●六対無量大数
青空の下、森の中、女子高を前、六人の撃退士。
「女子高校というからきてみれば、生徒は登校してないのか、ざんね……」
げふんげふん。煩悩を引き締める表情の下にひた隠し、若杉 英斗(
ja4230)。うん、害虫駆除も立派な依頼だしな。
「しかし、毛虫がちょっとかわいそうな気もするけど……まぁ、仕方ないか。学校に毛虫大量発生じゃ、駆除しないわけにもいかないよな」
「毛虫さんがいっぱい、ですか……見たくないな、です」
いつも以上の困り顔でユイ・J・オルフェウス(
ja5137)が応える。別に一匹や二匹なら大丈夫だが、いっぱいウゾウゾなのは……無理だ。
「そもそも、虫好きじゃない、です。毛虫さんに限っては、嫌いな部類、です。だから早く何とかして、帰りたい、です」
その言葉に「そうですねぇ」と頷いたのは美森 仁也(
jb2552)。自分も早く妻のもとに帰りたいものだ、と思いながら口を開く。
「妻もこの時期の桜の下に行くのは避けますし、学校で授業が出来ない状態は困りますね」
「まぁ、その意気やよし、ね。学校の平和を守るのも私達の役目。頑張りましょう」
困っている人が居る以上は、とシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)が続けた。そんな彼女の視線の先にいたのはクリスティーナ・カーティス(jz0032)がやる気に満ち溢れている様である。
「……ところでクリス? そのケム=スィ」
「ケ=ムスィだ」
「あぁ、そう。ケ=ムスィ? ……誰から教わったの?」
「教師棄棄だな」
「あぁ……そう。へぇー……そう」
然もありなん。敢えて多くは語らず。
一方で。
「世界の自由と主権と教育を受ける権利を守るため……毛虫退治系ヒロイン……メイドインガールズ見参ッ!」
「毛虫のハートにクリティカルヒット! メイドインルリでーす!」
名乗り上げたのは毛虫退治系アイドル、歌音 テンペスト(
jb5186)と指宿 瑠璃(
jb5401)。前者はエプロンでメイド姿、後者は赤のメイド服アイドル衣装。
「毛虫には剣よりも箒と昔から言うわ……一緒にメイドインガールズとして闘わない? 自由の為に!」
キリッと凛々しく歌音はクリスティーナをスカウトする。しれっとメイド服を差し出しながら。
「ああ、勿論だ。共に往こう!」
頷いたクリスティーナがメイド服を受け取る。着るのかと思ったら、袖をさっと首に巻いてマント的な感じに。プロデューサー巻きってあるけど、違う、そうじゃない。
(クリスティーナ……恐ろしい子!)
歌音が白目を剥いた所で、任務開始。
●サーチアンドデストロイ
分担大事、という訳で校舎内。
「やるからには妥協しないぜ!」
肌を出さない長袖長ズボン、アンブレラに防護マスク、右手にほうき左手にちりとり。英斗の防御に抜け目はない。脳内で女子高生の黄色い声も再生し、大いに奮起。
「広いがコツコツやるしかないな……」
「校舎内は人海戦術で一匹一匹とっていくしかないですね」
校舎内で火を使うのは流石に危ないか。万端の準備を整えてきた仁也が頷く。
しかし、と校内を見渡す英斗は眉根を寄せた。見れば見ればいるわいるわあちこち毛虫。
「これはさすがにきもいかもな。女子生徒達に、『自分達でなんとかしろ』と言ってもこれは無理だな」
男の自分ですら『きもっ』という感想を抱くレベルだ。さー頑張ろう。与えられた時間内で、頑張って出来る限り駆除してあげよう。
『キャー若杉様カッコイイ!』
(ふっ……貴方とコンビにディバインナイト)
脳内会話しながら(そして今の英斗はアスヴァンだが)、彼はほうきとちりとりで毛虫を集め、地道にゴミ袋の中に詰めてゆく。
