●嫌に涼しい日だった
「――Aの転落事故と関係してるとしか考えられねぇよな……?」
昼下がりの静まり返った団地。蝉すら鳴いていない日で、小田切ルビィ(
ja0841)の声を遮るものは何も無かった。
ファーフナー(
jb7826)はそれに同感であった。十年も意識不明であったなら譫妄状態の可能性もあるが、級友のみ狙っているのは意図的と言える。
(何か恨みを抱くことが……?)
対し、六道 鈴音(
ja4192)は自らの意見をこう述べた。
「話を聞くかぎりじゃこのコが疑われるのも無理はないけれど……まだ犯人と決まったわけじゃなし、まずは話をきいてみないとね」
とはいえ、だ。
女子生徒A。
十年の意識不明から目覚めた途端の失踪。
直後に発生した、彼女の級友達が殺害される事件。死因は墜落死。犯人は飛行能力を持つか、対象を空中まで持ち上げる能力を持った異能的存在。
「墜落死……この女子生徒Aが意識不明になったのも、学校で転落したのが原因だったよね」
状況を整理すればするほどに。鈴音は眉根を寄せた。
「……ひっかかるな」
「ああ、」
ルビィが頷く。そして推理する。
仮に。転落事故が事故ではなく。
いじめ――集団暴行の結果だとしたら。
全てに、辻褄が合う。
「……復讐、か」
見上げた空は青い。
作戦は既に始まっていた。
●事前調査
現場へと出動する以前に、撃退士達は事前調査活動を行っていた。
集める情報は女子生徒Aと、その学校関係者について。
ルビィは実際に学校へ聞き込みに向かった。だが十年と時が経っていれば当時の者はいない。あそこの渡り廊下で飛び降りがあった、程度の噂話しかなかった。
ならば当時の学校関係者――被害者を含めた生徒、担任、副担任、女子生徒Aの家族はどうか。鈴音は卒業アルバムやクラス名簿や電話番号などの情報から彼らの住所を特定。ルビィと共に聞き込み調査を行った。
調査結果は以下の通りとなる。
――女子生徒Aの転落事故について何か心当たりは?
担任と副担任は「分からない、覚えていない」の一点張りだった。
女子生徒Aの家族は、「当時は仕事が忙しくて何も知らなかった」とのこと。
級友については、一部は担任と同じ反応。それ以外では「ちょっと変わった子だったから」「からかわれてムキになったんじゃないの?」という曖昧な意見。
――女子生徒Aの級友が連続殺人事件の被害者になっている件について。
これについては級友達から反応があった。
「やっぱりAが犯人じゃないの?」「犯人には早く捕まってほしい」と。
――当時の女子生徒Aのこと。彼女が現在行方不明で、事件の重要参考人であること。
彼女はおとなしく、いつも一人でいる子だったそうだ。それ以外はほとんど印象に残っていないとのこと。特に変わった行動についての報告はなかったが、「変わった子だったから」ばかり。「変わった子だったから」、孤立気味の少女だったそうだ。それで少しからかわれていることもあったという。
やはり一連の犯人はAなんじゃないか。早く捕まってほしい。そんな声ばかりだった。
「どうも、『変わった子だったから』の所為ばかりにされてる印象ですね……」
「だが……どんなに変わり者だったとしても、だ。からかわれたことで死ぬかもしれんような危ねェ場所から飛び降りるか……?」
鈴音とルビィはいぶかしむ。
「それに、具体的にどう『変わってた』のか話が一つも無いですよ、おかしいですよこれ」
「妙だな。まるで……とってつけたような」
募る疑問――
山里赤薔薇(
jb4090)は被害者の遺族と接触を試みた。調査を任された撃退士であると告げれば、無碍にされることもなく。
ひとしきり「どうか犯人を捕まえて下さい」と泣きつかれた後、赤薔薇は冷静な声で質問を始めた。
――被害者が狙われた心当たりの有無。
分からない。息子は全うに、普通に生きていたのに。
――女子生徒Aの転落事故に関して隠されてる事実はないか。
隠された事実というほどではないけれど、当時、息子は「からかっただけ、ちょっとからかっただけ、あいつが急に飛び降りた」としきりに言っていた。
――女子生徒Aが目撃されてる団地に、彼女の級友は居ないか。
当時から住所が変わっていなければ、何人かいるはず。
女子生徒Aが犯人なんですか。だったらその人殺しを早く捕まえて下さい。息巻く遺族をなだめつつ、赤薔薇は密かに彼らへシンパシーを行使する。
しかし、シンパシーで覗けるのは過去三日まで。その魔法で有力な情報は得られず。
「……学園に伝わる、幸福が訪れるおまじないです」
そう誤魔化して、失礼しますと赤薔薇は頭を下げた。
一方でファーフナーは別の点に着目していた。
仮に女子生徒Aを犯人として。十年で級友の容姿や住所も変わっているはずだ。どうやって標的の居場所を突き止めたのか?
