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マスター:ガンマ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/08


みんなの思い出



オープニング

●キンモクセイって漢字で書くと金木犀
 アルティメット園芸部。
 それは久遠ヶ原学園にあるサークルの一つであり、『アルティメット栄養剤』とかを開発して局地的にジャングルを作り出しちゃったりする迷わk……独特な集団である。
 メンバーは少人数ながら、その熱意は凄まじい。
 彼らは年に一度開催される『全国アルティメット園芸大会』というニッチな大会での優勝を目指し、努力と研究を重ね、そして遂に――『作品』を完成させたのである。

「できたぞ、キンモクセイの迷路だ!!!」


●スクールにて
「てな訳でさ、アルティメット園芸部が作り出したキンモクセイの迷路の感想を聞かせてくれだってよ」
 教師棄棄は、生徒達をとある場所に案内しながらそう言った。
「なんでも……なんだっけ? 全国アルティメット園芸大会? とかいう? 俺も良くわかんない大会に出るーだとかなんとか……『優勝する為には幅広く意見を取り入れ改良と努力をせねば!』って言ってたぜ」
 そうこうしている内に、ふわり――漂ってきたのは、キンモクセイの甘い香り。
「ほら、見てみろよ」
 目的地到着。
 そこには、キンモクセイの大きな生垣で造られた迷路があった。
 生垣の一面に、黄金色。小さな花が、甘い香りを放っている。
 その傍らにはアルティメット園芸部の面々が、「今回はデータ採取に協力いただきありがとうございます」と頭を下げていた。今回は半ば遊びのような内容だが、ちゃんと彼らから(少量ではあるが)謝礼も出る。立派な依頼なのである。
「ま、依頼だからって真面目る必要はねぇぜ」
 振り返る棄棄が生徒達へ笑いかけた。
「ホレ見てみろ、空も綺麗な秋晴れだしよ。まったり花見でもしながらのんびりしようや」


リプレイ本文

●馨の小路
 黄金色。甘い香り。
 集った生徒達の目の前には、キンモクセイの迷宮が佇んでいた。

(いい天気だなぁ……)
 山里赤薔薇(jb4090)は空を仰ぎ瞳を細めた。天気は正に秋晴れ、澄み切った青、夏に比べて穏やかになった太陽。
(金木犀の良い匂いもするし。和むなぁ)
 まるで時計の針もまどろむような昼下がり。心地よさと甘い香りにほうと息を零して、赤薔薇は迷宮へと足を進めた。
(良い匂い。それに、結構本格的だし)
 これを作り上げるのにアルティメット園芸部はどれほどの努力を重ねたのだろうか?
 見渡せば、秋風にそよぐ金の花。花房が揺れる度に甘い香りが心地良く漂う。彼方には澄み切った秋晴れも見えて――まるで現実世界から隔絶されたような、そんな錯覚すら覚える。
「迷路と言えば左手の法則!」
 蓮城 真緋呂(jb6120)も、いざ迷路へ。きりりと構える左腕。それを生垣に添えて、ゆっくりと歩き始めた。
「はぁ……本当、良い香り」
 まるで風にもキンモクセイの色が灯っているような。細める瞳。
 と――そんな感じにキンモクセイに気を取られていたからか。
「あ、あれ?」
 ポケットに違和感。
 ぽんぽん、掌で確かめてみれば。
「ハンカチが……無い!? あれ? 落としちゃった!?」
 振り返る。来た道を戻る。見渡した。あった。ああ良かった。ポケットにハンカチを直して、気を取り直して、歩き始める。……ハンカチ事件に気を取られ、左手を添えるのを忘れた状態で。
 その直後だ。
 真緋呂の傍をビュンと通り過ぎた人影。余波の風。キンノクセイの香りを巻き上げ。

 \ 迷 路 だ ー /

 全速前進、元気一杯の雪室 チルル(ja0220)だ。さいきょーなので一番最初に迷路に入り、最速クリア目指して突っ走っているなう!
「あたいは昔……こんな諺を聞いたことがあるわ……!」
 全力疾走のまま神妙に呟く。その諺とは。

「迷路に挑むときは左手を壁につけっぱなしで移動すると実際迷わない!」

 チルル渾身のドヤ顔である。
 だが迷路の生垣に触れているその手は――お箸を持つ方だった! 右手だった!
 そう、なんとチルルは左手と右手を勘違いしていたのだ!

「うおおおおおおおあたいが一番にゴールするんだからああああああああ」

 でもまぁ本人が楽しそうなので良しとする。
「そうだ左手、忘れてた!」
 チルルを見て真緋呂は生垣に手を添えた。チルルの印象が強すぎて、右手を添えていたことに気付きもせず……。
「……あれ。ここさっきも通ったような……」
 そりゃそうなるよね!

「ふーむ。園芸ってのは良く分からねーな? 感想、感想ねぇ……」
 早速迷子が出ている一方で、テト・シュタイナー(ja9202)はキンモクセイを何とはなしに眺めつつ迷路を歩いていた。特に深く考えるでもなく、完全に直感頼り。
 その隣、生垣一つ向こう側では鴉乃宮 歌音(ja0427)がまったり散歩気分で迷路を歩いていた。
 分岐近くの木にカラーテープを付けているのは――トレモーアルゴリズム。それは昔の数学者によって紹介された、あらゆる迷路を解くことが出来る解法である。地面に自分が通った跡を残す事で、しらみ潰しを効率的にできるものだ。
「「おっと」」
 かくして、そして奇しくも、二人は同時に開けた場所に辿り着く。