仁也も行動を開始していた。
予め女子高側に連絡をし、机やロッカーや下駄箱の中身を全て持ち帰って貰い、部屋の鍵も開けて貰い。やるからには徹底的に。時間短縮と毛虫の隠れ場所殺し。天井、教室、ロッカーの中に机の中、下駄箱も一つ一つ。見逃さない。見つければ割り箸で捕獲し、袋の中へ。
「……ふぅ。多いな」
黙々とした作業の中で、一息。窓の外に目を遣った。剣をぶん回しているクリスティーナが見える。ので、
「カーティスさん、一匹一匹退治するのは非効率ですし壁も汚れますので止めて下さいね」
「ふ。笑止」
クリスティーナが返したのは不敵な笑みだった。よく見るがいい、と言うのでよ〜く目を凝らしてみれば……
「一太刀で二匹斬る事を収得したぞ!」
「でも根本的な解決には」
「今に見ているといい。我が一閃は一騎当千!」
なんかボルテージ上がってるようなのでそっとしておこうと思った仁也であった。
そんな別の場所では歌音がティアマットを召喚していた。
「いけ、ティアマット! 超音波だ!」
そう指示すれば召喚獣が特殊な鳴き声で超音波を発生させた。それは毛虫の動きを拘束する。
さぁ、という訳で。
「自慢の回転力を見せて御覧」
訳:この毛虫の上を転がって潰して。だがティアマットは「ぎゅうー」としょぼくれた不服気な声と共に主人を向いた。えっこの毛虫絨毯の上を転がれってか。ちょっマジ嫌だなぁ。そんな感じだ。
「へいへいへいビビってんじゃねえよ! 根性見せてみろ根性!」
一喝、歌音は派手に飛び上がるとティアマットにライドオン。半ば踏みつけ。べちょ。
「必殺……メイドインローラー!」
そのまま玉乗りステップの要領でごろごろごろごろ。ティアマットの哀しげな悲鳴が響く。嗚呼無情。南無。召喚獣虐待の現場である。
「ホーリーヴェールかけてっからセーフ!」
等と意味不明な供述をしており以下略。
●燻製大作戦
「ここは偉大なる先人の知恵を借りましょう」
日傘の影からシュルヴィアが言った。傘を持つ反対側の手には、調理室から拝借した穀物醸造酢。足元には水入りのバケツ、それから霧吹き。
「酢の匂いは虫を遠ざけるのよ。益虫まで駆除する訳にはいかないわ。害虫は、何故か2、3時間で戻ってくるらしいから、それまでに準備を済ませましょう」
「了解。手伝いますよ」
「私、も。頑張り、ます」
「微力ですが……」
応えたのは英斗、ユイ、瑠璃。4人は水で薄めた酢を霧吹きに詰めてゆく。それが出来上がるとシュルヴィアは一生懸命剣をぶん回して毛虫と戦っているクリスティーナの方を向いた。
「お忙しい中悪いけど、クリス?」
「クッ……キリがないな。何だろうか、エルヴァスティ」
「お疲れ様。これを木の上から順繰りに散布してきてくれるかしら?」
「ほう……秘策という訳だな。承った」
「そそ。任せたわよ」
では、とクリスティーナは両手に霧吹き&リロード用のものも携えて空に飛び立った。行ってらっしゃい、とシュルヴィアは手を振り見送る。さて、自分も頑張らねば。今も日傘に『ぱらぱら』『ぽとっ』と不穏な落下音がする。が、それよりもシュルヴィアにはこのド晴天な日差しの方が辛かった。暑いし。
そういう訳で一帯に酢を散布してゆく。如何せん広い敷地故に中々に骨が折れる作業だが撃退士5人がかりだ、その上1人は空から出来るという利点もある。
「こんなものかしら……さて」
お次は、とシュルヴィアが用意したのは美術室や工作室から拝借した木のチップだ。それを鍋や一斗缶に詰めて、女子高の者に火災報知機を一旦オフにして貰えば準備完了。レインコートも着用。仲間にも配ってゆく。
