●ゲーム01
「READY!」
森の中。闇討ちの闇討ち。パペットヘルディーラー――外奪がその手を掲げた。弩級の強化エンチャントがディアボロ達に降り注ぐ。3体の可哀想な子羊。リベンジ1号、リベンジ2号。
既に火蓋は落とされた。
「オープン・ベットと行きましょう? ディーラーは奇しくも貴方。だけどあたし達は負けはしない。ワイルドカードはきっと、手の内に」
天使の名を冠した銃を手に、ケイ・リヒャルト(
ja0004)。光纏による紫焔の蝶翅が妖艶に揺らめいた。ギリギリの射程、向ける銃口の先にはリベンジ1号。狙い定めた。ロングレンジショット。光の弾丸。それは、リベンジ1号が防御に構えた腕に当たる。
「よくも……」
「許さない……」
「痛いよ、苦しいよ……」
「死にたくない」
「助けて、誰か」
硝煙、そして怨嗟。ディアボロ達の呻き声。噴飯モノだと鷺谷 明(
ja0776)は込み上げる笑いを隠そうともしない。
「死にたくない? 私もさ。助けて欲しい? なら殺してあげよう」
此度のディアボロの造形は大好物だ。じっと見てるとバラバラにしたくなっちゃうから、努めてそれを見ないように。そんな彼の視線の先には、うんと距離を取った最後衛に位置する外奪が。
実を言うと、明は外奪に期待している。彼が諧謔を解する悪魔であるのならきっと、醜悪で歪で澱んでいて、それでも尚自分達を見惚れさせる素晴らしい『作品』を、聖女の死体で作品を作ってくれる事を。
(ま、こんなこと口には出さんがね)
「なぁんですか人の顔をじろじろ見てニヤニヤして。小生にボーイズでラブな属性はありませんよ?」
「ああそれは残念だ」
皮肉に返す皮肉。明の進軍は立ち塞がるリベンジ1号に阻まれる。外奪はかなり後ろに位置している上、彼が指揮しているのかディアボロ達は悪魔への射線を阻む様に立ち回る。簡単に手出しさせないつもりらしい。実際、外奪にいきなり接近したり取り囲んだり背後を取ったりする事はかなり難しそうか。
振り上げられたリベンジ一号の腕からは、大量の人間の腕が――そしてそれが握る数多の武器が、並んでいた。禍々しい気を纏って振り下ろされる。直撃こそ免れたものの、明の体に鮮血の花が咲いた。切り傷。重く凶悪な一撃だ。直撃だけは避けたいものである。
「目には目を、腕には腕を」
血塗れても明の表情は崩れない。メキメキと不穏な音を立てて彼の右腕がケダモノのそれへと変貌した。巨大化したそれでリベンジ一号の頭部(と思われる所。実際に頭部としての機能があるかは謎だが)を掴んだ。万力。超強力アイアンクロー。その握力による衝撃でリベンジ1号の動きを制限する。
「命の夢が望んだ貌がこれか、実に可愛らしい……だが見てると腹減るな」
その間に翼を広げ、リベンジ1号との間合いを詰めるはUnknown(
jb7615)。旋回からその脚へ振りぬく緋色の鉄槌。
「面倒そうだとは言ったが相手にしないとは言ってない。我輩お残しはしない主義でな」
達磨落としアタック。これで小さくなればいいのだが……難しそうか。攻撃の手応えをハッキリ言えば、『堅い』。簡単に切り崩せたり部位破壊できる様な『雑魚』を、態々外奪が連れて来る道理など無いという事か。
油断する事勿れ。これは外奪の分身で、居るのもヴァニタスではなくディアボロだけれど。油断こそが戦場において最も厄介な敵である。その事を、若杉 英斗(
ja4230)は良く知っていた。
彼は外奪への接近を試みたが、それはリベンジ2号に阻まれる。直後に赤く輝いたリベンジ2号が爆発と共に周囲へ業炎の魔法を撒き散らした。
「他の仲間を危険に晒すわけにはいかない。お前達は必ず殲滅する!」
噴火を思わせる魔力奔流。だがそれは英斗が構える白銀の刃盾『玄武牙<ブラックトータスファング>』が燃え上がる様な黄金のオーラを纏い、「絶対に護る」という決意と根性と気合と共に受け止めた。そのまま、盾の垣間より外奪を見遣る。
