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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/04/21


みんなの思い出



オープニング

 春は曙。
 久遠ヶ原学園のとある校舎の屋上。人工島に建てられた校舎ゆえ、遠く、まだ濃紺の海が見える。
 目を眼下に転じればふわりふわりと雲のように漂う淡い桃色。
 染井吉野。
 白に近いそれは何本も連なりかたまり、微かに潮の香りがする風に揺れている。
 海には白く帯のような光が走り空が藍色に変わる頃、ただ静かに桜は佇む。
 久遠ヶ原に春を告げるために。

 早朝の桜は綺麗でした、と篝さつきは笑った。
 斡旋所でとある資料をまとめているうちに徹夜してしまった彼女は、せっかくなので日の出を見ようと屋上へ昇ったのだそうだ。
 生憎と忍者な御方はいなかったのだが、さつきを迎えたのは遠くの海と近くの桜だった。
 さつきが見たのは数日前、五分咲きの桜。
 暖かな日が続くこの頃であれば、そろそろ満開だろう。

 ただ桜を愛でるのでもいい。
 屋上で少しだけ早い朝ごはんも素敵かも。
 朝早くはまだ少し肌寒いから、簡単な羽織ものは必要かもしれない。
 紅茶でしたらポットに入れて持っていきます、とさつきも目を細めた。

 誰にでも訪れる朝。
 誰にでも訪れる春。
 当たり前の登校を少しだけ早めて、桜を見てみませんか。


リプレイ本文


 誰にでも訪れる朝。誰にでも訪れる春。

(うわー……夜明けになっちゃったわ……)
 雪室 チルル(ja0220)は支給された朝食をもって、疲れた足取りで屋上へと登ってきた。
 夜通しの依頼を達成するも、依頼は長引きもはや夜とは言えない時間。
 屋上へ来たのはたまたま。だから、日の出はともかく桜が見えることは初めて知った。
 チルルは日の出に映える桜を見ながらぼんやりと今までのことを思い返す。
 チルルは久遠ヶ原学園からは遠く離れた北国の出身だ。
 幼い頃に見た「凄い」撃退士の戦いを間近で見て、自身も「とても凄い」撃退士になろうと単身学園に入学した。
 それからそろそろ3年が経とうとしている。
 ただひたすら「最強」を目指してきたチルルだが、未だ「最強」の影は見えない。
 時々「自分は最強になれないのではないか」という不安にとらわれる。
 チルルは小さなため息をついた。

 朝ごはんとしてハムとレタス、卵、てりやきチキンのサンドイッチと、苺や桃をホイップクリームとサンドしたフルーツサンド。
 まだ朝は早いから魔法瓶にあたたかいコーヒーも淹れて。
 早起きして準備万端の虚神 イスラ(jb4729)は彼に呼ばれて早起きをしたジズ(jb4789)にお花見と朝ごはんの説明をする。
「はなみ、だ。おぼえた」
 こっくりと頷くジズ。
「でね、こっちが卵で、こっちがてりやきチキンで……」
 イスラの説明中にももくもくと食べるジズ。
「イスラのごはんはおいしい。でも、単語がおおくてむつかしい」
 作ったイスラ泣かせである。
「てりとももがすき、だ」
 それでも覚えた単語で感想をくれるジズにイスラは嬉しそうにコーヒーを渡す。
「僕はブラックでも平気だけど、ジズ用に砂糖とコーヒーフレッシュも持参したよ。お好みでどうぞ」
「コーヒーは、にがい。すきで、ない」
 2人で協議の結果、ジズの手にはカフェオレ状態になったコーヒーが。
「色がかわると、にがくない。ふしぎだな。イスラ。これはすき、だ」
 おかわり、とコップを差し出すジズにイスラは果たして何本の砂糖と何個のコーヒーフレッシュを入れたのだったか迷う。
 そんな2人を和やかに眺めている篝さつき(jz0220)に気づいたのはイスラのほうだ。
「篝さんもサンドイッチどうかな?」
「わ。嬉しいです。お返し、紅茶しかないのですけれども」
「良い香りの紅茶だね。僕達にも少し分けて貰えるかな?」
 紅茶をカップ2人分注ぐとさつきはイスラとジズに差し出した。
「おちゃ? 私もいいの、か?」
 自分を指さすジズにもちろんです、と微笑むさつき。
「……ありがとう。感謝する」
 ジズはふと微笑んだ。それがジズのなけなしの対人スキルであることを知っているからイスラには微笑ましい。

