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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:11人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/03


みんなの思い出



オープニング



「貴方は何故、戦うのですか」

                                      ――――何処かの誰か

●スクールのルーム
「ヨーッス生徒諸君、俺だぜ。今日も今日とてディアボロの糞野郎が出やがった。早急に討ち滅ぼすべし!」
 教室へ集った生徒へ開口一番、教師棄棄が片手を掲げつ高らかに言い放った。
「……。とまぁ、これだけじゃ流石に説明が短すぎるっつーかシンプルイズベストが斜め上にいっちゃってるんでちゃーんとそれなりに話すわね」
 と、いつもの様に教卓に座し、彼は此度の任務について語り始めた。
「今回、諸君の相手となるディアボロはそりゃあ変わった奴でな。数は任務参加人数上限と同数の11、その見た目は諸君と同じ、しかし能力に関しては諸君に劣る劣化版となる。言うなれば『鏡映し』、あるいはドッペルゲンガーか。縁起でもねぇな。尤も、大量生産のきかない『希少種』らしいがな。
 で――そいつらはこう問いかけてくる。諸君と同じ喋り方で、『お前はどうして戦うんだ』ってな。ディアボロ相応に高度な理性を持ち合わせていないのは確かで、話す言葉もそれっきり。ま、強いて理由を付けるならこれを作った悪魔の趣味だろうな。憶測だけど。
 まぁ折角だ。この戦いを機会に、自分が戦う理由を見詰め直してみるのもいいかもな! 『理由がない』ってんなら、『どうして無いのか』って己に問いかけてみると良い。何も思わないなら、どうして何も思わないのか考えてみると良い。
 無意味だ、っていうクールな考えは今日ぐらい置いといてよ。人生長いんだ、自問自答も大切だぜ?」
 ノンラーの影の奥で疵顔がニィと笑いかけた。「そう言う訳で」と締め括り、彼は今一度生徒達の顔を見渡して。
「では生徒諸君、往きたまえ! 諸君の無事の帰還を、ここで待っている」