 お茶会用のスペースだ。

「お疲れ様です! これ、スポーツドリンクです。どうぞ」
 二人へスポーツドリンクを手渡したのはシェリー・アルマス(jc1667)だ。秋とはいえ太陽の下を歩き回れば汗が出る。水分補給はどのシーズンでも大切だ。
「どうも」
 それを受け取り、一休み。歌音はセッティングされた椅子に腰を下ろした。その傍ら、園芸部の者が「すいません」と声をかけ。
「迷路は如何でしたか?」
「うん。こういう迷路、西欧の庭園によくある。評価をしよう。アーチとか作るといいと思う。近くに蔓のある植物を植えてさ」
「なるほど、ありがとうございます!」
 園芸部は目を輝かせながら手にしたメモに歌音のコメントを書き込んだ。
 ペンが走る音を聞きながら、歌音はテーブルを見渡す。
「ほう桂花茶か。いいね。淹れてあげよう」
 言下に立ち上がり、慣れた手つきで桂花茶を皆の分。勿論、園芸部の者へもだ。
「この洋菓子も良い出来だね」
 ほっこりと漂う甘い香り。微笑を浮かべ、歌音はキンモクセイのクッキーを一齧り。

「おー、クリスティーナじゃねーか。この間の海以来かね?」
 一方で、テトはカップケーキを頬張っていたクリスティーナの隣に着席した。
「む、シュタイナーか。確か共に巨大プリンを食べた時以来ではないか」
「巨大プリン……あー、あったなぁそんなのも」
 苦笑を一つ、遠い目をする。アレは大変な事件だったね――というのはさておき。
「んで、ここではお茶会をやってんのか。……なぁ、唐辛子煎餅とか暴君デスネロとかは無ぇの?」
 テトはテーブルを見渡してみた。残念ながら、彼女が例に出したような激辛系お菓子はなさそうだ。「なんだぁ」と軽い不満を一つ漏らし、歌音が淹れてくれた桂花茶に手を伸ばす。
 ふわりと馨しさ。それから、カップケーキも手に取った。キンモクセイのジャムが使われたものだ。
「ふむふむ。たまには甘いモンってのも悪くねーか」
 甘い味は気持ちもまったりさせてくれる。可愛らしいバスケットに盛られたクッキーを一枚、天使に差し出した。
「ほれ、クリスティーナ。あーん」
「頂こう」
「美味いか?」
「うむ」
「うむ。もっと食えもっと食え、あーん」
「頂こう」
 全自動クッキー食べるエンジェル。クリスティーナは差し出されるだけクッキーを頬っぺたいっぱいにモグモグすると、お茶と一緒に飲み込んで。
「シュタイナー、最近の学校生活はどうだ?」
「良くも悪くも平坦ってとこかねぇ。何か、こう、激的な刺激が欲しいっつーか?」
 くぁ。欠伸を一つ。「まぁ、」と続けた。
「こういうのも悪くはねーけどな」

 何であろうと平和は良きものだ。

(ここ最近、戦いばかりだったから癒されるな)
 迷路を抜けてお茶会スペースに辿り着いた赤薔薇は、早速着席して桂花茶で一息ついていた。学園生はハチャメチャ揃いだからちょっと心配だったが、皆普通に迷路を楽しんでいるようでそちらも一安心だ。
 さてテーブルの上を見渡せば、可愛らしく盛り付けられたお菓子達。
 ぐぅ。
 少女のお腹が雄弁に物語った。なので遠慮なく赤薔薇はお菓子達に手を伸ばし。
(うめぇ〜。こんど高校になるけどいいもん。女子力とか気にしないし)
「可愛い」より「美味しそう」が先行してしまったことも気にしない! 育ち盛りなので気にしない! お茶もガブガブ飲んじゃうもんね!
「良い食べっぷりだな赤薔薇ちゃん」
 そんな赤薔薇に棄棄が声をかける。
「あ。どうもこんにちは」
「ういっす。最近どうだい? 任務は頑張ってるかい」
「そうですねぇ……」
 一間。それから赤薔薇が口にしたのは、とある依頼――ヴィクトワールの一件だ。
「なんとか救いだせたけど、本当の意味ではまだ救えていないです。まだ、これからです」
 ヴィクトワールは未だ、眠りの中にあるという。
 世の中はハッピーエンドばかりとはいかないらしい。溜息をクッキーと一緒に飲み込んだ。
「そうだ。カメイさん達は元気ですか?」
「元気溌剌らしいが……」
 棄棄は微妙な物言いだった。赤薔薇にとってあまり嬉しくない情報では、といった視線をしている。それに気付いた生徒は「ああ」と小さく苦笑して。
「……そりゃ生理的にちょっとアレだけど、もう嫌いではないです。協力してくれたし」
 なんて、奴が聞くとクッソ調子乗りそうだ。

「感想ですか? これだけの金木犀だと、さすがにちょっと香りがキツイ気もするかなぁ」
 程近いテーブルでは、キンモクセイを見渡す六道 鈴音(ja4192)が園芸部にそうコメントを寄せていた。それから、桂花茶を一口。ここで棄棄と目が合った。
「オッス鈴音ちゃん」
「あ、こんにちは棄棄先生」
「最近どうだいー依頼とか学園生活とか」
「最近ですか? そうだなぁ」
 一間、彼女はカップを置いて。
「久遠ヶ原の商店街に『雨音』っていう喫茶店があるんですけど、そのお店の宣伝を手伝ったりしました。
 そのお店のカフェ・モカがすごくおいしから、棄棄先生やクリスティーナさんも、一度行ってみてください」
 気に入ると思いますよ。と、クッキー片手に微笑む少女。
「喫茶店の手伝いってことは、ウェイトレスさんもしたのかい?」
「してないですよー。言ったじゃないですか『宣伝』って」
 宣伝オンリーです、と鈴音は教師へ苦笑を浮かべた。
「いや鈴音ちゃんならウェイトレス服似合うだろうなって。そんで、学園生活の方はどうだい?」
「そうですねー、もうすぐ進級試験があるから、それが憂鬱かなぁ。まぁ、毎年のことですけどね」
「おう頑張れよ! 徹夜しすぎて体調崩すなよ!」
「お気遣いありがとうございます。……棄棄先生こそ、最近身体の具合はどうなんですか? 気にしてる奴がいるんで」
「体調? バリバリ元気よ〜問題ナッシング」
 教師は親指を立ててみせる。「ならいいんですが」と鈴音はクッキーを頬張った。
「ところでウェイトレス服だけど」
「着てないですってば!」
「絶対似合うと思うんだけどなぁ。ああ、こう、あざといのじゃなくてクラシカルなのが一番いいと思うぞ先生は」
「き、着て欲しいんですか!?」
「似合うと思う」
「なんだか話が無限ループです先生!」
 と、その時だ。

