●青い空、白い雪
転移装置の向こうは銀世界だった。吹き抜ける寒風が撃退士達を肌を容赦なく掻いてゆく。
「残暑厳しい……って訳でもねーが、まだ冬にはちと早いのぜ……」
ズビッと鼻を啜りながら、ギィネシアヌ(
ja5565)が冷える両腕を摩りながら呟いた。そんな彼女を温める様にモフモフと撫で、
「準備は良いな、生徒諸君?」
教師棄棄が生徒一同へ振り返った。
「遠足ですね、楽しみですよー! って、またですか〜っ!?」
前回の遠足もこうだった、とオルタ・サンシトゥ(
jb2790)は頭を抱える。そうです、またです。棄棄が笑う。その様子に苦笑を浮かべたのはヒスイ(
jb6437)だ。
「ふむ……遠足とは過激な行事なのだな……?」
「さすが久遠ヶ原学園だ、遠足がディアボロ退治とは!」
それに続き、季節外れの白い息を吐き出してミハイル・エッカート(
jb0544)が大きな動作で肩を竦める。
24人の撃退士達は、残暑厳しいこの季節に何故この場が銀世界なのか――その理由を知っていた。
胡乱な気配に視線を向ける。神秘を纏いながら。阻霊の領域を展開しながら。武器を構えながら。
そこには、蠢くディアボロの群。突き刺さる様な殺意。
「さてさて、そんじゃ行きますか 。どこまで強くなれたか、センセーに見てもらう良い機会だ」
ニヤリ、と。その手にくるくる銃を回しながら麻生 遊夜(
ja1838)が不敵に口角を吊り上げる。その傍ら、影の様に寄り添う来崎 麻夜(
jb0905)もまた、クスクスと朧な含み笑いを浮かべながら。
「ふふ、先輩も張り切ってるしボクもがんばろー」
踏み締める一歩。張り詰める空気。
でも、戦いが始まるその前に。
「ひなこ、くれぐれも無理はするなよ?」
「うん。敦志くんも気をつけてね」
気遣う言葉。如月 敦志(
ja0941)の心配を押し殺した優しい眼差しに、栗原 ひなこ(
ja3001)は努めて微笑んで見せる。ぎゅっと彼の手――腕時計がキラリと輝いた――を握り締め、込めるのは無事の祈り。
さぁ、戦いが始まる。
「残暑が厳しい今日この頃ォ……こいつらバラバラに砕いてカキ氷したら美味しいかしらァ……♪」
まぁディアボロはメイドイン死体なのでカニバリズムでネクロフィリアな事はしないけれど。うっそり笑い、黒百合(
ja0422)は大鎌を構え――仲間と共に敵へと、吶喊。
●白いソレを朱に染めて
轟、と。地から響く様な音を上げて、斬り込んで来たのは25体のスノウポーンと4体のアイスナイト。
初めての戦闘任務――緊張に喉が張り付く心地を、ヒスイは覚える。落ち着け。大丈夫だ。やればできる。すぅはぁと深呼吸。
「まずは厄介な数の差を覆そうか……」
練り上げる、魔力。そこからほど近い所では同じく、火炎の術式が構築されていた。
「……さぁ、行きますよぅ?」
「削るだけ削らせてもらうぜ……!」
翳された掌と展開された魔法陣は二つ。敦志と鳳 蒼姫(
ja3762)、二人の魔法使い<ダアト>。
合わせて喰らえ。その身に刻め。
「「「燃えろ!!」」」
放たれる劫火の双球。炸裂する火炎。それと共に、極彩の炎が立て続けに爆発し広範囲を灼熱に染める。
「僕達も続きましょう」
清浄な光をその身に纏う黒井 明斗(
jb0525)がさっと視線を遣った先にはクリスティーナ・カーティス。うむ、と頷きが返って来る。同時に紡いでいく同一の詠唱。
(もう、僕は二度と負けられない)
鋭く、眼差し。その奥で少年が思い返すのは京都での出来事。もう、失わない為に。護る為に。強くなければ生きていけない。我武者羅にならねば、ならなかった。
「僕は――負けてはいけないんだ!」
星屑よ落ちよ。掲げた手を振り下ろせば、頭上に現れた魔法陣より無数の彗星がスノウポーンへ降り注ぐ。重圧を与える轟音。裁きの鉄槌が如く、クリスティーナが合わせて放った術と共に広い範囲を制圧する。だが全ての敵を、とはいかない。攻撃を合間を縫ってきたスノウポーンが、凍て付く剣を振り上げ撃退士達へ躍り掛かる!
