いでしょう」
アセナスはそう言って、アテナへと微笑んだ。
「貴女こそ、未来へと繋ぐ希望の一筋なのですから」
「いえ」
その否定だけはきっぱりと、アテナは告げた。
「未来へ繋ぐ希望はきっと――」
倒れる日もある。つまずく日もある。
それでも、『いきなさい』。
目指す未来が、そこにあるのであれば――