「助けて先生ー! ……お腹が空いてもう動けない」

 遠くの方から真緋呂の泣きそうな声が聞こえてきた。
「ちょっと迷子救出してくるわ」
 そう言って、教師は全力跳躍でバビューン。

「最近入った依頼といえば、やたら胸に執着する天使をボコッたことか。降参した故に学園に引き渡したが……今頃おっぱいマウスパッドでも作ってんじゃないかな」
 別場所では、クリスティーナに最近入った依頼について聞かれた歌音が、キンモクセイジャムを垂らしたパンケーキを切りつつそう答えていた。
「私は先日、戦闘系の依頼に初参加しました」
 ひょっこり顔を出したシェリーが二人を見やる。ポットを持ったお盆を持って、「紅茶かコーヒーはいかがですか」と問うた。ガスコンロを持ち込み、この場で淹れた特製だ。
「一般人を守る為、自分は後衛でした。あ、勿論成功させましたよ?
 大規模作戦での戦闘経験はあるんですが……少人数戦闘って、色々考えさせられますね。はい、お待ちどうさまです」
 歌音にはブラックコーヒー、クリスティーナにはミルクティー。それぞれを手渡して。
「感謝する、アルマス。学園生活の方はどうか?」
「楽しんでます♪ クリスティーナさん、先日のOrzでは同行ありがとうございました」
「うむ、こちらこそだ。……ム、美味いなこのミルクティー」
「良かった〜」

 そんなやり取りの間に、再び全力跳躍で棄棄が戻ってきた。真緋呂を抱えて。
「お腹が空いて死ぬかと思った……」
 教師に下ろされ、ヨロヨロ立ち上がる真緋呂。その視界に映る、お菓子達。
「食べ放題よね?」
 真剣な眼差しだった。ウムリと頷く教師に、わぁーっと笑顔で駆け出す真緋呂であった。

 そうしてひとしきりエネルギーをチャージすれば、真緋呂はフルートを取り出して。
「ご馳走のお礼に」
 奏で始めるのは、澄んだ音色。
 楽しくて、でも穏やかで――そんなこの場の雰囲気を表すかのような。
 甘い香りを乗せた風が吹く。
 真緋呂は楽器を下ろし、ふと……周囲の生徒が聞かれていたこと、学園生活に関しての返答を呟いた。
「色々と迷うことも多いかな。
 感情は冥魔を受容れられないと思うけど、でも認められるかもと思う相手もいる……気がする。
 友達が願う未来――天魔共存を……願えるのかな」

 気高い花の香に埋もれ、見上げるのは果てなく澄んだ青い空。


●闇と華に抱かれて死す
「状況開始」
 と、それは陰陽の翼で上空に留まり、カメラの録画ボタンを押した只野黒子(ja0049)の言葉で始まった。

「お前もこれを食いたいのだろう?」

 地上。集った者へ鷺谷 明(ja0776)が問いかけた。カスタマイズを施した携帯闇鍋セットを手に。
「ちなみに私は全人類、全天魔が闇鍋を食いたがってると理解しており、自身に向けられるあらゆる行動を『つまり闇鍋が食いたいのだな』と解釈する。という設定だ。今考えた。以降これでいこうと思う。よろしく頼む」
 その言葉に。
 盛り上がれちゃうのが久遠ヶ原クオリティ。
「花見ウェーーイ闇鍋うぇーーーい!」
「ひゃっはー! お花見だぁああ闇鍋だぁあああ!! ですのー!」
 わーっとハイタッチしてハシャいでいるのは月居 愁也(ja6837)と、もふもふ黒猫忍者きぐるみwithおしゃれマフラーなカーディス=キャットフィールド(ja7927)。
「さて、折角の花見なので、景色を楽しみながら闇鍋頑張りましょー!」
 櫟 諏訪(ja1215)もニコニコ笑顔でアホ毛をみょんみょんさせている。
「なるほどね! 花のいい香りで闇鍋もおいしく食べれるってんなわけあるかー!!」
 ここで流され続けた狂気にエルナ ヴァーレ(ja8327)が遂に突っ込んだ。
「戦慄した! 平然と花見と闇鍋をイコールで繋げる久遠ヶ原クオリティに戦慄した!」
 危うく「そうだよね十月と言えば花見だよね花見と言えば闇鍋だよね」と流されるところだった。冷静に考えたら何もかもおかしい。いや冷静になる以前にもうなんかヤバイ。
「闇鍋……ふむ、いろいろな具材を入れて食べるという感じであっている……です?」
 そんなエルナの一方で、華桜りりか(jb6883)がキョトンと小首を傾げている。
「俺は死にたくない」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は真顔のまま力強く言い放つ。怖いもの見たさで来たけど嫌な予感しかしない。流石に闇鍋と聞いてウェーイできる猛者ではないのだ!
「あっ……あっ……」
 矢野 古代(jb1679)もそんな「ウェーイできない勢」の一人。あれやこれやがフラッシュバックして既に顔が土気色。わなわな震えて頭を抱える。
「くっ、だが只では死なない。百戦錬磨の俺に死角はない! 無いのだ!」
 百戦錬磨(勝ち続けとは言っていない)。
 敗北続きでも気にしない! 古代は震え声だった。自棄とも言う。
 その隣、彼の娘である矢野 胡桃(ja2617)がブツブツと呟きを繰り返している。
「逃げ切るためのスキル、オッケー。闇鍋、オッケー。……闇鍋ってとこで既にオッケーじゃないっ……!」
 ぶわっ。顔を両手で覆って絶望ポーズ。
「妹と花見が楽しめる……そう思っていた時期がありました」
 マキナ(ja7016)はそんなメンバーを二回ほど見渡し、
「俺……生きて帰れるかな……希望はないんですか……」
 ぶわっ。顔を両手で覆って絶望ポーズ。
 現実は非情である。
 対照的に、マキナの妹であるメリー(jb3287)は嬉しそう〜にニコニコしている。
「お兄ちゃんと一緒でメリー嬉しいの!」
 大好きな兄と一緒だなんて、なんて良い日なんだろう。「でも」とメリーは笑顔に苦笑を滲ませる。
「メリーの料理はお兄ちゃん美味しいって言ってくれるから闇鍋になるか不安なのです」
「ダイジョウブジャナイカナ」
 死んだ目をしたマキナがロボットのように頷いた。
「ほんとなのです? えへへー」
 しかしメリーは幸せそうである。