ぎん、と鋭いもの同士がぶつかり合う堅い音。
魔刀『紫電』でスノウポーンの一撃を受け止めたのは鳳 静矢(
ja3856)。纏う紫光がゆらりと揺らめく。
「まずは敵数を減らそう」
言いながら、一閃。紫鳳翔。刀に纏っていた紫のアウルが鳥の形となり一直線に飛翔する。
雪が飛び散る戦場。最中に燃える青い炎光。戦斧を手にマキナ(
ja7016)は敵の波を真っ向から睨ね付ける。その口元に浮かぶは、戦闘への抑えきれぬ歓喜だ。その傍らに『歓喜』がもう一人。青白い光のリボンを纏うメリー(
jb3287)。
「お……お兄ちゃんと一緒の戦闘だ……嬉しいの!!」
戦闘は得意では無いが、兄を護れるなら。今がその時だ。頑張らねば。頑張るのだ。いいや、『頑張る』。
「メリーを、『見て』!」
纏うリボンがいっそう輝き、悪魔達の意識を惹き付ける。スノウポーン、アイスナイトの攻撃の矛先が彼女に向く。凍て付く攻撃がメリーの肌を切り裂き、赤い色に染めて行く。けれど。今だ。さぁ敵は集めた。己の事は気にするな。視線は一つ、愛する兄へ。
「妹と共闘か……これはヘマしてられないな」
兄として兄らしくあらねば。斧に集める全身の気。それを轟と振るい抜けば、一直線に迸る斬撃が冥魔達を薙ぎ払った。
さぁ攻撃の手を緩めている暇はない。
白い雪原に黄金の髪が、優雅に靡いた。
雷神の名を冠した剣と、閃光の異名を持つ剣が十字に交差する。敵を見澄ますのは何処までも凛とした青い目で。
「「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!」」
双子の姉妹、アンジェラ・アップルトン(
ja9940)、クリスティーナ アップルトン(
ja9941)。
「準備はよろしくって、アンジェラ?」
「当然。合わせて決めますよ、クリス姉様」
「さぁ、私達姉妹の華麗な剣技に酔いしれなさい!」
「女王の前に跪け!」
「「必殺!!」」
メリーが引き寄せる悪魔達へ、声を揃えた二人の戦乙女が刃を構える。溢れる光が剣を包んだ。
「我が流星の煌きで悪しき者らに永遠の眠りを与えん……! スターダスト・ドリーム!!」
「流星の輝きの中で散りなさい! スターダスト・イリュージョン!!」
星屑夢想、星屑幻想。夢の世界へ誘う様な星屑の輝きが、キラキラ瞬く幻想的な輝きが、流星群となって戦場を駆け抜ける。それは『必殺技』の名に恥じず、敵のみ選んで爽快な程に吹っ飛ばす。
「えぇい、クリスティーナもアップルトンも二人ずついるのか。じゃあアンジェラはアンジェラのまま、ダブルクリスティーナはアップルトンとカーティスで呼び分けるぜ、良いな!」
応援していた棄棄の声。ふっとミハイルと目が合った。ニコヤカに手を振られた。みーちゃん頑張れ、と。
(みーちゃん……)
突っ込んだら負けなのだろう。ミハイルは拳銃を構え、サングラスの奥から味方前衛と切り結ぶスノウポーンに狙いを定めた。
「いくら酷暑でもアレをハグするのは厳しいな」
押し込む引き金。発砲音と共に、螺旋を描く弾丸が真っ直ぐに飛んで行く。
「うぅ〜、また勘違いをしてたみたいです……」
ボク知ってる遠足と違う、とオルタは声を渋らせる。でもでも、いつまでも気にしていても仕方ない。
「さてさて、切替えていきましょー! リード、おいで!」
髪と目を鮮やかな真紅に染めて。ブリゲード――リードと愛称を持つ暗銀色のストレイシオンが召喚される。
「よしよし、いいリード? しっかり狙うですよ」
指で指し示すのはスノウポーン。賢龍が低い声で鳴き了解を示す。擡げる首。そして振り下ろすと同時、吐き出されるのはイカズチの様なエネルギー弾。炸裂。雪交じりの土煙。
それを掻い潜る様に。4体のアイスナイトが蹄の音を響かせて斬り込んでくる。前衛の撃退士へ凍れる槍を振るい、赤い色を巻き上げる。
「それ以上は、進ませない……!」
最前線。その前に立ちはだかるのは龍崎海(
ja0565)。京都の結果より、鍛錬を積み重ねる為。目指すは更なる高み。もっと上へ。だからこそ。不動の眼差しの青年は呪文を唱え、構築した魔法陣より裁きの鎖を繰り出した。じゃらりじゃらり。唸りを上げて。一体のアイスナイトに絡み付く。
「止まって下さいな」
同刻。別のアイスナイトへユーノ(
jb3004)が人差し指を突き付ける。氷よりも冷たい眼差し。放つのは電光石華<フロース・トリスティス>。縛鎖の雷が茨の如く、一体のアイスナイトに絡みついて石に姿を変えさせた。弾けた電華が石像を飾る。
その隙を逃さず。
「往くのぜ、麻夜!」
「うんいいよ任せてー。抜けられると困るからねー」
死神の様な赤黒い襤褸切れの靄を靡かせて。銃で狙いを定める遊夜、その影に『黒』を纏いて溶け込む麻夜。
「その脚、貰おうかね!」
「波状攻撃なら避けにくいよね?」
神速の早撃ち。螺旋を描く弾丸がアイスナイトの脚を穿ち、立て続けに麻夜が掌を振り下ろせば闇より尚暗い異形の黒腕――『絶対者の重圧』が、慈悲も無くディアボロを叩き伏せる。抑えつける。クスクス。傍らの男が持つ銃より立ち上る硝煙のにおいを嗅ぎながら、黒い少女は含み笑った。
(私も――あれぐらい頑張らないと)
防寒着を着こんだ小埜原鈴音(
jb6898)は銀剣を握り直す。戦いを重ねたけれど。未だだ。未だ足りない。欲しいものは何一つ得られていない。こうしている間にも、自分の『残された時間』は刻一刻と減り続けていると言うのに。まるで砂時計の砂みたいに!
