●深夜HIGH回
どこにでもありそうな町の、いつもの深夜。
「しかし……町中の公園。夜中に一体の人型天魔……ねぇ。本当の話なら、まだ大事になってないのが幸いね」
ぐるり、街灯と月だけに照らされた夜の街を見渡しつつシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)が言った。凛としたシュルヴィアの表情とは対照的に、傍らでは来崎 麻夜(
jb0905)がヒャッホゥと無邪気な笑みを浮かべてはしゃいでいる。
「夜はボクらの時間だ!」
「ええ。夜は好いわね。解放的な気分になるわ」
応えるシュルヴィアは周囲の警戒を保ちつつも何処か高揚とした面持ちであった。二人とも太陽は好まない気質であり、陽に気を遣わなくても良いこの闇は良いものだと心から思っている。
「もしもあいてがゲートをつくろ〜と偵察している冥魔だったりしたら、と〜ってもつよいはずなのです! まずはようすをみましょ〜!」
「目的も正体もわからないですが、この星に仇なす存在なら許しておけませんワ!」
一方でえいえいおーと張り切っているのはキャロル=C=ライラニア(
jb2601)、やる気十二分なミリオール=アステローザ(
jb2746)。後者の天使は「被害が少ないうちに食い止めないと」という思いもあるけれど、
(強敵だったら楽しそうですワ♪)
そんな気持ちも、零ではなくて。
「夜の巡回調査か……良いな、腕が鳴るぜ」
常の余裕ある笑みを浮かべる麻生 遊夜(
ja1838)が言い、そしてイオ(
jb2517)が一同を見ると一つ頷いた。
「うむ、それでは作戦開始じゃの」
という訳で、撃退士は公園監視班と周辺巡回班の二手に分かれる。
周辺巡回班、遊夜と麻夜。
大好きな先輩こと遊夜と一緒に深夜の散歩。それだけで麻夜の心は鞠の様に弾む。あんまりはしゃぎすぎると窘められそうだから、ほどほどに真面目に見えるような発言も。
「今のところ目撃証言のみ、だね」
「何かの下見に来てる可能性もあるしな」
「被害がない今の内に何かわかるといいねぇ」
「そうだな、一応続報があるまで巡回は続けるぞ。……ま、何時も通りにやればいいさ」
確証を得るまでは油断できん、といつでも戦闘を行える態勢遊夜は五感を済ませつつ周囲へ意識を張り巡らせる。
「ん、敵なら容赦しないよー」
応える麻夜はしかし、やはり、零れる笑みを抑える事は出来なかった。高揚感。ウズウズする。夜は良い。クスクス、と咽を鳴らす。
「あぁ、やっぱり夜はいいねぇ」
頼りない星々を飲み込まんとする黒い夜空。
周辺巡回班であるミリオールは電柱の天辺から四方を見渡していた。宇宙を内包したかの様な『自慢の翼』が夜空に銀河色の輝きを灯している。極光翼<ウーニウェルシタース>、遠くから見れば星が一際輝いているかの如くだ。
「う〜ん……特に怪しい生物とかは見かけないのですワ」
通信連絡。
了解、と応えたのはシュルヴィア。丁度公園に到達した旨を皆に告げて――はた、と立ち止まった。それからすぐに近くの闇に身を隠す。
(あれは――)
公園には先客がいた。目を凝らす。一人遊ぶ青年『風』……人型だ。人間?民間人なら注意して帰って貰うべきなのだろうが……
「……まずは監視が必要ね」
「露骨に不自然じゃのう……了解じゃ」
「みなさんへのご連絡はわたくしにおまかせあれ〜」
公園の茂みに伏せて隠れたイオ、その隣で同じ様に伏せたキャロルがそれぞれ応えた。
「うーむ……」
ナイトビジョン越しの光景。イオは不審の男を見ている。今はただブランコを漕いでいるだけだ。いや正式には『だけだった』。ブランコで勢いをつけて大ジャンプした男が、そのまま――飛んだではないか。飛んだ。そう、背中に冥魔の翼を展開して。