「今年も花見の季節、か。ステキ先せ……」
 傍らの棄棄にそこまで言いかけ、アスハ・A・R(ja8432)は闇鍋片手に集った面子を見渡し――
「花見したいのか、闇鍋したいのか、どっちなんだ、お前ら……」
「アスハ君、君の手にあるそれはなんだい」
 微笑んだ棄棄が視線を落とす。アスハの手には、ガッツリ携帯闇鍋セットが握られていた。余談だがヒヒイロカネにあと三つほど闇鍋セットがブチ込んである。
「これは……闇鍋セットだが。それが、どうかした、か……?」
「そうだね闇鍋セットだねアスハ君……自分を全力で棚に上げたね……」

「それでは」
 一同の準備が整ったところで、夜来野 遥久(ja6843)がニコリと笑みを浮かべた。
「ルールの最終確認を行います」

 闇花鍋ルール。
 迷路を楽しみつつ、出会った闇鍋参加者と具材を交換。
 味の感想は中二的に。
 ゴールとは鍋の完食を指す。お残しは許しまへんで!

「――それでは、花を楽しみながら皆でゴールしましょう」
 言いながら遥久は神の兵士を活性化させた。
 この男、絶対にリタイヤさせないマンである。

 そういうわけでゴングは鳴った!

「俺は……攻める側に回る!!」
 ゼロは圧倒的イニシアチブと移動力によって風の如く駆け出した。
(へーかとか! 大魔王りんりんとかが! きっと何かやらかしてくるんだ!)
 脳裏を過ぎるのはOrz事件の悪夢。
「本当に生きて帰れるのか……」
 そんなゼロの作戦はこうだ。
 スピードを活かし、すれ違い様にたこ焼きを鍋にぶち込み、逃げる。

 で、あったが。
 それは曲がり角を曲がろうとした瞬間。

 どしん。

「うお!?」
「ひゃわっ……」
 ぶつかったのだ。
 りりかと。
(大魔王きましたわー……)
 しかもラブコメみたいなシチュエーションで。
「あ、ゼロさん」
 りりかは目をパチクリさせた。生命探知で察知したので曲がり角からチラリと覗こうとしたら、まさかぶつかるとは。
(食パンくわえてる美少女やったら良かったのに)
 残念、闇鍋を携えた美少女でした!
 ルールはルール。ゼロは逃げたい気持ちを堪えてりりかの鍋を見やった。
「……。それ何?」
「あ……チョコなのです」
「え?」
「ちょこふぉんでゅもお鍋で食べるからきっとお鍋の一種で良い筈なの」
「え?」
「だから、お鍋にはチョコ(出汁)をたっぷり、です」
 流石りりか! 最後までチョコたっぷりだもんな!
「具材はましゅまろなの」
 そしてルールに則って、ゼロのお鍋にマシュマロどーん。りりか的チョコフォンデュ想定で美味しい具材です。
「あ、チョコもおすそ分けするの」
 更に出汁という名のチョコだばー。
「きっと美味しくなるの、ですよ」
 にぱー。チョコは正義なので完全なる厚意である。天然である。
「お、おう……」
 そんな返事しかできないゼロの鍋の中身は。
 まず、ゼロの基本的出汁はカレーだ。とりあえず最終的にカレーが勝ってくれることを期待しての作戦だ。
 だがいまや、そこはりりかのチョコ出汁がドッキング。そしてマシュマロ。
 ゼロは何も考えないようにしながらマシュマロを、一口。
(うわぁ……これ……)

 そんなに悪くなくてコメントに困る奴……。

(せやな! カレーにチョコ入れたりするもんな! そうなるわな!)
 一番リアクションに困る。ある意味ゼロ殺し。なにこれどうしよう。
「ほ、ほな俺の具材あげるわ。さいなら!」
 シャッとりりかの鍋にタコヤキIN、これ以上悲劇が生まれる前に走り去るゼロ。
 ちなみにゼロがタコヤキに仕込んだ具は以下一覧。

 たこ
 土味のグミ
 シュールストレミング
 なんかパチパチする奴
 デナトニウム
 イガ栗(季節感)

 しかしりりかはそれを口にせず歩き始めた。チョコフォンデュなつもりなので具材は溜めて行くスタイル!


 一方。
「ふ……やはり俺達が巡り合うのは運命<ディスティニー>」
 不適に笑んだ愁也の視線の先には、遥久が。
「それはそうと始めるぞ。俺のターン」
 そこはかとないデュエル感で遥久は自らの鍋から道産昆布をドローした。何故か蠢いている。あと切っていないのでぶ厚い。
 しかし愁也は動じなかった。
「食わせてもらったらどんな食材でもご褒美です」
 きりっ。
「分かった」
 神妙に頷いた遥久がアッツアツの昆布を愁也の口に捻じ込む。蠢く昆布が余波でビターンと愁也の顔面にへばりつく。
「あ゛っづああああああああああ」
「些細なことだ。それに温度障害になってもクリアランスがある」
「土足で踏み込んでくるコンソメスープ味昆布の甚大な暴力!」
 のた打ち回る愁也であったが、残すのは駄目なので頑張って完食。よろめきながら立ち上がり、次は彼のターンだ。
「俺のターン、ドロー! 納豆入り巾着を攻撃表示で召喚! 更に巾花びらも散らして美しさも演出! 食べられない? 撃退士だし大丈夫!」
「そのノリまだ続けるのか」
「あっはい」
「出汁は?」
「俺の髪色に合わせて熱々トマトソースです……」
 お納め下さい。差し出されたそれを、遥久が一口。
「納豆巾着は苦手ではないが……トマトソースは合わないな」
「マジレス」


