●
「何が為に? そりゃあ勿論、正義の為ですの。
失われた命、召された魂に顔向けすべく、己の正しき道を歩むが為に戦い、殺すんですの。
その辺判らないようなら、その糞脳味噌にディカイオシュネーぶち込んででも教えてやるですの」
――――銃後、首無し悪魔に対する十八 九十七(
ja4233)の答え
●始まりはBANG
夜は暗い。けれども、月の下は煌々と明るかった。
「単純な戦いだからこそ、純粋な実力の勝負になりますね」
凛然、白銀の髪を靡かせアストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)。まだまだ駆け出しではあるが、戦場に立つ以上は駆け出しも熟練も無い。戦うまでだ。『ただ一人の撃退士』として。
「「思い切りですか」」
奇しくも重なった声は安瀬地 治翠(
jb5992)と時入 雪人(
jb5998)のもの。
「まだ戦闘経験も少ないですし、勉強も兼ねて全力でやらせて頂きましょう」
「そうだね、ハル。今回は自分の動きの限界を見極めるとしようか。その上で……勝とう」
「勿論です、雪人さん」
臨戦態勢の撃退士。同様に、紀浦 梓遠(
ja8860)も迫る戦いの空気に歯列を剥いた。
「上等、叩きのめす!」
獰猛さを垣間見せる彼とは対照的に、静かに佇むは織宮 歌乃(
jb5789)。争いは嫌いで、血は怖い。けれど――いつまでもそう言ってはいられない。
己が戦う事で、一人でも多くを護れるならば。
己が流す血で、誰かが流す血を一滴でも減らせるならば。
「名もなき闘争の舞台にて、もう私は祈るだけではないと示しましょう」
見た目こそ儚い雰囲気を纏うけれど、その深緋の目には獅子の如く――剛き覚悟。
視線を前へ。
そこに揺蕩うは、奇妙な姿をした四体のディアボロ。
「蝶なのに、銃? ……気持ち悪いイキモノだ」
「奇妙な形状の眷属を生み出したものじゃのぅ」
「だが、悪くない相手だ……」
眉根を寄せるレグルス・グラウシード(
ja8064)に、相手を分析するように顎に手を添え思考する白蛇(
jb0889)、冷静の仮面の奥に『ヤル気』を潜ませた文 銀海(
jb0005)。思いは様々。「まあいいや」とレグルスの声がそれらを締め括って。
「さぁ、さっさと倒しちゃおう!」
僕の力が、みんなの役に立つなら――光纏と同時に魔法杖を構える。赤い瞳に闘志を燃やし。
そして、戦いの火蓋は切って落とされる。
●撃鉄を起こせ
「さ〜明日も輝く正義の為にッ! 作戦通りにいきますわよ皆様!」
愛銃のソウドオフショットガンを携えて。敵を包囲せんと手早く的確に動き出す仲間達を視界に収めつ、九十七は真黒い銃口を敵へと向ける。いつだって彼女が銃を向ける理由は一つだ――『正義が為にぶち殺す』。
「ブチ爆ぜろやゲロッカスのくそたれパチモンがァ!!」
インフィルトレイター。嗚呼、インフィルトレイター『っぽい』だって? それはこの自分に対する宣戦布告か? きっとそうなのだろう。きっとそうだ。剥き出した歯列、『ポンッ』と響く発射音。放物線を描いたグレネード弾がディアボロの周囲でド派手な爆発を引き起こす。
その音に負けじと、張り上げられるのは堅鱗壁――絶対防御の権能を司る分体を召喚した白蛇の声だ。
「鬨を上げよ。戦の開始じゃ!」
轟。戦場を揺るがせるのは賢龍の力強き咆哮。心を揺さぶり、戦意を高める勇気の声。
その力を、確かに受け取った。敵を囲むよう展開しながら、歌乃は指先に十字手裏剣を携えて。振るった。牽制の投擲。拳銃蝶を浅く裂く。
「逃げんな!」
梓遠は掌に力を込めて拳銃蝶へ掌打を叩き込み、『包囲』が失敗せぬよう立ち回る。
同刻にレグルスも杖を構え、聖なる言葉を呪文として紡ぎ出し。
「僕の力よ! 邪悪なる冥魔を縛る、鋼鉄の鎖になれッ!」
現れる魔法陣。そこから放たれる聖なる鎖がジャラジャラと唸りを上げて、一体の拳銃蝶を裁きを与えるが如く縛り上げた。