リプレイ本文

●あなたとわたし
 黄昏の光が仄明るく世界を照らす。
 ユラユラそこに、『それ』は居た。撃退士達と同じ数、同じ姿で。
 そうして、彼等は問うのだ。

『戦士よ汝は何故戦う』。

●夜の翼。月の盾。
「貴様は何故戦うのだ」
 皇 夜空(ja7624)にそう問うたのもまた皇夜空だった。
「貴様に話す舌を持たん。戦う意味すら解せぬ輩に!」
 吐き捨てる様に夜空は言った。同時に翳す掌。EXAM、システムスタンバイ。呟いて、纏う蒼。『化物』の姿をした『化物』を屠る為。光を帯びた剣。喉を引き裂かれた女の様な声の音。その手に携える暴力。
 貴様等に切ってやる十字架などない。くれてやるのは踏み潰される虫屑の様な死、圧倒的なる『死』のみだ。
 地を蹴る。視線の先に同じ顔、同じ剣を振り上げて。
 『現実起動』嘆きの河――片方は凍て付く心で淵き力を身に纏い。
 『同化』アームドアーマー・VN――片方は金の光で聖別を受け。
 四肢を砕かんとする一撃、内部から破壊せんとする一撃。
 痛みと吐血に湿った声を漏らしながらも、口角を吊り上げた夜空は一人だけだった。
「他愛無い。鎧袖一触とはこのことか」
「貴様は何故戦うのだ」
 再度問われど何も答えず。答えないが、確かにあった。
 一つ。闘争を楽しむ為。戦士とは闘争本能を満たす事こそ至高。それは恋愛に良く似ている。魅かれ、寄り添い、笑い、死ぬ。敵対しているか否かの違い。
「ならばすることは唯一つ。見敵必殺。全ての物を尽く、あらゆるものを殲滅する。それが行う唯一の事!」
 哂い、咆哮し、抉り抉られ血を流し、また哂い。馬鹿笑い。見開いた眼に映る互い。
「貴様は何故戦うのだ」
 裂かれた腹からナカミを零し、表情を変えぬ『夜空』は問う。
『二度と己の様な悲劇を繰り返さぬ為』
 声なき答え。『大切』が化物の手で無慈悲にどうしようもなく暴力的に蹂躙される。それを防ぎ、抑える為。己の様な世界を増やさぬ為。
 刃の拮抗。振り払い、何度でも。覚悟は完了。
「人は与えられた幸せで満足できるのかどうか……答えは否だ。人は、自ら得た物に、価値を見いだせるのだ」
 願いの為なら世界を歪め、全てに反逆する事すらも厭わない。己が全てを肯定させる為に、彼はその刃にて全てを引き裂く。
「――戦わなければ、生き残れない」
 無慈悲に冷酷に――されど振り下ろされた刃がぶつかったのは、『夜空』の頭蓋骨ではなく鋼鉄の盾。
「お前はどうして戦うんだ」
 じっ、と見詰める黒い瞳。月野 現(jb7023)――ではない、そのウツシだ。本物の現もウツシと同様、ウツシの夜空が振り落とした一撃を盾で受け止めて。
「ウツシとウツツか……」
 現(ウツツ)のウツシ。ウツシとウツツ。何とも奇妙な組み合わせだと、彼は盾を撥ね上げ刃を跳ね返しつつ思うた。苦笑した。偽物だろうと自分はどうしようもなく自分らしい。
「仲間を信頼する事は勇気という、自らのかけがえのない力だ」
 思った通りだ。自分がそうしようと思った通り、現のウツシはウツシ仲間の盾と成る。自分の力は、自分だけのものではないと信じるが故に。仲間という存在を心から信じているが故に。仲間と協力して戦う。それが、現の戦い方だった。
 夜空の攻撃は『現』が防ぎ、『夜空』の攻撃は現が防ぐ。一見してイタチゴッコ。終わらぬ戦いに見えた。けれど。幻は現実に勝てぬ。じわりじわり、勝敗は遠くない。
 切られ裂かれ地面に叩きつけられ。それでも現は盾として屈しない。
 その眼前に立ちはだかり、『現』は訊ねた。戦う理由を。それに彼が思い返すは狭窄的だった子供時代。己を追い出し死んだ家族。腫物扱いしてきた親戚。思い出せるのは蔑みの視線と陰口ばかり。全部全部どいつもこいつも自分から奪う側の存在で。だから憎悪した。絶望した。現は世界を恨み憎んだ。
「でも、そうではない生き方もある。俺は違ってやると決意した。俺は絶対に奪う側ではなく護る側になる、と。後悔や挫折で立ち止まれない。如何なる道も踏み越えてやる、と」
 幸福を掴める者が一定なら逆も然り。ならば己は誰かの幸せの為に全力を尽くそう、その為ならば幾らでも絶望を背負おう。
「その絶望に俺が負けなければ良いだけの話だからな。俺は、俺らしく護る為に戦い続ける……」
 幾度傷を負おうとも。ボタボタボタ。肌を肉を骨を裂かれ、足元に血溜りが出来ようとも。
 灯すは希望。癒しの光。
 心に宿したその煌めきは、決して消えない!
「今だ! やれっ!」
 盾を撥ね上げ、造り出した隙。現のウツシがすぐさま庇いに入ったが――それは目の前で、夜空が一刀両断の下に斬り伏せて。
 二対一。矛と盾の前に、勝敗はもう、見えていた。