「冥魔じゃな……!」
「ですね〜……!」
すかさずキャロルは通信機を取り出した。
「およびだしでございま〜す」
仲間へひそひそ、伝えて曰くは冥魔発見。
「一番槍は貰いましたワっ!」
連絡を受けるや、翼を翻しミリオールがイの一番に公園へ向かう。上空。その姿はすぐ目に映った。
「むー、悪魔? でも、何かおかしいのですワ……?」
飛んだまま、何をするでもなくぶらぶらしているその姿にミリオールは首を傾げる。まるで敵意と言うか害意と言うかそういったものが感じられない。腑抜けているとすら見て取れた。ミリオールには彼がどうにも『敵』には見えなかったのだ。
と、その時。ハッと気付いた男が上空を見遣った。ミリオールと目が合う。「ひぃっ」と息を飲む怯えた声が確かに聴こえた。
(少し、カマをかけてみましょうかしら)
ざわり、とミリオールの髪が揺らいだ。
男は息も忘れて目を見開く。
そこに映っているのは、幻覚?現実?じっとこちらを見つめる銀の双眸、小宇宙の翼、ざわざわずるずると夜空を侵略する様に伸ばされた大量の触腕――
「ああ! 空に! 空に!」
SAN値直葬、おめでとう!
発狂――ではなく驚いてパニックになった男が翼を広げて逃げ出そうとした。だが正体も分からないまま逃がすわけにはいかない、故にミリオールは急降下するとその背を追い、ぐんぐん距離をつめ、怪我をさせないよう努めて柔らかく抱き締めて捕まえた。
「少し待って頂けると助かるのですワっ!」
「わーっ! わーっ! 天魔だー! まさか最近の目撃情報の……!? ひぃい殺されるー!」
「まぁまぁ落ち着くのじゃ」
着地したそこへ駆け寄ってきたイオが彼を宥めつつ、学生証を提示した。
「イオ達は久遠ヶ原からきた撃退士じゃ。この辺りで天魔の目撃情報があって」
「ワァー! 撃退しないでぇ! 僕はただのちょっと悪魔の血が混じってるだけの凡人なんだぁあ!」
顔を見合わせる撃退士達。
どうやら……件の目撃情報の真相は、ただのハーフ悪魔が飛んで遊んでいただけ?
が、彼はまだそれを理解していないようなので。
「はぁ、ふう? ゆっくり推理してみてください〜?」
彼の正面でキャロルが小首を傾げる。
「夜間に、このあたりで、つばさで飛行する冥魔。……こころあたりはありませんか〜?」
それは他でもない貴方自身ですよ、と言外に伝える。
あ、と。徐々に落ち着いてきた彼は脳内を整理し始めた。
「ひょっとして……最近の天魔目撃情報の犯人って、僕……?」
「どうやらそのようじゃのう」
イオが苦笑する。
「イオ達の任務は巡回と調査じゃ、お主を害するつもりはないぞ。……して、こんな夜に何をしておったのじゃ?」
「それは……ええと、実は……」
若干恥ずかしそうにしながら、かくかくしかじか。
「敵さんじゃなかったんだねぇ」
「まったく、紛らわしいやな」
駆け付けた二人、遊夜はヤレヤレと肩を竦め、麻夜はちょっと残念そうにしていた。奇襲を仕掛ける予定だったが、その必要もなさそうだ。まぁ何もないのが一番かな、と呟いては麻夜はハーフ悪魔の山川洋司へ向いた。
「のんびり出来るし、夜の開放感はすごいから気持ちはわかるしねぇ。でも気をつけなきゃだよ、普通の人達は、噂や目撃証言だけでも怖いんだから」
「確かにハーフ悪魔って事を周囲に喧伝するもんじゃねぇが……気をつけんとやられちまうぜ? 問答無用で殺しにかかる奴らもいるし、最近は特にピリピリしてるからな」
続けて遊夜が言ったのは双蝕と呼ばれる事件の事だ。返す言葉も無く、洋司は俯いている。
