●ぽんぽんぽんこつ
鼻を突いたのはゴミの臭い。目に映ったのはゴミの山。
(ただのディアボロの能力だとはわかっていても、何となく捨てられた物の叫びのように感じるのは感傷でしょうか)
正しく処置される事もなく、ただ不当に捨て置かれた物。神月 熾弦(
ja0358)は無言のままそれらを見渡す。
使えない物は捨てられる。そんなの当然だ。分かっている。だが……アキラ(
jb6187)は密かに柳眉を寄せる。それ以上の気持ちは紡がないまま。
人間が捨てたゴミが人間を攻撃する――浪風 悠人(
ja3452)の気持ちもまた、決して快いものではない。ショックを受けている。だからこそ。
「もう一度生まれ変わってね」
決意。不定形の光を纏う。敵の手ではなく今度は人間の手でリサイクルされる為にも、彼等を倒す。
「ごみ処理もここまで来ると大変だな……」
見ていてあまり気持ちの良い光景ではない、と天風 静流(
ja0373)は浅く息を吐いた。うむ、とその言葉に頷くのは白蛇(
jb0889)。
「またけったいな輩よのぅ……」
「天魔はよく人間界の神話とかに倣ってディアボロやサーバントを作るようだけど、今回のは九十九神を真似でもしたのかな」
顎に手を添え神埼 晶(
ja8085)は推察する。答えは分からない、けれど――支倉 英蓮(
jb7524)には斯様な事など二の次だった。薄い微笑みを浮かべたまま。
「天魔在るなら……ただ屠るのみ……。巨躯に再生……フフッ……相手に不足、無しッ!!」
歯列を剥く獰猛な笑み。ざわりと増える髪の白。猫を思わせる眼差しの果てにはゴミ山の頂上、そこにて胡乱に蠢くモノ。ディアボロ、ポンコツ号。
「ははーん、なるほど塵を集めてザコがボス気取りか! ……笑止」
偉そうに腕を組みニタ〜っと笑うのはUnknown(
jb7615)。何であろうとやる事は一つ。
「さぁ、ひと掃除やろうぜ」
者共かかれ。吾輩もまぁぼちぼちがんばるとおもうよ。たぶん。
●鉄臭えれぢー
捨てるもの、捨てられるもの、どっちに原因があるのかな。思いながら、抜き放つ銀剣。その光に小埜原鈴音(
jb6898)の横顔が照らされる。
「でも貴方たちは幸福ね、ディアボロの鎧とはいえまた必要とされるのだもの」
ふわり、背中に広げるは小天使の翼。飛び立ち、熾弦へ送るアイコンタクト。返って来るのは頷き一つ。
「参ります。――さぁ、綺羅星。力を貸して下さい」
熾弦が呪文を唱え、両手を広げればその頭上に構築される魔法陣。刹那、そこから放たれる流星群が戦場に一閃の光を齎した。轟音。ポンコツ号の周囲を丸ごと押し潰す。足場が悪いのならば動かぬが吉。ではどうすれば動かぬまま敵を倒せるか?相手を動けなくしてしまえば良い。
「さて……わしも続くとするかのう。派手なのは嫌いではないぞ」
ハレなる白息を吐き出しつつ、白蛇が掲げる掌。命ずるように振り下ろせば、白鱗金瞳のスレイプニル――曰く、神なる力在りし時は飛翔と縮地を司っていた分体――が嘶きを上げて、滑る様に地を駆ける。前足を振り上げた。振り落とす。ずん。遍くを薙ぎ倒す衝撃波。ポンコツ号が押し退けられ、周囲の機械が、壊れた機械が、ばらばらばら。散らばった。
土煙。
「あれだろこういう状況で『やったか!?』って言うと――」
空中、様子見しつつ何故かお弁当のカツサンドをもぐもぐし始めたアンノウンが言い切るまでもなかった。ゆらり、現れる巨体。振り上げられていた幾つもの長い腕。唸りを上げて、空を切って、次々と降り注ぐ様に撃退士達に襲い掛かる。
