●賽は投げられた
「アンパン!? うわー、食べてみたい……!」
未知なる菓子パン、どんな味なのだろうと相馬 カズヤ(
jb0924)はワクワクする。成長期でくいしんぼであんぱん好きという三拍子揃った彼には堪らない。
そんな彼と並走し長幡 陽悠(
jb1350)は思う、なんかそういうテレビ番組あったよな、と。
(微笑ましいなぁ、外見は年上っぽい天使さんだけれど)
そう、彼等に課せられたオーダーは天使クリスティーナのおつかいを見守る事、そしてエクストリームアンパンの確保。二人はチームメイトのナビゲーターだ。
「じゃぁ、情報伝達頑張りますね」
陽悠は言葉と共にヒリュウを召喚、「よろしくな」と一撫でして状況を偵察させる。
得た情報は先行する者達へ。
「やれやれ……只の道楽なのか、それとも……。どちらにしても、とんだ食わせ物のカブキ教師ね」
階段の手すりに座って滑り降りる。蝙蝠耳が飾られた白髪が靡く。呆れ半分にぼやいたシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)の言葉。
「まぁでも……嫌いじゃないわ、こういうのはね」
すとんと軽やかに着地し、少女はスカートの埃を優雅に払う。色の白い唇に笑みを浮かべて。
「チャンスは、活かすべきよね。そのアンパン、必ず勝ち取ってやるわ」
前々から狙っていたのだ。やるからにはやってやる。それは最上 憐(
jb1522)も同様だ、ナビ班から送られる情報に従って購買を目指しながら思い返す――
「……ん。旨く。行ったら。アンパン。味見させてね?」
それは屋上にて。そう問いかけると、教師はこう答えたのだ。
「勿論だとも。しかもオマケ付きでな」
やるっきゃない。下心全開。空腹も全開。
「……ん。正々堂々。どんな手でも使って。アンパンを。入手する」
「邪魔をするという行為は、いけない事だと思います……ですが、クリスティーナさんのおつかいを成功させる為に、私は心を鬼にします」
ぐっと拳を握り締め、リゼット・エトワール(
ja6638)は往く。そして同じ妨害班であるギィネシアヌ(
ja5565)へとニッコリ微笑んだ。
「計画、うまくいくといいですね……頑張りましょうね、ギィネシアヌさん!」
「勿論なのぜ!」
サムズアップで返答。余分に買えたら食べたいものだ。頑張ってアンパンを買おう――先を行く天使の為にも。
「はじめてのおつかいか……魔族な俺は正々堂々と姑息な手でサポートさせて貰うぜ!」
魔族(設定)とか、いっちゃだめです。言うなよ! 絶対言うなよ!
「ま、美味いもん食いてぇ、ってのは皆同じだろうがよ」
拳を掌に打ち据えて、ジェイド・ベルデマール(
ja7488)は脚に力を込める。
「悪いが、今回は勝ちにいかせてもらうぜ!」
刹那の全力跳躍、購買を目指す多くの生徒達を飛び越えて一直線!
その様子は、校舎外の壁を壁走りによって垂直に駆け下りる久我 常久(
ja7273)の視界にも一瞬映る。至極真面目な表情で走る彼の様子からは、『先程』の様子が想像し難い。
先程――それは屋上にて。
「いやー……クリスちゃん男だと思ってんだけどな」
女子となれば話は別だ、と常久は準備体操をしていた。さて一生懸命走ってるところでも見守ろうか……そう思った最中、ふと視線をやれば憐の姿が。どうやら自分は素晴らしい依頼に参加したようだ。仏の様な悟り顔。
(こんな子まで頑張って走るとは……ワシも頑張らなきゃ駄目だな)
うむ、と頷き、壁を走り始めて――そして今。
すぐ目の前に購買がある。それを目指す多くの生徒も視界に映る。
「すっごい人がいっぱいいる……! 気を付けてねっ!」
「おうよ任せとけって、ワシこれでも忍軍だからな!」
カズヤの声に豪放に応え、常久はぐんと速度を上げた。
斯くして、戦争(おひるやすみ)が始まる!
