●プールだーーー!01
「うん、さぶい」
簡潔に、ユリア・スズノミヤ(
ja9826)は状況を述べた。
「でもだいじょぶ。私はロシアっ子だもん☆」
ロシアすげえ。おそロシア。微笑むユリアは花柄を散らした紫のパレオをくるんと翻す。レースフレアの黒ビキニが、白い素肌に映えていた。
「2月といえば! 海でしょ!」
「今年も海! ……のリハーサルね」
声を揃えたのは不破 怠惰(
jb2507)と蓮城 真緋呂(
jb6120)。
「まったく性懲りもなくこの寒空の下海に行くのかい? 仕方ないね、仕方ないね。楽しく過ごそう」
「任せて、色々ばっちりよ」
親指を立てる二人。
そんな怠惰の水着は「たいだ」と名前がつけられた学校指定水着。真緋呂は白レースのフレアービキニ、ボトムはシースルーのティアードスカート風。爽やか()
「風にひらひらとフレアーが揺r……びゅーびゅー揺れてる!」
震えているのは寒いからです以上。
「異議あり。2月の海は寒いという認識が出来ているのなら、そもそも海遊びをしないという根本的な方針転換を提案します」
シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)がシュピッと手を上げた。
「……ていうか、寒い! バカじゃないの!? 毎年毎年性懲りもなく! てか何で私も律儀にこんな格好! バカじゃないの!?」
言い放つシュルヴィアの『こんな格好』――それは学園指定水着。カーディガンと防寒着セットを着込み、日傘で陽と風を防いではいるが。
震えながら膝を抱えて小さく丸まってる彼女は、恨みがましく教師を睨み上げてる。平静などというメッキは一瞬で剥げた。ご立腹である。自分にもご立腹である。
「……!」
棄棄はそんなシュルヴィアの様子にハッとした顔をする。
「閃いた。今年の海は『絶対に寒いと言ってはいけない海』にしよう」
「バカじゃないの!!」
「棄棄センセー! 寒中水泳大会の練習があるって聞いたンで取材に来たぜ!」
そんなこんなの一同の前に現れたのは小田切ルビィ(
ja0841)だ。その手には愛用のデジカメと取材用具一式。
(真冬の海に向けての緊急シミュレーションって事は、どう考えても『寒中水泳大会』の開催が決定したとしか思えねぇ。そうでないなら単なるマジキt――)
「え? 寒中水泳大会?」
教師がすんだひとみで首を傾げる。
「え?」
「え?」
……。
「――えっ、寒中水泳大会の練習じゃない、だと!?」
「そーだけど?」
衝撃の事実。ルビイは戦慄する。センセー狂ってりゅ……!
「新手の修行っすかね……」
一同のやりとりを聴き、強欲 萌音(
jb3493)は遠い目をしている。
いやー、この時期にプールとか悪魔もびっくりっすね。えっ、毎年海行ってる?