「るんるんるーん♪」
 カーディスはキンモクセイを楽しみながら迷路を歩いていた。折角の食欲の秋、楽しまなくては。
「あっカーディスさん〜」
 その背後、いつの間にか、諏訪。
 二人とも笑顔。

 けれど。
 一瞬、空気が張り詰めた。

 イニシアチブ。先に動いたのは、諏訪。
「自分の闇鍋は――」
 言いながら手にした鍋? 暗幕がかけられている――その黒布を取り払った。現れたのは、水槽。鍋と言う名の水槽。に、ぎっしり蠢くドジョウ達。
「新鮮な方が美味しいですよねー? 一応醤油ぐらいは準備しておきましたのでー、踊り食いでどうぞー」

 計画通り。

 心の中で諏訪は暗黒微笑を浮かべた。
 明らかに危険そうな鍋を持っている人――明やアスハとか――を避けるために気配を殺し耳を澄ませ形跡から推理した甲斐があった。常識人にして良識人よ、悪いが生き残るために死んでくれ。
「ひぃいいいい!」
 震え上がるカーディス。
「うわああああ!」
 は、ドジョウを自身の醤油ベースのアゴ出汁鍋(美味しそうなかほり)にドジョウをぶちこみ、
「あああああ! ああああああああ!!」
 ぐつぐつ煮込んで、もぐっと一口。

「……おいしい……」

 意外といけるやつだった。
「ごちそうさまでした」
「あ……はい、どうもー……?」
「ここであったが百年目! 私のターンだ!!」
 カカッ。突然の切り替え。カーディスが忍者の如き動きで諏訪の背後を取った。
 そして――

 ぽちょーん。

 諏訪の実食用カレールー入り鍋(最終的にカレーが勝ってくれることを期待しての作戦やで! って某Zさんがゆってた)に、色々な模様でまんまる可愛い猫型マシュマロをIN。
 それを、諏訪は一口食べて。
「……カレー味のマシュマロって……割と普通でリアクションに困りますねー……?」
 あれ? マシュマロ+カレーってさっきもあったな?


「この迷宮は人生なのかもしれない」
 突然ながらエルナは悟った。
「迷宮は目を惑わし花は鼻に臭いを届け耳は悲鳴を聞き足はゴールを目指し口は死の口づけを受ける」
 薔薇は美しく散るのですよ。
「人生って、難しいわね……」
 ほうと吐いた溜息。
 そんなエルナは、縮地によって地を滑るように駆けていた。勿論、お鍋の汁がこぼれると勿体無いし園芸部に迷惑かかるから、鍋は水平を絶対キープだ。

 そう。
 とにかく高速で迷路を抜けてしまえばいいのだ。
 気付いたのだ。
 誰とも出会わなければ具材<混沌>は増えない、と……!

 奇しくもアスハも同じことを考えていた。
 左手法を使えば、永遠に同じところを回るか出口につくかの二択である。が、鍋で両手がふさがっている絶望が彼を襲った。
 なので彼は大人しく、人の気配に注意しつつ進んでいたのだが。

 ばったり。

 二人は出遭ってしまった。
 沈黙。
 一瞬、知らないフリをしてスルーしようかと思った。
 でも上空から監視されている。黒子に。
 ルール違反はギルティ。
「こんにちは……」
「……どうも」
 まずは挨拶。
 ではとエルナから切り出した。
「塩茹でヒトヨタケ……どうぞ。そっちは?」
「キンモクセイ」
「えっ」
「キンモクセイ」
「マジで?」
「現地調達、した。砂糖漬けや酒、香料があるんだ……鍋に入れても問題あるまい?」」
「いやまぁルール違反じゃないけど……」
 そんなエルナのカレースープ鍋にキンモクセイの花がファッサー。

 では実食。

「うんカレーの味しかしないよね」
 真顔でモグモグするエルナ。流石のキンモクセイもカレーには勝てなかったょ……。
「ちなみにヒトヨタケ……毒あるけど、撃退士だから大丈夫よ、問題ない」
「しれっと毒キノコ食べさせられたのはアレだが……確かに問題ない、な」


 激戦は続く。
「ふ、ふふふ……死なば諸共。知ってる!」
 苦しい笑みを浮かべ鍋を構えた胡桃の視線の先には、同じく鍋を構えた明。
 ちなみに明の鍋は魔女もかくやという大鍋だ。この鍋に入った物質はもれなく原始混沌と宇宙の大いなる意思による洗礼を受ける。
 その中身は、バナ納豆ジュース+甘酒+学食のカレー+いちごオレ+青汁+ゼリー飲料+コーラ+野菜ジュース+キンモクセイシロップ。ケイオス。
 明は魔女もかくやと鍋をかき混ぜながら、いつもの笑みを浮かべていた。
「真の不味さというものは味がしない。味の一切を認識できずにただただ不快のみがおしよせる。そういうものだ」
 訳:それに比べれば百倍マシだから食えよ。

 二人が具材として用意したものは、奇しくも同じだった。
 豆腐。汁をよく吸う白くて四角い豆の腐った例のあれ。
 ただし。
 明のものは、長時間出汁に漬けられたもの。
 胡桃のものは、拳大の高野豆腐(乾燥状態)。

 緊迫した空気。
 どちらが先に食わせるのか。
 動き始めたのは、胡桃。
「スリープミストぉ! かーらーのー陰影の翼! そしてー【祝歌】!!」
 相手眠らせーの翼で飛翔しーの瞬間移動。つまり離脱だ。なかったことにするよ! やったね!
 しかし。
「逃げられるとでも」
 胡桃の背後に、
「思ったのか?」
 彼女と同じく瞬間移動を使った、明が。

