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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:11人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/12


みんなの思い出



オープニング

●いつもの夜
 痛い。痛い。傷が痛い。魘されている。痛い。苦しい。咳き込んだ。血が混じる。ケダモノの様に這い蹲って。のたうって。痛い。くそ。くそ。畜生。天魔共め。くそ。痛い。苦しいよ、苦しい、苦しい。そうして咽から掠れた声を出して、伸ばした手で薬を掴んで、ざらざらと水もなく腹の底へ放り込むのだ。俺の身体は長くは持たない。酷使に酷使を続けてきたこの身体は。不気味に傷が刻まれたこの身体は。限界を超えて戦い続けてきたこの身体は。満足に戦う事も。痛い。傷が。どうして。全部。天魔共の所為だ。あいつらが全部奪ったんだ。奪わないと殺される。嗚呼。痛い。痛い。
「なのに、どうして天魔を愛しているの」
 誰だ。幻聴だ。恋人だった。腹を抉られハラワタを食われ首を刎ねられ無残に死んだ恋人だ。仲間だった。大切な。大事な。
「天魔は皆殺しにするって約束したじゃない」
「うるせぇよ 死人が喋るな」
 蒼褪めた顔、脂汗の身体、肺から頼りない空気を漏らし、血走る目で睨め付ける。死んだ女。死んだ筈の女。俺の妄想。
「私は天魔に殺されて、貴方もボロボロにされて。悔しくないの? 哀しくないの?」
「悔しくない訳ないだろ、哀しくない訳ないだろ」
「全部天魔が悪いんだ」
「全部の天魔は悪くない」
「天魔なんて信用ならない」
「信用しないと信用されねぇぜ」
「逃げてるだけでしょ、戦えないから」
「武器を握らずとも戦う方法なんて幾らでもある」
「どうして天魔なんかと一緒に居るの」
「天魔だろうが何だろうが俺の生徒は俺の生徒だ」
「それで……この問答を繰り返して、貴方は救われるの?」
「――黙れ。死人が喋るな」
 ズキッと痛む左頬の傷を押さえ。そうして今日も眠れない。
 嗚呼、また、目の下のクマが酷くなる。

●スクールのルーム
「よう諸君、今日の案件はまぁ随分とゴキゲンで最低だぜ」
 教室に入った生徒一同を迎えたのは、苦い色を表情に浮かべた棄棄だった。
「天魔を憎いと思う人間っつーのはまぁ……そこかしこに居る。家族や恋人や故郷を奪われた奴だって居るんだ。諸君の中にもいるかもしれない。
 そんな奴等で構成されたフリーの撃退士組織『劈く灰』ってのがあってだな。奴等は『天魔鏖殺』を掲げ、あらゆる天魔を『敵』として討伐対象としている。そう、『あらゆる天魔』を」
 嫌な予感。「想像の通りだ」と棄棄は言う。
 久遠ヶ原学園生徒である『天魔』が、彼等に襲われたのだ。
「件の生徒諸君は下級冥魔の討伐任務に赴いていてな。任務達成の連絡がきての直後だ――まだ音信不通になって間もない。急ぎたまえ。学友を救うのだ。彼等を救えるのは諸君しかいない。
 相手は戦闘集団故に、場合によっては危険な状況となるだろう。相応に報酬も出るが、気をつけたまえよ」
 そこで一息、棄棄は天井を仰ぐ。
「俺だって天魔は嫌いさ。憎いともさ」
 だが。視線を戻した彼は笑みを浮かべて、生徒達を見詰めたのだ。
「俺の生徒は、等しく生徒だ。人間だろうと天魔だろうと何だろうと、俺の生徒は大事な大事な生徒なんだ。命よりもな。
 ……よろしく頼んだぞ、我が愛しの生徒諸君よ!」

●ハコ
「まぁ正義論はおいといて……だってオイラぁ君らと議論しに来たんじゃないもん。殺しに来たんだよ。分かり合えるってのがホントなら今頃こんなんなってないし。仕方ないんだよ。オイラ達と君らは違う。違うから戦う。否定する奴はぶっ殺す。多分そんな感じだよね。別に正義を気取る訳でも、悪を名乗るつもりもないからね? やりたい事をやる。やりたいからやる。世の中、まぁ、大体、そんな感じですわ」