●双璧。城壁と要塞
「お前はどうして戦うのです」
「今になって、その問を投げられるとは思いませんでしたよ」
 神埼 煉(ja8082)の問いに、煉はニコッと人の良い笑みを浮かべる。お答えしましょう。自身の撃破による自己解析の為にも。
「私の理由はかなり単純です。私に力があるから。それで護れるものがあるから。だから戦っています」
 盾を自称しながら、構えたのは拳だった。粉砕と守護。『瑞鶴』と名付けられた白銀の篭手が、無色の炎に揺らめき光る。
「この力が破壊の象徴なのか、守護の証なのかは分かりません。ですが、少なくとも私は私の意志でこの拳を振るいます」
 言下。流星の如く髪を靡かせ、一瞬にして踏み込む間合い。突き出す拳はけれど、『煉』が掌で受け往なし。流れのままに叩き込まれる裏拳が煉の顔面を撃つ。紛れもない、それは煉の技術。それに彼が見せたのは驚愕でも怒りでもなく、『歓喜』だった。
「二つの城壁が衝突するとどうなるか、見ものですね」
 楽しみにしていたのだ。自分はどれほどなのか? 自分自身で確かめられるなんて滅多にない。裂けた唇で笑い、鼻血を舐め上げ、更に仕掛けてきた『煉』の脚を払うと回し蹴りを叩き込む。純粋な技術の勝負。洗練された猛攻の応酬。
「どうして戦うのですか」
「私の戦う理由は『我儘』。私の考えを、ただ押し通す事。もしお前が『私』ならば、その我儘を押し通しなさい。私という存在が、どれ程凶悪なのか。その鋼の意志を、見せなさい」
 言葉の最中にも戦いは続き。煉の咽に貫手が、『煉』の横腹に鞭の様な蹴撃が、それぞれ決まって。飛び退いた。ごほ、と煉が咳き込めば、赤い血潮が口から零れた。それでも彼は、何処までも楽しそうで。
 どちらも同じ戦法。ならば。少し型から外れた戦いを見せてやろうじゃないか。
「……いえ、違いますね。これは、私ですらよく分からない戦い方です」
 柔道、合気道、システマ。様々な武術を身に着けたけれど。天才、万能だと謳われたけれど。
 踏み込んだ間合い。そのまま振り抜いた拳は、神埼煉という男からは想像のつかぬほど愚直にして力尽くな軌跡を描いて『煉』の横っ面を殴り付けた。そのまま無理矢理、強引に、攻める。攻める。殴って蹴って、頭突きに突進。力を『暴力』として、ただただ攻撃のみを考え、暴力的に暴力を。
 その時に攻められる最大手の為ならば泥だらけになろうが一発貰おうが構わない。血みどろになりながらも、煉はその何十倍も『煉』を血祭りに上げてゆく。声無く口角を吊って笑いながら。
 守護を考えず、ただ相手を『殺す』為――やるかやられるか、それは『喧嘩』。
 そして、陽炎を纏う拳が螺旋を描いて『煉』の左胸を貫き破る。

●バトル・オブ・プリンセス
「ねーねー、どうして君は戦うのかなっ☆」
 キャピッと元気一杯に訊ねてきた新崎 ふゆみ(ja8965)に、ふゆみは「うえー」と顔を顰めた。
「あいつもふゆみだよぅ……自分が二人とか、キモーい☆」
 そんなふゆみに『ふゆみ』は再度問う。どうして、と。
「へ? ばっかだな〜、決まってるじゃん!」
 一瞬ぽかん。お目目をパチリ。そうしてニカッと何の影も無く笑いながら。腰に手を当て胸を張りながら。
「そんなの、お金のためだよっ★」
 平凡な家庭。両親の離婚。母と二人の弟妹だけ。母に負担をかけさせまいと幼い弟妹の世話に家事に。そんな中で目覚めた力、アウル。
「ゲキタイシになって戦ったら、チューガクセーでもお金稼げるしっ」
 それは、少女には幸せへの切符に思えた。学費無料で学校に行ける。就職もできる。家族に楽をさせてあげられる。
「せっかくのノーリョクなんだから、いかさないとっ☆」
 闘気解放。気力を高め、構える槍盾。星や愛の言葉でデコられたそれ。
「しかも! このガッコに来たら、かっこいいだーりんまでできたんだしっ」
 ちゅっと口付けるのは、盾に貼られた恋人の写真。一人じゃない、怖くない、揺るがない。
「お金稼げる! しかも天魔で困ってる人もオタスケできちゃう! だから……」
 地を蹴った。揺らぐ髪。視線の先。同じく力を纏い得物を振り上げる『ふゆみ』――否、『天魔』。
「ふゆみのお仕事は……天魔ってゆうガイチューをタイジすることなのだっ★」
 一閃。そこに容赦も躊躇もない。純粋なる力は天魔の盾をも払い退け、その身に深い傷を刻んだ。目障りだよっ。言い放って。息を吐く間も与えはせぬ。武器を巧みに操り、ふゆみは疾風怒濤の勢いで天魔を攻め抜いてゆく。

 ――危険だから撃退士なんてやめて帰っておいで。

 依頼報酬は小遣いを少し取り、他を全て雑貨や食料を買い母親に送る。そんなふゆみに、母親はそう言うけれど。反対するけれど。引き止めるけれど。心配するけれど。

 大丈夫。
 なんにも心配しないでいいよ。
 だからふゆみに、どーんと任せて!