されどディアボロとて一方的にやられっぱなしという訳にはいかない。拳銃蝶、砲門蝶、それらが一斉に銃火を吐いた。爆発の魔法弾。拭き上がる爆炎。硝煙――
「――通しません」
盾を構えて、睨ね付ける。レグルスを護る様に立ちはだかったアストリット。彼女は、己が力量を『まだまだ』だと認識している。だが、だからこそ、故に。手持ちのカードを最大限最適最良に使いこなしてみせる。『絶対に通すものか』。
嗚呼けれど、安堵の暇など刹那も無い。今は戦いの真っ只中。そう、今、自分は、戦っているのだ。こうして武器を、手にとって。
「さぁ、今です」
「信じおります故、夜崩しの星を墜として下さいませ。レグルス様」
「よろしく頼んだよ」
完成した包囲――アストリットが、歌乃が、銀海が、仲間達が、レグルスへとアイコンタクトを送る。それに、赤瞳の少年はしっかと頷いた。掲げるのは、魔力に光を帯びる杖。
「僕の力よ! 天魔を打ち砕く、流星群になれッ!」
裂帛の声と共に振り下ろす杖。少年の頭上に展開された魔法陣よりディアボロ達へ降り注ぐのは光り輝く流星群。ズドン、ズドン、ズドン、着弾の衝撃が鈍く響く。神が振り下ろす鉄槌の様に、悪魔達を強かに打ち据える。
「ぎゃははははははははははははは八八八ツ裂きにしてやるよてめーらあァあぁアハあはハハハハ!!」
げらげらげらっと無邪気な狂気そのものの哂い声を上げながら。土煙が晴れるのも待ち切れず梓遠が銃弾の如く飛び出した。純粋な戦闘、血沸き肉躍るとは正に。赤い目で舐る拳銃蝶。振り上げる大剣。振り下ろす凶撃。薙ぎ、払う。
「さて、雑魚は早々に退場して貰おう……」
銀海は海の如く深淵な眼差しで拳銃蝶を睨ね付けた。放たれる銃弾を飛鷲翔扇で弾き落とす。戦いだ。大規模戦闘以外では久々だ。その分、やる気も湧くもので――しかし、だ。頭は冷たく、武器は熱く。投げ付ける一撃。
しかし奇妙な風貌だ。あの銃口に詰め物でもすれば暴発するだろうか? 羽を狙うのは流石に難しいか、薄っぺらい上に良く動いて狙えたもんじゃない。『ヘッドショットが何故凄いのか』、それは『成功難易度が高いから』と同じ事。しかし背後へ攻撃出来ないのは自分達と同一のようであるが……ううむ。
「……考えるより殴った方が早いかの」
そんな結論。脚元よりケの黒を、吐息からハレの白を立ち上らせつ、白蛇は『神』として堅鱗壁と共に最良の支援を『人の子』等に齎すべく動き出す。
「――はっ!」
一閃する、稲妻。それはアストリットが氷の鞭で打ち据えた拳銃蝶へ、治翠が降り抜いた稲妻の剣。焼き切って両断する。されど治翠とて無傷ではない。弾ませる肩。身体のあちこちに弾痕。尤も、酷い傷は無いのは使用する防御の紫電のおかげか。
対拳銃蝶戦は、傷付いた個体から集中狙いという戦法が功を成し順調に進んでいた。
では、砲門蝶はどうか――治翠がちらと向ける視線の先には、砲門蝶の抑えに当たっている雪人の姿があった。
「我が身雷の如く――と言える程、疾くはないけどね」
磁場形成。動け。動け。動き続けろ。雪人は上がる息を飲み込んで、砲門蝶を翻弄するべく動き続ける。向けられた銃口。撃ち放たれる猛乱射。銃弾。の、起動を予測し――回避。けれど一発掠めた。頬に赤。垂れる鉄臭。
時間を稼ぐ。引き寄せる、それを第一に。もっと速く。集中しろ。意識を研ぎ澄ませろ。すぅ、はぁ、息を整える。
(俺の力……それを見極めないと)
今は、信頼している『ハル』の事は思考から外そう。彼だってきっとうまくやっている筈だ。ならば、自分だって。
最中に彼の鼓膜を劈いたのは銃声と罵声、思わずビクッと肩が跳ねた。
「マジモンの『インフィルトレイター』っつーのを見せてやるよ■■がァアアア!!」
清めの塩を弾丸に、瞳孔ガン開きの九十七が咆哮を上げる。これはインフィルトレイターの意地を賭けた戦いだ。メラメラ滾る対抗心。バカスカぶっ放す有りっ丈の弾丸。呻れ銃、吼えよ正義。塩の次は炎<ドラゴンブレス>で上手にコンガリ『塩焼き』だ!