●仁義無き戦い
一方その頃、クリスティーナは人々の荒波にもみくちゃになっていた。どっちが前でどっちが後ろで右も左もさっぱりちっとも分かりやしない。
(成程……人間の強さの秘訣は、ここにあったのか!)
等とちょっとズレた納得をしている最中、荒波の最中――ふ、と。目が合ったのは赤い色。シュルヴィアの双眸。
「あなたもアンパン狙い?」
「うむ、その通りだ」
「――そう、お互い頑張りましょう。幸運をっ!」
言下に蝙蝠乙女はスケートで滑り出す。その途端に「うっ」と呻くや胸を押さえて蹲った。
「ううっ、胸が……」
苦しそうに顔を顰めるシュルヴィアを――果たして野良メディックの会が見逃す筈も無く。
「どうしました!?」
「大丈夫ですか、しっかりして下さい!」
「酷い顔色だ……!」
わらっと寄って来た衛生兵達――失礼ね、顔色は元々よ――そう思いながら、そう、彼女のそれは仮病だ。苦しげな声で言う。
「実は、胸患いで……。あなた、医者の方?」
「その通り、我々は『野良メディックの会』です」
「そう……なら、診て、いただけないかしら?」
勿論です、と答えた彼らへ。
「今、服を……あ、少し後ろ向いて頂ける?」
辛そうに、そして恥じらいを含み、頬を僅かに紅潮させて、咳き込み潤む目。そんな可憐な乙女の懇願を、『NO』と言える猛者が居るだろうか。いやない。「すみません」と後ろを向く彼らへ――すくっと。起立。光纏。深紅の瞳。肘頃まで赤黒くなった双腕。怪物みたいな出で立ちで、振り上げたのは金属バット。
ぽかん。
「……ごめんあそばせ? わたくしもね、アンパンほしいのよ」
どさりと倒れた彼等に微笑。美■局? あらあら何の事やら、聞いた事もない初耳だ。
「悪いわね 。仮病も、その逆も得意なの……それじゃ、よい治療を」
グッドハンティング。
同刻、シュルヴィアに続けと先行班である憐も行動を開始していた。
「前方からもふもふ部らしき存在発見」
相棒のヒリュウ、ロゼと視界を共有したカズトがナビを発する。口調こそ冷静だが、こういう事は胸が躍る。
「……ん」
カズトのナビに従い、憐は前方を見遣る。と同時にその手に持った小さな動物のぬいぐるみを投擲し、その気を紛らわせようと試みる。それは確かに成功はした、が――もふもふ部は一人ではない。
「……ん。プランB。開始」
(プランB!?)
(まさかアレか……!)
ナビ班のテイマー二人に戦慄走る!
「長幡にーちゃん……」
「あぁ……」
やるしかないのか。カズヤと陽悠は互いに目を合わせた。それから、相棒のヒリュウを見遣った。申し訳ない気持ちが一杯に湛えられた目で。
「うう……ごめんっ。頑張れ!」
謝罪の言葉と共に相棒達へうさみみカチューシャとねこのしっぽを託し、特攻させる。主人の命に従い一直線に飛ぶヒリュウ達の目は覚悟のそれだった。素早く飛ぶヒリュウ達――だったが。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
ここでブロックだいすき!ディフェンス部が登場。召喚獣の行く手を阻む。しかし想定内だ、「キュ!」と勇ましく啼いたヒリュウが彼等にうさみみカチューシャを取り付ける。もっふもっふ。
もっふもっふ。
「うおおおおおおモフモフゥウウウ!!!」
もふもふ部がホイホイされました。ディフェンス部とヒリュウにマッスルーンと飛び付き抱き付きモフモフモフモフ。
「あぁああ……!」
「ああああああ うわぁああ 胸毛がぁあ……っ!!」
もふもふ部のアニキ達の胸毛もふもふ胸板にヒリュウの顔面がフォールインしている。そしてテイマー達は相棒と視覚共有をしている。後は分かるな?