「はぁあああァアあアアあッ!!」
形振り構わず叫んで、力を込めて、仲間が拘束したアイスナイトへと臆す事無く突撃を仕掛ける。突き出される刃を盾で受け流し。嗚呼、足りない、足りない、もっとだ。もっと我武者羅に挑むんだ。
(欲するものが得られるのなら、対価がこの命であっても構わない!)
堅き『決意』。出来損ないの矜持。己の『生』を証明する為、鈴音は迷う事なく剣を、振り下ろす。
スノウポーン対応班の苛烈な範囲攻撃、アイスナイト対応班の足止めを主眼に置いた立ち回り。それは効率的に機能し、撃退士に有意な状況を導いていた。
だが一方――
「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』、ってヤツですかねぃ」
「ま、何だろうと遠慮なくやっちまおうぜ」
個人防衛火器を構えつ十八 九十七(
ja4233)、応えたのはサングラス状の赤い光を纏ったギィネシアヌ。二人の視線の先にはフリーズエンプレス――遥か遠く。それは2体のホワイトガーディアンに堅固に護られ、射線もスノウポーンとアイスナイトに阻まれて。攻撃を当てるもしくは接近する為には先ずはこの『壁』を何とかせねばならぬだろう。仮に辿り着けたとしても、だ。そこは敵のど真ん中。しかもこの場に居るディアボロの中で最も強い個体の近く。危険度は高い事この上ない。
それでも、だ。
「相手にして侮り難し、されど不足無しですの。ここはぎーちゃんと抑えます故、さっさと雑魚蹴散らして追い付いて下さいな」
「往くぜ、つっくん……俺たちの強さを見せる時は今、なのだぜ」
「援護は任せて。でも、絶対に無理は禁物だからねっ!」
慣れぬ戦場に心臓を早打たせながらもひなこが二人を見遣った。アウルの鎧を施しながら。
「まぁ、『いつも通り』に」
ゆるり、眠たそうな微笑みで不破 怠惰(
jb2507)が頷く。彼女達こそフリーズエンプレス対応班。
宿願叶ってやっと参加できた遠足――さぁ往こうか。九十七の瞳はあくまでも冷静。撃ち放つ貫通の弾丸と共に、駆け出した。敵の渦中へと。
それは、ホワイトガーディアン対応班も同じ。かのディアボロは盾が如くフリーズエンプレスのすぐ傍に居る。それを『どうにかする』為にはやはり、このスノウポーンとアイスナイトの壁を突破せねばならぬ。
「近付けないなら遠くから撃っちゃえばいいんだよ 一方的に」
そう言ったのは突撃銃を両手に抱えたソーニャ(
jb2649)。ポーンもナイトも数が減るのは時間の問題。現に――
「はッ!」
裂帛一閃。ソーニャへ剣を振り上げていたスノウポーンが、礼野 智美(
ja3600)の振るう槍に斬り払われて雪塵と帰した。
「後衛を護るのも前衛の役目かと」
ひゅんと振るう得物。闘気を解放し、智美がその身に纏うは燃える様な黄金の炎。雑兵など、近寄らせない。
「やるっきゃないのよねェ……」
と言う訳で。黒百合はスノウポーンを縫う様にホワイトガーディアン目指し進み始める。それと同時に暗赤色の神秘を纏うアイリス・L・橋場(
ja1078)も密やかに地を蹴った。
己が射程に辿り着けるまできっと傷を負うだろう――近付かんとしている者に気が付いたフリーズエンプレスが絶対零度の魔弾を幾つも発射する。降り注ぐ暴力。けれどそれに、撃退士達は全力で抗うのだ。
自分達だけで倒せなくても、仲間が来るまで耐えられれば良い。ひなこはその目を真っ直ぐ、癒しの呪文を紡ぎながら。信じている。だって『あたしの仲間』だもの。きっとなんとかしてくれるって信じてる。
「――大事な仲間も絶対沈めさせたりしない! だからあたしも、途中で倒れるわけにはいかないんだからっ!」