リプレイ本文

●サービスデイ
 時間は無い。状況は正しくそれであった。
 急がねばならない。おそらく、時間のかかる事前準備、裏口や窓を探す、二階に回り込む等の行為を行っていれば、辿りついた頃にはもう『任務失敗』が決していたかもしれない。
 撃退士の行動は極めて迅速だった。やはり阻霊符は展開されている。故に正面の入り口よりの突入。状況確認。疎らに倒れた久遠ヶ原の天魔生徒。数は5。その内の一人に片足を置いて、手にした大鎌でその首を刈り取らんとしているのは――撃退士集団『劈く灰』の筆頭、ハコイリだった。

 ――させない。

 黒髪を靡かせて駆けたのは小埜原鈴音(jb6898)だった。強引に割って入る。構えた銀剣とハコイリの鎌がぶつかり合う。ぐんっと押されたが辛うじて食い止めた。
「んお。アウル覚醒者……久遠ヶ原学園の子かな?」
 徐々に鈴音を押しながら、ハコの中から男が問うた。平然とした様子なのに、鈴音を押し遣るプレッシャーは錨の様に重い――奥歯を噛み締め踏ん張りながら、全力でその鎌を受け止めながら、それでも尚『押されている』という事実にある種の戦慄を覚えながら、鈴音は搾り出す様に「その通りです」と答えてみせる。
 ふぅん。ハコイリはそれだけ答え、純然な力技で鈴音を弾き飛ばした。だがその間に倒れていた天魔生徒を抱え、跳び下がったのは青空・アルベール(ja0732)。突然の来訪者に警戒の目を向けてくる『撃退士』に、キッと力強く視線を返した。
「学友が酷い目に遭わされたらしいので助けに来た。当然だな」
「学友? ふーむ……」
 続々とやって来た久遠ヶ原の面々を見渡し、ハコイリが鎌を肩に担いだ。どうやら彼等は『地面に転がっている天魔共』を愚かしくも助けるつもりらしい。させるものか。組織員達が一歩、倒れた天魔生徒への道を塞ぐ様に立ちはだかる。
「久遠ヶ原学園。オイラぁ立派だと思うよ。撃退士養成機関。素晴らしい。人類の勝利も現実味を帯びるってもんさ。いいと思う。だがなぁ……一個だけどうも理解出来ないのさ。なぁ〜んで天魔殺す機関に天魔がいるのさ? おかしくね? ばかなのしぬの?」
「敵ならころさなきゃいけないけど、仲間だったらたすけなきゃいけないんだよ。そんなこともわからないなんて……ばかだね、まぬけだね、しぬの!?」
 言い返したのはエルレーン・バルハザード(ja0889)だった。ただしその姿は蝙蝠羽に角を生やした巨乳の悪魔女子であったが。悪魔だ――一気に劈く灰の面々が目に敵意を燃やす。それに対しエルレーンは我を見よ我のみを見よ声を張って、地を蹴って。
「仲間をかえしてくださいなの!」
「断る」
 答えたのは劈く灰の後衛にて銃を構える軍人然とした男、フジタニだった。言葉が終わる頃には発砲音。鋭い弾丸は青空が抱えている天魔生徒の頭蓋を真っ直ぐ狙っていて――されどそれを阻む盾一つ。
「俺達が……必ず助ける!」
 白銀の盾、玄武牙<ブラックトータスファング>を構えた若杉 英斗(ja4230)である。仲間は死守する。この盾で。この力で。
 更にフジタニの視界を遮る様に立ち現れる影一つ。混沌の光を纏い、龍の翼を広げたリンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)。
