●水無月
しとしと――雨に煙る色彩。濡れた緑の中で、アジサイが咲いている。
「たまには雨の中、外出するもの良いですね」
明るいスカイブルーの傘を差して、揃いの色のレインブーツで。雫(
ja1894)は緩やかに、雨に濡れた庭園の中を見渡した。
様々な色のアジサイがあるのだな――ゆったり歩き始めたファーフナー(
jb7826)は、紺の浴衣に若草色の和傘と和風情緒溢れるいでたちだ。文化を知ることはその地に住む人を理解すること、彼は日本を深く知りたいのだ。
雨の日、撃退士の格好はアジサイの色のように様々で。
「我は長靴を履いたカエルなりー☆」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)は、可愛いカエルのフード付きポンチョレインコートを翻す。水玉模様のレインブーツは上機嫌な足取りだ。笑む彼女が振り返ればそこに、恋人である飛鷹 蓮(
jb3429)が――鮮やかイエローの、ミツバチ型フード付きレインコート姿で、なんとも言えない顔をしていた。
「蓮……似合ってる」
そう、これはユリアに渡されたモノだ。「着ろと?」と逡巡したが、彼女の笑顔に負けて着てしまったモノだ。
(庭園を闊歩するカエルとミツバチ……傍目が気になる……)
雨の中、アジサイの道を散歩するのもいいものだ――そんな感情で、恥ずかしさを押し殺さんとする蓮であった。
(……大人、多すぎ)
泣きそう。いやむしろ半泣きで、桃源 寿華(
jc2603)は傘を握り締めていた。お守りのように方位術も展開して迷子防止しつつ――己を奮い立たせる。同年代は無理でも、一人を頑張るのだ。
(依頼に……一人、でも……行けるように……なる、練習!)
歩き始める、一同を迎えるのは数多の花。
●涼暮月
「大丈夫、友真は晴れ男だから」――加倉 一臣(
ja5823)は己の言葉を全力で謝罪したかった。
「俺がいれば天候なんてちょちょいと晴れですよ晴れ」――小野友真(
ja6901)のドヤ顔は今や真顔。
遠足わくわくしすぎて八時間しか眠れなくて、ウキウキ開けたカーテンの向こうは雨でした。
「だって友真はサンシャインじゃん? 太陽の化身じゃん? おかしいな、何で晴れなかったんだ……」
「サンシャインのくせに雨とかどういうことだ友真オラァ」
首を傾げる一臣、友真の鎖骨を執拗にグーで叩く月居 愁也(
ja6837)。
「あっ今からでも加倉さんをてるてる坊主にして軒下に吊す?」
「神の兵士はいつでも準備万端だぞ」
愁也の閃きに間髪いれず、夜来野 遥久(
ja6843)がニコリと微笑んだ。
「おやめください、神の兵士もおやめください」
ノーセンキュー臣。
なお、彼ら全員ノー雨具である。
「水に滴る俺!! いいと思いませんか!!」
ノーサンシャイン友真はせめて笑顔はサンシャイン。だが誰も見てなかった。棄棄すら、愁也に「エクストリームじゃない……だと……」と聞かれて「たまにはええやん」とかノホホンしていた。
「皆さ聞いて!? センセも聞いて!?」
まあそんなこんな。
雨の中、棄棄含めて男五人、傘も差さずに庭園をゆく。
「いいんですセンセとおそろいにしたかったんですぅ」
一臣が口を尖らせ教師を見やる。「俺無敵なんだけどな」と越南笠の教師が笑う。
「その笠って割と雨よけになるのね……。まあ、この時期の雨はそこまで冷たくないから、たまにはいいね」
「雨の中の散策も悪くないですね」
遥久が同意する。彼が手にした庭園のパンフレットは雨に濡れてなんかもうグショグショでクッタリしていてアレだった。まあ、仕方ない。読めるところだけを気合いで読んで、アジサイの種類を照らし合わせている。
「お地蔵さんと紫陽花……めっちゃ日本風景やん素敵やん……」
「アジサイ眺めるなら雨の中がいいってのは同意。のんびりこういう時間を楽しむのもいいねえ」
合掌している友真、遥久が持つ水濡れくったりパンフレットを一緒に覗き込んでいる愁也。「個人的には青や紫の種類が好み」と愁也に話している遥久を、一臣がふと眺める――
「遥久はオールバック崩れない? 崩す? せっかくだから記念に崩してく?」
刹那の出来事だった。愁也の鬼神一閃(という名の足払い)が一臣の体を宙に舞わせたのは。峰打ち(膝カックン)(膝カックンで宙に舞わせるので阿修羅ってすごい!)