「はじめまして、外奪さん。どうせ聞こえてるんでしょ? 貴方のやり口は、どうみてもやられ役のソレですよ。別に卑怯とは思わないけれど、なんか小物っぽいんですよね。まぁいずれ、俺達撃退士にこてんぱんにされるでしょうね」
ふっ、と挑発と皮肉の笑み。「早速ですけど」と言葉を続けた。
「いまここでリハーサルをしておきますか。そこの外奪人形を叩きのめしてね」
「これは光栄! 小生、小悪党と言うものに幼少から憧れておりまして……悪の魔王とか悪の親玉なんて趣味じゃないんですよ。いやはや良かった、子供の頃の夢が叶いましたよ。夢は諦めちゃ駄目ですね! で何の話でしたっけ」
外奪はくつくつ笑いながら言った。
「ああ、小生を倒す? やだなぁ血の気がお盛んで。だから人間は戦争を繰り返すんですよ!」
そんな外奪の言動から鑑みるに、おそらく挑発だのは一切無駄だろう。逆にこっちがイラッとするに終わってしまう。
「あれが外奪君か……」
戦場を確認しつつ呟いたのはノスト・クローバー(
jb7527)。あの、人を値踏みする目線。この勝負のベットはどれくらいなのだろうか。
「実に……悪魔」
「イグザクトリー! 貴方の目と脳は正常です。良かったですね」
「はは、そうだな。あぁ――俺も悪魔だよ。自分の欲に素直だからね。だから、俺の為にも倒れてくれよ」
「ご依頼はマネージャーを通してからにして頂けますか? スケジュールが過密なもので」
「ご苦労様。どうか過労死を」
侮蔑に満ちたやりとりもほどほどに。ノストは刃を構えた。その近くでは同じく、小埜原鈴音(
jb6898)が長大な弓に矢を番える。二人の視線の先には可哀想な子羊。悲痛な声で訴えてくる少女達。光と共に振りぬかれる斧、高速で振るわれる剣、放たれる爆破の術。
「それは見えている」
「喰らうわけにはいかないの」
ノストは予測回避で。鈴音はシールドを展開し、それぞれ攻撃をやり過ごす。攻撃の最中にも、ディアボロの怨嗟が鼓膜に届いた。
「抑揚のない声ね。悪いけど同情できないわ」
私は今出来ることを全力でするだけ。戦場を駆けながら鈴音は陰陽師らしい固体の子羊に矢を放った。それと同時、その矢にも負けぬスピードで、ノストが陰陽師の子羊に迫る。疾風迅雷の一閃。切り裂かれた少女から血は出ない。ただ、死にたくないと呟くのだ。
「……悪いね」
ノストの小さな呟きに、応える声は無く。
(本物の聖女なら、こんな酷な敵は作らない筈だ)
最中に柊 朔哉(
ja2302)は思う。これを作ったのは外奪か他の悪魔かも知れないが。首を傾げた。
(そも聖女は、死してから与えられる称号だろう? まぁどうでもいい)
「主よ、貴方の加護を」
纏った血色の光。手を組み祈る。星堕の呪文。
「さんざめく降り注げ」
リベンジ1号へ落ちる、星。天罰の如く。鉄槌の如く。その重みで深くこうべを垂れさせ、己の行いを悔い改めさせる様に。
その轟音の中をマキナ(
ja7016)は駆けていた。蒼炎の光を纏いつ、鈍色の戦斧を掲げてディバインナイトと思しき子羊に肉薄する。死ぬのは嫌だと泣くそれに。
「こちとら闘いに来たのにそんなこといちいち喚くならさっさと土に還っとけ」
嗚呼気に障る。見た目が人だろうが関係はない、容赦はない、吶喊の勢いのままに戦斧を振り抜いた。ディバインナイトの子羊を力の限りぶっ飛ばす。
「自ら呼んでおいて奇襲を仕掛けるとはな……。策としては良いけれど、抜け穴も多いという事を教えてあげないとな」
動き始めた戦場の中で文 銀海(
jb0005)は外奪を見澄ました。
(特殊な技を使うというのは先の侵入データから分かっている。なら、こちらはそれを逆に利用するだけ……なのに、)