「あらこわい……まだ我輩がカツサンド食ってる途中でしょうが!!」
死なない程度にやるけどね!アンノウンは広げた翼で掻い潜る。お弁当を咀嚼して飲み込んだら、構える拳。殴り付ける様に降り抜けば一直線、黒い闇が一切合財を巻き込み飲み込み駆けて行く。
と、最中、土煙とポンコツ号の攻撃の飛礫の中、アンノウンは視界の端にて認識する。激しい攻撃が直撃して力尽きてしまったアキラの姿を。悪魔は何も言葉を発しなかった。ただ黙し、顔も見ないまま、翼を翻しアキラを拾い上げる。ポンコツ号の攻撃が及ばないだろう所まで下げさせる。
その光景を視認しつつ、晶は眼光鋭くコルト・コンバットパイソンを模した改造リボルバーを敵へと構えた。狙う照準。「高く付くわよ」と吐き捨てて。
「4mの人型って……近くで見るとでかいわね」
まぁ、『的』は大きい方が当て易いに越した事はないが。滑り止めのスパイク付きシューズでぐっと踏み締め、引き金に指をかけて。
「解体してやるわよ、ポンコツ野郎!」
ぱぁん。乾いた銃声。357アウル弾が唸りながら飛んで行く。それは機械悪魔の頭部らしき所に命中し、ガラクタパーツを飛び散らかす。
「姿形こそ人のそれであるが、急所は必ずしも人と同一ではない……か」
ポンコツ号を具に観察しつつ静流は呟く。手応え的に、攻撃は物理でも魔法でもどちらでも良さそうだ。ルーンを刻んだ灰銃を構える
「なら……動けなくなるまで……徹底的に……毀すのみ、ね?」
足場には気をつけて、と皆を気遣いながらも英蓮が敵に向けるのは渇望めいた『害意』。静流に続いて弓を構え、引き絞る。発射は同時。確実に決める為の牽制の一撃。
その間に、駆ける少年一人。銀の剣を構えた悠人。劣悪な足場に少し苦戦しながらも、狙うはポンコツ号の背後。晶の弾丸に頭部らしき部分を吹っ飛ばされても平然と動いているそれに果たして『背後』や『死角』なる概念が存在するかは謎だが、動かぬ後悔よりも動いた後悔。アウルを込め、力一杯振り上げる剣。そこに白い光が宿り煌めく。
「これなら効くんじゃないですか!」
救えるものを救い、守れるものを守り、生きて生きて生きる為。裂帛の気合と共にポンコツ号の下半身を狙って叩きつける。天の祝福を受けしその一撃は確かに、冥魔たるポンコツ号には大打撃となったようだ。ばらばらと砕かれたパーツが落ちて行く。
刹那。ポンコツ号のパーツの一つであるテレビが、ラジオが一斉に稼働した。鼓膜をブチ抜き脳を犯す大音量、超絶ノイズ。『魔法』であるその騒音はただの耳栓など容易に砕く。
「くっ――」
乱される意識。耳の穴からどろどろ垂れる血。激しい頭痛。撃退士達を怯ませたその隙に周囲のガラクタで身体を修復せんと試みるポンコツ号。
「そうはさせないわよ、ポンコツ!」
痛みに顔を顰めながら、けれど晶はそれを見過ごさない。発砲する357アウル弾がディアボロの身体となる前の機械を撃ち抜き粉砕し、その再生を阻害する。
他の者も風呂敷やクロスを投げ広げ妨害戦と試みるが、ただの布では引き裂かれるに終わり効果が無いようだ。が、初手に熾弦と白蛇が行った、ディアボロ周囲の機械をも巻き込む強力な範囲攻撃の効果は覿面で、ポンコツ号が再生に使用できる機械はかなり限られたようだ。ディアボロになる前の『ただの機械』ならば、覚醒者には破壊は容易い。
「ねえ今どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」
「残念だったね……抜かりは無い……でしょ?」
「材料が無ければ再生も出来まい?」