 母親はもっと大変なんだ。天魔を倒せば家族の為のお金を稼げる。皆の平和を護る事が出来る。弟妹の笑顔を護る事が出来る。
「害虫なんかに負けないよーっ!」
 故にふゆみには天魔に対する恨みも憎しみもない。それは人を殺す『害虫』であり、それを駆除すればお金が手に入る。それ以上もそれ以下もない――それが、新崎ふゆみという少女だった。
 ズガッ、と。槍盾の切っ先が天魔の咽を貫いた。ふゆみはそれを、天魔の腹を蹴って引き抜いて。
「わはー、ふゆみはやればできる子なんだよっ★」
 勝利のダブルピース。

●弾頭ロア
「何故、お前は戦う?」
「戦う理由か……最近深く考えなくなってたな……」
 問うたのは桜花(jb0392)、濁す様に苦笑をしたのもまた桜花。構えた散弾銃。同時。向かい合う銃口。銃を向け合う桜花。
「私の劣化版って言うなら、敵の苦手な戦術より自分の得意な戦術でいけば!」
 銃声二重。飛び散る散弾が少女達の肉を裂く。
「何故、戦う?」
「私は私。それを言おうが言わまいがあんたは気にしないんでしょ!」
 声を張り上げ睨み付け、桜花は再びショットガンを構えた。視線の先では『桜花』が同じ動作をしている。
 銃声。
「何故、戦う?」
 銃声。
「何故?」
 銃声。
「ッ……」
 ボタボタッと血が垂れた。散弾が桜花の体中にめり込み埋まり、激しい痛みを脳に届けている。裂けた唇を拭った。銃を構えた。
「今は敵を倒すため! そして戦いを終わらせるため! だからそれ以上は答えないよ!!」
 銃声に負けじと大声を。身体に刻まれた傷痕が、ズキリと痛んだ様な気がした。
 銃声。
 銃声。
「何故?」
 銃声――血みどろの自分崩れた建物瓦礫の山血溜り息の無い少年少女ディアボロらしき何か死体血血血血血

 ズキリ。

「う あ゛ アアアアアアアアアアアッ!!」
 心的外傷が悲痛に叫ぶ。フラッシュバック。見開いた目に血走る目。歯列を剥いてケダモノの様に、桜花は遮二無二ショットガンで『桜花』の横っ面を殴り付け。
「私が強ければあの子は今も生きてた! 私が強ければあの子はまだ撃退士だった! 私が強ければ私がやられるだけですんだんだ!!」
 至近距離で『桜花』の銃が火を吹いて、桜花の肉を吹っ飛ばしたけれど。それが何だ。たかだか痛くて血が出るだけだ。『桜花』の口に無理矢理突っ込む銃口、ベキリと偽の前歯が折れる音。
「だから私は……強くなるんだ! あの子のようになる人が出ないように!!」
 立てた誓いは決して破らぬ。怒りに燃えながらも、その目に宿る想いは鉄よりも堅く確かなもので。

 引き金を、

    ――引く。

●ドラゴンエッジ
「どうして、あなたは戦うのですか?」
 嗚呼、やはり自分の姿の敵というのはあまり気分の良いものではない。召喚獣を傍らに久遠 冴弥(jb0754)は細めた目で『己』を見詰める。人の戦う理由への興味で作られたのか、戦う理由を問う事で戸惑う事を期待しているのか、推測すれど答えは無し。
「天羽々斬、壁を」
 敵である自分が他の者の所へ行かぬ様に。逞しい四肢で地面を踏み締めた黒銀のティアマット、天羽々斬が低く唸りつ主人と同じ顔をしたディアボロを、それが魔力で造り出したティアマットの様な影を睨ね付ける。立ち塞がる。
 自分のみの勝負に拘ってはいないけれど。他が『自身』と戦うのであれば、自分は『自分』を止めねばならぬ。
「参ります」
 とは言え、戦うのは天羽々斬だが――掲げた片手を振りおろせば、牙を剥く天羽々斬達が一斉に躍り出た。振り上げる腕、突き立てる牙。呻り声を轟かせ、踊る様にケダモノ達が戦い合う。
 いつもの様に。
 いつもと同じ。
「……いつもそうしてきました、任せます。抑え込んでください」
 凛然と立つ冴弥が表情を変える事はない。ただ、その身体に傷が増えてゆく。ひとつ、またひとつ。それは『冴弥』も同様、その虚ろな目が冴弥を見ていた。
「どうして、あなたは戦うのですか?」
 最中の、問い。ケダモノの呻り声と戦闘音楽を聴きながら。ふむ。『冴弥』の問いに冴弥は静かに口を開いた。
「何故戦うか……少し前の私なら、確かに疑問に思ったでしょうね。今は、そんなことを疑問に思っていないからこそ戦います。自分の生き方を、必死に生きてみたいと思ったんです」
 情熱を燃えさせる事は無く淡々と生きてきたが、それはもう過去の事なのだ。少女は『必死』を知った。己を突き詰める意義と奥深さを知った。
 もう、今までの久遠冴弥とは違うのだ。
「生かされるのではなく、生きる道を選んだからこそ。それが誰かの生き方とぶつかっても。戦うというのは、その意地の通し方だと思いましたので」
 言いきった。その傍ら、飛び下がった天羽々斬が傍らに。その名を呼び、その背に乗る。両手に携えるは真っ直ぐな刃。視線の先には同様にティアマットに跨った己の姿。
 言いきった。故に、最早言葉は必要ない。
 後は同じ。いつもと同じ。
 敵を、斃す。
「天羽々斬」
 名を呼べば荒々しくも知性ある声が返って来る。
 魔龍達が地を蹴った。詰まる間合い。耳の傍を風が駆ける音。
 擦れ違いの刹那――『冴弥』の刃が冴弥の横腹を切り裂いた。けれど、冴弥の刃は『冴弥』の咽を一撫で。
 通り過ぎた、冴弥の背後。どう、と頽れるのはウツシというディアボロで。