っていうのがハイライトな。
●プールだーーー!02
(もうとっとと帰りたい)
のに、そう簡単には帰れなさそうな雰囲気が周囲に漂っているのは何故なんだぜ……? という訳でルビィも水着姿。シンプルな、丈の短いショートパンツ型水着だ。
「……仕方ねえ。心頭滅却すれば水もまた温かし……!」
今を生き抜く為、無理矢理に気合いを入れ直す。唯一の救いは、この場にはルビィと棄棄以外は皆可愛い女子ということだ。なぜだ。
「棄棄先生、クリスちゃん、こんにちはー☆ 先生の肌の色がすんごぃ寒そう」
そんな可愛い女子の一人、ユリアが教師とクリスティーナへ元気良く挨拶を。
「おうユリアちゃん。先生は実際寒いです……」
「本日はよろしく頼む」
ぶえっくしょーんとオッサンそのものなくしゃみをする棄棄、鼻水をズビっとしているクリスティーナ。ユリアは「あらあら」とそんな二人へちり紙でちーん。
さて、そんなこんなで任務開始だ。レポート提出のためにもいっぱい泳いで遊んでプールを知らねば。
「先ずは準備体操ですね! はい、皆もどぞー☆」
ユリアは学校から借りたラジオにカセットをセットして、再生オン。定番の体操音楽が流れ始める。
「いいお天気ね! (気温は低いけど)海日和だわ!」
手影より冬晴れの空を眩しげに見上げ、真緋呂は微笑んだ。脳内イメージは海である。寒くて声が裏返ってるのは気の所為である。色々気合である。
「一番乗りで水に入りたいところだけど、……ほら、よく、よーく準備運動しなきゃね? 念入りに念入りにストレッチしなきゃね?」
というわけで、ラジオの音楽に合わせて体操開始ー。
他の生徒も「泳ぐ前は体操だよね」とか「少しでも身体を温めたい死ぬ」とかで整列して体操を始める。棄棄がピッピッピーと笛を吹く。いっちにーさんしー。
「……やる、やるわよ。やればいいんでしょ」
よろり、ゾンビのような足取りでシュルヴィアもそこに加わった。フィンランド人だろうが真冬に水着は拷問です。
無限にこみ上げてくる愚痴を噛み殺し、シュルヴィアはキチンと体操をする。決定された方針には逆らわない。なぜなら、弱みを握られている(※個人の感想)。五月病に勝てなかったからだ!
(「五月病に負けた? じゃあ二月の海には負けないようにしないとな☆」とか絶対言うでしょアイツ!!!)
では体操も終えて。
いざプールの時間!
大事なのは今は夏だと信じる心――!
「クリス君はこんにちは!」
「怠惰か。ふむ、何を持ってきたのだ?」
「なにごとも事前練習は大事だよね。海をしっかりシュミレートしていかなきゃと思ってさ」
どさどさどさ。怠惰が並べるのは浮き輪にビーチボールにビニールボートだ。
「あーそーぼ!!」
というわけで。
持ってきたそれらに空気を入れたら、いざプールへ。
お気に入りはボートだよ! と怠惰はビニールボートに寝そべり、トロピカルジュースを飲む。その近くでは、怠惰が持ってきた浮き輪でクリスティーナがばしょばしょ泳いでいる。
「……寒い!!!!」
只今の気温、一桁。
(もうこうなったら気持ちだけでも夏の暑さを満喫しちゃうから……!)
意地になってトロピカルジュースを飲むけれど、よく冷えたそれは寒さを倍増させるだけであった……。
「アケディア様! 折角の機会っすし、一緒に泳ぐっす!」
と、そこへ。ぱたぱた、悪魔の翼をはためかせて萌音がやってきた。
「……あ〜……」
「ん? ひょっとしてあんまり泳げないんすかー? じゃー、あたいが手取り足取り教えてあげるっす!」
「練習とかあんまり好きじゃないけど……他でもない萌音君が言うなら仕方ないね」
泳げるようになったら、きっともっと海が楽しくなるのかな……なんて思いながら。
「そうっすねー…うまく泳げるようになったら今度の夏の海でバイトまた手伝って欲しいっす!」
と、胸を張った萌音へと、怠惰は頷いた。
真冬の水は死ぬほど冷たい、けど、上を飛ぶ萌音の指示に従い、怠惰はビート板に掴まって頑張ってバタ足。でもまだ動きがぎこちない。
「水が怖いわけじゃないんすよねー? じゃあ、あたいと一緒に遊ぶっす!」
ビーチボールを手に、萌音が言う。
「最適化した動きは結局のところ一番得意な泳ぎ方に落ち着くものっすから、悪魔の身体能力を無意識でも集中させればきっと泳げるようになるっす」
なんて、悪魔達が泳ぎ特訓している一方で。
ルビィがクリスティーナに声をかける。彼女は浮き輪でばしょばしょしていたが、寒すぎて今はプールサイドで縮こまっている。
「よッ! 見るからに寒そうだなぁ〜。鼻水垂れてんぜ? ……つーか。アンタ、なんでこんな所に居るんだ?」
「……今となっては思いだせん」
「お、おう。思い切ってプールん中に入っちまった方がマシかも知れないぜ? ……そうだ! 良ければ俺と25mで勝負しねーか?」
この状況で体を動かさずにいるのは苦行! いいだろう、とクリスティーナ(鼻水ズビィ)が立ち上がる。
真剣な顔で位置に着く二人。
棄棄が笛を鳴らして――水音。
激しいクロール対決だ! 寒さなど忘れたいと叫ぶが如く!
一方で、ユリアは気ままにすいーーっと泳ぐ。どんな環境でも楽しむことが大事! 寒いことはなるべく考えないようにして、青空を見上げつつ背泳ぎを。個人的に背泳ぎは脚の動きが綺麗に見える気がする。
「あ、先生〜。泳ぎのアドバイス下さい!」
「今のままでも十分上手だぞ?」
「どうせだったら人魚になりたいから!」
というわけで、ドキドキ☆渚のマーメイドブートキャンプ開始である。
ああだこうだ「もっと人魚ぢからを!」とか熱血(?)指導している棄棄を、シュルヴィアは遠巻きに眺めている。飛び込み台に三角座りで腰掛けて、針を付けていない釣竿を手に、海釣りならぬプール釣りだ。
「……これでコップ酒、七輪にあたりめ焼いてたら……休日の釣りおじさんね……」
日傘を肩にかけて、釣り糸を垂らした水面をボンヤリ見つめる。当然プールに入る気はない。容赦のない寒風にガタガタしているのみである。
「……海でやる時は、焚き火作るべきね……あと、湯煎で暖かい飲み物も用意して……」
などと独り言ちながら何だかんだちゃんとレポート内容を考える辺り、彼女は律儀の権化である。
と、その時だ……糸になにかかかった。
「え?」
針はつけていないのに。ノートから目を水面にやれば……クリスティーナが不思議そうな顔で糸をくいくいしていた。瞬間、ぐいっと引っ張られて、
「ちょ、」
どうして律儀に釣竿を握り締めていたのか。手放せばよかったのに――と思った頃には、シュルヴィアは宙を舞っていた……。
だぼーん。
さて、ここまでずっとプールに入っていなかった真緋呂だが。プール入らない二大勢力(?)であったシュルヴィアが飛び込んだ(?)今、自分もやらねばなるまい。観念とも言う。飛び込み台へ
「……はっ!? こ、ここは岩場。岩場っぽいイメージでさむっ!」
凍てつく風に押されるように、素晴らしいフォームで跳び込み。
だばーん。
「スイカはないからカボチャを持ってきたよ」
これを忘れちゃいけない。どん。怠惰がプールサイドにカボチャを置く。
「擬似的スイカ割りか」
「そーだねクリス君。はい目隠ししてー」
クリス君ならきっと一刀両断できるはずさ! というわけで怠惰はクリスティーナに目隠しをし、「右! 真っ直ぐ!」なんてスイカ割りを始め――
どぼーん。
天使は滑らかな動作でプールに落ちていった。
にわかにプールに起こる小さな津波。飛込みを行った後、シャチの浮き輪でぷかぷか浮いていた真緋呂の体が揺れる。でもそれよりも彼女の体が震えている。
「ふぅ、海水浴最高っ!」
寒くて震える現象のことをシバリングというそうです。
●プールだーーー!03
プールにおいて必須なもの。
それは休憩だ。
というわけで――
ルビィは購買で買ってきたほかほか肉まんと缶コーヒー、緑茶。
ユリアはピロシキとほかほかボルシチ。
怠惰はほかほかお弁当。
萌音はほかほかポタージュを。
「泳いでる時はだいじょぶでも、休憩中とかに身体が冷えちゃうんだよねん。皆、ボルシチ持ってきたからあったまってー☆」
笑顔のユリアが皆に料理を振舞う。
「ありがと……」
シュルヴィアはそう礼を述べると、震える身体を温めるようにボルシチをちびちびと食べ始めた。
そのほっぺたに、ぴとっ。後ろから触れてきたのは、
「あっつ!!?」
あつあつの缶コーヒー。
クリスティーナだった。
「教師棄棄が、年頃の乙女には背後から缶飲料を頬に触れさせると良いと」
「……ああ、そう」
色々言いたいことは一先ず飲み込んで。
「あなたも、毎年参加してるけど……おかしいとは思わないの?」
「む? ……悪くはないと思っているが」
「……そう。まぁともかく。ほら、これあげる。ないよりマシでしょ」
言葉と共に、ぱさ。シュルヴィアはクリスティーナの首に柊マフラーをかけて、緩く巻いてやった。感謝する、と天使は薄く微笑みを返した。
一方、怠惰は炎焼によってカボチャを焼いていた。スイカ割りならぬカボチャ割りで割ったブツだ。そのままじゃ食べられないので、焼き芋ならぬ焼きカボチャ。スイカなのか芋なのかカボチャなのかもうわかんねぇなこれ。
萌音はそんな焼きカボチャを、怠惰の隣でもぐもぐしている。
「あたい300年も生きてきて、人間界に来るまで海って見たことなかったんすよね」
最中、彼女は徐に口を開いた。
「うちは財を蒐集してそれを護る事こそが幸せって教えがあって、それに嫌気が差して飛び出したんすよねー。財宝に囲まれて朝から晩まで金貨数えて悦に入るなんて、性じゃないじゃなかったんすよ」
あっ、あんまり面白くない話してすみませんっす。苦笑して、つい漏らした昔話に慌てた様子で補足する。
「えっと、こうやって色んな人たちと関わって、遊んだり、学んだり、一緒に同じものをみているのって幸せだなぁって思ったんすよ。きっと山盛りの金貨を眺めてるだけじゃ、今の気持ちは手にはいらなかったっす」
言いながら、保温ポットに入れたポタージュを怠惰へと。
「さぁ、ポタージュをどうぞっす」
温かいそれ。受け取って、お返しにと怠惰は持参した弁当箱を開く。
「今日のお弁当は唐揚げと激辛仕様の卵焼き! はい萌音君、あーん」
むぎゅむぎゅもふ! 暖を取るために、怠惰は萌音にひっついて。
「クリス君と、萌音君と、今ここにいる皆、友人に恵まれて私はとても嬉しい。海もいっぱい楽しもうね! 」
「海最高! Foooo!」
真緋呂は寒すぎてテンションが変なことになっていた。全自動カキ氷作るレディになっていた。
「海と言えばカキ氷! オススメシロップはブルーハワイよ! くちびるが青ざめてもシロップの所為に出来るからね! Wow! おら食えッ」
棄棄とクリスティーナにご馳走!(押し付け)
「先生! こんなところにワカメがあるの! だから予行練習(?)の為にヴィーナス誕生やって下さい!」
そこへ、海=海藻という謎理論でユリア乱入。持参したワカメを棄棄のカキ氷にライドオン!
「ラムネFooo! ラムネのビー玉って綺麗よね!」
更に真緋呂が全力で振ったラムネをブシャーと棄棄にかけて。
「肉まんクソ美味ぇ」
棄棄はイケメンスマイルで肉まんを頬張った。ユリアがスマホで激写していた。
なんだこのカオス。
「ふぅ……あったかいもん食べよ」
唐突に我に返る真緋呂であった。別に精神的に追い詰められてきてる訳じゃないですけして。
さて身体も心もぽっかぽかになれば……
「第二ラウンドも遊び……学びましょーぅ!」
プールに突撃するユリア。
「もうひと勝負すっか!」
「受けて立つ!」
ルビィとクリスティーナもそれに続く。翼を顕現させ、無駄に『飛び』込んでいきながら。
●ユリアのレポートより
んと。
海で人魚を見たことがないので私が人魚になろうと思い、猛特訓という名の遊戯で皆と遊びました。授業はヤだけど楽しいことなら全力でやろうと思いました。たのしかったです。まる。
『了』