「愁也という名の事務所の許可が下りない!」
崩れ落ちる一臣。と、遥久が彼に手を差し伸べてくれるではないか。
「おや、ちょうど良い雨除けがこんなところに」
からのアルゼンチンバックブリーカー。グワアアアアと一臣の悲鳴が雨音とハーモニーを奏でていた。
「そいえば整髪料って割と髪にダメージあるらしいねんけど、雨もそこそこあるらしいねやんか……」
グワア臣を眺めつつ友真が呟く。アルゼンチン久がいい笑顔と振り返る。
「で、特に髪の問題はありませんが友真殿も何か?」
「久々の遠足ではしゃいでちょっと構われたかったんです痛いのはお許し下さい!!」
小野土下座。
「そういや先生の髪って湿気でうねったりしない?」
一方で愁也は素朴な疑問を棄棄に投げかけていた。
「するよ? これぐらい」
言いつつ、遥久の髪の毛をモシャアと手で崩す棄棄。「仕方ないですね」と苦笑して手櫛で元に戻す遥久。
「オトコマエとアジサイのコラボとか最高すぎない? 取材来ない?」
縮地も発動してカメラの阿修羅となる愁也であった。
賑やかに、のんびりと。
地蔵に手を合わせて雨の中を歩き、折角だからおみくじも。
一臣、凶。
愁也、大凶。
遥久、中吉。
友真、凶。
棄棄、吉。
「凶率高くね?」
東屋にて昼食準備をしつつ、生温い目で棄棄が生徒を見やる。いや、マジでダイス振ったら1と2ばっかでさ……。
「俺サンドイッチたーべるー!」
涙を堪えながらサンドイッチを取り出す友真。一臣も震える手でサンドイッチを手にしている。
「センセ見てこれローストビーフサンドの柔らかな食パンが雨を優しく受け止めフニャフニャ 心まで大吉だね」
「涙拭けよ凶臣と凶真」
大凶だった愁也も気を取り直してお弁当を広げてゆく。オニギリ、カラアゲ、玉子焼き、あったかいお茶も。ふかふかタオルで髪を拭きつつ、通りかかるクリスティーナにも手招きを。
「クリスちゃんも一緒に食べようぜー」
「ふむ、いいだろう」
楽しいお弁当タイムが始まる。
「俺からの差し入れは全員で飲める三百久遠分のお徳用コーラfeat雨です!」
友真が取り出したコーラで乾杯して――賑やかに。
そんな風景。遥久は目を細める。
秋には卒業かと思えば少し寂しい気もするけれど。日々のこうした思い出を、大切に。
この一刹那を大事にしたい、それは友真も同じ思いで。カメラを手に、思い出をたくさん――。
●弥涼暮月
いつもの赤マフラー……は雨に濡れてしまうので、グレン(
jc2277)は代わりに真っ赤なレインコートを身につけていた。傍をパタパタ飛ぶ赤黒いヒリュウ、スオウとお揃いの雨合羽である。
「スオウ、どっちがたくさんカタツムリを見つけられるか競争だ!」
「きゅ!」
「……と言いたいとこだが、残念だったな! 僕に視覚を共有されているスオウに勝ち目はないのだ……!」
「……。むきゅう!!」
「って冗談だよ! 怒んないでー!」
スオウのちまい手でペチペチされて苦笑するグレン。では協力して探そうか、少年と竜はアジサイの中――カタツムリはどこにいるだろう?