容赦のない弾丸。
「……っ」
それを、砲門蝶の眼前に躍り出て仲間の分まで受け止めるのは歌乃。守護を司る緋色の獅子をその身に纏い、瞳の炎は消えやしない。身体が温かいのは、纏うアウルと流れる血と。赤い。赤い色。
「その程度ですか……?」
地面を踏み締める脚は揺るがず、悲鳴と痛みは噛み締める奥歯の底に押し殺し、敢えて放つは挑発の言葉。痛み程度で歌乃の覚悟は揺るがない。同志が同胞が友達が傷付く事、それが乙女には、己が身を裂かれるよりも辛いが故に。
譲れない、譲りたくない、願い。
護りたい、失いたくない、想い。
「その為には、祈るだけでは届きませんから、ね」
さぁ、仲間を傷付けたくば。この獅子を打ち倒してみせよ。
簡単に倒れなどしない。何故なら――独りでは、ないから。
「僕の力よ……仲間の傷を癒す、光になれッ!」
戦場を奔る声。歌乃を包む癒しの光。それは、レグルスが放った回復魔法。
「何処を見ておる、無礼者め」
砲門蝶を横合いから強襲したのは、落雷が如きストレイシオンの一撃。
「ただの防御支援役と甘く見れば、足元を掬われるぞ? ――さて。シメといこうかの」
不敵に笑む白蛇。その言葉の通り、砲門蝶を取り囲んでいたのは拳銃蝶を全滅させた撃退士であった。
「安心しろ、痛みは一瞬だけだ」
さぁ、あと少し。水境流拳法『流水針』、銀海は癒しの針を仲間に放ち、九十七は応急処置によって仲間の傷を癒し形勢を整える。
「全力で潰しにいきましょう」
「了解です」
摩擦零で踏み出す雪人、氷の鞭を手にアストリットもそれに続く。それを支援するようにレグルスも己の魔力を練り上げ、
「僕の力よ、魔弾に変われ……吹き飛べッ!」
打ち放つ。煌めき。それらを見守りつ、治翠が構えた盾を下ろす事はない。己の成す事は変わらぬ。盾で護り、攻撃するのみ。
斯様に仲間達が攻撃している間――梓遠はその身の紅き神秘を蒼い色へと変化させ、脚に纏った。疾咲-蒼華-。地面が抉れる程に強く強く地を蹴った。ノコギリソウを思わせる光の花弁が舞い、散る。その目はひたすら戦意にぎらついていた。
「散れよ、脆い花みたいにさっ!」
それは純粋なる『暴力』。鬼の如く、振り抜いた剛閃。ただただ敵を叩き潰しブチ殺す為だけの一撃。
さぁ自分も続かねば。白銀の髪を流星の如く靡かせ、銀海は砲門蝶の弾丸を掻い潜りつ間合いを詰めた。
「大物には、それなりの技で答えないとな……!」
星の色に煌めく脚甲。白銀の色。地面をぐっと踏み、跳び出した。叩き込むのは一点破壊、強烈な踵落とし。天界の力を帯びたそれが悪魔を激しく追い詰める。
動きを鈍らせた砲門蝶に、追撃と言わんばかりに咆哮が轟いた。そこにいたのは荒神の神性を司る聖龍神威と『切り札』の為の準備を完了した白蛇。対なる金睨が悪魔を射抜いた。
「頭が高いぞ、控えよ!」
振り下ろす手。大きく開かれた神威のアギトが煌と光った――刹那。轟と火花を散らし撃ち放たれたのは雷を思わせる光線であった。荒れ狂う光の氾濫、焼き滅ぼす『権能』。