これは勝負だ。『とる』か『とらせない』か。負けるつもりは欠片も、無い。
如何せん敵の数は多い。
さて、生徒達はどう出るか――遠方より棄棄は見守る。状況は混沌。どちらに傾くか、今はまだ分からず。
巡る時間、戦闘は続く。
「回復支援は僕達に任せて下さい、皆さんは攻撃を!」
息を弾ませ、明斗が声を張り上げる。カーティスと共に行使するは癒しの光。ディアボロの攻撃で仲間の身体に傷が出来ようと、その低温に苛まれようと、癒し手はそれを見過ごさない。
和らぐ痛み。ヒスイは小さく息を吐く。単独にならぬ様に、と立って居るのはミハイルの傍。数に任せて踏みこんで来たスノウポーンが振るう刃がその頬を掠り、切れた包帯に血が滲む。直後にミハイルが放った弾丸がスノウポーンの脚を穿ってバランスを崩させ――そこにすかさず、お返しだ。ヒスイが返す様に振るい抜くは金属バット。ゴキン、と確かな手応えと共にスノウポーンの頭部を粉砕する。
「リード、皆を護るのですよ!」
そんな仲間達を、オルタはリードが展開する防御陣で支援する。同時に賢龍へ指示を送り、放つ魔弾で攻撃も。
「メリー、大丈夫か?」
「大丈夫なのです! ……お兄ちゃんには指一本触れさせないのです!!」
敵の意識を引き付けるメリーは満身創痍だ。その傍らにて、マキナは少しでも彼女を護る様にとその荒々しいまでの力を振るう。スノウポーンを撃ち砕く。
しかしこの数の敵を引き付けてもメリーが倒れていないのは、防御のオーラを纏うと同時に再生力も活性化して。構える盾。徹底防御。倒れるものか。
「もう一発食らっておけ!」
メリーが集めた敵へ、敦志が掌を向け翳す。真紅の魔法陣。そこから放たれる劫火が、雪の兵を薙ぎ払って。
その同刻。
「皆、背後や側面からの強襲に気を付けて! 互いが互いの目になるの!」
アイスナイト対応班。互いの死角を補い合うよう、鈴音は海と背中合わせに襲い来る兵と騎士達を迎え撃つ。
劣勢、とまではいかないが。撃退士の想定以上に時間はかかっている。
だからこそ、ここで気を緩める訳にはいかないのだ。
「動きを止める。その隙を!」
「はい!」
積極攻勢。海が繰り出した聖なる鎖にアイスナイトが絡め捕られ、その隙を突いた鈴音が弾丸の如く飛び出した。反撃の刃がその肩を深く抉ったけれど、怯む事無く裂帛の声を張り上げて。血が溢れるのも構わず振るい抜く、一閃。遂に一体を斬り倒す。
それを視界の端に留めつつ。未だ残るスノウポーンとアイスナイトに接近されたユーノは魔力の電界を展開する。壊雷<インサニア・コンターギオ>。それは干渉した意識を掻き乱す電気信号。
「そこだ!」
「頭が高い、ひれ伏せっ!」
敵に生じた隙を決して逃さぬその様は宛ら狩人。強かに牙を突き立てる様は猟犬か。
遊夜が放つ弾丸と、麻夜が振り落とす絶対者の重撃。重なるそれが、更にもう一体のアイスナイトを撃ち砕いた。
スノウポーンの数は大きく減っている。兵士と騎士を落とすのは時間の問題か。問題は、それまでに他の班が持つか――警戒を緩めぬ遊夜が遣った、その視線の先。
堅牢に構えられたホワイトガーディアンの盾は健在。それに護られ、フリーズエンプレスが放つ凍れる魔弾が撃退士達に降り注ぐ。絶対零度がアイリスの肌に血の華を咲かせるも――彼女の表情は鉄の様に変わる事はない。氷よりも冷たい眼差し。赤い色。
「――」
ポソリ、呟いたのは滅殺の呪言か。それとも全ては幻か。呪術を刻まれた双剣を振り上げる。白と黒の刃。遍く黒く。踏み込んだ。ホワイトガーディアンへ突き立てる『牙』の名はFlagel Luna。奔る紅。
奪い取る生命力。腹を空かせた狼の如く。
「まだまだ……!」