「あっ……!?」

 そしてそんな現場に遭遇してしまった、古代が。
「あっ あっ あわわわわ……具材は何時だって決まっている――梅干し(UMEBOSHI)だ!!!」
 突然始まる謎口上。先手必勝という言葉を信じて梅干を箸で掴んでドヤァするおっさん。
 その鍋は漆黒だった。鍋一杯に入れた梅干し、それを黒ゴマ・イカ墨・味噌・昆布出汁と合わせた黒出汁で隠しているのだ。
(一見ゲテモノの極みの様だがその実意外に美味しいと言う反応に困る鍋を食らうが良い……!!)
 古代は半ばヤケクソだった。
 もうどうにでもなーれだった。
(こうなったら問答無用で先に! 何よりも相手よりも先に! 不可能でもせめて同時に! 口上と共に! 食べさせ――)
 その刹那であった。
「父さん……」
 うるり。
 血こそ繋がらないけれど――愛娘、胡桃が。明のケイオス闇鍋を食べさせられそうになっている彼女の子犬のような眼差しが。

「食べて、くれる……?」

 胡桃必殺最大スキル、泣き落とし!
 古代はよけられない!
 こうかはばつぐんだ!
「食べる」
 ダディクール。
「よろしい」
 瞬間、胡桃の高野豆腐を微笑みながら貪っている明が古代の背後。その口に、ねじこむおたま。
「がふっ」
 お父さんは娘の為に、娘の分まで頑張りました。南無三!
「安心するが良い無毒だから」
 言いつつ明は古代の漆黒梅干もムシャムシャしている。彼はただ不味いだけでは倒れない猛者なのだ。闇鍋カイザーなのである。
 何はともあれ助かった……白目を剥いて倒れた父をさすりつつ、ほっと息を吐く胡桃。
 であったが。

「あ! へーかがまたご飯食べてない!」

 シュッと通り過ぎたゼロ。
 彼が、擦れ違い様に。
 物凄い苦い成分が入ったタコヤキを胡桃の口へシュート。

 ……。

「にがぁああああーーーーい!!!」

 多分ここ数日で一番胡桃が声を出したシーンではなかろうか。


 別の場所でも地獄が生まれようとしていた。
「あ!」
 メリーがばったり出くわしたのは、愛兄マキナ。
「ア」
 その瞬間、マキナの目から全ての希望が潰えた。
「お兄ちゃん! やっぱりメリーとお兄ちゃんは―― えへへ、なんでもないのです」
 赤い糸で繋がってるのですよ、なんて。
 恥ずかしくって、笑って誤魔化す。
 乙女ティックで甘酸っぱいアレだけど闇鍋なう。しかもメリーの料理の腕は……こう、神様に食べさせたら世界に絶望してこの世を終わらせると思う。そんなレベル。
 そしてルールがある以上、マキナは『それ』を食べなくてはならないのだ。
 闇鍋にお残しは許されない! どんなゲテモノでも完食しなければならないのだ!
 という訳でマキナの前に現れたのは。

 メリーの手作り、チョコレート壊。
 出汁はいちごオレ。
(隠し味に甘いモノをいれると良いって聞いたのです!)
 そこに、だ。
 マキナと会う前に遭遇した面々のなんやかんやがぶちこまれている。
 それらがなんか化学反応というか核融合を起こして謎の発光が生じている。化学ってすげぇ。
(メリー頑張って料理してみたのですよ!)

「  」
 食べる前からなんかヤヴァイ。
「メリーお兄ちゃんが喜んでくれるなら嬉しいの! いっぱいあるからお兄ちゃん遠慮しないで食べてね! はい、あーんなの!」
 正反対にメリーは幸せそうな笑顔。
(くっ……妹の料理で強制的に鍛えられた鉄の胃袋を舐めるな――!)
 ※味覚は生き残っております。
 意を決したマキナは。
 死活発動。
 限定的痛覚遮断。
 3ターンの間は、生命力がどれだけ減っても気絶・重体・再起不能・死亡の判定は行われません――!

「ぐべらッ」

 なお、効果終了後、即座に効果の生命力値ぶんのダメージを受けます――!
 メリーのヘル闇鍋を完食したマキナの穴という穴から血が噴き出した。
 その間、メリーは。
「お豆腐おいしいのです!」
 マキナの具材であるお豆腐(味が淡泊だし緩衝材になってくれるはずだ、という希望がこもっていた)をモグモグしていた。
 と、兄がドシャアとくずおれる。それにメリーは――嬉しそうに笑って。
「メリーの料理を食べて感動してるのです! 嬉しいのです! 他の人にもいっぱいあげるの!!」
 そう言って。
 新たな地獄を作り出すべく走り始めた。
 この子マジモンのサイコパスや……。


 キンモクセイの香り、その中に漂うケイオスな出汁達の香り。
 楽しげな歓声に混じる阿鼻叫喚
「わあ、素敵な秋の一日……」
 愁也はそっと、絶望ポーズ。


●踊るなんとかに見るなんとか
「ボクも『園芸部』を名乗るクラブに所属してるからね、催事は気になっちゃうよ!」
 迷路の入り口にてクリス・クリス(ja2083)は迷路を見渡した。本日の彼女のミッションは偵察である。
「それじゃ行くか」
 その隣、まるで保護者のようにミハイル・エッカート(jb0544)。血の繋がりこそないものの、実際クリスを実の娘のように可愛がっている。クリス自身も彼を「パパ」と呼んでいた。
「うーん」
 促されたものの、クリスは迷路へ入らずキンモクセイ達をじっと見据え。
「これが迷路かー。仕切りが高い……肩車でズルは意味がないか……」
 ならば……と彼女はミハイルへ振り返り、その体をよじよじと上り始めたではないか。
「最初っからミハイルぱぱの肩車♪」
「ズボンを履けよ。そろそろ恥じらいを持つ年頃だぞ」
「体操着だからセーフ!」
「そっかー。ほーら、パパの肩車は高いぞー」
「わぁーい♪ さあ、出発だー」
 という訳で肩車フォームとなった二人は早速迷路へと。
「金木犀の香りが凄い。あ……パパ、そこ左」
「はいよ」
「芳香剤と違って瑞々しい香りだよね。ボクは好き。そこ右ね」
「うい。……そうだな、やっぱ人工物と天然は違うねぇ」
 ねー。ミハイルの言葉に頷きつつ、クリスはクンクンと周囲の空気を吸い込んだ。
「あれ? ……あれ? この苦いような香ばしい匂いは?」
 しばしの沈黙。
「……闇鍋かー。中央部は近いぞー急げー」
 闇鍋はスルーして、二人はお茶会スペースへと歩を進めた。