 蓮城 真緋呂(jb6120)も日の出前から朝ごはんの準備をしていた一人。
 米田 一機(jb7387)を日の出からお花見しようと誘った手前、真緋呂は一緒に朝ごはんを食べるべく大奮闘。
 保温水筒には豆腐とわかめのお味噌汁。おにぎりは梅、しゃけ、ツナマヨ 。卵焼き、ベーコン、ポテトサラダ等、おかずはシンプルに。デザートはうさぎリンゴ。和風の朝ごはんだ。
(さすがにちょっと眠い、かな)
 そんなことは表情に出さず、徹夜気味の寝不足な顔で現れた一機に笑顔を見せる。
「おはよう一機君。いいお天気で良かったわね」
「おはよう真緋呂……すごい料理!」
 お花見をしながら朝ごはんを食べるべく、隣同士に座って。腕前は自炊をしているので得意というほどでもないけれども人並み、とは真緋呂談。
 お弁当を広げてお味噌汁をカップに注げば、感心しながら朝ごはんを写メする一機。
(これでもう『食べ専』なんて言わせないぞ)
(食べ専だとばかり思ってたのに)
 どうやら真緋呂の思惑通りになったようだ。一機は上着を脱いでお味噌汁を受け取り啜る。温かい朝の味。
「味……どう?」
 美味しいって思ってくれればいいのだけど、と不安げに真緋呂が尋ねれば、
「あ、すげぇ、普通においしい。此れは意外」
 素直に賛辞を送る一機。2人でおにぎりを手に取り、食べながら桜を見る。
 そういえば、と真緋呂はクリスマスの頃、一機と一緒にイルミネーションを見に行ったことを思い出す。
(あの時、特別じゃなく今のままの距離でと桜に願ったことは叶えられている)
 美味しそうに卵焼きを頬張る一機の横顔をちらりと見る真緋呂。
(今のままが、安心。やっぱり『特別』は怖いから)

(お花見、ですか……。そういえば、今年はまだ、でしたね……)
 扶桑 鈴音(jb9031)は早朝のお花見に誘われふと考えた。
(時間は早いですが、偶には早起きしてみましょうか……)
 簡単に朝ごはんの準備をする。おにぎりを握り、保温の効く水筒にはお味噌汁。もう少し早起きが必要だったかな、と思いながら授業の準備もして屋上へ。
 誰を誘ったわけでもなし、のんびりと鈴音が歩いていると、偶然前を横切る少女がいた。
 その少女も鈴音に気づいたように立ち止まる。
「お早う、御座います……?」
 こんな時間から学園に来る人もいるのか、と感心したように鈴音が挨拶をすると、
「おはようございます、ですヨ」
 カタコトの明るい声が返ってきた。
 彼女は小田テッサ千代(jb8738)。たまたま早起きしたので早く学園に来たところだと言う。
「アナタも、早起きですカ?」
「私、ですか? 授業の前に、屋上でお花見を……」
「日本の桜も綺麗ですネ」
 にこにこと笑う千代に、鈴音は少し考えて。
「……宜しければ、参加されますか? 多分、一人増える位は、大丈夫だと思いますし……」
「お花見ですカ、お供しマス!」
 かくして初対面の鈴音と千代は2人並んで屋上への階段を登り始めた。

 拳闘部の朝は朝食前5キロのロードワークから。
 その日も長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)は同じ部の凪澤 小紅(ja0266)とロードワークの最中だった。
 ふわり、と目の前を桜の花びらが舞う。その花びらにみずほは足を止めた。
「あら……桜が咲きましたのね」
 見上げた桜の木は今が盛りだ。
(もう桜が咲く季節になったのですね……わたくしが学園に来てすぐに去年の桜の季節が来たのですから、日時が経つのは早いですわね)
「週末には雨が降る。それまで桜は保たないだろうな」
 小紅も同じ桜の木を見上げ、足を止めていた。
 みずほと小紅が視線を遠く向けると屋上に人影が見える。
「あんなところでお花見でしょうか」
 みずほが首を傾げると小紅は少し考えた。そうして2人は顔を見合わせる。
「少しくらいはよろしいかしら」
「たまには寄り道もよいか」
 2人はロードワークの慣れた道を逸れて、屋上へと軽やかに駆け上った。