審判の鎖で縛り上げてやりたいところだが、生憎まだ、届かない。届かせようとしないように敵は立ち回ってくる。舌打ちを噛み殺した。
が、最中に外奪への接近に成功した者が居る。リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)だ。飛翔さえすれば、地にいるディアボロ達に行く手を阻まれる事はない。
「必死で、己の大切なものを守るために戦った者達を、このような形で愚弄するでない!! まずはその傀儡から破壊してやる、いずれは貴様自身もな!」
「愚弄? 嫌だなぁ、リサイクルって言って下さいよ。今人間界で流行ってるんでしょ、リサイクルとかエコとか?」
あくまでも、誇りや尊厳といったものを踏みにじる外奪。そのやり方にリンドは激しく怒っていた。珍しくも敵意を剥き出し、噛み千切らんばかりの勢いで赤の滴る白銀の槍でウェポンバッシュを繰り出した。が、それは寸での所で外奪に回避されてしまう。
速い――その動きを目で追いながら、リンドは思った。外奪のタイプ。それは一言で言えば『嫌ったらしい』。その速度、身のこなし。攻撃を当てる事には苦労しそうだ。
「さーて小生のターンですね」
外奪が襤褸外套の様な翼を広げた。そのまま一気に空に飛び上がる。これで翼のある者か、かなりの長射程を持つ者しか外奪には攻撃できなくなってしまった。外奪は前衛戦士ではない。わざわざ人間の手の届くところで戦ってやる義理もない。そして放たれる、呪薬『リバースドメディカル』。治癒術の反転法。肺を蝕む黒い霧が周囲に漂い、手当たり次第の状態異常で撃退士達に攻撃を仕掛ける。
思い知らされる。
ここに居るのはそんじょそこらの、知能も作戦もなく襲い掛かってくる狂暴なディアボロの群れではない。知能のある者に統率された小隊だ。撃退士の思い通りには動かない――寧ろ態とその逆を狙って動くような連中だ。
外奪とディアボロを引き離す――どうやって? 具体的な方法もなくただ『引き離そう』と念じるだけではどうにもならない。ディアボロが外奪の指揮下にいる以上、ディアボロを誘き寄せる方法も有効ではない。
外奪を討つ――どうやって? あまりにも簡単に接敵できる事を前提にしていたか。敵が妨害をしてくる事、そして外奪自身が飛行する事を失念していたかもしれない。現時点ではリンドのみが彼に接近できているのみだ。
作戦の根底が解れてしまった以上、分散した戦力は儘ならず。甘かった、だろうか。敵に対する見通しが、甘すぎた……のかも、しれない。
「ぐっ…… おい、駄菓子指に嵌めたまま眼鏡クイッとかするなよ駄眼鏡」
全身を蝕む毒と温度障害に血を吐きながら、アンノウンは自分より上空にいる外奪を睨め付けた。その眼差しは怒りとかではなく、食欲と破壊欲と『遊びたい』という邪気に塗れた無邪気な心と。
「あぁ、あのお菓子美味しいですよね。とんがりモロコシでしたっけ」
ニッコリ笑う。相手にしていない。見下している。嫌な奴だ。が、アンノウンの今の相手はリベンジ1号である。「しかたないにゃー」なんて緊迫感のクソもない『いつも通り』な言葉を吐きながら鉄槌を振り上げた。視界の端には『熱い』仲間が見えるけれど、それはアンノウンにとって冷める要因でしかない。オアツイことで。まぁどーでもいーわ。人間なんて。だって我輩悪魔ですし。
「脳天直撃セなんとかサターン!」
ニヒルな思いとは打って変わった言葉と共に、七色の光を纏った得物を一閃。お残しは許さない。残骸も皿もテーブルだって全部平らげてやろう。
それに合わせ、明が疾風をも切り裂く一撃を叩き込む。だが、悲劇はその直後に起きた。凶器の突き出す腕を振り回すリベンジ1号――アンノウンを、明を、その肉を抉りながら吹き飛ばす。前者は致命傷一歩手前、後者は直撃した為か戦闘不能に追いやられてしまった。