「よく見ろ、貴様らの潰すべき敵は此処にいる」
「……悪魔か。貴様等は我々の邪魔をするのが趣味のようだな。良い趣味だ」
 静かな目には敵意のみ。その目に、何と弁明しようか。リンドは思う。否、出来ようものかと。
「……。……だが、俺達とて……いや、」
 言いかけて、言葉を、飲み込んで。噛み締めた奥歯。自身の鱗を素材とした大剣を構える。持ち主と共に帯びるその光はまるで、紅蓮の熱を纏う灼炎の様で。
「敵だ。少なくとも貴様らは、俺の敵でしかない」
「そうか」
 タァン。銃声。リンドの翼に穴が開く。表情を変えない撃退士<天魔を狩る者>が、冷たい目をして天魔<エモノ>に言い放った。「なら死ね」と、簡潔に。
「まぁ、言いたいことはわかるし、主義主張も理解できるが……んな俺は事どうでもいい。ダチに手ぇ出したんだ、覚悟してもらうぜ」
「君だって私達に手を出したね。覚悟して貰うよ」
 間合いを詰める向坂 玲治(ja6214)に、両手のナイフを構えて相対するのは黒いセーラー服の少女ヤシロ。オーラを纏う彼の頭上目掛けて逆十字を叩き落す。玲治は咄嗟に盾で防御姿勢をとるも、重い一撃はタダでは済ませない。どろっと額から血が伝う感覚。くらっと回りかけた視界を、首を振って追い払い。強い。成程『幹部級』との事前情報通り。だが。彼は不敵に笑う。
「上等だ、来い」
「簡単に倒せるとか思わないでね? 私、戦いには自身があるの」
 交差。 
 もう一人の幹部級、大盾を構えた老婆アンジェの前に立ちはだかったのは橋場 アトリアーナ(ja1403)だった。
「……語るべき事はないの。容赦はしませんの」
「あたし達は天魔を倒す『撃退士』でしょう……? 不毛じゃないかしらねぇ、あたし達が争いあうのは」
 にこやかに微笑んだ老婆はされど、その見た目とは裏腹に要塞の如く揺らがぬ立ち居でアトリアーナを見詰めている。直感。歴戦。強敵。おそらく幹部級の中で一番。されど。少女は黙したまま身構える。
 相手は天魔を殺したくて、こちらはそれを助けたい。
 ならば、言葉など不要。
「……全力をもって対応しますの」
 言い放ち、その右手にアウルを凝縮させてゆく。刹那。残像をも生み出す速度でアンジェへと踏み込むと力の限り一徹。雪の如く白く輝くその技の名は白拳 雪花<オーラナックス・ユキバナ>、網膜を焼き切らんほどに迸る白。
 だが。
「……!」
 びりびりびり。拳に伝わってきたのは重い、重い、堅い。盾だ。分厚い盾。それがアトリアーナの拳を真正面から受け止めたのだ。
「勿体無いねぇ……うちに来れば歓迎するわよ?」
 盾で拳を跳ね上げるアンジェ。一旦間合いを取るアトリアーナ。互いに隙はない。死角を取るなど相当厳しいだろう。
 だがアンジェの行動を封じるのが己が役目だ。銀髪の少女は臆さない。たとえ臆したとしても、それを見せる事は決してないだろう。
「……そこで、大人しくしてるのですの」
 当たるまで、効果があるまで何度でも。この拳が潰れようと。老婆は微笑む。唱えた呪文。展開された魔方陣。そこから降り注ぐ流星は――後衛の久遠ヶ原撃退士達を狙っていて。
「うぅっ……!」
 押し潰す様な攻撃に矢野 胡桃(ja2617)が喉の奥で呻く。痛い。けれど踏ん張り、重くなった腕で開邪と名付けた桃黒の銃を構えた。天魔より何より、自分は……