そこへ彼の名を呼び、顔を上げさせたイオはその目の前で目深に被っていたフードを取り払う。そこには二本の大きな角が。
「天魔はな、無害であろうと目撃されるだけでトラブルになるのじゃ。イオほどハッキリと外見でわかれば、バレぬよう注意するのじゃろうが、お主は注意も薄かったようじゃな。今の生活を守りたくば、もうちっと気をつけるのじゃ」
イオの口調は、努めて厳しい。
「無害であっても、事情を知らぬフリーの撃退士が問答無用で退治することもある。トラブル時、居場所を知っておれば即座にフォローできるのでな、保護したいのじゃよ」
それは少し怖がらせて、保護された方がマシだと思わせる為だ。そうそう、と麻夜が続ける。
「一応聞くけど、学園に来る? 学園に入学するとかじゃなくて、所属・保護下に置かれるかどうかって意味だけど。居場所や事情がわかっていれば多少は面倒ごとを回避できるかもだよ? 撃退士に対しては身分証明になるしね」
天使や悪魔に気をつけなきゃなのは変わらないけど、と付け加えて。
「斡旋所と、一応俺の携帯番号も教えとくか? 学園に来ないなら来ないで、伝手があるだけでも何かあったときは動きやすいし、何かありゃ駆けつけれるかも知れんしな。事情がわかってりゃ学園からの情報や指示で大事なもん守れるかもだぜー?」
遊夜も言う様に、強制はしない。洋司は少し考え込んだ。
「では……、ちょっと、学園に連絡してみます。そうですよね、天魔に関することは貴方達がよく知っていますし。それも加えて、今後は気を付けます。……今回は申し訳ない事をしました」
頭を深々。お騒がせしました、と。おうよ、と遊夜は笑った。
「ま、俺らも夜が好きな部類だから気持ちはわからんでもないがね。今回は注意ってことで、調査は終了だな」
さて。
「仕事も終わったし……遊ぶか。せっかくの夜の公園だ、時間もあるから問題ない」
「わぁい、遊ぼう! 久しぶりに先輩と深夜の公園デートだ!」
うむと頷いた遊夜の手を引き、麻夜は成る丈声を抑えてシーソーを指差した。あれがいい、あれで遊びたい、と。
「ワふー、私も遊ぶのですワっ!」
折角だ、一緒に遊ぼう。ミリオールは洋司へ向いた。それから、ブランコへも。
「何はともあれ、何も無くて一安心ね」
ブランコには既にシュルヴィアが、気儘にのんびり揺られていた。その隣にはミリオール、彼女の背を押して勢いを付けている洋司。
「もっと強く! 目一杯押すのですワ〜!」
「了解〜」
きゃっきゃとブランコを濃いではしゃぐミリオールは更に背を押されて、揺れ幅の角度が180度近い事になっている。
落ちないように気を付けなさいよね、と言いかけたシュルヴィアであるが、まぁ仮に落ちたとしてもミリオールには翼もあるし大丈夫か。月を仰いだ。ゆらゆら揺れれば風が流れ、シュルヴィアの長い白灰の髪を夜に揺蕩わせる。
「いいわね。童心に帰るのって、バカバカしいって言う人もいるでしょうけど。わたくしは、とても素敵だと思うわ」
何とはなしに開いた口唇。その紅瞳が、視線を洋司に送る。
現在のところは保護下に置かれる事を考えているようだが。一応、とシュルヴィアは再度、彼に久遠ヶ原学園というカードを提示する。今すぐでなくとも良い、今の大学を出てからでも良い、と。
「勿論、あなたはあなたの人生を選ぶべきよ。だけど、選択肢って、多い方が役に立つって思わない? 頭の片隅でいいわ。憶えておいて」
「……さっきも酷く取り乱してしまいました。そんな僕が、誰かの為に戦えますかね……?」
「戦うだけが撃退士の仕事じゃあないと思うわ」
「それに、学園にくれば自由に飛べますワ!」
ミリオールも続けた。そんな彼女の背を押しつつ、洋司は一瞬の沈黙を投げかける。