「平気だと言うなら止めないけれどね……クリス? 貴女はちゃんと着なさい。平気とか、そういうのいいから」
「なんと……テンペストから譲り受けた『冥土服』に『零因外套』まで」
「ああ……うん、いいから着なさい」
半ば無理矢理クリスティーナに着せて、今度こそ準備完了。
「必殺! メイドインヘブーン!」
瑠璃の掛け声を合図に木のチップに火を点ける。煙による燻蒸処理。これなら木を切る事も無く毛虫を駆除できる。それも一気に広範囲に、だ。その効果は、煙に巻かれボトボト落ちてくる窒息した毛虫の数が物語る。
それからは仕留め切れなかった毛虫を地道に駆除だ。
瑠璃は木に登り、軍手をはめた手で毛虫をさくさく捕まえてゆく。メイド服の女の子がグロい毛虫を手掴みという中々見られない構図だ。実際、瑠璃は毛虫は苦手ではない。
「これできゃあ! ってかわいく悲鳴あげた方がいいんでしょうけど……一応これでも忍者なので……」
なんて、苦笑。
「せー……のっ!」
一方で英斗は軽く振り被って木を蹴り付けた。勿論本気ではなく加減しているが、一般人よりは幾分も強い。ばさばさばさ。落ちる落ちる落ちてくる毛虫。アンブレラがなければえらい事になっていた。それを黙々とほうきで掃いて集めてゆく。
その中で、やっぱり剣で頑張っているクリスティーナに。
「あ、カーティスさん。そんな大きな剣じゃ効率悪いですよ。もっと小回りのきく小刀の方がいいと思います」
「やはり手数が重要か……?」
「そうですねぇ。でも、こっちのがもっといいかも」
そう言って差し出したのはほうきだ。ふむ、とクリスティーナはそれをしげしげと眺める。それから英斗の作業している様を見ると、それを真似てほうきでぱさぱさ掃きだした。
「いいですねぇ物質透過」
体をよじ登ってくる毛虫を弾きながら英斗は呟く。天魔の代名詞的能力。これだけ派手に動き回ってクリスティーナに毛虫が着かないのがちょっと、いやかなり、羨ましい。
ユイもそれを横目に英斗に同意しながら、唱えるのは睡霧の呪文
「……虫さんにも、きっときくはず、です」
翳した手、浮かび上がる魔法陣、流れるスリープミスト。数秒後。ばささささっ。落ちてくる超大量の毛虫。
「ひゃっ……!?」
ちょっとしたグロ映像だ。ユイにはショックが強すぎた。思わずビクッと飛び跳ねて近くのクリスティーナの背後に隠れるレベルである。
「やー、やだぁー、あっちいって、あっちいってぇ、ですぅうう……!」
半ばパニック。泣きそうな声でほうきをぶんぶん。
「案ずるなオルフェウス、全て寝ている」
クリスティーナのその声で、ユイはようやっと少しは冷静さを取り戻した。でもまだ心臓はバクバク。しきりに体に毛虫が付いていないか確認する。なるべく肌を出さない服に帽子で完全防備だが、それでも嫌なもんは嫌だ。直接着くのはもっと嫌だ。暑いのは我慢しつつ、ほうきをぎゅっと握り直す。
「うぅ、いっぱいいすぎ、です……数匹でよかったのに、です」
地面の毛虫玉を掃きながら、しかし『お母さんの本』は安全な場所に置いておいて良かったとユイは思う。あれにだけは毛虫は着いてほしくない。が、持ってこないのも嫌だったのだ。
「早く帰りたい、です……」
その為にも、もう一度スリープミストの呪文を紡ぐ。
●長く苦しい戦いだった
夕暮れの近い昼下がり。校庭に集められたのは撃退士が集めに集めた毛虫の山である。(勿論ビニールで密閉している)
校舎内、校舎外……いやはや頑張った頑張った。流石の撃退士といえども、長時間動き続ければ多少なりとも疲労が出る。特に、ユイの様な虫嫌いは精神的にもどっと疲れてしまったようだ。少女は手元に戻した『お母さんの本』を抱きしめて、ちょっと眠たげに目を擦っている。