同じ技を、智美もまた同対象へ放っていた。満ちる力を感じる。まだ戦える。息を整え、得物を握り直し、彼女は刃を振り上げた。
「どーんどーん」
前衛の攻撃とタイミングを合わせて波状に。ソーニャは平然とした表情のまま構えた施条銃より火を奔らせる。執拗に狙うは一転、守護者の右肩。部位狙いは難しいけれど、『百撃ちゃ当たる』と誰かが言っていた。
「何事も積み重ねる事が大切なんだね 。『千里の道も一歩から』……一歩一歩の積み重ねが遠足なんだね」
戦場を駆ける弾丸。
「へいへーい、ぶっぱしちゃうよー」
鎖が絡み付いた棺桶、その頭部側より迫り出したガトリング砲を唸らせて、怠惰。弾幕が如く、光の弾丸。守護者が構える盾に圧を与えて牽制する。
「さっさとそこを退くんだな!」
「いやはやこれだけ居れば何処撃っても当たりますねぃ?」
翼を生やした大蛇の幻影――紅弾:財宝之守<クリムゾンバレットタイプクエレブレ>でギィネシアヌは仲間を女帝の攻撃から護り、背中合わせに九十七がポンッという音と主にグレネード弾を発射する。刹那の後の大爆音。
「もぅ、ギイネちゃんも九十九ちゃんも無理するんだから……不破さんも頑張って! あたしも回復、頑張るからっ」
そんな彼女達へ声をかけつつ、ひなこは持てる限りの回復を送りこむ。願いは一つ、『みんな無事で』。
フリーズエンプレス対応班の攻撃は結果としてそれを護るホワイトガーディアンへ降り注いでいた。敵の中へ切り込む形になったけれど、兵士対応班の熾烈な範囲攻撃。女帝班の互いを補い合う堅実な行動。それが幸いしてか、倒れた者は一人もいない。
多くの攻撃が守護者に降り注ぐ。その内の一体の、構えた盾にひびが入っているのを黒百合は見逃さなかった。
「随分とカタイのねェ……でも『ナカミ』はどうかしらァ……?」
フリーズエンプレスの魔弾を掻い潜り。黒百合は零距離、虚ろに笑う。笑んだ唇。すぅ、と空気を吸い込んで――叫ぶ様に、口内から超圧縮されたアウルの砲撃。破軍の咆哮。それはホワイトガーディアンの盾と身体を貫いて、装甲を無視しその内部にて『炸裂』する。『粉砕』する。『塵も残さず』。
また一体とディアボロが倒れる中、スノウポーンの数は大きく減っていた。
「一気に決める」
静矢が紫電が激しい紫光に包まれる。紫光閃――その光が収まる事には、超高速の斬撃が一気に3体のスノウポーンを葬った。残りは僅か。ならば。
「これで――」
「決めさせて頂きますわ!」
背中合わせで敵と切り結んでいたアップルトン姉妹が、颯爽と攻勢に出る。
必殺技とはここぞと言う時に使うものだ。
「「光に抱かれ滅び去れ、スターダスト・<ドリーム/イリュージョン>!!」」
迸る流星。圧倒的な光の砲撃が、残ったスノウポーンを全て粉砕した。
「さて、次は……!」
「矛を砕く」
振り返ったアップルトンに続き、紫電を構えた静矢がアイスナイトへ吶喊を仕掛ける。彼等だけではない。アンジェラ、明斗、オルタ、ヒスイ、カーティスが、アイスナイトへ続々攻撃を開始する。
「あんまり無茶するなよ」
「う、うんっ!」
守護者へはマキナとメリーが援軍に。振り返った兄の気遣いにウンウンと頷く妹。微笑ましいなぁとミハイルは思いつつも、あと少しだ。頑張ろう。
「ここで倒れてたまるか。玄関まで無事にたどり着いてこそ遠足だぜ」
駆け抜けながら、アシッドショット。ジャックポット。
一方フリーズエンプレスへは、蒼姫、敦志が駆け付ける。同時に放つは風の魔法。前者は攻撃の為、後者は護る為。
「待たせたな……! 援護するぜ!」
魔法書を携えて、魔法陣を展開した掌を構えて、敦志が張り上げる声。ふわり。『護る風』に、ひなこの髪とリボンが揺れる。少女が振り返った――彼の目と、目が合った。
(……!)