 一方、お茶会スペースではシェリーが小天使の翼を広げて限界高度から迷路を見渡していた。上から見る景色は格別で――でも闇鍋は見ないことにした。私は何も見ていない。なので未だに迷路を駆け回っているチルルを天使のような優しいまなざしで見守ることにした。

 そんなこんな、ミハイルとクリスは桂花茶とキンモクセイのお菓子をたっぷりと味わって。
「さあパパ、いくよー」
「後半戦だな。いざ出口へ!」
 と、意気込んだはいいものの。

(ヤバイ)

 ミハイルは全身脂汗がダラダラだった。
(簡単な迷路だからって舐めてた……ペース配分を間違えた……!)

 そう、彼は――
 尿意を――

 催したのだ!

「な、なぁクリス。棄棄先生を呼んで良いか」
「え? 棄棄せんせにSOS? 何いってんの却下」
「お、おう、ちゃんとゴールまで行きたいよな」
 事情を知る由もないクリスの天然鬼畜返答に絶望するミハイル。
(走る? ダメだ、ここは競歩だ。下半身への衝撃に細心の注意を払わねば……くっ、いつもなら軽いクリスの重みで膀胱にスリップダメージがッ……! だが娘の笑顔を曇らせてはならぬのだ……!)
 肩車を崩さず、笑顔を崩さず、ミハイルは頑張った。ここ半年で一番頑張ったんじゃないかってぐらい。
「よっしゃゴォオオオオオオーーーーール!!!」
 そして遂に、根性で出口へと辿り着いた。
「パパちょっと用事あるからちょっと外すな。すぐ戻る!」
 クリスを下ろすとミハイルは全力移動でトイレへと駆けていった。何かを解き放ち、至福の時を味わう予定なのである。
 少女は「いってらっしゃーい」と手を振って、振り返って、キンモクセイを眺めて。
「でもこれの金木犀育てるの大変だよね……後でお話聞けるかなぁ」
 なんて、甘い香りを吸い込んだ。


●花言葉は「真実の愛」
「迷路といえば中央に牛的なアレが配置されるのを想像する。が……現実はそれ以上に奇也」
 迷路の外。歌音が見渡す視界に、闇鍋面子が死屍累々。
「介抱してやろう。メディックはここだ」
 翻す白衣。その内側にはお茶と胃薬がズラリッと。

 起死回生で耐えたものの、結果的に味わった生き地獄に真っ白に燃え尽きたアスハ。
 残念すぎるお鍋になってしょんぼりどころか目に光がないりりか。
 死屍累々でもきっと楽しいと思いたい、そう願いながら散っていったゼロ。
 お守り的な胃腸薬を握り締めたまま、安らかな顔で「やみなb」とダイイングメッセージを残し倒れているカーディス。
「あ、お口直しにメリーサンドイッチ作ってきたのでどうぞなのです!」
 そこへ、何故か元気なメリーがサンドイッチという名の名状し難い冒涜的な物体Xを持ってきた。中身が黒とか紫の異臭を放っていてなんかやばい。
「最後の晩餐会……だな」
 意識も朦朧とアスハはそれに手を伸ばした。
「ぐふっ」
 そして召された。
 綺麗な顔をしていた……。

「ほら、しっかり」
 そこに遥久が現れる。神の兵士へ無理矢理皆を蘇生させるべく。
「はいどうぞ」
 そして起きた者へ片っ端から満面の笑顔で昆布を食わせてゆく鬼畜。ちなみに出汁は、出会った者の出汁のミックスカオス。お見せできない色になっている。
「撃退士って、ばかよねぇ……最近こればっかり言ってる気がするわ」
 それがエルナの最期の言葉になろうとは……。

 うぇーい。
 一方で愁也は、生垣の小窓から棄棄と共に中二ポーズで記念撮影中。
 ふむ。それを見、遥久は物思う。それから「先生」と声をかけ、
「中二的表現に詳しくないので、ご教授願いたいのですが。目が光るだけでは中二とは言えないかなと」

 <○><○>

「ああ、中二の秘訣? この話は長くなるぜ」
 静かに棄棄が頷く。
「これは古より伝わりし漆黒の――」
 この後めちゃくちゃ中二した。
 とりあえず†夜来野 遥久†ってしたら一気に中二になると思うよ。あとスキルも†漆黒のライトヒール†とか†贖罪のクリアランス†とかしたらカッコイイと思う。

 皆様お疲れ様です。
 という訳で、翼を畳んだ黒子は屍達へ聖なる刻印やライトヒールで手当てを。歌音も胃薬を皆へ配っている。
「はいあーん」
 そんな黒子へ問答無用、愁也が納豆巾着を差し出した。特に嫌がる素振りもなく黒子はそれを一口食べ、
「納豆巾着は苦手じゃないですが……トマトソースは合わないです」
「マジレス」
 しかもデジャヴ。
「ところで」
 黒子が、ふらつきながら起き上がる皆を見渡した。

「まだ鍋残ってる人が結構いますよね?」

 隠れた眼差しがじっと捉えているのは、各々の鍋。
 ギクリと皆の動きが固まる。
 そんな彼らに、彼女はニコリと微笑み。
「はい、口直しのミネラルウォーターです。頑張って下さいね」
 水を渡しながらの死刑宣告。
「時間がかかりすぎると園芸部の皆様にも迷惑をかけてしまいますし、皆様がたくさんエンカウントできるように上空から助言誘導もさせて頂きますから。ご安心を」
 悪夢はまだ、終わらない。
 ちなみに黒子が撮影した闇鍋の様子は、アルバムに編纂して参加者全員へ後日配布予定なのであった。