 桜の木の下、のんびりと歩くのはViena・S・Tola(jb2720)(ヴィエナ スマラグド トーラ)とインレ(jb3056)。
 インレはヴィエナからもらったマフラーを巻き、彼女の手を引いてのんびりと歩く。
 言葉は少ない。
 ヴィエナは時々立ち止まる。桜を見るのは初めてという彼女は言葉なく見つめて、その瞳に焼き付ける。
 風と陽によって作られる幻想。インレのマフラーの紅と桜が混じって融け合う。ヴィエナの金の髪が陽に煌めき、まだ癒えぬ傷を露わにする。
 足を止めるヴィエナをインレはのんびりと待ち、共に桜を眺める。
 はらはらと風が桜の花びらを降らせる。
(この国の人々は特に桜を好むと聞くが、それも納得の美しさだ。咲き誇るのも良いが、風に散りゆく様もまた良い)
 桜を眺めながらインレが思うは、ヴィエナのこと。
(己に残された僅かな時間でどうすればあやつを幸せにしてやれるのか)
 先日、インレは似た境遇の者の死を目の当たりにした。
(わしも其奴も間違っていて──間違ったままで良いと思っておった)
 それを惑わせるのは。
(誓いがある。故に僕は傷つこうとも尊きモノを救う為に手を伸ばす。でもそれはヴィエナを悲しませる事で)
 立ち止まったままのインレをヴィエナは見上げた。
(普段であればはしゃぎそうなものを……いつもと少し様子が違う……。インレ……貴方は何を考えておられるのです……?)
「……どうすれば、良いんだろうな」
 ぽつりと零したインレの呟きを、風が桜の花びらと共に舞い上げた。


 屋上に着くと鈴音はさつきの姿を探した。
「こういう機会が無ければ、お花見をせずに、桜が散っていたかもしれませんし……」
 鈴音がお礼を言うのにさつきはとんでもない、と手を振って慌てる。
「たくさんの方と桜が見られて嬉しいです。扶桑さんもごゆっくりお花見してくださいね」
 早速鈴音と千代は桜の見える場所に並んで座った。
「……お腹、空いてますか?」
 鈴音の言葉に千代はちょっとお腹を押さえる。
「朝御飯はまだでしたネ」
「おにぎりは作ってきましたし……小田さん、朝ご飯お済みでなければ、お一つ?」
「いただきマス、日本のお米は美味しいですネ」
 鈴音の作ってきたおにぎりを頬張る千代。鈴音はお味噌汁を千代に差し出しながら、少し言葉を選んで改めての自己紹介を。偶然2人とも陰陽師だとわかれば話も弾む。美味しいご飯と見頃の桜があれば尚更。
 はしゃぐ千代に物静かに返す鈴音。遠く見えるは淡い桜色。
(お花見は好きですが、こういう朝の空気も、結構好きです……)
 のんびりと朝ごはんを食べながら、鈴音は微笑んだ。

 ――……どうすれば、良いんだろうな。
 インレの零した言葉はそれだけ。だから、その真意はヴィエナにはわからない。何を悩んで零れた言葉なのかも。
 それでも、ヴィエナが答えるならば。
「一度立ち止まってみれば……よろしいのでは……?」
 ヴィエナから見えるインレは己の信念のためにただ前へと突き進んでいるよう。
 けれどもそれは覚悟とは言わない。向き合うことからただ逃げているだけ。
 どうか幸せにと誰かに幸せを託すのはズルい事だとヴィエナは考える。
 だからこそ、命を賭しても燃やしはしない。生きる。自分の手で為すべきことがあるのだから。
(貴方が変わらなければ……何も変わりはしません……)
 祈るようにインレを見上げるヴィエナにインレは微かに首を傾げた。
 インレはヴィエナの考え方を否定しない。きっとそうなんだろう、と降る桜の中思う。
 思うことは多々。己の先を知るがゆえ、言葉にできない想い。
(だけど、そうだな……立ち止まっても、良いのやもしれん)
 巡りゆく季節。傍にあるぬくもりが不安に思わぬよう。
 綺麗な金の髪に。静かな瞼に。白い頬に。
 インレはそっと口づけを落とす。
 桜は音もなく、2人の姿を隠した。