全身を刻まれ、内臓を骨を潰され。よくもまぁ今ので死なずに済んだものだ――防具も何も身に着けてないのに、正に幸運、寧ろ悪運――と地面に叩き落されたアンノウン。銀海は急いで彼に水境流拳法『流水針』を放った。
「ここで皆に倒れられたら困るからな。最低限の援護ですまないが……」
それは気功による針治療。アウルの針によって対象の回復力を一時的に高め、傷を治療する。フン、と黒い悪魔は鼻を鳴らすだけの返事をして立ち上がる。
最中にケイは銃でリベンジ1号を引き続き狙う。相手の目を眩ます為に日光を背にしてみたが効果は無いようだ。そもそもディアボロ達に目と呼んでいい器官があるのか否か……兎角、だ。
「物理型なら、この魔法攻撃はタマラナイでしょう?」
娼婦の様に微笑んで、嗜虐的に美声を響かせ。ロングレンジショット。休む暇は与えない。その弾丸と並走する様に朔哉がリベンジ1号に迫る。見れば見る程えぐい、流石悪魔、褒めたくない。
「俺達の邪魔をするか。悪い事は言わない……退け」
「殺してやる……ころしてやる」
「そうか。だが、それは無理だ。俺の味方は、殺させない。――全ての罪を背負いし主よ、かの者に父なる神の裁きあれ」
掲げる虐殺の血斧。そこに集う禍々しい赤の星々が十字架を形作る。敵するなら、裁きを。全ての罪よ、主のかいなに眠れ。
磔刑<ゴルゴダ>。強く天界の影響を受けたその一撃は、冥魔にとっては疑いなく致命的痛打となる。
攻撃後も油断なく、朔哉は飛び下がって間合いを取った。その時に背にどんと当たるのは、彼女と同じく斧を構えたマキナの背中だ。赤と青、朔哉の赤い光纏と、マキナの青い光纏。
「死ぬなよ、マキナ」
「誰に向かってそんなこと言ってんだ、朔哉」
交わした笑み。直後にマキナは強く地を蹴りディバインナイトの子羊へと迫る。
「ぜぇりゃァアアッ!」
マキナの戦い振りは正に勇猛果敢の一言である。その力の限り、文字通り、戦斧が『薙ぎ』払われた。泣き啼く子羊が展開する防御の盾にぶち当たる。ガギン、と固いもの同士がぶつかり合う音。
「ッっ……しゃらくせぇえ!!」
力勝負は得意分野。更に、もっと、力をこめて、ぶった切る。盾を、そして、子羊を。その意識すら刈り取らんばかりに。
その一方。ルインズブレイドの封砲に陰陽師の不浄病符が、既に防御の技は使い切ったノストと鈴音に襲い掛かる。
「受け止めるのは苦手なんだ、遠慮願おう」
全身の傷。されど微笑。ノストは倒れない。
(目的の為には手段を選ばず、か。俺も人のことを言えない部分もあるが……まぁ、胸糞悪いのは事実だね)
目前の少女達。既に中身は違うもの。同情はない。淡々と。すべきことをするだけ。けれど、だ。悪魔が人間を裏から操る外奪の行為は不愉快だ。密かに、眉根を寄せる。
「余計な干渉はやめてもらいたいものだな」
意図的に歪められた物語は嫌いだ。ポツリと独り言ちて、逆手に持った刃で陰陽師を切りつける。
満身創痍で足元をふらつかせながら、鈴音も遮二無二矢を番える。血を流しすぎてふらふらする。常に休み無く動いている為か心臓が激しく脈打っている。死ぬのは怖くない、けれど、今だけは、『ヒビの入った』心臓よ。どうかどうか、止まってくれるな。
「そこ、だッ!」
撃った。一直線。鈴音の矢が、陰陽師の頭部を打ち抜く。泣き叫ぶ少女の声――ぐずぐずと溶けて消えたディアボロ。
やった。そう思った、その瞬間。
鈴音の目の前に、激しい炎が迫っていて――
「……く、そッ!」
英斗は歯を剥き出して悪態を吐いた。おそらくブラストレイ、のようなものか。リベンジ2号が放った凄まじい熱線は銀海を鈴音を飲み込み、沈黙させる。自分は健在なのに目の前で仲間が倒される事。それは『盾』であり『護ろう』とする英斗にとっては何よりの侮辱だった。
護れない――護れない――否、それでも! 諦めてたまるか!