●灼龍、轟吼
「貴様は何故戦う」
 同じ顔、同じ声。それは紛れもなくリンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)。
「……自分を壊す為。それ以上、それ以下でも無い……」
 リンドが吐き出したのは酷く乾いた声だった。嗚呼、見れば見るほど情けないのはその姿。細めた異形の瞳の先、重体であるリンドと同様、『リンド』もまたボロボロズタボロ傷だらけ。風体ばかり凝り固め、面構えだけ整えて、挙句の果てのこの様だ。自分は、そんな『自分』が。自分が。
「何よりも、疎ましい」
 蹌踉めく様に踏み出して、包帯だらけの手で大剣を振り上げて。今にも倒れそうな力無い一閃。けれど渾身の剛閃。同じ剣で受け止めた『リンド』を押しやる。ふらつきながら。
 嗚呼、嫌だ嫌だ。昔からだ。戦いなんて嫌いだ。大嫌いだ。それでも戦わなくてはならなかった。自分を押し殺してでも、周りの言葉に只管従い戦い続けねばならなかった。
 いつからか、下衆な手段で解決するようになっていたのは。無抵抗な敵を、取るに足らぬ弱者を痛めつけ、それで『強くなった』と驕っていたのは。
「おぉおおあああああッ!」
 叫び、虫の息で剣を振るう。体中が酷く痛い。切れた包帯が地に落ちて、その上を赤い色が更新する。分かっている。分かっている。力無き戦士に価値など無い。分かっている。自分は力だけではなく、意志も信念も魂も何もかもが脆弱なのだと。
「だから……消えろ、だから壊れろ、だから、死ね……!!」
 ごぶっ、と血を吹きながら。剣を振り上げて、振り回す。剣を振り上げて、振り下ろす。ただただ力が続く限り。憎しみをぶつける様に。その身を血肉の塊にするかの様に。
 嫌いだ。嫌いだ。戦いも。弱い自分も。卑劣な自分も。全部全部。無くなってしまえば良い。砕けて消えてしまえば良い。
「俺は……俺は……俺は……!」
 否定する。徹底的に否定する。自分を。『自分』を。自分を。
 荒い息が弾む。地面に突いた剣で身体を支え、リンドは牙を剥いて顔を上げた。普段の穏やかさからは想像のつかぬ、獰猛。彼は諦めの悪い男だった。
 一方の『リンド』はいっそう傷だらけで、けれど表情は一切変えずリンドの声で訊ね続けるのだ。
「貴様は何故戦う」
「貴様を……俺を壊して、俺は……」
 轟、とリンドが振るった刃。それが『リンド』の腕をその剣ごと刎ね飛ばし。宙を舞ったそれがリンドの後方に落下した。の、同時。リンドはもう一度、剣を大きく振り上げていて。