ほっとする。けれど。喜ぶのは勝ってから。ひなこは視線を向け直す。
「癒しの光よ……!」
消える、痛み。
明斗とカーティスも癒しの技を繰り返す。それに支えられ、ナイト対応班は猛攻勢を見せていた。
「闇に惑うといいよ」
クスクス。笑んで、麻夜の纏う黒翼の神秘が散り散りに霧散する。Night Blindness、それは夜盲症。黒く淵く愚かに沈め。
「さてさて、出番ですよスイ」
オルタの傍ら、スカイ(愛称はスイ)と名付けられた召喚された空色のスレイプニルが静かに頷く。視線は主人が指差した、認識を乱されたアイスナイト。一直線。鉄よりも硬い一撃が、アイスナイトの胴を貫き粉砕した。
「うっし、ラスイチやな! 一気にいくのぜ」
遊夜が狙う、最後の騎士。彼だけではない。海、鈴音、アンジェラ、アップルトン、静矢の刃が。ヒスイ、明斗、ユーノの射撃が。一斉に。炸裂し。閃光の如く。疾風怒濤。圧倒的に。砕き去る。
残るはホワイトガーディアンとフリーズエンプレスの二体――だがここで、護られるフリーズエンプレスが凄まじいブリザードで広範囲を薙ぎ払い、撃退士達を強力に攻撃する。意識すら凍り付かせる。そこへ更に容赦なくもう一発が迫り来る。それ以上好きにさせるか。身構える撃退士。
「舞うのです、蒼き鳳凰よ」
「喰らい付け、紅弾:財宝之守!」
蒼の舞踊守陣。蒼姫と共に蒼の鳳凰が舞い踊り、傍らをギィネシアヌが銃口より放った赤い蛇が駆け抜ける。更に九十七がビーンバッグ弾を、敦志がウィンドウォールを。降り注ぐ攻撃もミハイルは急所外しで、アップルトン姉妹と鈴音はシールドで、ひなこは加護の防壁で、静矢は護法によって耐え凌いだ。
今度はこちらの攻勢。
「早めに撃ってりゃ後が楽になる」
「崩させて貰うぜ、その盾」
腐爛の懲罰。遊夜が放つ腐蝕の弾丸が毒々しい紅い花を咲かせ、ミハイルの弾丸もまた腐らせる呪いをホワイトガーディアンの盾に刻みこむ。ぐずぐずと、その厄介な装甲を溶かしてゆく。
「まだまだ暑いから、涼しい所に行きたいって思っていたけど、これはちょっと涼しすぎるかな」
神の兵士を展開した海は十字槍を構えて最後のホワイトガーディアンへ攻勢を仕掛ける。守護者はフリーズエンプレスのすぐ近く、故にそれを近接で狙う者は遍く女帝の『凍れる宮殿』によって冷たい敵意を受ける事となるけれど。撃退士達の支援は手厚かった。
左右から。守護者目掛けて飛び出したのは智美とマキナ。堅牢な防御? ならばそれを上回る破壊力で圧砕すれば良いだけの事。
「合わせて行きますよ!」
「おうよ、潰れろやぁああッ!」
徹し。槍で、斧で。それは堅いモノを貫く為の技。込められた力はディアボロの内部に衝撃を届かせ、その装甲すら拉げさせる。ふぅッ、と。フリーズエンプレスが撒き散らす超低温に、二人の阿修羅の歯列より漏れ出だすのは炎よりも熱い吐息の白さ。
「はわわわー戦ってるお兄ちゃんやっぱりカッコいいのです!」
正に荒れ狂う嵐の様に戦う兄の姿に、メリーは光纏で青く染まった瞳をキラキラさせる。ずっとずっとずっとずっとすぐ近くの距離で見つめ続けていたいけれど、そんな事したらきっとお兄ちゃんに叱られちゃう。
「いっぱいいっぱい頑張ってお兄ちゃんに褒めてもらうんだからっ」
手に持つは魔力の刃。そこに蒼い光を込めて、一閃。振るい抜けば、光の衝撃波がホワイトガーディアンを大きく押しやった。
そんな撃退士達――『先輩』の戦いぶりを。ヒスイはじっと、その目に見つめ脳に刻み込む。
断じて、怖い訳じゃない。けれど驕り高ぶる事も是としない。
どうせ、と可能性を諦めず。自分に出来る事を、最大限。それが礼儀と言うものだ。深呼吸一つ。狙い定める二色の瞳。掌に集めるは不可視の闇。それを弾丸へと変えさせて。
「受けてみろ、この弾丸を……!」
音もなく姿も無く。幽霊の如く、一直線に不可視の弾丸。それは吸い込まれる様にホワイトガーディアンの脳天に直撃し――ぱぁん、と。軽快な音を立てて。撃ち砕き、打倒した。
やった……!? 一瞬、半ば驚いて。嗚呼けれど、感想は全て、終わってからだ。教師だって見ている。今は、今は未だ、『戦場』。