 違う。だいじょぶ。やれる。出来る。

「私は、敵を薙ぐ剣」
 構えた銃。大丈夫だと繰り返し。狙うのはこちらに銃口を向けてくる劈く灰の組織員。引き金を引いた。
 久遠ヶ原撃退士の目的が『天魔生徒の奪取』であることを理解した劈く灰はそれを阻む様に仕掛けてくる。
「……それにしても劈く灰とかちょっとカッコいいじゃない。ちょっと誰よこのネーミング考えた人! 私にもそのセンス下さいお願いします!」
 大きな声で言い放ったのはフレイヤ(ja0715)だった。「オイラだけど」とちょっと照れながらハコイリが手を上げる。なんだこの空間。ああ、いや、今はそうじゃなくて。
「私は『黄昏の魔女』フレイヤ。いずれ訪れるであろう世界の終焉を食い止めるため降臨した女神の生まれ変わり――黄昏時は、私の時間よ」
 彼等の視線を集めるように、魔女は凛然と言い放つ。纏う青紫は揺らめく焔か、はたまた舞い散る美しき薔薇か。先程アンジェのコメットを食らって傷を負ったのにそれすら感じさせぬ振る舞い。妖艶な微笑。
 何が正しくて、何が悪いのか。
 そんなの私にだって分からない。
 それでも、貫き通したい意思があるから……だから!
「さぁ――相手してあげるわ!」
 詠唱。展開する魔方陣。組織員を狙って炸裂させるのは蒼い焔。蒼い花弁。それはまるで蒼い薔薇が咲き誇るが如く。
 誰しもが武器を手に。
 赤き光の蛇が絡み付く施条銃を手にし、ギィネシアヌ(ja5565)はハコイリと相対する。
「アンタが頭か、成程いいセンスの━━━ファンションだな。余程見られたくないもんでも詰まってんのかね」
「お前さんも撃退士なら……身近にも居ないかい? 顔にすげえ傷痕のある奴。身体が欠けた奴。全身ボロボロの奴」
 まぁよくある話の一つでして――言った瞬間にはもう、ハコイリはギィネシアヌとの間合いを詰めていた。神速の一閃。少女射手は反射的に銃を向けた。紅弾:財宝之守<クリムゾンバレットタイプクエレブレ>。有翼の大蛇が至近距離に迫っていた鎌に喰らい付く。間一髪。されどザクリ。ギィネシアヌは顔を顰める。出血。激痛。飛び退いて間合いを取りながら、次弾装填。
「心海より来たれ、蛇の王! 虚栄を誇れ傲慢たれ……紅弾:世界蛇<クリムゾンバレットタイプイオルムンガンドル>」
 今度はギィネシアヌの攻撃手番。シールドを展開したハコイリとその後方の組織員へ牙を剥いたのは、王冠を頂いた巨大な蛇だった。全てを飲みつくさんと荒れ狂うそれは巨躯への憧れにして、『手に入らぬなら砕いてしまえ』という少女の傲慢。轟音。
「言葉を行動に移した時点で、貴様らは俺の敵となったのである。敵は例外なく泣かす。枕を涙で濡らすがいい」
「たった一人でオイラに挑もうと思った勇気はスゲェと思うよ、うん」
 暴力に応えるのは暴力。仕返し。報復。永遠に巡る。
「極論へ嵌り、憎悪に染まり理性を失った人を狂人と呼ぶのですよ」
「ハコイリは言った。狂人にも愚者にも矜持があると」
 仲間を救わんと戦場を駆けるリディア・バックフィード(jb7300)へ、剣を振り下ろす組織員が答えた。その行く手を阻むように。リディアの頬に一閃の赤。血が伝う。それでも表情を変えない彼女は凛とした声で言い放つ。
「天魔を憎悪する気持ちは解かります。様々なモノを失う原因になったのは事実でしょう。それでも戦う目的が復讐による殺戮ではいけない。殺戮以外の道はないのですか?」
「とか言う君達だって、今まで沢山の天魔を殺戮してきたんだろう? 説得力ゼロだよ?」
「人が人として存在して戦う理由は……他者を思い遣る心でなければなりません」
「思い遣ってるよ。天魔が全部死んだら平和になるだろ、そしたらもう天魔事件も戦いもなくなって皆幸せになれるだろ?」
 言葉と共に再び踏み込んでくる。止むを得ない。リディアの周囲に漂う金色の頁が一層光を帯びた。
「撃退士の力は他者を殺める為ではないです!」
 向ける指先。迸る電撃。その閃光で意識を刈り取り、その横をすり抜け、リディアは倒れていた天魔生徒を一人、抱え上げる。
「私は救助者です。意識があったらしっかり捕まって下さい」
 すまない、と仲間の声。構わないと少女は応え、ビルの外を目指し駆ける。当然ながら天魔逃がさずと劈く灰からの攻撃が飛んでくる。だがそれを、リディアは仲間に一つも当てなかった。その身すらも、盾にして。
「っ! 大丈夫です。この程度では倒れません……」
 片手で向ける銃。牽制射撃。救う為に暴力。駆ける。戦闘音楽。最中にリディアは呟くのだった。抱えた天魔の仲間に向けて。ごめんなさい、と。
「何故撃退士のクセに天魔を救う!?」
「天魔? 人間? 彼らは私たちの同胞なのだよ!」
 下がるリディアを支援すべく、青空は敵を睨め付ける。狼瞳。動くな。淡い蒼の双眸は本能を震えさせる狼の如く。そのまま、青空は言葉を続けた。
「憎い相手と共に生きるって痛いよな。でも過去を信用することは出来なくても、未来を信頼は出来る。それは懸ける価値のある未来だと思うのだ。
 ……君達はそれをはなから放棄しただけじゃねーかよ!」
「悪いね。オイラは『人類の勝利』っつー未来に命懸けてるんだわ」
 一蹴したのはハコイリだった。言葉で士気など揺るがせない。怒りに我など忘れない。それが劈く灰だと言わんばかり。「そうだろお前ら?」リーダーの声に、応と答える面々は一層のプレッシャーを以て『天魔を殺す為』に襲い掛かる――