●花咲く賑わい
「こういう時は、のんびり過ごすのが一番よ。ドンチャン騒ぎも悪くはないけれどね」
 迷路の外側、いかにも花見然と広げられたブルーシート。
 シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)はそこに座り、聞こえてくる賑やかな声と花を肴に桂花陳酒をのんびりと飲んでいた。少女のような外見ではあるが、彼女はちゃんと成人済みである。
 視線の先では丁度――闇鍋面子がようやっと迷路から脱出し、グロッキーな状態だった。
 よくやるわねぇ……なんて思いつつ、シュルヴィアはつまみとしてビスケットを齧る。外国から取り寄せた本格的なものだ。日本産のそれと違い、煎餅並に歯ごたえがある。がりがり。
「いやぁまさか花見なのに闇鍋やるとはなアイツら」
 と、そこへ棄棄がやってきた。予想外だったわ、と。そしてシュルヴィアへ視線を移し、
「お嬢さん、お隣よろしい?」
「ええどうぞ」
 生徒が微笑めば、教師はその隣。
「なに食べてんの?」
「ビスケット。外国産のね。いかが?」
 頂きまーす。そんな声と、琥珀色の花酒が告がれた杯と。
 乾杯の言葉。揺れる水面。花の香り。
 ほうと息を吐く。ビスケットを齧る。
 花見の場、とはいえここには二人しかおらず、静かなものだ。
「最近、調子はどうだい」
 口を開いたのは教師だった。
「最近の調子……そうねぇ」
 じゃあ依頼のことを、とシュルヴィアは語り始めた。
「難しい依頼が多いわね。あぁ、敵が手強いとかって意味じゃないわ。もっと、精神的な意味で、ね。
 ……ま、単純な殴り合いはそれはそれで苦手なんだけどね。私なんかは、簡単に倒されちゃうわ」
「その為のチームメイトと作戦だろ?」
 もふ。棄棄がシュルヴィアの頭を撫でる。自信持てよ、と。
「生活の方はどーだ?」
「夏が終わってホッとしてるわね。おかげで散歩が捗るわ。朝晩なんかは、冷えすぎるぐらいかしら」
 風邪引かないように気をつけないとね。そう言って、桂花陳酒をもう一口。

「こんにちは! お弁当はいかがですか?」

 そこへ顔を出したのは、複数の弁当を持った水無月沙羅(ja0670)だった。
「花見といえばお弁当ですから!」
「いいわね、頂くわ」
 シュルヴィアが頷けば、「お召し上がり下さい」と沙羅は彼女へ、そして教師へ弁当を。
 蓋を開ければ、松花堂弁当。茸餡かけ無花果の揚げ出し、もち豚の角煮と南瓜の田舎煮、〆鯖と旬のお刺身、栗御飯、etc。おかずが沢山、目にも美味しいお弁当だ。
 ちなみにこれは人数分を用意した。今頃、お茶会スペースや闇鍋面子も、沙羅特性弁当を食べていることだろう。
 クリスティーナもそんな中の一人。既に沙羅の弁当を「美味い美味い」と完食した彼女は、先ほどからせっせと給仕を行っている沙羅のもとへ。
「何か手伝えることはないか」
 沙羅もゆっくりしたらいいのに、というクリスティーナなりの気遣いだ。沙羅は一瞬目を丸くした。「だったら」と、はにかみながら。
「坦々鍋を用意しましたので。それを一緒に食べませんか?」
 これは親友の為に用意したのだ。彼女が大好きな唐辛子と山椒を効かせ、胡麻の風味とコクのある美味しいスープ仕立て。
「「頂きます」」
 両手を合わせる。ほっこり湯気を立てるそれを、ふぅふぅ冷ましながら一口。ピリリと辛さが次の一口を誘発する。
「お口に合いますか?」
 沙羅は隣に座したクリスティーナを見やる。ウム、と彼女は頷いた。
「水無月の作る料理はいつも美味いな」
「! ありがとうございます」
 少女は表情を華やがせる。
 キンモクセイの花を眺めつ、桂花茶で乾杯。


●花の香りは永久に変わらず
「くっ……強敵ね!」
 チルルは未だに迷路内を走り続けていた。ある意味奇跡である。
 時刻は夕暮れを迎えようとしていた。
(こうなったら……最終奥義!)
 両足に力を込めて――全力跳躍。
「ゴールが見えた! よし、あっちね!」
 再び全力疾走開始。
 そして全力疾走なのにえらく時間がかかってから……ようやっと、ゴールだ。
「あれ?」
 そこには沙羅とクリスティーナが、後片付けを行っている光景。
「なるほど……後片付けまで花見なのね! あたいに任せるがいいわ!」
 何事にも全力。「チリトリは任せて!」と小さな少女は意気込んだ。
「おっ、片付けか。えらいな!」
 更に棄棄が顔を出し。
「よっしゃ生徒諸君、後片付けすっぞー!」
 そんな一言で、暮れなずむ中生徒一同で後片付けが始まった。

 沙羅は茜色の空を見やる。
「皆様が元気で朗らかに。何事にも負けずに頑張る力を」――そんな祈りをこめて片付けながら、一息を吐いた。
 穏やかな秋晴れ日和。
 優しい温かさと金木犀の香りに包まれて――馨しい風が、少女の黒髪を揺らした。



『了』


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
料理は心〜学園最強料理人・
水無月沙羅(ja0670)

卒業 女 阿修羅
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
爆発は芸術だ!・
テト・シュタイナー(ja9202)

大学部5年18組 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
さよなら、またいつか・
シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)

卒業 女 ナイトウォーカー
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
もふもふコレクター・
シェリー・アルマス(jc1667)

大学部1年197組 女 アストラルヴァンガード