「いた!」
「きゅ!」
葉っぱの裏、石の隙間、植え込みの下。大きい奴、小さい奴、たくさんのカタツムリ。
「蝸牛って漢字、牛鍋に似てるよね……」
食欲に口角を緩めつつ、ユリアはアジサイを虫眼鏡で覗き込む。
「カタツムリ探しなんて子供の頃以来……いや、子供の頃でもしたことはなかったか」
蓮はそんなユリアを見守っている。
「あっ、葉っぱの裏にカタツムリはっけーん☆ たくさん見つけてカタツムリタワーを作ろーぅ」
「……ユリアと一緒にいると童心を知ることが多いな。いや、良い意味だぞ?」
無邪気なユリアに蓮は微笑む。彼女はカタツムリを探しつつ、
「みゅ、私このダンスパーティーっていう品種好きー。風に揺れる花弁が軽やかにダンスしてるみたいで可愛いんだよねん」
「ダンスパーティーか。君と良く似ている。俺は……カメレオンという品種が気になるな。色が変化していく様子を長く楽しめるらしい」
君とは、いつまでも共に楽しみたいが。そう伝え、たどりついた東屋で昼食を。
お弁当はユリア特製だ。カエルとアジサイのオニギリのキャラ弁に、ウズラの卵でてるてる坊主。「季節感があるな。色が綺麗で美味そうだ」と蓮はそれに賞賛を。――なお、三人前サイズの大きなオニギリはユリア用である。
一方でグレンとスオウも東屋でお弁当を食べていた。明太おにぎり、タコさんウインナー、人参のグラッセ、ナポリタンと、大好きな赤色だらけのメニューだ。
「仲良く分けっこしようね」
「きゅ!」
エネルギーを補給したら、またカタツムリ探しに出発だ。
「んふふ〜今日のお弁当は期待してくださいね〜♪」
別の東屋にて。華子=マーヴェリック(
jc0898)は久々の佐藤 としお(
ja2489)とのデートにすっかり上機嫌だった。気合いのままに作ってきたお弁当を意気揚々と広げてゆく。
「じゃん! 豪華三段つけ麺弁当です!!」
一段目、大盛麺!
二段目、野菜や山盛り焼豚など具材!
三段目、スープ!
エクストラ、オニギリや果物!
なお凄い重量なので半分はとしおに持って貰いました。
「壮観だね〜、いただきまーす!」
としおはパンッと勢い良く手を合わせて、恋人特製お弁当を次々と食べてゆく。華子は幸せそうに、それを眺めているのであった。
見やる雨の景色は濡れて色濃く――。
雫はそれを、静かな眼差しで眺めている。東屋の中、テーブルにはサンドイッチと紅茶。芳しい香り。傍らに置いたカメラには、雨の風景がたくさん収められている。
「ふぅ……」
紅茶を一口。息を吐いて、おもむろに少女は瞳を閉じる――しとしと、ぱらぱら――葉に、土に、水溜りに、雨粒の音。自然の音楽。優しい音色。
「……雨の日は、髪がまとまらなかったりと億劫に感じていましたが」
独り言ち、ほんのかすか、銀の髪の少女は口元を微笑ませた。
「こうやっていつもと違う気分で過ごすと、普段気が付かないことに気付いて新鮮ですね……」
四季の移ろい。
雨の音、雨のにおい。
自然の中で生きる命。
ファーフナーはアジサイの葉にいたカタツムリから視線を上げる。普段は雨具など使わないが、こうして花の中で風情に浸るのも悪くない。以前はそんなことを思いつく精神的なゆとりすらなかったのに――今は意図的に、楽しもうとしている。
まるで。長い間、不要だと捨ててきた時間を取り戻すかのように。
雨はしとしと降り注ぐ――時が緩やかに流れてゆく。それらを肌で感じ、男は思うのだ。自然も命も気候も……この瞬間は二度と訪れぬ、大切な時間なのだと。
(帰ったら……藍に話すことがたくさんあるな)
留守番してもらっている愛猫のことを思いやりつつ。雨音に身を任せ、ファーフナーは歩き続ける……。
●蝉羽月
――そんなファーフナーを写真に収めつつ、小田切ルビィ(
ja0841)は花の中を歩く。
意気込みはこうだ。「よっしゃ! この時期ならではの“雨の日ポートレート”を撮ってやるぜ!」。雨の日だからこそ撮れる写真も良いものだ。何も雨降りの日を狙って遠足せんでも――と囁く心の声はまるっと無視。