そう思い情報を整理してみたところ、被害者はいずれも当時から住所が変わっていない者や、この町から出ていない者だけだった。おそらく『犯人』は、当時の記憶を頼りに標的を見つけ出したのだろう。第三者が関与している可能性は限りなくゼロだろう。
更に、ファーフナーは仲間から「級友達から断定的な証言は得られなかった」という情報を共有すると一つの推理を打ち立てる。曖昧な証言は、真実を曇らせる為ではないか。
では、真実の当事者でないならどうか。
そう思い、彼は女子生徒Aとは別の組の者に聞き込み調査を行う。
その結果――
女子生徒Aは、酷いいじめに遭っていたとの証言。
女子生徒Aは「自ら飛び降りたということになった」といじめっ子達の間で示し合わせていたという話。
そんな情報が手に入った。
「なるほどねぃ」
仲間から集まる情報。皇・B・上総(
jb9372)は『女子生徒Aの当時の級友である』という共通点、団地の名簿、そして鈴音が集めた住所情報から次のターゲットを割り出していた。マップに赤いマルをつける。情報収集協力を仰いだ者へは、「できるだけ速やか、かつ内々に処理するため、勧告等はしないこと」と念も押している。
「どうやってターゲットの居場所を特定しているかと思いきや……」
極めてアナログな手段だったとは。犯人の稚拙さを感じた。そう、まるで『子供』がやったような犯行じゃないか。
「――さて、はて」
●時は戻る
静まり返った団地。無人の公園。木漏れ日のベンチでベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)は本を読んでいた。正しくは本を読んでいるフリをして、周囲をそれとなく警戒していた。
彼女がいる公園は、上総が割り出した『次の標的可能性』が住んでいる団地のすぐ近くだ。ここで待っていれば自然と遭遇するはず。
(団地の子供っぽい感じ……団地の子供っぽい感じ……えいえいおー……)
ベアトリーチェは自らにそう暗示をかけつつ、女子生徒Aの出現を待っていた。
彼女だけではない。その程近い場所に、他の仲間達も潜んでいる。目標を探している。
そして、ほどなくであった。目標発見の連絡。ベアトリーチェは無言で本を閉じ、スカートをはたいて立ち上がった。その視線の先には――。
同刻。
赤薔薇は『次の標的』である男の宅に訪れていた。怪訝な顔でドアを開けたのは彼の妻。男自体は仕事に行っているとのことだ。
「絶対に、外には出ないで下さい」
撃退士であることと、事の顛末を簡潔に話し。そう強く警告して、赤薔薇は急いで踵を返した。階段を下りながらアウルの塗料を自らに。周囲に溶け込んでいく――。
「――、」
ファーフナーが口にしたのは女子生徒Aの本名。
撃退士は既に、女子生徒Aを取り囲むことに成功していた。だがいきなり戦闘を仕掛けるのではなく、まずは話を。君がやったのか。やったのならばなぜだ。尋問ではなく、柔らかい物言いで。
返答は――
――概ね、撃退士が予測した通りだった。
語られる真実。犯人は己だと。凄惨ないじめ。突き飛ばされ、墜落し、途絶えた十年。奪われた時間。自分を地獄に突き落としておいて平然と日常を謳歌する者達への憎悪。全員殺して自らも死ぬ、と。
物言いは子供のようだ。当然だろう、体だけ成長して、彼女の時は止まってしまっているのだから。
「そうだな、許し難い。ぜひ、きみの力になりたい。仕返しの方法は、社会的制裁など、色々とある。まずは一緒に考えてみないか」
共感、協力、親近。ファーフナーに敵意は無い。
「――これ以上、罪を重ねるな。級友達を殺しても、奪われた時は戻らない……」
ルビィは女子生徒Aの瞳を静かに見つめた。
更に、ちょうど現場へ駆けつけた赤薔薇も息を弾ませ言葉を重ねる。
「あなたの無念はわかるよ。沢山苦しんで青春も時間も奪われて……。でも、こんなことは許されない。今ならまだ間に合う。投降して! ……私達があなたを必ず救うから!」
言葉を尽くす。
それに、女子生徒Aは顔を歪めた。
罪悪感がゼロという訳ではないらしく。しかし……全てを割り切れるほど、彼女は大人ではなかったようで。
女子生徒Aの背に天使の翼が顕現した。逃走するつもりなのだろう。
「ふむ。その翼で標的を持ち上げ、落としてった訳かい。だけど――」
上総の相貌に焦りなど微塵も無く。
「――予想済みで対策済みなのよさ、諦めな。もうとっくに詰んでるんだよ」
瞬間だった。
「デッドオアアライブ……けど……生存捕縛……ガンバルゾー……」
ひらり、ベアトリーチェがお辞儀の要領でスカートを持ち上げる。そこから躍り出たのはヒリュウだった。既に召喚して隠しておいたのだ。
「先回り……ゴーゴー……」
ぴ、と指差す主人の命令に従い、ヒリュウが女子生徒Aの飛び立たんとしていた方向へ先回る。小さな竜、されど竜、その本気の威嚇は『犯人』をたじろがせ意識を散らすには十二分だった。
