●転移の蒼のその向こう
空の蒼は何処にでもある色、一見して平和なそれにしか見えないのだけれど。
「初戦闘が一般人相手とは。複雑だな」
日の光に慣らす様に目を細め、凪澤 小紅(
ja0266)が小さく呟く。悪魔に魔法をかけられた一般人、それが今回の自分達の相手。
「一般の方に、何と小癪なことを……。 とても赦せるものではありません」
悪魔を今すぐにでもシメて差し上げたいものです。凛とした表情に怒りを滲ませ、車椅子に座した御幸浜 霧(
ja0751)が足の上で拳を固めた。仁義を尊ぶ大和撫子にとっては許し難い出来事。
「彼の為にも出来るだけ早く助けてあげたいですね……」
憂いを含んだ声音、鳳 幸村(
ja4953)は浅く眉根を寄せる。守るべき対象に攻撃せねばならぬかもしれない、それが辛い。
「これまた厄介な依頼だな」
佐藤 としお(
ja2489)も顎に手を添えフムと息を吐く。成程、ちょいっとばかし小難しいかもと教師が言った事に嘘は無い。
しかし最中に牧野 穂鳥(
ja2029)は鋭い目付きを凛然と。
「覚めない悪夢も祓うのが、私たちの務めでしょう」
生まれ持った目付きもあって些か無愛想に見えるかもしれないが――内心では。少しでも早く、彼に心と体に休息を与えてあげたい。けれども無闇に同情して隙を見せるつもりはない。少しでも自分に出来る事を。
各々が気を引き締める。真っ白なシスター服を身に纏ったレギス・アルバトレ(
ja2302)もその空気を共有するかの様に一つ深呼吸して、言い放った。
「さて、行くか。……哀れな男を助けに」
犠牲者を出さない為にも。増やさない為にも。
●それぞれに
手筈通り二人四組に分かれて作戦開始。
『凶器を持った不審者が徘徊しています。 危険が予想されますので安全が確保される迄、外出はしないでください。 また、外にいる方は落ち着いて速やかに近隣の建物へ避難してください』
昼下がりの町に流れる注意はとしおが役所へ流すよう頼んだ広報。これで町の人々の危険性は少しでも下がるだろう、としおはその足で警察署へ赴き撃退士であるという立場を活かして情報提供を願い出る。
不審者の目撃情報。それは総じてひと気の無い場所――やはり何処かに潜んでいるのか。
「ありがとうございました!」
協力してくれた警察官へキッチリ頭を下げる。それから職務質問等する時は油断しない様注意を促せば、署の外にて聞き込み調査を行っていた幸村へ片手を上げた。
「お疲れ様です! どうでした幸村さん?」
「ハッキリしたものは……。そちらは?」
「うーむ。やはり、路地裏とかひと気の無い所での目撃がチラホラあるみたいで」
そうですか、と幸村は頷く。しかし与えられた時間は長い、それに何処かに隠れているのなら一般人に被害が及ぶ可能性は低いだろうから後回し。一先ず手筈通り周辺住民の為にも予め決めておいた目標点へと歩き出した。
住民へ避難を促す事も忘れず捜索を進める。下校時間で無いのが幸いか。貴斗の友人に訊ねたのだが、生憎ここは彼らが住んでいる町では無く目ぼしい個所は分からなかったが――まぁ問題は無い。北東、北西、南東、南西に分かれて真ん中へ向かう様に進んで行く。
「よろしくお願い致します」
「こちらこそ、宜しく頼む」
そう挨拶し合ってから少しの時間が流れた。車椅子を漕ぐ霧の傍をユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)は歩く。ポケットで震えるメール着信。開いて見遣れば仲間達の捜索状況。
「まだ見つかってないみたいだな」
「そうですか……あ、そこのお方」
霧が呼びかけたのは井戸端会議の主婦達、先ずは自分達が撃退士であると説明し。
「凶器を持った不審者が徘徊していますので、落ち着いて速やかに近隣の建物へ避難して下さい」
不審者の噂に広報、顔を見合わせた彼女等は「気を付けてね」と撃退士に言い残し退散して行く。順調だ、今の所は。
「目だけが頼りですね……」
去って行く一般人を見守り、霧はフゥと息を吐いた。そうだな、とユリウスは応える。口には出さないが、この車椅子に座した少女も依頼中守り抜こうと決心して。
撃退士の行動のお陰か、町のひと気はとても少ない。
「静かなものですね」
印を付けた地図を手に、小紅は同班のレギスへ言う。
「そうだな……。このまま上手くいくと良いんだが」
答えながら脳内で情報再生。それを統合し、思う。やはり貴斗はひと気の少ない所に潜んでいるのだろうか。
再度聞こえてくるのは例の広報。街はどんどん静まり返る。臨時休業の張り紙、ガランドウの商店街。
「……、」
脳味噌に叩き込んだ街の地図、穂鳥は鋭い第六感を頼りに辺りを見渡していた。
「どんなもんだ?」
彼女の集中を邪魔しない程度の声量で宇野 巽(
ja3601)が訊ねる。黒緑の髪を揺らしてはいと頷く。
「何だか……この路地裏が気になります」
指で示したのは薄暗い狭い路地裏。ならば探してみようと巽が一歩踏み出しかけた――その時!