というわけで、カメラマンルビィは防水をバッチリしたデジカメを手に雨の中を行く。被写体は、アジサイの中に佇むお地蔵さんだ。雨に濡れ、時にはカタツムリを頭に乗せ、菩薩は穏やかに微笑んでいる。
雨音、シャッター音。青味を強く、雨の日らしいしっとりとした一瞬を、ルビィは切り取る。
「撮影させてくれてありがとな」
それから合掌も忘れない。と、不意におみくじと目があった。折角だしやってみよう、どれどれ……中吉。恋愛運の項目は微妙。まあ、恋愛ナニソレオイシイノ。一瞬絶妙な表情になったルビィは、次なる被写体を求めて歩き出すのであった。
(ニホンの仏像は、恐い顔をしていたり、飄々とした表情をしていたりするけれど……)
お地蔵さんは、何だか穏やかな顔をしているなぁ。Robin redbreast(
jb2203)はフードつきの赤いレインコートをすっぽり被り、しゃがみこんで地蔵を眺めていた。
「……」
ニコ、と少女は地蔵に微笑みかけてみる。地蔵の赤い前掛けと、己が着ている赤色と。些細なことに親近感。全部の地蔵を探してみよう、ロビンはレインブーツで水溜りを踏み、花の中を歩いてゆく。小鳥のような丸い瞳に、花の色彩が映りこむ――。
「ふ〜、食べた食べた……」
大盛りお弁当を完食したとしおは、食後の腹ごなしとして華子と共にのんびり庭園を歩いていた。
「これからはこうゆう、ゆっくりな時間が増えていくのかな?」
としおは横目に恋人を見る。幸せそうだ。彼女のやりたいことをして、行きたいところに行こう。これからもずっと――なんて、思ってみたり。
と、そんな時だ。
「お地蔵さん全員にご挨拶すればいいのね! 女の子としてこれはやっておかないとっ!」
グッと拳を握りしめる華子。もう片方の手で、ギュッととしおの手を取った。
「としおさん付いて来て下さい!」
「わわっと、OK〜」
手を繋いで、雨の中を走る。こんな日もあったっていい。こんな日が増えていけばいい。
ちなみにおみくじの結果は、華子が大吉でとしおが吉でした。
(あるいはこの世とあの世の境にいる存在として、道祖神と同一に見られる。地蔵のお供えは感謝と同時に飢えた者への施しでもあった)
天宮 佳槻(
jb1989)は地蔵が並ぶ道をゆく。
(……と、すると。ここに地蔵が点在しているのは、かつてそういう場所だったのか……アジサイが植えられていることと関係が?)
それとも単に再開発で移動してきただけなのか。思考をめぐらせ、周囲を見渡す。後で位置情報も含めていろいろ調べてみよう――など思い、視線を戻せば。おや、こんなところに変わった地蔵が。
「と、思ったら棄棄先生?」
「オッス佳槻君、俺だ」
楽しんでるかい。教師は気さくに片手を上げる。「まぁ、それなりに」と答えた佳槻はふと、教師を見やり。
「考えてみると先生は地蔵と似てると思います。見かけではなく在り方が。地蔵は本来地獄に住み、他の仏も見放す者を苦しみから救うとか。子供や貧しい者を守り手助けするとも言いますから」
「おう、もっと褒めていいんだぜ」
「はは。ではお供え物ということで、良かったら鯛焼き食べませんか?」
「食べる食べる〜〜」
ぴちょん、雨音が跳ねる――
その音を聞きながら。ロビンは東屋で持参したお弁当を食べていた。最近はお料理教室に通ったりしているので、タコさんウィンナーや卵焼きと、かつての豪快料理から大成長を遂げていた。
「――、」
雨音に耳を傾け。水筒のお茶を一口、雨に煙るアジサイをボンヤリ眺める。
(……楽しいなあ)
ふふ、と少女は表情を綻ばせる。穏やかな時間。目を閉じれば、多彩な雨のメロディがロビンを包む……。
黄昏ひりょ(
jb3452)はちょっと風流に唐笠を差し、気ままに庭園を歩いていた。
と、通りかかる東屋にて見かけたのは葛城 巴(