「取り敢えず保護下に置いてもらうという事で……どうするかは、時間をかけて考えます」
「いつでもお待ちしておりますワ!」
「えぇ。ゆっくり考える事は大切よ」
「深夜の公園でたそがれ(?)るおおきなおにいさん1名……深夜の公園を見張(?)る天使な小学生のわたくしがいえることではありませんが〜、不審人物候補、でしたわね〜」
イオと共に砂場で山を作りながら、キャロルが言った。
「でももし人間ならわるい天魔にたべられ……えっと、はんぶんさんでしたっけ? ……どうしましょ〜? 割れません……」
それでもやっぱりニコニコ笑顔で、「まぁいいかしら〜」とキャロルはトンネルを掘り始めた。反対側からイオもトンネルを掘り始める。
(割る……割り算……数学…… むぅ、宿題やらねばのぅ……)
連想ゲームでその事を思い出すイオであったが、今は遊ぼう。思いっきり遊んで浮世の事など忘れてしまおう。今だけは月と夜しか見ていないし、なによりトンネル開通工事で忙しいのだ。
シーソーをして、滑り台をして、ブランコを濃いで、名前も良く知らない遊具で遊んではしゃいで、追いかけっこをして、かくれんぼをして、遊夜は今、回転ジャングルジムの中に居る。その隣には麻夜がぴっとり寄り添っていた。
ぐるぐる回る。空を仰げば空も回る。子供だった頃を思い出しつつ、遊夜はただ回る球の中でボーっとしていた。
「シーソーは離れなくちゃいけないけど」
最中に隣の麻夜が、クスクス笑みつつ口を開く。
「これは隣に居れるから良いね」
「そうやな。楽しいか?」
「うん! 最近家族が増えたから忙しくて2人きりになれなかったし良い機会だね。……あ、時間はあると言っても程々にだよ」
「大丈夫、分かってるよ」
「子供達が待ってるだろうから……あの子達は寂しがり屋だからねぇ」
「誰かさんにそっくりだからな」
浮かべていた苦笑を更に深めて、遊夜は麻夜の頭をぽんぽんと撫でた。
「そういや近くにコンビニやら自販機もあったよな? 飲み食いしながら月でも眺めてのんびりすんべ」
「巡回のときに見つけたとこだね。お夜食は肌に良くないんだけど、まぁいいか」
「おっしゃ、んじゃ自販機まで競争な!」
「ふふ、負けないよ?」
二人の、そして皆の夜はもう少しだけ続きそうだ。
●翌日
平和的解決の次の日。
(本当ならここで依頼解決で終わりなんでしょうけど、そうはいかないわ)
シュルヴィアはそっと溜息を吐いた。その正面には彼女が任務報告を終えたばかりの棄棄がいる。
「なるほど〜、報告おつかれちゃん」
「どうも。……ねぇ先生? ちょっといい? クリスについてなんだけど」
「うん、何だ?」
「そりゃたしかに『ウソは言ってない』わよ? でもだからって無垢『過ぎる』子に対しては言い方ってあるでしょう? 大体――」
くどくど。くどくど。件の天然真面目天使への教えについて、物申す。
「考えなしとは言わないわ。でも、もうちょっと教え方って……ってコラ!」
くどくどくどくど。そうしているというのに、棄棄がいきなりケータイで通話を始めたのだ。「おうクリスちょっと5秒で来いや」と。そしたらマジで5秒で来た。「あのねぇ?」と眉根を寄せるシュルヴィアをさておき、棄棄がクリスティーナに耳打ちする。
すると。
いきなりシュルヴィアを包囲したかと思いきや、何故か彼女を胴上げし始めたではないか。
「ちょっ……と!?」
「わーっしょいわーっしょいソイヤソイヤ」
「これがDO-age<世紀創始>……!」
わーっしょいわーっしょい。軽いシュルヴィアは紙風船のようにポンポン上げられる。
「下ろしなさいっ……と言うか、まだ話は終わってない――!」
そんな、平和な日常。
『了』