そう、自分は『戦場』に居る。
「よし、他は殲滅終了だな! 一気に決めるぞ!」
決して気を抜く事勿れ。声を張り上げる敦志に、応えたのは九十七とギィネシアヌ。
「やっとこターゲットと接触できましたねぃ。さ、覚悟はよろしくってですの?」
「今までの分、返させてもらうのぜ。……釣りは要らねぇ!」
九十七とギィネシアヌが向ける銃口。
オーバーロード。込められた膨大なアウルが弾丸に爆発的な速度を与えて吐き出だす。
躍蛇赤影<ダーティーヒーロー>。ギィネシアヌが描く『理想の姿』が彼女に重なり、真紅の衝撃波を鋭く撃ち放つ。
それらに並走する様に、オルタのスカイが雄々しく嘶き走り出す。その左右、隙を無くすように布陣し駆けるのはアップルトン姉妹だ。黄金の髪を流星の様に靡かせて。
「「スレイプニルと共に、『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に優雅に美しく参上!」」
「よしよし、スイ、気を抜いちゃ駄目ですよー!」
視線の先。そこにはついに一人となったフリーズエンプレス。が、迫る撃退士達へ呪文を唱えた。刹那。一直線の魔力砲撃が、轟音を立てながら襲い掛かる。
されどその背後に、ゆらり。黒いから垣間見える朧月の如く。立っていたのは、アイリス。真っ黒い刃を振り上げて――Regina a moartea。死神の鎌の様な残像を残すそれは何処までも純粋に『殺す』為の技、死の女王の一閃。敵は潰すべし。敵は撃滅すべし。炎の如き破壊衝動と勇気。溢れる凶暴性。そこに正義も悪も無い。ただ、黒い刃と銀の髪が、舞い踊る。無機質でいて何処か優雅に。
「はァい余所見禁物ゥ……♪」
その刹那をも切り裂いて、何よりも速く。大鎌を構える黒百合がケタケタ笑う。既に『振り抜き終わっていた』。殺し斃す為の黒い鎌。
その攻撃に合わせる様に。
「対女帝様戦用ォー意、なんてね」
「さーいえっさー、あいあいさー、まいんふゅーらー」
棺桶砲を構える怠惰に、敬礼の真似事をして見せるソーニャ。近くにいたヒスイは自分も乗るべき流れなのか考えている内にタイミングを失ってしまった。
悪魔と天使と悪魔。一人目は猛弾幕。二人目は一点射撃。三人目は弓による援護。戦闘音楽。その中で、ふとソーニャは呟いた。
「でも、普通の学校の生徒は天魔と戦えないよね。何を倒しながら遠足するの」
「ん? ん〜……日頃の鬱憤とか。楽しむ気持ちを邪魔するものとか」
ゆるゆる応えるのは怠惰。へぇ、と天使が頷く。そして考える。自分らしい遠足って何だろう。答えはすぐに出た。
「みんなで楽しくだね」
みんなで楽しく集中攻撃。撃滅、撃滅。塵も残さず。来た時より奇麗に。それがお出かけのマナー。
弾丸を緩めず。フリーズエンプレスが繰り出す氷の魔弾の雨に応える様に、遊夜が腐蝕の弾丸を、静矢がアウルの力で強化した弾丸を放つ。ユーノは血絡を用いて堅実な攻めを展開していた。
明斗もまた、番えた矢の鏃に光り輝く星の輝きを込めて。
(僕は、……)
思い返す。生々と蘇る。京都での出来事。己の『失態』。挽回せねばならぬ。少しでも早く。その為には。
(もっと、もっと……)
きり、きり。張り詰める弓。細められた目。高められた集中。
「僕は、強くなりたい――いや、『強くなる』んだ!」
必死に、全力。力が、力が欲しい。全てを護れる強さが欲しい。少年の覚悟を示す様に、矢の弾道は剣の様に真っ直ぐだった。聖なる祝福を受けた矢は、ディアボロにとっては致命的。
それならばもう一発。ミハイルは拳銃に聖なるアウルを弾丸として装填し。
「射抜かせて貰うぜ、そのハート。――残念ながら氷の女帝とはデートはごめんだけどな」
不敵に笑い、押し込む引き金。
「お兄ちゃんの攻撃に合わせて……今なの!」
同様に『聖なる一撃』。マキナが振るう斧に合わせ、メリーが再び光の衝撃波を剣より発射する。
立て続けの猛攻。フリーズエンプレスがタタラを踏む。が、未だ倒れず。氷の暴風。
上等だ。そろそろ仕舞いと行こうか――ギィネシアヌと九十七の目配せ。パッと左右に展開し、向ける銃。