jc1251)。ちょうどお弁当を食べ終わったところらしい、せっかくなので同行しようと二人は雨の中を歩き始めた。
雨音の中、並ぶ傘。臙脂の唐傘、青空色の傘。緩やかな時間。守るべき日常という平和。それらを謳歌し、地蔵を探しつつ。「全員見つけたら、いいことあるかなと思って」なんて巴は彼方に視線を馳せ、おもむろに言葉をこぼし始めた。
「……彼とは、付き合って二年になります。最初は『物知りで親切な人だな』って思ってただけだったんですけど、優しくて熱くて、時々可愛いところもあったりして」
ほんのり、巴が頬をほんのり染める。けれど……彼女はうつむいてしまう。
「でも私、このままじゃいけないのかな? って思ってもいるんです。私は彼とは何の約束も出来ないから……」
ごめんなさい、私ばかり話しちゃって。黒い前髪に隠された巴の瞳は、少しだけ潤んでいた。恋愛成就はしているが、恋人との今後のことを考えると、どうしてもモヤモヤしてしまう。
――しばしの沈黙。雨の音だけ。
「謝ることじゃないさ」
ややあって。ひりょはそれだけ言って、優しく微笑んだ。何か訳ありなのだろう、けれど余計な詮索はしなかった。
(恋人、か)
彼は眼鏡の奥で目を細める。音信不通の相方の顔を脳裏に描いた。今頃どうしてるんだろうな。思いながら――巴達の良き未来を祈る為に、地蔵探しを再開する。見つかったのはまもなくだった。二人で地蔵の前にしゃがみ、手を合わせる。
「「おみくじ――」」
奇しくも二人の声が重なる。苦笑を浮かべ、巴がひりょを見やった。
「……私は、おみくじは引かない主義です。貴方は引きますか?」
「俺も陰陽師、術者の端くれだから、まあ」
答え、ひりょはおみくじを引いた――末吉。なんともいえない結果に、ひりょも苦笑。
ふと、そんな時。顔を上げれば寿華がいる。勇気を出して一歩踏み出したんだな――そう思い、彼は心の中でエールを送る。
一人でも、お気に入りの傘。寿華の心は晴れ模様で、気ままに花の中を歩いている。
(アジサイ、キレイなの〜……カタツムリさんも……少し多いかも)
ふと顔を上げる。他の生徒が見える。友達と一緒で、楽しそうで――「私も、いつか……」独り語つ。
そして視線を落とせば、アジサイの中に地蔵がいた。少女は仏の前にしゃがみこむ。
「どうして……みんな、幸せになりたくて……お祈り、するのに……お祈りする神様が……違うだけで……喧嘩に、なっちゃうのかな……?」
首を傾げて、地蔵に問う。菩薩は微笑むだけだった。
「おんなじこと、考えてるのに……どうして、喧嘩しちゃうのかな……? おかしいよ……ね〜?」
寿華は手を合わせ、目を閉ざした。
(目を開けたら……良いことないかなぁ……)
卒業後どうする?
華澄・エルシャン・御影(
jb6365)は思い返す。答えられなかった問い。烈鉄を砕いた友の顔。
戦いも変わった。誰かの指揮下から、先陣へ。
時は移ろいゆく。「お前の誕生日にもう一度ドレスを着てくれ、二人のこれからの為に」――夫の言葉。
傘を持つ華澄の指には、アジサイの指輪が煌いていた。豊かな金の髪にも、アジサイの髪飾りが咲いていて。
花に彷徨う。想起するのは、悪魔外奪。足を止める。傍らの地蔵に、しゃがみこむ。
「外奪……ルナ……私の隣に帰ってきたの。私……あなたに負けてから本当の撃退士になったのよ。知ってた? あなたと遊ぶの彼に反対されて、私が拗ねたこと」
一度くらい踊りたかったね。ぽつり、語り、華澄は地蔵にアジサイの首飾りをそっとかけた。
「忘れないわ。逃げ足カマキリさん。またね……」
アジサイは強い。
身に受けた全てを、虹のように纏って輝く。
(私もそんな風に咲けたら)
宿敵への誓いと祈り。寸の間目を伏せ、そして緩やかに立ち上がる。
届け未来へ。真っ直ぐ、華澄は前を見据えて歩き始める――。
●伏月
「棄棄先生、審査員として一番恥ずかしいポエムを選んで下さい。これ謝礼の酢昆布です。そして優勝賞品も何か下さい!」