「この野郎、狙うなら俺を狙え! まだまだ! お前の攻撃ぐらい! 耐えてみせるぜ!」
自己強化ができない以上は地力勝負だ。極限のアウルを玄武牙に込めた。燦然と輝く白銀が、戦場に瞬く。
「燃えろ、俺のアウル!! 喰らえ、天翔撃<セイクリッドインパクト>!」
降りぬくは、鋼の意志を力に変えた圧倒的な一撃。大きく、リベンジ2号が押しやられた。
撃退士の攻勢は確かに猛攻だった。それでも尚も冥魔が立ち向かってくるのは、外奪による回復によって事実上耐久性を高められているからに他ならない。早急撃破は難しいか。そして戦いが長引くほどに、撃退士は疲弊してゆく。
リベンジ1号の叩き落される刃の拳。それが空中のアンノウンを捉え、落とし、地面にプレス。ぐしゃりと嫌な音がした。陥没した地面。そこからじわじわ広がる血。だらりと垂れた潰れた腕。アンノウンからの応答は、ない。
苦戦――それは事実上、上空にて外奪とタイマンの状況になったリンドも同じ。毒、重圧、騒音、腐敗。あらゆる状態異常が彼を苦しめる。また、封印の状態異常となってしまえば顕現した翼を消され墜落してしまい、そのまま地面に激突してしまう。本当に、直接的なダメージこそほとんど無いものの、じわりじわりと真綿で首を絞められる様な戦法を取ってくる悪魔だ。
「どうした……そんな技では、俺は倒れん……!」
吐き戻しそうなほどのぐらつく意識の中で。二重に揺らぐ視界で捉えて。なんとか、こいつを地面に叩き落したい。翼を狙いたいところだが、ただでさえ外奪は回避に優れているのに部位狙いは死ぬほど厳しいか。だが諦めない。逃げはしない。己の誇りが許さない。
「おォああああッ!!」
我武者羅に。リンドは突撃を仕掛けた。体当たり。躱されても、伸ばした腕で外奪を掴む。
「貴様の思うような筋書きなど壊してやる……それが、せめてもの彼等への償いだ!!」
リンドは降下を試み、外奪は対抗して上昇を試みる。
「分かってないですねぇー」
拮抗しながら、外奪はリンドの髪を掴んだ。その顔を無理やりグイと上げさせ、嫌味な笑みを浮かべる。
「どんなデタラメな筋書きになっても、小生に『失敗』なんて無いんですよ。寧ろデタラメになるほど面白くて、成功らしいっちゃ成功らしいですかね?」
「どういうことだ……!」
「それはですねー、って優しく丁寧に全部教えるとお思いですか? 小生は貴方の先生じゃありませんよ」
「貴様などが教師など、こちらから願い下げだ!」
「はいはい分かった分かった。さぁ、その手を小汚い小生から離しなさい! おっと間違えた、その小汚い手を小生から離しなさい!」
至近距離。リンド一人に標的を絞った呪いが炸裂する。激しい痛みと共に数え切れないほどの状態異常がリンドに襲い掛かった。毒で蝕み技を封じ石にさせ意識を混濁させ音に閉じ込め圧力をかけ腐らせ縛り零度で苛み。
墜落。落ちる。
●ゲーム02
何が何でも、立ち続ける。
これ以上誰も、倒れさせはしない。
その為に朔哉は祈り、そして謳う。
「……Death is swallowed up in victory」