左からは、王冠を頂いた超巨大蛇が唸りを上げて襲い掛かる。それはギィネシアヌの巨躯への憧れ、そして手に入らないなら砕いてしまえという傲慢。紅弾:世界蛇<クリムゾンバレットタイプイオルムンガンドル>。
右からは、有象無象を焚殺する超高温超高圧アウル発砲焔。九十七の必殺技、龍が火焔を吐く様な一撃。ドラゴンブレス弾。
クロスファイア。
焼け、砕かれ。
――踏み止まる。
ならば。
これで決めよう。
ひなこの癒しの魔法に包まれながら。敦志は呪文を唱えて術式を組み上げてゆく。それは炎と氷。相反するエネルギー。
「とっておきを見せてやる――全魔力もってけや!!」
有りっ丈の魔力をつぎ込んで、突き出す掌に構築された魔法陣。滅煉衝−零式−。灼熱と絶対零度。閃光。迸る衝撃波が全てを貫く槍の如く放たれて――遂に、フリーズエンプレスを撃ち砕いた。
「おやすみ女帝様、次はお話できたら嬉しいなぁ 」
怠惰の声の後、吹き抜けた風にそのディアボロは雪の如く崩れ去る。
●家に帰るまでが遠足です
ディアボロが倒れれば、一帯の寒さは徐々に和らぎを見せ始めていた。
「ふー……終わったな。怪我はねーか?」
「あたしは大丈夫! 敦志くんもどこか痛い所ない……?」
「俺は大丈夫。ありがとな」
微笑んで、敦志は己の身体に怪我がないか調べているひなこを安心させるようにもふっと撫でた。
それと同じ様に、マキナも「大丈夫か」と妹へ振り返るが――待ちうけていたのはカメラのフラッシュ。
「ふふー、戦闘後のお兄ちゃんげっとなのですー」
ふわっと笑うそんな彼女に、マキナは苦笑を浮かべたのであった。
「で、弁当はいつ食べるんだ? 腹減ったぞ」
和やかムードの中でミハイルが言う。そう、遠足の醍醐味と言えばお弁当だ。楽しい事があれば、それまでの疲労なんてすっとんでしまうもの。
さぁ、雪の上にレジャーシートを広げたなら。
「いただきます」
両手を合わせて日本動作をアンジェラが行ったのは完全にジャパンアニメ見過ぎである。崩れない様ラップで巻いた小豆サンドをいそいそと広げれば、傍らで姉のアップルトンがじっと見ている……ので、半分こ。だったのだが、カーティスまでじっと見ていたので結局三等分しましたとさ。
「くッ……なんて、事だ……!」
一方のミハイルは顔を顰め、蒼褪めさせる。その視線の先。広げられたお弁当に――蒼い悪魔<ピーマン>。せっせとお箸で取り除く。が。
「みーちゃん、好き嫌いは教師として見過ごせないわ」
ソーニャを抱っこしてナデナデしていた棄棄がシュッとログイン。たくえつしたぎのうをもつるいんずぶれいとのちからをいかんなくはっきしてミハイルのお口にピーマンをシュゥウウーーーーッ! 超、エキサイティン!
そんな楽しそうにしている棄棄へ、声をかけるのはヒスイ。その手にはアンパンが三つ。
「お初にお目にかかる。小等部4年、ヒスイと名乗るはぐれ悪魔だ。以後お見知り置きを……」
「オッス俺は棄棄。ヒスイだな、見てたぜ。頑張ってたじゃねぇか、俺ぁ頑張ってる奴が大好きだぜ」
「生徒として任務をこなしたまでだ。それで……食事を共にしたいのだが」
「だろうなって思って既に頂いている」
あんぱんもぐもぐ。自由な教師。そんな彼に、ヒスイは。
「……戦闘評価も貰えればお願いしたいのだが」
「あ? あー。言っただろ『頑張ってたな』って。あの調子でいきな。大切なのは自分らしく楽しむ事だぜ」
ニッと、微笑んだ。
皆でおべんと楽しいな。ほっこり、お弁当を広げた怠惰は皆を見渡している。人、天使、悪魔が入り混じったその光景。偶には気を抜く瞬間があってもいい、なんて。
「不破」
そんな彼女に、カーティスが声をかける。お疲れ様だ、と。応える様に怠惰はニッコリ微笑んだ。
「カーティス君もお疲れさまだね、はいあーん」
「……?」
「お弁当の唐揚げ分けるのは固い友情の証って奴でな、なんて」
「成程」
言うが早いか差し出された唐揚げをもぐり。
「美味しい?」
「うむ」
「良かった良かった」
空を見上げた。寒さは和らぎ心地よい温度。何だかうとうとしてきて――怠惰は、皆の賑やかな声を聞きながらそっと瞼を閉ざした。
『了』