「うわぁあああああっ!?」
「バ、バカヤロォッこっち来んじゃねぇえ!」
けたたましい声、ひっくり返った声、慌てた声、駆けてくる幾つもの足音。
それはどこかチャラついた青年達だった。蒼褪めた顔。恐らく路地裏で屯していたのだろうが――異様。恐怖。或いは額から血を流して。
「死ねよ化物おっ死ねッ死ねッこここ殺してやるーーーッ!!」
斯くして、彼らの背後。路地の闇の中から、焦点の定まらぬ血走った目をした男。バールを振り回して気が動転した声。
間違い無い。貴斗だ。
「おい危ねーぞ、どっか避難しとけ!!」
巽は真っ先に足を縺れさせ怯え逃げる一般人と貴斗との間に入り声を張り上げ、更にスクロールを開いた穂鳥が貴斗の目の前に立ちはだかった。一般人に被害を出させない。強い意識。彼の目に映る自分はきっと悍ましい化物なのだろう――「ぎゃああああ」と絶叫しながら振るわれたバールに頬が裂けた。白磁の頬を伝う赤、されど彼女は一歩も退かず、怖じけず。
「今、救います!」
放つ魔弾は再度下ろされた凶器を弾き、軌道を逸らさせて一歩飛び退いた。見渡す。あの青年らは逃げたか、一安心だ。
さて、そうと決まれば公園に誘導せねばならぬのだが……
「っ……ちょっと、駄目かもしれません」
誘導すべく後ずされば、貴斗まで後ずさる。恐怖の顔。震えている。悍ましいものから逃げたいのだ、恐ろしいのだ、彼は。そんな対象を追い掛ける勇気は彼に無い。怖い。怖い。
致し方ない。撃退士は歯噛みする。誘導は不可能か、それどころか下手をしたらこのまま逃がしてしまう。
「こちら四班。舟橋見っけたんだが……作戦変更。すぐにR地点にまで来てくれ。俺と牧野さんで食い止めとく」
以上、と携帯電話を仕舞い――巽は黒の神秘をその身に纏う。ナーガと呼ぶその姿。
「ナーガ参上! 往くぜぇえっ」
大きく踏み込み間合いを詰め、思い切り動作を付けて大振りに蹴り上げる。貴斗が躱し易い様に。回避方向を制限する為に。
「支援します、頑張りましょう……!」
「おう、頑張ろうぜっ」
魔弾と蹴撃が、閃く。
●善は急げ
「こちら一班、TからRに全力移動中、頑張ってくれ」
駆ける、駆ける。小紅の赤いリボンとレギスの白いシスター服が空を切る。
「事態は急を要するようだ。御幸浜殿、すまないが少々不便をかける事になりそうだが……」
携帯電話を仕舞い込んだユリウスが振り返った先、そこには纏った神秘の加護で立ち上がった霧の姿が。
「さぁ、参りましょう」
「見えてきましたよ幸村さん!」
息を弾ませ駆けながら、としおが彼方を指差した。穂鳥が放った魔弾を防ぎ、巽へバールを振るう貴斗。
「守ると決めたのに、こうして一般の人と戦うなんて皮肉なものです、ね!」
グンと速度を上げて、一気に踏み込んで。幸村は振り下ろされたバールをショートスピアで受け止めた。鈍い音。堅い物同士が力の儘にぶつかりあった音。衝撃。飛び退く。直後にとしおがその足元へ放ったゴム銃弾が貴斗の追撃を許さない。
「う、うわ……!」
貴斗の目に映るのは、世にも不気味な生物達が『殺してやる喰ってやる八つ裂きにしてやる』と気持ちの悪い声で呻きながら迫りくる姿。取り囲む様に。逃げられない。殺される。殺される?嫌だ。後退る。背後には狭い路地。
瞬間、身を翻して路地の中へ逃げ込もうとして――路地裏から現れ真正面、立ち塞がる人影が目の前に。
「主よ、貴方の加護が私に在りますように」
純白の修道服を赤黒い神秘が染め上げた。
搗ち合う視線、その瞬間にはレギスの拳が貴斗の腹にめり込んで居て。
「俺が男に容赦などすると思ったかボケええ!!」
荒々しく言葉を吐くや、修羅が如く力尽くで投げ飛ばす!