「誇れる『理由』を、手にするために戦うのだ……!」

 一閃。

●白輪影踊
「ふむ。貴方は何故に戦うのですか」
 風よりも速く駆け、銀の光を奔らせて。ミズカ・カゲツ(jb5543)の目がミズカを見据える。闘気の宿る双眸。地を蹴る音。交差する白き凍雪の刀『鋭雪』。
「ふむ。ディアボロと言えど自分の姿をした者に、何故戦うのかを問われるのも摩訶不思議な経験ですね」
 拮抗は一瞬。すぐさま刃を払い除けては飛び下がる。間合いを測り合う。ただ寄って斬るのみ。その瞬間を、最適な時を、見極めん。
 再度。閃光の如く飛び出す刹那。鬼神一閃。二つの鋭雪が二人のミズカの白い肌を切り裂いて、赤い花をパッと咲かせた。
「……ふむ」
 肩から胸にかけて切り裂かれたその傷にチラと目を遣って。走る痛みに表情を変えないミズカは油断なく剣を構え直す。目が合った。『ミズカ』と。
「貴方は何故に戦うのですか」
「ああ、私が戦う理由でしたか。さて……」
 答えるのもまた一興。ミズカは少し、目を細め。
「其も幼少の頃のより武器の扱い方、ひいては戦い方を教え込まれた身としては、戦う事自体に疑問を呈する機会は余り有りませんでしたね」
 彼女は、武術に秀でた風変わりな一族の生まれだった。その生まれゆえに、戦いとは即ち呼吸の様に自然なもので。「ふむ」と小さく頷く。だからこそ、はぐれ悪魔となる前ならば、このディアボロの問いに明確な答えを用意する事は出来なかっただろう。
 けれど、今は。今ならば。
「久遠ヶ原学園に所属する撃退士として人と共に闘う今ならば、其の答えは持っています」
 握り直す雪の刃を、『ミズカ・カゲツ』に突き付ける。空気を少し、吸い込んだ。
「何故戦うか――仲間の為、仲間と共に歩む為です。此処には私を悪魔と知ってなお受け入れてくれた人達が居ます。其の人達の想いに報いる為にも、我が力の出来うる限りを尽くし、互いを鼓舞し支え合いながら戦うと決めたが故の答えです」
 燃え上がる気の焔。陽炎の様に揺らめいた。静かに、されど果てなく熱く、燃え上がる。
「さて、問答は此処までとしましょう。此度の依頼、その目的はディアボロ討伐ですので、今ここで討ち取らせて頂きます」
 轟。加速。疾風の如く間合いを詰め、鋭雪を一閃。それは純粋に速度と力で破壊を齎す剛の技。両断。致命的に切り裂かれたウツシが、血潮を吹いて頽れた。
 それを背中に、ミズカは静かに刃を収めつ。
「――改めて自分を見直す良き機会となりました。其の事については感謝を」
 パチン、と剣が鞘に収まる音にて終幕。

●赤い紅い赫い色
「ねぇ、あんたはどうして戦うの?」
 パーカーの袖口より刃を二本。握り締めて突き付けた先には、同じ武装で同じ顔で同じ声のの鬼灯丸(jb6304)。二人とも本音を見せない笑みを浮かべて。
「何故戦うのか……だっけ? そうだなぁ〜」
 手遊びに手の中でポンと放る刃。くるくると弧を描く。鬼灯丸は細めた目で、『鬼灯丸』を見遣った。
「……ねぇ『あたし』。昔の事、覚えてるか?」
 昔々。子供の頃も、親の事も覚えていない。自分は独り。気が付いたらたった独りで戦っていた。覚えているのは戦いへの歓喜のみ。暴力の美酒。敵を斬る感覚が、相手の命を己が手で奪う感覚が、自分の命を相手に握られてる感覚が、好きで好きで堪らなかった。故に戦ってきた。
 今だって戦いは好きだ。けれど、昔とは違う。今自分が戦うのは己の欲を満たす為なんかじゃない。
「あたしは変わった。人間に助けられて、この学園に来てから。仲間が友達が守るべき人達ができて、孤独じゃ無くなった。あたしはもう、あの頃に戻りたくない」
 独りは辛い。それは、独りじゃない素晴らしさを知ってしまったから。
 だから、護りたいと思う。大事なものを、素晴らしいものを。
 生きて生きて、護り抜く。生きているのは、楽しいから。
「――あたしは大切な人達を自分の居場所を守る為に。人間に救ってもらったこの命を無駄にしない為に。生きる為に強くなる為に戦う」
 これがあたしの戦う理由。受け止めた刃を『自分』に突き付けた。
「あんたと一対一で戦いたいのは、過去と決別するため。さぁ来い『あたし』、過去のあたしとは違うって事を証明してやる」
 光纏。ざわ、と灯る光に彼女の髪が瞳が鬼灯色に赤くなる。
 鉄砲の如く、地面を蹴って飛び出した。『鬼灯丸』も全くの同時に飛び出せば、4つの刃がぶつかり合う。何度も何度も。火花を散らせ、空を切り。
 戦っている。今、自分は戦っている。戦いは楽しいと思う。けれど今の鬼灯丸には戦いに酔い喜ぶ色は欠片も無く、敵を見据えるケダモノの如き縦の瞳は真剣そのもの。
 ぎん、と刃の音が響いて。鬼灯丸の白い肌に赤い傷が刻まれる。それが何だ。それがどうした。怯む事なく、彼女は大胆不敵に踏み込んで。
「はァッ!」
 裂帛一閃。独楽の如く鮮やかに回れば手にした二刀が『鬼灯丸』に鋭く深い傷を残した。舞う、赤。散る、赤。
「あたしは独りじゃない――独りじゃないから、絶対に負けない!」
 負けないから、死なない。蹌踉めくウツシが振るう刃を素早く躱し、攻撃の手を緩める事は無く。猛攻。押してゆく。
「これでトドメだッ!」
 最期はこの手で。体勢を崩した『自分』に――鬼灯丸が突き出した刃が、咽と胸とに沈み込む。
 赤い、赤い、色。