●咎と咎
 鈴音は一瞬、違和感を感じた。どうして私は自分と同じ人間と戦わねばならないのだろう。けれど、覚悟を決めるのは早かった。
「同じ人間を手にかけるのは忍びないけど。……ごめんなさい、手加減はできない。それが私の戦いだから」
「奇遇だね。私も加減なんかしてあげないよ」
 言いつ、ヤシロが全てを凍てつかせる気を発する。自分に刃向かう者を眠りに落とす。鈴音にも強烈な睡魔が襲い掛かるが、それを何とか振り払い。魔の冷気に凍りつく指先で剣を構える。
「避けられない戦いなら、せめて全力で戦いましょう。そのほうが、お互い生きても死んでも何かが残るでしょう?」
 ヤシロを狙えば、組織員は狙えない。あっちに行けば、こっちに行けない。鈴音の身体は一つだ。あれもこれも同時には出来ない。一度に出来る事は、一つ。
 玲治は再度オーラを立ち上らせつ、ヤシロに相対する。
「お前たちが辛いのはよくわかる」
「そういうの要らないから。何しに来たの?」
「手厳しいな……ま、早速で悪いが、しばらく昼寝してもらうぜ」
 言葉と共に踏み込んだ。少女の腹目掛け、鋭く突き出すのは大きく振り被った掌底の一撃。手応え。ヤシロの呻き声と吐いた血と。同時、少女も彼の顔面を手で掴み。捕まえた。笑って。グローリアカエル。必殺技。ずどん。それは壮絶な削り合い。
 一方で、エルレーンとアトリアーナ。攻勢を唸らせ、防衛を翳すアンジェへ挑み続ける。
「確かに私たちはもともと人間を狩っていた……でもっ、くいあらためた者まで、どうしてころす必要があるの!? 私たちが、あなたたちのかたきじゃないはず……そんなの、やつあたりだよっ!」
「貴方、綺麗な花であれば有害な毒を撒き散らすものでも放置しておくのかしら。それに貴方は人間でしょう?」
 審判の鎖の効果がなかったエルレーンへアンジェは言う。エルレーンを初め注目効果の技を使う者は居るが、『統率の取れた集団』相手には些か効果が薄いようだ。そして易々と挑発に乗るような三下集団でもなければ、下級天魔の様にケダモノ同然の知性を持った者でもない。
 二人の猛攻に確かにアンジェは無傷ではないが、その耐久は凄まじい。あの手この手で防ぎ、耐え、対抗し、傷を癒し。攻撃ではなく防御――そして実力者であるこの少女撃退士達を引き付け少しでも足止めする事に重きを置いている故に尚更だ。
 だからこそ少しでも早く倒さねばならない。エルレーンはアウルを練り上げる。
「とんでけ! 私のかぁいい┌(┌ ^o^)┐ちゃんたちーッ!」
 名状し難き一撃。冥の影響を受けたそれはアンジェにとっては厄介な一打となる。立て続けに踏み込んで攻撃態勢に入ったのはアトリアーナだ。
 死した悪魔の義妹を思い出す。その思い出が蘇るほど、募るは敵への不快感。態と殺すつもりはないけれど、戦闘の結果彼等が死んでも仕方がない。
「……斃す、ですの」
 徹光弾。両肩前に展開された魔方陣より撃ち出すのは真っ白い弾丸の雨霰。防壁で防いだものの、アンジェの目は真剣。やるわねぇ、と。そのまま老婆が撃つのは命中精度を突き詰めたアウルの矢。
 撃退士が範囲攻撃で周りの敵を巻き込もうとするように、劈く灰も同様に範囲攻撃を行ってくる。勿論、積極的に天魔を狙って、だ。劈く灰にとって久遠ヶ原撃退士を丁寧に相手取る理由など本来はない。天魔を殺せればそれでいい。
 フジタニが放つバレットストーム。それに抗い、羽ばたいたのは二枚の翼。玲治と英斗の庇護の翼。
「お前達の攻撃は、絶対に届かせない!」
 穿たれる痛み。弾丸が掠めて弾かれ落ちた眼鏡。身を張って、英斗は仲間を護り続ける。或いは立ち塞がる。阿修羅の組織員が繰り出した鬼神一閃は、白銀を纏う心技体の守の奥義――柳風によって受け流し。生んだ隙は逃がさない。間合いを詰める。
「燃えろ、俺のアウル――吹き飛べッ!」
 盾剣に込める超濃縮アウル。天翔撃。それは目も眩む様な銀の光を放ち、一閃に薙げば組織員を完膚無きまでに叩き潰す。
 青空も、リディアも、懸命に救助に励む。邪魔する者へは攻撃を繰り出し、降り来る攻撃には対抗し。勿論無傷という訳にはいかない。華美なドレスを翻し、その肌を血に染めて、痛みは奥歯で噛み砕き、リディアは詠唱と共に掌を翳す。障壁展開、諦めない事を諦めない。
「皆一緒に帰るのだ……!」
 天に掲げた銃の名は『Dhampir』。狂気的な完成度を誇る血啜りの魔銃で、放つ弾丸の名は『薬降る』。癒しの光が雨の如く、仲間に優しく降り注ぐ。倒れさせるものかとヒーロー志願者の想いを乗せて。
 されど。
「まだやるかい」
 手傷を負いながらも。フジタニの冷たい視線と銃口が見下していたのは、血みどろで地面に倒れたリンド。今にも消え入りそうな呼吸を漏らしながら、噎せる血に咳き込みながら、リンドは剣を突いて立ち上がった。蹌踉めきながら。『人類の敵』らしく野卑な笑みを浮かべてみせる。
「……人間。『同胞』達に切っ先を向けてみようものなら、決して癒えぬ悪魔の噛み跡でも付けてやろうぞ」
 手足の骨を折る、武器を破壊する、その行為どころか彼を撃破する事自体が『難しい』か。それでもいい、彼の気を一秒でも自分に引き付けられたのなら。仲間が負う傷を自分が肩代わりできたら。
「ふ、ふふ」
 悪魔らしく牙を剥き。尻尾を振るう。倒れた組織員を払い飛ばす。ピクリとフジタニの目元が動いた。その時にはもう、彼の鋭い弾丸がリンドの太腿を射抜いていて。
「ぐっ……!」
「跪け、天魔」
 膝を突いたリンドを銃床で殴り飛ばした撃退士の声。地面に転がり。それでも、何度でも、リンドは立ち上がる。霞んだ視界はボヤけた影しか映さない。それでも。
「それでも。俺は……!」
 剣を、振り上げた。
 それを支援する為に、護る為に、胡桃は銃を向ける。
「私の前で、絶対に赦さない……私は、私の『世界』を奪われることが、一番嫌いなのよ……!」
 避弾【La Campanella】。鳴り響く鐘の音の如く。護りたいと叫び、叫ぶ、少女の声。