テイマー達の精神衛生がヤバくなっているそんな一方で。憐は密やかに駆けていた。ハイドアンドシーク&サイレントウォーク。その手には血糊で汚れた包帯――反対側を持つのはギィネシアヌと、リゼットだ。
(ディフェンス部の方々……なかなか手強そうです)
ぶるり、と。リゼットの細い肩が震える。
「む、武者震いですよ、けしておっきくて強そうで弾き飛ばされそうだなんて、思ってません……よっ」
ハッとして否定するも、少し思ってたり思ってなかったり。なんてしている間にももふもふ部にもふられているディフェンス部達は目の前だ。
「お覚悟を!」
「邪魔をすると決めた時にッ 計画(プラン)は完了しているんだぜェー!」
リゼットは颯爽と、ギィネシアヌはヒャッハーと、憐は音も無く突撃、飛び掛かる。ぐるぐる回る。包帯ぐるぐるぐる。きゅっと締め上げる。下手な事を喋られないよう、口元までぎゅっと!
「メディックの会の方々をこちらに誘導しないとですね……ギィネシアヌさん、私こういう時なんて叫ぶか聞いた事がありますよっ」
「それじゃ一丁いくぜー!」
せーの。
「ぎゃああ! 怪我人がでたのぜー!」
「メディーック! メディーーック!!」
「「「お呼びですかーーー! あぁっあんな所に怪我人が!!」」」
なんかめっちゃ来た。もみくちゃった。ウボアー。それでも尚、とギィネシアヌは手を伸ばした。その手には手錠、ガシャン。揉みくちゃの中、取り敢えず敵同士の手と手を拘束!
「一石二鳥とはこの事であるな……フッフッフ」
そのまま荒波に押し流され……押し流され……
それでも作戦は上手くいった。
「今が……チャンスです、よ……!」
ハイライトの消えた目で陽悠のナビ。応と答えたのは常久だった。跳び出す。だが、その眼前にディフェンス部の残りが。
「馬鹿が、わしの前で『壁』を作っても無駄だ」
口元にニヒルな笑み、加速。真っ向。壁走りを用いて文字通り『壁』となった者を走り抜け、跳んだ。
一方で――『一気に決める』、そう思ってジェイドも全力で跳び出すが。視界に映ったのは人混みにしっちゃかめっちゃかになっているクリスティーナだった。どうしたら良いのか分からずただ目を見開いている。狼狽している。
(……あぁ、仕方ねぇなぁ)
跳び超える序でに伸ばした手。その手で取るは、天使の白い手。引っ張り上げた。羽音。搗ち合う視線。
「ほら、買うモノがあるんだろ」
「うむ……感謝する!」
駆けだした。手を伸ばした。常久も同時。ジェイドも伸ばす。届け、届け――
「皆が助けてくれる分! ワシはひたすら前に行くだけだ! ワシの! いや、ワシ達の勝利だ! コレ買えるだけ全部くれぇえええ!!」
「エクストリームアンパン……貰えるだけ貰おうか!」
「いや、それを手に入れるのはこの私だ!!」
そして――……
●おつかれさま
先の喧騒が嘘の様に、人の数が減った購買。
ぐったり。息絶え絶えに座りこんでいたのは8人の撃退士と1人の天使。
そしてエクストリームアンパンは……撃退達の手に、6つ。しかし天使の手には無かった。
「くっ……完敗だ……」
悔しげに眉根を寄せながらも立ち上がったクリスティーナへ。ねぇ、と声をかけたのはカズヤだった。肩を弾ませ、疲労したヒリュウを撫で労ってやりながらあどけない笑みを投げかける。
「ねーちゃんどうしたんだ?」
「うむ……えくすとりーむあんぱんなるものを入手でねばならなかったのだが……駄目だった。力不足だ、修行が足りん」