●ハートフル・フルバースト
「どうしてあなたは戦うの?」
 刃と刃、鍔迫り合い。瞳と瞳、小埜原鈴音(jb6898)が見つめ合う。鈴音は首を傾げて逆に問うた。
「私と瓜二つのあなたが、私の欲している唯一無二の物を与えてくれるの?」
「どうして戦うの?」
 されどやはり返されるは質問。訊くだけ無駄か。薄く眉根を寄せ、鈴音は銀の直剣を振り払い間合いを取る。油断なく剣を構えて。
「なぜ戦うのか? そんなことはずっと前からわかってる。重要なのは、あなたと戦えば欲しい結果が得られるのかってことよ」
 言下に踏み込み、振り下ろす。鈴音の劣化版である『鈴音』の身体に赤い線が刻まれる。
「どうして?」
 それでも同じ言葉を繰り返すのだ。鈴音の声で。鈴音の顔で。鈴音の剣を振り上げて。
 初めこそ、鈴音は冷静だった。
 けれど。『自分』の姿に、募るは苛立ち。
「なぜ、私を真似るの? 私と同じで時間がないの? 馬鹿にする目的だったら許せない」
 自分は、こんなにも一生懸命なのに。それを嘲笑われている気がして。苛々。荒れる剣閃。八つ当たりの様に力尽く。
「あなたは随分元気そうね。私の体と交換して欲しいくらい!」
 自分は、こんなにも一生懸命なのに! もがく『不良品』を馬鹿馬鹿しいと見下すのか? 嗚呼、嗚呼、苛々する!
「どうしてあなたは――」
「なぜ、同じ言葉ばかり繰り返すの!? やっぱり私を小馬鹿にしてるんだ!? あなたに私の何がわかる!? 余命いくばくもない人間の焦燥なんて、おまえなんかに分かってたまるか!!」
 最早それはケダモノの絶叫に近く。腕の関節が外れそうになろうとも滅茶苦茶に剣を振りまわした。呻りながら。呻きながら。狂った様に。目を血走らせ。叫んで。泣いて。泣いて。泣いて。形振り構わず我武者羅に。

 劣化版の癖に。
 私より駄目な癖に。
 出来損ないの癖に。

 出来損ないの癖に。出来損ないの癖に。出来損ないの癖に!

「笑った? 今、私のこと笑ったでしょう?」
 理性も冷静も完全に消失した目で、涙に震え潤んだ目で。手だけは、血が滲む程剣を握り締めて。咽が裂ける様な絶叫。叩きつける剣に『鈴音』が倒れ込む。それに、『出来損ないの出来損ない』に、鈴音は片足を強く乗せて踏みつけて。
「笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、笑うな!!」
 ざく。ぐしゃ。何度も何度も振り落とす剣。吹き上がるのは血飛沫。返り血の飛び散る頬を滑り落ちるのは大粒の涙。
「笑うな、笑うなよ畜生ッ、馬鹿にするな、私を馬鹿にするなぁあア゛ァあぁああ゛ッ!!!」
 『鈴音』の原形が崩壊するまで、鈴音の悲痛な叫びは終わらなかった。