が、最後の足掻きと言わんばかりに砲門蝶が銃弾を吐き散らした。ぶばばばばば。絶え間ない銃声と、吹き散り飛ぶ撃退士達の血潮。
小さく、歌乃は喉の奥で呻いた。それを確かに聞いた九十七は静かに歌乃の前に躍り出る。下がれ、と背中で語る。されど緋色の乙女が示した答えは、『否』だった。
未だ、戦える。純白の太刀『雪祈』を構え、九十七の横に並び、送る眼差しは鋼よりも堅く、獅子の如く気高く。
「オーケィ。んじゃ、一発ブチ込んで決めますわよ」
「――はい」
地面を蹴る。
ぐん、と速度を上げた――もっと速く。速く。
銃声が聞こえた。砲門蝶の得物が銃火を走らせる。
「上等」
九十七は口角をニィッと吊った。銃弾に穿たれようとその突撃は止まらない。真っ向勝負だ。喰らいやがれ。
「鉄砲っつぅのはァアアアア『こうやって』使うんだよファ■■ンテクの虫コロがぁアァアア゛ア゛ア゛ッっ」
踏み込んだ零距離<キル・ゾーン>。向ける銃口。回数は三、出鱈目に吐き出す散弾――ファイア! ファイア! ファイア!!!
「――」
その間に、目を閉じた歌乃は静かに呪文を唱える。己の血を媒介に、発動するのは忌呪の符術。不気味な唸りを漏らす血色の獅子。
そして見開く目。緋獅子・吸魂牙。鮮血の輝きを放つ獅子が轟然と砲門蝶に襲い掛かった。大きく開かれるアギト。そこに立ち並ぶは魂を奪う怖ろしき牙。
目一杯開かれたそれが。哀れな悪魔を一口で――食い滅ぼす。
「容易く手折られる手弱女ではありませんよ――赤き獅子の心秘める身です」
凛然。吹き抜ける風に、真紅の髪が炎の如く揺らめいた。
斯くして迎えるのは、勝利と、静寂。
●硝煙残滓
「ふう……」
硝煙の香りが未だ残る最中、レグルスは安堵の一息を吐いた。
無事にこなせた任務に、雪人とアストリットは一安心と武器を下ろす。治翠は当主たる雪人の無事に安心の笑みを浮かべた。
「皆さん、お疲れ様でした。雪人さんもご無事で何より。上手くいったようで良かったですね」
「ハルもお疲れ様。うん……でもやっぱり、引篭りたいかな」
肩を竦めて、苦笑。傍らでは、「お疲れ様でございました」と皆へ丁寧に礼をする歌乃が居り、白蛇は勝利の余韻に「うむ」と腕を組み頷いていた。
「たまにはこんな依頼もいいよね!」
スッキリした笑顔で梓遠が言う。己の当然<正義>を成したまでの九十七は、頭を戦闘モードから日常モードに切り替えんと吐く息一つ。
銀海は仲間達に労いの言葉を掛ける。最中にも頭の中で今回の反省をし、皆を今一度見渡すと。
「今回はありがとう。……さて、と。今回の反省点を見つけないとな」
真面目な、一方。
「あ、僕だよ、レグルスだよ!」
レグルスは徐に取り出したケータイを手に持っており。
「今依頼片付いたからさ、よかったら一緒に晩御飯食べに行かない?」
どうやら彼女と電話中。リア充の極み。
でも、まぁ……幸せなのは、良い事じゃないか。
『了』