●誰が正義を裁くのか
 強い感情は人を強くするもの。フレイヤはそう思っていた。故に油断しなかった。どんな相手であろうと。
 劈く灰が繰り出してきた巨大火球を魔の壁で防ぎ、フレイヤは返すように呪文を唱える。
「『焔』ってのは――こう使うのよ!」
 翳した掌。そこから迸るのは光線の如くの火の柱。蒼い色。巻き込む全てを焼き尽くす。
 燃え盛る火焔。その中で蹌踉めいた『敵』を、胡桃は見逃さなかった。
「天魔なら全部敵? ……悪いけど。私にとっては今まさに、牙を剥く貴方達こそが……敵」
 倒してしまってもいいんだろう。怖くない。大丈夫こわくないきっとこわく、ない。
(そこに理性がないのなら。それが人でないのなら。……撃てる。私は、やれる)
 銃口を向けた。
 込める弾丸は強弾【Eroica】。全身のアウルを凝縮させて。
 引き金を、
(……あ、れ? 私、今、何に銃を、向けて――)

 引いた。

 ぱーん。呆気なく。組織員の頭部を無惨に撃ち抜いて。爆ぜた。断末魔もなく。びゅびゅーっと血を噴き出してどうと倒れる。まるで演劇みたいな光景。脳の欠片。一瞬、凍りついた空気。
「お前」
 それはハコイリの冷え切った声だった。一瞬だけ氷よりも冷たい本気の憤怒を見せたが、それを直ぐに見せなくして。
「人殺しだ。うっわ、人殺しだ。コイツ人殺しちゃったよ、撃退士なのに。同じ人間なのに!」
「人殺し……やりやがったな、この人殺し!」
 口々に言う。その目で蔑みながら。人殺し。人殺し。最低な奴だ。いい子ちゃんぶった顔をして。最悪な奴だ。ヒトゴロシだ。ヒトゴロシ。ヒトゴロシ。