●ロイヤルストレートフラッシュ
「キミの戦う理由は?」
 二刀を携えた女が二人、向かい合う。人を食った様な笑みを浮かべて。
「戦う理由……ね」
 たまにはこんな趣向も悪くないかもね。独り言つ女の声もまた同一、『彼女達』の名はウェル・ラストテイル(jb7094)。と、刹那。ゆらり、影の様に『ウェル』の懐に潜り込んだのはウェル。水の流れる様な、一閃。
「キミの相手は私だからさ。余所見は絶対、赦さないからね?」
 進路を塞ぐ様に、肉薄。鼻先が触れ合いそうな程の距離。見つめ合う紫の瞳。直後に『ウェル』が振るう刃。受け止める。がぎんと堅い音。ぎぎぎぎぎ。
「さぁ、ショウタイムだよ……私とキミ、どっちが速いかな」
 がぎん。撥ね上げ、間合いを取って。地を蹴り加速。燃えるアウル。残像を残し、軌跡を描き。幾度もぶつかり合う刃。白い肌に赤が咲く。
「キミの戦う理由は?」
「『人間が勝つ方に賭けたから』。私の理由なんてそんなもの」
 なんて、ポーカーフェイスとは無縁の顔で。
「私は賭博師だからね。人間対天魔なんてカード、一枚噛まずにはいられなかったのさ。それに賭けのリスクが大きい程、その向こうにあるリターンに魅力を感じて逆張りしたくなるのさ」
 見栄を張った詰まらない人生より、馬鹿馬鹿しくとも楽しい人生を。そうだ、折角生きているんだから。楽しまなければ損である。
 翻る『ウェル』の刃がウェルの肩口を切り裂いた。広がる赤に、けれど賭博師は「だからこそ面白い」と口角を吊り。
「至高の勝負に全てを賭けて、その果てに負けて灰になるなら幸せさ。だから私は私と同じ姿をしたキミを斬るのを躊躇わない。私の命は、既に一枚のチップとしてこの大勝負にベットしてあるんだから」
今更自分を斬るくらいで勝負を降りるつもりはないよ。腕から滴る赤い血が、粒になって、離れて落ちて――

「ShowTime!」

 それは刹那すらも飛び越える技。一閃・奔<ショウタイム・ハシリ>。爆発的に燃え上がるアウルに勢いを乗せ、自らが弾丸と成ってウツシに飛び込んだ。それは最も信を置く、破壊。ど真ん中。刃で撃ち抜き砕き、貫いて。
「――Jackpot」
 呟いた唇が笑んだのと、落ちた血が地面にべちゃりと着地したのは、同時だった。

●わたしはわたし
 一同が顔を上げれば、そこに居たのは自分を含め11人。ディアボロの姿はない。任務は、達成したのだ。
 気が抜けた様にリンドはその場に蹲る。二つの目から止め処ない涙。それを両手で蔽い隠し、声も咽に押し殺し。けれど歪んだ口唇からは、不気味な鳴き声とも笑い声ともつかないモノが零れ出ていた。
 一方。仲間に背を向け、少し離れたその場所で。鬼灯丸は黄昏の中に立っていた。
「さようなら。孤独で愚かだったあたし」
 仲間に聞こえぬ一人の呟き。それは過去との決別であり、新たな鬼灯丸の誕生の日。
 溜息一つ。鈴音は何とは無しに日の沈みゆく空を見上げてみる。
「ありがとう。今回もやっぱり得られなかったけど、自分のの弱さと対峙するきっかけにはなったわ」
 同時に、冷静さを欠き周囲が見えなくなった事等を反省し。自身の左胸に手を宛がう。己の脆弱と向き合う切欠にはなった、と思う。

 明日もまた、歩き出さねばならぬ。
 この命が果てるまで。



『了』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

神との対話者・
皇 夜空(ja7624)

大学部9年5組 男 ルインズブレイド
重城剛壁・
神埼 煉(ja8082)

卒業 男 ディバインナイト
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
肉欲の虜・
桜花(jb0392)

大学部2年129組 女 インフィルトレイター
凍魔竜公の寵を受けし者・
久遠 冴弥(jb0754)

大学部3年15組 女 バハムートテイマー
誇りの龍魔・
リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)

大学部5年292組 男 ルインズブレイド
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
欺瞞の瞳に映るもの・
鬼灯丸(jb6304)

大学部5年139組 女 鬼道忍軍
悲しい魂を抱きしめて・
小埜原鈴音(jb6898)

大学部5年291組 女 ディバインナイト
治癒の守護者・
月野 現(jb7023)

大学部7年255組 男 アストラルヴァンガード
High-Roller・
ウェル・ウィアードテイル(jb7094)

大学部7年231組 女 阿修羅