「さっきの人ごみすごかったよなー、そこに頑張ったねーちゃんはすごいと思う」
「そう……か?」
「そうだよー」
ふむ、と頷くクリスティーナ。次いでその手に渡されたのは――なんと、エクストリームアンパンで。
「!?」
驚いて顔を上げた天使の視線の先にはジェイド。「いいから」と有無を許さぬ物言いで、言う。
「お前のおかげで買えたようなもンだ、受け取ってくれねぇとこっちの腹が収まらねぇ」
「失敗はそのまま置いておいたら失敗になるんだ。それを反省して次に繋げれたらそれは失敗じゃないんだ」
紳士的に常久も笑いかける。
「まぁお疲れさんだ。でも、人間世界じゃもっと覚える事多いんだぜ?」
「そうだな……まだまだ知らねばならん事は多い、圧倒的に」
「うんうん、とりあえず積もる話もあるからワシと一緒にあっちの人目の付かない場所へ行こうか」
ですがエリュシオンはよい子のゲームなので颯爽ともふもふ部の登場です。陽悠がヒリュウに命じて呼んで来たのだ。
「もふもふ!」
「もふもふ!」
「ちょ、ワシの腹はもふもふじゃねえぞ アッーー!!」
しばらく美しい花々の映像を以下略。驚きつつも静観する陽悠なのでした。色んな人がいるんだなぁ。
そんなこんなで屋上へ。
オッス諸君、そんな台詞で出迎えたのは教師棄棄。カズヤは彼へと駆け寄り結果報告を。そして、戦利品を。
「おぉ、良くやったな諸君! 偉いぞ〜♪」
生徒の頭をわしゃわしゃ撫でる教師の手。「頑張ったな」と一人ずつ。勿論、クリスティーナにも。
そんな彼らにはご褒美だ。渡されたのは、5つになったエクストリームアンパンと美味しいミカン。そして始まるのは楽しい楽しいランチタイム。
「魔族(自称)な俺はお使いマスターだからな! 今回は塩を送らせて貰ったのぜ! フハハッ」
「ふむ……魔族のギィネシアヌはお使い技能に長けているのだな、後でコツを教えてくれないか」
皆で分けっこしたアンパンを頬張り、牛乳片手に胸を張るギィネシアヌにクリスティーナは至極真面目な顔で頷いた。
「教える事と言えば……そうそう、アンパンには牛乳、これ素晴らしい相性であるがゆえ、覚えておき給え!」
「承知した」
「カーティスさん、楽しかったですか?」
みかんを頬張り、陽悠は訊ねる。初めてのおつかい、いい思い出になってくれるといいな、と。
「そうだな……」
天使は彼方を見遣る。蒼い空。そして答えた。
「……うむ、非常に良い経験となった。お前達には感謝している」
「これも何かの縁ですね。……あの、お友達になって頂いても? んん? アンパン争奪戦を共にくぐり抜けたからここは『戦友』になるのでしょうか?」
「あ、ボクも! クリスと仲良くなりたい!」
リゼット、カズヤの言葉にクリスティーナは一瞬だけ目を丸くし……それから、微かに口角を緩めて頷いた。
「うむ、宜しく頼む」
そんな様子――ぐったりしている常久のぽんぽんをギィネシアヌがもふもふしていたり、クリスティーナがじゃれつくヒリュウを撫でていたり、憐はもくもくとアンパンを頬張っていたり――を眺め、日傘の下でシュルヴィアはミカンを摘まみながら傍らの教師へ問うた。
「あなたも、食えない人ね。どこまでが計算で、どこまでが素なのかしら?」
「ちょいとミステリアスな方がカッコイイだろ?」
「……まぁ、いいわ。お疲れ様、先生」
「ほいほい、お前さんもお疲れさん」
もふりと撫でた、掌。
『了』