 みずほと小紅は屋上でさつきが紅茶を振舞っているのを見かけると、声をかけた。さつきは嬉しそうに2人に紅茶を渡す。
 桜の見える場所で紅茶を飲みながら、しばしお花見。
「桜を見ると何だか元気になりますわね」
 みずほの言葉に小紅は黙って紅茶を飲んだ。
「桜を見ると、日本人で良かったと思うな」
「そういえば小紅さんと出会ったのは去年の、まだ桜が咲いていない季節でしたかしら」
 みずほが思い出すように言うと、小紅も頷く。
「このような朝早くに、出会った女の子も居ましたわね。……彼女は今頃どうしているのかしら」
 みずほは視線を遠くへと転じた。様々な運命に翻弄され、彼女は今、久遠ヶ原学園にはいない。
 せめて島の外で、桜を幸せに見ていますように。
 同じことを考えていると2人とも察したのだろう、お花見はごく自然に終わりとなった。
 屋上から常のロードワークの道へと戻る。
 桜の木の下、日課のシャドーボクシング。
 舞い散る花びらを掴みとるように繰り出されるみずほの拳に、小紅も付き合う。
「……わたくしはもっと強くなりたいですわ。手が届く人を全て助けられるぐらい……」
 みずほの呟きは花びらに乗り、風に舞う。
 桜を背に走りながら、小紅は少し気分のいい登校になったことを嬉しく思っていた。

(そういえば……)
 チルルはふと思い出す。
 不安になったときにとある教師に相談した。教師はこう言ったのだ。
「自分が思い描く最強とは何か、それを探してみろ」
(あたいが思い描く最強……)
 力が強いこと? それとも目にも止まらぬ速さ? はたまた桁違いの強固さ? ひょっとして運の良さ?
(ううん、たぶんそういうことじゃない……)
 桜は佇むだけ。支給された朝食も食べ終わってしまった。
 遠くで始業を告げる鐘が鳴る。
 理想への道半ば。迷い惑っても桜は歩いてきた距離を教えてくれる。
 チルルは降る花びらを手に収めると、笑顔で教室へと駆け出していった。

(はな、きれい。だな。ちるのにきれい、だ。ちるからきれい、なのか)
 はらはらと散る花びらを見ているうちに次第にジズは船を漕ぐ。
「ジズ、まだ眠いの? 寝ながら食べたら、ムセちゃうよ」
 くすくす笑いながらイスラはジズを見守る。
「ほら、コーヒー零れそうだよ、火傷しないように気をつけて」
「ねてない。でも……ねむい」
 イスラは持ってきたブランケットをジズにかけて、枕代わりに膝を貸した。
「時間が来たら起こしてあげるから、少し眠るといいよ」
 ジズをあやすようにぽんぽんと撫でてやるとジズは滲むような笑みを浮かべた。
「ん。ねる。ありがとうイスラ」
 夜明け色に染まる世界。暁に映える桜。膝にある温もりと、安らかな呼吸。
(そう…これも天界では無かった幸せのカタチだ。人の世界だから、天魔の僕達さえ共に過ごすことができる)
 眠りへと落ちるジズは止めどもない思考の中へ。
(傍にある温度。撫でてくれる手。いつか散るため生まれたのなら、私はとても幸せ者だ。散るときを待つ生きる時間に、温度をくれたひとがいるから)
 ブランケットの上から撫でる手。そばにあるぬくもりは一人では生まれないもの。
 イスラはジズを起こさぬよう譜面を取ると思いついたメロディを口ずさみ記していく。
(これが僕の記憶になる。色褪せる事の無い、音楽という名のメモリアル)
 眠りに落ちるジズの世界。音が聞こえる。それは声。そして歌。
(いつだって、君の声が私を起こす)

 朝ごはんを食べ終え、桜を見ていたら朝食づくりに早起きしたせいもあり、真緋呂はうとうととしてしまう。一方の一機も徹夜気味。満腹になれば眠くなるのは自然の理。
 真緋呂は一機の肩を借りるように。一機ももたれるように。2人ですやすやと。
 やがて響くのは始業の鐘。ふと一機は目を覚ますが、肩には重みが。
 さつきが心配して2人を覗きこむと、一機はしーっと指を一本立てた。さつきは微笑み、足音を忍ばせてその場を離れる。
 一機は脱いであった自分の上着をそっと真緋呂にかけ、1限目は一緒にサボる覚悟でぼんやりと桜を眺める。
 桜は音もなく、花びらを降らせる。
 限りなく静かで、幸せな春の朝。
 起きて気がつけば、真緋呂は「ごめんね」と一機に謝ることになるのだろうけど。
 見上げた空は、春の色。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
守るべき明日の為に・
Viena・S・Tola(jb2720)

大学部5年16組 女 陰陽師
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
硝子細工を希う・
虚神 イスラ(jb4729)

大学部3年163組 男 ディバインナイト
無垢なる硝子玉・
ジズ(jb4789)

大学部6年252組 男 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
扶桑 鈴音(jb9031)

大学部2年313組 女 陰陽師