 ころすつもりは なかった

 胡桃は確かに命を奪わんと攻撃をした。でも、人殺しになりたくて銃を撃ったんじゃない。違う。違うんだ。嫌な汗と吐き気がこみ上げて。ちがうちがうちがうちがう。
 混乱を切り裂いたのは銃声だった。
 ハコイリの身体を裂いた弾丸。箱の男が振り向いた、その先では。
「いてぇよなぁ……ああ、いてぇぜ。戦いってのは嫌なもんだぜ。だからよ、誰かに任せるワケにはいかねぇよな!」
 アウルで傷を塞ぎ、ギィネシアヌは無理矢理にでも立ち上がる。失血で力の入らない身体。弾んだ息。限界などとうに超えていた。極度の疲弊。手にする銃が嫌に重い。流石に『リーダー』、一対一で易々と倒されてくれる相手ではないか。
 それでも少女は、立ち向かう。
「俺の前で殺させはしねぇよ……狂人共が」
「狂って何が悪いんだ。じゃお前さん、自分は絶対正気って思っちゃってんの? それこそイカレポンチだね。この狂人!」
 終わらない。
 戦い。
 牙を剥いて。
 意地を張って。
 力が入らない少女の身体を血沼に沈めたのは、トドメを極めた鎌の一撃。チェックメイト。
 うつ伏せに倒れたギィネシアヌ。ハコイリはその髪を掴んで、引き起こして。
「死ぬのは怖いかい」
 耳元で囁いた、声。
 つっ、と。ギィネシアヌの白い頸に鎌の刃が添えられた。
 ぞっ、と。少女の背骨を抜けるのは形容し難き悪寒だった。

 くしゅ。

「――〜ッ……か、あ゛」
 しゅーーっ。噴き出した。赤い色。白い咽から止め処なく。ごぼ。ごぽ。溢れる血。赤い色。溺れる。赤い。痛い。熱い。寒い。嗚呼、死ぬ、死ぬ、死ぬ?嫌だ。死んじゃう、死にたくない、怖い、痛い、死にたくない、苦しい、死にたくない!
「死ぬのは怖いよなァ。まぁオイラ達ぁ頗る丈夫なんだ。相当運が悪くなけりゃ〜死なないよ。殺したらほら……『ヒトゴロシ』になっちゃうだろ?」
 チラリ、態とらしく強調して言いながら厭味な目線で見やるのは蒼い顔をした胡桃だった。ビクッ、と少女は我知らず肩を跳ねさせる。殺意。悪意なき、敵意。飽くなき、害意。
「でも天魔を殺すのはヒトゴロシじゃないよなぁ?」
 ハコイリはそう言って。振るった。混沌の矢。それは――まだ救助の手が届いていなかった天魔生徒の頭部を無惨に撃ち抜いて。爆ぜた。断末魔もなく。ハコイリはそのまま倒れている他の天魔生徒へトドメを刺す為に動き出す。この『撃退士VS撃退士』というある種の異様な戦いを終わらせるには、その引き金を潰す事が最短だと判断したからだ。
 振り上げられた得物。徐々に押されている撃退士に咄嗟の対抗手段は無く。
 否。
 この戦いが始まった時と同じ様に。身体を張った鈴音。庇った。代価。少女の柔らかい腹に突き刺さる鎌。背中にまで突き抜ける。
「ぐ うッ!」
 吹き飛ばされて、回る視界、伸ばした自分の細い手が見えた。そのもっと先。仲間を、護れて、良かっ ――  ……
「……」
 アトリアーナは言葉を失う。脳裏にありありと蘇るのは喪失の記憶だった。死んだ。壊れた。守れなかった。また守れないのか?嫌だ。もう喪うのは嫌だ。もう嫌だ!
「絶対に……赦さないの……」
 その目に仄暗い殺意を湛え。眼差しに射抜かれたアンジェがぞっと恐怖を覚えて半歩後ずさるほどだった。その隙を逃さないエルレーンが老婆の頭部を薙刀の柄で思い切り叩いた。くらり、脳を揺さぶられたアンジェが遂に倒れる。
 それをそのままに。アトリアーナは声なき怒りの叫びを上げて、ハコイリへと猛吶喊を仕掛けた。握り締め過ぎて拳から真っ赤な血が滴るほどに。報復だ。復讐だ。ハコイリとて同じだった。仕返し。赦さない。よくも仲間を。
 たとえ自分がバラバラになったとしても、
 貴様を、
「「殺してやる」」