謳うのは生命の賛美、死への勝利宣言。死は勝利に飲み込まれた。死よ、お前の棘はどこにあるのか。死よ、お前の勝利は何処にあるのか。聖女が謳う聖譚曲。彼女に杖など必要ない。その両手が、人々を癒す為にあるのだから。
ノストの体を包む清らかなアウル。たちまち消えてゆく体の痛みに彼はほうっと息を吐いた。
「どうもありがとう、生き返る様な心地だ」
「礼なんかよしてくれ、俺は出来る事をやっただけ」
斧を握り直しながら朔哉は応えた。たとえ伸ばす両手が無くなったとしても、朔哉はその手を誰かの為にと差し伸べるだろう。だからこそ――護りたいと願うからこそ、この戦況に朔哉は唇を噛み締める。誰もが傷を負い、既に4人も倒れた者が居り。
(くそ……どうすれば……)
己の無力を嘆く。我知らず、朔哉は母親から贈られた聖女ルチアのロザリオを握り締めた。
「悩むんなら、敵を斃すしかないぜ!」
直感で朔哉の心情を悟ったマキナが声を張る。そして劣悪な状況に立たされた仲間を鼓舞する様に雄叫び、掌底による一撃をしぶとく耐久してくるディバインナイトに叩き付けた。力強い一撃。全力の一撃。ディバインナイトの体を文字通り『粉砕』する。悲しい声ごと、打ち砕く。
「そうだね。……今は、しがみついてでも戦うしかないよ。他の仲間の為にも、ね」
ノストも静かにそう言うと、リベンジ1号の前に立った。それは撃退士達の攻撃で敵の中ではおそらく最も負傷している。集中攻勢で落としたい。刃を構えた。風の如く駆け、振るう一閃。許さないと呻く顔が切り裂かれる。
「任されたからには、キチンとやらなくちゃね」
応えたケイは既に発砲を終えていた。リベンジ一号の体にまた一つ、銃創ができる。
「あぁ。頑張ろう、まだ負けた訳じゃない!」
頷き、朔哉も詠唱する。その祈りは星となり、ディアボロ達に降り注いだ。星が落ちるその音、の中で。死にたくない、助けてよ、と声が聞こえる。だがそれは偽りだ。耳を貸してはならない。その中身は悪魔なのだから。
「お前に傾けてやる耳は無い。死にたくないのは生憎此方も一緒だから」
あの少女にも父親がいたのだろうか。ふと浮かんだそれは、かつて戦ったヴァニタスとの記憶と共に、今は心の奥底に押し込めた。
飛翔。上昇。
何度落とされても、リンドは翼を顕現し外奪に追い縋る。
「外奪ーーーーーーーッ!!」
こちらを見ろと言わんばかりに咆哮、振るう一撃は命を貪る斬撃。反吐の様な味だ。できればこいつの生命力など我が物にしたくはないが、背に腹は代えられぬ。外奪はあまり打たれ強い方ではないのか、攻撃さえ当たれば確かな傷となった。それに加えて、戦法こそ厄介極まりないがパペットヘルディーラーの直接的な攻撃力・火力がそんなに高くない事も、タイマンを張って尚リンドが戦闘不能に追いやられていない結果になっている。
「しつこいですねー。言ってるでしょ、小生は戦いが得意な方ではないんですってば」
味方支援と敵への嫌がらせ。襤褸の翼を翻してリンドから距離をとりながら、外奪は回復とグッドステータスを自分と仲間にばらまいた。
「無様だな。俺から逃げるのか。俺が怖いか?」
「ひー、弱いものイヂメ反対ですぅ」
「ほざいていろ。何度でも何度でも、俺はお前の邪魔をしてくれる!」
空中チェイス。外奪の逃げ足は速い。開かれる距離。ならば、とリンドは自らの爪を伸ばして外奪に絡みつかせる――実際は幻影だ。足止めと共に撃墜を試みる。