アンノウンは舌を出してケラケラと、英蓮は怜悧にくつりと、白蛇は得意気にふふんと、それぞれ笑い。
「――さぁ、攻め時ぞ!」
吼えよ、霹靂。白蛇の声に翼の司が黄金の雷を撃ち放つ。神鳴り、雷鳴、一切を焼く神の炎。
それと並走し英蓮は剣を振り上げる。が、その身体を抑え付けるのは機械の腕。ギリギリゴキンと肉を潰す力に、されど、彼女は血を吹きながらも悠然と笑みを見せ。
「向かってくるものは……尽く……斬る!」
本気で仕掛ける。超圧縮するアウル領域。撃ち、穿ち、放つのは砕禍乃壱・龍威。大気を揺るがすその衝撃波は竜が天を翔けるが如く。『粉砕』など生温い。
ビリビリ。攻撃の余波を感じつつ、鈴音は切れた額から滴る血に赤い視界でポンコツ号を中空から見澄ましていた。息を弾ませる。ドクンドクンと心臓が鳴っている。機械の腕に殴られ叩かれ痣だらけ傷だらけ、しかし握り締める剣にエメラルド色のアウルを込めて。
「はァあああッ!!」
何度目かの『全力攻撃』。身体が疲労に叫ぼうと構わない。それはポンコツ号のパーツの間隙を一閃し、腕を一本刎ね飛ばす。
(私は今、誰かに必要とされているのかな。――もう、空っぽじゃないのかな)
遮二無二鬨声を張り上げ、荒れ狂う獅子の如く攻撃を繰出しながら、鈴音は心の中で一つの気持ちの萌芽を認めた。攻撃を行えば、晶が援護射撃してくれる。熾弦が敵を鎖で縛ってくれる。襲い掛かる攻撃は、アンノウンが黙したままその身を盾に庇ってくれる。攻撃を行い易いように、英蓮は鋭く攻撃を放ってくれる。静流と悠人は敵の機動力を殺がんと奮闘してくれている。白蛇は徹底して周囲の機械をも破壊し再生を阻害してくれる。
一人じゃない。確かに自分は今、一人で戦っているのではない。
(この気持ちは……何?)
思う、視線の先。長い黒髪が棚引いた。悍ましさすら覚える死体色の刃を持った薙刀を構える、静流。脚を取られぬだろうガラクタからガラクタへ軽やかに跳び、間合いを詰めて。
「支援します……!」
それを確認した熾弦がすかさず呪文を唱え、展開する魔法陣より裁きの鎖を呼び出した。じゃらじゃら、糾弾するそれがポンコツ号に絡みつく。動きを止める。
そして直後には、刃を振り上げる武人の間合い。
「一気に切り崩す。――この剣閃、貴様に見抜けるか!」
肆式「虹」。刹那すら超越する常軌を逸した絶技。四色に輝く軌跡――僅かの間の後、ポンコツ号の一つの腕が瓦解する。
決して短期決戦とはいかなかったものの、状況は撃退士の優勢。ポンコツ号は再生を試みているも、撃退士の尽力によりその再生力は大きく殺がれている。
が、一方的にやられているディアボロではない。その機械の腕は暴力的に被害を撒き散らし、淀んだ錆汁は装甲を腐敗させる。更に変形、タイヤと成った脚で猛然と突進を仕掛けてきた。
「357マグナムアウル弾を撃ち込んだってのに、タフなヤツね」
横っ飛びで辛うじて躱した晶は片膝突きのまま両手でしっかり銃を握り、狙い定めた。
「止まりなさい! ここじゃあそれは、スピード違反よ!」
撃った。真っ直ぐな弾道。揺らがぬ銃弾。敵を射抜くその眼差しの如く。超集中より放たれるその弾丸は機械の如く精密に、ポンコツ号のタイヤをぶち抜いた。大きく減速し蹌踉めくディアボロ。Jackpot.銃を手の中で回し、硝煙を吹く。
「その程度なら効きませんッ!」
シールドによって冥魔の突進を防御した悠人はそのまま反撃に出る。踏み締め、駆け、振り上げる剣。
「こいつで吹き飛びな!」
繰出すは痛烈なる一撃。晶の弾丸によってバランスを崩していたポンコツ号を吹き飛ばし、ゴミの山に叩きつけた。起き上がらんとするディアボロ。の、背後に、既に攻撃態勢に入った静流。