蓮城 真緋呂(
jb6120)が酢昆布を差し出しながら棄棄に頭を下げた。「いいよー」と超二つ返事だった。
「棄棄先生、初めまして! 初対面の先生にポエムをみてもらうなんて久遠ヶ原らしいよね」
正々堂々ポエマーになります! と不知火あけび(
jc1857)は桜の和傘を手にノリノリだ。傍らでは樒 和紗(
jb6970)が「こんなことするのは全部雨のせいだな」と遠い目をしていたが、やるからには勝負。
「第一回恥ずかしいポエム大会を開催します」
と、和紗の開会宣言を皮切りに。審査員も確保できたので早速撮影スタートだ。
「あ、このお地蔵様いいお顔♪ こっちは、かたつむり親子?」
真緋呂は赤と白の太ギンガムチェックのレインポンチョ。濃茶の長靴で軽快に、楽しそうに撮影している。
雨で画材も濡れるので、たまには写真を。和紗は紫の月奴桜を差し、アジサイの中を散策している。
「これが恥ずかしいポエムの材料になるんだね……!」
あけびは二人の写真を褒めつつ、撮影も全力だ。
というわけで『運命の時<ジャッジタイミング>』。
先手は真緋呂だ。オープンするのは、葉影の地蔵とアジサイの写真。
『翼をもがれた暗黒天使(ダークエンジェル)
天上の光は眩し過ぎて tear drops
石と化した魂(こころ)
Rainbow 移り行く花に
終わらない 始まらない世界を歌う』
ちょっとポーズも決めながら。恥ずかし……くなんかないっ!
波乱の予感。二番手は和紗。写真は、空とアジサイが入る遠景写真だ。
『ドジっ子神様が
ミルクの空から零しちゃった金平糖
甘ーいお花になって
ふわふわとダンスしているよ☆』
「……め、メルヘンを目指しまst」
顔を覆ってもはや語尾まで言えない。
そして三番手、あけび。
『紫陽花の涙を集めて飲み干しましょう
違う色に染まった運命の人ごと
真実の愛はサムライ
鋭い刃で相手の身も心も切り裂き
一生面倒みます』
「ヤンデレイメージです!」
顔を上げてすっごいドヤ顔だった。そこには藤の和傘の姫叔父、不知火藤忠(
jc2194)が立っていた。
あけびの時間が一瞬凍る。
「お前は一度侍に謝れ!」
散策中に見知った声が聞こえたと思ったらこれだ、と苦い顔の藤忠。「ぎにゃああ゛あ゛」と絶叫と共に友人の後ろに隠れて頭を抱えるあけび。
「……うん、みんな優勝でいいんじゃないかな……」
甲乙つけらんねぇと判断した棄棄は、なんとも言えない顔で頷くしかできなかった。優勝賞品として、お土産コーナーのアジサイのしおりをおそろいでプレゼント。
さて。
誇れるか不明だが優勝者である皆を拍手で称え合えば。
東屋にて、おまちかねのお弁当タイムだ。
「妹分のセンスが壊滅的じゃなくて一安心……安心して良いんだよな……?」
事情を説明された藤忠は苦笑を零した。初対面である棄棄と挨拶も交わし、ついでにタオルも手渡した。「ある意味ハイセンスだよな」と棄棄はタオルを被って笑っている。
「あけびさん、これも美味しいわよ♪」
「うん! これもすごく美味しいね!」
真緋呂とあけびは、広げられた重箱を前に幸せそうにほっぺを膨らませていた。お弁当の作り主は和紗だ。ブラックホールこと真緋呂の為に大量のお弁当。和紗に「どうぞ」と勧められ、藤忠もお裾分けに舌鼓。
三人娘はキャッキャと楽しく会話している。他の写真の見せ合いっこや、詩の感想――まあ、真緋呂は喋る2食べる8ぐらいの比率だったが。
真緋呂の食欲も相変わらずだな……なんて眺めつつ、藤忠は和気藹々とした様子に笑みを浮かべる。
「時には自分を見失うことがあっても良いのかもしれませんね」
普段と違う自分も楽しい、なんて和紗は詩を思い出して笑ってみせる。
「恋愛ポエムは作ったけど恋愛はしてないなぁ」
あけびはふと箸を止めた。初恋はお師匠様、それぐらいだ。
「いつか私にも好きな人が出来るのかな。楽しみかも?」
「兄貴分としては心配だがな」
藤忠が肩を竦める。
「正直あいつなら安心なんだが……まず戦争が終わってからだな」
あいつ、とはあけびの師匠で藤忠の親友。
(まさか異世界の奴に惚れるという訳でもないだろう。俺がしっかり見極めてやらないと)
思い、玉子焼きをかじり、ハテ、なんだか違和感。
異世界という単語に不安になったのはなぜだろう。
なぜだろうね! それは雨と地蔵のみが知る。
●風待月
雨は上がり。遠足は終わり――後日談。
「風情ある遠足でしたね」
「アジサイ綺麗だったね〜」
星杜 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)は、自宅の台所にて遠足の思い出を語り合っていた。居間では、彼らの養子である望が写真――遠足で撮影したアジサイ――を眺めている。傍らにはお土産であるビン詰めのコンペイトウも。
遠足の日、望はお留守番をしていたのだ。愛犬もふらさまが汚れてしまうから雨が苦手だとか。
「望も、もう四歳か〜時の流れはあっというまだね……」
練りきりでアジサイを模した上生菓子を作りつつ。焔がふと呟いた。「そうですね」と手伝う藤花も手を止める。彼女が思い出すのは、あのヴァニタス――マザーマリアのことだ。
(誤った方法ではあったけれど、あのヴァニタスは紛れもなく『母』だった……傷付いた小さな命のために動いていた)
望は、当事者は、まだ何も知らぬまま――いつか生い立ちを知る日がくるだろう。藤花は願う。実の両親にもらえなかった愛でも、ヴァニタスの歪んだ愛でもない。真っ直ぐで豊かな愛情を、この子に注ぎ続けたい、と。
(今はまだこのままで。愛情をいっぱいうけて、強い子に育ちますように)
その隣、焔も父として願う。
「よし、できたよー」
それから間もなく。焔は完成した菓子を居間へと運んでくる。マルチーズのもふらさま用に、砂糖ではなく芋で作ったお菓子も用意した。
「おいしそう!」
目を輝かせる息子。藤花は慈しむ眼差しで、彼と愛犬を優しく抱きしめた。カタツムリのような小さな生き物にも生命はある。もちろん望にも、もふらさまにも。
(ああ、)
ひとりと一匹の温かさを感じて、藤花は改めて実感する。家族という尊い絆を。それを大切に思える奇跡を。
「今度、もふらさまとお揃いで可愛いレインコート作ろうね〜」
焔が続ける。でも、そろそろ格好いい方がいいかな? 思いつつ、菓子に視線を落とす。季節を映す和菓子は良いもの。たくさん作ったから、先生にも差し入れよう。それから――、
(坂嶺さんどうしてるかな……)
Xなる悪魔の事件、息子を失った男。きっと連絡はつくはずだ。望を連れて会いに行こう。望もXとは無関係ではないし、それに……恵太の娘、ユリカと望が友達になれたらいいな、なんて。
「改めましてお久しぶりです、タツコさん」
とある更生施設の談話室。学園や己の近況を話し終えたユウ(
jb5639)の視線の先には入谷タツコが、手渡された写真を眺めていた。山の風景や花々、思い思いに楽しむ生徒達――アジサイの栞も添えて。
「うん、久し振り……」
写真から顔を上げた少女がはにかむ。それからタツコも、近況を話してくれた。最近は精神状態も良くなり、天魔被害で荒らされた場所を整えるボランティアとして活動をしているとのことだ。
苦しみ、悩みつつ、それでもタツコは一歩ずつ歩いている……ユウは目を細める。「そうですか」と、深くは語らずただ願う。心から、彼女の幸せを。
「――物質透過を使って雨の中を歩くのは楽しいものです。今回は傘だけは透過させずに、雨音の風情を楽しんでいましたが」
遠足の思い出を語る。それからユウは連絡先を書いたメモをタツコへと手渡した。
「今度は一緒に遊びに行きましょうね」
「……! ……っや、約束……だからね!」
「ええ、約束」
人間の真似事。ユウは小指を差し出した。
ゆびきりげんまん。きっとだよ。
『了』