「足止め……皆ハッピー……ジャスティス……」
親指を立てる。件の犯人に特に入れ込みはなく。これは依頼、単なる依頼。
そしてベアトリーチェが作ったその隙。
赤薔薇の星の鎖が女子生徒Aの翼を雁字搦めに封じ込め。
瞬間移動で一気に間合いを詰めた鈴音が異界の呼び手を召喚、女子生徒Aを完全に拘束した。
周囲には、風を纏う赤竜の翼を顕現したルビィ、パサランを召喚したファーフナー、そしてその手に稲妻を瞬かせている上総。
退路は完全になく、逃走は絶対不可能。
「あなたに怪我をして欲しくないんです。お願い……」
投降して欲しい。こうべを垂れた鈴音の言葉に。
女子生徒Aは、一切の抵抗意思を放棄した。
「なんとも呆気ない終幕だねぃ」
ぐっ、と手を握りこんで稲妻を消した上総。傷つけたくない、と仲間の希望で攻撃は結局放たないまま終わった。沈痛な表情で女子生徒Aに拘束具をつけているルビィを遠巻きに見守る。
「ま……。悪役にならずに済んだなら、私としては万々歳かねぃ。やれやれ」
わざとらしい動作で肩を竦めて見せる。へらりと微笑むその奥の心理や如何に。悟る術はなく。手段はどうであれ被害なく迅速に標的を大人しくできたのなら結果オーライである。
「ん……終わった……マッハ……」
戻ってきたヒリュウを肩に乗せて、ベアトリーチェは瞬きひとつ。
「一応……警戒……油断はギルティ……」
いつ標的が暴れ出すかは神のみぞ知る、だ。これは依頼で仕事だから、ベアトリーチェはそれに貢献するのみ。ヒリュウと協力して、死角のないように捕縛された女子生徒Aを見張る。いつでも飛び出せるように臨戦態勢。半悪魔の翼もその背に既に顕現している。
ベアトリーチェの表情は静かなまま変わらない。先ほど本を読んでいた時とほとんど同じ。本を読むようなものなのかもしれない。黙々と文字を目で追い、粛々と頁を捲るように。そして結末を見届けたのなら、静かに本を閉じるのだ。そんなものなのかもしれない。
●後日談
シンパシー。鈴音が女子生徒Aに行ったそれで得られた情報は、女子生徒Aの犯行を真実と裏付けるものだった。
罪の恐怖から隠蔽された真実。集団の力。
犠牲者であり、加害者となった女子生徒A。
十年前に隠蔽された事実――『いじめ』などではなく、『集団による殺人未遂』があったということが、世間に公表される。
女子生徒Aには、然るべき法の裁きを。覚醒者用の収容所へと。
赤薔薇は真実を当局やマスコミに訴え、女子生徒Aの減刑に尽力した。彼女の精神は子供のまま止まってしまっているのだと強く訴える。
だけでなく、依頼当日に訪れていた『標的になっていたかもしれない男』――彼はいじめの主犯であった――彼からの証言も依頼。男は難色を示したものの、命を救われたこと、そしてこれ以上真実を隠し通すことも出来ないことからやむなく赤薔薇の頼みを呑んだ。
また、ファーフナーの働きかけにより、時効であろうとも女子生徒Aが通っていた学校に責任を認めさせ、女子生徒Aへと謝罪させることに成功。
文面でのその情報を得た彼は、静かに溜息をついた。ただ願う。自分のように長く憎しみに囚われないよう、ただただ、祈った。
(殺害された被害者達や遺族は哀れだとは思うが……)
被害者達が女子生徒Aに行った行為は『殺人未遂』、歴とした犯罪。見過ごされて良い訳がない。ルビィはそう信じる。
(真実が露わになったところで、時が巻き戻せる訳でもないが……それでも過去は消せないし、消して良いモンでもない筈だ)
撃退士の活躍、幕を下ろしたとある事件。それらにメディアは一時沸き立った。だが一週間もなく、話題は沈静していった……。
「我々に過去を晒す権利は無いと思うがねぃ……」
上総はワイドショーを見ながら渋面だった。
「ま、薮蛇にならんように気をつけることだねぃ……傷つく人が増えないことを願う次第さ」
隠蔽の帳を引き剥がすことには一理はある。しかし、だ。
「いじめをしていた連中の家族もその過去を背負えと? そんな残酷な真似、私には出来んよ」
一方で赤薔薇は女子生徒Aの面会に赴いていた。ガラス越しのやつれきった顔。事の顛末を話し、そして少女は真っ直ぐに言う。
「死んだ人達は憎む事も出来ない。だから、あなたももう憎まないでください!」
女子生徒Aは沈黙した。それからたった一言だけ。
「ありがとうございます。でも、もう、私に未来なんか無いんですよ」
力の無い笑み。絶望と諦念。虚ろな目。
「なんだったんでしょうね私の人生」
いじめの主犯は妻から離婚を切り出され、会社からも解雇され、世間からは人殺しの目で見られ、これから散々な人生だろう。
重い罪。重い罰。傷ばかりが増えて、奈落の底。
――棘だらけの真実。
面会終了が告げられる。赤薔薇はただただ、血が滲むほど拳を堅く握り締めることしか出来なかった。
蝉の声は聞こえない。
『了』