「それじゃあ、いいですかね?」
仲間を見渡し、仁也が問う。その手には火炎放射器があった。別に汚物は消毒だ〜ヒャッハー的なアレではなく、「多分これが一度に大量始末するのに向いてるでしょう」という非常に合理的なアレだ。
「どうぞ。未練もないし、毛虫式の弔いの言葉も残念ながら知らないしね」
応えるシュルヴィア。了解、と薄笑んで応えた仁也がアウルを炎状に変換して発射する。灼熱のそれが毛虫達を飲み込み、たちどころに燃やしていった。
「一段落だな。お疲れ様」
「お疲れ様、です」
英斗とユイが皆を労う、そんな一方で。
「ここに選別した毛虫があるじゃろ?」
「毛虫の利用方法っていろいろあるんですよ……」
歌音と瑠璃の傍には、毛虫の詰まった袋が幾つか。それらは瑠璃が、自分の流派に伝えられている知識を元に選別した『食べられる毛虫』である。因みに全く関係ないが、ティアマットはレイプ目で蹲っている。
つまりこういう事だ。
「掃討からゴミの有効活用まで! メイドインガールズの〜」
「カンタン、美味しい、毛虫クッキングです……」
どんどんぱふぱふ。
「人間は食事を取らなければ生きていけませんから……どこでも食料を確保するのも忍術の基礎なんです……」
「なるほどどん! さぁ指宿先生、本日の目玉食材は?」
「桜毛虫……学名モンクロシャチホコ、ですね。桜の香りがするとても美味しい毛虫なんです。そして実は、毒のある毛虫が美味しいんですよ。それでは下拵えしていきましょう」
「したのがこちらです」
よくある料理番組のパターン。ちなみに下拵えは瑠璃が器用にクナイで毒毛を剥いてやってくれました。
「先生、ちなみに除去した毛は?」
「はい、毒のある毛の部分は毒術の貴重な原料になるので取っておきましょう」
「マジっすか」
「え? 毒作っちゃダメですか?」
「許します。それでは調理に」
「はい。初心者は火であぶって毛を焼いて燃やしてから剥くのをおすすめします。流石に煮ても焼いても食べられないようなものは燃やしてしまうのがいいでしょう」
「なるほど〜そして調理したのがこちら! 何ということでしょう〜! ゴミの山だった毛虫が、素敵なおやつの山に!」
劇的なビフォーそしてアフターだ。料理の匠。
「皆で得た戦利品、皆で仲良く食べましょう!」
ムシャアと毛虫を食べる歌音。レイプ目で見つめるティアマット。クリスティーナは興味深げだった。
「まさかケ=ムスィが食べられるとは」
「動物を殺すのは食べるときだけだからね! はい、あ〜ん♪」
歌音が差し出す毛虫を天使は躊躇無く食べる。「ふむ、食べられん事は無いな」という感想。
「……あら、これ意外と――」
シュルヴィアもちゃっかり珍味として毛虫を食べていた。そんな中で――あぁ、妙案があるわ。という訳で、お裾分けして貰って、クリスティーナへと手渡して。
「クリス、これを『信頼する指導者』にプレゼントするのは如何かしら。貴女が頑張った成果なんだから、きっと快く食べてくれるわ」
「ほう! その手があったか」
(普通なら……うってなると思うけれど……相手が相手だからねぇ……苦言としては、下策かしら)
一方でユイは最早見る事も拒絶して遠く離れた場所にいた。
「……たとえ食べれるって言われても、食べる気はしない、ですよね」
想像するだけで咽が痒い。うん、なんか別の楽しい事を考えよう。
そんなこんなで夕暮れも過ぎて、一件落着任務完了。
後日、毛虫を駆除でき生徒が戻ったと女子高から感謝の言葉が贈られた。
それからシュルヴィアのもとに「ごちそうさまでした、久々に虫を食べて昔を思い出しました」と毛虫を食べながら笑顔な棄棄先生の写真が送られてきたのはまた別のお話。
『了』