 ぜぇ。はぁ。荒い息。
 胡桃は急いでギィネシアヌに駆け寄り応急処置を試みる。その頸の傷口にアウルを込めた手を添えた。冷たい肌と生暖かい血。どくどくと溢れる血で指が染まってゆく。血が止まらない。否、止めてみせる。
「だいじょぶ……モモがゼッタイ、助けるから……!」
 状況は混乱を極めていた。
 フレイヤと英斗の攻勢に組織員は数を減らしつつあるも、一方で抗い続けたリンドが遂に、倒れてしまい。
 救出対象者を狙う者と戦う事に重きを置き過ぎ、些か『救助する、戦闘圏から遠ざける』という事が満たされていなかったか。ほぼ全員が天魔生徒を『守る為』にと行動しているが、『安全を確保する為』の行動しているのは青空とリディアのみ。久遠ヶ原撃退士への任務は『殺し合え』ではない、『救え』。それは致命的な齟齬だった。
 また、数の多さを武器に救助の邪魔を主に行ってくるのは組織員だ。あまりにハコイリや幹部級に目を取られ過ぎていた。そして――ハコイリとその右腕達は、強かった。偽りなく、強かった。足止めならば兎角、撃破までは厳しいか。些か彼らの実力を軽んじていたかもしれない。
 任務も失敗した。
 重傷者もいる。
 これ以上戦い続けるメリットは何処にもない。
 暴力で暴力を生んで、報復で報復を生んで。
 もう、もう、これ以上は、もう……
「退こう。倒れた仲間を確保、急ぐぞ!」
 数多くの死線を潜り抜けてきたからこそ、英斗の判断は早かった。跳び下がる。倒れた仲間を抱え。或いは、傷だらけの仲間に肩を貸して。一人喪ったが、他は辛うじて助けられた天魔生徒。
 それらを確認してから、リディアは撤退支援の為に発煙手榴弾を投擲した。
「……今回は申し訳ありませんでした」
 白く隠れてゆくその最中で。リディアは謝罪の言葉を口にする。憎悪の連鎖という理由があっても、紛れもなく自分達は『暴力』を行ったのだ。劈く灰は何も答えない。
 一方でリンドは見ていた。動けぬ己を抱える、天魔を気遣う仲間達の様子を。
「……俺達は天魔だ、人間とは違う。対等に、平等に、御主らと何の隔ても無く生きられるとは思っている者も然程おるまい。だが……ありがとう、とだけ言わせて欲しい」
 誰とはなしに、独り言つ。

「追いますか?」
「いや。これ以上戦ってもこっちが疲弊するだけさ。負傷者の手当てを。後続部隊が来たら厄介だ、すぐに撤退しよう。……やれやれ、これからは対天魔に加えて対覚醒者用の戦闘訓練もしていかないとな」
 去り行く撃退士の背を見送って。さて。ハコイリは振り返る。先の戦いで命を落とした組織員へ。歩み寄って。その傍にしゃがみこんで。
「ごめんなぁ……護ってやれなかったよ。オイラ、リーダーなのにね。ごめんなぁ。お前さんの分までオイラ、頑張るから……絶対、『天魔の居ない世界』を実現させてみせるから。……ごめんなぁ」
 嗚咽も全て、飲み込んで。
 冷たくなった手を握り締めた。

●エピローグ、そしてプロローグ
 目を開けた。天井が見える。ここは何処だと朧な意識でギィネシアヌは問うた。未だ掠れた視界。そこにハッとしたような顔のアトリアーナが映る。学園だと、オッドアイの少女は安堵の声で答えた。その手を、鮮紅の目の少女は握り締める。震えていた。
「こわかった……すげぇこわかったぜ……」
「……大丈夫、ネア。ここにいますの」

 胡桃は一人、蹲っていた。
 耳を塞いだ両手。瞼を閉ざした目。振り払おうにも消えないのは、人を殺した事実。あんなに意気込んだのに仲間を護れなかった事実。現実。ひとごろし。うそつき。よわむし。なきむし。やくたたず。
「……あぁ、そっか。私……最低だ」
 ことり。壊れた、音。

 それでも空は青い色。
「結局のところ、人間が一番の敵ってことか……」
 窓から広い景色を見上げ。玲治はポツリと、呟いた。

 傷痕は、膿んで、潰れて、更に痕を醜く広げて、新しい痛みを生んで。
 それらが消える日は、来るのだろうか。
 されども明日も、戦い続ける日は続く。


『了』


依頼結果

依頼成功度:失敗
MVP: dear HERO・青空・アルベール(ja0732)
 金の誇り、鉄の矜持・リディア・バックフィード(jb7300)
重体: 魔族(設定)・ギィネシアヌ(ja5565)
   <ハコイリより致命打を受けた>という理由により『重体』となる
 誇りの龍魔・リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)
   <劈く灰より重い一撃を受けた>という理由により『重体』となる
 悲しい魂を抱きしめて・小埜原鈴音(jb6898)
   <その身で仲間を守った>という理由により『重体』となる
面白かった!:19人

今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
誇りの龍魔・
リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)

大学部5年292組 男 ルインズブレイド
悲しい魂を抱きしめて・
小埜原鈴音(jb6898)

大学部5年291組 女 ディバインナイト
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト