●半年タイムラグ
「12月だというのに5月病だとーなんて恐ろしい怪物なんだー」
棒読みの不破 怠惰(
jb2507)はゴクリと唾を飲み込んだ。
「さて、仕事も終わったし寝るとするかな」
「待て怠惰、まだ始まっていない」
呼び止めたのはクリスティーナ。「えっ」と怠惰が振り返る。
「もーしょうがないなークリス君が言うならちょっと頑張っちゃう……」
「うむ、私も頑張るぞ。ゴガツビョウになど絶対に負けない!」
で。
「クリスティーナさん、それフラグぅぅ!!」
と、シェリー・アルマス(
jc1667)が叫んだのが五秒前。
なんかもうねむいボイスを喰らったクリスティーナが流れるような動作で布団でスヤァしたのが二秒前。
「(あの)クリス君がやられたーーーー!!」
そして怠惰が戦慄したのが、今。
「だから言ったのに……!」
マリー・ゴールド(
jc1045)は両手で顔を覆う。
「突撃はダメです。アスヴァンは支援型なので仲間と連携と書いてあるです」――『よいこの戦闘教本(初等部用)』の一文を指して宥めたのに、止められなかった。
「へ、変なディアボロもいるもんだなぁ……」
布団売り場に現れたディアボロ『ゴガツビョウ』、不知火あけび(
jc1857)は率直な感想を漏らした。困惑しながらも身構えようとして、足裏から伝わる柔らかさにさらに困惑を。
「布団があっちこっちにあって足場悪……人!? 踏んじゃってすみません!」
五月病にやられ布団と合体している一般人にすばやく、そして礼儀正しく頭を下げるあけび。礼儀は実際大事である。
「五月病ねぇ……年中めんどくさがりの俺には、全く関係ないなぁ……ふぁ……」
既に五月病状態とでも呼ぶべきか、日比谷日陰(
jb5071)は眠そうな顔で遠慮なく欠伸を一つ。
「自分を知り敵を知れば百戦百姓です。テスト勉強を(一夜漬け)で乗り越えた私は一味違うです」
日陰とは別のベクトルで自信たっぷりに意気込むのはマリーだ。百戦百姓だ。お百姓さんマッシブ無双パワーだ。
そんな自信のある(?)仲間にあけびも気を引き締める。
「私には立派な侍ガールになるっていう目標があるから! 五月病にかかってる暇はないよ!」
敵の声を聞かないようヘッドホンも装備して。
絶対に五月病に堕落なんかしないッ!
負けるものか。若干フラグ感も否めない意気込み達――ー
の、一方で。
(拝啓、先生様。負けたらゴメンナサイ)
シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)は心の中で呟いた。その目は淀んだ光を湛え、俯く顔は完全に無表情。
(……勝てないかもしれない。負けるかもしれない。これアカンやつよ)
何故かやたらやる気のあった(過去形)クリスティーナ――今はナチュラルに布団の中に沈没した――を横目に、内心で緊張がピークのシュルヴィア。
というのも最近、思っていた以上に己が『精神系』が弱点であることに気付いたからだ。
確かに己は真面目である。自負している。けれどそれは素行であって、性格としては気分屋なのだ。特に毎年夏は「くっころ」なのだ。
(幸い……五月病とやらには罹った事がない、けど)
知識としては知っているし、敵がそれを強制的に引き起こすこともまた知っている。
……パネェ。
「パネェ……マジハンパねぇわ……」
震え声。普段の彼女が絶対言わないような、なんかそこはかとなくどこぞの先生みたいな口調で呟いた。
(私にも体裁とか、世間体とかスタンスとかキャラとかあるのよ……クリスの手前、無様な真似は出来ない……! あとこれの報告書絶対アイツ確認するでしょ余計に無様出来ない)
絶対に、醜態を晒すわけには――!!
顔を上げたら目の前にそんなことよりチーズ蒸しパンになりたいビームが迫っていた。
「あっ」
フラグ。
「ぬわーーー!!!」
こうかはばつぐんだ!
「シュルヴィアさアアアアアアアアアン」
ぬわーぬわーぬわーとエコー付きスローモーションで倒れるシュルヴィア、あけびがその名を叫ぶ。
「おのれディアボロ! よくも仲間をっ!」
ジャキン。物陰に隠れたあけびはその手の中に影手裏剣を作り出し、ゴガツビョウへと投擲する。ゴガツビョウに突き刺さる。
すると反撃と言わんばかりにゴガツビョウが再びビームを放ってきた。あけびはこれをクリスティーナ(その辺の布団にいた)を盾にすることで難を逃れる。
「ふー、危なかった……よくも仲間を!」
汚い流石忍者汚い。
「クリスティーナさぁぁん!?」
お布団に完堕ちしたクリスティーナをゆさゆさ揺さぶるシェリー。驚きのあまり「あわあわ」とマトモな声が出ていない。クリスティーナの真面目な姿しか見たことがなかったものだから……。(尚、某遊園地でのアレは真面目なものと解釈している)
「くっ……カタキは絶対とるからね!」
涙を堪えて立ち上がるシェリー。の、姿はパンダの気ぐるみだった。
「もふられ歓迎、シェリパンダ参上、ってね!」
それにしても。うわー。シェリーは複雑な眼差しを冥魔に向ける。
(見るからにやる気なさそうなディアボロだね)
人畜無害とはこのことなんだろうか? 油断なく、シェリーはじりじりと間合いをつめる――が、ハッと気付く。なんかねむい。
「うーん、眠くなってきた……」
まさか、そのまさか、なんかもうねむいボイスの影響下に。
「でも、今はベッドでなくマットに転がりたい気分……あ、丁度いいマットがある〜」
寝ぼけた視界はディアボロをなぜかマットと勘違い。ナックルバンドで武装した拳に白銀の聖火がボッと灯る。殴りかかる。力技ではっ倒してやる、あのマットを。
「隙あり!」
同時にあけびも通路へと躍り出て太刀を構えた。新習得スキル辻風、それを試さんと刃を振るい――
「あれ?」
振るった刃が布団に刺さる。
「あれっ」
しかも抜けない。
「あっ」
その瞬間、ビームが。
「……」
徐に髪を解き、太刀を置くあけび。
「修行面倒くさいよ〜おこたで蜜柑食べたいよ〜。楽して侍になれる求人ありませんか……あれ、侍って何だっけ」
そのままお布団へダイブ、抱き枕にしがみついてゴロンゴロン。侍になる目標とかどうでもいい。そのまま幸せそうにスヤァしてしまった……。
ちなみにその近く、割とお高いお布団のコーナーでは日陰もスヤァしていた。まだ攻撃喰らってないのに。ていうか一目散にベッドに入ったのはこの人である。
「ん? あー、いやまあ、一応作戦、うん、作戦だな? 先に布団に入って寝ておけば、そもそも狙われることなんてねえだろう?」
天才か。
「ほら、クリスティーナの嬢ちゃんだって、あっという間に寝ちまってるじゃないか、ああならんためにも先んじて布団に入るってわけだ。
……いや、それにしても、さすがにこの季節に外で寝るとなると寒いねぇ……んじゃ、お先に失礼させてもら……」
スヤァ。
追加でその辺から持ってきた毛布にすっぽり包まり、日陰はお布団と一体化したオフトゥンモンスターと化してしまった……。
一方、先ほど倒れたシュルヴィアであるが。
引き続き倒れていた。もふもふのお布団の上で。
「くっ……」
やばい。
チーズ蒸しパンになりたい。
自分でもなに言ってるのかよく分からない。
ていうか光纏するのも億劫だし面倒臭い。
だが己にも意地がある、矜持がある。
この程度の逆境がなんだ。
(私はあらゆる逆境を乗り越えてきたでしょう)
勝て、勝つのよ私。
己に勝つのょzzz……
「ぬふぇ……かつのよ……ふへへ……」
お布団に轟沈。完堕ちそして即堕ち。
モフモフ毛布に包まれ、ふにゃーっとしたニヤけ顔で涎まで垂れている始末。
眠いボイスには勝てなかったょ……。
一人また一人と倒れて眠りゆく撃退士達。
そこで怠惰がとった行動とは――
「クリス君も寝てるなら私も一緒に寝る!」
クリスティーナと一緒のお布団に潜り込んじゃう!
(あったかい……これは……幸せ……)
瞼を閉じる。寝ぼけたクリスティーナが怠惰をもふもふしてくる。
(ディアボロはあんまり好きじゃないけど、あれはセンスあるね)
だってさ、今こうしてみんなで寝てたら平和じゃないか。
(私はこういう世界を求めてるんだよ。天使も悪魔も人間もみーんな寝ちゃったら、誰も死なないし誰も恨まない。この世界は平和だよー……)
思いながら、夢見ながら、怠惰は眠りに意識を手放す。
そして戦場には寝息だけが満ちた……。
……。
……。
怠惰は。
ふわふわ羊の夢を見た。
たくさんの羊。ぎゅうぎゅう埋もれてみんなで楽しく眠る夢。
羊は増えて、眠たくなって。
どんどんみんなが離れていって。
怠惰は。
寝るのは好きだ。
でも起きてゲームしたり、ちょっと料理してみたり、友達と話したりも、好きだ。
「ダメだよクリス君寝ちゃダメだ!!!
こんなところで負けちゃダメなんだよ!!!」
跳ね起きた怠惰は真横のクリスティーナを力いっぱい揺さぶった。
(皆がだらだらしてしまえば平和かもしれない。けれどそれは多分楽しくない。なんかやっぱり違うんだよ)
「クリス君はクリス君らしくなくちゃ! 寝てちゃあダメだよ、私は君を理解したい」
「う、うーん……どうした怠惰」
寝ぼけているクリスティーナ。完全に意識がとろんとろんである。
やれやれ。起きないならディアボロを倒して起こすまでだ。
遁甲の術で己の気配を消しつつ、怠惰はゴガツビョウへと振り返る。
丁度その頃。
マリーはスマホを手に大真面目な顔をしていた。動画として状況を撮影しているのである。
決してふざけている訳ではない。表情の通り至って真剣だ。
謎の敵、ゴガツビョウ。それの弱点を探り、スキルを解明するためだ。解析のために撮った映像(仲間が寝てたりする奴)を何度も再生、じっと見つめる。
「……取り敢えず……近付いたら危ないのですね」
では、とマリーはスマホをポケットに仕舞い込み、ヒヒイロカネより生者の書を取り出した。
「(仲間が倒れるのを傍観してたおかげで)敵の強みも解ったのです。仇をとるのです」
割と酷いことを一切の悪意なく大真面目に言いながら、マリーは書より金の円盤を顕現させた。
「攻撃開始です!」
武器の射程ギリギリより間断なく敢行する攻撃。
が、ここでゴガツビョウがかえりたい電波を放ってきた!
「ぐぬぬ」
安眠していた日陰が眉根を寄せた。
「俺はまだ、この安住の地から帰りたくねぇ……」
布団から出てたまるか。まるでそう言わんばかり、彼は布団を被ったまま匍匐前進を開始した。無音歩行の術によるサイレイントオフトン行進である。
(ちぃと早めに片づけることにするか)
攻撃動悸:布団から出たくない。布団大福と貸した日陰は冥魔へと間合いをつめ――布団を被ったまま飛び上がった! 繰り出すのは兜割りだ! 自身の体重とオフトゥンの重みを乗せた一撃に、ゴガツビョウがぐらぐらする。
(よし、今のうちに――)
寝よう。スヤァ。
「寮の自室に、このマット持って帰りたいなぁ」
一方で帰りたい電波に当てられたシェリー。相変わらずゴガツビョウをマットと思い込んでいる。なぜかは不明。
「私はマットにごろんしたいの!」
そして『マットで寝転びたい』という謎の願望のため、再び繰り出す聖火の拳。
その少し離れたところではあけびが、いきなりガバッと身を起こし。
「安眠妨害はやめてよ!!」
一方的に怒りながら辻風発射。それが当たったか確認することもなく再びお布団へ。幸せなる安眠。
そんな仲間達と息を合わせ――
否――息あってなかった全然合ってなかった――
『タイミングは』合わせ。
災禍:枷剥ギ<カラミティアンスロウス>。
脚部の能力を一瞬だけ完全に引き出した怠惰が、ゴガツビョウへ迫る。呪言が浮かび黒に染まった両足で地を蹴って、突撃の威力のまま打ち込むように突き出すのはオリエンスの魔剣。
そしてマットネコロビタイ病に罹患したシェリーのパンチが決まり、日陰のワイヤーによる妨害するような攻撃が決まり、マリーの魔法攻撃がトドメとなって、ゴガツビョウは倒れたのであった!
「はわ……死んだフリかもしれません! いや寝ちゃっただけかもです?」
安心は出来ない。マリーは倒れたゴガツビョウにビシバシ攻撃を続行する。死人に鞭打つとはまさに!
「マットはきちんと片付けないと!」
シェリーの戦いもまだ終わっていない。彼女には未だにディアボロがマットに見えている。なんでかは知らん。それはそうとゴガツビョウをマットに見立てたシェリーはそれを畳み始めようとした。
しかしここでゴガツビョウがしめやかに爆発四散!
原因はたぶんマリーのオーバーキルじゃないかな!
勝った! エリュシオン完ッ!
●おはよう
「修行不足だ恥ずかしい!」
十二月の空にあけびの声が響いた。
駐車場、寒空の下、顔を真っ赤にしたあけびは大太刀をブンブン素振りしていた。
「……」
一方のクリスティーナの心もあけびに近いものがある。鍛錬不足だ。寝てたら終わってた。しょんぼり。三角座りで落ち込んでいる。
「……ああいう相手だったんだから仕方ねぇさ」
目を覚ました日陰がそっと彼女へフォローを入れた。
さて――彼は視線を店内に戻す。激戦でこそなかったものの、やはり多少は荒らしてしまった。
「とりあえず、無事になんとか倒せたわけだし……ある程度は片づけておかねぇとな」
若干面倒だが、と付け加え。
その言葉に「そうね」と同意したのはシュルヴィアだ。さっきのへにゃーっとした寝顔はどこへやら、いつものきりりとした表情。低血圧ゆえとコーヒーで眠気覚ましもして、いつも通り。
さて後片付けの一方で、シェリーはようやっと見つけたマットでスヤァしていた。
「疲れたしちょっと寝ようかな!」と怠惰も布団で丸くなっていた。
そんなこんなで。
任務は無事に完遂した訳だけれど。
「いいこと? クリス。沈黙は金よ。余計なこと――じゃなくて、報告は私の方でやっちゃうから、貴方は何もしなくていいからね?」
ニッコリ。シュルヴィアはクリスティーナへ微笑みかける。
こくこく。蝙蝠令嬢より滲み出るただならぬオーラに黙ったまま頷くクリスティーナ。
(良し)
内心でガッツポーズしたシュルヴィア。これで口伝は封じた。
次は報告書の改竄を……。
己の失態を知られるわけには……。
「あ、皆さんお疲れ様です!」
にこ。マリーが微笑み、シュルヴィアを、そして皆を見渡した。
「なんだかディアボロの攻撃を喰らって、皆さん大変そうでしたね。でも命がご無事でよかったです! 学園の方にも、皆様が無事であることを映像と共に報告しておきました」
「えっ ちょっ 待って……映像?」
「はい! あと写真も」
「写真」
「はい!!」
恐ろしいのが、マリーとしては悪意0%なところである。
時に、悪意がないことほど恐ろしいことはない。
そうまるで五月病のように。うん。
『了』