「どこへ行く? 余所見は良くないな」
薙刀に宿る青白い光が、それをいっそう不気味に映えさせて。弐式「黄泉風」。駆け抜ける恐るべき疾風は、生あるものを黄泉国へと誘う風。
ぎぎぎぎぎ。軋みながら、ボロボロとパーツを零しながら、ポンコツ号が立ち上がる。
「やだ……おおきい……」
その巨躯に何故か頬をポッと赤く(?)染めるアンノウン。ただの通常運転。
ともあれ。羽音を響かせ、魔王然とディアボロを見下ろす。静かな眼差し。
「塵が思い出に縋ったようなものだろう。アレは哀れだ……だが、」
敵ならば潰す。掲げる手。そして――振り下ろす手。収束した闇が螺旋を描いて飛んで行く。
それに合わせ、悠人も剣に渾身の力を込めてゆく。
「俺の今の全力、受け切れますかッ!」
振り抜くは黒い光の衝撃波。二つの黒。ポンコツ号の身体を抉り取る。
その、黒の中から。大きく跳躍したのは英蓮だった。
「フフッ……お遊びは……終わったよ? 今から……解体ショーの時間! 尽くを……駆逐する!!」
全力破壊。ヒヒイロカネにて抜刀プロセスを組み上げ、絶影の速度。抜刀・幽。一閃。ポンコツ号の身体が大きく揺らいだ。
「安寧は赦さぬ。神威よ、圧砕せよ!」
白蛇が呼び出していたのは荒神の神性を司るティアマット。解き放つのは嘗ての権能の一部、山から海まで全てを砕く巨大な力。大気を震わせ地面を揺らす咆哮が轟と響き、牙を剥く神威がポンコツ号に躍りかかった。爪で引き裂き、牙で砕き、手で脚で尾で押し潰す。叩きのめす。
怒涛の、間隙。それに負けじと、ディアボロに組み付いた鈴音は剣を振り上げ突き立てる。何度でも突き立てる。
「私が欲していたものは誰かに必要とされているというこの実感?」
切り崩しながら。『仲間と共に』、勝利へと突き進みながら。
「少なからずもこの私を頼ってくれる人達が存在するならば、その人たちのために戦おう、この剣を振るおう。そして、それを私の生きた証しにしよう」
心臓が、温かく脈打つのを感じた。
見つけ出した『答え』に、心が満ちるのを感じた。
一人じゃない。
私は、一人じゃ、ない!
「だって、仲間と共に何かを成すことは、こんなにも楽しくて、充実感に溢れているのだもの!」
血と埃と傷に塗れながら。お世辞にも奇麗とは言えない、けれど、そんな状況でも。鈴音は笑んでいた。目を見開き、歓喜に打ち震え、湧き上がる様な喜びを堪え切れなかった。なんとか、曖昧ながらも、確立。狂喜乱舞。
そうだ、今、自分は生きている――紛れもなく生を、その証を、刻んでいるのだ。これほど喜ばしい事があるだろうか!
「嗚呼、私、私……!」
力一杯、命の限り――鈴音は、剣を振り上げ、そして、突き下ろす。
びきっ。罅の入る音。
ガラガラガラ。崩れ落ちる音。
ポンコツ号はただの残骸の山となった。それを、英蓮は静かに見下して。
「ゴミは……ゴミ……。名も無きディアボロさん、ゴミを選んだ時点で……自身もゴミだって……気付かなかった……のね……?」
刀を突き立て、じゃ、さよなら。
●3R
撃退士の勝利で終わった戦場は、夜の時間帯に相応しく静かだった。
お疲れ様。一人一人に労いの言葉をかけながら、悠人は救急箱を手に仲間に手当てを施してゆく。
一段落。横になった冷蔵庫に腰かけて、晶は不法投棄現場を今一度見渡した。思い返すのは、不法投棄された機械のディアボロとの戦闘。
「……今回はなんだか、人間の醜い部分を見せられた気がするよ」
溜息。それは、鉄の臭いを孕んだ夜の風に消えて行く。
『了』