「ぐッ――退けよ、この化物がァアアアッ」
素早く立ち上がった貴斗がレギスへバールを振り上げる。速い。だが。
「そちらをやらせはせん、君の相手は私だよ」
駆け付け、割り入ったユリウスの盾が強烈に振り下ろされた暴力を受け止める。重い、が、真っ向から受け止めきって押し返した。
「穂鳥さんは右足を!」
「了解、です……!」
狙うゴム弾、スクロール。としおと穂鳥が息を合わせて放ったそれらは寸分違わず貴斗の足に命中し、蹌踉めきかけた彼のバランスを更に崩した。
「そこだ!」
その隙を小紅は見逃さない。放たれた矢の如く鋭く飛び出すや振るうのは両手の刃、その手を浅く切り裂いた。狙うは無力化、胴体を狙わず深く傷付ける様な事はせず。視線が合った。矢張りかなり怯えている。振り回される力任せの猛攻を両手の剣を往なし防ぎ――力や一撃の重みでは彼が上か。ならばこちらは数と速さで迎え撃とう。
「――光あれ」
レギスが中空に翳す掌。赤黒い光は柔らかな輝きを以て飛び退いた小紅の傷を癒した。ありがとうございますと簡潔に述べ、集中を研ぎ澄ませる。
一方で、同じくユリウスと共に駆け付けた霧の傷癒術が巽の傷を優しく拭い去った。次は穂鳥だ――一番長く、それも二人だけで戦っていた為に傷が多い。ならばそれを癒すのが自分の、星の先導者(アストラルヴァンガード)の役目。霧は呪術杖を掲げて祝詞を唱えた。癒しの光。祝福の輝き。満ち溢れて力を与える奇跡の力。
響く堅い音、幸村の槍を振り払った直後の追撃をユリウスは辛うじて構えた盾で受け止めて。
「くっ……手加減している余裕は無いが、手加減しなければならない、か……」
狙うのは貴斗の体力消耗。がん、がん、と連続で打ち下ろされる衝撃に耐えながら――しかし耐える事で救えるならば。幾らでも、何撃でも、この盾で受け止めて耐えてみせよう。
出来る限り傷つけたくない。そう思う幸村は間合いを取って隙を窺う。初陣。無茶はせず、慎重に。
貴斗はかなり消耗しているようだ。相手の動きをよく見ていた穂鳥は変化を見逃さない。視線を遣るのは巽、ヒーローの青年は頷きと共に強く地を蹴る。
「凪澤!」
「はい!」
刹那に飛び出だし、小紅にアイコンタクト――俺が隙を作る。頷く少女は凛と緋色のリボンを靡かせ。
「往くぞッ」
巽が壁を蹴り上げ飛び上がる。空中で一回転の後、急降下の鋭い蹴り。態と間を開けて躱し易い様に――躱した。思惑通り飛び退いて。そして彼の意識が逸れたその瞬間だった。小紅が振るった刃の切っ先が二閃、貴斗の腕に赤を刻む。
「うっ……」
痛みの声、顰める顔、緩む手の力。それを見抜き、幸村が大きく踏み込んだ。放つ回し蹴りは傷付ける為では無く、その凶器を貴斗の手から叩き落とすべく。衝撃、斯くしてバールは中空へ――それは霧が受け止めて。
「危ない物は、没収です」
もっと向こうへ投げ捨てる。カランと響く音。
自棄になって逃走を試みるその脚は穂鳥の魔弾が穿ち留めた。その同時にレギスが足払いを繰り出し、ユリウスが盾で思い切り圧し遣って。
踏鞴を踏み後方へ蹌踉めく貴斗の背にどんとぶつかったのは――としお。
「ごめんなさいっ!」
ギュッ、と。
決めるのは裸締め。
「…… !」
撃退士との戦闘によって力をほぼ使い果たした貴斗に、それから逃れる余力は既に無く。
彼の身体からガクンと力が抜けるまでに多くの時間はかからなかった。
●夕日がそろそろ
「こんなもんでいいかな」
「良いと思います」
一先ずジャージで貴斗の手足を縛り上げ、としおはふぅと息を吐いた。彼の力なら直ぐ引き千切られてしまうかもしれないが、無いよりマシだろう。それに今は無力化に成功しぐったりと気絶している。
その様子から穂鳥はじっと目を離さない。引き渡すまで気は抜けない。不穏な動きがあれば周りに注意を呼びかける心積もり。
としおは彼に事情を訊いてみようかと思ったが、この様子じゃ訊けなさそうだ。巽が施して行く応急処置を見守りながら。
「一安心……ですね」
霧はフゥと息を吐いて光纏を解除した――両足から抜ける力、あ、そうだ車椅子は捨て置いてしまったんだっけ。なんて、そう思った彼女を負ぶったのはユリウス。
「確か、あっちだったよな。車椅子」
「はい。ご迷惑をおかけしますね、ありがとうございます」
「主よ、どうか彼に慈悲をお与え下さいませ」
レギスは祈る。彼の為。
その時、仲間から先生に連絡をして欲しいと頼まれて。ボタンを押した携帯電話を耳にあてる。
「あ、先生。任務、終わりました」
『おぅそうか! それじゃ後は他の奴に任せとけ、お疲れさん』
それから、と電話の向こうの教師は言う。
『頑張ったな、偉いぞォ! ……さ、日が暮れる前に帰っておいで。いっぱいナデナデしてやろう』
「……はい」
その言葉が、素直に嬉しかった。
『了』