「束縛のきつい男性は嫌われますよ!」
が、それは振り払われる。抵抗の力が強いのか。兎角、この『追いかけっこ』はまだまだ終わりそうに無い。
シールドバッシュ。それによって幾度かリベンジ2号の魔法発動を防いだ英斗。だが『弾切れ』だ。本当に、小細工抜きとなる。
たった一人。相手はヴァニタス級の冥魔の支援を受ける巨大なディアボロ。実質1対2だ。それでも彼は倒れない。その盾は砕けない。その不屈の精神は凄まじい。驚異的ですらあった。
「……眼鏡も俺ぐらい丈夫だといいんだけどな」
敵からの攻撃に割れて歪んだ眼鏡を放り投げる。外奪からの攻撃で認識障害に束縛と、体の自由が利かない上に意識がぐちゃぐちゃして周りが良く見えていない。が、武器を握る感覚だけはハッキリと分かっていた。大丈夫。まだまだ、まだまだ、戦える。
「殺す……壊す……」
向けられる、リベンジ2号の殺意を本能的に英斗は感じた。おそらくいるであろう方向に、武器を構える。
「殺されてたまるか。お前達の好きなようにさせるかっ!」
最後の一発、天翔撃。英斗の必殺技。輝く盾刃はまるで太陽の如く。リベンジ2号が大きくぐらついた。そのまま、恨み言と共に詠唱が聞こえる。それはコメット発動の呪文。
「! ――」
英斗はすぐさま防御の姿勢をとった、刹那。ズドンと重圧と共に降り注ぐは星の嵐。英斗は二本の脚で地面を踏みしめ全力で耐えた。土煙――それが晴れた戦場、薙ぎ倒された木の下に、力尽き倒れたケイの姿が。
それは奇しくも、撃退士達の攻撃にリベンジ1号が倒れた直後であった。
ノストは奥歯を噛み締める。
「これ以上は危険だ。皆、……撤退しよう」
苦渋の決断だと分かっている。この戦いは自分達だけの問題じゃない事も分かっている。けれど、これ以上戦えば。減った戦力を一気に食い千切られてしまうならば。
彼の提案に異を唱える者はいなかった。倒れた仲間を抱え上げ、救出班から受け取ったヒヒイロカネを茂みの中に放り隠し、後退する。リンドは最後に忌々しげに舌打ちをすると、仲間へと合流した。
「殿は俺が。皆、急げ!」
最後尾に朔哉が立った。片刃斧イプシロンを構え、あくまでの皆の盾となる。
しかし撤退する撃退士を外奪達が追う事はなかった。「お達者で」とせせら笑う外奪達の目的はその撃退士ではなく――別の撃退士、なのだから。
「くそ……」
英斗は拳を握り締める。血が滲むほどに。護れなかった。救えなかった。負けてしまった。その事実が、重く、辛く、苦しく、撃退士達に降りかかる。朔哉も唇を噛み締めて俯いた。嗚咽を噛み殺した。リンドも己への、そして悪魔への怒りに肩を震わせる。
「くそったれぇええーーーーーーーッッ!!!」
彼等の気持ちを代弁するかの如く、英斗は空に叫んだ。咽が張り裂けんほどに。
●ゲーム03
奇襲に遭った救出班は、死者こそ出なかったものの被害が出た。そして、救う筈だった数多の人々の命も……護れなかった。
されど誰が、撃退士を責められよう?
憎むべきは。悪と断ずるべきは。誰かに罪があるとするならば。
かの悪魔、なのだろう。
日が落ちる――血の様な夕紅の色をして。
『了』